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Benvenuto」(2008/11/24 (月) 22:53:47) の最新版変更点

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【Consueto】  藤司朗は作業の手を止め、時計へと視線を移す。  そろそろ向かわないと間に合わないかもしれない。 「スズはどうする?」  ペンギンが差し出す書類に延々とサインし続けていた鈴臣は、唐突な問いに眉を寄せた。  あぁ、これは完全に忘れているな。 「マサ姉泣いちゃうよ?」 「あぁ……そういえば、何かのコンテストに参加しているんでしたっけ? 羨ましいほど暇ですね」  そんな訳がない。  政宗はこの家の住人の世話から、庶務や店の手伝いまで完璧にこなしているのだ。  遊びに行く暇もないほど。 「物好きとしか思えませんね」 「お前の身体が心配だから、無理して参加しないで休め! って正直に言えば良かったのに」 「自業自得なマサより、明日の自分の方が大事なので、観戦なら一人でどうぞ」  照れや意地というわけではなく、鈴臣が外出した翌日に高熱を出して寝込むのは事実。  藤司朗はそんな事情など笑顔でまるっと無視して秘密兵器を出す。 「沙鳥が、皆で一緒に応援出来たら良いんだけどな……って」  可愛げのない幼なじみより、心優しい兄の方が大事だ。  僅かな間も置かずに鈴臣の周囲から書類が消える。 「何をしているんです、シロ? グズグズしないで下さい」 「了解」  苦笑を浮かべ、一瞬で処理済みとなった書類に埋まっているペンギンを助け起こす。  そんな二人に黒い影が無音で近づく。 「あれ? ユキが表に出てくるなんて珍しいね。お出かけ?」  幸成からは何も発せられず、ただ立っているだけ。 「あぁ、マサの応援ですね。何か占いに出たんですか?」  唯一窺う事の出来る目も、二人の間をゆっくりと行ったり来たりするだけ。 「それは困ったな。丈だけで二人を守れるとは思えない。急いで行かないと」  正確には、丈之助だけで二人を守るのは簡単だが、正しい判断の上で動くのは無理なのだ。  反射で行動するタイプの人間だから。 「つまり、全員で外出ですか。何年ぶりでしょうね」  三人は顔を見合わせ、同時に心中で呟く。  ――沙鳥が喜びそうだ。  とはいえ、家を出てすぐに、藤司朗は後悔する事になった。  デザイン違いの白い軍服姿はまだ良い。  沙鳥を知るものには珍しくもないだろうから。  ただ、陽が照り返している訳でもないのにゴーグルで完全に視界を覆っている者と、寒い訳でもないのに目深にフードを被ってマフラーまでして全身を隠している者と歩くには、藤司朗の格好はまとも過ぎた。 「まあ、楽しそうだから良いけどね」  ゴーグルのせいでほとんど何も見えていない鈴臣のため、空き缶やら看板やらを健気に除ける幸成を見て、そっと頬を緩めた。  事情があるとはいえ、この二人は外に出なさ過ぎる。  あの人に狂わされたリズムがまともに動く日は、一生来ないだろう。  何があろうと。 「そういえば、占いの結果って?」  電柱を引き抜こうとしていた幸成は、小さく首を傾げた。 「あの人絡みでない事は確かでしょう」  幸成の暴挙に気付いていながら、止めもせず眺めていた鈴臣は、労いを込めて幸成の頭に手を乗せる。 「ただ、沙鳥が動こうとしているのでしょう? あの子に力を使わせてはいけないから、その前に元凶を断とうと……」  そのままコンテスト会場に足を踏み入れ、三人同時に笑みを浮かべる。 「遅かったみたいですが」  冷ややかに、冷ややかに。 「……あわれ」 「哀れむなら、死んでも治らないバカが現実に存在しているという事実に若干の頭痛を覚えているこちらを哀れんで欲しいですよ」 「同感だね」  見れば、舞台上の幼き女王陛下も同じような笑みを浮かべている。 「では、陛下の御意向だ。彼らの身は我々が引き受けようか」  同胞を、陛下の配下を、神の欠片を。  否定するということが何を意味するのか、心身全てに理解して頂こう。  たっぷりと、余す事無く存分に。
【Benvenuto】  身も心もボロボロの体で、男たちは逃げるように会場を立ち去る。  否。  逃げるように、ではない。  逃げているのだ。  何からか。何もかもから。  自らにとって唯一ともいえる何よりも安全な場所へ逃げ込み、ようやく息を吐く。  怯えた顔で、世界中を敵に回したとでも言うように。  もちろん、彼らの予想は正しい。  彼らは敵に回してしまった。  この学園で、最も敵に回してはいけない人物を。 「Quesito(質問)」  誰もいないはずの根城に響く、玲瓏な男声。 「何をそんなに怯えているの?」  聞く者の神経を逆撫でするような、軽やかな笑い声。 「俺たちがそんなに怖い?」  薄汚れた部屋には似付かわしくないほど、穏やかな微笑。 「……さて、本題。俺らの事は知ってる?」  デザインはそれぞれに合わせて変えているが、揃いの白い軍服……これに見覚えのない者は少ない。  序列15位【ゴッドアイドル(神の偶像)】朝霧沙鳥の傍らには、どんな時であろうと必ず存在しているのだから。  つまり、小さな女王陛下の白い影――【オルディネレジネッタ(女王騎士団)】の証。  加えて、この時代では珍しい眼鏡、完全に視界を覆っているゴーグル、限りなく露出を控えた装い……といった分かり易い特徴。  余程の世間知らずでなければ、容易く彼らの名を答えられるだろう。 「そりゃあ、話が早くて助かるね」  序列65位【アトローチェドルチェッツァ(私の愛しい人)】光月藤司朗は、不自然なほど甘く囁く。 「我らが陛下は、君たちを招待したいらしい。遠慮なく喜んで良いよ。こんな機会は二度とないだろうから」  女王陛下からの招待。沙鳥の能力を考えれば、彼らの末路は決まったも同然だった。  だが、まだ招待を受けた訳じゃない。  知らぬ者がいない彼ら……同時に、戦闘能力の有無もよく知られている。 「……ここに丈はいない。僕ら相手であれば、逃げ切る事も可能である……そうお考えですか?」  序列214位【ジューダフェデーレ(忠実な裏切り者)】佐々鈴臣は、それまでの沈黙を破り、ゆっくりとした口調で一文字一文字丁寧に紡ぐ。 「笑止……だけで察して頂けるほど賢い方々であれば、我らが陛下のお心を乱すような愚行にも及ばなかったでしょうね」 「ば、バカにするのもいい加減に……」  彼らも一応はこの学園に属する者。ランカーではないが、それなりの経験は積んで来ている。 「可哀想に……君たちは【オルディネレジネッタ(女王騎士団)】の名前しか知らないみたいだね」  心から同情するように藤司朗が目を伏せる。  その横で鈴臣は、愚かな彼らにも理解出来るよう、分かり易い嘲りを込めて一笑した。 「その古傷、もう完治しました?」  唐突過ぎる指摘に動揺する間もなく、左足を指された男は自らその傷口にナイフを突き立てていた。 「……なッ!」  鈴臣はゴーグルを外しておらず、藤司朗も命令を下していない。  二人の能力である【ディヴルガーレ(秘密撲滅)】も【ロマンゾローザ(強制擬似恋愛)】 も発生条件を満たしていないはずだった。 「あぁ、驚かせちゃった? ちゃんと先に言っておいてあげれば良かったね『Accoltellare(刺せ)』って。君たち程度なら指示しなくても、ちゃんと言うこと聞いてくれるもんだから、つい手抜きしちゃった」 「慮外者の顔と名前を覚える事と同じくらい、一度見た他人の秘密を忘れる事が苦手なんです。残念ながら」  気付けば、立っているものは彼らだけ。  残る三人も、序列259位【ヴァーノプロフェータ(意味のない戯言)】和泉幸成の手によって、文字通り床に縫い付けられていた。 「相手の手の内が完全に読める者と戦う上で、読まれても防げないほど強い力を有していない場合はどうなるか……これはとても勉強になるお手本ですね」 「流石はユキって所かな。偉い偉い」  二人から手放しで誉められて、付き合いの長い彼らにしか判別出来ないほど微かに照れながら幸成は首を振った。 「きっと、こうして君たちと言葉を交わせるのは最後だろうから教えてあげる」  藤司朗は跪き、リーダー格と思われる男の頭を強制的に上げさせて目線を合わせる。 「確かに、俺らの中で一番殺傷能力に長けているのは丈だけれどもね、丈之助が一番強いという訳ではないんだよ」 「僕らの強弱に差違はありません。どんぐりの背比べ、と言ったところでしょうか」 「俺らは俺らとだけは戦えない。勝てないし負けないからね」  勝敗がつかない戦いは無意味。でなければ、殺し合っていた事だろう。それも、生れ落ちた瞬間に。  だからこその【オルディネレジネッタ(女王騎士団)】なのだ。 「安心して。女王陛下は寛大だから」 「あなた方のような愚か者であろうと、過去は忘れて受け入れて下さるはずです」  二人は柔らかく微笑み、残酷な一言を口にする。 「ようこそ、レイヴンズワンダーへ」

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