創作発表板 ロボット物SS総合スレ まとめ@wiki

蠢くものども

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匿名ユーザー

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 ギリシャ神話の最高神三兄弟は、それぞれ天界・冥界・海洋を治めているそうだ。
現実に存在している海洋が、観念上の存在である天界・冥界と同列に並んでいるのはおかしいと思ってきたが、
ここにいると、なるほど、古代ギリシア人の慧眼ぶりに感心せずにはいられない。
 周囲に隙間なく、いや、隙間など押し潰して満ちている、暗く、重く、冷たい、死の媒質を、
高度な素材技術と構造設計で何とか押し退け、どうにか存在場所を確保しているここにいると、
確かに海洋は少なくとも冥界に近い場所なのだと、全身の皮膚から骨の髄まで浸み透るように感じさせられずにはいられない。

 アレンは「ヤドカリ」に乗って例によって例の如く警戒任務に就いていた。
 いつの間にやら皆がそう呼んでいたため、最初に誰がつけたのか知らないが、
この深海用アトモスに対して「ヤドカリ」とは、実にいい仇名だ。
円筒形に近いバラスト、作業用アーム、接触圧式操行装置「つっかい棒」、それに目玉のようなライトを備えた姿は、
まったくもって機械仕掛けのヤドカリの親玉そのものだ。
 まあ、せっかくついている強力なライトだが、少なくとも今のところはこの海中プラント以外は何も照らし出していない。
パッシブソナーも何も捉えていない。
そんなことしなくたって十二分にわかってるっていうのに、
わざわざ高度な技術をふんだんに使った文明の利器(無駄に凝ったオモチャともいう)を使って
「お前は孤独だ」なんてわからせてくれるとは、「ヤドカリ」をつくった連中は実に懇切丁寧な奴らだ。
暇で仕方ないんだろう。
 アレンはまた移動する。
面白いもので、最初にこの任務についた頃は、大量の爆弾を積み込んで歩きまわるのになんて
慣れることはないだろうと思っていたが、今ではまるで気にならない。
何言ったってどうしようもないと思ってるからか?
すると存外、この出来の悪い冗談みたいな任務にも慣れてしまう日が来るのかも知れない。

 軍事というファクターから見ると、衛星プラントやこの海中プラントみたいな、
建造が困難でかつ価値の高い施設を相手から奪い取る場合、単にその存在場所を制圧するだけでは駄目である。
何故ならば、相手が敵の手に渡るくらいならと自ら破壊してしまうことを考慮しなくてはならないからで、
それならどうするのかというと、つまりはそんな時間を与えずにとっとと施設の各位置から相手を駆逐しなければならない。
これが陸上にある施設であるならば、装甲パワードスーツに身を固めた歩兵の出番なのだが、
宇宙空間やら海中やらにある施設の場合はそうはいかない。
人間がそう簡単に行ける場所ではないからだ。
そしてこの、制圧目標の施設が人間がそう簡単に行けない場所にあるというところがポイントで、
じゃそもそも、人間が行けない場所でどうやってそんな施設をつくったのかというと、ロボットを使ったわけである。
つまり言い換えれば、そういう施設にはその手の施設をつくるのに使うロボットなら入り込むことが出来る。
なら、装甲パワードスーツではなくて、そういうロボットを戦闘用に仕立て直したものに人間を詰めて送り込めばいい。
そして反対にそんな施設を持ってる側から見れば、とっとと駆逐されてしまってはかなわないから、
防御戦闘やら、やっぱりもう守り切れないとなったら早いとこ各部を破壊するやらのために、
自分達もそういったロボットを配備しよう、と、そういうことになる。
 それが「極限環境中施設制圧用ロボット」、アトモスが生まれた理由だ。
そしてアレンが爆弾を積み込んだ「ヤドカリ」で警戒に歩き回っているのもそういったわけである。
 実に素晴らしい発想だ、もし思いついた奴に出会ったら、その発想に免じて、
殴るのは顔の形が変わったところでやめてやろう。

 アレンは移動を続ける。
 それにしても、重要な(それこそものと見方によっては人類規模で重要な)施設を
他人のものになるくらいなら破壊してしまえというところには、
てめえが安穏に暮すことより他人が幸せになるのを邪魔する方が大事だという、
人類がずっと持っているジコギセエセエシンがここでも遺憾なく発揮されていて、実に頭が下がる。
ありがたやありがたや。なんまんだぶなんまんだぶ。
 しかし、そんなコーショーなセーシンの持ち主であるならば、てめえ達で破壊作業までやってくれりゃいいものを、
こんな卑小にしてチャランポランな人間を捕まえてお前がやれとは、そりゃ怠惰が過ぎるというものではないだろうか。
まあ怠惰だって強欲と妬みと同じく七つの大罪の一つなので、怠惰だけ発揮しないというのは不平等だと思ってるんだろう。
実に博愛精神に満ちた連中だ。俺とあんたらの給料の不平等も是正してくれ。
 それにしてもだ、自分以外の誰かのものになるとなったらぶっ壊しちまう気のくせに、海中プラントは随分と大事にされている。
例えば、今アレンの乗った「ヤドカリ」は移動しているわけだが、
これが何というか、ふわーっ、ふわーっという感じで進んでいくのである。
「ヤドカリ」はスクリューを装備していて、推進力は基本的にそれで得るわけであるが、
スクリューと舵という組み合わせだと、海中プラントのような極めて入り組んだ場所では、
小回りが追い付かずにあっちこっちにぶつかってしまう。
そのため、まあおおざっぱにいえば緩衝装置を仕込んだ動かせる棒である接触圧式操行装置、通称「つっかい棒」を使って、
本体が衝突しないように動くわけである。
例えて言うなら、水中に沈められたジャングルジムの中に、ものをつかめないほど分厚い手袋をはめた人間がいたら、
こんなふうに移動するのだろう、という感じで移動するのだ。
 だがしかし、この「つっかい棒」に仕込まれた緩衝装置と、接触部の保護材が、
施設に損傷を与えないよう、やたら柔らかいせいで、どうしてもふわーっ、ふわーっという動作になり、機敏な動きが出来ない。
幸いにして、アレンは実際にそうなったことは無いのだが、敵と遭遇したら、これじゃまずいんじゃなかろうか。
まあもっとも、敵と出くわしたとしても、相手もそう威力のある武装は装備していない。
いろいろ理屈は付けられているが、結局のところはやはりそれも、海中プラントに損傷を与えたくないからである。
どうやら自分達には一思いに殺してもらう権利も無いらしい。
 と愚痴ったところで、アレンはその自分の愚痴がそんなに大した意味が無いことに気が付いた。
こんな冥獄の底みたいなところに追い遣られている時点で、
どの道、海の上にいる連中が迎えをよこしてくれなけりゃ同じことなのだ。
 そのことに思い至ったとき、アレンの頭に、いつか読んだ日本の短編小説が浮かんできた。
地獄で苦しむ主人公が、天国から垂らされた蜘蛛の糸を伝って天国に行こうとする、という話だ。
 俺達も似たようなもんだ。
ただ、蜘蛛の糸を垂らすか否かの決定権を持ってる奴が慈悲深さとは縁遠い、というところが違ってる。
すると糸を垂らすという決断を蜘蛛自身にしてもらうしかない、ということか?
頼むぜ蜘蛛、ほら、俺はヤドカリに乗ってる。同じ節足動物だろう?
 はは、いいな、がんばれ節足動物。脊椎動物なんぞ駆逐しちまえ。

 そしてアレンは、そんなどうしようもない笑いを浮かべて、冥府の底を這いずり回り続ける。

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