創作発表板 ロボット物SS総合スレ まとめ@wiki

地球防衛戦線ダイガスト 第九話半

最終更新:

匿名ユーザー

- view
だれでも歓迎! 編集
第9話半 海の防人

 アデン湾はアフリカ大陸とアラビア半島の間に広がる細い湾であり、西はインド洋、東は紅海を経てスエズ運河につながる海の大動脈である。ここを通行する船舶は年間2万隻。その中で日本に関係する船は実にその10パーセントの2千隻にのぼる。
 この重要な海域で海賊行為が頻発する様になったのは、ここ数年の事である。
 アデン湾に面したアフリカ側の東端にあるソマリアが内戦により無政府状態となり、漁業(輸出)によって支えられていた経済が破綻して、漁民が海賊化したと言われているが、民間軍事会社により高度な訓練を受けた有力氏族の私兵団が犯罪組織化しているとの指摘もある。
 エスカレートする犯罪行為はアフガニスタンから流出した武器や麻薬を、ソマリア対岸のイエメンに密輸するほどにエスカレートしているらしい。
 漁業の破綻にしても無政府化したソマリア沖に、他国の違法漁業者が大挙して訪れ、魚場が荒らされてしまった事は無関係でない。なおこの時に狙われた海産資源の一つはマグロである。ツナ缶はヨーロッパの貧困層を支える食材であるため、マグロの行方は明らかだった。
クロマグロの漁獲高に対してEUが日本にケチを着けてきたのは記憶に新しい。これも世界史の一面である。
 ついでに言うならソマリア沖には1990年代にヨーロッパから放射性物質を含む産業廃棄物が海洋投棄されており、これも不安要素の一つである。なお、海洋投棄自体はソマリアとの約定による事を付け加える。
 まぁ早い話、何が何だか判らない混沌状態が続いているわけだ。
 ちなみに現代における海賊行為は船員の誘拐による身代金目的が主であり、むやみな殺傷や暴行――婦女子に対するものも含まれる――を禁止する旨が書かれた書簡が押収されるなど、秩序立って行われているのが特徴である。ソマリアの漁村には身代金の交渉を行う業者が存在するらしく、海賊業が一大産業となりつつある現状が窺える。
 諸外国もアデン湾に艦艇を派遣し、EUを主体とした合同海軍護衛部隊や、アメリカに英連邦や一部欧州を加えた第151合同任務部隊が海賊に睨みを効かせていた。中露韓といった国々も独自、あるいは他国との協調をとりつつ自国船の護衛を行っており、改めて海運というものが現代の物流の基幹であることを思い出させてくれる。
 さて日本も文頭での数の通りアデン湾の使用率は高く、実際に数ヶ月の拘束と多額の身代金という誘拐被害が幾件か発生していた。
 これに対して日本も自国の権益防衛と国際協調から海上自衛隊の派遣を検討するのだが、当時の野党民主党や社民党の――根拠のない――反対により実際の派遣は翌年にまで遅れた。しかも同じ理由による関連法令の不備から武器使用へのガイドラインは未決定であり、護衛対象も自国船舶のみ、海賊に襲われている他国船舶の救援に法的根拠が無いという有様で、当時の総理も派遣される隊員達に『見切り発車』を侘びたほどだった。
 それほどまでに国の内外に迷惑の種を振りまいた民主党による政権下になっても、ダブルスタンダード極まりない事に海賊対策は継続し、現在では二隻の護衛艦に加えて二機のP-3C哨戒機を追加で派遣するに至っている。ちなみに自国の警戒網もある中で二機もの哨戒機を派遣したのは、アメリカと日本だけである。
 なお、海賊対処法は政権交代直前の自民党内閣により何とか他国の船でも守れるように整備され、現在も施行されているが、その国際貢献がマスコミによって日本国民に知らされることは無い。
 とまぁ、ここまで述べてきたのが我々の世界で観測できるソマリア沖の状況であり、ここより先は銀河列強の襲来という歴史の大分岐点を迎えた後のソマリア沖である事をお断りしておく。

 4月半ば。アデン湾を抜けたアラビア海。濃い海の群青の上に派手に白い航跡を刻み、1隻の軍艦が疾走していた。メインマストに掲げた軍艦旗は真紅の太陽から広がる16条の旭光の意匠。国際的には日本国の軍艦旗であり、時宜を考えれば海賊対策に奔走する艦艇であると予測が付く。
 海上自衛隊護衛艦『いなづま』。彼女はまさに予測の通り、ロシア船籍の貨物船からの救難要請を受け、最大戦足でもってアラビア海を走っていた。船団護衛を僚艦に任せて単独での急行だ。
 日本に残って銀河列強との交戦を待つ他の護衛艦隊の面々と比べれば、これしきの難事は瑣末事。そう考えるくらいに隊員達は意気軒昂だった。
『いなづま』が海難事件の現場に駆け付けた時には、海上は火影が照らし出す修羅の巷と化していた。
 救援を求めてきたと思われる巨大なタンカーは、喫水を下げるまで積んだコンテナが炎上し、まるで炎を積み込んだかのような有様だった。
『RPGでもマグレ当たりしたのか?』
 見張り員の海士は有り得ない火勢に驚いて目をむく。
 城塞のような艦橋の両脇から張り出した露天の見張り台からだと、まだ離れているのに熱すら感じた。だがその見張り員には呆けるという贅沢を味わう暇も与えられない。タンカーの陰からさらに衝撃的なものが顔を覗かせたのだ。
「うっ!?」
 呻くように声を漏らした彼の眼には、甲板の構造物の殆どが炎に包まれた軍艦が映っていた。艦船勤務になってからこちら、海曹達から暇さえあれば海軍年鑑片手に艦影を覚えさせられて来たのだから、そのシルエットは間違えようがなかった。
「2時の方角、駆逐艦が炎上中!ロシアのザルキイと思われる」
 何故ロシア海軍の軍艦が大損害を受けているのか。そりゃ自国の船の護衛に来たのだろうが――おりしも『いなづま』の艦橋で指揮を執る艦長のもとには、艦内のCICから、こちらへと接近する海賊らしき3隻の小型船舶の存在も報告されていた。
 速力に勝る複数のモーターボートにより標的の船に接近し、ブリッジ周辺への攻撃によって船足を止めさせるのが海賊の常套手段だった。また、ボートだけでは航続距離が足りないので、大型の改造漁船が母船となるのが常だ。だが何れにせよ、後進国の犯罪者程度が入手できる火器を載せて軍艦をどうこう出来る訳がない…はずだ。それこそ爆薬をしこたま積んで自爆体当たりでもしない限りは。
 では、何が二隻の大型艦船を炎上せしめたのか。
「LRAD(指向性大音響発生装置)の使用開始」
 CICから副長が報告してくる。
 LRADとは非常な大音響を指定した空間に指向できる非殺傷兵器だ。その威力は大の大人の行動を阻害するほどで、日本では過去に捕鯨船に接近しようとする海上テロリストを撃退するなどの成果を上げている。ソマリア派遣の護衛艦にもこの装置が2基準備され、実際にこれまでの派遣組でも海賊を追い散らしていたし、金のある海運会社でも採用しているとの話を聞く。
 『いなづま』は護衛任務が始まってから日が浅いため、海賊との直接対決はこれが初めての事だったが、艦長の目には隊員達は浮き足立つことなく、成すべき事が成されていると映った。
 何が起こったのかは海賊を撃退してから考えれば良い。艦長の常識的な思考は、しかし次の瞬間に見張り員の怒鳴り声で吹き飛ばされる。
「RPG!右舷に!」
 とっさの事で内容は注意もへったくそも無い。ともかく右舷でLRADを動かしていた隊員達はしゃがむなり、物陰に飛び込むなりして退避を試みる。
 大音響攻撃の効果の程は定かでないが、ともかく接近してくるボートの1隻から黒人が立ち上がって、筒のように見えるものを肩に担いでいた。
 それはRPGよりも携行ミサイルの類に見える筒型だったが、そこからほとばしったのはロケット推進の爆薬でなく、一条の白光であった。砂漠の国にほど近い強い日差しの海の、その海面に照り返す陽光もかくやという輝きが『いなづま』の右舷艦首方向から照射される。
 艦首の右舷側がざくりと裂け、溶けた飴細工のように形を変えた。
海面のうねりに翻弄されるモーターボートの上では安定しないのか、光条はすぐに跳ね上がって上空へと消えた。しかし光の道に撫でられた艦橋とメインマストは所々が 赤熱してケロイドのように様変わりしている。
 これだ。こいつにロシア艦はやられたんだ。『いなづま』の誰しもが現実の濁流のような速さに浮き足立つのを覚えるなか、艦長は小さいが深く息をつき、
「主砲発射準備。目標は右舷のテロリストのボート。これは自衛のための交戦である」
 あくまで事務的に呟いた。
命令としては煩雑だったかもしれない。しかし艦長はテロリストと言う言葉を使い、さらに自衛云々の部分を強調した。それは各員が各々の義務を思い出すには十分な意味を含んでいる。
 艦橋の空気が即座に落ち着きを取り戻す。CICからは副長が了解とだけ返してきた。
「LRADによる呼びかけは続けてくれ。最大出力でだ」
 手すきの人間に自動小銃でも持たせて甲板に上がらせたいところだが、今からで間に合うか。艦長の思考が目まぐるしく展開する。
 畜生、この護衛任務はとんでもない事になるぞ。旧式のRPG程度だった連中に俺達も持って無いような武器を売ったのは誰だ?現在進行形で民族浄化が起こっているような大陸に、何てモノを持ち込みやがった。
 険しい表情になる艦長の眼に、甲板の76mm短装砲が右舷方向に旋回してゆく姿が映った。
 レーダー連動の火器管制が驚くほど速く諸元を整え、全自動による砲撃が始まると、海面が着弾で沸き立つように荒れ狂う。直撃でなくともモーターボートが耐えられるようには到底見えなかった。

 船団護衛中の海上自衛隊の護衛艦がアラビア海で海賊と交戦し、小破の被害を被った。
 それがロシア船の救助要請を受けて起こった事実よりも、ロシア海軍の駆逐艦が大破炎上する現場だった事実よりも、海賊が星間違法商人から武器を購入して使用した事実よりも、ソマリアの海賊を主砲でもって死傷させた事実のほうが野党とマスコミからの非難を集中させた。
 社民党党首のおばさんは護衛艦の艦長を殺人罪で起訴すると騒ぎ立て、民主党の幹部連中はそれ見たことか――何を?――と口角泡を飛ばして、アメリカに費用を出して護衛してもらえば良かったのだと調子の良いことを抜かしていた。
 マスコミは戦後初めて『日本軍』によって『殺人』が行われたと、まるで日本海の向こうの国々のように嘆き喚き散らして、日頃は口にもしないのにここぞとばかりに戦後の信頼をすべて失った、この国はもう終わりだと叫び続けた。
 世界のGDPの10パーセントを担い、今も銀河列強と交戦を続ける国の在り様とはとても見えなかった。
 それでもインターネットのアンケート等では艦長の選択を支持する旨の回答が圧倒的であり、混迷の時代に世論が割れているという現実が浮き彫りになっている。ルドガーハウゼン大剣卿が知れば、またほくそ笑んだ事だろう。
 程なく、救助されたロシア艦船の生存者の口から事件の真相が明らかになるにつれ、国際社会に激震が走った。ロシアの駆逐艦は炎上して船足を落とした貨物船の盾となり海賊の携行レーザー兵器の的になったのだが、確認された光は各ボートから一条づつ…つまり駆逐艦一隻が3基の携行レーザーで大破させられたことになる。未確認だった兵器による技術的奇襲、それも護衛対象を庇っての事とはいえ、これは地球のパワーバランスを塗り替えかねない事態だった。
 それにアデン湾の混乱が拡大する事は対岸の中東へと何時飛び火するかも解らず、ひいてはスエズ運河の安定的な利用にも影をさす。ただでさえ不調な世界経済にとって、これは更なる痛手となろう。このままでは銀河列強のショウマンシップのお蔭で何とか続けられている先進各国の抵抗も、その屋台骨である資源や資金の面から崩されてしまう。
 いや、そもそも経済活動の否定は近代国家の否定となる。地球人が血の池でのたうちながら模索してきた持続的成長というモデルが、外圧によりいとも容易く否定されつつあるのだ。
「まぁ先進国と後進国の対立関係を、後進国として地球全体に当て嵌めただけと言えない事も無いがな」
 大江戸博士は携帯電話越しの年来の友人に、そう身も蓋もなく言った。
 電話の向こうで国場総理は僅かに苦笑した後、至極真面目な声で答える。
「だがそれを受け入れてしまえば銀河列強の統治が上書きされ、地球人類史は断絶する。文化人連中が言うような後世の人間の評価なんて知ったことじゃない。私達は今現在の悪戦に全力を尽くさねばならない」
「それも対話という人類文化の否定っちゃ、否定だがな」
「戦争行為とは文明を総動員した否定行為だよ。そこに至るあらゆるモノを動員したものだけが、相手を否定し切る事が許される。大日本帝国もドイツもそれが出来なかったから負けた。共産国では動員の方法が歪だから勝負の前に息が切れた」
「俺に愚痴らずに会見で言ってくれよ。すぐにマスコミ連中が国ちゃんを独裁者に仕立て上げてくれるぞ」
「そいつは良いな。心置きなく非常事態宣言が出せる。潤沢な戦争資源の確保とは耐え難い誘惑だ」
「耐えてくれ。今の日本で戦時統制なんて暴動が起きかねないぞ。プロ市民の先導家どもに利するだけだ」
「国民生活を維持しつつの戦争の継続…なんとも贅沢な話じゃないか」
「総理は政治的空白を突かれて、日本企業が銀河ハゲタカファンドに食い荒らされる光景がお望みかい?」
「それが嫌だからアデン湾で海賊対策を続けているんだよ、どこの国でもね。銀河列強にいつ文句を言われるかとビクつきながら。しかし修理艦船ばかりの中で更なる増派すら要請されかねないよ、今回の海賊戦力の上方修正は…艦船と言えば、大ちゃん、Y計画はどこまで進んでいるんだい?」
 急に問われた大江戸博士は口の中で唸ってから答えた。
「あと、ふた月」
「遠いな。梅雨明けまでは残存艦艇で対処か…しかし」
「左様、逆に言うのなら…」
 そこから先は二人とも言葉にしなかった。
 今年の梅雨は例年に無く長く、そして荒れそうな予感がした。

つづく

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

目安箱バナー