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 量子力学によると、完全な無というものは存在し得ないらしい。
なんでも、位置と運動の双方を同時に確定したものとして観測するのは不可能であり、
完全な無が存在するとすると、その双方が無いと同時に確定してしまうため、
完全な無というものは存在し得ないそうだ。

 そのための存在の揺らぎがこの宇宙の誕生にかかわっているなどという難しい話は俺の理解出来る範囲を超えている。
ただ、存在し得ない量としての面を考えると、
存外、完全な無と無限というものは同じものなのではないかと、そんな風に思うだけだ。
 なぜそんなことを思うのか、それは俺は俺たち自身の死というものについて考えを巡らせずにはいられない性分だからで、
それはつまり、今現在の俺が置かれている状況においては、
俺は自分で自分を精神的にあまり望ましいとは言い難い方向に追いやってしまうということくらいはわかっているのだが、
持ち前の性分というものとは、結局一緒に墓の中に収まるしかないものだと諦めている。

 それでこの無力な人間は思うわけだ、個人の生命というものにはすべてに優先されるべき無限の価値があるという考えも、
個人の生命に価値など全く無い、何かのために進んで捨てるべきだという考えも、どちらも成立し得ない、
もっと言えば、その両者とも、
方向性は違えど個人の生命というものに何かしら他のものと比較して計ることの出来ない絶対的な意義を見出している
という意味では全く同じものであって、それは誤った考えではないかと。
 個人の生命など、種々雑多な他の要因と同列に混じって、
それ単体では何らの意義も持たないただの量として計算され扱われるものだろう。

 少なくとも、今俺達の置かれたこのくそったれな状況においては。

 視界が明るい。よく見える。それが俺を苛立たせる。
 今、俺の脳は、俺自身の体が得る情報を処理するのにも、運動を制御するのにも使われず、
このバカデカい人型の棺桶の得る情報を処理し、運動を制御するために使われている。
 直接制御、搭乗者の脳と機体を電気的につなぎ、モニターの読み取りや操縦操作など無しに制御、操縦を行う技術だ。
これがあるから、人型の機械などというものをコマンド化された入力無しに一人で動かせる。
考えても見て欲しい、この棺桶は御丁寧にも指が一本一本つくってあるのだ。
つまり、もし何らかの操作によってこいつを動かすのだとしたら、
操縦する人間は指の一本一本まで他の部位を動かすのには使えない。
だから、相手の動きに合わせて柔軟な瞬発力を発揮し、かつ器用な作業をこなさなくてはならないというこの任務のために
人型兵器を運用している今の条件では、
この自分の脳を奪い取られて部品の一つにされているような技術が不可欠なのだ。

 俺は周囲の状況を確認する。
確認しよう、と思うだけで、まるで元から知っていることであるかのように状況が頭の中に浮いてくる。畜生め。
 俺の10m右にはイアンの機体、俺とイアンの機体と線で結ぶと正三角形を作る後方の位置にヨハンの機体。
さらに後方には戦車一コ小隊が俺達の前方に睨みを利かせ、その後ろには指揮車両が鎮座している。

 そして俺達の前方には――戦車に屠られた同族の間に立つ、奴の姿がある。

 奴等が何なのか、俺は知らない。それどころか、少なくとも公式には、人類の全てがそれを知らないことになっている。
そうでなければ俺達がここでこうしている意味が無い。
奴等が何なのか、それを知るためにサンプルとして奴等を生け捕りにする、
そのためにこの機体が作られ、俺達が押し籠められているのだ。

 奴等は、いつの間にかいた。
 あんな10m前後もあるまるで鎧を着込んだバケトカゲみたいな生物が既知の領域にいたら、
とっくの昔に人類はその存在を知っていたはずだ。
とすれば、奴等は人類にとって未知のどこかからやって来たのだと考えるしかないところだが、
しかしながら、あんな連中がどこかから来たことを示すような観測データもなければ、
それを秘匿できるような知能を連中が有しているようにも考えられなかった。
 だから、こう表現するしかない―― いつの間にかいたのだと。

 とにかく、現在、奴等は人類と接するところに存在している、それは一分の違いもない事実だ。
そして奴等は戦車の複合装甲をも貫く牙と棘、最新の対戦車火器をも以ってしなければ貫けない外殻を持っていた、
これは極めて重要な事実だ。
 連中は基本的には人類に何もしない。正確に言えば、連中の方からは人類に何もしかけてこない。
ただ自分達がいたいところにいてしたいようにしているだけのようで、
奴等が人間を食った、なんて話もあるが、これは連中が襲ってきたというわけではなく、
自分達の方から近づいて、その中で連中のところに取り残された奴がいたのが、
そんな話になったのだと、俺はそう思っている。
 そんな連中が相手でも、友好的な関係というやつを築くことは出来ないようで、奴等は駆逐されるべき存在とみなされている。
連中は自分達のいたいところにいると言ったが、どうも連中は人類がこれから新たに開発しようとしているところ、
つまり社会経済的な発展のために将来の利益をそこから得なければならないところが好きなようで、
そこから追い出そうとすると激しく抵抗する
――殺されると思って自衛のため反撃しているだけなのかも知れないが。
 そうであれば、人類は何としても奴等を駆逐しなければならない――人類の輝かしい未来のために。
 すると問題はその方法だ。奴等は現在人類が有する兵器でも殺すことは出来るが
――現に今、俺達の眼の前には戦車に殺された連中が転がっている――、
簡単に、というわけにはいかない。
それに弾薬も燃料も消耗部品もただではない。
さらに重要なことに、連中への対応で戦力が減ることは、軍事バランスというものに望ましくない影響を及ぼすかも知れない。
 となれば、必要なのは効率的に奴等を駆除する方法を探ることだ。
例えば、こんなものを置いておけばそれを食べて死ぬとか、こんなものを近付けると逃げていくとか。
そしてそれを探るためには、連中を生け捕りにして調べなければならない。
そのためには、連中の生物ならではの予測しがたい素早い動きに合わせて動き、殺さず動きを止められる兵器が必要になる。
そこで用意された人型の棺桶に、俺達は詰め込まれているというわけだ。

「エルンスト、奴の斜め後ろに回り込んでくれ。俺とヨハンで前からいく。向きを変えたら逃がさないようにしてくれ」
 イアンからの通信だ。俺は奴を刺激しないように静かに大きく回り込んでいく。
 奴は威嚇するような音を出しながらも、俺達に全面的に注意を向けることは無く、戦車を警戒している。
ああ見えて、知能は結構高いのだろうか? この人型棺桶の戦闘能力など、戦車のそれには遠く及ばない。
ただ、戦車ならどうやっても連中を殺すか逃がすかの二つに一つしかないが、こいつなら生け捕りに出来る可能性もある、
それだけでこんなことをやらされているのだ。

 俺はこのあたりでいいという位置につき、態勢を整える。奴が首を回して横目で俺を見て、一声吠え声を上げた。
 それを見て、俺の頭にふと、常々疑問に思っていることがよぎった。連中は一体何を食って生きているのかということだ。
俺は奴等が何かを食っているところを見たことが無い。俺が話す機会のある同僚達も、見たことが無いらしい。
あるいは連中を送られた研究機関の人間や御偉方という奴等は知っているのかもしれないが、
何が何でも「機密だ」と言う人間から答えを得られるとは思えないからそっちの線から調べようとしたことも無い。
どうあれ、俺がその具体的方法を知らないだけで、
あのデカい図体を維持して動かすだけのエネルギーを連中がどうにかして得ているのは間違いない。

 ――あるいは、それを調べることも奴等を生け捕りにする理由なのか?
 人類は常に社会・経済的に成長を続けなければならない。
そのためには新たな技術開発が必要であり、さらにそれには新たな科学的知見という奴が根底に要求される。
そして新たな科学的知見というものは、実験やら自然界の観測やらを元に得られるものだが
――前の世代までの人類は自然を破壊しまくり、俺達の世代の人類が新たな観測を得る機会を激減させたのだ。
浅薄にしてはた迷惑なことだ、人類は無から何ものかを生み出せるという馬鹿な勘違いでもしていたんだろうか?
そんなことはともかく、新たな科学的知見をもたらすかも知れない奴等との接触は、
少なくとも社会的指導層や経済的重鎮にとってはピンチはチャンスでもあるという奴なんだろう。

 イアンとヨハンが身構えつつ奴に近付く。ゆっくりと。
奴は後脚で立ちあがり、大きく口を開いて吠える。他の連中と同じ、恐らく威嚇しているのだ。
それでも刺激しなければ、大抵は――
 突然、いつもとは異なったことが起きた。
奴がいきなり上体を倒して前脚を付いた姿勢に戻ると、ヨハンの機体に突進したのだ。
あまりに急な事態に、誰も対応出来なかった。轟音と表現したくなるような大音響とともに、ヨハンの機体が押し倒される。
それを見て我に帰り、駆け寄って奴に背後から飛びかかり、組み付く。イアンの機体も組み付いていた。
振り飛ばされそうになるも、何とか踏ん張り、引き剥がす。
口にくわえていたヨハンの機体の左腕を宙に飛ばしながら、奴がもんどりうって背中から倒れる。今度は俺が下敷きだ。
視界は奴の背中で埋め尽くされ、自分の動きが有効に働いているのかさえ分からない。
と、急に視界が空へと切り替わった。奴が横倒しになったのだ。
飛び起き、見ると、イアンの機体の腕と奴の前脚がワイヤーで繋がっている。
揉み合っている間に、両前腕に装備された捕縛用ワイヤーをまわしていたのだ。
すかさず、俺もワイヤーを引き出し、奴の後脚にまわす。ヨハンが何とか右腕だけで奴の首と尾を縛り上げ、捕縛は完了した。

 俺達はしばらく呆然と立っていた。
機体が完全に搭乗者の体のように動くと知っているからか、
ただ直立姿勢を維持しているだけの人型棺桶が、呆然と突っ立っているように見えるのは面白いものだ。
「……今日はヤバかったな」
 イアンが口を開いた。
「ああ、ありがと……」
 それにヨハンが応じ掛ける、その時、
「コープ少尉、ベック軍曹、機体からリスト軍曹を降ろして応急処置をしろ! 今衛生兵をそっちへ行かせる!」
 その通信にはっとしてヨハンの機体から送られている搭乗者のフィジカルデータを確認する。
あのとき搭乗区画のある胴体にもダメージが与えられていたのか、これは――!
「あ、あ、あ……」
 ヨハンの機体が膝をつく。
「馬鹿野郎! フィジカルデータは常に確認しとけって言ってるだろうが!」
 この機体の直接制御機構は、搭乗者の感覚をも完全に機体の制御にまわす。
故に、搭乗者は自分の体の状態すら直接は認識することが出来ない。
本当に危険な状態に陥るまでは。

 破損する可能性など気にしていられない、機体を倒れこませ、飛び降りる。
ヨハンの機体に駆け寄り、強制ハッチ解放機構に手を伸ばす。
 間に合え、間に合え、間に合え――!

 ヨハン・リスト軍曹は少尉殿になった。
なんやかや色んな実績が認められたとかで――いきなりイアンと同じ階級になったわけだ。
 おまけに勲章まで授与された。
 奴にはもったいないくらいだ、俺とイアンはそう言いながら基地の奴らにその勲章を見せて回り、
見せるべき相手にはすっかり見せてしまってから、
寝室のもう主のいないヨハンの荷物の前に立って、誰もいないのを確認してから、その勲章を床に思い切り叩き付けた。


                              ―――了―――

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