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【Generico】

「こちらが目を通して頂きたい書類でございます」
 自分より一回りは若いであろう少女に向かって、深々と頭を下げる。
 少女はこちらを見向きもせずに、自らの髪をクルクルと玩ぶ。
 いつもの事ながら、青筋を立てずにはいられない軽んじ方。
 代わりのつもりなのか、少女の傍らに立つ男が嘲るように口元を歪ませた。
「面白い。それだけのためにわざわざ呼び出したと仰るつもりですか? 以前お会いした時より、冗談を言うスキルが上がったようですね」
 ここを訪れる際には、必ずこの男を連れて来る。
 普段侍らせている犬ではなく、こちらが一番苦手とする男を。
 序列214位【ジューダフェデーレ(忠実な裏切り者)】佐々 鈴臣。
 女王に忠実な彼らの中で、ある意味では最も忠実で、最も不実な男。
「まさか! そんなはずありません!」
 この男はただの口先だけで、【オルディネレジネッタ(女王騎士団)】の中では一番非力だと分かっていながら、その視線には抗えない。
 こちらの手の内を全て曝け出しているような感覚。
 事実、それに近い状態ではあるのだが……
「実は、直接お伝えしなければならない重要な用件が……」
「重要な用件……つまり、些事で陛下の耳を汚そうと仰るのですか。許し難いですね」
 話を断ち切り、愚者を蔑むかの如くこちらを見下す。
「それは、北西で行われる舞踏会の件ですか? あぁ、そういえば、東や中央でも開催されてましたね。そちらですか?」
 口を開いたまま二の句が告げぬ状態を見て、わざとらしいため息を吐く。
「何にせよ、我々を呼び出してまで伝えるほどの用件ではありません。遅すぎます。それとも、まだ陛下が招待されていない舞踏会が他にありましたか? それは問題です。今すぐ主催者へ抗議しなければなりませんね」
 ゆったりと、柔らかい口調で、他者を嘲笑う。
 その対象に味方も敵もなく、対するモノ全てにそうなのだ。
「それで、陛下に何のご用が?」
 普段は完全に覆われている眼が、真っ直ぐにこちらを射抜く。
 他に用などある訳がない。
 どこよりも早く仕入れたはずの情報を見せびらかすためだけに呼び出したのだから。
 口を開く事も、指を動かす事も出来ずにいると、ようやく少女が顔を上げた。
「鈴臣、枝毛見っけたぁ……」
 今にも泣き出しそうな、実の年よりも幼く聞こえる声。
「それは大変だ。なら、今日はエンジェルエッグに寄ってから帰ろうか」
 一瞬にしてそれまでとは全く違う優しげな声色で応じ、穏やかな笑みを浮かべる。
 少女の表情もコロリと変わり、親に甘える幼子のように身を乗り出す。
「あとねー白花ちゃんから新作作りましたのお手紙も貰っちゃったの!」
「仕方ないな。沙鳥とのお出かけも久しぶりだしね。少しブラついてから帰ろうか」
「わーいw」
 そして、男はこちらへと視線を転ずる。
 煩わしい蝿を払うように。
「さて、ご覧の通り、残念ながら火急な予定が入ってしまいましたので、これで失礼します。他にまだお話があるのでしたら、書面で送って置いて下さい。その内で宜しければ、確認しますよ」
 これまでに少女の目がこちらを向く事はなく、それどころか早々に立ち去ろうとする。
「……お待ち下さい」
 何故、ここまで馬鹿にされて黙っていなければならないのか。
 ただのお飾りのくせに。ある一点を除いては、何の価値もないくせに。
 彼らが堂々とのさばれるのは、我々のお陰ではないか。
 彼らにとって何よりの打撃であろう言葉を口にする。
 暗黙の内にタブーとされていた台詞。
「あの方とはお会いになられないのですか?」
 あの方の寵愛がなければ、お前らなどすぐにでも潰せるのだ。
 案の定、彼らの動きを完全に停止させる事に成功する。
 だが、ただそれだけ。
 少女は小さく笑みを浮かべ、男は声を上げて笑う。
「渡り鳥は一所に留まらない。レイヴンズワンダーが、華も実も付けぬ惨めな枯れ木にならぬよう心からお祈りしてます。まぁ、神に愛されるという意味をご存知でない貴方相手では、そんな祈りも無駄になるでしょうけれど」
 自分たちは権力など必要としない、すぐにでも姿を晦ます事が出来る。
 そして、そうなればお前達の栄耀も終わりだ。
 暗にそう告げて、彼らは背を向ける。
「……クソがっ」
 思わず傍らの灰皿を投げつけるも、少女の影に吸い込まれるようにして消え失せた。
 否、粉砕されたのだ。塵も残さずに。
「まだそれを壊してはいけませんよ、ユキ」
 唯一伺うことの出来る虚ろな目に殺意だけを込め、今にでもこちらへ飛び掛ろうとしていた少年は、瞬時に少女の影へと戻る。
 序列259位【ヴァーノプロフェータ(意味のない戯言)】和泉 幸成。
 その存在に、この時初めて気が付いた。
 今のこの瞬間まで、気配を殺すだけでなく、呼吸や衣擦れの音すら立てずに少女のすぐ傍らに控えていたのだろう。
「まだ壊してはいけません。その汚い血が沙鳥に付いたらどうするんですか。どうしてもやりたければ、沙鳥のいない所でやりなさい」
 男は嗤う。
「誰も、止めませんから」
 無情なほど晴れやかに。
「疲れたにゃ。早く帰るにゃ。さっちゃんはワックのハンバーガーをご所望にゃ」
 少女に袖を引かれ、男は戯れに恭しく一礼する。
「Si,volentieri(はい、喜んで)...沙鳥様の仰せのままに――その後は腹ごしらえにオペラ座?」
「うむ。苦しゅうないw 今度のは何だっけ?」
「さあ。その辺でチラシでも配ってるんじゃないか?」
「ギャチャピンは風船くれるから好きーw」
「はいはい。そのまま素直について行かないようにね」
 軽やかな笑い声と、ドアの閉まる音が響く。
 馬鹿な話だ。
 あの程度のガキが粋がって。
 神の加護がなければ、この学園で空気を吸う事すら叶わないというのに。
 震える手を叱咤し、部下を呼び寄せる。“女王騎士団を殲滅せよ”と命じるために。
 しかし、その命令が下る事はなかった。永久に。