渇望の日々2

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「グオオオオオオオオン!」
再び雨に濡れそぼった密林を震わせる落雷のような咆哮が聞こえ、僕は彼女のいるであろう方角を目指して走り出していた。
一体何が起こっているというのだろうか?
今の咆哮が、僕にはまるで彼女の泣き声のように聞こえたのだ。
それは大切な何かを失った者だけが発することのできる、魂を引き千切られるような鬼哭の調べ。
やがて否応無しに早まった鼓動を抑えながら広い草原に飛び出すと、僕はようやく彼女の姿を捉えていた。

彼女の周りにはハンターと見える2人の男が傷だらけの無残な姿で転がっていて、最後の標的になった男が粉々に砕けた飛竜の卵の傍で絶望に跪いている。
だが彼女は最早抵抗する気力も失ったその無防備なハンターを冷たい殺意のこもった眼で睨み付けると、低く身構えながらほんの数歩だけ獲物から離れるようにその巨体を引いていた。
まずい・・・彼女は、あのハンターを殺すつもりだ!
背筋の凍るようなその光景を目にした瞬間、僕は激しい雨の中を彼女とハンターに向って全力で駆け出していた。
やがて僕の見ている前で、彼女が最大の武器である毒尾を眼前の獲物に叩き付けようと大きく身を翻らせる。
「だめだ・・・レイアー!!」
確実な死を覚悟して固く目を瞑っていた男に勢いよく飛び掛かりながら、僕は大声でそう叫んでいた。

ブォン!ズドォッ!
太い尾の先に残った、獲物を仕留めた確かな感触。
直前で何か人間の声が聞こえたような気がするが、大方死の恐怖に耐え切れず断末魔の叫びを上げたのだろう。
だがクルリと宙返りして大きな翼を羽ばたいたその途端、我が子の死よりも信じ難い景色が目に飛び込んでくる。
そこにいたのは、先程と変わらず地面の上にへたり込んだままハァハァと荒い息をついている憎きハンターの姿。
そしてその更に奥の方で、あの愛しい人間がぐったりとした様子で力無く横たわっていた。
まさかこのハンターを庇って・・・彼が身代りに・・・?
その考えに至った瞬間、私は燃え滾っていた怒りの炎が一気に消え去ってしまったのを感じていた。
図らずも彼を傷付けてしまったという思いが、私の頭の中を真っ白に塗り潰していく。
そんな・・・そんなつもりなどなかったのだ!
だがいくら心の中で声高にそう叫んでみたところで、目の前の現実は私にそんな逃避を許してはくれなかった。
「う、うわあああ・・・!」
やがて這々の体でその場から逃げ出したハンターの情けない悲鳴が、茫然自失としていた私を我に返らせる。
気が付けば、私は何時の間にか冷たい雨の降り頻る草原にポツンと独り取り残されていた。

あ・・・ああ・・・
瀕死の仲間を置き去りにして逃げ出したハンターを追う気力も湧かず、私はフラフラとおぼつかぬ足取りで地面の上へ仰向けに転がっていた彼のもとへと歩み寄っていた。
そして傷の痛みと毒の苦しみに顔を歪めた彼以上に悲痛な面持ちを浮かべながら、自らが傷つけてしまった愛しい人間の具合をそっと確かめる。
強大な飛竜と戦うことを想定していない薄手の防具は強烈な尾撃の前に跡形もなく弾け飛んでいて、猛毒を含んだ尾の棘が刺さったと見える無数の裂傷が真っ赤な鮮血を止めどなく溢れさせていた。

「う・・・ぐ・・・レ、レイ・・・ア・・・」
やがて傍に佇む私の気配に気付いた彼の口から、そんな弱々しい声が漏れ聞こえてくる。
だがその直後、霞みがかった意識が混濁してしまったのか半ば持ち上げられていた彼の手がパタリと地面に投げ出されていた。
「ク、クル・・・クルゥ・・・」
思わず必死で彼を呼び覚まそうとその小さな耳元で喉を鳴らしてみたものの、どんなに鳴いても揺すっても細く閉じられた彼の目が再び開く様子はない。
このまま放っておけば、彼は確実に死んでしまうことだろう。

そんな・・・わたしは一体どうすれば・・・
この密林には、毒を中和したり傷を癒したりするような薬草の類が何処にも存在しないのだ。
後はもう、猛毒に少しずつ弱って死んでいく彼を見守ることしかできないのだろうか?
卵を盗まれた一時の激情に任せて暴れ回ったことが、よもやこんな最悪の結末を迎えることになろうとは・・・
なおも降り続く雨に少しずつ洗い流されていく痛々しい傷口が、彼をこんな目に遭わせてしまった私の胸を同じように深く深く抉っていく。
だが私は結局諦め切れず、ボロボロになった彼の体を大きな口でそっと咥え上げていた。
こうなってしまったら、後はもうあれ程憎んだはずの人間どもに助けを求めるより他にないだろう。
そしてなるべく彼の体に負担を掛けぬよう努めてゆっくりと空へ舞い上がると、私は遠い海原の向こうを目指して根気よく翼を羽ばたき始めていた。

繁殖期の狩りが解禁されてから初めて迎えた、ドンドルマの街の夜。
既に人々の姿も疎らになった広い中央広場にはアリーナから漏れ聞こえてくる美しい歌姫の声が響き渡り、昼夜を通して喧噪の途切れぬ酒場の明かりが短い尾となって篝火とともにドンドルマの闇を照らし出している。
だが一見して静かな時間が流れていくかに思えたその時、突然周囲の空を見張っている大きな気球から飛竜の接近を報せる警報が街の入り口近くに設置された古龍観測所へと届けられていた。
「な、何じゃ一体?」
かつて例を見ない夜中の入電に驚いた老齢の観測官が酷く慌てた様子で寝床から飛び起きると、片眼鏡を掛けながら伝書鳩によって届けられた文書を薄明りのもとへヒラヒラと翳す。
「レイア・・・じゃと?レイアが1匹、この街へ向かっておるというのか?」
それを見て彼は思わず反射的に暗い闇に覆われた空を見上げてみたものの、全身をくすんだ緑色の甲殻に覆われた雌火竜の姿を肉眼で見つけ出すことはついにできなかった。

カァン!カァン!カァン!
その数分後、街への脅威の接近を告げる警鐘の音が突如として夜の静寂を切り裂いた。
本来であれば巨大な古龍種が街を襲ってきた時だけに鳴らされるはずのその不吉な音色が、心地よい眠りにつき始めていた人々の間に緊張の糸を張り巡らせていく。
酒場で狩りの話に花を咲かせていた大勢のハンター達が次々と中央広場へ姿を現し始め、平和に満ちていた街があっという間に物々しい戦闘態勢へと切り替わっていた。
「こんな夜中に一体何だってんだ?」
「何でもレイアが1匹、この街を襲ってきたらしい」
「レイアだと?ハッハハハ・・・こりゃ観測所の奴さん達も警鐘を鳴らしていいものかさぞ迷ったことだろうな」
だがハンター達の間でそんな会話が交わされている内に、真っ暗な闇に染まった街の上空を不意に巨大な蝙蝠に似たシルエットが駆け抜ける。
「お、おいでなすったぞ。どれ・・・寝る前に1つ、酔い覚まししとくのも悪くはないな」

一心不乱に空を飛び続けること数十分・・・
やがて私の遥か眼下に人間の街の灯火が近付いてきた。
一体どうやって私の到来を知ったのか夜の静寂を迎えているはずの街では既に飛竜を迎え撃つ準備を進めているらしく、物々しい装備に身を固めた大勢のハンター達の姿が目につく。
街の中央には舞い降りるのに丁度よさそうな広場が1つ見えるものの、あの殺気立ったハンター達の真ん中へと降りて行くのは流石に自殺行為と言えるだろう。
私は早く彼を助けなければという焦れた思いをグッと呑み込むと、街の外れに幾重にも張り巡らされた強固な城塞に向かって翼を翻していた。
彼の命をこれ以上危険に晒さぬためにも、ここは我慢するしかない。

かつて幾度となく屈強な古龍種の侵攻を退けてきた、ドンドルマの砦。
そのあちらこちらで、街に降り掛からんとする脅威の排除に躍起になったハンター達が前代未聞の雌火竜の訪れを今か今かと待ち構えていた。
バサッ・・・バサッ・・・
やがて点々と連なる篝火の灯かりに照らされた闇の中に、大きな翼を羽ばたく音が聞こえ始める。
「そろそろ来るぞ・・・」
「抜かるなよ。逃げられちまったら元も子もないからな」
そして1人のハンターがそう小声で呟いた次の瞬間、いよいよ彼らの眼前に飛竜の女王が姿を現した。

「グルル・・・」
人間の街に程近いというのに、ここはなんと寒々しい場所なのだろうか・・・
大地に降り立とうと私が目指した街外れの平原は、早くもそこかしこに潜んだハンター達から発せられる無数の殺気に満ち溢れていた。
城塞に設置された大砲や木製の弩、それに巨龍を穿つ禍々しい大槍が、この広大過ぎる広場が作られた目的を如実に物語っている。
ここは、街に近付こうとする古龍種を撃退するための最後の砦なのだ。
だがいかに身の危険を感じようとも、今更別の着地場所を探している余裕はない。
咥え上げた彼から舌越しに伝わってくる脈拍は確実に弱まっていて、最早呼吸の音すらもよく聞き取れぬほどになっている。
私は空に飛び上がった時以上にゆっくりと地面に着地すると、口に咥えた彼の姿が辺りにいるであろうハンター達によく見えるよう大きく天を仰いでいた。

「何だ?あのレイア、何をやってる?」
「さあ・・・暗くてよくわからんが、何かを俺達に見せようとしているぞ」
地面に降り立った雌火竜が見せた突然の奇妙な行動に、一斉に攻撃を仕掛けようと機を窺っていたハンター達が一瞬その動きを止める。
そしてその巨大な口に咥えられていると見える何かの正体がどうやら1人の人間であるらしいことに気が付くと、途端にハンター達の間にどよめきが走っていた。
「人間だ!あいつ、誰か人間を咥えてるぞ!」
「あの野郎、仕留めたハンターを俺達に見せびらかしにきやがったのか!?」
リオレイアと男の関係を何1つとして知らぬ者が見れば、成る程確かにそれは同じハンターとして怒りを感じるのに十分な衝撃の光景だったことだろう。
だが当の雌火竜は口に咥えた男の存在がハンター達に伝わったことに満足したのか、そっとその人間を地面の上に横たえると再び大きく翼を広げていた。

これでいい・・・
不意に周囲で湧き上がったハンター達の動揺にも似たざわめきに、私は彼の存在をハンター達に伝えられたことを確信していた。
飛竜との戦いに慣れたハンターならば、同じようにして傷を負ったこの男もきっと助けてくれることだろう。
そして静かに彼の体を地に降ろすと、しばしの別れを惜しむようにそっと小さな顔を舐め上げてやる。
やがてその蒼褪めた表情に浮かべられている冷たい汗が切ない塩味となって舌の上に広がると、私はその場を離れようと一気に空へ飛び上がっていた。

「おい!レイアが逃げるぞ!」
「逃がすな!撃ち落とせ!」
やがて漆黒の空に舞い上がった私の背後から、相変わらず血気に逸ったハンター達の怒号が聞こえてくる。
そして連なる城塞の至る所から微かな火薬の燃える閃光とともに細かな弾丸がまるで雨のように飛来したものの、既に高さも距離も十二分に稼いでいたお陰でそれらの凶器は私のもとまで届かない。
届かない・・・はずだった。
だが空を切って闇に消えていく弾の嵐を見やりながら密林に帰ろうと彼らに背を向けたその刹那、強靱な弦の弾ける不気味な音が周囲に響き渡る。

バシュウッドスドスッ!
「ガッ・・・ア・・・」
突如として背中と翼に走った凄まじい衝撃と激痛に、私は驚愕の入り混じった悲鳴を上げていた。
そして一瞬崩れ落ちそうになった体勢を辛うじて立て直し、鋭い痛みを送り込んでくる元へと視線を向ける。
そこには、長槍にも似た巨大な矢が深々と突き刺さっていた。
これ・・・は・・・一体何処から・・・?
バシュウッ!バシュバシュッ!
だが初めて見るその異形の飛び道具に首を傾げた次の瞬間、再びあの音が私の耳へと届いてくる。
人間達にこんな武器があったとは・・・
ドッドドッドスゥ・・・!
直後に全身に感じた幾つもの激しい衝撃に打ちのめされながら、私は遥か遠くにも見える地上目掛けて真っ直ぐに墜ちていった。

ドドォン・・・!
体長20メートルはあろうかという巨竜が落下した激しい音と震動が、城塞からバリスタを放ったハンター達の間に歓喜の波を巻き上げていた。
ハンターの扱うボウガンや弓などとは比較にならない程の射程と威力を誇る巨大な弩から撃ち出された矢が、油断し切っていたリオレイアに次々と突き刺さったのだ。
「ようし、落としたぞ!」
やがて首尾よく標的を撃ち落とした大勢のハンター達が、城塞から飛び降りながら我先にと地に伏していた雌火竜へとどめを刺すべく殺到していく。
だが高所から地面に叩き付けられたはずのリオレイアはフラフラとよろめきながらも何とか巨体を引き起こすと、再び空へ舞い上がろうと痛む翼を力一杯羽ばたいていた。

バ・・・バサ・・・バサァ・・・
「ガ・・・ウ・・・」
全身を深々と貫いたバリスタの槍が、身動ぎする度に凄まじい激痛を容赦なく弾けさせる。
だが私には、まだ護るべきものが残っている。
彼を助けるために冒した危険だとは言え、私はこんな所で死ぬわけにはいかぬのだ。
そして徐々に迫ってくるハンター達の殺気を背に浴びながら覚悟と気力だけで満身創痍の体を宙へ持ち上げると、私は必死に遠い夜の帳の中へと飛び出していった。

「くそっ、逃がしたぞ!」
「なんてしぶとい奴だ」
だが後1歩の所で獲物を取り逃がしたハンター達が落胆する中、そっと地面に残されていた雌火竜の運んできた男の姿が彼らの興味を一手に引き寄せる。
「ところで、その男の様子はどうなんだ?」
「酷い傷だ・・・それに猛毒にも冒されてる。多分、レイアの尾にやられたんだろう」
リオレイアと戦った経験のある数人の男達が、その言葉を聞いて微かに身を震わせた。
頑強な鎧に身を包んだ熟練の者達でさえ、リオレイアの強烈な尾撃の前に命を落とすことは珍しくない。
だが今目の前に横たわっているのは、どう見ても軽装のまま採集に乗り出したような駆け出しのハンターなのだ。
寧ろ、この怪我でまだ息があることの方が奇跡的だと言っていいだろう。
「助かりそうか?」
「急いで街へ運ぼう。ギルドの看護師を呼んでおいてくれ。まだ間に合うはずだ」
「ようし、皆手伝ってくれ!」
やがて街に向かって担ぎ出されていく愛しい男の姿を、傷ついた雌火竜がそっと遠い空から見守っていた。

「グゥ・・・グォ・・・」
彼の無事を願いながら宵闇の中を住み処に向かって飛び続けること1時間・・・
夜明けを間近に迎えた密林の雨は既にすっかりと上がっていた。
地上を覆う木々の葉からは無数の煌きを帯びた水滴が流れ落ち、朝方の自然の景色だけに見られる独特の寂寥感をふんだんに醸し出している。
バサ・・・バサ・・・
私はなおも和らぐことのない痛みを懸命に堪えながら高度を上げると、何だか久し振りに見たような気のする塒へと続く縦穴を降りて行った。
そして昼間と同じく寝床の上に置かれている2つの卵の無事を確認して、一先ずホッと安堵の息をつく。
よかった・・・たとえどんなことがあろうとも、この卵だけは絶対に護り通さなくてはならないだろう。

だが・・・私はこの卵から孵る仔達を、彼との繋がりを示す唯一の証を、果たして無事にこの目で見ることができるのだろうか・・・?
卵の孵化まではまだ数日の時間があるというのに、大槍を受けた大きな傷口からドクドクと滴り続ける大量の血が少しずつ少しずつ私の命を削り取っていく。
食料だけは幸いにも昼間に獲ってきた草食竜の亡骸が残っているものの、もうこの翼では再び大空に舞い上がることは出来ぬだろう。
そして私が死んでしまえば、仮にこの子供達が無事に産まれたとしても生き延びることは難しいに違いない。
これが、人間などに恋心を抱いてしまった愚か者への天罰なのか・・・
彼も、子供達も、そして自分の命すらも・・・
ほんの少し危うい均衡が崩れただけで全てを失ってしまうかもしれないという思いが、かつてない恐怖となって私を震え上がらせていた。
また、彼に逢いたい・・・どうか無事でいて欲しい・・・
今日という日まで他の誰かの、ましてや人間などの無事をこれ程一心に願ったことはなかっただろう。
やがて私は酷く消耗した巨体をドサリと湿った地面の上に横たえると、傍らの寝床に置かれた卵にそっと血に塗れた翼を覆い被せていた。

次の日も、その次の日も、私はひたすらに空腹を堪えながら卵の孵化と彼の訪れをじっと待ち続けた。
こんな手負いのところをハンター達に見つかればきっと一溜まりもないに違いないが、不思議なことにあれからというもの密林を訪れる人間の気配はぱったりと途絶えている。
かくして抱き抱えるようにして暖めていた卵は早くもずっしりとした命の重みを湛え、私はもう何時孵化が始まってもおかしくない程にまで中の子供達が育っていることを感じていた。
もう少し・・・もう少し・・・
死ぬ前にせめて子供達の姿を一目だけでも見ようと、今にも底をついてしまいそうな気力を振り絞り続ける。
だが刻一刻と残された生命力が零れ落ちていく実感に、私は空しい焦燥感ばかりを募らせていった。

「はっ・・・!」
瞼越しに目に飛び込んでくる明るい光の気配に、僕は突然永い眠りから覚めたようにガバッと体を起こした。
一体・・・ここは何処なのだろうか?
そう思って反射的に辺りを見回してみると、どうやら何処かの看護施設にある大きなベッドの上らしい。
更には酷く傷だらけだったであろう体のあちこちには白い包帯が幾重にも巻き付けられていて、所々に微かに滲み出したと見える赤い血の跡が浮かび上がっている。
「やっと起きたかボウズ!もう3日も寝たきりだったから、随分と心配したんだぞ」
その聞き慣れた声につられてベッドの傍らに視線を向けると、武器工房にいたおっちゃんが本当に心配そうな眼差しで僕を見つめていた。
「か、彼女は?」
「彼女?」
僕がそう言うと、おっちゃんが一体何のことだとばかりに怪訝そうな表情を浮かべる。
「レイアだよ!彼女が、僕を街まで運んでくれたんだろ?」
「何だボウズ・・・お前、あのレイアにやられて死に掛けたんじゃないのか?」
「そ、それはそうだけど・・・と、とにかく僕、彼女に逢いにいかないと・・・」
だがそのままベッドから降りようと身を捩った次の瞬間、僕は全身に走った激しい痛みに呻き声を上げていた。

ズキッ
「うあっ!」
「お、おい、無理をするなボウズ。生きているのが不思議なくらいの大怪我だったんだからな。安静にしていろ」
「う・・・う・・・で、でも僕・・・」
すぐに意識を失ってしまったせいで自分の傷の程度はわからなかったものの、僕はあの時彼女が見せた激しい焦燥の表情を思い出して息を落ち着けた。
今の痛みから察するに、僕の体のあちこちには毒棘で切り裂かれた裂傷が走っているのに違いない。
「お前はここに来たとき、全身血だらけの上に毒にまで冒されていたんだぞ。それに、あのレイアはもう・・・」
「え・・・?」
不意におっちゃんの口走ったその言葉に、僕はまた痛みが走るのも忘れて勢いよく彼の方へ首を振り向けていた。
「レイアが・・・どうかしたの?」
「お前の無残な姿にハンター達が怒ってな・・・飛び去ろうとした奴にたんまりとバリスタを撃ち込んだらしい」
「そ、そんな・・・」

そうだ・・・彼女は、ハンター達に攻撃されることを覚悟の上で僕を助けようと街にやってきたのだ。
そして概ねそれは、彼女にとってさしたる脅威ではなかったのかも知れない。
だが街の郊外の城塞に設置されたバリスタ・・・あれだけは例外だ。
本来ならば街に天災級の被害をもたらすような巨大な古龍種への攻撃手段として創られたというあの弩の矢を無数に受けたのだとしたら、いかに彼女とは言え決して無事には済まないだろう。
「まあ・・・レイアも1度は地上に叩き落とされたものの、何とかその場は命からがら逃げ延びたそうだが」
「じゃあ、まだ生きてるんだね?」
「そいつは俺にはわからんよ。ただ、ハンター達もよくあの傷付いた翼で飛んで行ったと驚いていたのは確かだ」
僕はそれを聞くと、今度は痛みを感じないようにゆっくりとベッドから滑り降りていた。

「ボ、ボウズ・・・まさかお前、その体でまたあの密林に行くなんて言い出すんじゃないだろうな?」
「彼女はきっと、自分の子供を護るために気力を振り絞ったんだ。だから、今度は僕が彼女を・・・う・・・」
そこまで言った瞬間、僕は突然膝から力が抜けてその場にへたり込んでいた。
流石におっちゃんもそれを見かねたのか、何とか僕を制止しようと語気を強める。
「馬鹿を言うな!あの密林には、レイア以外にだって危険なモンスターどもはゴマンといるんだぞ!?」
「か、彼女だって、大勢のハンター達に狙われる危険を覚悟の上で街まで来たんだ。そんなの・・・関係ない!」
そう言って痛みを堪えながら再び立ち上がると、僕は背後のおっちゃんの方を振り向いて一言だけ呟いた。
「お願いだから僕に力を貸して・・・このままじゃ、彼女があまりにも不憫過ぎるよ」

ドクン・・・ドクン・・・
朦朧とした意識の中、脳裏に響くこの鼓動は産まれ来る子供達のものなのだろうか・・・それとも・・・私の?
眼前に据えられた2つの灰色の卵が、微かな震動に身を震わせる。
そして次の瞬間、パキャッという小気味よい音とともに卵の一角から小さな仔竜が顔を出していた。
「・・・?」
その微かに赤みがかった顔が一瞬雄の誕生を予感させたものの、顎の先から小さく飛び出た棘が確かにそれが雌であることを示している。

ペキッ
更にはまるで息を合わせたかのようにもう1つの卵からも仔竜が青みがかった可愛い顔を覗かせ、私はまたしてもその不思議な子の様子に目を瞠った。
一見すると雌の幼体のようにも見えるのだが、こちらは確かに雄の顔をしている。
フ・・・フフ・・・我が子の雌雄を見間違えるとは、私もいよいよ最期の時が近いのかも知れぬな・・・
それにしても赤い雌に青い雄など、私の長い生涯の中でも初めて見る子供達だった。
明らかに火竜以外の・・・あの人間の存在が、この子供達の陰に佇んでいる。
だが残念なことに・・・もう私には彼らを養う力など一片たりとも残されてはいないのだ。
産まれた子供達の顔を見るという1つの目的を達した私の体から、何だかとても大切なものが失われていくような実感がある。
待て・・・待ってくれ・・・まだ・・・私は・・・
だがどうあっても抗い難い深い闇の訪れに、双眸から零れ落ちた熱い雫だけがポタリと地面に弾けていた。

彼女は無事なのだろうか・・・
数人の手練のハンター達と密林に向かう船に揺られている間中、僕は彼女の安否について脳裏を駆け巡る不安と必死に戦っていた。
船に同乗しているハンター達には、もちろん僕と彼女との関係について既に話をしてある。
全てのハンターと繋がりのある武器工房のおっちゃんだからこそ集めることができた、信頼の置ける者達なのだ。
中には彼女が街へ来た当日に城塞での防衛に加わっていた者もいるのだが、それが却って僕の話の信憑性をより高めてくれたらしい。

やがて昼を少し回った頃、僕達の乗った船がようやく白い砂浜を湛える密林の海岸に到着した。
そして仲間の1人に軋む体を支えられながら船を降りると、数日振りの密林の姿をじっと見上げてみる。
「レイア・・・」
いつもならその広大な緑の中に微かに感じる大いなる生命の鳴動・・・
巨大な飛竜の息衝く気配が、完全に沈黙を保っていた。
あまりにもしんと静まり返った不気味な密林の様子に、仲間のハンター達も怪訝そうな顔を浮かべている。
「本当に、ここにレイアがいるんだよな?」
「ああ・・・そのはずだよ」
だがそう答えた僕の心中は、ますます勢いを増した黒い焦燥の炎に炙られ始めていた。

雌火竜の棲む塒へと続く、長い長い森の回廊。
いつもなら楽しい彼女との再会を思い描きながら歩くはずのその道のりが、今は何だかとても遠い彼方へと続いているような錯覚に陥ってしまう。
体を動かす度にビリビリと走る傷の痛みが、その苦しさに更に拍車を掛けていた。
だがやがて眼前に大きな洞窟の入口が見えてくると、フラフラとよろめきながらもつい足を速めてしまう。
そして微塵も躊躇うことなくその洞窟の中へ足を踏み入れると、僕は早鐘のように打ち始めた鼓動に負けじと闇の奥を目指していた。

「これは・・・そ、そんな・・・」
晴れ渡った外からの淡い光が差し込む、広大なリオレイアの住み処・・・
その広場の中央で、巨大な雌火竜がぐったりと地面の上に倒れ伏していた。
堅牢な甲殻に覆われているはずの背中や翼膜には太い槍のようなバリスタの矢が幾本も突き刺さり、その美しい深緑の鱗が鮮やかな紅に彩られている。
更には地面の上にも傷口から流れ出したと見える血が大きな赤い水溜まりを作っていて、取り残された2匹の小さな火竜の雛が力尽きた母親の顔をペロペロと小さな舌で懸命に舐め続けていた。

ドサ・・・
「レ、レイア・・・うあああああぁぁ・・・」
僕は膝からその場に崩れ落ちると、夕べの雨にしっとりと湿った地面に突っ伏して嗚咽を漏らした。
心の何処かでは予期していた、だが決して認めたくは無かった光景が、無慈悲な現実を突き付けてくる。
眼前の事態を受け入れまいときつく閉じた両目から大粒の涙が止めどなく溢れ出し、僕の顔を濡らしていった。
僕のせいだ・・・僕が、あんなことをしなければ・・・
卵を盗んだハンターを殺そうと彼女が尾を振り上げたあの時、どうして僕はあんなことをしたのだろうか・・・?
彼女が人間を手に掛ける瞬間を見たくなかったからといえば、確かにそうなのかも知れない。
でも、まさかそれがこんな結末になるなんて・・・
「待て・・・このレイア、まだ微かに息があるぞ」
「・・・え?」
耳に届いてから意味を理解するのに数秒の時間を要したその言葉に、僕は涙でクシャクシャになった顔を上げた。
見れば母親に縋る仔竜を退けて彼女を調べていたハンターの1人が、そっとその鼻先に自分の頬を近付けている。
「完全に意識は無くしてるが、まだ死んじゃいない。取り敢えず、できるだけのことはしてみよう」
彼はそう言うと、まずは深々と彼女に突き刺さっているバリスタの矢を引き抜こうと仲間を呼び集めていた。

傍目にはどう見ても息絶えている巨大な雌火竜の周りを、僕と一緒に来た3人のハンター達が忙しなく行ったり来たりしていた。
これだけの深手を負ってもなお彼女がその命の炎を消さずに保っていられるのは、単純に飛竜の持つ強い生命力のお陰だけではなく、まだ達していない何らかの目標があるからに違いない。
僕は彼らの邪魔にならないように産まれたばかりの子供達を懐に抱き込むと、彼女の蘇生を一心に願いながらその不思議な仔竜の姿を観察していた。
尻尾まで含めると20メートルはある巨大な彼女をそのまま縮めたかのような、小さな小さな可愛い雌の仔竜。
だがその体は母親のそれとは違い、少しばかり赤みがかっている。
どちらかというと、淡い桜色のようにも見えるのだ。
それに凛々しい表情を浮かべた雄の仔竜の方は火竜を象徴する燃えるような赤い体色の印象とは対照的に、微かに蒼い色をした鱗や甲殻が体のそこかしこを覆っている。

火竜の雛を実際にこの目で見たのは初めてだが、そう言えばつい最近ココット村という小さな村の出身者がリオレイアの子育ての現場に立ち会ったということでドンドルマの街に呼び出されたことがあったはずだ。
その時の話では雌の仔竜は確かに産まれたときから母親と同じ深い緑色の鱗に覆われていたということだから、この仔竜達は大きくなっても蒼と桜に彩られた美しい姿を保っているのに違いない。
そして恐らくは彼女も、この子供達の姿を見て驚きを隠せなかったことだろう。
永遠の闇の淵に落ちかけている今の彼女を辛うじて支えているのは、きっとこの子供達の成長を見たいという強い願いに他ならないのだ。

「取り敢えず、やれるだけのことはやったぞ。後は・・・レイアの気力次第だな」
不意に掛けられたその言葉に、僕は涙の跡が残った情けない顔を持ち上げていた。
彼女の体から幾本もの尖塔のように突き出していたバリスタの矢は全て引き抜かれ、その痛々しい傷口には薬草を調合して作った血止めと化膿止めの薬が塗り込められている。
「硬い甲殻と空中で矢を受けたお陰で、多少は威力が衰えたんだろう。出血は酷いが、内臓は無事だったよ」
「じゃあ、助かるの・・・?」
「まだわからない・・・でもそれは多分、お前に懸かっているんじゃないか?」
仲間の1人にそう言われて、僕は抱き抱えた仔竜とその母親を交互に見比べた。
そうだ・・・傷の手当ては彼らにしかできなかったけど、僕には僕なりにまだできることが残っている。
「そうだね・・・彼女を手当てしてくれてありがとう。後は、僕が何とかするよ」
「じゃあ、俺達は先に街に戻っているからな。帰りの船が必要になったら、飛竜の観測気球に手を振るといい」
「うん、わかった」
そう言って薄暗い洞窟から出て行く彼らを静かに見送ると、僕は無念の表情を浮かべながら地面の上に蹲った彼女へと視線を戻していた。


「・・・・・・ア・・・イア・・・」
何処までも続く、深い闇に覆われた死の世界。
溶けた意識の全てが周囲と同化してしまうのではないかという漠然とした不安が、私の思考を支配していた。
だがその中に、不意に聞き覚えのある誰か人間の声が響いてくる。
いや・・・私が断末魔の悲鳴以外の声を知っている人間など、この世に2人しかいないのだ。
その内の1つ・・・この命を懸けてまで助けようとした愛しいあの男の声が、私のぼやけた意識を擽っている。
そんな・・・結局、彼は助からなかったのだろうか・・・?
そしてこんな寂しい冥府の奥底で、私の訪れを待ってくれていたとでも・・・?
「レイア・・・目を覚まして・・・ねえ・・・レイア・・・」
「・・・・・・!」
今度は、はっきりとその声が聞こえていた。
脳裏に響くようなくぐもった声ではなく、明瞭な彼の肉声が確かに私の耳に届いたのだ。
そして次の瞬間、一面の闇に覆い尽くされていたその視界が眩い光に切り裂かれていた。

「レ、レイア・・・よかった・・・」
愛する雌火竜の安否に不安と心配を抱きながら過ごした一夜が明け、岩間から差し込んできた明るい朝日が眠っていた彼女の瞼を優しく撫で上げる。
そして彼女が朝の気配にゆっくりと目を開けたのを見て取って、僕は心の底から安堵の息を吐き出していた。
仲間のハンター達による傷の手当てが功を奏したのだろうか?
それとも、僕が夜通し彼女に声を掛け続けたのが実を結んだのだろうか?
いや・・・そんなことなど、今はもうどうでもいい。
とにかく、もう2度と目を覚まさないかに見えた彼女が息を吹き返したのだ。
彼女の方もまだ自分が助かった事が信じ切れていないのか、頻りにその大きな首を巡らせてはバリスタが刺さっていたと見える傷口を不思議そうに見回している。
だがやがて自分が人間達に助けられたのだということを理解したらしく、彼女の顔にもホッとした表情が浮かび上がっていた。

「ほら・・・食べなよ」
長い眠りから覚めた私が最初に目にしたのは、眼前で心配そうに顔を歪めた彼とその足元で重なり合うように眠っている2匹の子供達の姿だった。
そしてまるで私の無事を祝うかのように、突然彼が大きな生肉の塊を私の前に差し出してくる。
それは数日間飲まず食わずで卵を暖め続けた今の私にとって、どんな励ましや抱擁などよりもずっとずっと嬉しいものだった。
モグ・・・ムシャ・・・ムシャムシャ・・・
心の内に澱のように溜まっていた不安や後悔といった負の感情が、口の中で解ける肉の味わいとともにすっかりと洗い流されていく。
「グル・・・グォ・・・クルル・・・」
やがて無我夢中でそんな彼からの暖かい差し入れを頬張りながら、私は何時しか胸に湧き上がってきた例えようもない幸福感に涙を流していた。

これだけ旺盛な食欲があるのなら、もう彼女の怪我の心配をする必要はないだろう。
それに翼の傷さえもう少し良くなれば、また思う存分大きな獲物を獲ってくることができるようになるはずだ。
だが5つ目の生肉を巨竜の口元に近付けようとしたその時、不意に彼女の顎がパクリと閉じてしまっていた。
更には肉を持ったまま行き場を失った僕の腕を、彼女が大きな鼻先で押すようにしてある場所へと誘導していく。
やがてその肉の運ばれた先では、何時の間にか僕と彼女のやり取りに目を覚ましたと見える2匹の仔竜が円らな瞳を湛えながらじっと僕の顔を見上げていた。
「ピィ!ピピィ!」
「ピピピィ!」
そしてその美味しそうな肉の塊が自分達に向けられていることに気が付いたのか、蒼と桜に染まった雌雄の仔竜が突如として甲高い鳴き声を上げ始める。

「い、いいのかい?僕が子供達に餌をやっても?」
僕はその仕草が意味することに気がつくと、思わず彼女にそう問い質してしまっていた。
目の前で卵を触らせることにさえあれだけの難色を示していた彼女が、まさか僕に子供の餌やりをさせてくれるなどとは夢にも思わなかったからだ。
だが彼女はその問いに対する返事の代わりに僕の顔をゆっくりと愛おしげに舐め上げると、疲れた体を休めようとしてか静かにその場へと蹲っていた。
そして僕からはその綻んだ顔が見えないように、敢えて洞窟の壁の方へと首を振り向ける。
「・・・わかったよレイア・・・子供達のことは僕に任せて、今はゆっくりと休んでくれ」
僕はそんな彼女の複雑な胸中を慮ってそう声を掛けると、彼女から子供達の父親として認められた嬉しさを胸に細かく千切った肉片を仔竜の小さな口へと運んでいた。



感想

  • どことなく続きに期待して仕方が無い・・・
    グッジョブです!! -- W (2009-07-01 03:03:32)
  • 続きになるかどうかわかりませんが3がでたら何か書こうかと・・・ -- SS便乗者 (2009-07-03 22:53:33)
  • な -- かさなし (2010-09-08 19:01:48)
  • 後半泣きました、続きを是非描いて頂きたいです…! -- 名無しさん (2011-02-25 17:05:14)
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