沈黙の胸の内

    

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「いや~いろいろ珍しいものが見れてよかったな」
両手に余るような大量の買い物袋を揺らしながら、友人が満足そうに呟く。
彼は村の中でも数少ない同い年の親友であり、そして俺の唯一の幼馴染でもあった。
「ああ・・・そうだな」
まだ木々の間から見える明るい空を見上げながら、俺も曖昧に返事を返す。
今日は久々にお互い自由な時間が取れた上に天気も良かったお陰で、俺達は森を抜けた先の隣町まで買い物に出掛けたのだ。
まあ、さして物欲のない俺は普段目にすることのない都会の品々に多少興味を惹かれた程度で、彼のようにいらぬものを買い込んだりはしなかったのだが。
「そう言えばさ、お前聞いたことあるか?昔からこの森にドラゴンが棲んでるっていう噂」
友人は相変わらず上機嫌なまま、俺の気を引こうとしてかおかしな話を始めた。
まあ、確かにそんな噂は聞いたことがある。
「ただの噂だろ?」
「なんでそう思うのさ?」
「だって今まで村の誰かが"森でドラゴンを見た!"なんて言ったりしたのを聞いたことあるか?ないだろ?」
つっけんどんに返されたのが気に障ったのか、彼は急に下を向いてもごもごと口を動かした。
「まあ、そりゃそうだけどさ・・・」

もっともそれは、ドラゴンが本当にいないという証明にはならないだろう。
何故なら、ドラゴンを見た者が誰も生きて帰れなかったということも考えられるからだ。
それでも町へ行く時は何も起こらなかったし、第一こんなに晴れ晴れとした明るいうちにそんな危険な存在がのこのこ現れるとも考えにくい。
「ああ、気に障ったんなら謝るよ。それよりさ、美味そうな物も買ったんだし今日は一緒に夕食を食わないか?」
「もちろんそのつもりさ」
彼は急にパッと笑顔を取り戻して顔を上げたが、その直後に彼は顔を強張らせて足を止めた。
「ん?どうした?」
「おい、あれ・・・」
前方から目を離そうとしない彼の視線の先を追うと、太い木の陰からまるで保護色のようにこげ茶色の体毛に覆われた大きなドラゴンが顔を覗かせていた。
そして俺達の方に顔を向け、なんとも表現し難い不気味な笑いを浮かび上がらせる。

ザワワッと、背筋を冷たい恐怖が駆け上がってきた。
まずい・・・逃げなくては・・・
頭ではそうわかっているものの、足は言うことをきいてくれなかった。
まるで蛇に睨まれた蛙のように、黒曜石にも似た真っ黒な瞳に見据えられただけで体が硬直してしまう。
「う・・・うわああああ!助けてくれぇ!」
突然上がった叫び声に反射的に友人の方に顔を向けると、彼は両手に持っていた大量の荷物をバッと地面に投げ捨てて一目散に逃げ出していた。
後に取り残された俺の方など、1度として振り返ることもなく・・・

「お、おい・・・待ってくれ!俺を置いていくなよ!」
情けないことにドラゴンよりも友人の声の方に驚いて腰を抜かしてしまった俺は、ガクガクと震える足を引きずって駆けて行く彼の背中に必死になって呼びかけた。
だが、あっという間にその姿が舞い散る枯れ葉の雨の向こうに消えていく。
「そ、そんな・・・」
十年来の親友に一瞬にして裏切られたショックに、俺は顔に悲しみと絶望の色を浮かべて背後を振り向いた。
さっきまで奥の木の陰から顔を出していたドラゴンが、すでにすぐそこまで迫ってきている。
その口の横からは、獲物の肉を裂く鋭い牙が覗いていた。
「あ・・・ああ・・・」
どうやっても足に力が入らず、俺は両腕で少しずつ後ずさった。
ほ、本当にドラゴンがいるなんて・・・誰か、誰か助けてくれ・・・
ヒタッ、ヒタッというドラゴンの足音が、まるで死神の足音に聞こえてくる。
「よ、よせ・・・来るな!うわあああ・・・」
既に俺が逃げる力も失っていることを知っているのか、ドラゴンは特別足を早めることもなく近づいてきた。
「い、いやだ・・・助けて・・・」
体を引っくり返して匍匐するようにドラゴンから離れようと試みるが、1mも進まぬうちに鋭い爪を生やした巨大な手に足首をガシッと掴まれてしまう。
そして、俺はあえなくドラゴンの巨体の下までズルズルと引きずり込まれてしまった。

ズシッ・・・
「ひっ・・・」
目に涙を浮かべながらも取っ掛かりを求めるように中空に腕を突き出した俺の背中に、ドラゴンがじわじわとその巨体を預けてきた。
みっちりと筋肉の詰まったその重量を支えることなどできるはずもなく、まるで押し潰されるかのように落ち葉の積もった固い地面の上へと組み敷かれてしまう。
そして必死で伸ばしていた腕を掴まれて地面に押しつけられると、俺の背中から首の後ろにかけて生暖かい唾液に濡れたドラゴンの分厚い舌が擦りつけられた。
べろぉっ・・・
「ひぃぃぃ・・・・・・」
胸の内から恐怖の波動が波紋のように広がり、手足の先までがビリビリと痺れてしまう。
直後に首筋に突き立てられるであろう牙から身を守るように、俺はギュッと目を瞑って首を縮込めていた。
ペロペロ・・・
「はぅぅ・・・」
意表を突くかのように、ドラゴンの舌先が俺の耳の穴に標的を変える。
ねっとりと滴る熱い唾液を塗りつけられ、俺は図らずもハァハァと荒い息をつき始めていた。

「あぅ・・・あぅぅ・・・」
ドラゴンの執拗な舌責めに、俺はもはや身を縮めることすらできぬほどぐったりと脱力してポロポロと涙を零しながらなすがままに体のあちこちを舐め尽くされていた。
ペチャッ、ピチャッという水音の合間を縫って、ドラゴンの方もハッハッと断続的な息遣いをしているのが聞こえてくる。
獲物を制圧した喜びに興奮しているのだろうか?
「だ、誰か・・・」
消え入るような声で助けを呼んでみるが、それが誰かの耳に届くことはなかった。
いつ訪れるかもわからぬ死の瞬間を震えながら待っている間にも、この世で最後に見るであろう太陽がどんどんと西の方に傾いていく。
いっそのことさっさととどめを刺してくれるなら諦めもつくというのに、ドラゴンに自由を奪われたまま弄ばれているのがこの上もなく悔しかった。

「・・・ぅ・・・く・・・・・・」
体力的にも精神的にも限界を迎えて声すらもロクに出せなくなってきた頃、ドラゴンはようやく動きを見せた。
だが殺されるというのがわかっているのに、もう指先を動かす力さえ残っていない。
ズッシリと背に預けられていた体重が消えた後も、俺はドラゴンの下敷きになっていた時の格好のまま動くことができなかった。
そんな死人同然の俺の体に、シュルシュルとドラゴンの柔らかい尻尾がゆっくりと巻きつけられていく。
あれほど食い殺される恐怖に震え上がらされたというのに、俺・・・最後は締め殺されるのか?
呆けた頭でそんなことを考えているうちに、弛緩した体が尻尾でグイッと持ち上げられる。
そしてドラゴンはクルリと俺に背を向けると、どこかへ向かって歩き出した。
ああ、そうか・・・巣の中で俺を食うつもりなんだな・・・
どうせ助からないと覚悟を決めてしまえば、フサフサのドラゴンの尻尾に包まれているのもなかなかに気持ちがいい。このまま眠ってしまいたい気分だ。
ドラゴンが1歩足を踏み出すごとに尻尾のとぐろがユサユサと揺れ、俺はその暖かい揺り篭の中でうとうとと眠りに落ちてしまった。

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