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シンブレイカー 二十二話

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匿名ユーザー

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 薄暗い地下室の中で、私は目の前にあるものと向き合っていた。
 それは例の医療用の魔学カプセルだった。
見上げるほどの大きさの円筒形のガラス壁の中にほのかに輝くエメラルドグリーンの液体が満たされて、
中にプカプカと黒ずんだ塊を浮かべている。塊は私の体よりも少しだけ大きい人型をしていたが、
金属の表面が融解している魔学機械がところどころに貼り付いているために、一見、
なにかとてつもなくおぞましいものに見えた。ときどき表面の黒い部分が剥がれおち、
そのすぐ下の鮮やかなサーモンピンクをのぞかせた。
 ……黒こげになったマイケル・サンダースだった。
 私は胸が締めつけられるような気持ちだった。
 あのあと――高天原が逃げ出したあと――マイケルは言ったのだ。
『これが私の目的だった。私は私の目的のために『×』を利用した。この報いは受けねばならない。あとは頼んだぞ』
 そうして彼は自身の体内の魔学機械を利用して自身を発火させ、『×』ごとの滅却をはかったのだった。
 はじめから彼は私の手を汚させる気はなかったのだ。
 私はカプセルの表面に手をついた。硬質なガラス面はひんやり冷たい。
 何も言うべき言葉が見つからず、それから私はただ姿勢を正し、深く頭を下げるしかできなかった。
 顔を上げ、視線を外す。
 カプセルは2つ並んでいた。マイケルが今入っているのは、今まで天照恵が収められていた方で、
そのとなりのカプセルには依然として目覚めない天照耕平が浮かんでいた。
 私は彼のそばに寄る。
 全身の大やけどはかなり回復してきていて、もうほとんど健康体のように見えた。
血色は液体を通してしか肌が見えないために判断が難しいが、少なくとも悪いようには見えなかった。
よくよく観察すると、顔面や指先の筋肉がときどき反射的にピクピク動くのが分かった。
 彼は生きている――その確信が私をほっとさせた。 
 耕平が私に何をしてくれたのかを思い出してから、私は次々と彼との思い出を取り戻していた。
初めて知り合ったときのことや、告白されたときのこと、初めてのデートのこと……それらをひとつ得るたびに、
また彼の声が聴きたい、体温を感じたいという想いが強くなっていた。その切なさは耐えがたいものだった。
 きっと耕平も同じような気持ちだったのだ。きっと立場が逆であっても、方法があったなら、私もそれをしただろう。
 この気持ちを誰が非難できようか。
 私は耕平の顔に近づき、ガラス越しにキスをした。
 硬く冷たい感触だった。



「私が不在のあいだに、大変なご迷惑をおかけしてしまい、まことに申し訳ありませんでした」
 研究所のラウンジに現れた天照恵は、開口一番そう言って頭を下げた。
 私は突然のことにびっくりして、あわてて「謝らないでください」と言う。
しかしそれでもかたくなに彼女は顔を上げようとはしなかった。
「この罪はいくら謝罪しようとも償えるものではございません。
 魔学によってあなた様に重い十字架を背負わせてしまい、またそのために
あなた様に苦しく長い戦いを強いることになってしまいました。
そのうえその手助けさえも私自身の不甲斐なさによる負傷により満足にできないありさまでした。
さらに悪いことには、あなた様自身だけでなく、あなた様の学友にも大変な損害を与えてしまいました。
どのようにお詫びすればよいか、よく考えたのですが、これ以上の謝罪の言葉が見つかりませんでした。」
 私は彼女の言葉を聴きながらすっかり困惑してしまった。
いろいろと話し合いたいことがあるということで快復祝いも兼ねて研究所に寄ったのだったが、
まさかこんな全身全霊の謝罪を受けるとは思わなかったのだ。
 私は指先で頬を掻きながらどうすればいいか悩んだが、ベストな対応がどうにもわからなかったので、
素直に自分の気持ちを伝えることにした。
「天照さんが謝ることはないですよ。むしろ謝るべきは私のほうです。
私がわがままを言ったせいで天照さんが大怪我をしたんですから……
 それに、私が天照さんと同じ立場だったなら、きっと同じようにしたでしょうし、
天照さんたちの協力は充分すぎるほどです。ありがとうございます」
 私は天照よりも深く頭を下げた。こんどは天照が困惑した。
しばらくして私が頭を上げると天照の潤んだ大きな瞳と目があった。
それがなんだかおかしくて、私と彼女は同時にはにかんだ。
「きりがないからやめましょうか」
 私がそういうと、天照は小さく頷いた。
「そうですね」
「それで、話し合いたいことというのは?」
 私がラウンジのテーブルについてそう訊くと、天照は口もとを引き締めた。
「この騒動について、志野さんに余すところなくお伝えしようと思ったのと、今後についてお伝えしようと」
「それは……ぜひおねがいします」
 天照は静かに頷き、ラウンジのすみのポットから紅茶の入ったカップをふたつ持ってくると、
ひとつを私の前に置いた。私が礼を言う間に彼女は私の向かいに座った。
「ではあらためて説明しましょう、この女木戸市において何が起こっていたのかを……」
 天照は静かに語り始めた。


「すべての発端は37日前、志野さん、あなたにふりかかった大きな不幸でした。
 私の一人息子であり、あなたの恋人であった耕平はあなたの不幸をひどく悲しみ、
あなたの体を抱えてこの天照研究所にやってきたのです。彼はまた禁書棚から死者の復活の方法を知り、
あなたにそれを用いました。それは成功しました。
 そしてそれを偶然にも目撃した人間がいました。それが高天原でした。
彼は死者の復活が『×』をこの街に呼ぶことをすぐ理解したことでしょう……
きっとその場で耕平を強く非難したに違いありません。
 一番早くて確実な対処方法は、再び蘇ったあなたを殺害することでしたが、高天原はそれを選ばなかった。
彼はきっとその場で耕平に次のような提案をしたのでしょう。
 『正体を隠し、すべての『×』からあなたを守れ』と」
「ちょっと待ってください」
 私は天照の語りを手を上げて制した。
「高天原さんはそのときにはすでに『×』の数を把握していたんですか?」
 私は女瑠山の研究所施設での高天原の言葉を思い出していた。そこで彼は『×』は全部で七体だと言っていた。
「志野さんは、仏教における中陰法要というものをご存知ですか?」
 天照は少し考えてから言った。私は首を振った。
「いわゆる四十九日、というものです。
 仏教によれば、人は亡くなってから7日ごとに審判を受け、その結果で死後の処遇が決まるのだそうです。
志野さんは日本人ですし、とくになにか特定の宗教を信じていらっしゃるわけでもありませんから、
一般的な法要の形式の仏教があてはまったのだと思います」
「へぇー……」
 『×』がやってくるのが一週間ごとである理由がやっとわかった。
 ……ただ、その説明でもまだなにか違和感がある気がする……
「しかしそれは逆に言えば」
 天照は語調を強めた。
「7体の『×』さえ乗り切れば、志野さんを狙うものはいなくなるということです。
すでにわれわれは6体の『×』を撃退しました。あと1体、がんばりましょう」
 私は身の引き締まる想いがした。
「そして、高天原が耕平にそう提案したあと――」
 天照が説明を再開した。
「高天原は耕平の魂を肉体から分割し、その肉体をカオスマンとして『×』やそれに類するものを撃退する使命を与えました。
その使命のためにカオスマンは最初の夜にあなたを襲ってしまったのです」
 私は最初の『断頭台』を倒した夜のことを思い出した。
 あのときなぜカオスマンが私を襲ってきたのか腑に落ちていなかったが、
カオスマンという存在を理解している今ならわかる。彼は与えられた使命を遂行するロボットのようなものなのだ。
そのときの彼はただ使命に忠実だっただけなのだ。私にあの写真を渡したのも、きっと私にすべてを思い出させるきっかけを
与えるためだったのだ。
「高天原は――」
 天照は続けた。
「シンブレイカーと『×』との戦いを利用しようと考えました。
彼の目的が『魔学の布教』であったと仮定するなら、これほどわかりやすく、インパクトのあるものはほかになかったでしょう。
シンブレイカーは広告塔だったのです。そして何を隠そうわれわれがそう作ったのです」
 天照のみょうな言い回しに私はひっかかるものを感じ、詳しい説明をもとめた。
「シンブレイカーが造られた本当の目的は、ただのデモンストレーション用の商品だったのです」
 意外な言葉に私はびっくりした。
「天照研究所はその上部組織であり、出資元でもあるフリーメイソンに定期的な研究成果の報告義務を負っています。
本来のシンブレイカーはそれをわかりやすく見せつけるためのデモンストレーション用サンドゴーレムでした。
監査役であるマイケルがやってくる予定だったのはそのためです」
 私はまたもや高天原の言葉を思い出していた。彼はマイケルがやってくるのを先のばしにしていたと言っていた。
その言葉はてっきりこの異常事態をさとられないようにするための工作を指しているのかと思っていたが、
そういうことだったのか。
「高天原はシンブレイカーの戦いを利用して、この街の人々に超常現象を受け入れる精神的な土台を設けたのです。
そして彼は私を説き伏せ、人々に『×』から身を守るための魔学機械を配布させました。
まさかあのときは高天原がこのようなことを考えていたなんて、おもいもしませんでした」
 天照はくやしそうに、ではなく悲しそうに目を伏せた。
「それから私は高天原に説得されてシンブレイカーに乗せられました。
あのときの私の臆病さと不甲斐なさはいくら悔やんでも悔やみきれるものではありません……」
「それはもういいですって」
 私は彼女に笑いかけた。天照は小さく頭を下げた。
「そのあとの顛末は私より志野さんのほうが詳しいでしょう。これがこの一連の事件のあらすじです」
 天照はさらに言葉を次いだ。
「問題は、高天原の目的が『魔学の布教』それ自体なのか、それとも『魔学の布教を前提としたべつのなにか』なのか、
ということです。われわれ天照研究所は『×』対策とともにこの点を考察いたします。志野さんは――」
 天照はまっすぐに私の眼を見た。その黒く輝く瞳の奥に激しい炎のような強い意思の光が見えて、
どうしてか私はとてもうれしくなった。
「――戦ってください、最後まで!」
「はい!」
 私は大きく頷いた。



 私は研究所を出たあと、なにかしていなければならないような衝動を感じて、街を歩いた。
 女木戸市の町並みをじっくりと眺めるのはずいぶん久しぶりな気がした。
 歩道を歩く若者は魔学機械の付いたスマートフォンに取り憑いた付喪神と指先で戯れていた。
喫茶店のテラス席でノートパソコンを広げるサラリーマンのメガネのグラスには小さなディスプレイが透けていた。
買い物帰りの主婦がビニール袋を自分のそばの何もない空間にひっかけたまま歩いていた。
スケートボードで遊ぶ子供が建物の外壁を走っていた。
携帯電話から飛び出した立体映像で服の試着をして遊ぶ若い女性のグループがいた。
画面の中の女性と会話しながら歩く若い男がいた。
 いつのまにこんなに変容してしまっていたのだろうか。
自分の立っている場所すら自覚できていない気がして私はおそろしくなった。
そしてそれ以上に、この不自然なゆがみへの静かな怒りをおぼえた。
 私は車道を横切ろうとして、歩道の赤信号で立ち止まった。信号の色が変わるのを待っていると、
すぐ横にぬっと大きな影がやってきたので、なんだろうと横を見ると、
大きな紙袋を4つも左右の腕に下げた腰の曲がった年配の女性だった。
彼女の荷物は見るからに重そうで、運ぶのも辛そうだったので私は手伝おうと声をかけた。
「荷物運ぶの手伝いましょうか?」
「お荷物を運ぶのを手伝いましょうか」
 私が発した言葉に誰かの声が重なっていた。それは男性の声で、女性を挟んだすぐ向こうがわから聞こえた。
私が顔を上げると、その声の主と目があった。
「あ」
「あ」
 またもや同時に声が出た。私はびっくりしてしまった。
 私の視線の先には高天原頼人が立っていた。彼はカジュアルな私服を着ていたので、
私はそのせいで気付かなかったらしかった。彼も目を大きく見開いてひどく驚いた顔をしていた。
 私は彼の顔を見た瞬間、彼に詰め寄っていろいろと問いただしたい衝動にかられたが、
ふたりの間で私たちの顔を見比べている女性がいるのを思い出して、やめた。
女性はにっこり微笑むと、丁寧に頭を下げて、両手の紙袋をふたつずつ私と高天原に差し出した。
私たちが受け取った直後に信号が変わった。
 女性は駅までいくらしかった。私はとくに予定もないのでそこまでついていくことにした。
意外にも高天原も同じらしく、彼もついてきた。私と女性と高天原は談笑しながらしばらく歩いた。
私と高天原は女性に険悪な雰囲気をさとらせないように必死だった。
 駅に着き、女性と別れても、私と高天原はしばらく無言だった。だがお互いに離れようともしなかった。
私が無言だったのは話をどうやって切り出せばいいかわからないからだったが、それは彼も同じだったらしかった。
 不意に彼がそばの建物を見上げた。彼の視線を追うと、その先には高い建物の屋上につくられた庭園があった。
どうやらそこは一般にも開放されているらしく、高天原は私をちらりと見てからその建物の中へと消えた。
私はあとを追った。
 屋上庭園は人工芝と丁寧に刈り込まれた植え込みと花壇に彩られたラウンジのようになっていた。
パラソルつきの丸テーブルと自動販売機もあった。高天原はそれらを無視して庭園をとりかこむ緑のフェンスに寄った。
私が彼に近づくと、彼はふりかえって言った。
「このひと月でこの街はずいぶん変わりました」
 彼の口調は落ち着きはらったものだった。私は彼に詰め寄った。
「魔学のせいでね」
「魔学のおかげです」
 私の非難に彼はきっぱりと言い返した。その様からは彼の確固たる決意がうかがえた。
「高天原さん、訊きたいことがある」
 私は言った。
「アンタは何をたくらんでいる?」
 そう問われても高天原は眉一つ動かさなかった。私はじっと彼の目を見ながら彼の返答を待った。
すると彼は目を細め、言った。
「きっとがっかりしますよ」
 私には彼の言葉の意味がわからなかった。
 彼はそれから真剣な表情をして言った。
「お教えしましょう。私の目的は――」
 私はつばをのんだ。
「――『人々の幸福』です」
「『ひとびとのこうふく』?」
 私はそのあまりにも浮世離れした言葉のバカバカしい響きに、思わず確認せざるを得なかった。
 高天原はフェンスを背にして頷いた。それからちょっとだけ肩をすくめた。
「少しおおげさだったかもしれませんね」
「そのために、大きな危険を伴う魔学をばらまくのは矛盾してる」
 私は彼にそう言った。高天原は目を細めた。
「志野さん、あなたは『プロメテウス』というギリシャの神をご存知ですか」
 私は首を振った。
「プロメテウスは、寒さに凍える人類を哀れに思い、神々のかまどから『火』を盗んで、人類に与えたのです。
 人々は寒さから開放されましたが、その火によって、争いを覚えました。
プロメテウスはその罪を問われ、生きたまま腸を鳥についばまれることになりました」
 高天原はどこか遠いところを見ていた。
「私ははじめてこの話を知ったとき、どうしても納得がいきませんでした。
プロメテウスはたしかに火をもたらした。だけどその火で助かった命は、
争いで奪われた命と同じくらいたくさんあったはずなのに」
「高天原さんはプロメテウスになりたかったんですか」
 私はそうはき捨てるように言った。高天原はしずかに首を振った。
「そういうわけではありません。ただ……」
「ただ?」
「見過ごせなかっただけです」
 高天原は肩越しにフェンスの向こうを見やった。
「志野さん、志野さんは、天照耕平くんがあなたを復活させたとき、どう思いました?
 彼の行いを責める気にはなりましたか?」
 私は「いや」と言い、それから「私もおなじことをするだろうと思ったから」と理由を付け足した。
「そう、そうなんです」
 高天原は私を見た。その目はまっすぐで、どこか哀しかった。
「誰かを助ける手段があるのにそれを使わないだなんて、できるわけがないんです。
 もし手段があるのにそれを使わせない人間がいたら、それはその誰かを殺したも同然じゃないですか」
 私は言い返せなかった。
 高天原は続けた。
「これは私の復讐なんですよ、天照研究所への……」
「復讐……」
「そう、復讐です」
 高天原は言い放った。
「私はかつて大学に居ました。当時の私には恋人が居ました。
彼女は事故にあいました。彼女は意識不明のまま半年も寝たきりになり、それから死にました。
私が物理学の論文を評価されて天照研究所から声をかけられ、魔学の存在を知ったのはそのあとすぐでした。
 私は絶望した!」
 高天原は腕を横に振り、こぶしで背後のフェンスを殴りつけた。複雑に重なった音が屋上にひびき、かき消えた。
「魔学を使えば彼女を助けることは容易だった!
 彼女は死ぬ必要なんかなかったんだ! 彼女は――」
 私はハッとした。高天原は泣いていた。
 私は思った。彼は耕平と同じだ。大切な人をなくしてしまいそうになって、助ける方法があったけどそれを使えなかった。
私には彼の気持ちが痛いほどよくわかった。また同時に、私には彼を責める資格が無いことに気がついた。
 魔学によって大切な人を亡くした彼に、魔学によってすべてを取り戻そうとしている私が言えることなど何もないのだ。
 私は絶句し、ただ立ち尽くすことしかできなかった。高天原は落ち着きを取り戻すために大きく深呼吸をした。
それから言った。
「私のような体験をした、または、今もしている人間はこの世界にたくさんいます。
私は彼らを救いたい。そのために、魔学を周知させなければならない。魔学の理論は容易には理解し難いでしょう。
ですが私は諦めません。私はどんな罪でも犯すつもりです」
 そうして彼はフェンスから離れ――
「さよなら、志野さん」
――私を置き去りにして、去っていった。

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