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第十三話 「悩みは海より深く」

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 『Diver's shellⅡ』


 第十三話「悩みは海より深く」



 帰宅したその夜、久しぶりに深酒をした。
 ウィスキーとウォッカにビールにワインに日本酒に合成酒に………家にあるものを片っ端から呑みまくり、意識混濁となりベッドに倒れ込んだ。
 その時後先考えていなかったのは言うまでも無い。というより、後先考えていたなら軽く一杯で済ましたであろう。
 次に目が覚めたのは、翌日の昼間だった。頭を巨人に踏みつけられているが如く、拷問レベルの頭痛が目を覚まさせた。酷く強い痛みだった。
 痛風患者は風が吹くだけで七転八倒するというが、重度の二日酔いの奴だって声をかけられただけで吐き気を覚えるのだから、大差ない苦しさなのかもしれぬ。
 それに加えて、喉に指を突っこんだまま放置されたに等しい澱んだ吐き気がする。毒物を抜こうと体が防衛機構を発動しているらしい。毒物は解毒されなくてはならない。
 アルコールが体にいいというのは間違いで、過剰摂取は死に至ることもある。また、呑めば鍛えられるというのも迷信であり、実際には耐性がつくだけで処理能力は変化しない。
 ジュリアはどちらかといったら酒に強い方だが、浴びるほど呑んではどうしようもなかった。

 「………ぅぐ」

 寝返りを打つ。
 質素なベッドでぱちりと目を開き、その時確かに大脳の奥に反響する高音を聞いた。無音時に人が聞く音に近いそれは、次第に大きくなり頭痛と手を取り合って狂乱の円舞を踏む。
 喉で悲鳴を上げた。関節がぎしぎし軋んだ。唾液が口の端から一筋垂れた。
 ぎりぎりと歯を噛み締める。

 「―――……ッ~~~!」

 気持ち悪い。
 吐きそうだ。
 誰か助けて。
 神様ゴメンナサイ。
 じわり、目に涙が滲む。
 神など信じぬ彼女でも、人生で三本の指に入る二日酔いに突入してしまっては、世界でも類をみない狂信者とならざるをえない。
 指一本動かさずに眼球を動かし部屋をみる。床に酒瓶が転がっている。後で片付けをせねばならないと思うと、胃の中身を盛大にブチ撒けてしまいそうだった。
 目を真っ赤にした女性、ジュリアは記憶が曖昧なことに疑問を抱かずに、今はとにかくアルコール分を抜くためにベッドからのそりと手を伸ばし、水割り用の水をごくごく飲んだ。白い喉が上下した。
 そして、寝た。それしか取るべき道が無かった。





 鈍痛で頭が重い。寝たはずなのに、体は疲れている。吐き気はだいぶ楽になった。
 くぐもった酒色吐息を漏らし、布団を引き寄せて顔を押しあて擦りつけ。両足をピンと張れば、背筋を伸ばす。
 布団の温かさが心地よかった。
 もうひと眠りしようと思ったところ、部屋の中に誰かが居るのを耳で感じ取った。おおかたクラウディアであろう。追い払う気力は無いが、出て行きそうにない。
 クラウディアは、ジュリアの醜態に眉をひそめた。

 「……お酒臭いわぁ」
 「……ウザイ」
 「ひどーい」

 ずかずかと入り込んできた人物が誰かは分からなくても、返事は出来る。
 数時間の仮眠をとって、目を覚ましてみればそこには既に誰かがいた。頭が痛かったので一言で済ました。
 ベッドに沈み込み顔すら上げようとせず布団にくるまった相棒を見、部屋中に散乱する酒瓶やらつまみやらグラスを見、何があったんだと推理する。
 クラウディアは片腕を曲げて体に沿わし、片手を支えて指で唇を隠す様にして考える。ジュリアが深酒をして寝込んだのは、記憶にある限り三回も無い。ただ一度は酒の強さを誤っただけなので計算には入らない。
 家中から酒を引っ掻き集め、片っ端から封を開けて呑む。ジュリアは理由もなしにこんなことをするような人間ではない。
 クラウディアが床に座り込むと、ジュリアが背中を向けるように体勢を変えた。

 「何かあったの、ジュリちゃん」
 「………なぁ、レンアイってしたことあんの?」

 消え入りそうな声が布団内部から出てくる。
 クラウディアは、ウーン、と唸ってから答えた。

 「たぁーくさんしてきたわ。毎度毎度うまくいかなくて別れちゃうんだけど」
 「ところでさ……」
 「うん。突然ね」
 「ちっちゃい頃から一緒に生活してきた男の子と女の子が……いるとするじゃん?」

 暗室で独白するような喋り方。
 クラウディアにはピンとくることがあったが、口には出さない。

 「大きくなって、自分の就きたい仕事に就く。で、何年か経って再会する。女の子は全然気がつかなかったけど、男の子は女の子のことが好きだったらしいんだよ」
 「うん」
 「ある日、女の子は告白された。どう思う?」
 「うーん、そうねぇ……」

 ここまでくれば明白である。
 ジュリアはオルカに告白されて、答えを言えないまま酒をかっ喰らっていたのだろう。相当の衝撃だったのか、アルコールが一日でスッキリ抜けきれないほど呑んだらしい。
 クラウディアは、クセのある髪の毛を頭を振って視界から追いやった。

 「ジュリちゃんはどう思うの?」
 「………………タバコくれ」
 「これ?」
 「そう、ありがと」

 酒に煙草の組み合わせはおそらく最悪であろうというのに、吸いたくなる。毒物を分解する内臓はてんてこまいであろう。
 クラウディアから渡された箱とライターを背中をむけたまま受け取ると、口に咥え、布団に燃えうつらないように慎重に火を付けた。濃度の高い紫煙が肺に送られ、細胞をちりちり燻り殺す。
 布団を撥ね退け、クラウディアの視線から身を守るが如く、壁とする。その壁からもくもくと煙が立ち昇る。布団が燃えているわけではない。
 ポケットを探って携帯灰皿を出し、雪のように白い灰を叩き入れた。
 自分で自分が嫌になり、自暴自棄の行動を起こしたがためにまた自分が嫌になる、負の連鎖。愛情を告白されたのに、逃げ出すなど臆病で卑怯なことではないのか。その行動は相手を深く傷つけたのではないのか。
 時折、オルカの行動の端々で感じたのは、きっと好意という心のさざ波であったのだろう。
 自分の鈍さと共に、もう顔を合わせて素直におしゃべりすることなんて出来やしないと思った。元の関係にはセカイがひっくり返っても回帰することはないだろうと確信出来る。
 では―――自身は、はたして、オルカという青年をどう思っていたのか。どうでもよかったのか、親友か、はたまた恋人?
 自分は、告白を受けてどう感じた?
 自分の答えは、なんだ?
 潜水機のことならいいなと思う。彼らは嘘をつかないし、相応の部品を取り付ければその通りに応じてくれる。そこに執着や心情の余地はなく、あるのは実用的な計算と冷酷なまでの理性だけである。
 しかし現実は計算や理性だけで割り切れるほど甘くない。
 自問自答は円環を辿る。

 「私は…………私は、嬉しいなって………でも……」
 「うん」
 「同時に、男の子は……友達で幼馴染じゃないかって……というかっ、本当に嬉しいのかも分からなくてっ」
 「あらら」

 自分で自分が分からないのに、相手の気持など分かるものか。
 酒の力で一瞬にして解決したと思いきや、酔いが醒めたら現実が更に重くなって圧し掛かってくる。
 震える手でまだ吸い終わっていない煙草を携帯灰皿に入れて、ポケットにねじ込む。
 布団を持ち上げ体にかけても震えは止まらない。過去を変えよと誰もが夢想するものの、不可能なことは不可能で。

 「……よく考えたら、遊びじゃなくてデートだった気がするし……メールとかも恋人がする感じだったような気がするし……気がつかない気がつこうともしない私が馬鹿なのかも」

 いつもの快活さやボーイッシュは鳴りを潜め、悩める女性がそこに横たわっており。
 布団を握りしめ、語らん。

 「ずっと好きだったって、何年か逢わなかった時もそうだったのかな……」
 「ジュリちゃん、お酒抜けた?」
 「……まだ」
 「そう。じゃあ、寝ちゃった方がいいわよん。そうすれば答えが見つかるかもしれないし」

 クラウディアはそう言うと、床や机に放置されたままのゴミや酒瓶をてきぱきかたし始めた。
 助言するでもなく聞くだけの悩み相談もある。話を溜め込むのと、誰かに話すのでは天と地ほどの差があるという。それに、所詮他人が口を出しても解決などしない。
 ジュリアはむくりと起き上がると、素早く部屋を飛び出しトイレに駆け込んだ。水分を摂取すれば出したくなるという生理現象は悩もうが人類を滅ぼそうが待ってはくれなかった。
 用を足し、つまみを貪った後、また寝た。夢は見なかった。見たとしても憶えていなかった。
 明日は仕事。日々の糧を得るために、海を行こう。






 ジュリアが冒頭で目を覚ました頃、オルカは仕事中だった。
 そして正直な話、死にたかった。
 好意を打ち明けたら逃げられたという、そこらの男よりも情けない現実に、床が次々抜けおちるような後悔を感じた。
 どうしてあんなことをやったのか分からない。
 しかし一人の男性が悩もうが死のうが世界はとことん無関心に時を刻み続ける。仕事を正当な理由なしに休み続けたら、当然解雇が待っている。
 孤児院にて子供の世話をしながらも、休むことなくあの女性(ヒト)について考え、真剣にタイムマシンの類が欲しくなる。四六時中、頭から「好」の字が離れない。

 「ねーねー!」
 「うん、何かな」

 最近入ったばかりの男の子がオルカの手を引く。オルカは笑みを作ると、その子の手を握って立ち上がった。
 相変わらず、子供は元気だ。

 「あの子がね! 猫と一緒に遊んでるんだけど、エサが無いって言ってた!」
 「あの子……クーちゃんかな?」
 「うん、その子!」

 あちらこちら徘徊して、猫のように思うままに自由を生きる三つ編み少女、クー。彼女は、孤児院等、ご飯が貰えそうな場所を点々としているらしい。
 つい最近は、猫を引き連れていけばより多く貰えることを学習したらしくて、彼女自身とどことなく雰囲気の似た黒猫を横に居させている。今も孤児院の広場に猫と一緒にいる。
 当然、子供などが寄って来て猫の耳やしっぽを無遠慮に撫でまわすが、クーが時折黒猫に目配せすると、言葉が通じているかのように逃げなくなる。不思議である。
 男の子に連れられてクーの元に歩いて行くと、クーは体育座りのまま目を上げる。子供らしからぬ冷静さと強かさはどこで手に入れたのだろう。

 「………」
 「クロちゃんか~して!」
 「………クロ、行ってきて」

 男の子が言い、クーが黒猫に命ずる。黒猫は一瞬嫌そうに顔を背けたが、クーが背中を撫でると渋々という風に男の子の腕に抱かれた。
 にゃあ。鳴き声。

 「エサは、向こうのお姉さんに聞けば分かると思うよ」
 「うん!」

 男の子は猫を宝物のように抱きしめながら、とたとたと走って行った。
 その様子を無表情で見つめるクーの隣に腰掛ける。

 「ここに入る気は……」
 「ない」
 「……だよね」

 孤児院に入るなど愚の骨頂と言わんばかりの言い返しの早さだった。猫は飼うものではなく家に居させるものというくらいなのだ、ある意味当然だった。
 子供たちが思い思いに遊び、年長組はあーでもないこーでもないと議論を交わしている。年長組は自分の進路決定という重要課題が目の前に立ちふさがっているのだ。
 クーはその光景を、ガラス越しの蛇か何かを見るような目で見つめている。放浪を続ける彼女には進路だの仕事だのは関係ない話で、また関係したくもないのだろう。
 昼が近付く孤児院は、青空の下で日常を謳歌していた。
 その時突然、クーがオルカの方にじろりと目を向けた。

 「―――……悩みのにおいがする」

 氷結晶より尚涼しく透き通った一言。
 オルカは動揺を隠せなかった。笑みの仮面が剥がれかける。

 「えっ」
 「……悩みの嫌なにおいがする」
 「………分かるの?」
 「においでね」

 クーが鼻をすんすんと鳴らして見せた。
 本当かよと言いたくなったが、何も喋らないうちに言い当てられたので事実なのかもしれず。
 猫と会話するぐらいなのだ、きっと人間が失いし第六感でも持ち合わせているのであろうと強引に解釈せざるを得ない。
 クーは、黒猫が男の子に抱かれて行った方をぼんやりと眺めた。孤児院でお風呂に入る習慣をつけられた(孤児院の女性達に洗われているだけ)ためか、三つ編みのハネ具合が少なくなっている。
 別の島を目指しているのか、それともこの島に訪れたのか、首の長い渡り鳥が空をV字の編隊を組んで寒空を飛んでいく。

 「クーちゃんは……」
 「クー、でいい。ちゃんはいや」
 「そう、えーっとクーは悩み事ってあるのかな?」
 「最近私が寝てる倉庫の屋根が雨漏りすること」
 「あぁ……そうだなぁ、時間があれば今度俺が直しにいくよ」

 悩み事は単純明快、家の雨漏り。それは悩みではなく単なる問題ではないかと思うかもしれないが、生きることに貪欲な故にの悩みなのだ。
 オルカは髪の毛をかくと、溜息をついた。
 クーが羨ましいと思った。
 日々はこうして万人に平等に過ぎて行く。彼にも彼女にも猫にも、非生物にも。




 その日二人は、連絡することも顔を合わせることもしなかった。
 もし偶然鉢合わせになったら、逃げ出していたかもしれない。時間が必要なのか、それとも、他の何かが必要なのか、今の二人には知る術すらなかった。
 だが、クーならこういっただろうと二人は声を合わせたはずだ。
 そんなことより、ご飯はまだ? と。
 とにかく、恋愛とはきっと非現実的で非日常なのだ。



          【終】

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