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capter5 「その日は雨が降っていた」 前編

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今でもその日の事は昨日の事のように思い出せる。
酷い豪雨の日だった。その記録的な降水は周囲を走る車の音すらかき消して、その一帯を雨の音で埋め尽くす程だった。
外に出た人が傘もなしでは目を開いて歩くことすら適わないと言う。
そんな日にとある病院の中で雨に負けない程大きな声を産声をあげたものがいた。
分娩台の上で母親は、泣きじゃくる赤子を抱える。
生まれたばかりの子供は弱い力で母に触れ、己の存在を示すかのように泣き叫んだ。
それは生まれてきた事に対する歓喜の叫びとも生きることへの恐怖への嘆きとも取れる声だった。
母は赤子を落とさないように包むようにして抱える。
少しでも力を緩めたら落としてしまいそうに思えたからだ。

「大丈夫、大丈夫だよ」

痛みを与えず、安心出来るように自らの子の生を祝福する。
赤子は落ち着き、泣くのをやめる。
その姿を見て私は思ったなんと赤子とは弱いものだろうか…。
ほんの小さな悪意、それからも身を守る手段を持たない。誰かが守ってあげなければ、すぐにでも生まれたばかりの命は尽きてしまうのだ。
少し落ち着きを取り戻し眠りに付く自分の子を見て母は愛おしく思った。


これが罪の始まり…。
愛する事が子のためだと信じた贖いきれない罪の始まり。




私達はあの目の存在を知らないから生きていられる。
あの目の存在を知ってしまったらきっと私達は生きている事ができなくなる。
何故、私はあの目を見てしまったのだろう。何故、私は目を調べようとしてしまったのだろう。
目だ、目がこちらを見ている。目が…目が…。
                                     史竹幸三郎『遺書』最後の1文。



CR 5章 『その日は雨が降っていた』 


-1- 第三の騎士

「S-22メインシステムスタンバイモードからアクティブモードに移行。再度システムチェック。」

秋常譲二はS-22ドライリッター胴部にある人が一人やっと入れるほどの狭い操縦ブロックの中でそうメインシステムに向けて音声入力を行う。
譲二のつけるゴーグルに走る文字列はS-22の各部に問題がない事を報告する。
それを確認した後、一息を吐いた後スピーカーから男の声が出力される。

「こちらCMBU司令部からドライリッターへ、聞こえているか?秋常譲二?」
「こちらドライリッター、聞こえている。機体のチェックも終了、問題はない、もうじきシステムも完全に再起動する筈だ。」
「そうかそれは僥倖だ、さて、作戦を始める前にセレーネ女史から君に直接激励の言伝をしたいと承っているのだが受けてくれるのかね?」
「セレーネが?」

譲二は顔をしかめた。
そして、少し考えた後諦めたように言う。

「作戦前だ。手短に頼むと伝えてくれ。」
「了解した、今つなぐ。」

電子的な雑音が発生し、その後、スピーカーから先ほどとは違う女性の声が盛れる。

「あーあー、聞こえてる?聞こえてるかな?譲二?」
「ああ、聞こえてるよ、セレーネ、今作戦前だが何のようだ?」

ぶっきら棒に答える譲二にセレーネ・リア・ファルシルは少し関しそうな声色で、

「何のようだ?ってそれはないんじゃないかね、仮にも君のフィアンセである事の私に向かって…。」

むくれたようにして言うセレーネに譲二はため息を吐く。

「別にあんたとそういう約束をした覚えはない。そういう話をしたいなら、帰ってからで充分だろう?」
「そうすると君はすぐ逃げるじゃないか、今が千載一遇のチャンスなのだよ。」
「――――セレーネ。」

頭に手を当てて咎めるようにして言う譲二。
それに対して笑うセレーネ。

「すまなかった、少し弄ってみたくなったんだ。それでは本題に入ろうか…。」
「作戦開始10分前だ、手短に頼む。」
「秋常譲二、君はこの1戦にどれほどの意味があるのか正しく理解しているかね?」

そう問いかけるセレーネに譲二は黙り込んだ。

「沈黙もまた答えだ。そう、この作戦の失敗は許されない。何故ならば、この1戦がこれから人類が奴らUHと戦えるかどうかの試金石となる戦いだからだ。我々は奴らに勝つ為に採算を度外視して今君の乗っているS-22ドライリッターを作り上げた。その機体にはありとあらゆる最新鋭の技術がつぎ込まれており、それがもしあの鋼獣に対処できないのであれば、もはや我々は両手をあげて奴らに投降すること他ない。もはや我々にはあのイレギュラーな黒い機体すらないのだ。」
「――――っ。」

黒い機体その言葉に譲二は苦いものが口に広がるのを感じた。
脳裏をかすめるのは漆黒の巨体に正体不明の紅の光を纏う悪魔のような鋼機だった。
それはそれまで鋼獣に対抗できる唯一であり、そして譲二からしてみれば羨望の対象だった。

「ただ勝つためだけでは駄目だ、これならば人類は奴らに対抗出来るそう思わせる説得力のある勝ち方を選ばなけばならない。いいか?今君の両肩に乗っているものは重い。」
「―――――ああ、わかってる。」

強く噛みしめるようにして頷く。
レバーを握る手に力が入る。
それに呼応するようにしてS-22ドライリッターの起動が完了する。

「だから、圧勝したまえ、君とドライリッターならば出来る筈だ。時間だ行け、英雄よ!」

譲二のゴーグルに文字列が表示される。
それにはこう書かれていた。

Anlock S-22 Takeoff.

大きな金属音が鳴り、機体は宙に放り出された。
ゴーグルがS-22のアイカメラから捕らえた映像を映す。
そこに瞳で全貌を捉えれるほど小さくなった木々や、山々、建築物などが見える。
風切音が鳴り、視界に移る風景は徐々に拡大されていく。そうS-22ドライリッターは高度1万m上空から機体ごと放り出されたのである。
譲二は落下位置の微調整をするために機体の重心を操作する。
今回の作戦では敵鋼獣が3機いるド真ん中に降下し一機で強襲をかける事になっていた。
緊張か、譲二はレバーを何度も握り直すようにしていじっていた。
一瞬の判断が全てを決めるその場へとまた足を踏み入れる。
そのことに少しの恐怖と少しの感慨が譲二にはあった。
高度が下がり、風景が狭く鮮明になる。
落下予定地点の高原では大きな火花と煙がのぼっているのを確認出来た。
敵鋼獣は犬型が3機、CMBUが率いる鋼機部隊と交戦しているのだ。
手に持ったアサルトライフルを鋼獣に向けて打つ鋼機達。
だが、その攻撃の全ては鋼獣の装甲ナノイーターで無力化され、無残にも1機、また1機とその凶牙に貫かれて破壊されていく。
その光景を目の当たりにして譲二から感じていた恐怖がなくなり別の感情が浮かび上がる。
燃え上がるような熱、全てを焼きつくす炎、人の最も強き原動力、怒りだった。
S-22ドライリッターはパラシュートを傘下させて交戦区域へと乱入する為に減速する。
そしてその真白色の機体は降下予定地に降下する。
譲二はレバー上部のアタッチメントを開きその中にあるスイッチを押した。
機体内でアラームが鳴り響く。

――――ディールダイン炉加圧開始――全オーバーラインの接続――全駆動系供給150%――制限時間を15秒に設定
――――『Polar Acceleration Mechanism』起動

S-22ドライリッターの額に3つ目の瞳を開き、肩部と胸部が展開する。
3体の内1体が鋼獣は急に戦場に現れた白い鋼機に気付き、すぐにその牙をもって征そうと走る。
1体がその鋭利な牙でドライリッターの鋼の体を貫こうと飛びかかる。
ドライリッターは腰にあった電装刀を抜き、それに立ち向かった。
交錯する2機、お互いが背中越しに静止する。
どちらにもダメージらしいダメージは見られずお互いの攻撃は当たらなかったかのように見えた。
鋼獣は振り返り、ドライリッターに再び攻撃をしかけようとする。
その時、鋼獣に異常が起こった。
鋼獣の視界が90度ひっくり返り、その鋼の巨体が思うように動かなくなる。
鋼獣は何が起こったのか理解できず困惑する。
それもその筈である。鋼獣の体は横一文字に切断され、上半分が大地に突き刺さるようにして落ちていたのだから…。
譲二はすぐさま残る2機の鋼獣の位置を確認する。
1機は自分に気づき迫り、1機は戦闘中であった味方の鋼機に襲いかかろうとしている。
襲われている鋼機は既に右腕と左脚を欠損しており、とても戦える状況ではない。
しかし、それを助けにいこうとすれば敵に背後を取られる事になりこちらの不利は否めない。
自身の生存を優先するならば、今迫る敵を排除した後、襲われている仲間を助けにいくとするのが正しい判断だろう。
もっとも、仲間を助けられる確率は格段に下がるのは自明の理だった。
それを認識し、

「――――決まってる!」

そう自分を鼓舞するように叫び、譲二は行動を即決する。

PAMの残り時間10秒。

ドライリッターは迫り来る敵に背を向け走り、アサルトライフルの銃口を向ける。
友軍機に牙を突き立てようとする鋼獣の顔面に弾丸の嵐が叩きつけられる。
物理攻撃を食らう特殊装甲ナノイーターがあるがゆえに鋼獣には銃弾による攻撃の効果は薄い。
だが、ドライリッターの左手に持つアサルトライフルは通常の鋼機用のものより口径が大きく、かつ対ナノイーター用の特殊弾である。
それは鋼獣に致命的な打撃を与えるほどのものではないが、その衝撃は確実に襲い姿勢を崩させた。
その間にドライリッターは接敵、即座に右手に持つ電装刀で一閃、真っ二つに叩き斬った。

PAMの残り時間4秒。

だが、それと同時に背後から飛びかかる最後の一匹。
救援に回ったがために、先手を奪われる。鋼獣の牙が迫る。
もはや振り向く時間すらない。ならばこそ、譲二は針の穴に糸を通すような集中力で、肘を後方に打ち付けた。
肘が鋼獣の顎と衝突し、その衝撃で鋼獣は吹き飛ばされた。

PAM残り時間2秒。

既に一息ほどの時間しか残っていない中でドライリッターは身を翻し疾風の如く駆ける。
鋼獣は倒れた体を起き上がらせながら敵を見る。
しかし、立ち上がった時既に眼前にギロチンを振り下ろす処刑人のようにドライリッターが電装刀を上段に構え立っていた。
そしてギロチンの刃が振り下ろされる。
鋼獣はその頭部から縦に真っ二つに切断された。
戦闘終了。
それと同時にPAMの時間が切れ、ドライリッターの全身の冷却装置が起動し上記が各部から吹き出す。
譲二はまだ隠れている敵がいないか索敵を行った後、自分の近くで倒れている鋼機に通信をつなぐ。

「―――生きているか?」
「あ、あぁ…。」

そう声が帰ってくる事を聞いて一息吐いた。

「あ、あんたは一体、それにその機体は鋼機なのか?」
「ああ、自分は、CMBU特務部隊所属の者だ。この機体はS-22ドライリッター。」
「S-22!じゃあ、噂の対鋼獣戦用の鋼機がついに完成したのか!」

驚きと少しの喜びを孕んだ声で半壊した鋼機の操縦者が言う。
鋼機は鋼獣に単騎で勝つことは出来ない。それは今、鋼獣と戦う兵士達にとっては絶対の常識であり、絶望であった。
その絶望を単騎で複数の鋼獣を破壊する事で覆した者がいる。その事実を飲み込み、つい声に喜びと期待の色が出ているかのようだった。

「ああ、そうだな。」

その歓喜の思いを消させないように譲二は笑顔を作って返事をする。
事実この成果は脅威の成果といえる。未発表ながら鋼獣を鋼機が倒すという偉業は既にイーグル鋼機部隊の隊長を務めるシャーリー・時峰の手によってなされているが、それは機体がボロボロになる状況で九死に一生を得ての勝利だった。
だが、今回は違う。単騎で完膚なきまでに敵を圧倒したのだ。
この事実は絶望にくれていた人々の心に大きな希望を宿すだろう。だが、それを成し、本来誇るべきである筈の秋常譲二の表情は晴れない。
頭に思い浮かぶのは一つの戦景だった。
あの最強とも思えた不可思議な鋼機リベジオンを圧倒した白い機体。
UHの首領格とも目されるその機体が起こした超常の数々は衛星映像で譲二も確認した。
その後で、何度も譲二はドライリッターであの機体で挑むシミュレーションを行った。
結果、得られたのは0%という可能性のない数字だけ…。

「ちくしょうっ…。」

誰にも聞こえないほど小さな声で譲二は感情を吐き出す。
結局、例え今人類が鋼獣に対抗する力を得たとしてもあれ1機でその微かな勝機の全てが覆されてしまう。
歓喜に盛り上がり兵たちが凱歌をあげる戦場の中で譲二は一人だけ己の無力さを呪った。



―2― 混迷の世界



世界政府鋼獣対策本部会議室。
統制庁3階にある会議室の中で円卓を囲むようにして座る人間が5名。
イーグル総司令、秋常貞夫。
その副官である琴峰雫。
イーグル鋼機部隊隊長を務めるシャーリー時峰。
第六機関の長にしてCMBU顧問を務めるセレーネ・リア・ファルシル。
その秘書であるネミリア・バルサス。
イーグルの中心を締める3人を機関長特権を使ってセレーネ・リア・ファルシルが呼び出したのである。

「まずは希望はつながったと見るべきなのかね。」

円卓中央にあるディスプレイには人類の反撃の狼煙ともいえる戦果の光景が映し出されている。
それを見て眉を潜めて言うのは『イーグル』司令である秋常貞夫だった。
彼の率いる『イーグル』は鋼獣と先頭に戦った最大の組織であり、鋼機で数機の鋼獣を破壊した実績がある組織だ。

「不本意そうですね。司令。ご子息のご活躍というのはやはり複雑なのでしょうか?」

その様子を眺めて貞夫の副官である琴峰雫は言う。
貞夫は何か言いたそうに顔を上げるが顎に手を当てて、押し黙った。

「あら、あなた達親子って仲がこじれてるの?」

来賓の一人である第六機関の長でありCMBUの責任者であるセレーネ・リア・ファルシルはくすりと笑う。
未来予知じみた先見の明で第六機関統括区域の全てを立て直した『鉄の処女』が興味深そうに貞夫を見つめる。

「なに、ただの一家庭の事情ですよ、この会議には関係がない。」

貞夫はそう極めて静かにそういった。
その事については語りたくないというニュアンス、それを受け取ってセレーネは頷いた。

「ま、大した問題ではないですか。それに今私達が抱えている問題の方がずっと大きな問題だ。そしてイーグルの方々を今回お招きしたのはその問題について語り合いたいと思ったからですし。」
「抱えている問題?」

シャーリー・時峰は首をかしげる。
彼女は非公開ながらS-21のカスタム機で鋼機を2機破壊するという偉業を成し遂げた兵士である。
現在世界最強の鋼機乗りとしてかの『味方殺し』グレイブ・スクワーマーと双璧をなす者として見られるようになっている。

「ええ、そうです。我々は確かに鋼獣に対する力を得ました。S-22ドライリッターの量産体制が整えば今いる鋼獣との戦闘の勝率は格段に跳ね上がります。」
「S-22か…PAMだったか?ディールダイン炉を大きく加圧する事によってディールダインのエネルギー増幅の効率を上昇させ、それによって生まれたエネルギーを機体全体に循環させスペックを通常の1.5倍ほどに引き上げるシステム。」
「流石、シャーリー・時峰。よくご存知で…。」
「なに、私もCMBU製の鋼機に乗っているんだ。噂ぐらいは聞くさ。確かにあれを使っている時の機体の動きは異常だなまるで鋼獣のようだったよ。だが、あのシステム恐らくは問題がある。」

そう考察するようにディスプレイの中で回収されるドライリッターを見ながらシャーリーは言う。
ドライリッターの各部から蒸気のようなものが吹き出していた。

「ええ、確かにPolar Acceleraion Mechanismには問題があります。エネルギー増幅作用がある物質ディールダインに圧力を加えるとエネルギー増幅効率が跳ね上がる事は4年ほど前から判明していました。」
「では何故実用にこれほどの時間を?」

尋ねる雫。4年ほど前に完成していたのならば、S-21アインツヴァインが開発されていた時点で導入する事が出来たのではないか?
そういった疑問が雫の脳裏に走る。

「ええ、問題はこのディールダインは圧がかかるとエネルギーを増幅しすぎるという点が問題だったんです。」
「しすぎる?」
「ええ、おおよそ70倍ほどになります。」
「70!?」

予想以上の数字に声を上げる貞夫。

「ネミリア彼らに資料を配ってくれ…。」

ネミリアと呼ばれたセレーネの秘書官にあたる女性が円卓から立ち上がり、周りの人間に資料を配る。
面々は資料に目を通しはじめた。

「今、お渡ししたのはS-22のスペックの要点をまとめたものだ。なにか質問はありますでしょうか?」

そう尋ねられ、シャーリーは考えこむようにしている。

「ふむ、このオーバーラインと呼ばれる物に加圧時だけディールダイン炉と直結させてエネルギーを循環させると…。しかし、これは…。」
「ああ、稼働し続ければ機体が持たん。」
「機体がもたないというのはどういう意味かね?」
「文字通りの意味だ、秋常司令。臨界点を超えるエネルギーを出し続ければ機体はすぐに爆発する。」
「だが、さっきの戦闘では――――」
「ああ、そうだ。さっきの戦闘では機体が爆発しなかった、それが肝なんだ。S-22はPAMを使うために開発された鋼機でな、基本的なカタログスペックはS-21と比較して頂いてもそれほど大きな差はない。だが、我々が開発したオーバーラインと呼ばれる特殊なラインを通し機体の全身に巡らせる事で臨界点に突入するまでの時間を遅らせる事が出来る。そして臨界点に突入するまでの間、鋼機は鋼獣に匹敵するスペックを有する事になる。それがPAMの概要だよ。」
「時間はどの程度?」

尋ねたのはシャーリーだった。
鋼機を扱う者として興味深くあったのだろう。

「おおよそ15秒。それ以上は危険だと実験結果が出ているのでな、緊急停止プログラムが作動するようになっている。その後に機体に緊急冷却をかけている為、オーバーラインの冷却終了までおおよそ5分その間PAMは使えない。また、オーバーラインへの負担も大きくてな、2回使用すればオーバーライン自体を交換しなければならない。」
「ふむ。」

頷き思案にふけるシャーリー。
リスクは高い、欠点も多い、だがこの機体は鋼獣に対抗するにたる戦力になるのも確かだ。
この機体があれば鋼獣を倒す事は出来るのかもしれない。
だが、ここで誰もの脳裏をよぎる一つの事実があり、その場の全員が沈痛な面持ちでいた。

「S-22の完成によって鋼獣に対抗する手段は得た、だがしかし、あの白い鋼機に勝つことは出来るのだろうか?きっと皆さんはそう考えていらっしゃるのでしょう?」

セレーネは笑っていう。

「ええ、そうですね、あれは我々にとって絶望的な光景でした。まさに――――」
「――――さっさと本題に入らないか?セレーネ・リア・ファルシル。」

セレーネの言葉を遮ったのは貞夫だった。

「本題?」
「ああ、そうだ『鉄の処女』よ、裏のメンバーの一人であるお前がこの状況を想定していなかったわけがないだろう?」

そう告げる。
『裏』、この世界を裏から動かす5人の黒幕。セレーネをその内の一人だと貞夫は言ったのだ。
セレーネは唇に一刺し指を当てて笑う。

「あら、何のことでしょう?」

その言葉に琴峰雫は呆れたように肩をすくめた。

「そもそもその猿芝居を続ける必要があるかすら疑問なのですが、我々が掴んでいる『裏』のメンバー5名の通称は『現実主義者』、『皮肉屋』、『貴婦人』、『道化師』、そして『鉄の処女』。あのですね…もうちょっと正体を隠す努力をした方がいいと思いますよ、あなた。」

その突っ込みに会議室に静寂が訪れる。
そして少しの時間がたった後、くつくつとしたセレーネの声小さく漏れ始める。

「ふふ、あはは、あはははは、よくわかったわね!この私が『裏』の一員だなんて!」

そう先ほどまでの冷静かつ厳格な物言いはなりを潜め、やたらとテンションの高い声でセレーネが言う。
その光景に貞夫とシャーリーは引きつった顔で見つめた。

「いえ、だからあなた隠す気あんまりなかったでしょ…。」
「だって、隠す必要ないんだもの、裏の名簿なんて裏の人間の誰かが横流ししない限り漏れないものだったし…。ま、正体バレてる前提で呼び出したんだけどね。」

快活に答えるセレーネ。

「キャラが違うぞ、こいつ…。」

貞夫はセレーネに聞こえないように雫に耳打ちする。

「あー、一応、私には人を率いてる立場があるからね、あれ、肩凝るのよ結構。ふふ、私が役者としてデビューすればすぐに実力派役者として大成する自信があるわ…流石私、やっぱり私凄い、とっても凄い。」
「うざ…。」

雫は率直な感想を漏らした。

「あー酷いうざいだなんて、そんなの自覚してるけど!でもうざいだなんて酷い!いいもん、私には譲二くんがいるもん!それだけで満足だもん!アイラブ譲二。」
「何を言っている…。」
「え、譲二くんラブという事だけですよ、その為に色々下準備をね…。」
「――――貴様ら、あいつを利用して何をするつもりだ!!」

激昂する貞夫。その眼からは殺意が放たれ、胸から銃を取り出してその銃口をセレーネに向けた。

「司令!」

慌てて静止の言葉をかける雫とシャーリー。
しかし、それに構わず引き金に指をかける貞夫。

「言え!そもそもおかしいと思っていたんだ。あいつのトラウマを考えれば、S-22の操縦者として選ばれる筈などないと…だが、何故かあいつが選ばれた。兵士として欠陥のあるあいつが…その理由はなんだ?『鉄の処女』?」
「あら、冷めてるって聞いてたけど、お父さんの方はなんだかんだで息子の事を心配してるのね。ちょっと良かったなーなんだかんだで親子の不仲って悲しいじゃない?私には両親がいなかったけど、だからこそ、そういう家族愛っていうのに憧れちゃうのよね。」
「答えろ!!」

自分の命が握られているという事実に構わず変わらず笑顔を浮かべるセレーネ。
通常、銃口を向けられた人間というのは何らかの緊張が表情に出るものである。
だが、セレーネにはそれがない。
まるで自分がそれでは死なないとでも思っているかのように…。

「先に1つだけ誤解を解いておきたいんだけど、私達『裏』は別に全員で何かを成そうとしているわけじゃないの。」
「どういう意味だ…。」
「つまりは『裏』っていうのはそれぞれ別の目的の持った烏合の衆だという事よ。それが偶然、目的に到達するまでの道中が途中まで一緒だったから、一緒に協力しあっていたというだけ…。でも、この間のメタトロニウス・アークの覚醒で、ついに私達の道は別れてしまった。実質的な話を言えばもうあなた達の言う『裏』という組織は解体されたも同然ということよ。」
「譲二を巻き込んだのは、そのうちの一人の思惑だと言いたいのか?」
「そ、ま、私なんだけどね。私が見たいのは英雄の誕生。昔からね、私は英雄って存在に憧れていたの…窮地に陥った人々の前に颯爽と現れて悪を挫いていく存在。そんなものが見てみたかった。けれど実際そういう人間を探してみると案外いないものなのよ。ある意味、時峰九条はそうとも言える人間なのかもしれないけど、まーあいつは見ての通りしわくちゃのババアだしねぇ?やっぱりちょっとは顔にもコダワリたかったのよ。」
「それで譲二を選んだということか!」
「そうね、彼は壊れているわ。傷ついていく人が、見ず知らずの者であろうと誰かが死んでしまう事が許せない。例えそれが間違っていると知っていても誰かを助けるために行動をしてしまう。兵士としては欠陥品もいいところね。けどだからこそ彼は英雄の資格がある。」
「英雄?この状況で確かに鋼獣を倒せばあいつは英雄ともてはやされるかもしれん…だがあの白い機体を倒せなければ、結局それも意味がないだろう。」
「そう、そうなのよ。結局の問題はね…。私も黒峰咲があそこまでやるなんて想定外だった。『ダグザの大釜』はね、至宝の中でも最も扱いが難しい至宝なの…なんでも作ることが出来るという事はそれだけ人の脳与える負荷も大きいのよ。あー至宝って言ってもわからないんだっけ、あのなんか不可思議な現象を起こすものね。あなた達と協力関係であった黒峰潤也も使っていた奴。」

貞夫達はリベジオンと呼ばれた機体が持つ黒槍を思い出す。
あの黒槍で突かれたものはありとあらゆるものが塵と化す。
そのメカニズムはまるで解明できずまるで超常現象のようだと思えていた。

「今回、あなた方を呼び出したのはこのままだと秋常譲二は英雄になる事ができなくなってしまう。私のシナリオではS-22だけでもこの逆境に対抗できる筈だったのよ…。でも出来なくなった。だからあなた方を呼び出したの…私の正体を知っているだろうあなた方を…。」

そう真剣に語るセレーナに貞夫は反吐が出そうな気持ちになった。
他の2人も同様だろう。
おそらくは『裏』がいくら関与しているこの事態に自分では収拾がつかなくなったからイーグルにコンタクトを取りに来たと彼女は言っているのだ。
唾棄すべき事である。

(だが、しかし―――)

そう貞夫は考え銃をおろし、怒りを沈めるようにして一呼吸した。

「あなたは今人類が置かれているこの状況を人類側にいい形で終わらせたい、そう考えているのだな?」
「理解が出来る人で助かるわ、脳みそまで筋肉な人間だとここで話はご破算だったから…。」
「あなた方は私達に何をさせたい?」
「そうね、その前に一人ゲストを読んでもいいかしら、私よりも胡散臭い男だけど私よりも現状に詳しいわ…。」
「ゲスト?」

怪訝そうにする雫とシャーリー。

「どうぞ、入って…。」

その声と共に扉のノブが回り戸が開く…。
そして、その中から現れたのはこの場にいる一同の全員が知っている顔の男だった。
蓄えられた顎鬚に伸びきった長髪、だらけた着こなしのTシャツに塞がった片目。
面識はない、しかし、この世界に生きるものならばそのほとんどがその顔を知っている。

「初めましてかな?秋常貞夫、シャーリー・時峰、琴峰雫。私の名前は木崎剣之助、人は私のことを―――」

男は笑顔で誇示するように言う。

「―――『現実主義者』または、スーパーニート木崎と呼ぶ!!!」

部屋にいた全員に悪寒が走った。

―3― 空がない日、染みる痛み

電子音が一定の周期で鳴っている。
ゆっくりとそれでいて断続的に聞こえるその音は寝台で寝ている男を不快にさせた。

「……くそ」

寝台で寝ている男、黒峰潤也は電子音の不快さに舌打ちして寝返りをうつ。
頭になにかがぶつかる痛み。金属の冷たさと硬さが軽い痛みとなって潤也に響く。
寝返りをうった時にベットの柵に頭をぶつけたようだ。

「くそ…。」

瞳が闇しか映さなくなってから既に何日目だろうか…。
外が夜なのか昼なのか視認できなくなった時点で、既に時間の感覚などほとんどなくて、メトロノームのようになる電子音だけが時が進んでいるのを潤也に示している。
右手を握る。
歯車が回るような音だけなるが、右腕の感覚はない。
試しに腹に手のひらを触るようにしてみたら、腹に冷たい感覚した。
搬送された病院で付けられた義手の感覚。
思うように動いてはくれているようだが、感覚が無いため違和感が強い。
試しに体を立てようとする潤也。
全身からきしむような痛みが走り、その激痛に顔を歪めた。

「あらあら、まだ無理はするもんじゃないよ。」

戸が開く音と共に誰かの声が潤也に聞こえた。
その声は聞き親しんだというわけではないが、ここ数日よく聞いてきた声だ。

「ばあさん…か…。」

声の主、時峰九条は潤也の元に近づきまだ生身である左手を握る。
潤也の左手をしわだらけだが、温かい手が包んだ。

「そうさ、あんたの味方の九条婆ちゃんだよ。」
「いつからあんたは味方になった…。」

力なく毒づく潤也。
時峰九条、おおよそ2週間、潤也たちのお目付け役としてイーグルから派遣されてきた老婆だ。
枯れていて今にも折れ曲がってしまいそうな老婆だが、その実、世界最強の名を欲しいままにする程の武芸者でもあり、イーグルの副司令の立場にあるらしい。
実際、人造人間であり、人を超えた能力を持つ藍が手も足も出なかったと藍本人から潤也は聞いている。

「あたしゃ、いつだってつらい目にあってる子の味方さ。ほら、あたしお婆ちゃんだからね、お節介なのさ。」

そういって九条は笑う。
その悪気のない言葉に潤也は感じていた苛立ちが萎える。
怒鳴ろうとした自分が馬鹿らしくなったのだ。

「そうかい…それで何のようだ?」

そうぶっきらぼうに聞く潤也。
九条は驚いたようにし目を開いて

「何って、勿論お見舞いだよ、それなりに付き合いがある仲だしねぇ…。」
「二週間ばかりでそんな大きい縁はなかっただろう?」
「何を悲しい事を言うんだい、偶然どこかで出会って話してみたら意気投合してメールアドレスを交換する事だってだろう?縁は時間じゃないのさ。」
「だからって、そもそも俺はあんたと仲良くやってたつもりは無かったんだがな…。」

事実、潤也はイーグルから監視役でついてきた九条を何度か置き去りにしてその場から去った事がある。
その度に、九条は次の目的地に先回りしてたどり着いていたのだが…。

「あたしが仲良くやってたと思ってたんだから仲良くやってたんだよ。」
「酷い暴論だな、それ。」
「あら、世の中言ったもん勝ちだっていうよ?」
「ああ、わかったよ。それで見舞いにきた?ならこの様だよ。全身ボロボロで目もまともに見えない。右腕に関しては吹っ飛んじまって、今じゃ機械仕掛けの腕にたよる始末だ。」

潤也はそう投げやりに言う。

「ああ、その事で1つあんたには謝らないといけないと思った事がある。」
「謝る?」
「あんたの右腕をふっ飛ばしたのはこのあたしだ。」
「――――っ。」

予想していなかった言葉に詰まる。

「あんたの右腕に貞夫から送られた発信機とか言われていた腕輪があっただろう?まあ、あんたも察してたとは思うがあれは発信機だけじゃなくてね、もしもあんたが人類の敵に回った時に使う為の爆弾も仕込まれてたんだ。そしてそれの起爆装置をあたしは渡されていた有事の時に起爆できるようにね。」
「―――それで暴走状態にあった俺を殺すために起爆したというわけか…。」
「いーや、それは違うよ、それなら致死に至らしめるような爆弾を仕込むさ、あんたが付けられたのは綺麗に右腕だけを吹っ飛ばす爆弾さ、正気を失ってありとあらゆる薬物投与も効かないあんたを操縦を不能にする。つまりは完全にあんたが怨念に取り込まれた時にあんたをこちらの世界に引き戻す為のジョーカーだったというわけさ。」
「―――なるほど、俺が今こうやってあんたとまともに話してられるのはあんた達のおかげって事か…。」

黒峰咲との戦い。あの戦いで勝つために確かに潤也は怨念に取り込ませて戦うという選択をした。
本来ならばその時点で黒峰潤也は黒峰潤也という人格を失い怨念の代弁者と化していた筈である。
しかし、それをすんでのところで右腕を吹き飛ばすという荒業で発する痛みが黒峰潤也を正気に戻したのである。
結果、黒峰潤也は黒峰潤也としての自我を持った状態で今ここにいる。

(けど、どうせなら―――)

ふと潤也の頭に暗い考えがよぎる。
九条はそれを察して、

「なんだい、どうせなら自分を殺してくれればよかったのに…あれで死ねたらよかったのに…なんて思っているのかい?」

潤也は口には出さなかった思いを言い当てられ表情を曇らせた。

「まったく、坊やはわかりやすいんだよ。なんだい、あんた死にたかったのかい?」
「さあな、ただ、もう疲れていたのは確かだ…。」
「疲れていた?」
「ああ、あくる日もあくる日も怨念共に精神を蝕まれながら戦い続けてきた。いつか黒峰咲を倒してあいつを止められる。そう信じて色んな苦痛にも耐えてきた。」
「そうだろうね。」
「地獄だったよ…。家族の仇を取るために戦っていたら実はその原因が妹だって知らされて、妹が訳の分からない理想で世界を滅ぼそうとしていて、それを止めないといけなくて…自分を咲に対する呪詛と憎悪で固めて戦ったんだ。そうしなければならないと思ったから…。」

もはや戦う力を失ったからだろうか、潤也は今まで誰にも言うことがなかった思いが口から漏れだしているのに苦笑した。
そして今までせき止めていた思いは防波堤を壊し、止まらずに流れ出る。

「辛かったんだ。苦しかったんだ。なんで俺があいつを殺さないといけない。なんで俺だけしかその力を持っていない。誰かに変わって欲しかった。例えそれが正しい事だとしても俺に咲を殺すなんて宿行背負いたくなんてなかった。納得なんて出来ない。けれどやらなきゃいけない。だから必死に必死に必死に憎んで、あいつを憎む自分を作り上げて戦ったんだ。」
「だから死にたかった?責任を全て放棄したかった?」
「ああ、生きてる限り、あいつが人殺しを続ける限り俺はあいつに相対しなきゃいけない。そして、どうも俺はそれから目と耳を閉じる事も出来ない人間だったんだよ。だから終わりを望んでいた。誰かにこの戦いから解放して欲しかった。」

その声は悲痛という他なかった。黒峰潤也は元々ただの一般人だ。両親は軍事研究者であったが、潤也は両親が何をしていたかなんて、アテルラナにハナバラで知らされるまで知らなかった。
だが、その真実を知らされた時、潤也は変わらざるを得なかった。
世界の為などといった大義で戦う事は出来ない。
大義で戦うという事は、圧倒的多数の世界を守るという事だ。
それはつまり、怨念達につけ込まれる隙になる。ゆえにあくまでたった一人の意志で戦う強い覚悟が必要だった。
その為に選んだ手段が復讐。両親を殺した事実、それを持って咲を両親の仇だと見定めて潤也は復讐者として己を塗り固めたのである。
だが、黒峰潤也という人間の本質は、多大な期待を抱いてそれに応える英雄でもなければ、ありとあらゆるものを蹂躙し、支配する魔王でもない。

「俺は弱いんだよ。そうやって自分を塗り固めていないとすぐにも覚悟が瓦解してしまいそうで、婆さんみたいに強くもないし、藍に尊敬されるような人間でもない。軽蔑するかい?」

そう自分を責めるようにして左腕を右手の義手で握る。その頬には涙が垂れている。
老婆はその義手を握って腕から離して

「そんなわけないじゃないか。坊やがやってきた事は想像を絶するようなことばかりだ。それに耐えて今まで戦って生きている。そんなあんたをどうして軽蔑するっていうのさ…。」

老婆は優しく諭すように潤也にいう。

「―――。」

黙る潤也。

「不満そうだね、けれどこれは本心だよ、坊や。いいかい?この世の誰が責めようと、この時峰九条は必ずあんたの味方でいてあげるよ。たとえ世界を敵に回したってあたしはあんたの味方でいてあげる。けどね―――」

続けようとする言葉に詰まる九条。
これから続ける言葉を続けていいものだろうかと悩む。
九条は病室の窓から外を見た。
外は土砂降りの雨で、窓に雨が滝を作っている。
老婆のその光景を見て胸中にくるのはなにか…。
老婆は自分の指をかざすように見て、意を決するようにして口を開く。

「あんたは1つだけ聞いておかないといけない事がある。」
「―――何をだ…。」

尋ねる潤也。


「あんたにまだ戦う気があるのかっていう事さ…。」


そう静かに九条は言った。
少しの静寂が部屋を支配する。

「――――――言うんだ…」

潤也は俯いて小さな声でぼそりと続けて言う。

「なんで、そんな事を言うんだ…。あんたは…あんたは!俺に一体何を期待しているっていうんだよ!」
「何も期待しちゃいないさ、ただ、どうしたいのかそれだけを知っておきたくね。」
「もう、目は見えない!片手だってなくした!肝心のリベジオンは修復不能な状態まで破壊されて、唯一の対抗手段だった至宝までもを奪われた!!!!あんたは!あんたは俺の何処に戦う力が残っていると思っているんだ!!!」

怒りを露わにして叫ぶ潤也。それに九条は冷静に答える。

「ないだろうね。誰がどうみたって戦える体じゃないし、戦う力だってない。けどね、坊や。それでも戦うという事を諦めるか諦めないかを決めるのはあんただけなんだよ。」
「俺は頑張った…頑張ったんだ!!こんな体になるまで頑張ったんだ…これ以上、俺に何をしろっていうんだ…。そもそも俺は本当は黒峰咲(あいつ)を殺すなんて事したくないんだ!!!」
「そうだね、頑張ったさ。ここで折れたってあたしゃあんたを軽蔑しない。あんたはそれだけの事をしてきたと思うからね。けれどあんたは本当にここで折れてしまっていいのかい?それであんたは本当に納得がいくのかい?」
「いかなかったからなんだって言うんだ!さっきも言ったしあんたも認めただろう、俺はもう戦える力が残っていない。戦う事なんてできない。そんな俺に一体どうしろっていうんだ!」

そう叫ぶ潤也に老婆は優しく諭すようにいう。

「坊やそれは違うよ。あんたは戦う力を確かに失った。けれどあんたは戦う事自体は失っていない。いいかい、坊や、よく聞きな。人はね、どれだけ追い詰められようといつだって戦うことはだけは出来るんだ。それが勝てるか負けるかなんて話は外に置いておいてね。確かにあんたは戦う力を失った、けれどそれで本当に戦う事自体を諦めるのかい?そうあたしは聞いているんだよ。」
「そんなの――――詭弁だ。」
「そうかもね、でもあんたはこれを今決めないとどっちに転ぼうと必ず後悔する事になる。他の人に任せて世界の行く末をその暗闇の中で待ち続けるのもいい。それとも暗闇の中を自分の足で下唇を噛み締めながら歩いてがむしゃらに前を進んでもいい。どちらをいっても地獄だろうさ、だけれどここに停滞し続けるよりはずっといい。だからあんたはそれでも戦うのか戦わないのかそれだけは決めておかないといけない。」
「そんなの―――――」

続けようとする言葉が出ない。
答えなんて決まっている。そう思う潤也だったが、そこから言葉を続ける事ができなかった。
九条はそれを見つめた後、少し悲しそうに笑って席を立つ。

「また聞きにくるよ、今度会う時にまで決めておいてくれ。」
「ばあさん、俺は―――」

そう続けようとした矢先に扉がしまる音が聞こえた。
既に老婆この部屋を発った事を意味する。

「くそっ!!!」

潤也は右手でベットを八つ当たりに殴りつける。痛みは帰ってこない。
それに言葉に出来ないものを感じ頭を抱える。

「くそ…。」

そう力なくいう潤也の頬に一筋の雫が流れていた。

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