創作発表板 ロボット物SS総合スレ まとめ@wiki

TONTO;Everything in its right place

最終更新:

匿名ユーザー

- view
だれでも歓迎! 編集
 戦場に近づくにつれて、眼下の大地は様変わりしていった。
 緑に覆われた草原は、砂の多い乾いた地面へ。そこに張り付いた、干からびたムカデの死骸みたいな、灰色の道路。それを横に見ながら跳んでいると、色々なものが現れる。
 打ち捨てられて錆びた車。“トムとジェリー”に出てくるチーズみたいに穴だらけになった民家と塀。崩壊しかけの囲いと、屋根だけになった家畜小屋。スカイライトの下、コントラストを強めたそれらが、ゆったりと背後に流れてゆく。
 等間隔に立てられた道路脇の電柱の間には、切れて垂れ下がった電線が、朽ちた柱に執念深くしがみついていた。道路のほうは、アスファルトと砂の描く不規則な斑のテクスチャが気まぐれに散らばっていた。
 眼で道路の先を辿ると、遠く陽炎にぼやけた街が見えた。高い山々の陰に隠れたその街は、正面にびっしりと張り付いた暗緑のテント郡に追い詰められて、弱りはて、腹を空かせて、沈黙していた。
 ナラス、という街。
 歴史を辿れば、イノメーブル王国の建国した十世紀頃に、隣の藩とこちらの藩とを分ける関所がこの谷にできて、その宿場として始まった街で。その後もいわゆるシルクロードの末端として機能したり、銀山に恵まれたり、栄えるばかりだったのが、十九世紀初頭にイノメーブル自体がグレートゲームに巻き込まれて、ロシアのインドまでの足がかりにされてからはすっかりなりを潜めてしまった。
 旧ソ連の民族的境界画定によって敷かれた人為的国境で隣の国に分類されてからは、その荒廃は特に酷いものになっていった。銀山はとうに掘りつくされていたし、若者は逃げていた。後に残ったのは幾ばくかの老いた人と、歴史ある銀細工と、関所として機能していた頃の名残である史跡と、景観のいい道くらいだった。
 でも、かろうじて残っていたそれらだって、文化的なものは何十年も続く内戦で綺麗さっぱり消えていたし、長い年月を掛けて風に削られた滑らな道も、今はIPFの進行の邪魔をする障害でしかなかった。
 ここはずっと戦場だったし、これからも戦場だろう。
 すっかり肉も溶けて、綺麗に骨の覗いた街。
「今はどっちが防衛してるのかな」
《マフードですね》
 アトラスの言葉に、ついてない、と感想を漏らす。
 ここはアポリアの難所だ。相手の勢力範囲に侵入する場合、たとえIPFが街を占領していたとしても、普通はこの街と山を迂回して別のルートを使う。わざわざそれほどのリスクを犯してまで通る意味が無いから。しかし今回は時間が無い。
 この山を越えて南下し、沼地を抜けて、一度東部の戦線で補給を受けてから、ダニチの市街地を一気に通り抜ける。
 カダス高地へ八日で行くにはそれしかない。
《今頃焦るならはじめから焦ってください と言っても無駄なんでしょうね》
「もちろん」
 耳元でノイズが走る。アトラスがため息を吐いたのがわかった。
《やっぱり あなたたちはどこかおかしい》
 そもそもこの通信にしたってそうですが。とアトラスは続けた。
《緊張感がない とでも言いますか》
「三十六年間もずっと戦争してたら誰でもそうなる」
 十九世紀初頭から始まった英露の勢力抗争の最中にロシアの植民地になり、ロシアがソ連に変わり、その頃から燻っていたマロウン・モロイ間の民族問題は強引な民族的境界画定により根本的な問題を先送りにされて、そのまま隣国であるフィネガンズの独立・民主化に押される形で『UNITI(イノメーブル全面民族独立同盟)』が民主化を宣言。けれどモロイ族は政権の大半をマロウン族で作ったUNITIに納得していなくてこれに反発。『マフード』を組織してモロイ族の多い隣国とソ連の支援を取り付け、混乱の最中UNITIを物理的に叩き潰し(そもそも軍部の大半がモロイ族だった)、政権を奪取。数で劣るマロウン族を虐殺し始めた。
 それはきっとアイヒマンも感心しただろう手際で、この時点でマロウン族の三分の一が生焼けの灰に生まれ変わり、街の広場に積み上げられて、芥になるまで地面を還元することになった。
 生き残ったマロウン族はフィネガンズへ難民として逃れ、IPFを組織して、共産化を嫌がるアメリカやその同盟国、NATOに支援されて開戦。しかしソ連が崩壊してからはその意義も薄れて……、まあ後は詳しく語るまでも無い。
 実際のところ、自分たちがナショナリズムに基づいて戦っているのか、資源のために戦っているのか、単に故郷を取り戻したくて戦っているのか、わからないのだ。
 戦争のための戦争。政治的な目的のぼやけた絶対戦争。その最中に産まれる奇妙な間。
 ぽっかり空いたその空白は色々なものを鈍らせてゆく。主義とか、意味とか、理由とか、感情とかを。
 よくある話だ。
「ギネスブックに載ってるんじゃないかな。こんなに長引いてる戦争は他に無いと思う」
 お陰でみんな飽き飽きしてるけど。
《停戦しようとか そういう考えは生まれないんですか》
「そういうことはないね。別に相互監視とか、言い出せない空気だとか、そういうことじゃなくて、ごく自然にそういう発想が生まれない」
 妙だな、と思う。なんで彼女はこの話題に食いつくのだろう。声の調子からしていつもと違う。
 こんなことを今私が訊くのはおかしいですが、と彼女は続ける。
《あなたはどうなんですか? 止めたくはならないんですか?》
「行き着くところまで行ったら興味が無くなるんだ」
 だんだん自分が何をやっているのかわからなくなってくる。なんでこんな事をしてるのか、そもそもどうしてこんな場所にいるのか、ぼやけてくる。纏まりが崩壊してくる。解れてくる。
「慣れてくるんだ。楽しいことも辛いこともみんな平坦になる」
《             やっぱり あなた達は 不思議です》
 アトラスの、どこか間の抜けた、何かを手違いでこぼしたような呟きは、ふと考えていたことを切り替えさせた。右から左へ、軌道が変わったみたいに。
 不思議なことといえば、そういえば、不思議に思っていたことがいくつかあった。まずは金だ。この戦争を続ける金はどこから出ているのだろう。誰が得をしているんだろう。それに、うんざりするほど殺しあって、みんな嫌にならないんだろうか。モロイが憎いから、とか、そんな単純な話なのか。
 毎度の事ながら、まるで他人事だな。まあ、実際、私には関係の無い話だ。
《そろそろです 着陸準備を》
 了解、と言う。メインモニター一杯に乾いた地面が写る。戦争のことを考え、グルダのことを考える。少しずつ、何かは好転している。あるいは悪くなっている。そうだろうか、リコやエストラゴンの言っていたように、それも気のせいかもしれない。



 モロイとずっと向かい合ってると、憎むのにも飽きてくる。疲れてくる。嫌になってくる。
『そうじゃない、誤解してもらいたくないんだが、憎しみが消えるとか、そんなことじゃないんだ。
 ああ、憎いさ。怨んでいる。わからないだろうな、この気分は。そのまま、ずっとわからないままのほうがいい。酔ってるのか、だって?そりゃ見ての通り、その通りさ。
 いずれにせよ、憎まないなんてことはありえない。
 目の前にモロイの奴らがいたとする。銃があれば撃つし、槌があれば殴る。鉛筆があれば突き刺す。なんだってできるだろうな。あいつらはクズだ。何をしたって許されるだろう。歴史がなんだって。知ったことか。あのクズ共は俺の妻を――何もかも、壊れてしまった。
 でもな、それでも、疲れてくるんだよ。もう俺は十分働いただろ?嫌な目に逢っただろ?へとへとなんだ。体は丈夫だったがね、健康にはほど遠かったんだ。俺だけじゃない、みんな疲れていた。疲れきっていた。
 休ませてくれよ、いい加減。何度もそう思った。わかってる、もちろん、どう考えても選択肢は一つっきゃない。みんな理解していた。暗黙の了解って奴だ。
 這いずってでも、今までと同じ事を繰り返すしかない。今までのくだらない積み重ねを、心底下らないものを。ほら、他の奴らも同じことをしてるだろ、とか、そんなことを考えながら、言い訳をしながら、そうじゃない奴らには同じ事をさせる。無意識のうちに教化する。むこうも望んで教化される。なんて言ったって、疲れてるからな。救いが欲しいのさ。
 そうして、くだらないことばかりするくだらない集団が出来上がるわけだ。
 それからしばらくして、落ち着いて、ようやく振り返る余裕ができたときには、すっかり後の祭りさ。手の付けようの無い、ベガスのプールみたいに広い肥溜めが出来上がっている。それが出来たのは俺だけの責任じゃないんだが、やっぱり俺の責任で、そうして、俺は老いぼれたんだな、と自覚する。生きているのが嫌になる。すべてを終わらせたくなる。でもそういうわけにはいかない。こうやって昔話をして、なんとか修正しようと試みる。規範とか、意識とか、そう称されるものに挑戦する。無駄な抵抗。焼け石に水だ。何も変わらない。とはいえ、そうしないわけにはいかないんだな。どうしても。

 多分俺は、事実が欲しいんだろう。抗ったとか、努力したとか、そういう言い訳ができるように。死、というものが具体性を伴って丘の向こうに見えた時から、焦ってるんだ。俺はもう掛け値なしの老いぼれさ。
 わからない?俺も同じさ。何が正しい行いなのかさっぱり理解できない。何もかもがダメになっている気がする。逆に正しい方向に向かっている気もする。いいや、よくよく考えてみると、この三十四年間何も変わっていない気さえする。これは考慮に値することだぞ。
 エストラゴン、お前はどう思う?
「リコさん、この世は考慮に値することばかりだよ。だからみんな精神病になったり倒錯したり神経症になったり、生きるために自殺したり、矛盾しながらもなんとか生き延びてるんだ。変わらないように見えるのはその原理が人間が人間である以上変わりようがないからなんじゃないかな。
例えばリコさんがそのままの調子で昼も夜も飲み続けてアル中になったとしよう。それは正しいことだと思うかい?実はね、信じられないかもしれないけど、それは正常な働きによる正常な出来事なんだ。
つまりね、リコさんの体は自らの精神を守るためにアルコールを摂取し、アルコールに中毒したんだ。この場合、もし仮にリコさんがアル中にならなかったら、リコさんは死んでいたと思う。あるいは別の過程を経て別の精神病にかかっていただろう。もしかしたら、いまのまま、ありふれた神経症のままだったかもしれない。
つりあいの取れてるシーソーを想像してくれればわかりやすいと思う。リコさんは自己の崩壊を防ぎ、バランスを取るためにアル中になったのさ。あるいは取らざるを得なかったのか、それはわからないけれど。
人間は自己を守るために精神病になったり、倒錯したり、神経症になったり、自殺する。同じことが人間の集団の単位である民族にも言える。まあ人間そのものよりは幾分獣的だけど。とはいえ、集団を保存するために虐殺し、虐殺され、守り、守られ、和睦し、対立する。時には自決してみたりもする。
正しいとか間違ってるとか、そういう二元的なものは一切含まれない。異常なことなんて何も起こっていない。普通だよ。
すべてが正しい、あるいは、すべてが間違っている。この言い方が気に入らないならリコさんの言うように、つまりこうなる。
結局何も変わらない」

 でもエストラゴンはあえなく死んだ。



 テント群の外周には柵が張り巡らされていて、その外側には幅一メートルくらいの堀があり、更にその外側には盛り土が積まれていた。たぶん堀を掘った時の土をそのまま再利用したのだろう。堀の底には茶色い水が溜まっていて、そこから沸いた蚋が油分を求めて顔の周りを舞って、鬱陶しい。コックピットに入ってしまおうかとも考えたけれど、門を守る兵士と目が合い断念した。
 機関砲を乗せた軍用トラックと土嚢で作られた門の後ろに立つ完全装備の彼らは、マネキンみたいな無表情で私を眺めている。
「どう」
《まだダメです 説得してますが》
 アトラスは例によって例のごとく、事前に私が来ることは伝えていたらしい。だからIDカードが無くてもキャンプに入る事までは許されていたのだが。
「やっぱり門が小さすぎるな」
《流石にそこまでは思いつきませんでした》
 悔しそうに呻くアトラスを責めるのは酷かもしれない。アポリアが来ること自体レアケースなのだろう。ごく普通に跳んで門を超えようと提案したら却下され、仕方なく歩いて入ろうとしたら今度は幅が足りない。ちなみに私のもののようなバニラなアポリアの歩行速度は時速〇.五キロ。亀よりも遅い。お陰で事態に気付くのに三十分近く掛かった。
《こんな馬鹿なことで足止めなんて》
「何のために派手に塗ってるかわからないな」
 まあどの道夜に山を越えるのは無理だったし、と傾きかけた太陽を眺める。ちょうどコックピットを空から隠すような形でせり上がった前面装甲――装甲とは名ばかりのカーボン製の風除けなのだが――を見上げる。つや消しされ、同士討ちを避けるために真っ白にカラーリングされたそれは、狙った効果とはいえ戦場ではいささか目立ちすぎる。敵にも味方にも。だと言うのに、役に立つときくらいは役に立って欲しい。
《クンルン平野の首狩りウサギ でしたっけ どこかで読んだことありますよ》
「やめてくれ恥ずかしい」
 カッコ付けもいいところだ。IPFの広報部は本当に頭がおかしいと思う。
《いいじゃないですか 勲章とか貰ったんでしょう》
「その日のうちに売ったよ。で、ウォークマンになった。それも三日でグルダに壊されたけど」
 叱ったらコンテナに一週間立てこもった。変だと思ったら、整備班の奴らが面白がって食料を供給していた。あいつは独りよがりで妙なカッコ付けだけど、顔がいいせいで誰とでも仲良くなれる恐ろしい女だ。
《グルダって あ いえ すみません》
 ミスに気が付いた。音を立てないように舌打ちをして、いや、私のほうが考えなしだった、と詫びる。アポリアのオペレータと操縦士はどんな馬鹿な話でもするが、家族の話だけは別だった。規則がどうとか言うよりも、単純に気分が悪いから。
 操縦士はあっさり死ぬが、オペレータはまず死なない。
 操縦士に次はないが、オペレータにはいくらでも次がある。
 患者と医者の関係だ。アポリアに乗っている間は昼も夜も付き合わなければいけない相手だから、生き延びるためには気ままに、悪態が吐けるくらいには親しくならないといけないが、勘違いをしてはいけない。彼らと自分は生きている層が違う。


 ↓ 感想をどうぞ(クリックすると開きます)
+ ...

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

目安箱バナー