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Episode 03:今僕にできる事の最大限を。

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ParaBellum

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 城塞都市ブラウニングは、レイチェルから車で南へ三時間程の場所にある。
 レイチェルのそれよりもずっと大きい防壁は苔むしていて、見る人に威圧感と安心感という相反する感情を抱かせた。
 街をぐるりと囲んだ防壁の所々にある検問は人や車、馬車やオートマタ――――様々な物や者でごった返している。
 その中には、やおよろず連中を乗せた車とトラクター ――――タウエルン――――の姿もあった。
 渋滞、渋滞、大渋滞。いつまでたっても動き出さない長蛇の列を見て、うんざりするスーツ姿のリヒト。
「おいおい、いつになったら前に出れるんだ……」
 普段はもっとスムーズなのだが、何故だか今日はちっとも動けない。やはりアウロラの件で人が殺到しているのだろうか。
「まあまあ、ゆっくり待とうじゃないか」
 同じくスーツを着たルガーがネクタイを緩めた。密閉された車内はやはり暑い。
「オーナー、お姫様特権発動! とかできないんすか?」
 ライがしかめっ面で、ハンカチで額の汗を拭う。
「みんなちゃんと並んでるんですから、私達もルールを守らないと……遥さん、大丈夫ですか?」
 最後部の座席に座る遥は額に汗を滲ませ、何やら落ち着きがない。
 遥が微かに震え、呻く。
「も、もう限界……! トイレ……!」


■Tuern×Para Bellum!□
てのひらをたいように
Episode 03:今僕にできる事の最大限を。


□Chapter 01:あなた達が聡明なら、ね。


 それならついでに、と遥と一瞬にたまとティーンエイジャー組がトイレへと付き添って行った。
 ガラガラになった車内で、助手席に座ったリヒトが伸びをする。
「一気に人口密度が下がったな」
 現在車内にいるのは運転手のルガー、助手席のリヒト、リヒトが持っている宝玉の中にヴァイス・ヘーシェン、最後部の座席の黒い杖の中にリヒター・ペネトレイター。席の使用は二つだけだ。
「ウチは若い子多いからねぇ」
 ただし平均年齢は役一名のおかげでアホみたいに高いが。
 ルガーが窓を開ける、それを見てリヒトも窓を開ける。風が車内を吹き抜けた。
 車内に沈黙が降りる。風の音と周囲の喧騒を聞きながら、二人は座席に体を委ねた。
 しばらく黙ってそうしていると、コンコンと窓を叩く音。ショウイチ――――いや、誠人がこちらを覗いていたのだ。
「なんだい、誠人くん?」
「いえ、皆がぞろぞろと出て行ったまま帰って来ないので何かあったのかと思って」
「ああ、ありゃただの連れションだ」
「はあ……連れションですか」
 てっきり裏口から入れてもらえるようにお姫様自ら交渉に赴いたのかと思っていた誠人は、リヒトの返答に気の抜けた声で言った。
「それよりも、調子はどうだい?」
「調子はまあ良好です。ですが、アルタイル――――いや、タウエルンと一緒にいると、何か恐ろしいものを突き付けられているような……そんな感覚がします」
 あまり気持ちのいい感覚ではない、というのは彼の表情がこれでもかと言うほど物語っている。
「まあ、無理せずゆっくり……というわけにもいかないのが現状なんだよね」
 申し訳なさそうにルガーが苦笑した。
「そう……ですね」
 誠人もまた笑いながらぼさぼさの頭を掻いた。
 少年少女達はまだ帰らず、列もまだ動き出しそうにない。


 ♪  ♪  ♪


 周囲の畑の間を縫うように、道が街から放射状に広がっている。所々には見張り搭やが建っているし、要塞都市の名は伊達じゃないという事か。
 近くの丘の上にあった公園の公共トイレから出てきた遥は、視界いっぱいに広がる灰と緑のツートンに息を飲んだ。
 灰色の森の巨大建造物群程ではないにせよ、普段は見る事のできないようなビルの数々と、それらと共生する植物達。
 美しい。
 その一言に尽きる光景だった。
「都市部は非常時にバリアが張れるようになってるんですよ。神子さえいれば」
 少し遅れて用を済ませたまどかが言う。その顔は心なしか得意げだ。
「それよりも、えっと、その……遥さん、間に合いました?」
 小声で囁く。遥の顔がみるみる内に真っ赤になった。
「まっ、ままま間に合ったよ! なんて事言うのまどかちゃん!」
<言っておくが>
 たまがどこからか現れて、まどかの肩の上に駆け上がる。
<替えの下着はないからな>
 かーっかっかっか。腹の立つ笑い声を上げるたまの身体を遥ががっしりと掴んだ。
<お、おい、やめろ、考え直せ!>
 しかしたまの擬体が手頃なサイズで本当によかった。そのおかげで何かやらかした時はこうやって折檻できる。
<き、聞いているのか!? お、おい!>
 ミシミシと響く嫌な音。
<わ、悪かった! 悪かった! ごめんなさい!>
 謝ったから、手を離す。たまの小さな身体がぽとりと落ちた。
<きゅう>
「ああっ、たまちゃん!」
 まどかがひきつけを起こした子供みたいに痙攣するたまを拾い上げる。とりあえず前回の宣言通り九本の尻尾を全部三つ編みにして糊で固定されたりしなくてよかった……。
 安堵していいのやら、悪いやら。
 そんなこんなで戯れていると、やがてメカニック二人も戻ってくる。
「ふう、すっきりしました!」
「三人共、何してんのさ。……ってチーフ、人の服で手を拭くな!」
「ほう、駄洒落ですか!」
「いやたまたま駄洒落になっちゃっただけで割とマジだよ!」
「ほら、リタちゃん私のハンカチ貸したげるから」
 そう遥がスカートのポケットから取り出したのは、明らかにハンカチではなくて、
「あのさ、遥ちゃん……」
「え?」
「それ、僕のパンツなんだけど……」
「え、あ?」
 広げてみると、
「……あ?
 なるほどそれは確かに、
「あぁー……」
 男物の、トランクス。
「って、あぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
「ちょっ、遥ちゃん、落ち着いて! って、人のパンツで口元隠すな!」
「えっ……?」
 言われて気付く。しかも口元に当てていたのは、なんというか、その――――
「いぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
 股間の部分、だった。
「ああっ、投げた!?」
 哀れパンツは風に乗って空を舞う。
「わ、私、もうお嫁に行けない……」
 遥がおぼつかない足どりでまどかに縋り付いた。
「ま、まあまあ。遥さん落ち着いて……ね?」
 一方リタは飛んでいくパンツを全速力で追いかけていた。もしも彼女に尻尾があったなら、そりゃもう引きちぎれんばかりの勢いで左右に動いていただろう。
「目をキラキラさせながら男物のパンツを追いかけるってどんな娘だよ……」
 獣の如き敏捷さでパンツをキャッチし、どや顔で駆け寄ってくるリタを見、ライが誰にも聞こえない声でひとりごちた。
「取ってきましたよ!」
 しかもこれで二十歳近いというんだから恐ろし――――
「――――ってあんた、人のパンツで手を拭くなぁぁぁぁ!!」
 少年の、恥ずかしい絶叫が響き渡った。


 ♪  ♪  ♪


 所変わってタウエルンが牽引するコンテナの中。ぽつんとひとり取り残された男が、苛立たしげに貧乏揺すりをしていた。
「ちっくしょう、なんでいつまで経っても動かねぇんだよ」
<すみません、今渋滞に巻き込まれてて……>
「お姫サマがいるんだろ。ならそのお姫サマの権力で無理矢理にでも通ればいいじゃねぇか」
 ケッ、とふて腐れる男。
<まどかさんなら随分前に出て行ったんだけど……どうしたんだろう>
「なんでもいいから俺は早く帰りたいね。こんな機械に頼ってばかりの軟弱な連中といるだけで嫌になる」
 今あなたはその機械に乗って、その機械と会話してるんだけどな……、なんて思うタウであった。
<でも、この世界の人達も逞しく生きてますよ。ほら、もうみんな対応を始めてるみたい>
 タウの視線の先を、物資や人員を積んでいるらしいトラックが走り去っていく。
「対応、ねぇ……果たしてその対応は無事に受け入れられるかね」
「あなた達が聡明なら、ね」
 その言葉が放たれると同時、軽い身のこなしで誠人がコンテナに飛び乗ってきた。ついでに水筒の中身を一口含む。
<ショウイ……誠人>
「おい、聡明ならってどういう事だよ」
 男が誠人を睨みつける。だがその視線に篭っていたのは敵意ではなく、戸惑いと虚勢。それを見抜いた誠人は、しっかりと男の目を見て言い返す。
「そのままの意味だよ。それに僕は、君を見る限り拒否はないと思うけどな」
「ど、どういう事だよ!」
「なんだかんだ言って、あんたは抵抗せずについて来てくれたじゃないか」
「そりゃ成り行きで……!」
 最初は成り行きだったかもしれないが、誠人が見る限り逃げ出すチャンスはいくらでもあった。なのに彼は今、ここにいる。それはつまり、彼も助けを求めているという事なのではなかろうか。まあ、あくまで推測に過ぎないが。
「……そうだな、確かに成り行きだ」
 そう思いこそすれ、誠人はそれを口に出そうとはしなかった。そんな事を言えば、意地っ張りな彼は臍を曲げてしまうだろう。
「そういえば、あんたの名前をまだ聞いてなかったね」
「そういえばそうだったな。……俺はカルロ、カルロ・カンナヴァーロってんだ、よろしくな」
 男――――カルロが躊躇いがちに手を差し出した。そして誠人が躊躇なくその手を握る。
「ああ、よろしく」
 列が動き始め、車体が揺れた。


■Chapter 02:おかえりなさい、私のかわいいお姫様。


 検問での手続きはまどかのおかげで思ったよりも早く済み、やおよろず一行+αはブラウニングの中央を走るメイン・ストリートを進んでいた。
 街の雰囲気は和洋折衷。人もオートマタも多く、賑やかだ。
 立ち並ぶ露店からは旨そうな料理の香りと威勢のいい客引きの声。リタがよだれを啜る音が聞こえ――――ない。
「いやいや、垂れ流しかよ!?」
「ああ、すみません。今拭きますね!」
 そう言って彼女が懐から取り出したのは、
「ちょ、おまっ……人のパンツをハンカチ代わりに使うなあぁぁぁぁぁぁぁ!!」
 ぐぅ。
「それにしてもおなかへりましたね!」
「無視!? ねぇ無視っすか!?」
 時刻はとっくの昔に二時を回っていた。そりゃリタじゃなくても腹が減るというものだ。
「お腹も減ったし、まどかちゃん家に行く前にどこかでお昼食べようか」
 ワーイ、とリタがはしゃぐ。
 当然ながら、このルガーの申し出に対する反対者は一切出なかった。
 遥がカンペでその旨を知らせると、タウがライトを淡く点滅させた。どうやらオーケーという事らしい。
 バックミラーに向かって親指を立てる。一拍の後、バックミラーの中のリヒトが親指を立てた。
<マスター>
 抱き抱えていた黒い杖からリヒターの声。
「どうしたの? リヒターもおなかすいた?」
 杖についた紅い宝玉を覗き込む。
<はい>
 無感動な声で、リヒター。
「じゃあ、ごはん食べる時にマナあげるね」
<イエス・マイマスター>
 コアである宝玉を優しく撫でてやると、宝玉が淡く明滅する。数ヶ月過ごしてわかった事だが、どうやらリヒターは、普段は声ではなく仕草で感情を表すタイプのようだ。そして、今リヒターは、
「嬉しい?」
<はい>
 素直な子だ。
「そう言ってくれると私も嬉しい」
 ぎゅっと黒杖――――ブリューナクを抱きしめる。
 出会ってから何度も助け合ってきたリヒターややおよろずの面々は、遥にとってもう家族も同然だ。
「……そういえば、リヒターも昔の記憶がないんだよね」
<はい>
 即答。
<ですが、過去の記憶の有無が活動に支障をきたす事はありません>
「気になったりしないの?」
 するとリヒターは少しばかり逡巡して、
<マスターを守る事ができれば、私はそれで構いません。それに、今のままでも十分……楽しい、ですから>
 遥ははっとした。リヒターの口から「楽しい」という言葉を聞いたのは初めてだったからだ。
 遥の頬がつい緩む。だって「一緒にいると楽しい(要約)」なんて言われたら嬉しいではないか。
「えへへへへへへ」
 デレデレになる遥。それを横目で見ていたたまがまどかにねだる。
<まどか、私も腹がへった>
「ふふっ。はいはい、わかりました」
 まどかが人のいい笑みを浮かべる。

<ふぅ>
 たまがまどかの双丘の谷間に、その小さな体を埋める。ちょっと汗で湿っぽい。
「ちょ、ちょっと! いきなり何するんですかたまちゃん!?」
 隣でイチャついていたルーキーズに嫉妬したせいなのは言うまでもない。
「……もう、どうしたんですか突然」
 まどかがたまの首の皮を摘む。生物と見紛う程精巧に作られた擬体のそれがにゅーっと伸びた。
<まどか、私達にもスキンシップが必要だと思うんだ>
「リタさん、たまちゃんが変です」
「歳のせいですかね!」
「ババァ無理すんなよ」
<たま姉様、頭大丈夫ですか>
「ははは、機械人形にも発情期ってあるんだね」
「え、そうなの? リヒター」
<いえ、私もそれは初耳です>
 相変わらず、火が点くと花火みたいに言葉が飛び出す。
「あ、あんたらは本当に隙あらば好き放題言うね……」
「お、なんだダジャレか? 寒いぞ少年!」
「いや違うよ! たまたまだよ!」
<たまたまとはまた破廉恥ですね>
「いやそれは無理あるわ! つかあんたら二人は特に何にでも食いつくな!?」
<ピラニアですから>
「いや、もっとデンジャーにカンジルでどうだ」
<やだ……感じちゃう……>
「破廉恥なのはあんたじゃねーか!?」
 わいわい、がやがや。周囲の喧騒に負けないくらいの賑やかさで黒塗りのバンは進む。すぐ後ろに、珍妙なトラクターを引き連れて。


 ♪  ♪  ♪


 しばらくして、適当な定食屋を見つけた一行は車を停めるべく駐車場へと向かっていた。
 立て看板によると駐車場は定食屋から少し離れた所にあるようだ。なら先に皆を下ろそうかとルガーが思った時、
「あの、すみません」
 突然、声を、掛られた。
「はい、どなた――――あれ」
 声を掛けたのは、黒い男物のスーツに身を包んだボブカットの女性。そしてルガーは――――いや、遥とリヒターを除くやおよろず連中は、彼女が誰なのかを知っていた。
「茜ちゃんじゃないか。どうしたんだい、こんなところで」
 斎藤 茜、ブラウニング家に仕える女中――――所謂メイドさんだ。
 ちなみにブラウニング家に仕える人間は黒い制服を着る事を義務付けられているため、人々からはメン・イン・ブラック(命名リヒト)と呼ばれている。
 茜がずり下がった黒縁眼鏡のブリッジをクイッと上げながら言った。
「御主人様に言い付けられて、あなたがたを捜しておりました」
 まどかが窓を開けて丁寧にお辞儀をする。
「ごきげんよう、斉藤さん。……お父様はなんと?」
「ごきげんよう、姫様。郊外で姫様達を目撃したとの情報が寄せられたので、御主人様が捜して連れてこいと……」
「だ、そうだが……どうする? お前ら」
 ぐーぅ。
 ――――返事の代わりに、リタの腹が鳴った。
「お食事は既に用意してあります」
「行きましょう、皆さん!」
 珍獣リタ・ベレッタ、迷いのない即答であった。
 ――――確かに既に用意してあるなら断る道理はないし、何よりも食事代が浮く。正直金欠なやおよろずにとって、それは非常にありがたい。そもそもの目的地でもあるし……うん、やっぱり断る道理がない。
 逡巡してから、まどかも答えた。
「そうですね、行きましょう」


 ♪  ♪  ♪


 そして行き着いた中央区。六方に広がった花弁のようなカタパルトデッキと飛行甲板、巨大な主砲が目を引くそれは要塞都市ブラウニングがシンボル、ブラウニング城。
 その城というよりもまさに要塞! といった風貌は、防壁の時とは違い見る者に「彼らは一体何と戦っているんだ……」という感想を抱かせる。
 一条 遥もそのひとりだった。
「お、おぉう……」
 車窓から城を見上げ、感嘆の吐息を漏らす。
「凄い……私ずっと旅してきたけど、こんなお城見た事ないよ! いろんな意味で!」
「古代文明の遺跡をそっくりそのまま使ってるんですよ」
 子供みたいに目をキラキラさせて興奮する遥と、照れ笑いを浮かべながら解説するまどか。
「地上に出ているのはほんの一部で、地下にもいっぱい部屋があるんです、もう迷っちゃうくらい」
 ちなみにブラウニング城で迷子になるのはブラウニング家の者の通過儀礼だとかなんとか。
「いいなぁ、冒険したいなぁ」
 “迷子になった時の不安感が好き”という変な好みを持つ遥の、冒険者の血が騒ぐ。
<私でも未だに時々迷うからな>
「たまちゃんはボケちゃってるんですよ」
<こら、まどか。私がボケるわけないだろう>
 まどかが悪戯っぽく笑ってちろりと舌を出した。続いて赤髪の男が追撃。
「ははは、でも平和ボケはしてるんじゃねーの?」
<それはお互い様だろう、馬鹿野郎が>
「そりゃごもっとも」
 そう言ったリヒトの声は、どこか寂しさを孕んでいた。


 ♪  ♪  ♪


 やがて駐車場に到着。やおよろず一行がぞろぞろと車から降りるのを横目に誠人がコンテナから颯爽と飛び降りた。
「これがお姫様のお家か……」
「お、お姫様が住んでるって割にはゴツいな……」
 続いておたおたとコンテナから降りるカルロス。
<あの、僕はどうしたら>
「タウエルンさんも一緒に来ていただけると助かります」
 わかりました、とタウエルンが人の形をとる。
「うへぇ……機械ばっか」
 カルロスの顔にあからさまな嫌悪感。
「つまり機械ばかりで奇怪だと」
<上手い事言ったつもりですか>
 絶妙なタイミングでツッコミを入れるシロに笑いつつ、城とは逆の方向へ足を向けるやおよろず一行。
 遥や誠人達の頭上に疑問符が浮かぶ。
「あれ? お城はあっちじゃないんですか?」
 三キロ先にあるブラウニング城を指差して、誠人。
「あ、いえ、さすがにあれの中で生活はしません。家は別の場所にあるんですよ」
「なるほど」
 新人一同、納得。確かにあんな鉄の城塞の中で暮らしていたら息が詰まりそうだ。
 まどかの先導に従って進む。都会とあって人だけでなくオートマタの数も多く、誰ひとりとしてタウエルンに対して奇異の目を向ける事はない。
 それどころか、すれ違う人々がわざわざ深々と礼をしていくのがなんだかこそばゆく感じる。
 そりゃもう、遥が、
 ――――本当にお姫様だったんだ……。
 なんて、失礼な事を考えてしまうくらい。
 だが、遥がそう思ってしまうのも仕方ない。
 普段のまどかは、率先して家事を請け負うし、買い物の時はちゃっかり値切るし――――やたら所帯じみていて、お姫様というよりもお母さんだとかお姉さんという表現の方が適当だからだ。
 そして、そんな所帯じみたお姫様の家は――――
「着きましたよー」
「Oh...」
 普通に、デカかった。
 和風の庭付き大豪邸。その荘厳さに、遥は息を飲んだ。
「ふふっ、どうですか? 私のお家」
「すごく……大きいです」
 門前で侍っている二人のメン・イン・ブラックにまどかが話し掛けると、メン・イン・ブラック二人は丁寧に頭を下げ、門を開けた。
「どうぞ」
 各々礼をして屋敷に入っていくと、最後尾のタウだけが呼び止められる。
「申し訳ありませんが、機械人形の方は専用の出入り口がありますので、そちらからお願いします」
<あ、すみません>
「こちらです」
 片方のメン・イン・ブラックに案内され、タウが屋敷の角へ消えて行く。その後ろ姿を見送ってから、一行も屋敷の門を潜った。
「私、来る度いつも思うんですよ!」
 鹿威しに注がれる水を見ながら、リタ。
「ん? 何が?」
「ここってヤクザの事務所みたいですよね!」
 かこーん。
 鹿威しが、支持台を叩いた。
「こ、こらリタちゃん! そそそそういう事は大きい声で言うんじゃないの!」
 メン・イン・ブラック達の視線を感じて、遥がリタの口を塞ぐ。
「あは、あははははは……すみません」
 ――――穴があったら入りたい……。
 遥が眉間に指を当てて悶々としていると、眼前の襖が開き、ひとりの女性が一行の前に現れた。
「ふふふ。皆さん、相変わらずのようですね」
 彼女の名前はほのか・ブラウニング、まどかの母だ。腰まである黒い長髪に和服を着こなすその姿は若々しく、そして美しく、彼女の年齢が既に四十代も後半に差し掛かろうという事実を忘れさせる。
 一行が恭しく跪ずく。遥とカルロ、誠人らもワンテンポ遅れて膝を折った。
「ただいま帰りました、お母様」
 頭を下げたまどかを、ほのかが垂れ目を細めて抱きしめた。
「おかえりなさい、私のかわいいお姫様」


□Chapter 03:ないない尽くし。


 食事を済ませ、ほのかから「主人が帰るまで少し待っていてほしい」という旨の話を聞いてからどれくらいの時間が過ぎただろう。既に西の空は茜色に染まり、リタの腹がぐぅと鳴った、その時。
「すまない諸君、待たせたね」
 どこかセクシーな低音の美声を響かせたのは、黒い髪の、オールバックの若い男だった。
 眼鏡のフレームを指で上げて、男が名乗る。
「……初めての方もいるようなので名乗っておこう。私がブラウニング領領主、ヨハン・フォン・ブラウニングだ、よろしく頼む」
 各々と握手を交わしていくヨハンを見て、遥が言う。
「まどかちゃんのおとーさん、かっこいいね」
「え、ええ」
 困ったように笑うまどかの視線の先にはリヒトに耳打ちをするヨハンの姿。耳打ちされたリヒトの顔には、あからさまな嫌悪感。
 ――――何、話してるんだろう?
 直後、何故かリヒトは別室に連れて行かれてしまった。そして、
「おいロリコン野郎、テメーウチのかわいいかわいいお姫様に手ェ出してねーだろーな」
「手なんか出してねーっつの。イエスロリータノータッチって言葉を知らねーのか」
「知るかボケ、大体ウチの娘はロリータじゃねーぞコラ」
「突然何を言い出すんだこのボケオヤジは」
「オヤジ!? 今オヤジって言ったな!? 私はまだ四五だ!!」
「オーヤージーじゃーねーか! 中年真っ只中じゃねーか! この若作り、ついにボケたか」
「ボケた親父が領主なんかするか。いい度胸だな、表出ろやオラ」
「望む所だコラ」
「テメーみてーなバカ野郎とは今後一切の縁を切るからな」
「バカはどっちだ、バカって言った方がバカなんだぞ、このバーカバーカ!」
 リヒトとの壮絶な口喧嘩が始まった。
「これがなければ、最高のお父さんなんですけどね……」
 ――――あー、なるほど。極度の親バカか……。
「……まどかちゃん、よくグレなかったね」
 遥は思う。私だったら、反発して家を出ていただろう、と。……まあ、反発しなくてもこうして家を出て旅をしているのだが。
<まあ、基本的に突っ掛かるのはリヒトに対してだけだからな>
「誰にでも突っ掛かるたまちゃんよりは被害は少ないですけどね」
 和服を着た何者かが、まどかの肩に乗ったたまの首の皮をつまんだ。
<お、おい、ほのか! やめろ!>
 ほのか・ブラウニングだった。
「あ、お母様。お父様が」
 まどかが二人が消えていった部屋を指差す。未だに喧嘩を続けているようで、口汚い罵りがここまではっきり聞こえていた。
「あらまあ。ごめんなさいね、ウチの亭主が」
 そう言うとほのかは髪をポニーテールに結って、着物の袖を捲くり、部屋のドアを開け、そして閉める。
 ――――直後、屋敷中に男二人の悲鳴が響き渡った。


 ♪  ♪  ♪


「……なるほど、向こうはそんな状況になっているのか」
 腫れた右頬に氷嚢を宛てがいながら、ヨハン。
「ああ。住人に攻撃されるわ、バカでかい芋虫に襲われるわでマジ死ぬかと思った」
 同じく腫れた左頬に氷嚢を宛てがいながら、リヒト。
「で、現地から拉致……じゃなかった、保護してきたのがこちらの誠人くんと」
「……カルロ・カンナヴァーロだ」
 むすっとした顔で、カルロ。
「カルカンくんか。とりあえず現地にはウチの長男」
「誰がカルカンだ!?」
「率いる調査隊を派遣しておいた。アウロラの事についてはダイゴ達に任せておいて、君達やおよろず連中には、ブラウニング・バビロンに向かってほしい。私は国の方と話をつけてくる」
「無視かよ!」
 無視である。
「わかりました、お父様」
「なごみんなら、何か知っているかもしれないからね。頼むよ、まどか」
「ガン無視かよ!」
「そうそう、カルロくん」
 ガン無視ではなかった。ヨハンの射抜くような視線に、男――――カルロはたじろいだ。
「あ、ああ……何だよ」
 その視線で、少しだけカルロは実感した。
「場合によっては、君にもひと働きしてもらうかもしれない。具体的には、街の人達との交渉を、ね」
 今、ちっぽけな存在だった自分が、どんな立場にいるのかを。
「――――こういう時は、各々にできる最大限の事をしないとね」
 だが、カルロは理解したくなかった。そのための覚悟もなかった。何もかも、ないない尽くしだった。
 今、俺にできる最大限の事って、何だよ……。
 できる事なら、ここから逃げ出したくなった。
「というわけで、頼むよ、猫まっしぐらくん」
 ヨハンのオヤジ臭いギャグに突っ込む気力も、今の彼には微塵もない。


 To be Continued...□


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