普通の夏休みの過ごし方

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 夏休みといえば何だろう。
 エアコンの便利さにだらけながら、必要最低限の無節操な服装のまま私はベットに横になっていた。
 こう暑いとなかなか設定温度を28度にすることができず「地球温暖化に貢献してるなー」なんて苦笑いしながら、やっぱり25度前後に設定してしまう。
 机に開きっぱなしにしている単語帳をぼんやりと眺めて、頭の中で思いついた英単語に対応する和訳を当てはめていると、部屋の端っこに立てかけてある充電スタンドから着信音がした。
「……こなたか」
 よくかかってくるみゆき、つかさ、こなたの着信音は別にしているから、ディスプレイを見るまでもなくその相手が誰だかわかった。
 こなたの家からか、携帯電話からかなのかは、わからないが(どうせ携帯にかけてもでないし、家からかけてくることが多いから、携帯電話番号と家の番号の着信音を同一にしている)
 私は3コール目で折りたたみ式携帯電話を開いて通話ボタンを押し、そのまま耳に当てた。
 横になっていた体を起こすとき、運動選手のように機敏になって一目散に携帯電話はひったくったのは、まあ否定しない。
 別に嬉しいとかそんなんじゃなくて、単に暇つぶしになるから、本当にそれだけだと付け加えておくけど。

「やーほーかがみ」
 何日ぶりだろう? 夏休みとなると生活が不規則になるし、連日のようにこなたが家に訪れたかと思うと、何日も不通になったりする。
 よく言えばマイペース――そんなこなたに私は振り回されっぱなしだ。
「……やっほ」
「なんだかテンション低いなー さては太った?」
「太るか!」
「む……それじゃ私がこないから寂しかったからとか?」
「そ、そんなわけないじゃない」
「あれー、なんだか声が裏ずってるよ?」
「いいから要件話せ、じゃないときるぞ」
「わかったわかった、もうツンデレだな」
「誰がツンデレか」

 このことは誰にも教えたくない、つかさにだって教えていないことだけど、私はこなたのことが好きだ。
 それも友達としではないから救いようのない。異性として、ではなく(ややこしい)同性として、こなたのことが大好きだ。
 だから、寂しかったというのも本当だし、事実最近の私の憂鬱加減は、こなたが何日も私に連絡をよこさず、訪ねてこないからだ。
 いつからこんな恋愛感情が生まれてきたのかわからないが、今の私はまさに末期的にまで進行している。
 朝起きれば「こなたはもう起きたかしら」と思うし、朝食を取れば「あいつ、ちゃんと栄養とってるのかな」と勝手に心配してしまうし、気分転換代わりにSTGをやっていると「これならこなたの得点も抜いたわね」とライバル視してしまう。
 …それがどれだけ背徳に満ちた、ともすればこなたに対する欺瞞であることはわかっている。だからといって、あきらめられるほどの理性など残っていないのも事実だった。

「――おーい、かがみー」
「……え? ああ悪い」
「もしかして疲れてるとか?」
 受話器越しにわかるこなたの心配そうな声に、私はなんでもないとごまかして先を促す。
「そっか……まあ勉強もほどほどにね。それで、うん、今日暇?」
「いや、あんたも受験生だし、もう少し勉強をだな……それはともかく、今日――コミケなら断るぞ」
 何日の前から知らされていたなら、私がこなたの誘いを断ることなんて絶対にしないけれど、あの異様な蒸気につつまれた会場は、さすがに心構えもせずにいくのは辛い。
 コミケがいつ始まるのかは知らないが「夏の有明! さあかがみん私と一緒に伝説になろうぜ!」なんていわれたらたまらない。

「嫌だな~コミケはまだまだ先だよ♪ その時は今年もよろしくお願いします」
「……できれば、勘弁して欲しいんだけどね」
 口では否定しているけれど、こなたもそれはほとんど私の肯定の裏返しということはわかっているから、こなたの嬉しそうに上ずる声がきこえた。
「それじゃあ、何よ?」
「正確には、今日の夜。9時……くらいかな」
「だから、それが?」
「鷹宮駅の西口?それとも東口だっけ?――かがみんの家がある方向の反対側、土手があるほう」
「そこでどうするのよ」
「まあ、それもおいおい。じゃあ9時に鷹宮駅に待ち合わせね、それじゃ」
 ガチャっ、と一方的にきられてしまう。久しぶりに(といっても一週間も立っていないが)こなたと話せたのに、すぐにきられてしまって、私は意味もなく無言の電話を耳に当てたままだ。
 またかかってくればいいのに。 着信履歴には「こなた」と、つい先ほどの着信時間がディスプレイ上に表示されている。
 時刻は4時。まだまだ時間がある。
 だらしない格好の自分と、前にこなたが来ていた白いワンピースを交互に想像した後、おもむろに立ち上がり、衣装ダンスの棚を空ける。
「シャワー、浴びようかな」
 着替えの用意をして、替えの下着とタオルとともに私は自室で出、階段を下りた。


「おーい、かがみー、こーこだーよー!」
「ちょ、大声出すな、恥ずかしいだろ!」
「いいんだよかがみんだもん」
「意味わかんないこと言うなっ!」

 8時半に、お母さんにこなたと出かけてくるといって、家を出た。
 つかさも誘おうかなと思ったけれど、すでに寝ていてしまったらしく、わざわざ起こすのもかわいそうだし、こなたも別につかさも一緒にとは言ってなかったから、私は結局一人で家にでた。
 ノースリーブの上着に、ジーンズという服装。こなたは真ん中にI love new yorkとプリントされた一枚のTシャツに、ミニズボンだった。
 髪がへばりつくような蒸し暑い日中の日差しも、完全に影を潜めて、夜空には少し欠けた立待月と、銀色の粒がところどころに散りばめられている。
 夏の大三角形くらいは私でも知っていたが、どれがどれかはぜんぜんわからず、一際輝く一等星がそれなのかな、と歩く道すがら空を見上げた。
 時折吹き付ける風が生に地肌にあたって、ひんやりとするが、全体を通してみれば、暑すぎず寒すぎず。夏の夜にしてはとてもすごしやすい気候だ。

 駅には人もまばらで、こなたの大きな呼びかけに反応する人もほとんどいないが、だからといって人の名前を、それも大声で呼ばれることは恥ずかしい。
 それと同時に、嬉しいという感情もあった。だってこなたに会えたんだから。

 こなたは私を視認すると、小走りで駆け寄ってくる。私はやれやれといった顔を表面上で見せつつも、嬉しくなりながらこなたが近寄ってくるのを見守っていた。もう手が触れるかと思うくらいこなた顔が近くにあり、急停止するのかと思ったら――。
「とうっ」
 そのままこなたは私に抱きついてきた。
「きゃっ」
 小さいうめきも、こなたの直の体温に触れて、息を潜める。ちなみにここは駅構内。人はいないとはいえ……いや、あまり深く考えないようにしよう。
 ぎゅっとつかむこなたの両腕に、はあはあとかすかに喘ぐ音。何日も会えずにいたこなたが目の前にいて、私は初っ端から焦りぎみだった。
「あ、暑いって」
「それが『萌え』というものさ」
「わけわからないわよ……」
 私自身も名残惜しかったとはいえ、こなたを引き離すと、こなたはそれじゃ出発しようか、といい、電話でもいっていた土手に向かう。

 春には桜が満開になる場所で、線路に平行に川が流れている。透き通った川とは決していえないが、時折ポチャッと川魚が跳ねる。
 四月にはお花見を行う家族連れも多い場所だ。
 つかさと一緒に散歩をしているとき、花見の宴にいた子供が、他の子と一緒に平べったい石で水切りの飛距離競争をしていたのを見かけたときは、二人して微笑んだ。私たちが幼い頃にそういった経験があるというわけはないが、日下部なんかがやりそうなことだと思う。(あいつの場合は今でもやりかねん)きっと峰岸も傍で微笑んでいるんだろうと思うと、ノスタルジーを感じるわけだ。
 もちろん八月ともなると桜は散ってしまっているし、この時間帯に土手を歩こうという物好きもまずいないので、私とはこなたは二人っきりで、しばし土手沿いを歩いていった。

「この辺りかな…」
 土手から降りて、川に面した雑草が生い茂っている広い場所にでる。私も慌ててこなたに続く。
「そろそろ、何するか教えてよ」
 こなたの右手にはなにやら仰々しい鞄を持っていたから、それが私の呼び出した目的だろう。
 道中何度聞いても秘密、としか言ってくれなかった。期待と、かすかな不安。
「まあなんだ、目を瞑って」
「はあ?」
「いいから瞑ってほしいなー だめ?」
 そ、そんな目でみるな……。
 私は「変なことしたら承知しないからね」と、本心とは真逆のことを言いながらも、素直に従った。
 周りには誰もいなかったし、こなたもいるとはいえ、外で目を瞑って、じっとしていると不安の波が押し寄せてくる。
 ジャブジャブ、、がさがさ、ジー、くしゃくしゃ。バックのジッパーを空けた音?
 何も見えないというのは、通常の不安を増大されるもので「ねえ、まだなの?」と聞いてみたけれど、こなたは「もうちょっとだけ」と生返事をするだけだった。
 別に律儀に目を瞑っていなければいけないというわけでは決してないのだけれど、私の不安の対になるところに期待があるわけで、こなたの策略を事前に破ってしまうのは、なんだかもったいない。
 だから私はソワソワしながらも結局こなたの言うとおりにするのだった。

 カチッ、カチッ―――非自然的な音とともに、こなたの不満そうな声。もう一度カチッ! よーし、とこなたの色めく声。
 不意に感じる危険な匂い、閉ざされた世界でとぎすまれた嗅覚が警鐘を鳴らす――。
「ねえこなた! 煙っぽい!」
「大丈夫だから、あとちょっとだけ!」
 私のわめきたてる声にも負けない声でこなたが大声で返事をする。

 ボンッ!

 急に発せられた大音に危うく目を開きかけたけど、私はすんでのところで目を閉じた。
 何を躍起になっているんだろうと私は自分でも一連の行動に対しては苦笑するしかない。
 こうなったら最後まで付き合ってやる。私は高鳴る胸を確かに聞きながら、恐怖を強く目を閉じることによって我慢し、ままよといった気持ちで待ち続けていた。
 その音が発した後、たたたたたっ、と駆ける音、直後に「いいよ!」との声。

 私が恐る恐る目を開いていると、目の前にあったのは、こなただった。
「――っ!」
 そのままこなたは腕を私に背中に回し、唇と唇を重ね合わせた。驚いてを目を大きく開けたままでいると、閉じられたこなたの綺麗な睫毛が視界に移った。
 何がなんだかわからないけど、キ、キスされているわけだし、目を開いたままなのは、変だと思いあわてて目を閉じようとする。
 そのとき。

 私の視線の先の、さらに上空から、先ほどとは比べ物のならない大音が鷹宮駅に鳴り響いた。
 こなたとキスをしている位置関係上、それをはっきりと見ることはできなかったけれど、ぎりぎり見える範囲のところに無造作にばらばらに置かれている、チャッカマンとか、マッチ、バケツに汲められた水――花火セットを見て、それがなんなのかわかった。
 なんて周りくどいことを、と私は思いながらも、目を閉じて、いまだ触れている唇に全神経を集中させて、キスをした。たぶんファーストキスで、レモンのような味だった。塩味付き。
 あたりに漂う火薬のにおいが、やけに鼻腔をくすぐった。


「てゆーかあんたもいきなりだな」
「でも嫌じゃなかったでしょ?」
「……私がノンケだったら、どうするつもりだったんだ?」
「その時はそのときだよ。友達通しにするキスだって、そこまで珍しいものでもないし」
「そ、そんなもんかしらね」
 しばらく打ち上げ式花火で二人で鑑賞した後、それも尽きたので昔ながらの手持ち花火を持ちながら、先ほどのことを聞いてみた。
 こなたはワクワクとロケット花火も買い込んでいたが、いくらなんでも近所迷惑だろと私がたしなめ、それはお蔵入りすることになる。
 ねずみ花火が地面を不規則に動き回ったり、とんぼ花火が螺旋状に上昇しながら一瞬の瞬き――夏の風物詩を、こなたと二人っきりで楽しんだ。私の頬は、まだ赤いまま。
 手持ち花火が切れるのは時間差があり、どちらかが切れると残っているほうの火花で着火する。青白い花火からピンク色の花火へと次々と色移りする。
 こなたの花火で私の花火を着火している間は、とてももどかしいと思った。

「まあ少しは私だって怖かったけどね」
「ぜんぜんそんな風には見えなかったぞ」
「わかってないな~かがみんは。もしかがみんがこれで私を嫌いになったら、って思ったら、やっぱり怖いよ」
「――うん、それはわかる」
 それは、本当によくわかる。
 単純な話で、こなたも私のことを好いてくれたらしい。私がこなたが大好きなのと同じように。
 私はそれ以上の関係を望むことより、それ以下の関係になることのほうが怖かったから、こうした気持ちはうちの自分に閉まっていたけれど、こなたは私と同種の恐怖に怯えながらも、行動に起こしたというわけ。
 あっという間に私は篭絡され、それを受け入れて、今に至る――。

「でもなんであんな回りくどいことしたのよ」
「ひとつは、もう後に引けない状況を作るため」
「もうひとつは?」
 こなたてくてくと私のほうに向かう。気づいたときには、お互いの持っている手持ち花火は切れていた。
 それが最後の一本ずつだった。残っているのはあと1種類。耳元にまで近づいて、ささやく。

「――前に普通の夏を楽しみたいといっていたでしょ? 私なりの普通の思い出といったら、これしか思いつかなくてさ」
 大分、普通からはずれていると思うけど。でもね。
「……ばかね。こなたと一緒にいられれば、夏休みはいつだって幸せなのに」
「――まあ、普通じゃない、コミケライフもよろしくね!」
 ……結局それか。
 私は代わりに頬にキスをして、それから放り出されていたマッチを拾った。
 花火セットから線香花火を二人で分けて、それに灯す。
 淡い燐光が目の前に広がる。散ってしまう、その瞬間が怖い。
 いつまでも火花が咲き続けていればいいのに、そんなことを願いながら。


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  • ああ、なんというロマンチックなこなたん…甘いSS堪能させてもらいました。 -- 名無しさん (2008-06-22 00:39:50)

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