創作発表板 ロボット物SS総合スレ まとめ@wiki

第7話  恐慌! シロガネ四天王三たび現る!

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匿名ユーザー

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 ※

「ひ」
 初めに、しゃくりあげるように一音だけ。
「ひ、ひ、ひ」
 老いたる狂博士。地下奥深くに、不気味な笑い声を響かせて。
「ひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひッがはァッ、げェッヘィッ!?」
 むせる。
「ン、ング……。とにかく、完成度は五〇足す三〇で、えーと、八〇パーセントッ! 安全圏ッ! これで理論
上は、大ネクソンをも、狩れるッ!」
 悪の天才・悪山悪男だ。
 無法地帯となったロボヶ丘市には目もくれず、一心に己がわざを振るう。独自のルートで材料と部品を掻き集
め、個人所有の機関群をフル稼働させて、メカ恐竜なる巨大な機械仕掛けを組み上げる。その手捌きじゃといえ
ば、かの鍛冶神ウルカヌスもかくや。
 目にも止まらぬ早業でコンピュータの鍵盤を叩くその背後で、あろうことか、虚空がにわかに歪んだ。
「健勝のようだな、爺」
 出現した何者かが第一声を発する。
 ひとを酔い痴れさせる不思議な魅力のある、苦み走った男のものだ。表情に余裕ぶった笑みをひとかけら、悪
山悪男に呼び掛ける。
 漆黒の牧師服を纏う怪人物だ。十字架は下げず、聖書の代わりにスーツケース。蒼褪めた貌はひとのものとも
思えぬ。瞳には知性の輝き、いっそ凄絶なまでの光。
 ただ者であろうはずもない。設置者の正気を疑う悪質な警備システムを跳び越え、およそ前人未到の悪山研究
所最奥に、物音ひとつ立てず侵入してみせた男。
「は。やはり来たか、青瓢箪が」
 どこか親しげな口調で、悪山悪男は応対した。突然の来訪にも、驚きさえせず。
「やらんぞ」
「不要だ」
 交わされる言葉は最小限。それだけで通じるものが二人の間にはある。
 T-レックス型メカ恐竜、ワルレックス系列最新鋭機、“暴帝・ダイノスワルイド”を巡る会話だった。
 悪山悪男の機嫌がやや悪化。最高傑作の扱いの軽さが面白くないのだった。
「ならば帰れ。この悪の天才・悪山悪男、貴様なんぞに見舞われるほど耄碌してはおらんのだぞ」
 そこでひと息を入れ、悪山悪男はその名を叫ぶ。
「ヒズミ・ワールドシェイカー・ヨコシマッ!」
 呼ばれた男は、硬質な拍手の音を響かせた。
「結構、結構。まだどうにか私の名前を覚えていたか」
 忘れられるはずもない。
 その男、ヒズミ・ワールドシェイカー・ヨコシマ。
 本名を、邪馬歪(よこしま ひずみ)。“世界を震わせる男(ワールドシェイカー)”という二つ目の名を有
する、世界第四位の狂博士。不正なる者どもの王。
 旧知の間柄である。今でもしばしば取引をするていどには交流があった。
 悪山悪男は、つっけんどんに手を振って迷惑な客を追い払う仕草をした。
「で、何の用じゃ若造。儂ゃ忙しいんじゃ。メカ製造は五十年後まで予約でいっぱい」
「新造する必要はないだろう」
 ワールドシェイカーは、邪険な扱いにも薄っすらと笑い、悪山悪男の台詞を遮る。何もかも見透かしたような
目をしていた。
「あるはずだ。“もうひとつ”。そいつを寄越せ」
 老博士の耳が、引っ張られたようにわずかに動いた。
 あからさまな反応に、ワールドシェイカーはほくそ笑む。ここにあるのだと確信する。暴帝・ダイノスワルイ
ドに先んじて、悪山悪男が完成させたはずの、その雛型が。“プロト・ダイノスワルイド”が。
「……そういうところが好かんのだ」
 悪山悪男は、作業の手を完全に止め、椅子を回転させてワールドシェイカーと向かい合った。
「何を企んどる」
「退屈凌ぎにロボヶ丘に介入してみようかと思ってな。ただし、私が悪者と戦うのではバランスが悪い。ここは
裏方に回り、対抗勢力の戦力を補正したい」
「対抗勢力じゃと?」
 そのとき悪山悪男の脳裏に浮かんだのは、余生における張り合いとでもいうべき若者だった。所在不明の田所
カッコマン。今は失われし最強無敵ロボ・ネクソンクロガネのパイロットだった男。
「正義の味方の味方をするということになるが、お主それでよいのか? あの、ミラクルとかいう小悪党や、何
ちゃら四天王などという不良グループは、お主側の人間じゃろうが」
「ハハッ」
 ワールドシェイカーは初めて声を上げて笑った。
 眼の光、いよいよ強く。
「我々に奇跡など似合わん」
 告げたひと言に、万感を篭めて。それは人類の叡智とわざを体現する狂博士としてか、あるいは。
「……付いて来い」
 悪山悪男が、重い腰を上げた。
 下る。下る。
 古めかしいランプだけを頼りに、螺旋階段を下る。二人の靴音が真っ逆さまに縦穴の深淵に落ちていく。
 話題は自然に狂博士同士のものとなる。
「“チクシュルーブテクノロジ”」
 ヒズミ・ワールドシェイカー・ヨコシマは語る。
「巨大隕石によってもたらされた外宇宙文明の技術だ。ネクソニウムも元素に擬態した装置の一種であるという
のが、これまでの研究から導き出された見解だ」
「その装置の集合が外的なショックに対して発揮するマイクロプロブレマティカ効果により、ネクソンタイプの
装甲は物質の限界を越えて維持されるわけだな」
「ナノマシンどころではない極微の世界を支配する技術。科学的には理解し難いが、どうやら宇宙人には物質の
枠組みそのものを書き換えてしまうという、反則のようなわざがあるらしい」
「それで例えば原子じたいに細工をするわけか。興味深くはあるの」
 白衣の裾で階段を舐めながらのしのし歩いていた悪山悪男が、ふと足を止めた。
「このあたりなら見えるじゃろ」
 ぽちっとなと呟き、血管の浮いた手を懐に突っ込んだ。
 強烈な照明装置が稼働する。
 御伽噺の巨人が水を汲む深井戸を思わせる縦長の空間をいくつものライトが探る。
「肉眼では無理だな」
「いいや、あるぞ」
 悪山悪男はいうが、正午の太陽にも近い光量にも、その輪郭はまるで浮かび上がらなかった。
 何故なら。
「黒いな」
 そう、それは黒いのだ。
 黒すぎる、あまりにも。光のある世界と隔絶したかのように。
「ほれ、そいつがカメラアイじゃ」
 なるほど確かに、燃えるような瞳が闇に浮かぶ。感情が宿るとすれば、それは憤怒か。
 ワールドシェイカーは、コンタクトレンズに仕組んだ装置を用いて独自に分析を開始。“プロト・ダイノスワ
ルイド”、その恐るべき全貌を解き明かしていく。
 それには構わず、悪山悪男は怪作を自慢。
「それは超ネクソン鋼系の代替技術である“錬久尊鋼”による、地上最強 の防御力を誇り」
 であるならば、ネクソニウムの反応がないのも道理。
「“進化形アークトメタターサル”を足回りに採用したことで、重重量にして高機動という、従来の巨大ロボッ
トを闇に葬り去る反則的性能を実現したのだ!」
 構造的な収束と分散により柔軟なダメージコントロールを可能とする下肢駆動系か。
「口腔衝撃波を生じる“アンチスーパーロボットビームドライバ”の大出力を約束するのは、門外不出のワルヤ
マ式エクトサーミックドライブ!」
 野心的な内蔵兵器を貌に隠し、狂博士の手掛けた窮極の動力炉で稼働する、それは巨大人型の鋼だ。
 ああ、それは、つまり。それの意味するところとは。
 目が、ようやく慣れて。
 “世界を震わせる男”に、震えが走った。
「これがプロトタイプだというのか、悪の天才、悪山悪男……!」
 世界で四番目の狂博士は、思わず驚愕と高揚を露わにしていた。
「ああ、あくまで練習じゃ。巨大人型など久し振りだったからな」
 悪山悪男は大して面白くもなさそうに断じる。照れのためにいささか頬が持ち上がっていることに気づけるた
だひとりの人間は今この場にはいない。
「練習、練習か!」
 聞いて、ワールドシェイカーのテンションが跳ね上がった。
「チクシュルーブテクノロジのひとつも用いない純正地球製の機体でありながら、大ネクソン級に到達した、ハ
ハッ、この“化け物”すら練習かッ! 貴様にとっては!」
 笑う、笑う。
 並のネクソンタイプなど歯牙にも掛けぬであろう、その性能のためばかりではない。
 これならば他のどんな機体よりも“相応しい”といえる。
 ひとしきり哄笑を響かせてから、男はやがて。
「……趣向を凝らして必ず届けよう。この狂博士ヒズミ・ワールドシェイカー・ヨコシマ、いいや」
 いつもの傲然たる態度に返って老博士に宣言する。
「ワルサシンジケート大首領、ドン・ヨコシマの名に賭けて」
 勇者を待つにも飽いた魔王が、こうして動き始める――!





 第七話  恐慌! シロガネ四天王三たび現る!



 ※

 あらゆる叡智、あらゆる技術が吹き溜る国際都市、メカニッ京は大メカロポリス。
 その高空数キロメートルに浮遊する、巨大な“会議室”の存在を知らぬ者はおるまい。
 全金属製飛行船に分類される空中戦艦がそれの正体だ。
 金属板に覆われた紡錘形の船体。秘伝のガス。ハリネズミと比喩される迎撃システム。自己主張の激しい赤の
ファイアーパターンが目と心に痛い。
 ケンケンゴー号。朱に染まった空飛ぶモビー・ディックに付けられた、それが愛称だ。
 武闘派市民団体、E自警団。官憲や軍隊でも対抗できぬ巨悪を討つ、無頼無法の正義の味方。その保有する移
動要塞がひとつ。
 カーゴにはE自警団の頭脳、十大技師長(チーフ・テン)をはじめとする、はぐれ研究員どもが集う。ある者
はその身ひとつで空を渡り、ある者は無線ネットワークを通じて、またある者は弟子やマシーンを遣して。会議
を踊らせる。今日も、今日も。
 図々しくも有名な騎士の物語になぞらえた円卓は、席数の十三分の七までが埋まっていた。
 議長席の男、十大技師長が第一位、老獪なるギゼン・シャシェフスキ。鷲鼻を揉みながら厳かに口を開く。
「ワルサシンジケートからの刺客、真最強無敵ロボ・ネクソンクロガネか……」
「シロガネです」
 いきなり会議室に沈黙が訪れた。
 指摘した娘、ストリキニーネ・本郷に、周囲から冷たい視線と圧力が突き刺さる。
 中心人物であるギゼン議長に恥を掻かせたものと見なされたのだ。もともと縦社会や学閥争いを毛嫌いする者
の多いはぐれ研究員の集まりにしては、十大技師長には妙に小さな面子を重んじるところがあった。困った体質
である。
「……同じようなものだ」
「これだから近ごろの若い者は」
「失礼しました」
 内心の辟易をおくびにも出さず、ストリキニーネ・本郷は悄然と頭を垂れてみせた。歳は若く、もうしばらく
は十代である。頭に被った飾り気のないベールは、薬品の影響で青緑色に変色した髪を隠すためのものだった。
 彼女は十大技師長第九位、最後の良心・菊野くすりの名代として出席していた。敬愛する上司の立場を危うく
するわけにはいかない。
「さて」
 わざとらしい咳払いの後、ギゼン議長は苦い顔で円卓を見渡した。
「空気を読めない小娘に腰を折られたが、それでだ、そうそう、ネクソンシロガネについての傾向と対策だが」
 はぐれ研究員たちが一様に頷く。
 本日の議題はそれだ。
 ワルサシンジケートの生み出した最新型のネクソンタイプ、真最強無敵ロボ・ネクソンシロガネを如何にして
破壊するか。
 口火を切ったのは新進気鋭の第十位、若きアル・アブドゥルアジズ。熱砂に肌を焦がした剽悍な青年だった。
「まずはおさらい。敵は大ネクソン級、真最強無敵ロボ・ネクソンシロガネ。一体で中ネクソン級に匹敵する四
天王機、それが四体合体して最大攻撃力に特化した姿といえましょう。一対一の決闘形式になることの多いネク
ソンタイプ同士の戦闘において、ノーガードの殴り合いに競り勝つことがその設計思想と思われます」
『実際どうなの? ネクソンオリハルコンあたりをぶつけても勝てない?』
 黒眼鏡の東洋人が、モニタ越しに口笛を吹くような口調で言った。第八位、人を食った孫紅龍。不真面目な態
度に、ギゼン以下数名が眉を顰める。うちひとりの禿頭の中年が捻じ伏せに掛かる。
「滅多なことをいうものではない。オリハルコンは剣聖カッコマンブレードの卓抜した技量によって殿堂入りし
た機体ぞ。性能差など簡単に覆せるッ!」
『……性能では負けてんのね』
 孫紅龍は肩を竦めてから身を退いた。挑発の置き土産がいかにも“はぐれ”らしい。
「むかッ! ……まあ、いい。そういうわけで、今回のアカガネ及びクロガネの無様な敗北は、無能なパイロッ
トのせいであるということは、恐らく間違いないと推測されるッ!」
 第三位、怒れるパン・ギフンは、曖昧に断言するという器用な真似をしてみせた。
「一撃必殺ロボ・ネクソンアカガネは修理すれば復帰できるんでしょ。海老原カッコウーマンちゃんには、もう
一度チャンスをやってもいいんじゃない?」
 熊のぬいぐるみの腕を左右に引っ張りながら、第五位、つぶやくブランカ。歳甲斐もなくというべきか、リボ
ンとフリルに埋もれた三十代の女性は、未だに舌っ足らずの真似事を止めない。
 言葉を継いで、パン・ギフン。
「しかし田所カッコマンは、資格剥奪とするべきだ。退却すべきときに退却せず、猪武者のように無謀に戦闘を
続行。無様に敗北して貴重なネクソニウムをみすみす敵の手に渡してしまったのだからな!」
「カミカゼってやつか。この科学の時代に迷惑な」
「犯罪組織にネクソニウムの塊を差し出して無防備都市宣言したんだろう? ベース3は」
 第二位、嘲笑うジョージ・O・トナーが鼻を鳴らす。
「お待ちください。今回の議題はネクソンシロガネの攻略だったはず。ここで吊るし上げを行うというのは」
「寝言は寝て言え、アブドゥルアジズ。敗因の分析を疎かにして勝利はない」
 ギゼン議長は有無も言わせない。誰が見てもその矛先は的を外れていたが、アブドゥルアジズは指摘を断念し
た。今の空気では何をいっても無駄だ。
「責任者である龍聖寺院光ともども、E自警団より追放処分とすることを私からも提案したい」
「異議なし」
「異議なーし」
『まあ、当の龍聖寺院光も田所正男も生死不明なんだけどね』
 孫紅龍の言う通り、シロガネ四天王の強襲によってセイギベース3の施設は壊滅、内部までワルサシンジケー
トに荒らされている。関係者二人の行方や安否は杳として知れない。
 既に死んだという者もいる。逃亡ないし潜伏中であるという者もいる。ワルサシンジケートの手に堕ちたとい
う者もいる。
 いずれにせよ、十大技師長としてはさほど急を要する議題でもなかった。今のところは。
「二人の消息については次回に持ち越すとして、本題に戻ろう」
 特にまとめ役に徹するということもなく、ギゼン議長は続けて立案する。
「真最強無敵ロボ・ネクソンシロガネは、このまま野放しにするには危険すぎる。世界各地で調子づいた悪者ど
もへの対処に追われて、大ネクソン級が本拠地を動けない現状では」
 誰かが緊張に固唾を呑んだ。
「対ネクソンタイプ殲滅戦想定広域破壊兵器……“断罪X”を使わざる得ない」
 場の空気が凍りつく。全員、予期していた戦略ではあった。
 ネクソニウム爆弾、“断罪X”。
 炸裂すれば、超々高熱と激烈な爆風を半径数キロメートルに連鎖させ、範囲内の全てを灰燼に帰すという、最
悪の兵器である。それはネクソンタイプの耐久限界さえ上回る絶対の破壊をもたらす。
 後にはぺんぺん草も生えない。
「なるほど各個撃破も面倒ではある」
『街ごと焼き払って消毒ってことか。まあ、仕方ないかもねぇ』
「避難勧告をするというなら……」
「時間の無駄だよ。どうせ今のロボヶ丘市には、悪者さんくらいしか残ってないもん」
「ちょっと待ってください! それはあまりにも」
 ストリキニーネ・本郷が口を挟むが、誰も話を聞こうとしない。最後の良心・菊野くすりならあるいはと通信
端末に手を伸ばすが、さすがに会議室内では電波が届かない。時間だけが容赦なく過ぎていく。
「だいたい、ロボヶ丘は巨大ロボット犯罪率に限れば世界最高の地獄都市だということは明らか! アニメでも
あるまいに、毎週のように巨大ロボットが暴れる街なんぞ他にない!」
「それはひどい。すぐにでもビルを根こそぎ引っこ抜いて、ロボたちのために遊び場を用意するべきだね」
 悪の天才・悪山悪男、己の与り知らぬところでロボヶ丘に最大の危機を呼ぶ。
 ギゼン・シャシェフスキ議長が口角を釣り上げた。
 粘着質の視線で、順繰りに六人の出席者を見渡していく。
「では、本日の内容を確認しよう! 龍聖寺院光及び田所正男のE自警団追放! 真最強無敵ロボ・ネクソンシ
ロガネには“断罪X”を投下してそれを殲滅する! ……以上でよろしいか?」

「……よろしいわけないだろうこのスカポンタンども」

 どこからか。
 暴言が降って湧いた。
「そんなだから技術力でワルサに負けているのだよ」
 第八の出席者、それは、車椅子に座った人影だった。決議直前に会議室の扉を開き、苛烈な言葉を吐く。
 左眼を含む頭の半分に、痛々しくも包帯を巻いた女だ。肩に掛かった白衣の白さ。かつて長さを誇った黒髪は
今は刈られていたけれど、凛とした顔立ちをストリキニーネ・本郷は覚えていた。
 錚々たる十大技師長のメンバーを、第七位、叱咤する――
「安易な道を、選ぶでないッ!!」
 怖い物知らずのはぐれ研究員が、そこにいた。



 ※

 セイギベース3は、更地になっていた。
 田所正男は呆然と立ち尽くすしかない。
 初めはうっかり進むべき道を間違えたのだと思った。次に悪夢か幻覚だと思った。
 しかし、現実はいつまでも待ってはくれなかった。
 壊滅だ。
 クレーターのように抉れた地形。赤褐色の剥き出しの地肌。土埃を被った設備の残骸。地下にあった広大な空
間は、とうに埋め立てられてしまっているだろう。
 最強無敵ロボ・ネクソンクロガネでもここまで出来るかどうか。真最強無敵ロボ・ネクソンシロガネの制圧力
が窺える光景だった。
(これが、あらゆる面から正義の巨大ロボットを支えて来た、秘密基地の成れの果てだというのか)
 絶望感に、寂寥感に、田所正男は崩れ落ちた。
 はぐれ研究員・龍聖寺院光の安否が気に掛かる。このていどで彼女が死ぬとはどうしても思えないが、さりと
てあの状況から鼻歌混じりで難を逃れられるわけもない。
 それに。何より。
 彼女が生み、彼女が愛した、最強無敵ロボ・ネクソンクロガネは死んだのだ。
 真最強無敵ロボ・ネクソンシロガネの必殺技によって破壊された。完膚なきまでに。
 そこに希望的観測の入る余地などない。
「俺が、殺したも同然じゃないか……」
 世にある全てのモノに、心は宿るのではなかったか。
 そうだ、田所正男自身がそういった。
 ならば、モノが壊れたとき、その魂はどこへゆくのだろう?
「ちっ、くしょうッ!!」
 堪らなくなって、地面を殴りつけた。生々しい傷がひとつ増えただけで、何にもならない。そんなもので忘れ
られる物事などない。
 もし、どこかで撤退していれば。もし、もっと早くシロガネソニックを撃破できていれば。選択肢ばかりが脳
裏にちらついて、離れなかった。
 けれど激しい感情が湧いたのはその一瞬だけで、洗い流された後には空虚な無力感と毒にも薬にもならない自
己嫌悪だけが残された。最強無敵ロボ・ネクソンクロガネをみすみす死なせてしまったこと。誰ひとり守ること
ができなかったこと。そのくせここで何をする気にもなれず醜態を晒していること。
 罪の重さに、全てが馬鹿馬鹿しく思えてならない。
「はは……」
 それきり、体に力が入らなくなった。
 そこが田所正男の限界だった。心の弱みに、疲労と苦痛が津波のように押し寄せる。
 歪んだ筐体にもたれて、ぼんやりと空を仰ぐ。ひとを馬鹿にしたような惚けた青色。肘に当たる冷たい金属の
肌触り。音のない穏やかな世界。何もかもが気に入らない。
(どうでもいいか。もう)
 不貞腐れて眠ってしまおうかと思ったときだった。

「何をしている、田所カッコマン」

 そのとき。確かに。
 世界が震えた。
 ざわめき。どよめき。
 大陸にあっては地震のように、大気にあっては雷霆のように。時間と空間はひと度大きく歪み、圧力を散じて
揺り戻された。
「立て」
 仲間の死と己の罪に打ちのめされた戦士に呼び掛ける、来訪者は男。
 焦げた土くれを靴底でざくりと摩り潰して、うずくまる少年の背後に立っていた。悠然と、傲然と、あらゆる
制約を受けないかのように。
「立たんか」
 そうして、ああ、そんなことがあり得るのか。
 空が翳る。
 その恐るべき男は暗雲を引き連れてやって来た。恐らくはひとの身でありながら、呼吸するように神か悪魔の
わざをなす。ヒズミ・ワールドシェイカー・ヨコシマという名の男だ。少年は知るまいが。
「……」
「期待外れもいいところだな。とんだ“カッコツケマン”だったというわけだ」
 だんまりに失望したのか。
 直後、男の気配が濃度を増す。殺気などという生易しいものではない。存在のすべてを否定せんとする、それ
はもはや物理的な斥力とでもいうべきか。
 田所正男も振り返らずにはいられなかった。男の足下から跳び退き、敵愾心に身構えざるえなかった。熱を喪
ったはずの心の臓までが、火の気を生じて燻ぶる。冬の息吹を受けて逆に燃え盛る、木炭の赤のように。
 男の全身から迸る“悪”の属性が、田所正男にそうさせたのだ!
(悪、悪か。ああ。ただのひとりでありながら、この男は巨悪を感じさせるッ!)
「……そうだ。正義の味方であるならば、決して許容してはならない。この私を」
 唇だけを歪めて、男が笑う。
 それは容貌魁偉なる人物だった。既に壮年の域に達しようかという男だ。蒼白い貌の色。背の高さよりも肩幅
の広さの目立つ、鍛え上げられた躰。立ち昇るような威圧感を発する。
 十字架を下げず、聖書を抱えることもなく、飾り気のない黒色の牧師服だけを纏う。聖職者、いいや、その、
そっくり逆位相に在るはずだ。
 鈍色のスーツケースは、あまり似合ってはいない!
 魔窟の闇を嵌めこんだのに違いないその眸には、ひとびとの心凍てつかせる凄み。
「俺を試したのか。あなたは、いったい……」

「こンの、クソたわけがッッ!!!」

 言い止まぬうちに、田所正男が吹き飛んだ。頬に熱、視界に電流火花。殴られたのだと理解する。
 男は薄い笑みから一転、憤怒の相となっていた。
 そのまま大喝する。
「私が何者かを問うより先に、まず自らの姿を省みることだな!! 貴様の今すべきことは、何だッ!?」
「ぬう。……その通りだッ!!」
 田所正男が立ち上がる。その魂に火がつく、若さがスパークする。握り締めた拳に、かつての力が甦る。
 それは、どこまでも単純であり、然るに最強たり得る精神だった。
「どうかしていた!! 俺は田所カッコマン!! 愛の戦士!! 正義のカッコよさを知らしめる事こそ、正
義の味方三大義務のひとつッ!!」
「今の貴様はどうだ!?」
「とてつもなく、カッコ悪いッ!!」
「ならば、どうすればカッコいいのだ!?」
「全てを賭して、ロボヶ丘のひとびとに手を差し伸べるのみッ!!」
「上出来だッ!!」
 荒野に叫ぶ二人の男。魂をぶつけ合うように。
「いいか田所カッコマンよ! 最強無敵ロボ・ネクソンクロガネは確かに死んだ! ネクソニウムはすべて悪の
新兵器に注ぎ込まれた! 既に欠片ひとつ残ってはいないッ!」
「おうッ!!」
「だが、それがどうした! 最強無敵ロボ・ネクソンクロガネは絆を残した、夢を、概念を、未来へとつながる
今を刻んだ! “キカイ”とはそういうものだ。どうしようもなく脆弱にして、およそ不滅なるものだ!」
 それは、田所カッコマンの目尻に涙を呼ぶ!
 情けないだろうか? いいや!
 恥ずべきだろうか? いいや!
『泣き喚いてもよいッ! 真摯な感情のかたちとしてならば、男にもそれは許されるッ!』
 ボクらのはぐれ研究員・龍聖寺院光が、かつて、そう教えてくれた!
 ああ……。
 最強無敵ロボ・ネクソンクロガネは、もう、いない。
 田所正男を、龍聖寺院光を、ロボヶ丘を守って死んだ。
 たくさんの、たいせつなものを遺して逝った。

「さらばだ……ッ!! 最強無敵ロボ・ネクソンクロガネ……ッ!!」

 田所正男は、黒き鋼に別れを告げる。
 空っぽの大地を渡る爽やかな風に乗って、どこからか勇気を呼び覚ます歌が聞こえたような気がした。
 そうして。
 うずくまるのは、もう止めだ。
 立ち上がるべき時はとうに来ている。大遅刻だ。
「それでいい! 鋼の力を取り戻せ、愛の戦士・田所カッコマン! お前は今ッ、ようやく試練の門の前に立っ
たのだ! であるならば、この狂博士ヒズミ・ワールドシェイカー・ヨコシマの名において」
 田所カッコマンは、ロボヶ丘を救い出すために、傷ついた躰でそれに挑むことになる。
「ここに“ボルカッコマン試験”を開始するッ!!」
 それとは、最強のカッコマン。
 すなわち田所正男は、“ボルカッコマン”の領域に挑むのであるッ!!


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