創作発表板 ロボット物SS総合スレ まとめ@wiki

TONTO;Rainbow

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匿名ユーザー

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 色々と手間取ったが、結局はどうにかなった。くだけた格好をした兵士達が物珍しそうにこちらを見上げるのを補助画面の端に映しながらテントの間を進み、HMMWVや、ドアに鉄板が溶接され、天井に銃塔が取り付けられたマッチョなトヨタ・ランドクルーザー、フォードF‐350ピックアップトラックなどが停められた広場の中央にアポリアをしゃがませる。
 エンジンの回転がすっかり止まってから、脚を折り畳み、ガントレットを外して、補助画面でロックの設定をして、メインの電源を落とす。抱えていたヘッドギアを天井付近まで戻しておいて、コックピットを開けば、アポリアが跳ねるごと「おいおい、踏み潰すなよ」とふざけ半分に笑っていた兵士たちが、周りにぎっちりと詰め掛けていた。
「すげぇ」兵士が誰とはなしに言った。「これ、ロボコップの最初に出てきた奴みたいに勝手に動いたりすんの?」
「アトラス、大丈夫だと思うけど、一応見ておいてくれ」周りから投げかけられられる数々の質問をかわしつつ、輪から抜け出す。振り向いて、すっかり取り囲まれてしまった私のアポリアに向けて叫ぶ。
 アトラスの返事は聴こえなかったが、どよめきはいっそう強くなった。アポリアが勝手に私のほうを向いて、ぎこちなく左手を上げたのだ。了解。私はそれに手を振って応え、目的のテントを探して歩き始めた。これからコマンダーに挨拶しに行かなくてはならない。

 感情をあらわにして、無邪気に話しかけてくる兵士と、口をつぐんで、道の端でぼんやりと空を眺める兵士。歩きながら観察していると、二種類の兵士がいることに気が付いた。その理由について想像を巡らしていると、ちょうど完全武装した一団とすれ違い、そこでようやく理解した。無邪気なのが民間警備会社の社員、つまり傭兵で、ぼんやりとしているのがIPFの兵士だ。AK‐47もM‐4カービンもIPFでは採用されていない。よくよく見てみれば、両者は胸にぶら下げたIDカードの色も違った。
「あっちのテントだ」
 道を尋ねると、体中刺青だらけのその傭兵は、緑のIDカードを揺らしながら、コンクリートの防弾壁の陰にあるテントを指差した。ありがとう、と彼の右腕に張り付いた陰気な顔のモヒカン族に礼を言い、そちらへ向かう。陽は大分傾いて、空は濃密な紅さと、暗い藍色を開いていた。聳える防弾壁がその一部を四角で塞いでいる。
「何が入用だ」
 挨拶もそこそこに、コマンダーは単刀直入に訊いてきた。パイプを組んで出来た机に肘をついた彼は、若い頃のベラ・ルゴシそっくりの痩せぎすで、浅黒く陽に焼けていて、ほとんど睨むようにして私を見ている。普段はサングラスを着けているのだろう、目の周りだけが白くなっていて、それが彼の白目の部分を強調して、ほとんど日焼けした吸血鬼という具合だった。
「アポリアの装備が届いているはずなんですが」
「三番コンテナだ。他には?」
「状況の確認を」
「停滞だよ。何も動いていない。奴らは三ヶ月前に俺達から街を奪い返して、そのまま動こうとしない。後ろ盾が無くなったから、少しは楽になると思ってたんだが、連中はどうしても市街戦に持ち込みたいらしい。お陰でずっとここに釘付けだ。それに取り返した所で後ろの山に逃げ込まれれば、追撃しようが無い。連中の山岳部隊は優秀だ。馬鹿げている。勝負にならん――君、階級は?」
「准尉です」私は自分の肩の腕章を見てからそう言った。
「変わってるな」
「アポリア乗りはみんな准尉ですよ」
「いいだろう。約束通り、入り口までは護衛を付けてやる。そこからは勝手にしろ」
 次の言葉を待っていると、日焼け止めを塗り忘れた吸血鬼はうとましそうに目を細めた。私は敬礼した。約束とはなんですか、とも、誰との約束ですか、とも訊けそうに無かった。大体の事が、私の知らないところで進行している。寝ている間に主人に代わって靴を編む小人みたいに。ああいうことは、実際にやられると不気味だ。しかし、そもそも小人からして不気味なのだから、当たり前なのかもしれない。童話は不気味な情景をさも当然のように、涼しい顔で受け入れさせる。そういう装置だ。
「失礼します」
 返事は無かった。きっと弱点の陽に当たりすぎて、さしものベラ・ルゴシも弱ってきているのだろう。
 ルーマニアの古城から引っ張り出されて、殺人的な太陽に屈辱的な隷属を強いられ、日に日に弱りつつも民族紛争への対処を黙々とこなす吸血鬼に、私は少し同情した。


「しかし、これが事実だとしたら大した事だぜ」
 サッカーをしていた男達が体力を使い果たして、タオルを顔に乗せて床でのびている中で、その男だけがまだ元気に口を動かしていた。リコはすっかり尻に馴染んで、平べったくなった、人工皮で出来た座の端を親指で押さえつけながら、左手につまんだ手札を確認していた。その横でグルダが退屈そうに件の男の話相手をしている。一時は余りの暑さに彼女もお気に入りのジャージを脱いで、上はタンクトップ一枚になっていたのだが、今は元の姿に戻っていた。
 とっくに陽は落ちて、ハンガーに溜まったねっとりした空気も夜風に流され、リコが回し続けていた扇風機を切る頃には、一枚羽織っていないと肌寒ささえ感じられるほどになっていた。
「こいつが」男は組みなおした“コネチカットのひょこひょこおじさん”を指差した。「もしホントにドールまで行って、その帰りでやられたんなら、こちらの管制塔まで届きかけたって事になる」
「それのどこが凄い事なの?」グルダが目元を擦りながら言った。
「戦争が終わりかけたって事がさ。モロイの勝ちでな」
 捨て札を山に放ってから、リコがグルダの質問に答えた。シーソーゲームは先に降りたほうが負ける。この戦争は互いのアポリアが互いの軍の補給路を潰しあう事で長引いている。すべてのアポリアを管理する管制塔がその綱引きの生命線だ。
 もちろん、そんな重要なものが一極に集約されているのは長い間問題になっていて、基地ごとに設備を整えて管制塔の機能を分散するとか、どこかの国の衛星を借りて、設備の建設に掛かるコストを減らすとか、他にも色々な事柄が考えられてはいたけれど、システムの再構築中に叩かれるリスクや、予想されるシステムの複雑化による混乱に尻込みしているのが現状だった。システムの整備中にNATOの早期警戒機がその機能を肩代わりするという愉快な案もあったが、ほとんど決定稿という段階で立ち消えてしまった、その事も問題の先送りに繋がっていた。
「酷い奴らね」
「参加する意義の少ない戦争で自国民が死ぬ可能性なんて、極力排除したいだろうよ。飛行機を飛ばすのもタダじゃねえしな」例のタフな男が言った。
 ソ連が崩壊したせいで、NATOの関心は確実にこの戦争から離れつつあった。西欧を脅かす存在だったソ連は無くなり、今やロシア連邦と西欧の間には東欧という地理的なクッションがある。ロシアは西欧にとってそれほど即時的な危険物じゃない。そして、もうこの戦争でのNATOが介入した最も大きな理由である東西冷戦の代理戦争という側面は消えた。残ったのは民族主義的な、彼らにとってはどうでもいい、細々とした事柄だった。
 にしてもサポ、とリコは言った。引き札の柄を確かめたその目を、そのまま蒼い巨人に向ける。
「実際、何日掛かったと思う」
 サポと呼ばれた未だに元気な男は、顎に手をやって少し考えてから答えた。「ドールだぜ?帆翔は使えねえし、少なく見積もっても百は跳ばなきゃだから、十日じゃ利かねえのは確かだ。少なくとも十日以上メンテ無し、敵地で活動、それも三人でだ――どんなルートを通ったのやら」
「大した腕だよ、モロイのアポリア乗りなんて数だけ多くて、話にならない奴が多かったのに、どうしたんだろうな」
 まあ、結局はお陀仏になった、と言うわけだが。リコは思った。それにしてもご愁傷様だな。
「おい、だがこいつは傭兵仕様だぞ。中身がどうだったのかは知らないが……」リコはそう言いつつ、手札を明かして、今回の勝負から降りた。リコ以外の二人が札を見せ合って、互いにブタだったことを笑っていた。その、テーブルを挟んだ向こうの勝負師二人は、そちらはそちらで、リコたちとは別の話を膨らませている。六本指の猫、へミングウェイのスーツケースの行方、今年のハバナ国際ギターコンクールの結果、キューバの暑さ、ハバナの街並み。ちょうど夜はこんな感じでよ、いいところだよ、あすこは。へぇ、またいつか行ってみたいもんだねぇ。
 夜風が頭上の白熱灯を揺らせて、その周りを舞っている蛾は少し混乱していた。
「しかし確かに妙と言えば妙だな。最近の奴らの動きは一時期に比べりゃ良過ぎるくらいだ。流れの教官でも入ったのかね」
「怖いこと言うなよ、おやっさん」サポは笑った。
 床で眠る男たちは死体のように動かなくて、蒼い巨人は無言のまま吊るされて、カリブを愛する勝負師二人は温くなったビールに文句を付けていた。そして蛾は混乱していた。
「ねえ、大佐ってわたしたちのこと忘れてるんじゃないの」グルダは眠そうに目元を擦りながら腕時計を見た。



 リコとグルダは基地内を散歩していた。あのあと、大佐に電話を掛けて、見張りを一人置くことを条件に解散していいとのお達しを貰ってから、不眠症である勝負師二人を残して解散することになった。そのときにグルダがリコを誘ったのだ。
「今夜大佐のところに忍び込むの?」
「ああ、まあな」
 リコは何でもなさそうに答えた。それは、「今からマクドナルドに行くの?」「ああ、まあな」といった感じで。気付かれたらどうなるのかとか、どうやって忍び込むのかとか、グルダには尋ねたいことが沢山あったが、その軽い調子のせいで訊けずじまいだった。
「この国ってどんな国だったの?」
 ちょうどウラジミルがアポリアに乗り込んだ場所あたりに差し掛かったところで、ふと何かを思い出したみたいに、グルダはたずねた。
「知らないのよ、この国が国として機能していたときのこと」
 リコはくわえたタバコを指に戻して、時間を掛けて地面に灰を落としてから、いい国だったよ、と答えた。
「週末は妻と一緒に鳥撃ちに出かけた。よくキジを撃ったな。あと、みんな馬を持っていた。車なんてどこにもなかった」
「でもモロイにとってはいい国じゃなかったのよね」
 リコは何も言わなかった。頭の中では、あいつらは自分たちの不勉強さを誰かに押し付けたくて、ちょうどその相手が目の前にいただけさ。と、答えていた。答えたくなる衝動もあった。しかしそれを音にすることはどうしても出来なかった。彼はいままで色々な若者を愚かにしてきたが、いつの間にかそれをためらうようになっていた。けれどそれ以上に、目の前のこの少女には聡明なままであってほしいという願いが、リコを幾分、自分に対して冷笑的にしていた。
「知らずに誰かを踏みにじっていたなんて、俺達は大したクズだったんだろうな」ぽつりと、リコは言った。
 だが俺達は確かに愛していたし、生きていたし、笑っていた。正しくあろうとしていた。そうじゃない奴ももちろん居たが、そんなものはどんな集団にも必ずいる、誤差みたいなものだったはずだ。でも俺達は殺された。嫌になるくらい撃たれたし、飽き飽きするほど犯された。最初から何も持っていなかったかのように奪われた。
 俺達はここまで誰かに憎まれるようなことをしたんだろうか。
 グルダは何も言わなかった。ただ静かに、時間は過ぎていった。風は流れ、少し伸び過ぎた芝を揺らした。何もかもが沈黙していた。何かを深く考えるように。




 ハンガーもないのに、アポリアの追加装備を取り付けるのは至難の技だった。工兵の力を借りて滑空用の翼を外し、代わりに簡単に捨てられるミサイル・ポッドを増設して、各種武器を腰の空いたスリットに差し込んで、それらの武器を滑らかに取り出せるよう腕のリギングを再設定しつつ、足や腕の磨耗具合の確認。緩衝材の注入。これからの磨耗を考えて、多少動作が硬くなっても緩衝剤を多めに入れておく。実際に動かして、細かいバランスを調整する。
 作業していると、いつの間にか日付が変わっていた。
「後はやっておきますんで、パイロットの人は寝てください」
 強烈なキセノン灯の眩しさに目を細めながら、いくつか問題があったので取り付けを後回しにしていた、砂の上に横倒しにされた銃剣付きカシナート――シルエットがガリルに似ている、全長約二メートルのベケット社製マンマシン用スコープ付き軍用ライフル――のスコープと、アポリアのメインスクリーンをなんとか同期させようとしていると、輸送中にずれたらしいカシナートのバックストックを直していた工兵が声を掛けてきた。
「参ったな、でもこいつのためのリギングは私がいないと出来ない」
 自分の腕と大きさはもちろん比率も違う、触覚もないマニピュレータで正確に素早く物を掴むには、どうしても一部を自動化しなければならない。
 最初から最後までマニュアルで動かすことは、出来ないことはないが、どんなに熟練してもかなり難しいことで、殊に武器を掴む動作は戦闘に直接関係する動作であるから、ミスは許されない。
 リギング。武器を取り出す幾つかの動作を先に腕に設定しておくこと。それは操縦士の操舵のクセに深く関わる。だから操縦士がいないと設定できない。
「明日の朝突貫でやりましょう。今日はもう休んだほうがいいです」
「確かにそうだけど」
 設備が無いせいで、優先順位の通りに作業ができない。それがこの事態を引き起こしていた。人手も足りないし、ここの工兵がアポリアに慣れていないのも原因の一つだろう。
《ザィーツは寝てください 既にリギングを済ませた他の武器を参考にして設定しておきますので 朝にそれを修正すれば問題ないでしょう》
 先に仮眠をとっていたアトラスがはきはきと言う。私は迷ってから、頷いた。健康は大切だ。薬である程度調節できるとはいえ、集中力の維持に睡眠は欠かせない。これから本格的に敵の勢力範囲に入り、まともに寝れないことも考えれば妥当な選択のように思われた。
「それじゃあ、頼む」
《お任せください》
「宿舎のテントはあっちですよ」
 アポリアの逆間接の脚を滑るようにして降り、砂地の地面に着地する。ずっと同じ体勢だったせいか膝の具合がおかしい。前のめりになって膝をもむ。と、寒気を感じた背筋が収縮した。イノメーブルはかなりの高地にある。昼と夜の温度差は尋常ではない。
《ザィーツ》
「なんだ」
 少し離れ見てみれば、真の暗闇の中、砂地の上、四方をキセノン灯に囲まれ浮かび上がった、貧相だった私のアポリア、略称はマーフィー、正しくはマーフィーズゴーストは、ゴテゴテした無骨な装備を腰や脚に括り付けられて、まるで映画のスターであるかのように光をその白い装甲に満たして、赤い目を透き通らせていた。
 それを見ていると、子供っぽいとは思っても、格好いいな、と誇らしい気持ちで満たされる。
 自分の半身がめかされるのは、こそばゆいと同時に、確かにうれしくもある。
《いい夜を》
 私は手を軽く上げてそれに答えた。今夜は良く眠れるだろう、そんな予感がした。


 ただ気付いてもいた。何か奇妙なものが辺りを満たしている。この作戦そのものや、あるいは言葉にならない、名づけえぬものが。薄い膜を隔てて、絶えず動き回っていることに。もちろん、その皮膜が今にも剥がれそうであることにも。
 それは幾つかの予兆とともに、いつでも私と共に跳んでいた。併走して、機会を伺っていた。私は気付くことを望んでいて、それは気付かれることを望んでいた。不吉ともいえる、吉兆とも呼べる。あるいはそのどちらでもない。どちらであるかなど、大まかに見れば意味など無い。そう、この戦争の平衡した無意味さのように、どこかの国の非平衡した無意味な平和のように、何の意味もない。
 生き延びる。死なないために。単純だ。そんなに深刻ぶることはない。格好つける必要もない。何かが無意味であろうが無かろうが、私には関係ない。
 死にたくない。その感情、感覚、それだけで全てのことに説明がつく。
 そう私は思っていた。


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