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グラウンド・ゼロ 第7話

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匿名ユーザー

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 この幽霊屋敷に来て初めて知ったことがある。
 乗り物酔いにも二日酔いがある、ということだ。
 一晩経っても世界が揺れている。気分は相変わらず最悪で、とても何かする気
にはなれなかった。
 だがそれでもAACVに乗らなければならない。
 キチンと飲んだ酔い止めが効いてくれることを、真剣に、神様に願った。
 シンヤはまたパイロットシートに寝そべっている。
 眼前のモニターには昨日と同じように、遠くでこちらを見る青いAACVが映
っていた。
「ハイじゃー昨日に引き続いて模擬戦やるぜー?」
 タクヤからの通信。
「勝つまで、ですよね。」
「勝つまで、だな。」
「……よし!」
 覚悟を決める。今度は絶対負けない。
「状態は昨日と同じ。武器はペイント弾のライフル。オカモトもクロミネも、手
加減しちゃー駄目だぜ?」
「手加減できるほど上手くないです。」
「その、手加減したら、私が死ぬから……」
 オカモトの声。
 こうして相手と話していると、あたかもグラウンド・ゼロをプレイしているみ
たいだ。あのゲームのシミュレーターとしての出来はかなりのものだったのだな
、と感心する。したくないけど。
 操作レバーを握り直した。
「それじゃ、いくぜぇ?“テストモード キドウ”ってな」
「……はい?」
「……よーい、ドン!」
 今のは何だったのだろう。
 考える間も勿体ない。シンヤはスラスターを吹かした。
 急加速によるGで胃が引き絞られるが、今日は逆流するまでに至らなかった。
どうやら酔い止めが効いているらしい。
 未だ残る酔いも、AACVの高速移動の浮遊感に紛れて気にならない。
 イケる。シンヤは敵機を睨んだ。
 オカモトの青い機体は大きく旋回しつつこちらをロックオンしようとしている
ようだ。
 しかし彼女の盲目故か、その軌道は地面を舐める平面的な動き。
 グラウンド・ゼロならDクラス、Eクラスの初心者の動きだ。
 距離を離しつつ冷静になって観察すると、昨日、レベルの差を感じた自分が信
じられない。
 だって、負ける相手じゃないのだから!
 唇を舐める。
 シンヤは背面スラスターを点火、空中へジャンプした。
 右肩のスラスターを左下へ向かって吹かし、高速で地面へ。しかし着地する前
に左腰部のスラスターを吹かして前進しつつ、右方向へ地面スレスレを飛ぶ。

 右足で地面を蹴り、また右肩のスラスターを左下へ向かって吹かす。
 AACVの最大の特徴、戦車等の装甲戦闘車両が対応できない高速三次元機動
戦闘の基本となる、三角形軌道だ。
 これが出来ることが、AACVが“次世代”装甲戦闘車両たる所以でもある。
 なんだ。慣れれば大したことはない。嵐の日にボートに乗っているようなもの
だ。
 シンヤは不思議な高揚感を感じていた。
 今俺は、AACVを乗りこなしたんだ!
 口元がにやける。ヤバい、楽しい!
 いとも簡単に敵機の背後をとる。
 オカモトも察したようでバーニアを吹かして急速旋回。
 しかしその照準は全く正確でない。このままの動きを続ければまず当たらない
。そう確信できるほど。
 シンヤはスラスターの出力を上げ、三角形軌道から大きく外れて、高速でオカ
モトの側面に回る。
 サーフィンのような、流れに乗る感覚。
 トリガーを引いて、感覚の赴くままに敵機の脚部を撃つ。青い装甲がピンクの
血を流す。
 さらに相手が振り向く前に再び背後をとり、射撃。
 弾は全て命中した。
 シンヤはその時にはもう何も考えていなかった。
 まるでリズムにノってダンスを踊るように、動きが思考を置いてきぼりにして
いた。
 この感覚、前に――
「ストップ!」
 いきなり耳元で大声をたてられ、ビクリとする。
 操作を誤り、バランスを崩した。
 横からの衝撃で全身を打ち、同時に鋼鉄のぶつかる音でシンヤは機体が転倒し
たことを知った。
 幸いプロテクターと固定具のお陰でさして痛くはなかったが、操作レバーを動
かすのに手間取り、機体を立ち上がらせるのに少し時間がかかった。
 その間に通信が入る。
「なかなかじゃねーか。これなら、良いな。お前本当にCクラスかよ?」
「まぁ、そうですけど。」
「大きすぎる……修正が必要だ……」
「……はい?」
「良い動きだったぜ、ってこと。」
「はぁ」
 なんで残念そうな声なんだろうか、タクヤは。
 ハッチを開け、固定具を外す。シートの上に立つと、クラリと立ちくらみがし
、落ちないように慌てて装甲の縁に手をついた。



 その様子を別室のモニター越しに見ていたタクヤは、椅子を回転させて後ろを
向く。
 腕を組んだアヤカ・コンドウがそこに居た。
「……で、どんな感じすか。」
 タクヤはアヤカに問う。
「昨日の結果ではとても使えそうになかったけれど、これなら十分ね。」
「そすか。」

 アヤカはタクヤに視線を向ける。
「何か言いたげね。」
「気のせいっすよ。」
「そう」
 タクヤはまたモニターに向かった。
 通信機のスイッチを入れる。
「はいゴクローさん。……と言いたいが、これで終わらせる気など初めから無い

 シンヤの間抜けな「へ?」という声。
「騙して悪いが、仕事なんでな。次に回避行動の訓練に移ってもらおう。」
「また乗るんですか!?」
「このネタ二度目だよな。」
「いや知りませんけど、これで終わりじゃないんですか。」
「まーねー。ま、頑張れ。死にたくないだろ?」
 明るく言ってやると、シンヤは黙った。
「んじゃ、モニターしてるから。まずはロックされにくい動きからな……」



 アヤカはそれから数分の間、再び通信機越しに指示を始めたタカハシの背を眺
めていたが、その内にインカムを耳に当てた。
 通信先を弄り、接続する。
 繋がった。
「失礼します。こちらは幽霊屋敷特別職員のアヤカ・コンドウです。少々お時間
よろしいでしょうか?」
「何だ」
 低い男性の声。
 老人のものだ。
「たった今シンヤ・クロミネの二度目の模擬戦闘が終了しました。結果から申し
上げますと、即実戦に出せるレベルです。」
「AACVに乗った回数は」
「まだ二回です。」
「二回目でそのレベルか。」
「はい。通常Aクラスプレイヤーでも実戦レベルになるには一週間、早くても四日
かかりますが、彼は二日でそのレベルに達しました。」
「なるほど。これはやはり……」
「やはり、そうなのでしょうか。」
「模擬戦闘だけで判断するのは早計だがな。しかし、もう良いだろう。」
「では、地上に?」
「ああ。もし本当にそうならば、少しでも長くAACVに乗せた方が良い。しか
しまだ直接戦闘はさせるな。」
「了解しました。では、二時間後にそちらに映像と解析データを送らせていただ
きます。」
「ああ、頼む。」
「では、失礼いたします。」
 通信を切る。
 いつまでたっても、あの老人と話す時は緊張してしまう。
 眉間を押さえ、ファイルを開いた。
「……そんなもの、負け犬の言葉よ。」
 アヤカはひとりごちた。
 開いたファイルのページには『Gifted』の文字があった。



「はい訓練終了。おっつかれるえ!」
「耳元で大きな声出さないでください。」
 頭が痛い。
 酔い止めの効果は絶大だった。

 訓練中、昨日の酔い以外の更なる酔いは全く感じられなかった。医学万歳。
 再びハッチを開け、立つ。
 ヘルメットを脱いで、大きく鼻から息を吸いこんだ。硝煙の匂いが僅かに
鼻を刺激する。
「んじゃ、後片付けはこっちでやっとくから、シャワーでも浴びてきな。」
 返事をしつつ、ワイヤーで床に降りる。
 少しフラついた。
 ふと見ると、少し離れたところのオカモトも、杖を持ってAACVから降りる
ところだった。
「オカモトさん」
 声をかけるとオカモトは気づいたようにこちらに顔を向ける。
 つい手を振ろうとしてしまった。
「お疲れさまでした。」
 そばに歩み寄る。
 彼女はヘルメットを外し、お辞儀をした。
「お疲れさま……です、クロミネさん。凄かったです。」
「オカモトさんこそ、目が見えないのにあれだけ動けて、凄いよ。」
 二人は自然と出口へ向かって歩みはじめる。
「一体どうやって?」
「えと、それはですね……」
 オカモトは脇に抱えたヘルメットをこちらに差し出す。
 受けとると、自分のものとは微妙に形状が違うことに気づいた。
「カメラとか、そういったものを取り払って、代わりに集音機能を強化してある
そうです。ヘルメットが違います……よね?」
「確かに違うね」
「立体的な音が聞こえるので、どこに何があるか、それでわかるんです。あんま
り周囲がうるさいとわからなくなりますけれど。」
「へぇ。なんかアレみたいだな。」
「アレ、ですか?」
「ほら、時代劇の主人公でさ、盲目で、凄腕剣士の。」
「座頭市……ですか?」
「そうそれ。カッコいいよ。」
「すいません、座頭市はあまり詳しくは……」
「大丈夫、俺も良く知らない。」
 シンヤのその言葉に、オカモトはクスクス笑った。
 笑顔になると、彼女の重苦しい雰囲気が薄れたような気がした。
 テストルームを出て、やがて更衣室前へと差し掛かる。
「それじゃあ……これで。」
「お疲れ。また訓練やる時はよろしくな。」
「ええ。……訓練なら、いくらでも。」
 そうして彼女は女子更衣室へと消えた。
 自分は男子更衣室に入り、パイロットスーツを脱ぐ。
 ベンチに腰かけると、はっきりと酔いが感じられた。微妙にテンションが高く
なっているのはこのせいか、と今更ながら自覚する。
 ああ、寝たい。三半規管を休ませたい。
 タオルで体を拭いていると、知らぬ間にかなり汗をかいていたことを知る。
 シャワーを浴びなければ。
 シンヤは立ち上がった。


 学校も終わったが、家に帰る気分にはなれなかった。
 リョウゴは駅前広場の花壇に腰かけ、ぼんやりと道路を行き交う自動車たちを
眺めていた。
 時間はもう夕方で、街は暗くなりかけている。
 トラックが視線の先を横切ると、今は亡き友人の顔がどうしても浮かぶ。
 はねられる姿を想像してしまう。
 あんな酷い状態になるなんて、一体何があったのだろう。
 はねられて、それで……。
 リョウゴは俯いて、目をこすった。
 悲しくなる。だけど、動きたくない。
 いつも通りモノレールに乗って家に帰ってしまったら、シンヤのことを考えな
い時間を一秒でも多く経験してしまったら、その分この悲しみは薄れていくに違
いないのだ。
 そしてその内、声も、顔も思い出せなくなる……。
 そんなの、悲しすぎる。
 一秒でも長くアイツのことを覚えてやることが、自分なりのシンヤに対しての
友情の表し方だと、そうリョウゴは思っていた。
 体がぶるりと震える。
 段々寒くなってきた。
 明日は休日で、四連休の初日だ。
 そして、シンヤの告別式の日でもある。
 腕時計で時間を確認する。
 ひび割れたガラスのそれがリョウゴの腕に馴染むにはもう少し時間がかかりそ
うだった。

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