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悠久の時を願うように」(2020/12/16 (水) 04:47:18) の最新版変更点

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時間は永遠じゃない。 生物にそれぞれ、平等と言うわけではないけど、時間は有限だ。 少なからず、4人でいる時間は、きっと終わりを迎える時が来る。 それは仕方のない事だし、今後、皆で集まるような機会はきっとあるだろうから、そんなに悲観する事でもないのかもしれない。 でも、日常と称している、今、この時は、時間を重ねる事により、過去のものとなってしまうわけで。 過去の記憶は段々と曖昧になってしまい、きっと思い出すのも難しくなってしまう。 そう考えると、今まで以上に、この日常が愛おしくなって。 せめて、皆でいられる間は、たくさん思い出を作って、記憶にしっかり刻もう。 私の過ごした日常は、とても有意義なものだったんだと思える位の思い出を。 そう、切実に願った。 『悠久の時を願うように』 鬱陶しい梅雨もようやく終わりを迎え、数日前からそれと引き換えのように、じりじりと陽が照り付けてくるようになった。 つい先日まで、滝のように降り注いでいた雨が急になりを潜め、そんなものはなかったかのように、青空が広がっている。 雲一つない青空はとても清々しくて、思わずお天道様の元を思いっきり走りたくなるような衝動に駆られる、7月。 C組の自席で、物思いにふけっていた私は、窓の外、青空の下から聞こえてくる声へ耳を傾けていた。 じっとしてるだけでも暑いこの陽気でも、部活中の人達の活気のある声が、しっかりと響いてくる。 それもそのはずで、6月は梅雨の影響で、校庭は大きな水溜りとなってしまい、使用したくても出来なかったのだから。 体育館を使用するような部活はまだしも、陸上部などは、室内の限られた範囲内で、さぞ満足のいかない、退屈な活動を行っていた事だろう。 私の偏見かもしれないけど、日下部がこの前、そんな風に漏らしていたからきっとそうなんだろう。 ようやく陽の目を浴びる事が出来るのだから、嬉しくもなるもんだろうし、活気も出る。 それに、こうしてからっと晴れてくれているのは、私にとっても、きっとこなたにとっても、嬉しい事で。 あの日以来、こなたは雨の日でもあまり憂鬱そうな顔をしなくなった。 その理由を聞いてみたら 「今はこんな時期だから、お母さんも感傷的になってるけど、私が笑ってればさ。 今、すごく幸せに過ごしてるから大丈夫だよって証明してれば、きっとこの雨も止んでくれるよ」 そう言っていた。 「そう教えてくれたのは、かがみだよ」って言ってくれた時の嬉しそうな笑顔に、私まで幸せな気分になれて。 実際その通りで、こなたが笑っていると、つかさもみゆきも、いつも優しく微笑んでる。 やっぱり、こなたは笑顔が良く似合う。 その笑顔は、このどこまでも広がる青空のように清々しくて。 私も、梅雨が終わってこの季節が来るのを、本当に楽しみにしていた。 こなたもきっと、楽しみにしてたんじゃないかな。そんな気がして、私は低く笑った。 今日は期末テストの最終日。 1週間前からテストモードとでも言えばいいだろうか。 そんな空気に包まれて、誰もがぴりぴりしていたのが、約10分前まで。 最後のテスト終了のチャイムと同時に、緊張感でいっぱいだった教室は、瞬く間に開放感へと誘われて。 学生にとっては、今回のテストが今月最大のイベントであり、壁だったのだから無理もない。 出来の良し悪しに関わらず、皆平等に平穏が訪れる。 この後に控えるのは、長期休暇である事も手伝って、ただでさえ暑い教室は、体感2~3℃は上がっているんじゃないかと 思う程の活気に溢れている。 私もその例に漏れず、テスト終了後の開放感に浸っており、ぐっと背伸びをしつつ、先程のような事や、夏休みはどうしようか? なんて事を、色々と考えていた。 予定を立てるのも、すごく楽しいしね。 …とは言っても、私達ももう高校3年生なわけで。 いわゆる"受験"のシーズン真っ只中。 出来るだけ意識しないようにしていたけど、そろそろ、そうも言っていられなくなってきているのも事実よね。 夏休みを期に、塾に行き始める人もいるだろうし、オープンキャンパスや学校説明会に行く機会も増えるだろうし。 私は普段から勉強しているので、後になってから焦るような事はないと思う…多分。 もちろん、油断は出来ないけど。 でも、一番の不安要素は、きっとあいつ。 他人の心配をしてる場合じゃないともわかってるつもりだけど、気がつけば、あいつの事ばかり考えてる自分がいるわけで。 いてもたってもいられなくなった私は、思考するのを早々に打ち切り、自分の荷物を纏めると、 一目散に隣の教室へと足を運んだ。 梅雨の時とは違って、廊下は風が良く通っていて。 教室に比べても、気温が1~2℃は下がったかのような感覚に包まれる。 そんな、気持ちのいい風を長い髪に受けながら、B組への扉を開けた。 「おっす、来たわよー」 窓を開け放ったB組の教室に、私の声が吹き込む風の如く響く。 私の声に反応したのは二つの頭。 とは言っても、教室にいたのはこの2人だけだから、当然だけど。 「かがみさん、こんにちわ」 こう毎日暑くても、愛想を崩さずににっこり微笑むみゆき。 「うん。あれ…1人足りないわね」 「えっとね、黒井先生に呼ばれて、生徒指導室に連れて行かれちゃったよ~」 みゆきとは正反対に、明らかにぐったりした声で説明してくれたのは妹のつかさ。 この陽気にやられてしまっているようだけど、みゆきとのこの差は何だろう…。 でも、なるほど…今の時期、生徒指導室に呼ばれるって事は、やっぱりあれか…。 先程、教室で考えていた事が思い出される。 ほぼ、確実にそうだろうな。 「もうそろそろ、戻ってくるのではないでしょうか?そんなに時間は取らないと、黒井先生も仰っていましたし」 やんわりと説明してくれるみゆきに「そっか」と軽く微笑んで、先程私が入って来た扉に目をやった。 すると、やたらタイミングよく、ばぁんと大きな音を立てて扉が開いた。 「いや~、ごめんごめん。お待たせ~」 言う割には、あまり悪びれた様子もなく、いつもの猫口顔で、でも気だるそうに、教室へと足を踏み入れるこなた。 「おっす」 「おぉ、かがみ。いらっしゃー」 軽く挨拶を交わした後、オアシスを求めて彷徨う遭難者の如く足取りで、ゆっくりと自分の席へと吸い込まれていく。 「あぁ~つぅ~…こう暑いと、何もやる気しないよね~…」 手をうちわを仰ぐようにひらひらとさせて、気持ち低い声でそうぼやく。 「そうだよね~、やる気出ないよね~」 こちらは、気持ち明るい声で、うんうんと大袈裟な位同意してる。 同士がいたからだろうけど、そんな事で元気になるんじゃないわよ、つかさ…。 「あんたのやる気ない~はいつもの事じゃないのよ」 「いやいや、こんな暑いと誰だってやる気出ないって~」 「私やみゆきはあんたらみたいにだらけてないけどな」 少し大袈裟に手を広げ、少し嫌味っぽく、やれやれと首を振ってやった。 図星だからか、「む~…」としか言えずに黙ってしまう。 つかさも「えへへ…」と言って、反論する様子は全く無い。 「でも、こう暑いと何をするにも倦怠感が纏わり尽きますね。私も最近は、外に出るのさえ億劫で」 苦笑しながら「困りますね~」と言うけど、そんな風にはあまり見えない。と言ったら、みゆきに失礼かしら。 その人についたイメージ像がもう出来ちゃってるから、意外な一面って、なかなか想像出来ないのよね。 自分の目で、直接その場面に遭遇しない限りは。 「ほぉ~ら、みゆきさんだってこう言ってるじゃんか。かがみだって、本当は私達と同類じゃないのかな? 強がらずに、言ってごらん、ほらほら~」 みゆきという強い味方を得たからか、急に元気になったこなたが、それはもう暑苦しくなるほどに嫌らしい笑みで、私を茶化し始める。 そりゃ、私だって暑いと思ってるけど、我慢しているんだから。 そんな風に言われたら、余計暑くて、ついぽろっとこぼしてしまいそう。 だけど、弱みを極力出したくないのが私の性分なのは、自分でもよくわかってるつもり。 「別に。そう思うことはあっても、あんた程だらけきっちゃいないわよ」 冷ややかに、そう言い放ってやった。 「むぅ~、かがみ冷たいなぁ~。それでも私の嫁かぁ~!」 「いつあんたの嫁になったんだ!」 条件反射で突っ込んでしまった。 しまったと思った時には既に遅し、にまにま顔が私に向けられていた。 「ふっふ~ん、その鋭い突っ込み…さすが私の嫁だねっ」 もう、何か言い返す気力も失せていた。 第一、その理不尽な憤り方は何なのよ。 思わず突っ込んでしまった自分の弱さに溜め息をつきたくなったのと。 未だにちくちくする胸の痛みが、そういう気持ちにさせてるのかもしれない。 こういうところで"嫁"と引き合いに出されるのは、少し切なくて。 こなたは私の気持ちを知らないのだから、当然だけど。 「で、あんたは何で生徒指導室なんかに呼ばれてたのよ」 そんな思いを払拭するために、先程の報復も兼ねて、私は言ってやった。 長話を聞かされてたからなのか、ぐっと伸びをしていたこなたは、上に伸ばしていた手を自分の頬へ下ろし、ぽりぽりとかいた。 「いやぁ、進路の事でちょっとネ…」 案の定というか、やっぱりそうだったのね。 4人の中でも、私、つかさ、みゆきはある程度進路を決めていたのだけど。 この前の進路希望調査でも、こなただけが白紙だった。 ちゃんと考えてるのか、甚だ疑問だわ。 「あんた、漠然とでもいいから、何かやりたい事とかないわけ?」 「ない!」 「おま…即答かよ!」 あっさりと言いやがった! 思わず、こめかみに人差し指を当てる。 今のこの時期に、ここまで進路について無頓着なのは珍しいと言うか…かなり危ないわよね。 こんなに心配してても、当の本人が上の空じゃ、どうしようもないじゃない。 「だってぇ~、どの進路も魅力を感じられないんだもん。 それなのに、ただ大学に行って、ただ授業受けてるだけじゃねぇ…」 確かにそれは一理あるかもしれない。あるかもしれないけど…納得は出来ない。 「言っとくけど、そればかりは面倒見られないのよ?遅くても夏休み中には決めないと、絶対後悔する事になるんだから」 自覚のなさそうな、のんびりした顔の鼻先に、人差し指を突きつけてそう言ってやった。 「…分かったヨ。ちゃんと決めるよぉ」 諦めたかのように、面倒くさそうに生返事を返す。 こいつ…本当にわかってるのか? いや…今までの付き合いだし、こいつが適当にこの場を流したいがために返事をした事位はわかる。 だから、何か言い返してやろうかとも考えたけど…。 少し大きな声を出したためか、体温が少し上昇した気がして。 もとより、気温が高い教室の中にいるのだから、当然暑い。 先程から制服を肌に纏わりつかせる汗も少し気になり始めていて。 他の3人を見やっても、それぞれが手をぱたぱたと振って、風を送る仕草をしている。 効果は、あまりなさそうに見えるけど…。 さすがにその様子を見ていたら、私も段々と耐え切れなくなってしまった。 「…暑いし、どこか涼める場所に行こっか」 その私の言葉を待っていたかのように、「うん!」と、こなたとつかさが飛びつくように、声を揃えて即答した。 なんでこういう所で、この2人はこんなに息がぴったりなんだろう。 やっぱり、似たもの同士だから…? その2人の事を、相変わらずやんわりと微笑みながら、優しく見つめていたみゆきと目が合って。 その目が、私と同じ事を考えていたような色に見えたから、思わず微笑んだ。 と言うわけで、ところ変わって駅前の喫茶店。 陽がじりじり照りつけ、地面がそれを蒸し返す、まるでサウナのようなアスファルトの道。 蝉の鳴き声が、暑さを3割増位にしているような錯覚を覚える。 一日の中でも一番気温の高い時間帯だからなのか、人の姿なんてほとんど見る事もなくて。 地平線の向こうに陽炎がゆらめいてるのが見えると、眩暈が起きそうになる位、本当に暑い…。 そんな中、私達はやっとの思いで、目的のオアシスまで辿り着いた。 うぃーん、という機械音と共に、ひんやりと気持ちのいい風が吹き出して、私達の髪を揺らす。 私達を客と見るや否や、ウェイトレスさんが微笑みながらこちらへと駆け寄ってくる。 「お客様、4名様ですか?」 「はい」 「はい、4名様、こちらへどうぞ~」 にっこりと愛想の良い笑みを浮かべながら、私達をてきぱきと案内してくれた。 「いやぁ~、生き返るねぇ~」 テーブルにべたーっと張り付きながら、本当に気持ちよさそうに、私の隣の席に納まった少女は呟いた。 頭から一本飛び出たアホ毛も、冷房の風に揺られて、踊っているようで。 それが可笑しくて、思わず笑ってしまいそうになった。 「ほんとだね~。もうお外に出たくない位気持ちいいよ~」 「ふふ、そうですね。日焼けもあまりしたくないですしね」 「日焼けしちゃったら、みゆきさんがみゆきさんじゃなくなっちゃうからネ」 「何が言いたいんだ、お前は…」 いつも通りの、私達の時間が流れ始める。 それは、何も学校の教室だけじゃなくて、どこにいても、どんな場所でも。 きっとそんなの、関係ないから。 頼んでいた飲み物も配膳され、私の大好きな時間はゆったりと流れていた。 「しかし、受験かぁ…どうしようかねぇ…」 "受験"。 こなたのその一言に、急に現実に引き戻された気がした。 受験があるって事は、その先…"卒業"もきっと間近なのよね。 そう考えた途端、この時間は有限であると言う事を目の前に突きつけられた気がして。 きっと、こなたは何の気なしに口にした言葉だろうけど、私にとっては…。 この時間の終わりが訪れると言う事は、今のようにこの4人で会う機会がめっきり減ると言う事に他ならない。 即ち、私の想い人とも。 日に日に大きくなる気持ちを抑えるには、いい事なのかもしれない。 世間的には、その方がきっといい。それは理解してるつもり。 でも。 私の心は、それをはっきり「嫌だ!」と言っている。 我ながらわがままというか…やれやれだわ。 この日常を手放したくない、加えてこの気持ちを抑えたくないなんて、欲張りにも程がある。 自己主張はそれなりにする方だとは思うけど、こんな風になった事は、多分ここ最近はない。 あれかしら…恋は盲目?いやいや、何言ってるんだろう、私…。 自分で言ってて恥ずかしくなりながらも、いつかは終わるこの時間に思いを馳せていた。 「余り慌てて考えても、逆によくありませんし。夏休みの間、時間は十分ありますから、その間に学校説明会等に参加してみてはどうでしょうか。 こなたさんの興味を惹く何かが、見つかるかもしれませんし」 「そだね~…」 何となく。本当に何となくだけど、こなたの声が、哀しみを帯びている気がした。 (もしかして、こなたも私と同じなのかな…?) 何でそんな風に思ったのかはわからない。 私の単なる願望だったのかもしれない。私と同じように考えてくれてたら嬉しいな、とか。 それで何かが変わるわけじゃないけどね…。 「かがみと一緒の学校にしようかな~」 「…え?」 耳を疑った。 何で私と一緒なのよ?とか、あんたの成績で行けるのか?とか。 そんな事は全て置いてけぼりにして、"こなたと一緒"と言う事だけが、私の心を支配した。 一度燻り出した火は止まらない。胸が音を立て始める。 あぁ、こなたに毒されすぎだわ、知識も心も… 頭の片隅でそんな事を考えたけど、思考とは無関係に心の火はあっという間に全体を覆ってしまう。 まずい。顔、赤くなってないか? こんな時に、赤面症な自分が恨めしくなる。 「あ、あんた…冗談も程ほどにしときなさいよ」 こう言うのが精一杯だった。 「いやぁ~、かがみと一緒のところに行けば楽だと思うんだよね~。宿題とか宿題とか、あと宿題とか!」 「あんたの場合はむしろそれがメインだろ!ていうか、結局それか!」 私の、こなたにとっての立ち位置は、結局それなわけだ。 まったく、人の気も知らないで…。 私だけがどきどきしてるのが何だかバカらしくて、皆には聞こえないように、小さく溜め息をついた。 「まぁ、実際のところ、私の成績じゃ無理だろうけどね。大人しく、自分に合いそうなのを探すとするよ」 それでも、いつもの飄々とした態度でそう言うこなたの表情が、声が。 何となく哀しみを帯びていると感じてしまうのは、私の都合のいいように解釈してるだけなのかな…? 根拠のない、そんな感覚は、この時間が終了するまで、ずっと続いていた。 私達の時間はつつがなく終了して、私はこなたと2人並んで、夕暮れにはまだ少し早い、線路沿いの道を歩いていた。 喫茶店から出た後、みゆきは家の用事があるとかで別れて、つかさも今日は夕食当番だから、買い物に行くと言う事で別れたばかりだ。 昼間ほどとは行かないけれど、太陽はまだまだ元気らしく、私達をじりじりと照りつけてくる。 喫茶店の気持ちのいい冷房の風が懐かしい。 さっきようやく乾いた汗が、再び現れて、制服を肌に纏わりつかせる。 要するに、暑い。気持ち悪い。 口に出すと余計にそう感じるらしいから、言わないけど。 隣を歩く少女も同じなのか、先程からずっと気だるそうな顔をして、黙りこくったままだ。 「…んん?何かな、かがみんや」 重たそうな口をようやく開いて、やっぱり気だるそうにそう問いかけてきた。 先程からずっと気になっていたから、ついつい見てしまっていたらしい。 「…別に」 私の口も自分で思った以上に重たく感じて、それだけしか言えなかった。 「人の事じっと見ておいて、別にって事はないでしょ~」 どこぞの芸能人の真似?なんて言われてしまった。 別に意識なんてしてなかったわよ。 こんなに思うように口が開かないのは、果たして本当に暑さのせいだけなのか。 違う…って事位、私の中ではもうわかっている。 でも、口に出せないのは、私の弱さなのかもしれない。 わかっていても、認めるのが怖いんだ。 「…かがみの考えてる事、当ててあげよーか?」 私の事を見透かしたような、澄んだ碧色の瞳で見つめられた。 じっと見つめた後、自身の肩の後ろをくいくいっと親指で指して 「あそこの公園の木陰ででも休憩しながら、少し話そうよ」 何故か逆らう気はしなかった。 絶好の避暑地に魅力を感じてしまったのもあるとは思うけど。 あるいは、こなたの瞳に、逆らえないような何かを感じたのかもしれない。 「ふぃ~、生き返るねぇ」 「一体何歳だよ、あんたは」 こなたに促されて入った木陰は、思いの外涼しくて。 歳不相応な発言に、思わずそう突っ込んでいた。 「まだぴっちぴちの18歳だよ~」 「自分でぴっちぴちとか言うな」 陽に当てられていた時に比べれば、私達の調子も若干戻った気がする。 避暑地効果、案外あったのかもしれないわね。 こなたは、軽く「あはは~」と笑った後、頃合と見計らったのか、少し真面目な顔をして、私に視線を向けた。 「で、さっきの話しだけどね。かがみ、卒業するのが怖いとか、思ってない?」 「…え?」 また、驚かされた。図星を指されたから。 ていうか、こいつはエスパーか…? 「べ、別にそんな事は「あるのに、図星を指されて素っ気無い態度取っちゃうかがみ萌え~」」 かあぁぁ~っと、体温が上昇するのを感じた。 本当に見透かされてる… いや、もしかして、単に私がわかり易いだけなのかしら… そうだったら、ちょっとショックだな。 「むふふ、かがみはやっぱり、寂しがりやのうさちゃんだよネ」 「なっ、ちがっ」 今度は別の意味で口が上手く開かない。 してやったり、な顔がちょっとむかつく! こいつの思う壺になってる私も私だけど。 「言ったじゃん、かがみの事なら何でもわかるのだよ~」 手をひらひらさせて、満足そうにそう言われて、少しどきっとしてしまった私は、やっぱりこいつに毒されてる。 何だかそれが凄く悔しかったから、報復を兼ねて私も言ってやる事にした。 「そ、そういうあんただって、何だか哀しそうな顔してたじゃないのよ」 私の言葉に、目をぱちくりさせて、少し驚いたような表情。 してやったりと思った。 でも、思いの外、嬉しそうな顔をされて。 「やっぱりかがみは、気付いてくれるんだね」 いつものおちゃらけた笑いじゃなくて、心底嬉しそうな笑顔だから。 報復だとかそんな事はどうでもよくなる位、こちらも幸せな気持ちになる。 こなたは色々な笑顔を持ってるけど、この優しい笑顔には特別弱い。 「多分、考えてた事はおおよそかがみと一緒だよ。4人でいられる時間が、少なくなっちゃうって思ったんでしょ?」 「あ…うん」 本当に、私の心を全て見透かしているように、言い当てられてる。 ついでに、さっき私が思っていた事は間違いじゃなかった事がわかって。 こなたの事、私も理解してあげられてるような、自己満足かもしれないけど、嬉しくなった。 でも、それと同時に。こなたもそう思ってるって事は、少なくともこの先、それが待っているって事が現実味を帯びて来た気がして。 少し切なくなった。心の中がぐるぐると渦を巻いて、私はどうすればいいのか、よくわからなくなっていた。 「でもさ、かがみ。私はこうも思うわけだよ。時間は確かに少なくなるけど、私達の縁は切れないって。 縁が切れないって事は、必ずその時間は存在するって事だよ」 また、私の心を察するかのように、優しい笑顔のまま、そう紡いだ。 でも、不安は不安よ。 学校が別々になったり、連絡を取らなくなれば、きっと疎遠になっていく。 急激な温度変化に、耐えられるのかが一番の不安なのよ。 人は慣れるから、きっと時間が経てば、それも何ら苦にならなくなるのかもしれない。 けど、私はそんなの嫌だ。 一番の幸せな時間を喪失するのは、きっと私には耐えられないわよ…。 「…その根拠は何なのよ?」 そう、聞かずにはいられない。 こなたも私と同じで、この時間が終わりを迎えてしまうのは、哀しいんじゃないの? そんなこなたは、私の言葉を受けて、何故か鮮やかな笑顔を浮かべていた。 「私達が過ごしてきた時間って、そんな薄っぺらいもんだとは思ってないよ、私は」 「そんなの私だって一緒よ」 思わず、叫びそうになった。心外だと思った。 私だって、そんな適当な気持ちで皆と付き合ってきたわけじゃない。 けど、こなたの人差し指が私の目の前に突き出されて、それは遮られた。 「かがみ、そう言う事じゃないよ」 荒ぶる私とは対照的に、こなたは静かに首を横に振った。 「私もかがみも、もちろん、つかさやみゆきさんもそんな風に思ってないのは知ってるよ。 だけど、かがみの卒業イコール終わりっていう考え方は違うと思う」 真っ直ぐな瞳が、私に訴えかける。 今まで無風だったのに、ゆったりと吹き出した、少し暖かい風は、私とこなたの髪を静かに揺らす。 まるで、こなたの密かな意志を表しているかのように。 いつの間にか時間も過ぎていて、遠くでオレンジ色に染まり始めた街並みや夕日も、それを象徴しているよう。 私は、何も言えずに息をのんだ。 ううん、何も喋れなかった。 「高校生って言う、二度とない時間は、悲しいけど終わっちゃう。 でもね、私達の時間は、私達が望む限り、ずっと続くんだよ」 「…でも、個人の意志だけじゃ、どうにもならないじゃない…」 「否定的だなぁ、かがみは…」 やれやれと、手を広げて、首を横に振るこなた。 何だかいつもと立場が逆で、少し恥ずかしい。 「個人の意志って言うけど、私達皆、一緒にいたいって思ってるんだよ? それを望むことが、迷惑だとでも思ってるのかな?」 「だ、だって!学校が違えば、それぞれやるべき事は変わってくるわけだし。 本気で夢に向かって走ってれば、いつかは私達だって…!」 「だったら、私が終わらせない」 「…え?」 思いのたけを、全てぶつけた。 いつもだったら言わないような、不安や悲しみも、全部。 それでも返って来た言葉は、強い意志を持った、だけど温かい言葉だった。 「私が、かがみが嫌だって言っても、会いに行く。 今まで、かがみに頼りっぱなしだった私だよ? だから、高校卒業してからも、かがみには色々お世話してもらわないとね~」 「な、何言ってんのよ?そこまであんたの面倒見切れるわけないじゃない」 「でも、かがみ以外に私に煩く言ってくれる人なんて、きっといないよ。 それに、それぞれに夢があるのなら、私達の"一緒にいたい"ってのも同じ夢だよ。 皆がそれぞれの夢を叶えたいように、私はその夢も叶えたい」 呆気に取られた。 自分で何を言ってるのかわかってるの?とか、それは単なる我侭じゃないのか?とか、言いたい事もあった。 でも、その思いはひたすら純粋で、決して自分の我侭でそう言ってるんじゃない事位、この子の瞳を見てればわかる。 こんな風に後ろ向きな私のために、こんなに一生懸命に考えてくれてるんだ。 心にじわーっと、温かさが広がるような気がして、私は思わず胸の辺りを抑えた。 「将来だとか、夢に向かってって言うけどさ。 他の人から見たら些細な事かもしれないけど、私達にとっては、同じ位価値のある夢なんだよ? みんなでずっと、何でも無い話で笑い合えたら、すっごい幸せじゃん」 うん、そうだ。 何で、そんな簡単な事に気付かなかったんだろう。 将来だとか、社会だとか、そういうものに焦って、大事な事を見落としていた気がする。 何夢見てるんだって、言われるかもしれない。けど、私達にとってはとても大事な事だ。 言うほど簡単には行かないかもしれないけど、きっと不可能じゃないって、そう思えた。 「だからさ、そんな悲観ばかりしてちゃダメだよ。 そういうナーバスな気分になる時期なのかもしれないけどさ。 そういう時こそ、前向きに行かなきゃじゃん~」 こいつのとことんなまでの前向きな姿勢が、すごく魅力的に見える。 でも、ない胸を張って言うその姿は、少し頼りなくて、思わず笑ってしまう。 「…むむ?何で笑うのさ~?そこ、笑うところじゃないよ~」 「ご、ごめんごめん。何か、私だけ考え込んでて、バカみたいに思えただけよ」 「そっか」 思わず、顔を見合わせて、一頻り笑った。 静かな空間に、私達の笑い声だけが響く。 この暑い季節なのに、こんなに清々しい気分なのは初めてかもしれない。 「私だって、卒業して離れ離れになっちゃうのは凄く寂しいよ。 だけどね。寂しいけど、それで終わりだって、何もしないで終わっちゃうのは嫌なんだよ。 幸せが離れていくって言うなら、私はどこまでも追いかける。自分の力で手に入れる。 かがみも、つかさもみゆきさんも。ただ、甘えたいだけだって言われるかもしれないけど、私達にとってはすごく大事な事だよね?」 「うん、そうね」 さっきまでの不安なんて、どこにもなかった。 それは、こなたの言葉が、まるで魔法をかけたかのように、私の中から不安を一切取り除いてくれたのか…。 何にしても、こなたにはそれだけの力があると言うことだと思う。 「だいたいさ、私達の縁がそうそう切れるわけないじゃん。 卒業したって、今まで通り夜は電話してそうだし、週末なんかはお互いの家行き来してそうだもん」 確かに、そんな未来が容易に想像出来る。 単に、それぞれの行き先が少し変わるだけ。私達の関係は、何ら変わらない。 「そうかもね。でも、面倒見るとか、宿題とかは話しが別よ。自分のやりたい事やろうと思ったら、そこまで手回せないんだから。自分で頑張りなさい」 「うえぇぇ…かがみ様、手堅いなぁ…」 「様はやめろって」 軽く、こなたの額を小突く。 「殴ったね、親父にもぶたれた事ないのに!」なんて、どこかで聞いた事ありそうな台詞を言いながら、満面の笑み。 「本当に何歳だよ、お前は」と、すかさず突っ込みを入れる私も、きっと笑ってる。 それはきっと、こいつといるのが本当に楽しくて、どうしようもなく、好きだからだと思う。 その気持ちは言う事は出来ないけど、それでもすごく幸せな気分になれる。 「仕方ないから、卒業後も付き合ってあげるわよ。ほっといたら、あんたは何しでかすかわからないからね」 本当の気持ちを言葉に出来ないから、せめてもの言い訳。 でも、そんな心すら見透かすように、「うん」と、嬉しそうに笑うこなたが、すごく綺麗で。 「ありがと、こなた」 「へ?」 今なら、素直にお礼の気持ち位は言える気がして、そのまま言葉にしたのに、こなたはフリーズしてしまった。 「…何よ?」 「ちょ、待ってよ!何今のデレは!?セーブしてないよ!もっかい、もっかい言うんだかがみ!」 「何わけわからんこと言ってるんだ!それから、二度は言わないからね!」 ぴたりと固まったと思ったら、急に顔を夕日みたいに染めて慌てだす。忙しいやつだな。 私だって、同じ事を二度言うのは恥ずかしいんだから、言えるわけないじゃない。 お互いに顔を赤く染めて、それが可笑しくて笑い合って。そんな空気が心地よい。 徐に立ち上がったこなたが、軽くスカートの後ろをぽんぽんと叩いた。 「んじゃ、そろそろ行こうか、かがみ」 そう言って、手を差し伸べられる。 それは、まるでいつかの夕日のワンシーンを彷彿とさせて。 差し伸べられた手に、吸い込まれるように私の手を重ねると、優しい温もりが伝わって来る。 これは本来、私が独り占め出来るものじゃないけど。 今だけは、私だけが独り占め出来る温もりだから。 それが嬉しくて、恥ずかしくて、こなたの顔はまともに見れない。 けれど、心から感謝の気持ちを伝えるために、握った手をぎゅっと握り返した。 きっと、時間は永遠じゃない。 けど、私達の時間は、そんなに脆いものでもない。 それに気付けた私は、少しは前に進めたのかな。 臆病になってばかりで、前に進めなかった私を引っ張ってくれたのは、間違いなくこなただ。 相変わらず、とどまる事を知らないこの気持ちは、今日の出来事で更に範囲を広げたけど。 言葉にする事の出来ないこの気持ちは、まだ私の心の中。 いつかは、この気持ちを言葉に出来る位、前に進める日が来るのかな。 それはわからない未来だけど。 私の大好きな時間は、きっとどんな事があっても、一生変わらないんだって、確信できた。 私達が望む限り、終わりなんてないんだから。 私達の時間は、まだまだ始まったばかり。 -[[届けられない言葉]]へ **コメントフォーム #comment(below,size=50,nsize=20,vsize=3) - 時間が限られてるからこそってことか。 &br()永遠なら軽くなってしまう。 -- 名無しさん (2009-03-11 17:20:42) **投票ボタン(web拍手の感覚でご利用ください) #vote3(4)
時間は永遠じゃない。 生物にそれぞれ、平等と言うわけではないけど、時間は有限だ。 少なからず、4人でいる時間は、きっと終わりを迎える時が来る。 それは仕方のない事だし、今後、皆で集まるような機会はきっとあるだろうから、そんなに悲観する事でもないのかもしれない。 でも、日常と称している、今、この時は、時間を重ねる事により、過去のものとなってしまうわけで。 過去の記憶は段々と曖昧になってしまい、きっと思い出すのも難しくなってしまう。 そう考えると、今まで以上に、この日常が愛おしくなって。 せめて、皆でいられる間は、たくさん思い出を作って、記憶にしっかり刻もう。 私の過ごした日常は、とても有意義なものだったんだと思える位の思い出を。 そう、切実に願った。 『悠久の時を願うように』 鬱陶しい梅雨もようやく終わりを迎え、数日前からそれと引き換えのように、じりじりと陽が照り付けてくるようになった。 つい先日まで、滝のように降り注いでいた雨が急になりを潜め、そんなものはなかったかのように、青空が広がっている。 雲一つない青空はとても清々しくて、思わずお天道様の元を思いっきり走りたくなるような衝動に駆られる、7月。 C組の自席で、物思いにふけっていた私は、窓の外、青空の下から聞こえてくる声へ耳を傾けていた。 じっとしてるだけでも暑いこの陽気でも、部活中の人達の活気のある声が、しっかりと響いてくる。 それもそのはずで、6月は梅雨の影響で、校庭は大きな水溜りとなってしまい、使用したくても出来なかったのだから。 体育館を使用するような部活はまだしも、陸上部などは、室内の限られた範囲内で、さぞ満足のいかない、退屈な活動を行っていた事だろう。 私の偏見かもしれないけど、日下部がこの前、そんな風に漏らしていたからきっとそうなんだろう。 ようやく陽の目を浴びる事が出来るのだから、嬉しくもなるもんだろうし、活気も出る。 それに、こうしてからっと晴れてくれているのは、私にとっても、きっとこなたにとっても、嬉しい事で。 あの日以来、こなたは雨の日でもあまり憂鬱そうな顔をしなくなった。 その理由を聞いてみたら 「今はこんな時期だから、お母さんも感傷的になってるけど、私が笑ってればさ。 今、すごく幸せに過ごしてるから大丈夫だよって証明してれば、きっとこの雨も止んでくれるよ」 そう言っていた。 「そう教えてくれたのは、かがみだよ」って言ってくれた時の嬉しそうな笑顔に、私まで幸せな気分になれて。 実際その通りで、こなたが笑っていると、つかさもみゆきも、いつも優しく微笑んでる。 やっぱり、こなたは笑顔が良く似合う。 その笑顔は、このどこまでも広がる青空のように清々しくて。 私も、梅雨が終わってこの季節が来るのを、本当に楽しみにしていた。 こなたもきっと、楽しみにしてたんじゃないかな。そんな気がして、私は低く笑った。 今日は期末テストの最終日。 1週間前からテストモードとでも言えばいいだろうか。 そんな空気に包まれて、誰もがぴりぴりしていたのが、約10分前まで。 最後のテスト終了のチャイムと同時に、緊張感でいっぱいだった教室は、瞬く間に開放感へと誘われて。 学生にとっては、今回のテストが今月最大のイベントであり、壁だったのだから無理もない。 出来の良し悪しに関わらず、皆平等に平穏が訪れる。 この後に控えるのは、長期休暇である事も手伝って、ただでさえ暑い教室は、体感2~3℃は上がっているんじゃないかと 思う程の活気に溢れている。 私もその例に漏れず、テスト終了後の開放感に浸っており、ぐっと背伸びをしつつ、先程のような事や、夏休みはどうしようか? なんて事を、色々と考えていた。 予定を立てるのも、すごく楽しいしね。 …とは言っても、私達ももう高校3年生なわけで。 いわゆる"受験"のシーズン真っ只中。 出来るだけ意識しないようにしていたけど、そろそろ、そうも言っていられなくなってきているのも事実よね。 夏休みを期に、塾に行き始める人もいるだろうし、オープンキャンパスや学校説明会に行く機会も増えるだろうし。 私は普段から勉強しているので、後になってから焦るような事はないと思う…多分。 もちろん、油断は出来ないけど。 でも、一番の不安要素は、きっとあいつ。 他人の心配をしてる場合じゃないともわかってるつもりだけど、気がつけば、あいつの事ばかり考えてる自分がいるわけで。 いてもたってもいられなくなった私は、思考するのを早々に打ち切り、自分の荷物を纏めると、 一目散に隣の教室へと足を運んだ。 梅雨の時とは違って、廊下は風が良く通っていて。 教室に比べても、気温が1~2℃は下がったかのような感覚に包まれる。 そんな、気持ちのいい風を長い髪に受けながら、B組への扉を開けた。 「おっす、来たわよー」 窓を開け放ったB組の教室に、私の声が吹き込む風の如く響く。 私の声に反応したのは二つの頭。 とは言っても、教室にいたのはこの2人だけだから、当然だけど。 「かがみさん、こんにちわ」 こう毎日暑くても、愛想を崩さずににっこり微笑むみゆき。 「うん。あれ…1人足りないわね」 「えっとね、黒井先生に呼ばれて、生徒指導室に連れて行かれちゃったよ~」 みゆきとは正反対に、明らかにぐったりした声で説明してくれたのは妹のつかさ。 この陽気にやられてしまっているようだけど、みゆきとのこの差は何だろう…。 でも、なるほど…今の時期、生徒指導室に呼ばれるって事は、やっぱりあれか…。 先程、教室で考えていた事が思い出される。 ほぼ、確実にそうだろうな。 「もうそろそろ、戻ってくるのではないでしょうか?そんなに時間は取らないと、黒井先生も仰っていましたし」 やんわりと説明してくれるみゆきに「そっか」と軽く微笑んで、先程私が入って来た扉に目をやった。 すると、やたらタイミングよく、ばぁんと大きな音を立てて扉が開いた。 「いや~、ごめんごめん。お待たせ~」 言う割には、あまり悪びれた様子もなく、いつもの猫口顔で、でも気だるそうに、教室へと足を踏み入れるこなた。 「おっす」 「おぉ、かがみ。いらっしゃー」 軽く挨拶を交わした後、オアシスを求めて彷徨う遭難者の如く足取りで、ゆっくりと自分の席へと吸い込まれていく。 「あぁ~つぅ~…こう暑いと、何もやる気しないよね~…」 手をうちわを仰ぐようにひらひらとさせて、気持ち低い声でそうぼやく。 「そうだよね~、やる気出ないよね~」 こちらは、気持ち明るい声で、うんうんと大袈裟な位同意してる。 同士がいたからだろうけど、そんな事で元気になるんじゃないわよ、つかさ…。 「あんたのやる気ない~はいつもの事じゃないのよ」 「いやいや、こんな暑いと誰だってやる気出ないって~」 「私やみゆきはあんたらみたいにだらけてないけどな」 少し大袈裟に手を広げ、少し嫌味っぽく、やれやれと首を振ってやった。 図星だからか、「む~…」としか言えずに黙ってしまう。 つかさも「えへへ…」と言って、反論する様子は全く無い。 「でも、こう暑いと何をするにも倦怠感が纏わり尽きますね。私も最近は、外に出るのさえ億劫で」 苦笑しながら「困りますね~」と言うけど、そんな風にはあまり見えない。と言ったら、みゆきに失礼かしら。 その人についたイメージ像がもう出来ちゃってるから、意外な一面って、なかなか想像出来ないのよね。 自分の目で、直接その場面に遭遇しない限りは。 「ほぉ~ら、みゆきさんだってこう言ってるじゃんか。かがみだって、本当は私達と同類じゃないのかな? 強がらずに、言ってごらん、ほらほら~」 みゆきという強い味方を得たからか、急に元気になったこなたが、それはもう暑苦しくなるほどに嫌らしい笑みで、私を茶化し始める。 そりゃ、私だって暑いと思ってるけど、我慢しているんだから。 そんな風に言われたら、余計暑くて、ついぽろっとこぼしてしまいそう。 だけど、弱みを極力出したくないのが私の性分なのは、自分でもよくわかってるつもり。 「別に。そう思うことはあっても、あんた程だらけきっちゃいないわよ」 冷ややかに、そう言い放ってやった。 「むぅ~、かがみ冷たいなぁ~。それでも私の嫁かぁ~!」 「いつあんたの嫁になったんだ!」 条件反射で突っ込んでしまった。 しまったと思った時には既に遅し、にまにま顔が私に向けられていた。 「ふっふ~ん、その鋭い突っ込み…さすが私の嫁だねっ」 もう、何か言い返す気力も失せていた。 第一、その理不尽な憤り方は何なのよ。 思わず突っ込んでしまった自分の弱さに溜め息をつきたくなったのと。 未だにちくちくする胸の痛みが、そういう気持ちにさせてるのかもしれない。 こういうところで"嫁"と引き合いに出されるのは、少し切なくて。 こなたは私の気持ちを知らないのだから、当然だけど。 「で、あんたは何で生徒指導室なんかに呼ばれてたのよ」 そんな思いを払拭するために、先程の報復も兼ねて、私は言ってやった。 長話を聞かされてたからなのか、ぐっと伸びをしていたこなたは、上に伸ばしていた手を自分の頬へ下ろし、ぽりぽりとかいた。 「いやぁ、進路の事でちょっとネ…」 案の定というか、やっぱりそうだったのね。 4人の中でも、私、つかさ、みゆきはある程度進路を決めていたのだけど。 この前の進路希望調査でも、こなただけが白紙だった。 ちゃんと考えてるのか、甚だ疑問だわ。 「あんた、漠然とでもいいから、何かやりたい事とかないわけ?」 「ない!」 「おま…即答かよ!」 あっさりと言いやがった! 思わず、こめかみに人差し指を当てる。 今のこの時期に、ここまで進路について無頓着なのは珍しいと言うか…かなり危ないわよね。 こんなに心配してても、当の本人が上の空じゃ、どうしようもないじゃない。 「だってぇ~、どの進路も魅力を感じられないんだもん。 それなのに、ただ大学に行って、ただ授業受けてるだけじゃねぇ…」 確かにそれは一理あるかもしれない。あるかもしれないけど…納得は出来ない。 「言っとくけど、そればかりは面倒見られないのよ?遅くても夏休み中には決めないと、絶対後悔する事になるんだから」 自覚のなさそうな、のんびりした顔の鼻先に、人差し指を突きつけてそう言ってやった。 「…分かったヨ。ちゃんと決めるよぉ」 諦めたかのように、面倒くさそうに生返事を返す。 こいつ…本当にわかってるのか? いや…今までの付き合いだし、こいつが適当にこの場を流したいがために返事をした事位はわかる。 だから、何か言い返してやろうかとも考えたけど…。 少し大きな声を出したためか、体温が少し上昇した気がして。 もとより、気温が高い教室の中にいるのだから、当然暑い。 先程から制服を肌に纏わりつかせる汗も少し気になり始めていて。 他の3人を見やっても、それぞれが手をぱたぱたと振って、風を送る仕草をしている。 効果は、あまりなさそうに見えるけど…。 さすがにその様子を見ていたら、私も段々と耐え切れなくなってしまった。 「…暑いし、どこか涼める場所に行こっか」 その私の言葉を待っていたかのように、「うん!」と、こなたとつかさが飛びつくように、声を揃えて即答した。 なんでこういう所で、この2人はこんなに息がぴったりなんだろう。 やっぱり、似たもの同士だから…? その2人の事を、相変わらずやんわりと微笑みながら、優しく見つめていたみゆきと目が合って。 その目が、私と同じ事を考えていたような色に見えたから、思わず微笑んだ。 と言うわけで、ところ変わって駅前の喫茶店。 陽がじりじり照りつけ、地面がそれを蒸し返す、まるでサウナのようなアスファルトの道。 蝉の鳴き声が、暑さを3割増位にしているような錯覚を覚える。 一日の中でも一番気温の高い時間帯だからなのか、人の姿なんてほとんど見る事もなくて。 地平線の向こうに陽炎がゆらめいてるのが見えると、眩暈が起きそうになる位、本当に暑い…。 そんな中、私達はやっとの思いで、目的のオアシスまで辿り着いた。 うぃーん、という機械音と共に、ひんやりと気持ちのいい風が吹き出して、私達の髪を揺らす。 私達を客と見るや否や、ウェイトレスさんが微笑みながらこちらへと駆け寄ってくる。 「お客様、4名様ですか?」 「はい」 「はい、4名様、こちらへどうぞ~」 にっこりと愛想の良い笑みを浮かべながら、私達をてきぱきと案内してくれた。 「いやぁ~、生き返るねぇ~」 テーブルにべたーっと張り付きながら、本当に気持ちよさそうに、私の隣の席に納まった少女は呟いた。 頭から一本飛び出たアホ毛も、冷房の風に揺られて、踊っているようで。 それが可笑しくて、思わず笑ってしまいそうになった。 「ほんとだね~。もうお外に出たくない位気持ちいいよ~」 「ふふ、そうですね。日焼けもあまりしたくないですしね」 「日焼けしちゃったら、みゆきさんがみゆきさんじゃなくなっちゃうからネ」 「何が言いたいんだ、お前は…」 いつも通りの、私達の時間が流れ始める。 それは、何も学校の教室だけじゃなくて、どこにいても、どんな場所でも。 きっとそんなの、関係ないから。 頼んでいた飲み物も配膳され、私の大好きな時間はゆったりと流れていた。 「しかし、受験かぁ…どうしようかねぇ…」 "受験"。 こなたのその一言に、急に現実に引き戻された気がした。 受験があるって事は、その先…"卒業"もきっと間近なのよね。 そう考えた途端、この時間は有限であると言う事を目の前に突きつけられた気がして。 きっと、こなたは何の気なしに口にした言葉だろうけど、私にとっては…。 この時間の終わりが訪れると言う事は、今のようにこの4人で会う機会がめっきり減ると言う事に他ならない。 即ち、私の想い人とも。 日に日に大きくなる気持ちを抑えるには、いい事なのかもしれない。 世間的には、その方がきっといい。それは理解してるつもり。 でも。 私の心は、それをはっきり「嫌だ!」と言っている。 我ながらわがままというか…やれやれだわ。 この日常を手放したくない、加えてこの気持ちを抑えたくないなんて、欲張りにも程がある。 自己主張はそれなりにする方だとは思うけど、こんな風になった事は、多分ここ最近はない。 あれかしら…恋は盲目?いやいや、何言ってるんだろう、私…。 自分で言ってて恥ずかしくなりながらも、いつかは終わるこの時間に思いを馳せていた。 「余り慌てて考えても、逆によくありませんし。夏休みの間、時間は十分ありますから、その間に学校説明会等に参加してみてはどうでしょうか。 こなたさんの興味を惹く何かが、見つかるかもしれませんし」 「そだね~…」 何となく。本当に何となくだけど、こなたの声が、哀しみを帯びている気がした。 (もしかして、こなたも私と同じなのかな…?) 何でそんな風に思ったのかはわからない。 私の単なる願望だったのかもしれない。私と同じように考えてくれてたら嬉しいな、とか。 それで何かが変わるわけじゃないけどね…。 「かがみと一緒の学校にしようかな~」 「…え?」 耳を疑った。 何で私と一緒なのよ?とか、あんたの成績で行けるのか?とか。 そんな事は全て置いてけぼりにして、"こなたと一緒"と言う事だけが、私の心を支配した。 一度燻り出した火は止まらない。胸が音を立て始める。 あぁ、こなたに毒されすぎだわ、知識も心も… 頭の片隅でそんな事を考えたけど、思考とは無関係に心の火はあっという間に全体を覆ってしまう。 まずい。顔、赤くなってないか? こんな時に、赤面症な自分が恨めしくなる。 「あ、あんた…冗談も程ほどにしときなさいよ」 こう言うのが精一杯だった。 「いやぁ~、かがみと一緒のところに行けば楽だと思うんだよね~。宿題とか宿題とか、あと宿題とか!」 「あんたの場合はむしろそれがメインだろ!ていうか、結局それか!」 私の、こなたにとっての立ち位置は、結局それなわけだ。 まったく、人の気も知らないで…。 私だけがどきどきしてるのが何だかバカらしくて、皆には聞こえないように、小さく溜め息をついた。 「まぁ、実際のところ、私の成績じゃ無理だろうけどね。大人しく、自分に合いそうなのを探すとするよ」 それでも、いつもの飄々とした態度でそう言うこなたの表情が、声が。 何となく哀しみを帯びていると感じてしまうのは、私の都合のいいように解釈してるだけなのかな…? 根拠のない、そんな感覚は、この時間が終了するまで、ずっと続いていた。 私達の時間はつつがなく終了して、私はこなたと2人並んで、夕暮れにはまだ少し早い、線路沿いの道を歩いていた。 喫茶店から出た後、みゆきは家の用事があるとかで別れて、つかさも今日は夕食当番だから、買い物に行くと言う事で別れたばかりだ。 昼間ほどとは行かないけれど、太陽はまだまだ元気らしく、私達をじりじりと照りつけてくる。 喫茶店の気持ちのいい冷房の風が懐かしい。 さっきようやく乾いた汗が、再び現れて、制服を肌に纏わりつかせる。 要するに、暑い。気持ち悪い。 口に出すと余計にそう感じるらしいから、言わないけど。 隣を歩く少女も同じなのか、先程からずっと気だるそうな顔をして、黙りこくったままだ。 「…んん?何かな、かがみんや」 重たそうな口をようやく開いて、やっぱり気だるそうにそう問いかけてきた。 先程からずっと気になっていたから、ついつい見てしまっていたらしい。 「…別に」 私の口も自分で思った以上に重たく感じて、それだけしか言えなかった。 「人の事じっと見ておいて、別にって事はないでしょ~」 どこぞの芸能人の真似?なんて言われてしまった。 別に意識なんてしてなかったわよ。 こんなに思うように口が開かないのは、果たして本当に暑さのせいだけなのか。 違う…って事位、私の中ではもうわかっている。 でも、口に出せないのは、私の弱さなのかもしれない。 わかっていても、認めるのが怖いんだ。 「…かがみの考えてる事、当ててあげよーか?」 私の事を見透かしたような、澄んだ碧色の瞳で見つめられた。 じっと見つめた後、自身の肩の後ろをくいくいっと親指で指して 「あそこの公園の木陰ででも休憩しながら、少し話そうよ」 何故か逆らう気はしなかった。 絶好の避暑地に魅力を感じてしまったのもあるとは思うけど。 あるいは、こなたの瞳に、逆らえないような何かを感じたのかもしれない。 「ふぃ~、生き返るねぇ」 「一体何歳だよ、あんたは」 こなたに促されて入った木陰は、思いの外涼しくて。 歳不相応な発言に、思わずそう突っ込んでいた。 「まだぴっちぴちの18歳だよ~」 「自分でぴっちぴちとか言うな」 陽に当てられていた時に比べれば、私達の調子も若干戻った気がする。 避暑地効果、案外あったのかもしれないわね。 こなたは、軽く「あはは~」と笑った後、頃合と見計らったのか、少し真面目な顔をして、私に視線を向けた。 「で、さっきの話しだけどね。かがみ、卒業するのが怖いとか、思ってない?」 「…え?」 また、驚かされた。図星を指されたから。 ていうか、こいつはエスパーか…? 「べ、別にそんな事は「あるのに、図星を指されて素っ気無い態度取っちゃうかがみ萌え~」」 かあぁぁ~っと、体温が上昇するのを感じた。 本当に見透かされてる… いや、もしかして、単に私がわかり易いだけなのかしら… そうだったら、ちょっとショックだな。 「むふふ、かがみはやっぱり、寂しがりやのうさちゃんだよネ」 「なっ、ちがっ」 今度は別の意味で口が上手く開かない。 してやったり、な顔がちょっとむかつく! こいつの思う壺になってる私も私だけど。 「言ったじゃん、かがみの事なら何でもわかるのだよ~」 手をひらひらさせて、満足そうにそう言われて、少しどきっとしてしまった私は、やっぱりこいつに毒されてる。 何だかそれが凄く悔しかったから、報復を兼ねて私も言ってやる事にした。 「そ、そういうあんただって、何だか哀しそうな顔してたじゃないのよ」 私の言葉に、目をぱちくりさせて、少し驚いたような表情。 してやったりと思った。 でも、思いの外、嬉しそうな顔をされて。 「やっぱりかがみは、気付いてくれるんだね」 いつものおちゃらけた笑いじゃなくて、心底嬉しそうな笑顔だから。 報復だとかそんな事はどうでもよくなる位、こちらも幸せな気持ちになる。 こなたは色々な笑顔を持ってるけど、この優しい笑顔には特別弱い。 「多分、考えてた事はおおよそかがみと一緒だよ。4人でいられる時間が、少なくなっちゃうって思ったんでしょ?」 「あ…うん」 本当に、私の心を全て見透かしているように、言い当てられてる。 ついでに、さっき私が思っていた事は間違いじゃなかった事がわかって。 こなたの事、私も理解してあげられてるような、自己満足かもしれないけど、嬉しくなった。 でも、それと同時に。こなたもそう思ってるって事は、少なくともこの先、それが待っているって事が現実味を帯びて来た気がして。 少し切なくなった。心の中がぐるぐると渦を巻いて、私はどうすればいいのか、よくわからなくなっていた。 「でもさ、かがみ。私はこうも思うわけだよ。時間は確かに少なくなるけど、私達の縁は切れないって。 縁が切れないって事は、必ずその時間は存在するって事だよ」 また、私の心を察するかのように、優しい笑顔のまま、そう紡いだ。 でも、不安は不安よ。 学校が別々になったり、連絡を取らなくなれば、きっと疎遠になっていく。 急激な温度変化に、耐えられるのかが一番の不安なのよ。 人は慣れるから、きっと時間が経てば、それも何ら苦にならなくなるのかもしれない。 けど、私はそんなの嫌だ。 一番の幸せな時間を喪失するのは、きっと私には耐えられないわよ…。 「…その根拠は何なのよ?」 そう、聞かずにはいられない。 こなたも私と同じで、この時間が終わりを迎えてしまうのは、哀しいんじゃないの? そんなこなたは、私の言葉を受けて、何故か鮮やかな笑顔を浮かべていた。 「私達が過ごしてきた時間って、そんな薄っぺらいもんだとは思ってないよ、私は」 「そんなの私だって一緒よ」 思わず、叫びそうになった。心外だと思った。 私だって、そんな適当な気持ちで皆と付き合ってきたわけじゃない。 けど、こなたの人差し指が私の目の前に突き出されて、それは遮られた。 「かがみ、そう言う事じゃないよ」 荒ぶる私とは対照的に、こなたは静かに首を横に振った。 「私もかがみも、もちろん、つかさやみゆきさんもそんな風に思ってないのは知ってるよ。 だけど、かがみの卒業イコール終わりっていう考え方は違うと思う」 真っ直ぐな瞳が、私に訴えかける。 今まで無風だったのに、ゆったりと吹き出した、少し暖かい風は、私とこなたの髪を静かに揺らす。 まるで、こなたの密かな意志を表しているかのように。 いつの間にか時間も過ぎていて、遠くでオレンジ色に染まり始めた街並みや夕日も、それを象徴しているよう。 私は、何も言えずに息をのんだ。 ううん、何も喋れなかった。 「高校生って言う、二度とない時間は、悲しいけど終わっちゃう。 でもね、私達の時間は、私達が望む限り、ずっと続くんだよ」 「…でも、個人の意志だけじゃ、どうにもならないじゃない…」 「否定的だなぁ、かがみは…」 やれやれと、手を広げて、首を横に振るこなた。 何だかいつもと立場が逆で、少し恥ずかしい。 「個人の意志って言うけど、私達皆、一緒にいたいって思ってるんだよ? それを望むことが、迷惑だとでも思ってるのかな?」 「だ、だって!学校が違えば、それぞれやるべき事は変わってくるわけだし。 本気で夢に向かって走ってれば、いつかは私達だって…!」 「だったら、私が終わらせない」 「…え?」 思いのたけを、全てぶつけた。 いつもだったら言わないような、不安や悲しみも、全部。 それでも返って来た言葉は、強い意志を持った、だけど温かい言葉だった。 「私が、かがみが嫌だって言っても、会いに行く。 今まで、かがみに頼りっぱなしだった私だよ? だから、高校卒業してからも、かがみには色々お世話してもらわないとね~」 「な、何言ってんのよ?そこまであんたの面倒見切れるわけないじゃない」 「でも、かがみ以外に私に煩く言ってくれる人なんて、きっといないよ。 それに、それぞれに夢があるのなら、私達の"一緒にいたい"ってのも同じ夢だよ。 皆がそれぞれの夢を叶えたいように、私はその夢も叶えたい」 呆気に取られた。 自分で何を言ってるのかわかってるの?とか、それは単なる我侭じゃないのか?とか、言いたい事もあった。 でも、その思いはひたすら純粋で、決して自分の我侭でそう言ってるんじゃない事位、この子の瞳を見てればわかる。 こんな風に後ろ向きな私のために、こんなに一生懸命に考えてくれてるんだ。 心にじわーっと、温かさが広がるような気がして、私は思わず胸の辺りを抑えた。 「将来だとか、夢に向かってって言うけどさ。 他の人から見たら些細な事かもしれないけど、私達にとっては、同じ位価値のある夢なんだよ? みんなでずっと、何でも無い話で笑い合えたら、すっごい幸せじゃん」 うん、そうだ。 何で、そんな簡単な事に気付かなかったんだろう。 将来だとか、社会だとか、そういうものに焦って、大事な事を見落としていた気がする。 何夢見てるんだって、言われるかもしれない。けど、私達にとってはとても大事な事だ。 言うほど簡単には行かないかもしれないけど、きっと不可能じゃないって、そう思えた。 「だからさ、そんな悲観ばかりしてちゃダメだよ。 そういうナーバスな気分になる時期なのかもしれないけどさ。 そういう時こそ、前向きに行かなきゃじゃん~」 こいつのとことんなまでの前向きな姿勢が、すごく魅力的に見える。 でも、ない胸を張って言うその姿は、少し頼りなくて、思わず笑ってしまう。 「…むむ?何で笑うのさ~?そこ、笑うところじゃないよ~」 「ご、ごめんごめん。何か、私だけ考え込んでて、バカみたいに思えただけよ」 「そっか」 思わず、顔を見合わせて、一頻り笑った。 静かな空間に、私達の笑い声だけが響く。 この暑い季節なのに、こんなに清々しい気分なのは初めてかもしれない。 「私だって、卒業して離れ離れになっちゃうのは凄く寂しいよ。 だけどね。寂しいけど、それで終わりだって、何もしないで終わっちゃうのは嫌なんだよ。 幸せが離れていくって言うなら、私はどこまでも追いかける。自分の力で手に入れる。 かがみも、つかさもみゆきさんも。ただ、甘えたいだけだって言われるかもしれないけど、私達にとってはすごく大事な事だよね?」 「うん、そうね」 さっきまでの不安なんて、どこにもなかった。 それは、こなたの言葉が、まるで魔法をかけたかのように、私の中から不安を一切取り除いてくれたのか…。 何にしても、こなたにはそれだけの力があると言うことだと思う。 「だいたいさ、私達の縁がそうそう切れるわけないじゃん。 卒業したって、今まで通り夜は電話してそうだし、週末なんかはお互いの家行き来してそうだもん」 確かに、そんな未来が容易に想像出来る。 単に、それぞれの行き先が少し変わるだけ。私達の関係は、何ら変わらない。 「そうかもね。でも、面倒見るとか、宿題とかは話しが別よ。自分のやりたい事やろうと思ったら、そこまで手回せないんだから。自分で頑張りなさい」 「うえぇぇ…かがみ様、手堅いなぁ…」 「様はやめろって」 軽く、こなたの額を小突く。 「殴ったね、親父にもぶたれた事ないのに!」なんて、どこかで聞いた事ありそうな台詞を言いながら、満面の笑み。 「本当に何歳だよ、お前は」と、すかさず突っ込みを入れる私も、きっと笑ってる。 それはきっと、こいつといるのが本当に楽しくて、どうしようもなく、好きだからだと思う。 その気持ちは言う事は出来ないけど、それでもすごく幸せな気分になれる。 「仕方ないから、卒業後も付き合ってあげるわよ。ほっといたら、あんたは何しでかすかわからないからね」 本当の気持ちを言葉に出来ないから、せめてもの言い訳。 でも、そんな心すら見透かすように、「うん」と、嬉しそうに笑うこなたが、すごく綺麗で。 「ありがと、こなた」 「へ?」 今なら、素直にお礼の気持ち位は言える気がして、そのまま言葉にしたのに、こなたはフリーズしてしまった。 「…何よ?」 「ちょ、待ってよ!何今のデレは!?セーブしてないよ!もっかい、もっかい言うんだかがみ!」 「何わけわからんこと言ってるんだ!それから、二度は言わないからね!」 ぴたりと固まったと思ったら、急に顔を夕日みたいに染めて慌てだす。忙しいやつだな。 私だって、同じ事を二度言うのは恥ずかしいんだから、言えるわけないじゃない。 お互いに顔を赤く染めて、それが可笑しくて笑い合って。そんな空気が心地よい。 徐に立ち上がったこなたが、軽くスカートの後ろをぽんぽんと叩いた。 「んじゃ、そろそろ行こうか、かがみ」 そう言って、手を差し伸べられる。 それは、まるでいつかの夕日のワンシーンを彷彿とさせて。 差し伸べられた手に、吸い込まれるように私の手を重ねると、優しい温もりが伝わって来る。 これは本来、私が独り占め出来るものじゃないけど。 今だけは、私だけが独り占め出来る温もりだから。 それが嬉しくて、恥ずかしくて、こなたの顔はまともに見れない。 けれど、心から感謝の気持ちを伝えるために、握った手をぎゅっと握り返した。 きっと、時間は永遠じゃない。 けど、私達の時間は、そんなに脆いものでもない。 それに気付けた私は、少しは前に進めたのかな。 臆病になってばかりで、前に進めなかった私を引っ張ってくれたのは、間違いなくこなただ。 相変わらず、とどまる事を知らないこの気持ちは、今日の出来事で更に範囲を広げたけど。 言葉にする事の出来ないこの気持ちは、まだ私の心の中。 いつかは、この気持ちを言葉に出来る位、前に進める日が来るのかな。 それはわからない未来だけど。 私の大好きな時間は、きっとどんな事があっても、一生変わらないんだって、確信できた。 私達が望む限り、終わりなんてないんだから。 私達の時間は、まだまだ始まったばかり。 -[[届けられない言葉]]へ **コメントフォーム #comment(below,size=50,nsize=20,vsize=3) - なんだこのエモいssは…っっ! -- 名無しさん (2020-12-16 04:47:18) - 時間が限られてるからこそってことか。 &br()永遠なら軽くなってしまう。 -- 名無しさん (2009-03-11 17:20:42) **投票ボタン(web拍手の感覚でご利用ください) #vote3(4)

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