BIBLIOMANIAX

あの人とおしゃべり

最終更新:

kagomori

- view
メンバー限定 登録/ログイン
あの人とおしゃべり

「店長……今日、早引けしたいですぅ」
 学園都市トランキライザー、サウスヤード。海を望む地域であり、ワーカーや若者の集まる活気ある街の中でも比較的落ち着いた空気を持つ市場の近くに、パステルランドという店はある。その名前から想像できるように、店内は淡い色で統一され、毒々しいまでに色とりどりのミニケーキとお茶が提供されるファンシーな空間となっている。味でも売上でも学園トップ2には遠く及ばないものの、天然素材でここまでファンシーな色を出すということでネタとしての人気は高い。見てびっくり、食べてゆっくりというわけだ。
 その店の店主はアルバイターの突然の要望に顔をしかめた。
「駄目だよ。今日は混んでるんだから」
「だって……今日の客層、カオスすぎるんですよ。ちょっと店長もフロアでてくださいよ。私たちだけじゃ心が折れそうです」
「クレーマーでも来た?」
 バイトの女の子は無言で彼の服の裾を引いた。
「見れば分かりますよ。一階と二階と三階の各フロアの客見てください」


**


一階:7番テーブル
注文内容:アイスコーヒー×2、ミニチョコレートケーキ、ザッハトルテ、フルーツのチョココーティング盛り合わせ

「毎度あり」
「葬儀屋がそういう掛け声はどうかと思うぞ」
 オカッパの少年と妙に長い髪を細いゴムで括った女顔の青年が向かい合って座っている。中々端正な顔にちらちらと周囲の視線が向けられるが、二人ともまったくそれを気にせず話を進めている。
「ええ、だって飼ってたネズミの埋葬だろ?」
「大黒ネズミだ」「同じだよ。がんがん殺してるくせに、ネズミ一匹弔うなんて偽善者だね」
 にやにやと意地の悪い笑みを浮かべて、少年は青年を見上げた。
「馬鹿な」
 少年の言葉に、青年は真顔で答えた。
「どこの誰かも知らんやつや敵の命と、大事なペットの生命が等価であるはずないだろう」
「うん。そういうとこ、優しさ欠片もないよね」
 少年は肩をすくめた。青年はかすかに眉をしかめる。
「烏。金が好きなのは何より。裏表ない正直な言動も何より。だが、金を払う立場に不快な気分を一瞬でもさせるようでは商売人としては半人前だ。気をつけろ」
「一個でウン十万が最低ラインの爆発物売りつけてる鈴木さんは、客とトラぶらないの?」
「名字で呼ぶな。だいたい、俺がトラブルになるような品を売り渡すと思うか?」
「ご立派。職人魂」
 烏――黒羽烏は両手をあげてみせた。彼は葬儀屋であり、埋葬者である。まだ十三だというのに、墓場の土のようにじっとりと湿った後ろめたい裏社会の空気がよく似合う。
 向かいに座った鈴木深紅は小さく鼻を鳴らした。身動きする度に、彼の身体からは香木と火薬の香りがする。深紅の職業を知る人なら納得のいく香りだ。深紅は世界でも十指に入るとされる花火職人、そして裏の顔は幼い頃から様々な爆薬を作り出し、あまたの兵士や企業の重役をあの世に送ってきた元テロリストなのだから。
「ふふ、でもこうして深紅さんが僕と話してるなんて、さぞかしら目撃者はきな臭いものを感じているだろうけどね。ま、僕はいいけど。世の中、金だよ。金。お金をきちんと払ってくれるなら、どんな人でも文句はないよ。ぶすでも馬鹿でも金があるなら、いい人だ」
 微妙な視線を深紅は烏に向けた。そこにいたわるような色を読みとって、烏は機嫌やや悪くする。
「何? 言いたいことあるの?」
「いや。若いなと思って。若さとはいいものだ。若いうちはどんな馬鹿でも許される。不敵な発言も、若いからこそできるものだ」
「馬鹿にしてるの?」「いや」
 深紅は穏やかに首を横に振った。
「このお前の微妙に恥ずかしい発言を忘れずに心のノートに書き留めておこうと思ってな。なに、五年もすれば今の台詞は黒歴史の一部として思い出すだけで悶え苦しむようなものになるだろう。その時に、お前に囁いてやろうと思ってな」
「すごく爽やかに陰険なこと言ってる!?」
「過去の自分の恐ろしさを知るがいい。楽しみだな、五年後が。こういう若い発言を思い出して『うわああああああ!!』とかなるんだ、人とはそういうものだ」
「すごく穏やかな表情で何言っちゃってるの、この人!?」
 烏は机を叩いた。びくりと周囲の客が振り返るが、深紅は穏やかな表情を崩さない。
「ああ、もう! 陰険! 陰湿!! 火薬ってこうばっと弾けるようなものでしょ!? なんでそれを使う深紅さんはそう、地味に陰険なのさ? いっつも『小指をすべての部屋の角にぶつければいい』とか『取り込んだ洗濯物が微妙に湿っていればいい』とか『洗濯機に増えるわかめが詰まればいい』とか、そんなに実害ないけど微妙に嫌な呪いの言葉吐いてくるし!!」
「烏」
 まるで自明のことを聞かれたかのような、相手の脳を心配するような顔で深紅は烏を見た。
「お前なぁ……こそこそと細かい作業をして爆弾を作り、敵対者を周囲にあるもの丸ごと巻き込んで殲滅するような、卑怯代表とも言える活動をしてた人間が、善良で爽やかで男気のある正々堂々した人物な訳ないだろう?」
「自分の人生の半分を全否定!?」
 烏は頭を抱えた。だが、深紅は落ち着いて首を横に振る。
「否定はしていない。ただ――――認めたくないものだな。若さゆえの過ちというものをっていう気分なだけだ」
「数百人が死んだテロ活動を、『若さゆえの過ち』で済ませやがったよ、この人!!」
「こらこら、烏。証拠もないのに人をテロリスト扱いするな。周囲のお客さんの迷惑だ」
「いやいやいや、みんな知ってるから! 決定打がないから黙殺されてるだけで、みんな、お前が犯人って知ってるから!!」


**


一階、13番テーブル
注文内容:抹茶プリン、梅こぶ茶、チーズケーキとカフェオレのケーキセット

「何か騒がしくない?」
「騒がしいねぇ。誰か戦ってるのかな?」
 落ち着きなく周囲を見渡す矯邑繍に、あくまでも日常茶飯事という様子を崩さず冷泉神無は答えた。彼女らは学園を代表とする学者と骨董商であるが、地味な職業柄顔を知られていないため、誰も注視していない。
「まあ、殺気は感じないから、誰か騒いでるだけだと思うよ」
「大事にならないといいんだけど。うちの学校の連中は血の気が多いから」
 繍はため息をついた。非常勤とはいえ、教師として色々とモノ申したいこともあるのだろう。神無は平然としている。
「よく平気だね?」
「最近、常連に殺気を放つ人が増えてさぁ、あはは、大分平気になったよ」
「それはそれでどうなの!?」
 繍は頭を抱えた。殺人鬼という学園でも片手の指で数えるほどしかいないある意味貴重な人種が複数、神無の経営する骨董屋に出入りしているという話は聞いているが、改めて聞くと謎の状況である。
「そもそも、何であの人ら来るの? 冷ちゃんの家に奴らが好みそうなものなんてないじゃん!!」
「うん、来てもだらだら喋って、お茶飲んで帰ってく。戒さんはたまに居眠りしてる」
「あの動物が居眠り……」
 学園でも指折りの忠犬がうたたねをするところを想像して、繍は複雑な表情を浮かべた。
「あんまり変なものを餌づけしたら駄目だよ?」
「多分、戒さんはカピバラさんが好きなんだよ。心配しなくても大丈夫」
「………………」
 違う。
 声が聞こえる範囲にいた全員がそう思った。元殺人鬼で現在は殺人活動休止中の法華堂戒は、恩人であるエドワード・ブラックシープ以外の人間に基本的に興味を抱かない。勿論、声をかけられればそこそこ愛想よく対応するし、仕事上の付き合いは拒まない。こちらから誘えば食事や飲み会にも現れる。しかし、自分からどこかに出向くことはまずない。
 そんな彼が頻繁に訪れる、しかもそこに妙齢の女性がいるとなれば――――関係者全員、ひそかに微笑ましい青春の一ページを想像していただけに、そのヒロイン役に収まるべき少女の発言に、周囲の時が止まる。
「だってね。遊びにくるといっつも部屋のすみで、足先でピローピロとポンチョを構いながら何時間も退屈そうに私の作業見てるんだよ? きっと会社だと気を張り詰めてるんだよ。戒さんって動物は好きだよね」
 だから、違うよ。
 全員が思った。口には出さない。
「あー…………じゃ、じゃあさ、陽狩は? 最近よく来るんでしょ?」
「この前、茶碗を割りやがったからちゃんと買い取らせたよ?」
「!?」
 違う意味で衝撃が走った。
 不死川陽狩は現役の殺人鬼であり、詐欺師であり、傭兵であり、悪事の天才でもある。面倒だからあるいは面白いからという理由で殺されたとされる人間は数知れない。
「怖く……ない?」
「全然。あの人、いじめっ子だけど友達は大事にするタイプみたいだよ。それに美形。ああいいよね。美形は人類の財産だと思うよ」
「……強いね」
 神無最強説。
 そんな言葉が、繍の脳裏には浮かんだ。


**


2階、13番テーブル
注文内容:マカロンセット紅茶付、三種の焼き菓子のセットとアイスティ

「いいですか、くそ兄貴。貴方に足りないのは男気だと思いますの」
「妹よ。君には優しさが足りない」
「私の優しさと愛のすべては、気高くて可愛らしいおねえさまに注がれていますので、現在品切れですの。ごめんあそばせ」
 けろりとした顔で朧寺緋葬架は、向かいにおどおどした様子で座っている兄、朧寺守希生を見やった。ただでさえ青ざめている守希生の表情がさらに暗くなる。
「可愛い僕の妹。可愛い緋葬架。君の兄である僕は、一応は世界に名だたる動物学者であり、この世界最高峰の学園で教鞭をとることを許された格式ある立場の人間でもあるのだよ? そこまで酷い言い様はないと思うんだ」
「ふふ、どんな能力があっても人格が伴わなければ無価値ですわ」
 守希生は机に伏してしくしくと泣き始めた。そこには、誰もが一目置いて頭を下げる動物学の権威、あるいは世界最高峰の教育機関の教師という姿は欠片もない。
「兄を……無価値なんて」
「あらあら、言いすぎましたわね。ご安心くださいませ、兄上様。貴方はタンスの裏の埃程度の価値はありますわ」
「何故だろう……心が打ちのめされた。涙が止まらないよ」
 守希生は泣き崩れた。緋葬架はそっとその肩に手を置く。
「泣かないでくださいませ、お兄様。まだ望みはあります」
「望み?」
 守希生は顔をあげた。教師とはいえまだ二十代。その顔にはあどけなさがかすかに残っている。
 可愛らしいとすら言えるその兄の顔を見つめて、緋葬架はにっこりと笑った。
「頑張って、私の大好きな珠月おねえさまを口説き落とすことができ、そして珠月おねえさまに下僕よりも真摯に尽くし続けるなら、きっとお兄様でもおねえさまの足置きくらいの価値は生まれますわ」
「そんな価値ならない方がましだ!!」
 両手で顔を覆って、守希生は泣き崩れた。


**


2階、21番テーブル
注文内容:カモミールティ、スコーン、チョコレートプリン、アイス珈琲

「…………大丈夫ですか?」
「この服、首が締まる。暑い……だるい……」
 愛らしいデザインのテーブルで、幼い少女とスーツ姿の男性が向かい合って座っている。少女のほうがいかにも淑女然として紅茶を飲んでいるのに対し、男性のほうは疲れた顔で頬杖をついている。
「食事中にその体勢はよろしくありませんよ? そのスーツ、見たところうちの新製品でしょう? 値段、いくらすると思っているんですか?」
 少女は顔をしかめた。男性は気だるそうな視線を返す。
「さあ? 知らねえ。これ買ったの俺じゃねえし。なんか緋月の奴が、『お前がまともな格好をしたとき服に着られてる感が否めないのは、お前が普段から適当な格好をしているせいだ。式典の際にも見栄えするためには、普段からよいものを着こなすセンスが必要だ』とかぬかしやがって」
「心配されているのですよ。よい相方をお持ちですわ」
 にこにこと少女――――学内最大の総合製造小売業ブラックシープ商会副社長、メリー・シェリーは微笑んだ。それに対し、学内最高峰の民間軍事会社で警備保障の仕事をする星谷遠は不満そうな表情を返した。
「いい相方っていうのは、お前んとこのエドワードだろ? ラヴいじゃねえか」
「あの人は困った人ですわ。きっと帰ったら、『メリーが男とお茶を飲んでいたって報告がきた! 浮気だ! わああああ、僕を捨てる気なんだ!!』って騒ぐに決まっています」
「……分かってて俺を茶に誘うっておかしくね?」
「いえ。少しは耐性つけていただかないといけないと思って。そこに偶然、ふらふらと歩く知人を見かけたのでお茶に誘ってみた次第です」
 優雅な仕草でメリーはスコーンを割った。もともといいところの御令嬢で、後継者争いで追い出されたと噂されるメリーからは時々育ちの良さが垣間見える。
「本当に困った人。あの人は、きっと私がいないと朝も夜もないんでしょうね」
 かすかにメリーは口元を緩ませた。愚痴を言いながらも幸せそうな笑みに、遠もつられてへらりと笑う。
「でも、嬉しいんだよな。自分がいないと死んでしまうくらいに自分の事を好いてくれるエドワードがメリーは好きでたまらないんだろう? だって、そこまで自分を好きになってくれる人なんて他にいないもんな」
 一瞬、メリーは虚をつかれたような顔をした。だが、すぐに苦笑を浮かべる。
「愚者は愚者故に真実を見抜く、か」
「へ?」
「いいえ。そうかもしれませんね。私はずーといらない子でしたから、私の姿が見えないだけで大慌てして泣き叫ぶあの人に呆れていて……でも、癒されてるんでしょうね」
「変態だけどな」
 メリーは沈黙を肯定に変えた。しばらくの間、食器の音だけが響く。
「……まあ、相方というものに対しては、複雑な感情を抱えているものです。誰でも」
 メリーは無理やり一般論でまとめた。だが、空気を読まない遠は話を蒸し返す。
「そっか。俺は普通に緋月好きだけどな。たまにわけわかんねえけど。一日スーツでいろとか、ネクタイ締めろとか」
「イベント事があるんじゃありませんか? 貴方は篭森さんの直属部下ですから、あの人の演出のために形だけの護衛に引き出される機会もあるでしょう? あの人の性格上、そういうイベント事は全力で着飾って華やかな演出をするはずです。その時、慣れない服で貴方が恥をかくことがないようにという配慮ですよ。ありがたいことではありませんか」
 メリーは微笑んだ。
 人間見た目ではないが、人はまず見た目でしか他人を判断できない。遠がいかに兵士として優れていても、戦場で対面しない人間にはそのすごさは分からない。だから、きっちろしたオーダーメイドのスーツや高級時計、きっちりと整えた髪はとても重要になるのだ。メリーだって同じこと。見た目で馬鹿にされないため、服にも靴にも化粧品にも金は惜しんでいない。
「気遣いって感じしねえんだけど」
「思いやりというものは割と一方的なものですから、仕方がありませんよ」
「いや、俺、思うんだ」
 遠は頬杖をやめて起きあがった。何を言い出すのかと、メリーは彼を見やる。
「これは、緋月による調教計画だと思うんだ!」
 半径四メートル以内にいた人間全員が飲み物を噴き出した。運よく飲食物を口にしていなかったメリーも、動揺してあやうくジャムの入った入れ物をひっくり返しそうになった。周囲からははげしく咳き込む音が聞こえる。
「…………星谷さん、言葉は選んだほうがいいと思います」
「いや、間違いないね。あいつは自分の思う方向に俺を調教しようとしているに違いない!」
 遠は断言した。彼が動物の調教的な意味合いでそれを言っているのは間違いない。だが、聞きようによってはどうとでも取れる危険な発言である。
「それはきっと気のせいです」
 はやくこの話題を打ち切ろうと、メリーは急いで言った。
「きっと貴方のことを思いすぎるあまり、ちょっとやり過ぎたんです。エドワードにもよくあります。本当に困った人たちですが、きっとあの人たちからみたら私たちも困った子なんですよ。そういうものです」
「でも、これはきょ」「ここはプリンアラモードも美味しいんですよ。さあさあ、追加注文しましょう」「だから俺の」「すみません。紅茶のおかわりとプリンアラモードをクリーム増し増しで」


**


3階、23番テーブル
注文内容:三種のソースのレアチーズケーキ、アールグレイ、抹茶ラテ

「大福食べに行こうかな……」
「洋菓子屋で大福の話って、それはこの店を選んだ私に対する挑戦状なのかしら?」
「いや。抹茶を見てたら小豆が食べたくなった。後で食いに行こう」
「ケーキを食べている人間に対する台詞がそれですのね?」
「冗談だよ」
 煙管に口をつけて、左衛門三郎桔梗はゆっくりと煙を吸い込んだ。かがんだ表紙にゆったりとした着流しの合わせの間から白い肌がのぞく。そこに唐草模様を見つけて、エイミー・ブラウンは目を細めた。
「また、増えていますね。それ、とてもお綺麗ですわ」
「中々いいだろ? ヌードジュエリーっていってな、金箔を張りつけて作るアクセサリーさ。シールタトゥみたいなものだ。最近の新しい収入源」
 にやりと桔梗は笑って見せた。エイミーは小さく息をつく。
「ウエディングのメイクやパーティにお勧めしたいですわ。私どものところでも紹介させていただけませんこと?」
「いいぜ。出張手数料払うなら、そっちに行ってやってもいい」
「助かりますわ」
 かたや世界的に有名なタトゥアーティスト、かたや新鋭のエステサロンの社長。美容という学園では限られた裕福層しか利用しないマーケットにおいて互いに通じるところがある両者は割と縁が深い。
「本当に桔梗さんはいつ見ても、凛としていてお綺麗ですわ。羨ましいこと。女性から見ても男性から見ても美しい方というのは希少ですのよ? 男女の美的感覚は違いますから」
「いや、それはそっちだろ。いつ見ても女らしくて愛らしいじゃねえか。俺のは凛のしてるっていうか、色気がねえって言うんだよ」
 着流し姿の桔梗は、ドレス姿のエイミーを羨ましそうに見つめた。
「白い肌に柔らかそうなふわふわの髪と綺麗な瞳。女らしい身体付。普通の男ならこう、ころりと来るだろう」
「ふふ、ありがとう御座います」
 にこにことエイミーは笑った。
「でも、私。理想が高いので」
「あれか? 白馬に乗った身長170センチ以上金髪の王子様で、倒れても立ち上がる強い心の持ち主で目からビームを出して口からは火を噴くアレか!?」
 エイミーは【プリンセスシンドローム】のエイリアスを持つ。その由来は、お姫様を目指して数多くの人間の美のプロデュースをしているから――ではない。ミスティック能力で彼女が理想とする王子様を具現化することができるからである。そして、その王子様はおよそ人間ではない。
「強いじゃありませんか!」
「強けりゃいいってもんじゃねえだろ!? その理屈でいくと、この学園で一番格好しいのって序列1位の識だろ!?」
「識様は美少年ですよ? 引きこもりですけど。二位の骸手様も大層な美青年で」
「そこじゃない! 話の核はそこじゃねえし!」
 問題は理想の王子がそんなとんでも像だというところにある。だが、エイミーは気づいているのかいないのか首をかしげている。
「桔梗様だって、北王様の美しさにひかれたのでしょう!?」
「出会いから21秒でふられた人間の話題出すのやめてくれねえか?」
「出会いから数秒でプロポーズした行動力とは思えない発言ですね」
「若いうちっていうのは、だいたい何かしらやらかすものなんだよ。放っておいてくれ」
 桔梗は煙草を置いて頭を抱えた。彼女は現在北区のトップを務める時夜夜厳に結婚の申し込みをして降られた過去を持つ。その時なぜお付き合いではなく結婚を申し込んでしまったのかは、本人にも分からない。
「いいんだ……俺は夜を好きになったことを後悔したことはないんだ……」
「後悔しまくってる声ですよ?」
 呆れたようにエイミーは言った。そして、チーズケーキにフォークを突き刺す。
「まあ、仕方ないですよ。好きになる相手は選べません。好きになってしまったものは仕方がない」
「…………お前こそ、ベネディクト・T・ランズデールとはどうなってるんだ? あいつ、多分お前のこと好きだぞ」
 思わぬ反撃に、エイミーは喉にケーキを詰まらせた。一瞬、綺麗な顔をゆがめた後取り繕うように笑みを浮かべる。
「滝とはどんな関係もありませんわ。あれはただの幼なじみです」
「滝? ……え、あいつのミドルネームのTって滝なの!?」
「日系ですから」
 落ち着き払った顔でエイミーは答えた。だが、紅茶を飲もうとして動揺して空を掴む。
「あんな……あんなサド…………この世からいなくなればいいのに……」
「悪かった。俺が悪かった。涙目になるな。落ち着け」
 涙目になってぶつぶつ呟き始めたエイミーを見て、桔梗はおろおろし始めた。
「えーと、そうだ。紅茶のおかわりでももらおうか。ほら、なんでも話聞くし。俺が悪かった。すべて俺が悪かった。こんな話題降ってすまん。そんなに嫌いだったか」
 おろおろしながらも、桔梗はお茶をポットで追加注文しお菓子を勧め、話を聞く体制を整える。ハンカチを取り出して涙をぬぐいつつ、エイミーは上目遣いで桔梗を見上げた。
「嫌い、です」
「分かった。分かったよ。うん、ムカつくもんな」
 女って面倒くせえ。
 周囲にいた客は思った。



**


「どうでした?」
 客席の様子を一周見て回ってきた店長はバックヤードに戻るなり、アルバイトに返事もせずに椅子に座った。そして頭を抱える。
「なんだ、あのカオスは?」
「見事に学園の有名人が終結してますね。まあ、うちも有名になったってことで」
「客の回転率が下がる」
「天候不良みたいなものだと思って諦めてください。で、帰っていいですか?」
「帰るなぁああああ!!」
 店長は絶叫した。


終わる
目安箱バナー