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春雷や、僕らは長く夢を見る」(2023/07/24 (月) 08:57:06) の最新版変更点

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遠くから春の落雷が聞こえてくる。 柔らかなふわふわした布団の中で私は小さく身じろぎしながら、夢現の境目のまどろみの中でその音を聞く。布団に包まれた私はまるで小さな雛鳥で、暖かく優しい時間の中で守られていて、この世界に不安はなく、甘い甘い時間の中へ解けていくみたいで。 そして私は、長く、長く夢を見る。 『春雷や、僕らは長く夢を見る』  ……………………………… 「ssコンペぇ?」 放課後のざわめきが教室の中を潮騒のように満たして、かがみはそのざわめきの中へ一つ新たなざわめきを混ぜるように声をあげた。  委員会へ急ぐみゆきと、お菓子の材料を買うために早く教室を出た妹を除いて、今机を囲んでいるのはこなたと、そして珍しいことに下級生の田村ひよりだった。ひよりは上級生のクラスに入ってきて、多少落ち着かない様子ではあるものの、なにやら強固な意志を眼鏡の奥に宿らせ、かがみの言葉に大きく頷いた。 「そうっすよ!今、ssコンペが熱いんっす!」 そう力説するひよりは、まるでゲートに入れられた競走馬のように鼻息も荒く語る。 「いまうちの文芸部主催のssコンペが行われようとしてるんす!我らがアニ研も参加するんすけど、ここは一つ、先輩方の助力を願いたい、と思ってここまで来たっす!」 「助力って言われても、ねえ?」 かがみが困った顔でこなたの方を見ると、こなたはいつもの感情の読めない表情でぜんぜん関係ない方向を見ていた。その細めた、遠くを見るような視線のまま、こなたは探るように言った。 「うーん、ひよりんさあ、それって何か見返りあんのかなー?どうせ裏があるんでしょ、裏がさ」 こなたの言葉に、ひよりはにやりと笑った。 「いやー、さすが泉先輩には隠せないっすねー、実はうちの部長が文芸部長に挑発されて賭けをしちゃいましてね。勝つとアニ研的にいろいろおいしいんすよ。もちろん、協力してくれたら、いろいろ融通するっすよ。ほら、最近出たあれの限定グッズが……」  ごにょごにょ、と怪しい相談を始めるこなたとひよりを、かがみは呆れた気持ちで眺めた。要は、アニ研と文芸部の賭けに私たちを巻き込みたいのだ。しかしなぜ、私たちなんだろう? 「うーん、ひよりん、言いたい事は分かった」  こなたはうむうむ、と頷きながら腕を組む。 「でも言っておくけど、お父さんが小説家だからって、娘が小説書けると思ったら大間違いだよ」 「え、でも、眠れる遺伝的才能とかがあるんじゃないすかねー?」 「こいつにー?ラノベ読むのも嫌がるような奴だよ?」  なぜ私たちなのか、という疑問についてかがみは納得したが、明らかに頼む相手を間違っている、とも思う。ssってよく知らないけれど、小説みたいなやつでしょ?こなたに書ける訳がないじゃない。かがみがそう思っていると、ひよりが辺りをはばかって小声で言った。 「まあいっそ、泉先輩のお父さまに書いてもらっても……」 「おい」 夏休みの自由工作か!反則だろ!? 「でもまあ、ssコンペ自体は面白そうじゃん。私もオタクの端くれとして、ssの世界を無視する訳にはいかないねえ。書くかどうかはともかく」 「そうっすよ!そうっすよ!ともかく、せめて部室までは来て下さいよ!私の顔をたてると思って!」 ひよりの必死の頼みにこなたは、とりあえず文芸部室まで行く事に決めたようだ。かがみはそれを見て席を立つ。 「じゃあ、私は帰るわよ」 「え!?かがみも来るんじゃないの?!」 「なんで私が行かなきゃいけないのよ。関係ないじゃない」 「えー、冷たいよかがみ~」 こなたがべたべたとひっついて足止めしてくる。内心はともかく、うっとうしそうにかがみはそれを払いのけた。 「私が行って、何するっていうのよ」 「えー」 「いやいや柊先輩、今回のssコンペの内容はイエスさまが見てる、通称イエ見てっすよ、柊先輩も知ってるラノベじゃないっすか?」 それはかなり有名なラノベで、やや百合百合~で、お姉さま~、な内容ではあったが、かがみもバッチリ読んでファンにはなっていた。 「まあ、知ってるけど?」 「原作のファンなら、一度イエ見てssの世界を覗いても損はないと思うっすよ!ssの世界は本当に多種多様っすから、きっと楽しめるssがあるっす!絶対っす!」  まるで夢を語る少年のようにキラキラした目で熱弁するひよりに、かがみはちょっと引きながらも、素朴な疑問を述べた。 「でもそれ、素人が書いてるんでしょ?」 かがみのその台詞に、こなたがいきなりガバっと立ち上がって、意義あり!というゲームボーイアドバンス風の声が聞こえてきそうな調子でかがみに言った。 「おーっと!同人の世界をなめちゃいけないよかがみ!素人だと思って甘くみると火傷するよ!本当に凄い人はどこまでも凄いのが同人の世界で、しかもssなら無料!これを逃す手はないよかがみ!それに、ラノベ好きならssだって絶対楽しく読める筈だもん!だから一緒に行こうよ!かがみ!」 熱弁を身振り手振りつきで行うこなたに圧倒されてしまったかがみは、まあいいや、と思って、文芸部室に行く事に決めた。。 「そこまで言うなら、ついて行ってあげるわよ」 それに、最初からついて行くつもりではあったのよね・・・だって一人で帰るのはちょっと何ていうか・・・。こういう風に、本心とは反対のポーズとかするから、ツンデレって言われるのかな?  そんな事を思いつつ、立ち上がってかがみは鞄を手に持つ。かがみが行くと決めるとこなたは本当に嬉しそうな笑顔を浮かべて、その笑顔を見てかがみは、なんとはなしに行く事にして良かった、と思った。 「それじゃ、行こうか」  そして三人で教室を出る時に、ひよりは小声でこなたに囁く。 「いやー、助かりましたよ。泉先輩が無理なら、少しでも読書暦のある柊先輩を引きずりこみたいですからね」 「かがみ、意外とssとか、のめりこみそうだしねえ」 「オタク道へ引きずりこむ第一歩っすね!」  くっくっくっ、そちも悪よのう、と時代劇みたいな空気を出しながら教室を出てくる二人に、かがみは嫌な予感しかしない。 「あんたら、何かろくでもないこと企んでるじゃないでしょうね?」 「「まさかまさか」」  しょうがないわね、と呆れつつ、三人で放課後の廊下を歩く。部活動の生徒たちがグラウンドであげる遠い声が、郷愁を誘う懐かしさと共に、翳り始める日差しと共に窓から入ってきた。長くなり始める影を引きずりながら、隣を歩くこなたやひよりを見て、私たちはまだ子供だな、と不意にかがみは思った。 「正直、ssとかコンペとか、よく分からないんだけど」  と沈黙を破るためにかがみがたずねると、否応なく子供である私たちを意識させる、細く小さな手をこなたが元気よくあげて答えた。 「ふうむ、いい質問だねかがみ。ss、が何の略かは諸説あるんだけど・・・ショート・ストーリー、とか、サイド・ストーリーとか・・・でも要は、原作があって、そのキャラクターや設定を使ってファンが勝手に作るお話、主に文章の場合を、ssと呼ぶのだよ」 「同人小説ってことね」 「まあそうなんだけど・・・なんだかそれだと、あららぎ、とか、白樺派、って感じを一般人はイメージしそうだけど・・・かがみもオタになったよねえ」 「なってねえ!」 そこだけは断固譲れん。 「ともあれ、原作への熱い愛をぶつけるのがssなんだよ、かがみん。結論から言えば、愛だよ、愛」 「まあぶっちゃけ、キャラクター同士を勝手にこう、くんずほぐれつー、な愛も大量にあるっすけどね!」 「あんたらの愛って、ほんと歪んでるよな」 三人のいつものようなやり取りは、放課後の校舎の固く静かな壁に長く反射した。窓枠の長い影が廊下を黒く切り取り、外から差し込む夕日になろうとする太陽の、静かに微笑するような日差しが、ゆっくりと今日も終わっていく事を教えてくれようとしている。  こなたはかがみの方を、無垢に思えるほど澄んだ目で見て言った。 「んで、コンペというのは、ssを出して競い合う事を言うんだよー。お題がつくことなんかもあるよ」 「今回は特にお題とかなく、普通にイエみてssを募集してるだけっすけどねー。ネットにアップして投票ボタンで優勝が決まるっす。アニ研からも部長や私や、いろいろな人が参加して、外部からの飛び入りも大歓迎っすよ」 「ふうん、結構本格的ねえ」 「まー、私はエロゲの文章はよく読むから、同じノリでssもちょっとだけ読んだ事がある、って程度だから。参加は厳しいかなーって」  三人で放課後の廊下を歩いていると、夕日の光のもの悲しさのせいか、かがみは少しだけ、こんな事してていいのかな、という気持ちになった。  卒業も受験も、そう遠くない場所に控えている私たちは、夢と現実の間でまどろむような時間を、ここで過ごしている。でもいつか現実は私たちに追いついて、その無慈悲さを思い知らせるのかも知れない……。 「お、着いたっす、ここが文芸部室っす」  その部室にかかっている、文芸部、という元は白かったであろうプレートは随分と黄ばみ、ふるめかく立ち入りがたい空気を出していた。かがみ達が勇気を出してそのドアを開けると、中では二人の生徒が口論しているところだった。 「いやだから、これはリアリティを出すための演出で……」 と気弱な抗議の声をあげた、眼鏡をかけたショートカットの女生徒に、意地悪な目をしたセミロングの髪の生徒が、まるで遥か高みから投げ下ろすように見下した声をかけた。 「うーん、何が問題っていうと、要は結局つまらない事よね。リアリティって言葉を言い訳にされてもねえ。その理屈で言うと、現実はつまらないものだから、書いているものがつまらなくてもいいって事にならない?違う?」 いま、まるで王侯貴族のようにふんぞりかえり、お菓子がなければフォアグラを食べればいいじゃない?とでも言わんばかりの口調で喋っているその女生徒は、かがみ達が入ってくるのを見ると涙目になっているショートカットの生徒を無視して、話は終わったと言わんばかりに入り口に向かって数歩だけ歩き立ち止まった。 「そこで突っ立ってないで入ってきたら?」  まるで下士官をしごく鬼軍曹みたいに入り口に向かって仁王立ちをする、夜目の利かない鳥のように目つきの悪い痩せぎすのその女生徒は、酷薄な印象を与える薄い唇を微かに吊り上げてこちらを見ており、その刺すような視線の中を、すかさずひよりが前に出て言った。 「これはどうもどうも犬井部長、ちょーっとコンペの事で外部の人間を招きたいとか思いましてねえ。なにぶんうちはアニ研なんで、ssはちょーっと専門外でしてまあ、コンペの事とか色々、まあ、このお二人に説明したいと思ったんすよ。あはは」 「八坂がss書けるんだから、充分なんじゃない訳?」 「あははは、こうちゃん先輩っすか、そりゃもう気合いれてるっすよ。あははは。でもまあ、それはそれって事で」 「まあ、気合みたいな精神論で書くものが面白くなることはないけどね」  明らかに言わなくていい嫌味をわざわざ言ってくる女生徒に、ひよりは笑顔を引きつらせつつも、何とか外面を保って言った。 「あはは、手厳しいっすねえ」 「泉そうじろうの娘を連れてきたらしいけど、あの人も最新刊では大分外しててたし、どうかしらね?」   こなたは犬井部長の言葉を完全に無視した。まるで聞こえてないみたいに。  既にかなりの勢いで帰りたくなったかがみだったが、今さらここまで来て帰る事は出来ない。部室の空気はまるでみっしり針でも詰まっているみたいに緊張しているし、さっき叱られていた生徒は涙と屈辱を堪えて震えている。とてもじゃないが、ここにずっと居たいと思えるような場所ではない。 「おおー、これはなかなか良さそうなPCだねえ」  空気を読んだのか読まないのか、こなたが部室内のPCをいじりはじめて、ひよりとかがみもすぐにそこに集まった。それと同時に、開いた入り口めがけて泣きながらさっきの生徒が出て行き、きまずい思いが三人の胸の内にそれぞれずっしりと重くのしかかった。 「ちょっと田村さん、なんかこう、話が違うというか、明らかに空気が重過ぎるんだけど」 「あはは、まあ、ああいう感じなのは犬井部長だけっすから。大丈夫、大丈夫っす」 「ひよりん、確か部長が挑発されてって言ってたよねえ……実物を見てなるほど、って感じなんだけど」  犬井部長、と呼ばれた悪魔みたいに性格の悪そうな生徒は、そのまま何事もなかったように椅子に座ると文庫本を読み始めた。周囲の視線もなんのその、平然と胸を張って本を読んでいる。 「でもここに来て、ひよりんは私達に何をさせたいの?」 「そう、それなんすけど……」  そう言ってひよりはPCを操作していたが、うまくいかないらしく首をひねっている。そこへ文芸部の生徒らしい、長い髪を後ろで三つ編み一本にした、色白で病弱そうな、まさに文芸少女そのものという雰囲気の生徒が来て、マウスをさっさっ、と操作してくれた。 「……コンペ会場になる、陵桜高校文芸部サイトはここ……イエみてssリンクはここ、イエみてお勧めssフォルダはここ、部員達のssはここ、他に何か知りたいことはある?」 「い、いえ、特にないっす!ありがとうございます!」 「どういたしまして」 そう言って、その生徒は唇の片方だけを吊り上げてニッと笑うと、そのまま三人の近くの椅子に座った。 「何かあれば聞いてね」 彼女もまた、犬井部長と同じく文庫本を読み出したので、ひよりは曖昧に頭を下げると作業に戻った。 「まあ、聞いて下さいよ先輩方、イエ見てssは基本すべてイエ見てssリンクに掲載されてるんす。もちろん、掲載漏れてる奴もあるんスけど、九割はこれで見つかると思って間違いないっす」  イエ見てのssを見たかったら、まずイエ見てssリンクで検索する、検索項目もかなり詳細にジャンル分けされていて、なかなか便利そうにかがみには思えた。 「ふうん、これって、誰が登録してるの?」 「ss書き達本人の場合が多いっすね。自分で書いて、読んでもらいたいからssリンクに登録する。するとそこからお客さんが来る、というのがイエ見てss界っすね。もちろん、我らが陵桜高校文芸部サイトも、イエ見てssリンクに登録してるっすよ。登録ss数は1000を超えるんじゃないすかねえ」 「そのssリンクって、只で作ってる訳よね」 「もちろんっす」 かがみは不思議に思って尋ねた。 「みんな、何が嬉しいのかしら?」 そう聞くかがみを何故か可哀想なものを見るかのようにこなたが見て、諭すように言った。 「分かってないなあ、かがみん。愛だよ、愛」 何故か得意げにニヤリと笑うこなたなのだった。 そんな二人のいつものじゃれあいの空気を知ってか知らずか、ひよりが目的のページを上手く開く事が出来た為か、少し弾む声で仕切るように言った。 「とりあえず、お勧めssのいくつかと、うちの文芸部のssとか、さらっと見てみて下さいっす」 こなたは少し頷いて言う。 「ふむ・・・私はパスで」 「ちょっと待てお前、何しに来たんだここに」 「いやいやかがみん、字を読むとなると、なかなか覚悟が必要でねえ。とりあえずかがみから読んでよ。私はその間に字を読む覚悟を決めるから」 何の覚悟だそれは。 でも文句を言っても仕方がないのでかがみはssを読みだし、その間に、こなたはひよりとの雑談に興じ始めた。 「まあ、泉先輩には、後でPCでコンペのレギュレーションなんかを確認しつつ、コンペの空気を知ってもらえれば……」 「知ったところでねえ……」 「レギュレーションなら」 といきなり、文庫本を読んでいた筈の三つ編みの生徒が言った。 「難しいルールがないから、口頭でも説明できる。長さ自由で、イエ見てのssを書く、今回のコンペは、本当にそれだけだから。主催は陵桜高校文芸部webサイト。三十万ヒット級のサイトだから、そこそこ参加者もいるし、閲覧者の多くは犬井部長のファンでもある」 「え、あの人の……」 「ドストエフスキーを愛好する部長の作風は文学的で……私は部長みたいにずっとssは書き続けられない。私は降りた。脳天をぶち割られたから。私には才能がない。思想がない。私が垂れ流すのは黄色い反吐だけだ」 そう言って彼女は虚空を眺めながら「毎朝自分は胃弱のために腹を押さえながら、洗面器に向かって吐く。ただし何も出ない。出るのは胃液だけだ。ドストエフスキーの文学的苦悩に比べれば自分の苦悩には何の価値もなく。だから私は未来なんか信じられず、あるのは毎朝洗面器に吐き出される黄色い苦悩だけだ」と言った。 「来たっす……これっすよ、これが文芸部のノリなんすよ……他にもいろいろ、すぐ心中したがる人とか、なんか中毒っぽい人とか、色々いるんす……」 「なんかマジで凄いね……」 「いやちょっと待て、この文芸部は明らかに文学の間違ったイメージをばらまいてるぞ」  さすがに黙ってられず突っ込むかがみだった。どうなってるんだようちの学校の文芸部。  そんな三人の様子を、三つ編みの苦悩する文芸部生徒は、どこか面白そうに笑って眺めているのだった。 「で、どう、ssは?」  と三つ編みの生徒はかがみに尋ねる。かがみは微笑する三つ編みの生徒に、少し気後れしながら答えた。 「うん……面白い」  かがみはssに触れてまず、それのレベルの高さというか、面白さに驚いた。なんというか普通に面白く読めるのだ。まるで市販の小説のように。もちろん長さは短いし、拙い部分もあるが、ぐっと感動させられたり、うるうる泣きそうになったり、思わず噴出してしまうほど笑ってしまったりして……こんな世界があるのか、とかがみはびっくりした。 「なんていうか、ちょっと……凄く、面白い」 「へえ、かがみがそこまで言うなんて」 「でしょでしょ!ssは面白いんすよ!」  更に陵桜高校文芸部のssを読んだら、これもまた何人かは壮絶にレベルが高い、特に犬井部長のssは充分に読み応えがあり、作者の教養と知性が窺われ、とにかく凄いと認めざるを得なかった。  ただ同時に、文芸部の一般生徒のssを読むと、今までこの部室のパソコンのお勧めssフォルダばかり読んでいたせいで、過剰にレベルを高く想像していたssの世界には、もっと親しみやすい、甘くて共感できるssもまた多数存在することを知った。部員達の何人かは、キャラクター同士が暖かく甘い世界を築くこと、ただそれを表現することだけに力を傾けていた。もちろん拙いものもあって、実際に皆が皆、お勧めフォルダにあるような異様な文章力の持ち主ではない事を知り安心しつつも、どちらかといえば、原作のファンとしてかがみは、その甘さの方に共感した。  そして確かにこうも思ったのだ。  私も書いてみたい、かも……と。 「どうすか、柊先輩、書いてみませんか?」  丁度その最高のタイミングで、ひよりはかがみにssを書く事を薦めてきた。まるで心を読まれたみたいで、かがみは面白いほど狼狽する。 「え、いや、別に私は……」  三つ編みの生徒がにやりと笑って、どこにあったのかノートパソコンを出してかがみに渡した。 「大丈夫、ここに居る人間はみんなss書き。恥ずかしがることはない。さあ、どうぞどうぞ」  何故か勝手にメモ帳を開いてくれる。いや、余計なお世話ですからね?! 「そっかあ、かがみはもう執筆に入るかあ。それじゃあ、私はその間にss読んでみるから、交代交代」 「ちょっとこなた!」  すばやくこなたは部室の備え付けのPCの前に座り、かがみは自動的にノートPCの前に座らされ、両脇にはひよりと三つ編みの生徒が座った。なにこのベストポジション。 「さあ!」 とひより。 「さあさあ!」 と三つ編みの生徒。 「「さあさあさあさあ!」」 そんな風に二人で声を合わせてかがみに書くように迫るのだ。っていうか、何でここだけそんなに息が合ってるのよあんたら、とかがみは内心突っ込まざるを得ない。 「わ、分かったわよ。こなたがss読んでいる間だけ、ちょっと試しにね」 もともと、コンペに参加してほしい、というのが田村さんの頼みだったんだし、仕方ないわよね……。 「うはー、これが柊先輩のツンデレなんすね!ごちそうさまっす!ありがとー!ありがとーっす!」 「誰がツンデレだ!」 ともかく、そんな短時間でいきなり書き出せるものでもないし、さっきちらっと見た、本当に短い、甘くいちゃいちゃするようなssを書く事にした。いきなり長いssを書くような力は私にはない。 「うーん」 しかし、いざ書こうとするとなかなか悩む。とりあえずキャラクターに関しては、須賀星、という割りといつもちゃらんぽらんな生徒と、その生徒をいつも心配して世話を焼く同級生、日野陽子、という二人の組み合わせに決めた。もちろん、他意はない。  いつも適当で、何かとさぼろうとする星を、叱りながら、なんだかんだ言って、しょうがないわね、と面倒を見てしまう陽子……あれ、なんだろう、奇妙な既視感が……まあ、気のせいよね。  きっと陽子は、いつも星を叱ってるけど、本当に怒っている訳じゃなくて星を心配してて、でもそういう、心配してる事とかを、鬱陶しいって思われたら嫌だから……あと、その心配の中にある恋心を見抜かれたくないから……きっと正論で武装して注意してしまうんだわ。きっとそう、別に身に覚えなんてないけどね!  なんとはなしに……宿題を忘れてきて、陽子に見せてくれるよう頼む星、というシチュエーションが浮かんだ。何度も言うが、他意はない。  宿題くらい自分でしなさいよ、と注意しつつ、内心、星が頼ってくれる事を嬉しく思ってしまう陽子の内心……。  気づいたら、そんなssが出来上がっていた。 「ほほーう、いいご趣味をしてますなあ」 「ちょ!?田村さん!何覗いてるのよ!?」 いつの間にかひよりが画面を覗き込み、食い入るようにかがみの書いたssを見ていた。 驚いたかがみがひよりを押しのけようとすると、横に座っていた三つ編みの生徒がにやにやと笑って言った。 「いやー、陽子の内心の『女の子同士で好きなんて……気持ち悪いと思われちゃう』の辺りの心理描写が白眉ですな。初書きとは思えない」 「ちょ!?名も知らぬあなたまで!?」 「うはー、ほんと甘甘っすねえ。しかもなんか、心理描写に奇妙なまでのリアリティがあるっすよ。言いたいけど言えない、女の子同士だから……というあふれんばかりの百合っぷり!星が原作よりずっと洗練されない感じになって、むしろ無邪気な子供でありながらクールなような、はて、誰かに似ているようなこれ……」 「気のせいよ!全部気のせい!」 かがみが顔を真っ赤にして抗議するのを、二人はにやにやしながら見て、ひよりは三つ編みの生徒と目配せしあうとうなずいた。 「ともあれ……」 ひよりと三つ編みの生徒が、アイコンタクトの成果か、同時に親指をたてる。 「「GJ!!」」 あ、とかがみは思う。 いま、私、ss書く人の気持ちが分かった。 お金なんて貰えなくても、何の役にも立たなくても、こうして読んだ人がほめてくれる、喜んでくれる……。 和気藹々と感想を言うひより達のおかげで、自分の周囲にいろとりどりの花が咲く小さな幸せの王国が広がるようで、かがみは初めてssを書いて感想を貰う人間の、輪郭のハッキリした幸福と感動の中に入り込み、その美しく甘い果実を確かに味わった。 ss書くのって、楽しい、かも……。 またもっと書きたい、と思う自然な気持ちの芽生えが、かがみの中に生まれようとしている。 しかしそのとき、かがみの周囲のその小さな幸せの王国を踏みにじり、土足で花を踏み潰す悪鬼の如き存在が近づいているのを、誰も気づかなかった。 その悪鬼のような彼女は、鋭く、これ以上冷淡になれないほど冷たい声で言った。 「下らないssね」 かがみはその言葉にハッと振り返り、かがみの書いたssの画面を、心底の軽蔑の眼差しで見下す犬井部長の姿を見た。 「甘いだけで内容がない。描写も全く凡庸だわ。読者はこのssを読んでも、何も得る事ができないでしょうね」 「部長!」  抗議の目を向ける三つ編みの生徒に、犬井部長はますます軽蔑の度を深くするように言った。 「私にも貴方みたいな茶番のほめ言葉を言えって言うわけ?ドストエフスキーの文学に親しんだ貴方が、こんなゴミのようなssを褒めてる姿なんて茶番よ」 かがみは犬井部長のその言葉に、さっき三つ編みの生徒が褒めてくれて、喜んだ自分が惨めになったような気がした。 「たとえ誰であれ、ssを書いたなら、それを読んだものの率直な感想を拒む事は出来ないんじゃない?私の率直な感想を、それとも貴方達は拒むのかしら?私は今まで、誰のどんな辛らつな感想も、拒んだ事はないけど?」 「初書きとは思えない、丁寧な心理の綴られたssだと私は思います」  あくまでも抗弁する三つ編みの生徒に、犬井部長は苛々とした様子を隠さずに言った。 「丁寧な心理って、だから何?内容もなく、ありがちな星×陽ssじゃない。大体、宿題見せる見せないの、好きだ嫌いだ、レベルの低い、こんなもん書いて、あんたほんとに高校生か?」  その言葉に、今までまったく無反応にPCに向かっていて、そこに居たことさえ忘れられかけていたこなたが勢いよく立ち上がり、犬井部長に凄まじい勢いで掴みかかろうとした。唐突過ぎる豹変に、慌てたひよりとかがみがなんとか反応して、こなたをギリギリで押しとどめた。こなたは今まで誰も見たことのないような心底からの怒りの表情で、かがみも聞いたことのない、初めて聞く低い押し殺した声で言った。 「もういっぺん言ってみろ」 「駄目!駄目っす泉先輩!犬井部長は貧弱の見本みたいなスペランカー体質なんすよ!?運動神経抜群の泉先輩と喧嘩したら死ぬっす!」 「誰がスペランカーよ!」  ひよりに対する抗議の声をあげながらも、犬井部長はこなたの豹変に顔を引きつらせていた。感情の読めない目のまま、こなたが噛み付くように犬井部長に言った。 「あんたがお父さんをけなそうが、かがみのssをけなそうが、ギリギリ許すよ。でもかがみ自身をけなすのだけは、絶対に許さない……!」 「ちょ、いいってこなた、落ち着いて、私は別に気にしてないし、私のssが……拙いのは確かなんだし」 「こいつはかがみに、本当に高校生か、って言った!それはssは関係ない!絶対に謝らせる、謝るまで、絶対に絶対に許さない……!」  かがみは、こなたがこんなに怒るのを初めて見た。こなたが自分のためにこんなに怒ってくれているんだと思うと、かがみ自身の怒りや悲しみは消えて、犬井部長の罵倒もそんなに気にならなくなっていた。  肝心の犬井部長は恐怖で顔を引きつらせつつも、高い自尊心に阻まれ、謝ることは出来ず、意地になったような声音で言うしかなかった。 「私は謝らないわよ。言論は常に自由であるのが文芸部だわ!」 「今すぐ、謝りたくなるようにしてやんよ……」 そう言って拳を握るこなたを、ひよりが必死にすがりついて止めた。 「駄目、駄目っす泉先輩!キャラ変わってます!キャラ崩壊!キャラ崩壊は駄目っす!暴力反対!」 「暴力には屈しないわよ!私は優れたss以外の何者にもうちのめされない!」 犬井部長のハッタリめいた非現実的な叫びに、そうかい、それならたっぷり暴力を味あわせてやんよ……と言う代わりに、こなたはこう言った。 「コンペで私が勝ったら、かがみに謝れ」 と。 こなたが小説を書く能力が無い事を知るかがみとひよりは驚きに顔を引きつらせ、泉そうじろうの娘である、という事だけを知っている犬井部長は真剣な顔をした。 「いいわよ。その代わり、私が勝ったら、部室でこんな風に暴れたこと、私に土下座して謝ってもらうから」 「構わない」 「ちょっとこなた!」 挑戦的に犬井部長をにらみ上げる、鷹のように鋭く険しい表情のこなたの肘を、つつきながらかがみは言った。 「あんた、そんな賭けみたいな事しなくていいから!私は気にしてないし!」 「かがみん、ここまで来たら引けないんだよ。かがみのためだけじゃない、ここで侮辱を流してしまう訳にはいかない誇りが私にだってある。意地と意地のぶつかり合いなんだよ!」  もう引き返す事が出来ない空気に、いつの間にかなっていた。犬井部長は腕を組んで椅子に腰を下ろし、傲然とこちらを眺め、こなたは無言でそれを睨みつけている。三つ編みの女生徒は沈黙して虚空を見上げ、こなたの傍で喧嘩になるのを警戒しているひよりは落ち着きなく、そしてかがみはこなたの制服の肘を持ちながら、最早打ち消す事の出来ないこなたの賭けの言葉の行方を見守るしかなかった。  そして犬井部長は、賭けが決定事項となった事を告げるべく言うのだった。 「三日後のコンペ、楽しみにしてるわよ」 と……。    ……………………… 帰り道、すっかり暗くなった道を二人で歩きながら、かがみはこなたに尋ねた。 「あんた、勝算があってあんな事言ったのか?」 青白い夜が訪れる前の、冷たく澄んだ空気の中を車道を駆ける車の音が過ぎ去っていく。街灯に照らされる髪が夜と同じ青い色をして、こなたは幼い頬を晒しながら、遠くを見る目で答えた。 「そりゃ、もちろんないよー」 「ないってあんた……」 「でもさ、かがみにあんな酷い事言ってさ、黙ってられないじゃん!あそこで黙って引くとかないよ。漢には誇りを守るために戦わなきゃいけない時があるのだよかがみー」 「あんたは女だろうが……」 まあ、友達を守るためにあそこまで怒ってくれたのは嬉しいけどね、とかがみは思い、しかし同時に、ただ友達のためだけに、こなたはあそこまで怒ったのだろうか、と当てのない希望を持ってしまう自分に苦笑した。 「まあ、私のために怒ってくれたのは嬉しいけどさ。ss書かなきゃいけないのよ?」 「そこなんだよねー、ちょっとお父さんに相談してみる」 「あー、おじさん小説家だもんね。いいアドバイスくれそう」  青白い月が既に空に浮かび、車道の車のヘッドライトが流れては消えて明滅している、並んで歩きながらこなたは不意に、何気ない様子を装おうとしながらも、隠し切れない緊張に声を強張らせながら言った。 「かがみのss、良かったよ」 そう言うこなたの目は、奇妙に揺れていた。 「え、あんた見てたの?」 どくん、とかがみの心臓が一つ、大きく脈を打った。 こなたはあの、女の子同士だから言えない恋愛のssを、どう思っただろう? かがみはssの感想とは別の次元で、あのssをこなたがどう思ったのか気になり、奇妙な緊張と、恐怖と期待に襲われる。 こなたはそんなかがみに、どこか震える声で言った。 「うん……見てた、良かった」 互いに探り合うような奇妙な沈黙が二人の間に降りて、うまく言葉をみつけられないもどかしい時間が、遠い車道の音と共に流れていった。 言いたい言葉、聴きたい言葉、たくさんある筈なのに……言えない。 でも本当に言いたくて、言えない言葉は、たぶん……。 ……好き、の一言だった。 かがみは自分が、こなたをどう思っているのか、まるで初めて知ったかのように衝撃を受けて、ますます黙り込んだ。まるで深い沼に自ら沈んでいくみたいに。 ──言えない。この気持ちだけは、言えない。 「あのさ、かがみ……」 「何?」 こなたは一瞬、言葉を探すように視線を外し、本当は言う筈だった言葉を差し替えたみたいに言った。 「絶対、勝つから」 かがみはただ、美しい湖のように澄んだ目をしたこなたを見つめて、うん、と小さくうなずいたのだった。   ……………………………… 「昨日はすいませんっす!私のせいであんな事になってしまって、誠に申し訳ないっす!!」 ズサーっと、教室にひよりがスライディング土下座をしながら入ってきた。しかし、凄い技術だ、膝とか痛くないのかな? 「もういいわよ。昨日も謝ってたじゃない」 放課後の教室で、かがみがお手洗いに行ったこなたを待っている間に、ひよりが土下座しながら教室に来たのだ。本人は軽い気持ちでコンペに誘い、ssの世界なんかを紹介したかったのだろうが、それがあんな結果になったのなら、確かに気が気じゃないだろう。 「でもこのままじゃ泉先輩、あの心底気に食わない外道に、土下座させられちゃうんすよ!柊先輩だって犬井部長のss見たでしょう?ネットにも固定ファンがいるし、ドストだのトルストだのチェーホフだの言う教養溢れる文章を書くガチss書きなんすよ?!犬井部長は!?」 ドストエフスキーって、ドストって略していいのかなあ?とかがみは思いつつ言った。 「対するあいつはスレイヤーズだって読みたがらない筋金入りの素人だしねえ。勝ち目ないかも……」  そう思うと胸が痛くなってくるし、不安になるのは確かだ。しかしそこへ帰ってきたこなたは、極めて気楽な様子で鞄を手に取った。不安になっている様子など欠片もない。 「あ、こなた、今日は、あんたの家に寄るからね」 「お、どうしたんだい、かがみんや。フラグでも立った?」 「立たねえよ。あんたのssの進行具合を見てやるの。誰か客観的に評価できる人が居た方がいいでしょ?」  二人の様子に感動したようにひよりが言った。 「おお!本気でがんばるんすねえ。では、ちょっと私は部活があるのでこれで、ほんと、すいませんっした!」  ひよりはバックスライディング土下座で教室を出て行く、力学的にあの動きはおかしくないか、とかがみは思ったが、その疑問は置いておく。 「こなちゃーん、おねえちゃーん、帰ろうよー!」  という廊下からの妹の呼ぶ声につられて、二人は教室を出た。合流していつもの四人になって歩き出し、こなたがssを書く事になった話をすると、つかさが感嘆の声をあげた。 「こなちゃんすごーい、小説書くんだー」 「いやーでも、実際に書けるかどうかは分かんないんだけどね。かがみなんて、ちゃんと一本書き上げたんだから凄いよ」 「え、お姉ちゃん書いたの!?見たい!見せて見せて!」 あの、言いたいけど言えない恋心的なssを、妹に見せる? 絶対駄目だ、とかがみの本能が告げている。 双子の勘のようなもので、つかさはあのssから読み取ってはいけない、知ってはいけない秘められた想いを探り当てかねない。 「嫌よ、恥ずかしい。大体、ssってのは原作知らないと面白くないものなんだからね」 「いやいやかがみん、ssの中には原作知らなくても楽しく読めるものもあるんだよ?むしろ、ssから原作に入っていく人間もいるくらいだし」 「私のssは違うだろ!とにかく、つかさに見せるなんて絶対嫌だからね!」 「酷いよお姉ちゃん、私だけ……」 しゅん、と悲しそうになるつかさの表情に、う、と心が痛むが、こればかりは見せられない、許せ妹よ。 「まあまあ、つかささん。しかし、同人創作とは、文学的ですね。多くの文学者が、同人活動を経験しているものですし」 「いやみゆきさん、みゆきさんが想像しているようなやつじゃないから……」 「でも犬井部長のは、本当にそんな感じよね。文芸創作みたいな」 かがみは、こなたが文芸部の部長とコンペで対決する、という事だけを伝えた。そうなった余り愉快ではない経緯の説明は省いて。 「へー、面白そ~」 つかさは無邪気に笑い、みゆきは、何か一瞬考えて言った。 「それなら、投票ボタンを連打すれば、泉さんを勝たせる事ができますね」 「いや無理よ、みゆき、Ipとかで特定できるから。連続投稿は禁止の筈よ」 みゆきはにっこりと笑って言った。 「そこは、工夫次第で何とかできますから」 「え……」 みゆき怖えええええ!! 賭けをしていること、教えなくて良かった、とかがみは安堵する。いくらなんでもそれは卑怯だものね。 「まあそれは最後の手段にするよー」 「すんなよ!?」 「何かお手伝いできることがあったら、何でも言って下さいね」 まあともあれ、みゆきやつかさは、素直に応援してくれている。 まったく、がんばりなさいよね、とかがみはこなたに向かって心の中で呟いた。   ……………………… こなたの部屋のPCが、静かな起動音をあげている。 その画面に映し出されるのは、昨日の夜書かれたというこなたのss。 その内容はこうだ。 『きょうも陽子に宿題見せてほしいゾ!  毎日にように宿題を忘れる私。  しかしそれが学生というものであった。  ただし学生だから忘れるというものでもない。  だから学校へ行くのは自然な事であった。学生なんだから。  宿題を忘れた私。  陽子はそんな私の優しく宿題を見せてくれる。それは陽子だからできることであった。それは陽子以外では出来ないという意味である。優しさだから。  そんなさびしい私の見る宿題。  それは口うるさい担任教師に提出されなければならない。彼女の言う「もう、自分のためでしょ、宿題をするのは」というのはまさに正論だった。学生として。  そして──』 「うがあああああああああああああ!!」 「ちょ、かがみ!かがみ落ち着いて!!」 なんだよこれ!?お前正気か!?と言いそうになるのをかがみはグッとこらえた。書いたssをけなされる悲しみは十分に分かっていたから、しかし、しかし……いくらなんでもこれは無いだろ!? 「いやー、自分でも余りの駄目さにびっくりだよ」 「駄目って分かってるんだ?!」 「そりゃ分かるよー、どんだけ長いことオタクやってると思ってるのさ。でも、駄目だって分かってもどうしていいか分かんないんだよ」 「いきなり書き出しの文の時点で読者をどん引かせるとか、接続詞を連発しすぎとか、学生だから、って何の説明にもなってないのに連呼しすぎとか、主題が宿題や学生にかかりすぎて何が書きたいか分からないssになってるとか、そんなに学生であることを連呼して何が言いたいんだとか、まあ色々駄目なところはあるが、これはちょっとやそっとで形になるレベルじゃないぞ……」 「だよねー」 「分かってるのかよ!」 絶望した! こなたの余りのss書き能力の低さに絶望した! 「もうこれ本当やばいよねー、あははは」 「あんた……犬井部長のss読んだか?」 「うんにゃ、全然」 「とりあえず、見てみろ」 かがみはパソコンを操作し、陵桜高校文芸部のサイトまで飛ぶと、すぐに犬井部長のssを開いた。ブラウザいっぱいに犬井部長の文章が浮かび上がる。 『向かいあわせに六つの雑居房のならんだ保護所の廊下には、まのぬけた間隔をおいて、昼間から黄色い裸電球が点されていた。巨大な蛍籠のようにみえる金網が、中に蹲っている容疑者たちの姿を映して、それ自身がかすかに蠢動しているようにみえる。もの悲しい流行歌をくちずさむ声がしていた。内勤の警邏に監視された選挙違反が二人、洗面所に通ずる廊下の長椅子に腰かけて煙草をすっていた。片方の手で燻る煙草をもち、銀色に光る手錠をはめられた片手は、バンドを取りあげられたズボンの上端をおさえている……』 「うがあああああああああああああ!!」 「なんであんたが暴れんのよ!」 「いやだって、こういう長い文章を読むとついつい……っていうか、これ、イエみてssなんだよね?」 「まあ、私も正直内容には余りついていけないんだけど、左翼闘争がどうしたこうした、政治犯がどうしたこうした、みたいな内容のイエみてssなのよ」 「全然イエみてじゃねえ!?」 「でもまあ、文章力はこなたと比べると段違いよねえ……」 とにかく文章力は犬井部長の方が圧倒的だ。勝ち目がない。 -[[後編>http://www13.atwiki.jp/oyatu1/pages/1048.html]]へ **コメントフォーム #comment(below,size=50,nsize=20,vsize=3) - ⇩じゃあ、もうyou原作はまっちゃいなよw &br() &br() &br() -- 名無しさん (2010-10-16 01:53:26) - こなかがssは読むが原作はキャラしか知らない自分… -- 名無しさん (2010-04-05 02:15:30)
遠くから春の落雷が聞こえてくる。 柔らかなふわふわした布団の中で私は小さく身じろぎしながら、夢現の境目のまどろみの中でその音を聞く。布団に包まれた私はまるで小さな雛鳥で、暖かく優しい時間の中で守られていて、この世界に不安はなく、甘い甘い時間の中へ解けていくみたいで。 そして私は、長く、長く夢を見る。 『春雷や、僕らは長く夢を見る』  ……………………………… 「ssコンペぇ?」 放課後のざわめきが教室の中を潮騒のように満たして、かがみはそのざわめきの中へ一つ新たなざわめきを混ぜるように声をあげた。  委員会へ急ぐみゆきと、お菓子の材料を買うために早く教室を出た妹を除いて、今机を囲んでいるのはこなたと、そして珍しいことに下級生の田村ひよりだった。ひよりは上級生のクラスに入ってきて、多少落ち着かない様子ではあるものの、なにやら強固な意志を眼鏡の奥に宿らせ、かがみの言葉に大きく頷いた。 「そうっすよ!今、ssコンペが熱いんっす!」 そう力説するひよりは、まるでゲートに入れられた競走馬のように鼻息も荒く語る。 「いまうちの文芸部主催のssコンペが行われようとしてるんす!我らがアニ研も参加するんすけど、ここは一つ、先輩方の助力を願いたい、と思ってここまで来たっす!」 「助力って言われても、ねえ?」 かがみが困った顔でこなたの方を見ると、こなたはいつもの感情の読めない表情でぜんぜん関係ない方向を見ていた。その細めた、遠くを見るような視線のまま、こなたは探るように言った。 「うーん、ひよりんさあ、それって何か見返りあんのかなー?どうせ裏があるんでしょ、裏がさ」 こなたの言葉に、ひよりはにやりと笑った。 「いやー、さすが泉先輩には隠せないっすねー、実はうちの部長が文芸部長に挑発されて賭けをしちゃいましてね。勝つとアニ研的にいろいろおいしいんすよ。もちろん、協力してくれたら、いろいろ融通するっすよ。ほら、最近出たあれの限定グッズが……」  ごにょごにょ、と怪しい相談を始めるこなたとひよりを、かがみは呆れた気持ちで眺めた。要は、アニ研と文芸部の賭けに私たちを巻き込みたいのだ。しかしなぜ、私たちなんだろう? 「うーん、ひよりん、言いたい事は分かった」  こなたはうむうむ、と頷きながら腕を組む。 「でも言っておくけど、お父さんが小説家だからって、娘が小説書けると思ったら大間違いだよ」 「え、でも、眠れる遺伝的才能とかがあるんじゃないすかねー?」 「こいつにー?ラノベ読むのも嫌がるような奴だよ?」  なぜ私たちなのか、という疑問についてかがみは納得したが、明らかに頼む相手を間違っている、とも思う。ssってよく知らないけれど、小説みたいなやつでしょ?こなたに書ける訳がないじゃない。かがみがそう思っていると、ひよりが辺りをはばかって小声で言った。 「まあいっそ、泉先輩のお父さまに書いてもらっても……」 「おい」 夏休みの自由工作か!反則だろ!? 「でもまあ、ssコンペ自体は面白そうじゃん。私もオタクの端くれとして、ssの世界を無視する訳にはいかないねえ。書くかどうかはともかく」 「そうっすよ!そうっすよ!ともかく、せめて部室までは来て下さいよ!私の顔をたてると思って!」 ひよりの必死の頼みにこなたは、とりあえず文芸部室まで行く事に決めたようだ。かがみはそれを見て席を立つ。 「じゃあ、私は帰るわよ」 「え!?かがみも来るんじゃないの?!」 「なんで私が行かなきゃいけないのよ。関係ないじゃない」 「えー、冷たいよかがみ~」 こなたがべたべたとひっついて足止めしてくる。内心はともかく、うっとうしそうにかがみはそれを払いのけた。 「私が行って、何するっていうのよ」 「えー」 「いやいや柊先輩、今回のssコンペの内容はイエスさまが見てる、通称イエ見てっすよ、柊先輩も知ってるラノベじゃないっすか?」 それはかなり有名なラノベで、やや百合百合~で、お姉さま~、な内容ではあったが、かがみもバッチリ読んでファンにはなっていた。 「まあ、知ってるけど?」 「原作のファンなら、一度イエ見てssの世界を覗いても損はないと思うっすよ!ssの世界は本当に多種多様っすから、きっと楽しめるssがあるっす!絶対っす!」  まるで夢を語る少年のようにキラキラした目で熱弁するひよりに、かがみはちょっと引きながらも、素朴な疑問を述べた。 「でもそれ、素人が書いてるんでしょ?」 かがみのその台詞に、こなたがいきなりガバっと立ち上がって、意義あり!というゲームボーイアドバンス風の声が聞こえてきそうな調子でかがみに言った。 「おーっと!同人の世界をなめちゃいけないよかがみ!素人だと思って甘くみると火傷するよ!本当に凄い人はどこまでも凄いのが同人の世界で、しかもssなら無料!これを逃す手はないよかがみ!それに、ラノベ好きならssだって絶対楽しく読める筈だもん!だから一緒に行こうよ!かがみ!」 熱弁を身振り手振りつきで行うこなたに圧倒されてしまったかがみは、まあいいや、と思って、文芸部室に行く事に決めた。。 「そこまで言うなら、ついて行ってあげるわよ」 それに、最初からついて行くつもりではあったのよね・・・だって一人で帰るのはちょっと何ていうか・・・。こういう風に、本心とは反対のポーズとかするから、ツンデレって言われるのかな?  そんな事を思いつつ、立ち上がってかがみは鞄を手に持つ。かがみが行くと決めるとこなたは本当に嬉しそうな笑顔を浮かべて、その笑顔を見てかがみは、なんとはなしに行く事にして良かった、と思った。 「それじゃ、行こうか」  そして三人で教室を出る時に、ひよりは小声でこなたに囁く。 「いやー、助かりましたよ。泉先輩が無理なら、少しでも読書暦のある柊先輩を引きずりこみたいですからね」 「かがみ、意外とssとか、のめりこみそうだしねえ」 「オタク道へ引きずりこむ第一歩っすね!」  くっくっくっ、そちも悪よのう、と時代劇みたいな空気を出しながら教室を出てくる二人に、かがみは嫌な予感しかしない。 「あんたら、何かろくでもないこと企んでるじゃないでしょうね?」 「「まさかまさか」」  しょうがないわね、と呆れつつ、三人で放課後の廊下を歩く。部活動の生徒たちがグラウンドであげる遠い声が、郷愁を誘う懐かしさと共に、翳り始める日差しと共に窓から入ってきた。長くなり始める影を引きずりながら、隣を歩くこなたやひよりを見て、私たちはまだ子供だな、と不意にかがみは思った。 「正直、ssとかコンペとか、よく分からないんだけど」  と沈黙を破るためにかがみがたずねると、否応なく子供である私たちを意識させる、細く小さな手をこなたが元気よくあげて答えた。 「ふうむ、いい質問だねかがみ。ss、が何の略かは諸説あるんだけど・・・ショート・ストーリー、とか、サイド・ストーリーとか・・・でも要は、原作があって、そのキャラクターや設定を使ってファンが勝手に作るお話、主に文章の場合を、ssと呼ぶのだよ」 「同人小説ってことね」 「まあそうなんだけど・・・なんだかそれだと、あららぎ、とか、白樺派、って感じを一般人はイメージしそうだけど・・・かがみもオタになったよねえ」 「なってねえ!」 そこだけは断固譲れん。 「ともあれ、原作への熱い愛をぶつけるのがssなんだよ、かがみん。結論から言えば、愛だよ、愛」 「まあぶっちゃけ、キャラクター同士を勝手にこう、くんずほぐれつー、な愛も大量にあるっすけどね!」 「あんたらの愛って、ほんと歪んでるよな」 三人のいつものようなやり取りは、放課後の校舎の固く静かな壁に長く反射した。窓枠の長い影が廊下を黒く切り取り、外から差し込む夕日になろうとする太陽の、静かに微笑するような日差しが、ゆっくりと今日も終わっていく事を教えてくれようとしている。  こなたはかがみの方を、無垢に思えるほど澄んだ目で見て言った。 「んで、コンペというのは、ssを出して競い合う事を言うんだよー。お題がつくことなんかもあるよ」 「今回は特にお題とかなく、普通にイエみてssを募集してるだけっすけどねー。ネットにアップして投票ボタンで優勝が決まるっす。アニ研からも部長や私や、いろいろな人が参加して、外部からの飛び入りも大歓迎っすよ」 「ふうん、結構本格的ねえ」 「まー、私はエロゲの文章はよく読むから、同じノリでssもちょっとだけ読んだ事がある、って程度だから。参加は厳しいかなーって」  三人で放課後の廊下を歩いていると、夕日の光のもの悲しさのせいか、かがみは少しだけ、こんな事してていいのかな、という気持ちになった。  卒業も受験も、そう遠くない場所に控えている私たちは、夢と現実の間でまどろむような時間を、ここで過ごしている。でもいつか現実は私たちに追いついて、その無慈悲さを思い知らせるのかも知れない……。 「お、着いたっす、ここが文芸部室っす」  その部室にかかっている、文芸部、という元は白かったであろうプレートは随分と黄ばみ、ふるめかく立ち入りがたい空気を出していた。かがみ達が勇気を出してそのドアを開けると、中では二人の生徒が口論しているところだった。 「いやだから、これはリアリティを出すための演出で……」 と気弱な抗議の声をあげた、眼鏡をかけたショートカットの女生徒に、意地悪な目をしたセミロングの髪の生徒が、まるで遥か高みから投げ下ろすように見下した声をかけた。 「うーん、何が問題っていうと、要は結局つまらない事よね。リアリティって言葉を言い訳にされてもねえ。その理屈で言うと、現実はつまらないものだから、書いているものがつまらなくてもいいって事にならない?違う?」 いま、まるで王侯貴族のようにふんぞりかえり、お菓子がなければフォアグラを食べればいいじゃない?とでも言わんばかりの口調で喋っているその女生徒は、かがみ達が入ってくるのを見ると涙目になっているショートカットの生徒を無視して、話は終わったと言わんばかりに入り口に向かって数歩だけ歩き立ち止まった。 「そこで突っ立ってないで入ってきたら?」  まるで下士官をしごく鬼軍曹みたいに入り口に向かって仁王立ちをする、夜目の利かない鳥のように目つきの悪い痩せぎすのその女生徒は、酷薄な印象を与える薄い唇を微かに吊り上げてこちらを見ており、その刺すような視線の中を、すかさずひよりが前に出て言った。 「これはどうもどうも犬井部長、ちょーっとコンペの事で外部の人間を招きたいとか思いましてねえ。なにぶんうちはアニ研なんで、ssはちょーっと専門外でしてまあ、コンペの事とか色々、まあ、このお二人に説明したいと思ったんすよ。あはは」 「八坂がss書けるんだから、充分なんじゃない訳?」 「あははは、こうちゃん先輩っすか、そりゃもう気合いれてるっすよ。あははは。でもまあ、それはそれって事で」 「まあ、気合みたいな精神論で書くものが面白くなることはないけどね」  明らかに言わなくていい嫌味をわざわざ言ってくる女生徒に、ひよりは笑顔を引きつらせつつも、何とか外面を保って言った。 「あはは、手厳しいっすねえ」 「泉そうじろうの娘を連れてきたらしいけど、あの人も最新刊では大分外しててたし、どうかしらね?」   こなたは犬井部長の言葉を完全に無視した。まるで聞こえてないみたいに。  既にかなりの勢いで帰りたくなったかがみだったが、今さらここまで来て帰る事は出来ない。部室の空気はまるでみっしり針でも詰まっているみたいに緊張しているし、さっき叱られていた生徒は涙と屈辱を堪えて震えている。とてもじゃないが、ここにずっと居たいと思えるような場所ではない。 「おおー、これはなかなか良さそうなPCだねえ」  空気を読んだのか読まないのか、こなたが部室内のPCをいじりはじめて、ひよりとかがみもすぐにそこに集まった。それと同時に、開いた入り口めがけて泣きながらさっきの生徒が出て行き、きまずい思いが三人の胸の内にそれぞれずっしりと重くのしかかった。 「ちょっと田村さん、なんかこう、話が違うというか、明らかに空気が重過ぎるんだけど」 「あはは、まあ、ああいう感じなのは犬井部長だけっすから。大丈夫、大丈夫っす」 「ひよりん、確か部長が挑発されてって言ってたよねえ……実物を見てなるほど、って感じなんだけど」  犬井部長、と呼ばれた悪魔みたいに性格の悪そうな生徒は、そのまま何事もなかったように椅子に座ると文庫本を読み始めた。周囲の視線もなんのその、平然と胸を張って本を読んでいる。 「でもここに来て、ひよりんは私達に何をさせたいの?」 「そう、それなんすけど……」  そう言ってひよりはPCを操作していたが、うまくいかないらしく首をひねっている。そこへ文芸部の生徒らしい、長い髪を後ろで三つ編み一本にした、色白で病弱そうな、まさに文芸少女そのものという雰囲気の生徒が来て、マウスをさっさっ、と操作してくれた。 「……コンペ会場になる、陵桜高校文芸部サイトはここ……イエみてssリンクはここ、イエみてお勧めssフォルダはここ、部員達のssはここ、他に何か知りたいことはある?」 「い、いえ、特にないっす!ありがとうございます!」 「どういたしまして」 そう言って、その生徒は唇の片方だけを吊り上げてニッと笑うと、そのまま三人の近くの椅子に座った。 「何かあれば聞いてね」 彼女もまた、犬井部長と同じく文庫本を読み出したので、ひよりは曖昧に頭を下げると作業に戻った。 「まあ、聞いて下さいよ先輩方、イエ見てssは基本すべてイエ見てssリンクに掲載されてるんす。もちろん、掲載漏れてる奴もあるんスけど、九割はこれで見つかると思って間違いないっす」  イエ見てのssを見たかったら、まずイエ見てssリンクで検索する、検索項目もかなり詳細にジャンル分けされていて、なかなか便利そうにかがみには思えた。 「ふうん、これって、誰が登録してるの?」 「ss書き達本人の場合が多いっすね。自分で書いて、読んでもらいたいからssリンクに登録する。するとそこからお客さんが来る、というのがイエ見てss界っすね。もちろん、我らが陵桜高校文芸部サイトも、イエ見てssリンクに登録してるっすよ。登録ss数は1000を超えるんじゃないすかねえ」 「そのssリンクって、只で作ってる訳よね」 「もちろんっす」 かがみは不思議に思って尋ねた。 「みんな、何が嬉しいのかしら?」 そう聞くかがみを何故か可哀想なものを見るかのようにこなたが見て、諭すように言った。 「分かってないなあ、かがみん。愛だよ、愛」 何故か得意げにニヤリと笑うこなたなのだった。 そんな二人のいつものじゃれあいの空気を知ってか知らずか、ひよりが目的のページを上手く開く事が出来た為か、少し弾む声で仕切るように言った。 「とりあえず、お勧めssのいくつかと、うちの文芸部のssとか、さらっと見てみて下さいっす」 こなたは少し頷いて言う。 「ふむ・・・私はパスで」 「ちょっと待てお前、何しに来たんだここに」 「いやいやかがみん、字を読むとなると、なかなか覚悟が必要でねえ。とりあえずかがみから読んでよ。私はその間に字を読む覚悟を決めるから」 何の覚悟だそれは。 でも文句を言っても仕方がないのでかがみはssを読みだし、その間に、こなたはひよりとの雑談に興じ始めた。 「まあ、泉先輩には、後でPCでコンペのレギュレーションなんかを確認しつつ、コンペの空気を知ってもらえれば……」 「知ったところでねえ……」 「レギュレーションなら」 といきなり、文庫本を読んでいた筈の三つ編みの生徒が言った。 「難しいルールがないから、口頭でも説明できる。長さ自由で、イエ見てのssを書く、今回のコンペは、本当にそれだけだから。主催は陵桜高校文芸部webサイト。三十万ヒット級のサイトだから、そこそこ参加者もいるし、閲覧者の多くは犬井部長のファンでもある」 「え、あの人の……」 「ドストエフスキーを愛好する部長の作風は文学的で……私は部長みたいにずっとssは書き続けられない。私は降りた。脳天をぶち割られたから。私には才能がない。思想がない。私が垂れ流すのは黄色い反吐だけだ」 そう言って彼女は虚空を眺めながら「毎朝自分は胃弱のために腹を押さえながら、洗面器に向かって吐く。ただし何も出ない。出るのは胃液だけだ。ドストエフスキーの文学的苦悩に比べれば自分の苦悩には何の価値もなく。だから私は未来なんか信じられず、あるのは毎朝洗面器に吐き出される黄色い苦悩だけだ」と言った。 「来たっす……これっすよ、これが文芸部のノリなんすよ……他にもいろいろ、すぐ心中したがる人とか、なんか中毒っぽい人とか、色々いるんす……」 「なんかマジで凄いね……」 「いやちょっと待て、この文芸部は明らかに文学の間違ったイメージをばらまいてるぞ」  さすがに黙ってられず突っ込むかがみだった。どうなってるんだようちの学校の文芸部。  そんな三人の様子を、三つ編みの苦悩する文芸部生徒は、どこか面白そうに笑って眺めているのだった。 「で、どう、ssは?」  と三つ編みの生徒はかがみに尋ねる。かがみは微笑する三つ編みの生徒に、少し気後れしながら答えた。 「うん……面白い」  かがみはssに触れてまず、それのレベルの高さというか、面白さに驚いた。なんというか普通に面白く読めるのだ。まるで市販の小説のように。もちろん長さは短いし、拙い部分もあるが、ぐっと感動させられたり、うるうる泣きそうになったり、思わず噴出してしまうほど笑ってしまったりして……こんな世界があるのか、とかがみはびっくりした。 「なんていうか、ちょっと……凄く、面白い」 「へえ、かがみがそこまで言うなんて」 「でしょでしょ!ssは面白いんすよ!」  更に陵桜高校文芸部のssを読んだら、これもまた何人かは壮絶にレベルが高い、特に犬井部長のssは充分に読み応えがあり、作者の教養と知性が窺われ、とにかく凄いと認めざるを得なかった。  ただ同時に、文芸部の一般生徒のssを読むと、今までこの部室のパソコンのお勧めssフォルダばかり読んでいたせいで、過剰にレベルを高く想像していたssの世界には、もっと親しみやすい、甘くて共感できるssもまた多数存在することを知った。部員達の何人かは、キャラクター同士が暖かく甘い世界を築くこと、ただそれを表現することだけに力を傾けていた。もちろん拙いものもあって、実際に皆が皆、お勧めフォルダにあるような異様な文章力の持ち主ではない事を知り安心しつつも、どちらかといえば、原作のファンとしてかがみは、その甘さの方に共感した。  そして確かにこうも思ったのだ。  私も書いてみたい、かも……と。 「どうすか、柊先輩、書いてみませんか?」  丁度その最高のタイミングで、ひよりはかがみにssを書く事を薦めてきた。まるで心を読まれたみたいで、かがみは面白いほど狼狽する。 「え、いや、別に私は……」  三つ編みの生徒がにやりと笑って、どこにあったのかノートパソコンを出してかがみに渡した。 「大丈夫、ここに居る人間はみんなss書き。恥ずかしがることはない。さあ、どうぞどうぞ」  何故か勝手にメモ帳を開いてくれる。いや、余計なお世話ですからね?! 「そっかあ、かがみはもう執筆に入るかあ。それじゃあ、私はその間にss読んでみるから、交代交代」 「ちょっとこなた!」  すばやくこなたは部室の備え付けのPCの前に座り、かがみは自動的にノートPCの前に座らされ、両脇にはひよりと三つ編みの生徒が座った。なにこのベストポジション。 「さあ!」 とひより。 「さあさあ!」 と三つ編みの生徒。 「「さあさあさあさあ!」」 そんな風に二人で声を合わせてかがみに書くように迫るのだ。っていうか、何でここだけそんなに息が合ってるのよあんたら、とかがみは内心突っ込まざるを得ない。 「わ、分かったわよ。こなたがss読んでいる間だけ、ちょっと試しにね」 もともと、コンペに参加してほしい、というのが田村さんの頼みだったんだし、仕方ないわよね……。 「うはー、これが柊先輩のツンデレなんすね!ごちそうさまっす!ありがとー!ありがとーっす!」 「誰がツンデレだ!」 ともかく、そんな短時間でいきなり書き出せるものでもないし、さっきちらっと見た、本当に短い、甘くいちゃいちゃするようなssを書く事にした。いきなり長いssを書くような力は私にはない。 「うーん」 しかし、いざ書こうとするとなかなか悩む。とりあえずキャラクターに関しては、須賀星、という割りといつもちゃらんぽらんな生徒と、その生徒をいつも心配して世話を焼く同級生、日野陽子、という二人の組み合わせに決めた。もちろん、他意はない。  いつも適当で、何かとさぼろうとする星を、叱りながら、なんだかんだ言って、しょうがないわね、と面倒を見てしまう陽子……あれ、なんだろう、奇妙な既視感が……まあ、気のせいよね。  きっと陽子は、いつも星を叱ってるけど、本当に怒っている訳じゃなくて星を心配してて、でもそういう、心配してる事とかを、鬱陶しいって思われたら嫌だから……あと、その心配の中にある恋心を見抜かれたくないから……きっと正論で武装して注意してしまうんだわ。きっとそう、別に身に覚えなんてないけどね!  なんとはなしに……宿題を忘れてきて、陽子に見せてくれるよう頼む星、というシチュエーションが浮かんだ。何度も言うが、他意はない。  宿題くらい自分でしなさいよ、と注意しつつ、内心、星が頼ってくれる事を嬉しく思ってしまう陽子の内心……。  気づいたら、そんなssが出来上がっていた。 「ほほーう、いいご趣味をしてますなあ」 「ちょ!?田村さん!何覗いてるのよ!?」 いつの間にかひよりが画面を覗き込み、食い入るようにかがみの書いたssを見ていた。 驚いたかがみがひよりを押しのけようとすると、横に座っていた三つ編みの生徒がにやにやと笑って言った。 「いやー、陽子の内心の『女の子同士で好きなんて……気持ち悪いと思われちゃう』の辺りの心理描写が白眉ですな。初書きとは思えない」 「ちょ!?名も知らぬあなたまで!?」 「うはー、ほんと甘甘っすねえ。しかもなんか、心理描写に奇妙なまでのリアリティがあるっすよ。言いたいけど言えない、女の子同士だから……というあふれんばかりの百合っぷり!星が原作よりずっと洗練されない感じになって、むしろ無邪気な子供でありながらクールなような、はて、誰かに似ているようなこれ……」 「気のせいよ!全部気のせい!」 かがみが顔を真っ赤にして抗議するのを、二人はにやにやしながら見て、ひよりは三つ編みの生徒と目配せしあうとうなずいた。 「ともあれ……」 ひよりと三つ編みの生徒が、アイコンタクトの成果か、同時に親指をたてる。 「「GJ!!」」 あ、とかがみは思う。 いま、私、ss書く人の気持ちが分かった。 お金なんて貰えなくても、何の役にも立たなくても、こうして読んだ人がほめてくれる、喜んでくれる……。 和気藹々と感想を言うひより達のおかげで、自分の周囲にいろとりどりの花が咲く小さな幸せの王国が広がるようで、かがみは初めてssを書いて感想を貰う人間の、輪郭のハッキリした幸福と感動の中に入り込み、その美しく甘い果実を確かに味わった。 ss書くのって、楽しい、かも……。 またもっと書きたい、と思う自然な気持ちの芽生えが、かがみの中に生まれようとしている。 しかしそのとき、かがみの周囲のその小さな幸せの王国を踏みにじり、土足で花を踏み潰す悪鬼の如き存在が近づいているのを、誰も気づかなかった。 その悪鬼のような彼女は、鋭く、これ以上冷淡になれないほど冷たい声で言った。 「下らないssね」 かがみはその言葉にハッと振り返り、かがみの書いたssの画面を、心底の軽蔑の眼差しで見下す犬井部長の姿を見た。 「甘いだけで内容がない。描写も全く凡庸だわ。読者はこのssを読んでも、何も得る事ができないでしょうね」 「部長!」  抗議の目を向ける三つ編みの生徒に、犬井部長はますます軽蔑の度を深くするように言った。 「私にも貴方みたいな茶番のほめ言葉を言えって言うわけ?ドストエフスキーの文学に親しんだ貴方が、こんなゴミのようなssを褒めてる姿なんて茶番よ」 かがみは犬井部長のその言葉に、さっき三つ編みの生徒が褒めてくれて、喜んだ自分が惨めになったような気がした。 「たとえ誰であれ、ssを書いたなら、それを読んだものの率直な感想を拒む事は出来ないんじゃない?私の率直な感想を、それとも貴方達は拒むのかしら?私は今まで、誰のどんな辛らつな感想も、拒んだ事はないけど?」 「初書きとは思えない、丁寧な心理の綴られたssだと私は思います」  あくまでも抗弁する三つ編みの生徒に、犬井部長は苛々とした様子を隠さずに言った。 「丁寧な心理って、だから何?内容もなく、ありがちな星×陽ssじゃない。大体、宿題見せる見せないの、好きだ嫌いだ、レベルの低い、こんなもん書いて、あんたほんとに高校生か?」  その言葉に、今までまったく無反応にPCに向かっていて、そこに居たことさえ忘れられかけていたこなたが勢いよく立ち上がり、犬井部長に凄まじい勢いで掴みかかろうとした。唐突過ぎる豹変に、慌てたひよりとかがみがなんとか反応して、こなたをギリギリで押しとどめた。こなたは今まで誰も見たことのないような心底からの怒りの表情で、かがみも聞いたことのない、初めて聞く低い押し殺した声で言った。 「もういっぺん言ってみろ」 「駄目!駄目っす泉先輩!犬井部長は貧弱の見本みたいなスペランカー体質なんすよ!?運動神経抜群の泉先輩と喧嘩したら死ぬっす!」 「誰がスペランカーよ!」  ひよりに対する抗議の声をあげながらも、犬井部長はこなたの豹変に顔を引きつらせていた。感情の読めない目のまま、こなたが噛み付くように犬井部長に言った。 「あんたがお父さんをけなそうが、かがみのssをけなそうが、ギリギリ許すよ。でもかがみ自身をけなすのだけは、絶対に許さない……!」 「ちょ、いいってこなた、落ち着いて、私は別に気にしてないし、私のssが……拙いのは確かなんだし」 「こいつはかがみに、本当に高校生か、って言った!それはssは関係ない!絶対に謝らせる、謝るまで、絶対に絶対に許さない……!」  かがみは、こなたがこんなに怒るのを初めて見た。こなたが自分のためにこんなに怒ってくれているんだと思うと、かがみ自身の怒りや悲しみは消えて、犬井部長の罵倒もそんなに気にならなくなっていた。  肝心の犬井部長は恐怖で顔を引きつらせつつも、高い自尊心に阻まれ、謝ることは出来ず、意地になったような声音で言うしかなかった。 「私は謝らないわよ。言論は常に自由であるのが文芸部だわ!」 「今すぐ、謝りたくなるようにしてやんよ……」 そう言って拳を握るこなたを、ひよりが必死にすがりついて止めた。 「駄目、駄目っす泉先輩!キャラ変わってます!キャラ崩壊!キャラ崩壊は駄目っす!暴力反対!」 「暴力には屈しないわよ!私は優れたss以外の何者にもうちのめされない!」 犬井部長のハッタリめいた非現実的な叫びに、そうかい、それならたっぷり暴力を味あわせてやんよ……と言う代わりに、こなたはこう言った。 「コンペで私が勝ったら、かがみに謝れ」 と。 こなたが小説を書く能力が無い事を知るかがみとひよりは驚きに顔を引きつらせ、泉そうじろうの娘である、という事だけを知っている犬井部長は真剣な顔をした。 「いいわよ。その代わり、私が勝ったら、部室でこんな風に暴れたこと、私に土下座して謝ってもらうから」 「構わない」 「ちょっとこなた!」 挑戦的に犬井部長をにらみ上げる、鷹のように鋭く険しい表情のこなたの肘を、つつきながらかがみは言った。 「あんた、そんな賭けみたいな事しなくていいから!私は気にしてないし!」 「かがみん、ここまで来たら引けないんだよ。かがみのためだけじゃない、ここで侮辱を流してしまう訳にはいかない誇りが私にだってある。意地と意地のぶつかり合いなんだよ!」  もう引き返す事が出来ない空気に、いつの間にかなっていた。犬井部長は腕を組んで椅子に腰を下ろし、傲然とこちらを眺め、こなたは無言でそれを睨みつけている。三つ編みの女生徒は沈黙して虚空を見上げ、こなたの傍で喧嘩になるのを警戒しているひよりは落ち着きなく、そしてかがみはこなたの制服の肘を持ちながら、最早打ち消す事の出来ないこなたの賭けの言葉の行方を見守るしかなかった。  そして犬井部長は、賭けが決定事項となった事を告げるべく言うのだった。 「三日後のコンペ、楽しみにしてるわよ」 と……。    ……………………… 帰り道、すっかり暗くなった道を二人で歩きながら、かがみはこなたに尋ねた。 「あんた、勝算があってあんな事言ったのか?」 青白い夜が訪れる前の、冷たく澄んだ空気の中を車道を駆ける車の音が過ぎ去っていく。街灯に照らされる髪が夜と同じ青い色をして、こなたは幼い頬を晒しながら、遠くを見る目で答えた。 「そりゃ、もちろんないよー」 「ないってあんた……」 「でもさ、かがみにあんな酷い事言ってさ、黙ってられないじゃん!あそこで黙って引くとかないよ。漢には誇りを守るために戦わなきゃいけない時があるのだよかがみー」 「あんたは女だろうが……」 まあ、友達を守るためにあそこまで怒ってくれたのは嬉しいけどね、とかがみは思い、しかし同時に、ただ友達のためだけに、こなたはあそこまで怒ったのだろうか、と当てのない希望を持ってしまう自分に苦笑した。 「まあ、私のために怒ってくれたのは嬉しいけどさ。ss書かなきゃいけないのよ?」 「そこなんだよねー、ちょっとお父さんに相談してみる」 「あー、おじさん小説家だもんね。いいアドバイスくれそう」  青白い月が既に空に浮かび、車道の車のヘッドライトが流れては消えて明滅している、並んで歩きながらこなたは不意に、何気ない様子を装おうとしながらも、隠し切れない緊張に声を強張らせながら言った。 「かがみのss、良かったよ」 そう言うこなたの目は、奇妙に揺れていた。 「え、あんた見てたの?」 どくん、とかがみの心臓が一つ、大きく脈を打った。 こなたはあの、女の子同士だから言えない恋愛のssを、どう思っただろう? かがみはssの感想とは別の次元で、あのssをこなたがどう思ったのか気になり、奇妙な緊張と、恐怖と期待に襲われる。 こなたはそんなかがみに、どこか震える声で言った。 「うん……見てた、良かった」 互いに探り合うような奇妙な沈黙が二人の間に降りて、うまく言葉をみつけられないもどかしい時間が、遠い車道の音と共に流れていった。 言いたい言葉、聴きたい言葉、たくさんある筈なのに……言えない。 でも本当に言いたくて、言えない言葉は、たぶん……。 ……好き、の一言だった。 かがみは自分が、こなたをどう思っているのか、まるで初めて知ったかのように衝撃を受けて、ますます黙り込んだ。まるで深い沼に自ら沈んでいくみたいに。 ──言えない。この気持ちだけは、言えない。 「あのさ、かがみ……」 「何?」 こなたは一瞬、言葉を探すように視線を外し、本当は言う筈だった言葉を差し替えたみたいに言った。 「絶対、勝つから」 かがみはただ、美しい湖のように澄んだ目をしたこなたを見つめて、うん、と小さくうなずいたのだった。   ……………………………… 「昨日はすいませんっす!私のせいであんな事になってしまって、誠に申し訳ないっす!!」 ズサーっと、教室にひよりがスライディング土下座をしながら入ってきた。しかし、凄い技術だ、膝とか痛くないのかな? 「もういいわよ。昨日も謝ってたじゃない」 放課後の教室で、かがみがお手洗いに行ったこなたを待っている間に、ひよりが土下座しながら教室に来たのだ。本人は軽い気持ちでコンペに誘い、ssの世界なんかを紹介したかったのだろうが、それがあんな結果になったのなら、確かに気が気じゃないだろう。 「でもこのままじゃ泉先輩、あの心底気に食わない外道に、土下座させられちゃうんすよ!柊先輩だって犬井部長のss見たでしょう?ネットにも固定ファンがいるし、ドストだのトルストだのチェーホフだの言う教養溢れる文章を書くガチss書きなんすよ?!犬井部長は!?」 ドストエフスキーって、ドストって略していいのかなあ?とかがみは思いつつ言った。 「対するあいつはスレイヤーズだって読みたがらない筋金入りの素人だしねえ。勝ち目ないかも……」  そう思うと胸が痛くなってくるし、不安になるのは確かだ。しかしそこへ帰ってきたこなたは、極めて気楽な様子で鞄を手に取った。不安になっている様子など欠片もない。 「あ、こなた、今日は、あんたの家に寄るからね」 「お、どうしたんだい、かがみんや。フラグでも立った?」 「立たねえよ。あんたのssの進行具合を見てやるの。誰か客観的に評価できる人が居た方がいいでしょ?」  二人の様子に感動したようにひよりが言った。 「おお!本気でがんばるんすねえ。では、ちょっと私は部活があるのでこれで、ほんと、すいませんっした!」  ひよりはバックスライディング土下座で教室を出て行く、力学的にあの動きはおかしくないか、とかがみは思ったが、その疑問は置いておく。 「こなちゃーん、おねえちゃーん、帰ろうよー!」  という廊下からの妹の呼ぶ声につられて、二人は教室を出た。合流していつもの四人になって歩き出し、こなたがssを書く事になった話をすると、つかさが感嘆の声をあげた。 「こなちゃんすごーい、小説書くんだー」 「いやーでも、実際に書けるかどうかは分かんないんだけどね。かがみなんて、ちゃんと一本書き上げたんだから凄いよ」 「え、お姉ちゃん書いたの!?見たい!見せて見せて!」 あの、言いたいけど言えない恋心的なssを、妹に見せる? 絶対駄目だ、とかがみの本能が告げている。 双子の勘のようなもので、つかさはあのssから読み取ってはいけない、知ってはいけない秘められた想いを探り当てかねない。 「嫌よ、恥ずかしい。大体、ssってのは原作知らないと面白くないものなんだからね」 「いやいやかがみん、ssの中には原作知らなくても楽しく読めるものもあるんだよ?むしろ、ssから原作に入っていく人間もいるくらいだし」 「私のssは違うだろ!とにかく、つかさに見せるなんて絶対嫌だからね!」 「酷いよお姉ちゃん、私だけ……」 しゅん、と悲しそうになるつかさの表情に、う、と心が痛むが、こればかりは見せられない、許せ妹よ。 「まあまあ、つかささん。しかし、同人創作とは、文学的ですね。多くの文学者が、同人活動を経験しているものですし」 「いやみゆきさん、みゆきさんが想像しているようなやつじゃないから……」 「でも犬井部長のは、本当にそんな感じよね。文芸創作みたいな」 かがみは、こなたが文芸部の部長とコンペで対決する、という事だけを伝えた。そうなった余り愉快ではない経緯の説明は省いて。 「へー、面白そ~」 つかさは無邪気に笑い、みゆきは、何か一瞬考えて言った。 「それなら、投票ボタンを連打すれば、泉さんを勝たせる事ができますね」 「いや無理よ、みゆき、Ipとかで特定できるから。連続投稿は禁止の筈よ」 みゆきはにっこりと笑って言った。 「そこは、工夫次第で何とかできますから」 「え……」 みゆき怖えええええ!! 賭けをしていること、教えなくて良かった、とかがみは安堵する。いくらなんでもそれは卑怯だものね。 「まあそれは最後の手段にするよー」 「すんなよ!?」 「何かお手伝いできることがあったら、何でも言って下さいね」 まあともあれ、みゆきやつかさは、素直に応援してくれている。 まったく、がんばりなさいよね、とかがみはこなたに向かって心の中で呟いた。   ……………………… こなたの部屋のPCが、静かな起動音をあげている。 その画面に映し出されるのは、昨日の夜書かれたというこなたのss。 その内容はこうだ。 『きょうも陽子に宿題見せてほしいゾ!  毎日にように宿題を忘れる私。  しかしそれが学生というものであった。  ただし学生だから忘れるというものでもない。  だから学校へ行くのは自然な事であった。学生なんだから。  宿題を忘れた私。  陽子はそんな私の優しく宿題を見せてくれる。それは陽子だからできることであった。それは陽子以外では出来ないという意味である。優しさだから。  そんなさびしい私の見る宿題。  それは口うるさい担任教師に提出されなければならない。彼女の言う「もう、自分のためでしょ、宿題をするのは」というのはまさに正論だった。学生として。  そして──』 「うがあああああああああああああ!!」 「ちょ、かがみ!かがみ落ち着いて!!」 なんだよこれ!?お前正気か!?と言いそうになるのをかがみはグッとこらえた。書いたssをけなされる悲しみは十分に分かっていたから、しかし、しかし……いくらなんでもこれは無いだろ!? 「いやー、自分でも余りの駄目さにびっくりだよ」 「駄目って分かってるんだ?!」 「そりゃ分かるよー、どんだけ長いことオタクやってると思ってるのさ。でも、駄目だって分かってもどうしていいか分かんないんだよ」 「いきなり書き出しの文の時点で読者をどん引かせるとか、接続詞を連発しすぎとか、学生だから、って何の説明にもなってないのに連呼しすぎとか、主題が宿題や学生にかかりすぎて何が書きたいか分からないssになってるとか、そんなに学生であることを連呼して何が言いたいんだとか、まあ色々駄目なところはあるが、これはちょっとやそっとで形になるレベルじゃないぞ……」 「だよねー」 「分かってるのかよ!」 絶望した! こなたの余りのss書き能力の低さに絶望した! 「もうこれ本当やばいよねー、あははは」 「あんた……犬井部長のss読んだか?」 「うんにゃ、全然」 「とりあえず、見てみろ」 かがみはパソコンを操作し、陵桜高校文芸部のサイトまで飛ぶと、すぐに犬井部長のssを開いた。ブラウザいっぱいに犬井部長の文章が浮かび上がる。 『向かいあわせに六つの雑居房のならんだ保護所の廊下には、まのぬけた間隔をおいて、昼間から黄色い裸電球が点されていた。巨大な蛍籠のようにみえる金網が、中に蹲っている容疑者たちの姿を映して、それ自身がかすかに蠢動しているようにみえる。もの悲しい流行歌をくちずさむ声がしていた。内勤の警邏に監視された選挙違反が二人、洗面所に通ずる廊下の長椅子に腰かけて煙草をすっていた。片方の手で燻る煙草をもち、銀色に光る手錠をはめられた片手は、バンドを取りあげられたズボンの上端をおさえている……』 「うがあああああああああああああ!!」 「なんであんたが暴れんのよ!」 「いやだって、こういう長い文章を読むとついつい……っていうか、これ、イエみてssなんだよね?」 「まあ、私も正直内容には余りついていけないんだけど、左翼闘争がどうしたこうした、政治犯がどうしたこうした、みたいな内容のイエみてssなのよ」 「全然イエみてじゃねえ!?」 「でもまあ、文章力はこなたと比べると段違いよねえ……」 とにかく文章力は犬井部長の方が圧倒的だ。勝ち目がない。 -[[後編>http://www13.atwiki.jp/oyatu1/pages/1048.html]]へ **コメントフォーム #comment(below,size=50,nsize=20,vsize=3) - (≧∀≦)b -- 名無しさん (2023-07-24 08:57:06) - ⇩じゃあ、もうyou原作はまっちゃいなよw &br() &br() &br() -- 名無しさん (2010-10-16 01:53:26) - こなかがssは読むが原作はキャラしか知らない自分… -- 名無しさん (2010-04-05 02:15:30)

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