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グラウンド・ゼロ 第15話

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匿名ユーザー

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 閃光が視界を覆った!
 自動的にモニターにはフィルタがかかるが、網膜にはすでに軽度の焼き付けが
起こっている。
 シンヤは直感に従い空中で機体を捻って、死角からのバズーカ砲をすり抜けた

 そのまま無理のある姿勢のままグンと高度を上げて、さらなる追撃をまた一発
、避ける。くらりと目がくらむ。
 回避先には別の高機動型がライフルの狙いを定めていたが、シンヤはそれをス
ラスターの火の方向を一瞬反転させての急減速でギリギリ踏みとどまる。しかし
反撃には転じられず、シンヤは牽制にトリガーを一回引いただけだった。当然当
たらない。
 敵機たちから離れようとするシンヤの機体の背中に狙いをつけたのはさらに別
に居た敵の重装型だった。
 シンヤは直感した、これは撃たれると。
 だがシンヤはこれっぽっちも焦ってはいなかった。
 引き金は引かれ、大型ライフルの弾丸の群れがシンヤを襲う。
 全弾見事に命中――したのはしかしシンヤの機体ではなかった。
 敵機とシンヤの間に割って入った、弾丸を全て分厚い胸部装甲で受け止めた黒
い重装型AACVは、すかさずその方向に、小回りは利くが威力の低いハンドガ
ンを撃ち返す。
 正確に左肩関節部分の、装甲の施しようがない部分を撃ち抜かれた敵機は爆散
こそしなかったものの、ライフルを握る左腕をまるごと落として退いていった。
 シンヤもその間に黒いAACVを盾にするようにしてライフルを数発撃ち、飛
び回っていた一機の高機動型の右足を撃って大破させ、撤退させていた。
 最後に残った、バズーカ砲をもった中量型はいつの間にか着地していて、自ら
武器を手放し、パイロットはコックピットから体を出して両手を上げていた。
 その様を目にしたシンヤはトリガーから指を離し、緩やかに降下しつつその敵
機に近づいていく。
 しかし――
 次の瞬間、敵機の開かれたコックピットハッチ周りに巨大な銃創がいくつも穿
たれ、その一瞬のち、パイロットを衝撃で引き裂きながら、機体は爆発した。
 素早く発射元を見る。
 黒い重装型AACVは、銃口から硝煙の上がるままのハンドガンを構えていた



「どういうつもりだ」
 AACVを降りた後の、シャワーと着替えのために立ち寄ったロッカールーム
で、シンヤはまずそう訊いた。
 中央のベンチに座ってスポーツタオルで汗を拭っていたリョウゴは、その声で
顔を上げた。
「悪かったって言ってるじゃねーか」
「お前は殺したんだぞ!もう戦う意思の無いやつを!」
 シンヤは怒鳴る。
「……着替えたら?」
 だがリョウゴは普段通りだった。
 シンヤはパイロットスーツの上半身を脱ぎ、半裸になったままだった。
 シンヤはしかし着替えようとはしないで、リョウゴに詰め寄る。
「リョウゴ、お前は……!」
「何がいけなかった。」
 ぎっとリョウゴに睨まれ、シンヤは足を止める。
「手を下げてる奴を殺すのは良くて、手を上げてる奴を殺すのは悪いのか。ふざ
けんな、どっちも同じだ。こっちの命を奪おうとしておきながら、自分の命だけ
は守ろうとするなんて勝手だろうが。」
「でもお前は命を奪われなかったんだ。」
「知るか」
 リョウゴは床を蹴るように立ち上がり、同時にタオルをベンチに放った。
「リョウゴ!」
 叫ぶが、彼はこちらを振り返りもしない。
「今さら善人ぶってんじゃねーよ、殺人鬼。」
 シンヤは言い返せなかった。


「おかえりなさい。ご苦労様。」
 部屋に入ってきたシンヤを、アヤカは事務的にそう言いながら迎えた。
「何か用?報告ならヤマモトくんの方から書類にまとめてしてもらうけれど。」
 アヤカはいつもの調子でパソコンから目を離さない。
 シンヤは構わず口火を切った。
「コンドウさん、リョウゴが……」
「彼が?」
「投降してきた敵を撃ちました。」
「へぇ」
 アヤカは机上の別の書類を手にとり、難しい顔をしてパソコンの画面と見比べ
ている。
 それから何らアクションが無いので、シンヤは痺れをきらした。
「それだけですか」
「ええ。」
「……本気で言ってるんですか」
「そうだけれど、なに?」
「……わかりました、もういいです。」
「ああ、ちょっと待って」
 背を向けるシンヤを、アヤカは思い出したような言葉で引き止める。
「ナカムラくんについて少し訊きたいのだけれど」
 シンヤは踏み出しかけた足を止め、アヤカを見た。
「リョウゴについて……?」
「ええ。」
 アヤカは作業を続ける。
「君たちは、組んで既に4回地上へ出て、2回の戦闘を経ている。その戦果は、
はっきり言って、素晴らしいわ。」
 コンドウは机を指先でコツコツ叩く。
「ナカムラ君は撃墜数1。だけど大破させた敵の数はもう3を越えるし、君の撃
墜数は5。このままのペースなら撃墜王もあっという間ね。」
「今日、リョウゴはさらに1機……」
「じゃあ、撃墜数は2ね。」
 コンドウはキーボードをいじった。
「君たち2人の戦闘をレコーダーの記録からコンピューター上で再現すると、い
つも目が離せなくなる。」
 コンドウの目からいつもの鋭い輝きが薄れた。
 まるでショーウィンドウに並ぶ宝石を眺めるような、そんな目だった。
「君たち2人は素晴らしいわ。素早く敵の中に飛び込んで攻撃を引き受け、次々
と敵を墜とすクロミネくん。クロミネくんだけは避けて正確に敵だけを撃ち、い
ざというときは高い操縦技術で君についていき、分厚い装甲で盾になるナカムラ
くん。2人の戦いの軌跡は、そう……」
 そこでアヤカはシンヤを見た。
「極上のペアー・ダンスのよう。」
「いい加減にしてください。」
 そう強く言い放ったシンヤの拳は固くなっていた。
「殺人をそんな風に、語るな……」
「今さら良心の呵責?」
 コンドウは微笑む。
「思い出したんです。」
 シンヤは言った。
「何を?」
「リョウゴと一緒に戦うようになって、それで――」
「それで?」
「――“どうして人を殺してはいけないのか”ということを。」
「へぇ」
 アヤカはさも興味がわいた風に椅子を回転させて両肘を机につき、組んだ指を
口の前に持っていった。
「君は、どう考えるの?」
 コンドウの目はまっすぐだった。
 シンヤもまっすぐ見返す。
 口を開いた。
「そのために泣く人がいるからです。」
 コンドウは無言だった。その眼差しにも変化は無い。
「俺にとってのリョウゴのように、敵対する人にも、大切にしてくれる人がきっ
と居る。だから……」
「だから殺したくない?」
「なるべくなら、そうしたいです。だけど相手が殺意をもって向かってくるなら
、撃つことに躊躇いはありません。」
「“受け身”ね。私もこの仕事長いけど、君のようなことを言い出した子は大抵
早く死んでいるわ。」
 そうして手のひらを合わせる彼女をシンヤは睨んだ。
「まぁ君がどんな思想の持ち主でもこちらは構わないけど。そろそろ本題に――

「リョウゴは」
 問いかけられる前にシンヤは発言する。
「いい奴です。」
「そんなことを訊きたいわけではなくて」
 コンドウは手をほどく。
「最近、彼の言動で何か常軌を逸したものは聞いていない?」
 シンヤはどきりとする。つい数分前に心あたりがあった。
 アヤカはそのシンヤの一瞬の表情の変化を見逃さない。やはり、という風に頷
く。
「一体、なんですか」
 シンヤの声は、自分でも気づかないほどわずかに、震えていた。
「危険な兆候が出ているかもしれない。」
 アヤカは言った。
「……クロミネくん」
「はい」
「戦いは楽しい?」
 何を訊くんだこの人は。「そんなわけないです。」
「そう。普通はそうなの」
 コンドウは指先でペンをいじり始めた。
「人間も生物である以上、相手の命を奪うことは楽しめても、自分の命を脅かさ
れることは嫌うはず。だけど、たまにその感覚すら楽しめる人間がいる。」
 彼女は再びシンヤの目を見る。
「真性の戦闘狂い。または、サイコパス。分かりやすく言えば性格異常者。」
「リョウゴがそうだって言うんですか。」
「可能性はある、程度よ。そしてそれは君にも言えることでもある。」
「え……」
「君、まさか自分が狂ってないとでも思っているの?」
 コンドウはせせら笑う。
「ひと月も経たない内に日常の行為として殺し合いを行えるようになるなんて、
狂っていなければできないことよ。」
「それは、そういう環境におかれているから……!」
「引き金を引くのは君でしょう」
「だけど……!」
 シンヤは言い訳するのが空しくなった。
 うつむく。
「……俺は狂っているんでしょうか。」
「ええ。」
 コンドウは頷いた。
 シンヤは沈黙しようとも思ったが、顔を上げた。
「でも、それの何が悪い。」
 女はふふと笑う。
「まったく、その通りね。」


 その後シンヤは部屋を出た。
 いつものようにダルい体で、少しふらつきながらも廊下を歩いていく。
 ポケットの中のガムを一枚取り出して、口へ。
 キシリトールのケミカルなひんやり感を噛み締める。なんだか気持ち悪く感じ
て吐き出したくなったが、ゴミ箱が見つからなかった。
 もどかしい気分のまま廊下を進む。
 角を曲がった瞬間、誰かにぶつかった。
 慌てて謝る。と――
「ああ、ごめん。」
 ぶつかったのはリョウゴだった。
 彼はラフな服装で、ポケットに片手を突っ込んでいた。
 その様子にひっかかりを感じて、どうしたのか訊く。
「いや、その……」
 彼は頭を掻いた。
「さっきはゴメン。言いすぎた。」
 リョウゴは恥ずかしいのか、目をそらしたままだった。
 シンヤは笑顔を浮かべて「別に、気にしてねーよ」と返した。
 「そっか」とこちらに顔を向けるリョウゴ。
 その表情は柔らかい。
 シンヤは思った。
 こんな顔をできる人間が性格異常者なわけがない。
 アヤカさん、あなた、間違ってます。
 シンヤは心の中でそう言った。

 リョウゴはシンヤの微笑みに、はっきりとした苛立ちを感じていた。



 その日、アヤカ・コンドウは久しぶりに時間を持てた。
 デスクの上には一枚の書類も無く、パソコンのディスプレイにはスクリーンセ
ーバーが出ている。
 これだけでもここ半年ついぞなかったことなのに、さらに嬉しいことには、ま
だ太陽が消灯されていないのだ。窓の外は眩しいほどに明るい。
 コンドウは椅子に深く腰かけてその窓を横目で見ながら、髪をまとめていたピ
ンをとり、頭を軽く振って、手ぐしで黒い長髪を整えた。
 コーヒーカップに手を伸ばすと、軽い。
 残ったわずかなコーヒーを飲み干して、アヤカは席を立った。
 離れたところにあるコーヒーメーカーへと向かう。
 新たに抽出される黒い液体を安らかな気分で眺めていたアヤカはふと、ここ最
近ブラック以外でコーヒーを味わったことが無いことに気づいた。
 アヤカは別にコーヒーが特別好きだというわけではない。まだこの役職に就く
前、毎日深夜まで起き続けるために仕方なく飲み始めたのが習慣化してしまい、
いつのまにかコーヒーが無いと仕事がはかどらなくなっているだけだった。
 だからアヤカ・コンドウのコーヒーはいつも苦いブラックだった。
 しかしたまには砂糖を入れてみるのもいいかもしれない。糖分をとるようにし
た方がさらに仕事がはかどるようになるかも。
 そう思い立って部屋を出て、わざわざ食堂まで行き、角砂糖をひと瓶借りて戻
ってくると、コーヒーの抽出は終わっていた。
 メーカーの横でカップに注ぎ、砂糖をいっこ。
 同じく借りてきたティースプーンで溶かしこむ。
 砂糖の粒のざらざらした感触が感じられないようになってから、アヤカはスプ
ーンを置いた。
 口にする。
 味が違う。
 苦味が妙な具合に邪魔されている。
 しかし、悪くない。
 アヤカはカップを持ってデスクに戻ろうとした。
 その時、着信音と共に胸ポケットが震えた。
 ワンコール内で素早く通信機を耳に当て、デスクに早足で向かい、コーヒーを
置いた。
 その間にも相手が所属を伝えてくるのを聞く。
 通信をかけてきたのはコロニー・ジャパン最北端のトウホク第8ブロックの人
間だった。
 彼は言った。「緊急連絡です。」
 アヤカは応えた。
「1分前、こちらの偵察部隊が、偶然にも北米の歩行要塞が新生ロシアの施設の
ひとつを制圧する様子を捉えました。」と彼は続ける。
 アヤカは慌てない。
「そう、それで?」
「北米が制圧したのは新生ロシアの研究機関がある場所です。土壌からP物質の
位置を知るメソッドが、北米へ渡った可能性があります。」
「……良くないわね」
「ええ」
「新生ロシアがそのメソッドを持ちながら今まで大きく行動を起こさなかったの
は自己の非力さをわかっていたため。だけど現在実力ナンバーワンの北米ならそ
れは無い。」
「はい。」
「……歩行要塞の攻略、本格的に考えなければいけないわね。」
「わかりました。」
「ありがとう、よく知らせてくれたわ。他には?」
「以上です。」
「ならその映像をこっちに。動きがあったらまた報告を。」
「了解しました。失礼します。」
 通信は終わった。
 アヤカは軽く息を吐き、コーヒーを持ち上げて、啜る。
 ……気持ちの悪い味だ。


「ほらほら!早く来いって!」
 タクヤに急かされつつ、シンヤは廊下を歩いていた。
「一体何なんですか?」
 さっきから何度もそう訊いているのだが、そのたびにタクヤは楽しそうに笑っ
て誤魔化すだけ。
 そのことからシンヤは恐らく自分にとって嬉しいことが起こったのだろうと感
づいてはいたが、さっぱりその内容はわからなかった。
 やがて二人がたどり着いたのは見馴れた扉だった。
 横のカードリーダーで扉を開く。
 そこはドックだった。しかし、一見特に変わった様子は無い。
 不思議に思ってタクヤを見たが、彼は横には居なかった。既にさらに先へと行
ってしまっている。慌てて追いかけて、中量型AACVの足下を曲がっていくと
、タクヤは立ち止まってそばの機体を見上げていた。
 駆け寄ると、タクヤは微笑む。
「ギフテッド認定、おめ。」
「え?」
 タクヤは見上げていた機体を指した。
 シンヤも恐る恐る見上げる。
 そこに立っていたのはシンヤが今まで見たことが無い機体だった。
 高機動型AACVをベースに、さらに大型化、高出力化された各部スラスター
。それに反比例して腕は小型化、二の腕はほぼ消滅し、その先の腕とライフルは
一体化してしまっている。脚は太股までは大型化しているが、その先は細くなり、
まるで鳥の足のようだ。背面には鋭角三角形の巨大な追加スラスターユニットが
既に装備されていて、機体のシルエットを翼を折り畳んだ猛禽類のような、迫力
のあるものにしている。そのせいで横に並ぶ機体が少し狭苦しそう。全体の色は
ゲーム内でシンヤが愛用していたオレンジと白の派手なもので、それだけでもこ
の機体の目的を知ることができた。
「まさか……!」
 シンヤが思わずそう言葉を発すると、タクヤが頷く。
「お前専用機さ。『AACVⅡ クロミネカスタム』」
「そんな……」
「この間実用化されたばかりの新型のAACVを、今までの戦闘データからお前
のスタイルに最も適している、と思う形に改造しまくったぜ。細かい調整はこれ
からな上に、超性能気味で操りきれるかちょい微妙だけどな。」
「そう、ですか……」
「浮かない顔してっけど、どした?」
「……いえ、何でもないです。」
 ちくしょう。
 幽霊屋敷め、俺の命を何だと思っている。
 この機体の派手な色と装甲を削ぎ落とした構成は、一切の被弾を前提とせず、
かつ、敵の攻撃を一手に引き受けるためのものだ。
 ということは、余程自分の腕が信頼されているか、捨て駒に認定されたかのど
っちかだろう。そしてどっちだろうと、とびきり危険な役目だということに変わ
りはない。
 心臓を撫ぜられたみたいで、嫌な気分だ。
「……ま、ガンバれや。これから微調整するから、テストルームに来いな。」
 タクヤがポケットに手を突っ込んだまま、どこか冷たい声で言った。
 AACVⅡのコックピットのレイアウトは、大きな変更は見られなかったが、
真新しい計器や操縦桿のせいか、随分と違った印象を受けた。
 操縦レバーを軽く動かすと、驚くほどに反応が良い。触れるのが怖いくらいだ

 どことなく以前よりも鮮明な印象を受けるモニターの向こうにはだだっ広いテ
ストルームが広がっている。通信機越しにタクヤが気だるそうに機体性能の説明
を始めた。
「まずはそのAACVの最高時速な。最高時速は900キロメートル、平均は
750位だったかな?今までの機体より断然速いから、方向転換の時は内臓痛め
ないように注意しろな。それと、今までのやつに比べて2メートルくれー全高が
高くなったからそれも注意な。本体のサイズ自体はそんな変わってないけど、肩
と背中がでかくなったから。」
「はい」
「装甲が薄く軽くなった分、反応も速くなった。けど脆くもなったから、撃たれ
たら死ぬぜ。遺書はしっかり準備しとけよ。」
「はい」
「……で、どうするよ。」
「え?」
 タクヤが何を問いたいのか理解できないでいると、いかにも楽しそうに彼は続
けた。
「名前だよ名前。専用機には名前が付いてるもんだろ?」
 シンヤは思わず吹き出した。そんな、ロボットアニメじゃないんだから。
「『エイトボール』とかどうよ?」
「パチモン臭がするんですけど。」
「『ターンA』」
「髭を付けてくれるならそれでも。」
「フラットに髭付けただけでホワイトドールって言い張るのは無理があると思う
んだ。」
「放送当時は皆思いましたから、次の説明に移ってください。」
「そか、んじゃあ、ひとつ注意しとくわ。背中のその三角形の、翼みてーな専用
追加スラスターな」
「はい」
 シンヤはモニターの、機体ステータスの部分を見た。そこに表示されるシルエ
ットは今までの鋭角的なものではない。直線的な猛禽類だ。タクヤが示したのは
その折り畳まれた形の翼のところだった。
「そのスラスター、あんまり吹かすと溶けるから、安全な時には放熱しろよ。」
「放熱、ですか?」
「ああ。スイッチがあるから、それで。」
「あ……コレですね、わかりました。」
「おけ?」
「オーケーです」
「ハイじゃーテスト開始!」


 意識が戻ってもリョウゴはしばらく天井を眺め続けていた。
 見覚えの無い天井だった。清潔感漂う白が蛍光灯の光で白々しいほどに眩しい

 手のひらで額を押さえようとして、リョウゴは自分がベッドに寝かされている
ことを知った。
 上体を起こすとずきり、と頭が痛む。随分と汗をかいていたようだ。
 ベッドの周りに引かれたカーテンから、リョウゴはここが医務室だと見当をつ
けた。そしてならば何故ここに、と記憶を辿る。
 確か今朝は朝食をとって、部屋に戻ろうとして、それで……
 そうだ、急に足から力が抜けて、廊下に倒れたんだ。そういえば最近ずっと気
分が悪い。……疲れているのだろうか。
 しばらくベッドの上でぼうっとしていると、医師がカーテンから顔を覗かせた

 いくらかの軽い会話をして、リョウゴは自分が貧血で倒れたのだという確信を
得る。礼を言い、ついでに栄養剤の点滴を射ってもらうことにした。
 点滴に繋がれたままじっとしていると、医師が「君が倒れていることを知らせ
てくれた人が来た」と言ってきた。
 ぜひ会わせてください、と言うと、その人間はカーテンの向こうから姿を現す

「なんだ」
 思わずリョウゴはそう口にした。
 カーテンの向こうから現れたのは黒の短髪と白い肌に、白杖を突いた細身の少
女だった。
「ありがとう、オカモトさん。」
 彼女に、リョウゴは頭を下げた。
 オカモトは顔の前で手を振った。
彼女は「いえ、お礼なんて……」と言い、それから「具合はどうですか」と訊ね
る。
 リョウゴは苦笑した。
「まだ少しダルいけど、多分もうちょい寝れば治るよ。にしても、疲れてたのか
な、倒れるなんて。」
 オカモトは頭を振る。
「いえ、それはきっと……」
「きっと?」
「あ、いえ……何でもありません。」
 オカモトは何かまずいことでも言いかけたかのように顔を伏せた。
 リョウゴは眉を潜める。
「気になるな。」
 リョウゴの言葉には刺があった。本人には自覚は無かったようだが、オカモト
はそれを問い詰められている、と受け取って目を伏せる。
「……わかりました、言います。」
 顔を上げた彼女をリョウゴは見る。
「……『P物質起因性障害』のことを。」


「……笑えねー。」
 それが、オカモトから一通りの説明を受けたリョウゴの口から、やっとのこと
でこぼれた言葉だった。
 オカモトは頷く。
「笑えない、事実です。」
 オカモトは顔を上げ、リョウゴの考えこむような声を聞いた。彼はまだどこか
他人事のように受け止めているのだろう。
 それで普通なのだ。ある日突然「あなたの余命は2年です」と言われて直ぐ様
自らの死を実感できる人間は少ない。暗い部屋で孤独にでもなれば、嫌でも死に
思いを馳せざるを得ないだろうが。
「なるほど……納得いった。」
 リョウゴは言った。
「なんか妙だな、とは思っていたけど、そういうことだったのか。」
「ええ。」
「スッキリしたよ。ありがとう。」
「……そんなこと、言わないでください。」
「ところで、1つ質問が。」
 首を傾げるオカモト。
「『致死率99パーセント』ってことは、例外が居るんだよな?」
「例外……?」
「2年後も生き残った、1パーセントの人間が。」
 オカモトは口の中に苦い味がするのを感じる。頷いた。
「それどんなやつか、オカモトさんは知っている?」
 首を振る。しかし、彼女は言う。
「私は、名前位しか。」
「それは?」
「ハヤタ・ツカサキ。通称、『ゴールデンアイ』」

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