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第十話 「海に潜む者」

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 『Diver's shellⅡ』


 第十話「海に潜む者」



 都市伝説というものをご存知だろうか。
 都市伝説は民間口承であり、地球(アース)があったころに定義され、第二地球(ネオ・アース)に人類が移住してもなお生き続けた。
 生命の設計図を解析し、星の海を渡っていけるほどの科学があるというのに、非科学や出所不明の噂を払拭するには至らなかったのである。所詮人は人以上にも以下にもならないのだろうか。
 つい最近、ダイバーの間でこんな噂が飛び交っている。

 曰く、巨大な怪獣が船を襲って沈めた―――……。
 曰く、その船には金銀財宝が!
 曰く、うんたらかんたらがどうのこうのでひゅーひゅーひゅー。

 要約すると、良く分からない怪獣らしき巨大なブツが船を襲って沈めた……ということらしいのだが、胡散臭いの極み―――……とは限らない。驚いたことに。
 つい最近のことだったろうか、クラウディアがオヤジさんから聞いた話の中に、セントマリアから出航した船が沈んだところを運び屋の姉妹が目撃した、なる話があったのだ。
 詳しい話は聞かなかったらしいのだが、ドンパチをやって沈んだ……というのだ。この時のドンパチは荒事となるはずだが、一概にそうは言えない。
 ものは試しと運び屋を営むチェルヴィ姉妹に連絡を取り、確認して見たところ、こんな返事が返ってきた。

 『あぁー、ありゃ明らかに襲撃ッスね。ギャングの連中が怪しげなブツを積んだままドンパチした挙句に水没しちゃったんでしょうッス。何と戦ってたかは見えなかったッスけど、潜水艦か何かじゃないッスか?』

 裏の世界で生きるギャングとて、大小ある。大きいところでは企業を経営しているという噂が立っているが、小さいところでは恐喝が精々に違いない。
 それはとにかく、潜水艦が出てくるのは、不自然ではないか?
 ジュリアに根拠がある訳ではないが、直感が「これはギャング同士の抗争などではない」と囁くのだ。潜水艦を持ち出すよりも、ボートに火器を搭載するなりなんなり、コストとリスクの低い方法はいくらでもあると。
 そこでダイバー仲間の間でまことしやかに囁かれる噂が出てくる。
 巨大な怪獣―――……。
 こうは考えられないだろうか。ガードロボがギャングの船を襲撃し、沈めたと。遺跡のガードロボは主に水中で行動をし、外敵や異物を排除する。襲撃したのがガードロボなら、チェルヴィ姉妹の目撃談にも納得がいく。
 しかし、この推理には致命的な穴がある。
 一つ目にガードロボの習性である。ガードロボは、遺跡に接近しない限りは害を加えることなく、黙々と施設の現状維持に努める。セントマリア島の付近に遺跡は無く、航路をそれたにしてもよっぽど長距離迷わなくては襲撃されない。
 二つ目に、ガードロボの大きさである。大型のガードロボでも潜水機と同程度かちょっと大きい程度なのに、「怪獣」と称される程の大きさのガードロボがいるのだろうか。そしてわざわざしゃしゃりでてきて襲撃などするものか。
 謎が多すぎる。
 でも、ジュリアは「怪獣」の出没した地点を調べてみたかった。
 理由は新型潜水機の性能を確かめたかったという、不純でありながら純粋な思いであった。その思いはついこの前購入した漫画本を鑑賞中に芽生えたというのはトップシークレットである。





 第二地球暦148年 13月18日 正午
 セントマリア島近海
 天候 晴れ



 ダイバーにもそれぞれだが、この状況は想定外だったとジュリアはざっと数えただけでも十隻はありそうなクルーザーの群れを眺めた。
 曖昧模糊な情報でも、食いつく輩は自分も含めて居るのだ。ダイブスーツを着たまま喫煙していたジュリアは、灰皿の上で指を揺らし灰を落とすと、窓ガラスに向かって息を吐いた。温度差と紫煙で窓が白くなった。
 寒風吹き抜けるというのに空は憎憎しいほど青い。雲は絹を引きちぎったように点々と。
 例の噂を聞きつけたダイバーが、セントマリアから少々距離を置いた地点に集結していた。
 ジュリアは『月光』を灰皿の冷たい面に押し付け火を殺すと、両手を合わせ、背筋をポキポキさせるような伸びをして、船内を歩いていく。小波が船を緩慢に揺らしているのが分かる。
 気温はコートが必要なほど寒いが、ダイブスーツが外気温を遮断してくれるために注意すべきは顔面のみだ。絶対にやらないが、その気になれば寒中水泳だって出来る。
 ジュリアは格納庫に入って、巨大な相棒を見上げた。

 「よーっす。調子は?」

 潜水機『クラドセラケ』。
 可変機能を得た、二人の新たな相棒。格納する都合上、人型形態で棒立ちしているそれは、海の色に同化するようほんのり藍色の化粧をしており、固定器具にがんじがらめにされているのが気に食わないようにモノアイに小さい光を宿して存在している。
 ジュリアが手を挙げるや、赤い眼光が音も無く下方に向けられ、視線を絞る。それはあたかも獲物を嗅ぎつけた鮫が瞳を鋭くしたかのようであった。ちょっとびっくりした。
 ―――……心臓に悪い。
 クラウディアを呼ぼうと声をかけたのに、どうして機体が反応するのか一瞬理解出来なかった。恐らく、中でクラウディアが操作したのだろう。コレには自律機能もAIも搭載していないのだから。
 手首をくるくる廻しつつ、クラドセラケの足元に歩み寄り股間の部分にあるハッチの前で止まって拳でどんどん叩く。
 真下に入られたせいで追えなくなったモノアイは真っ直ぐを見据えた。
 ハッチを叩いて約五秒後にハッチがせり出てきて圧搾空気を漏らす。次に、内部機構が作動し何かが重々しく回転するような掠れ声と共にハッチを更に押し出す。隙間から梯子が出て、やっとクラウディアの足が下りてきた。
 こんなに時間がかかることから分かることだが、たとえば軍用機に採用されたとしたら、スクランブル(緊急発進)などは不可能である。もっとも、潜水機などを使うより潜水艦などの方がずっと実用的であるが。
 入り口が狭いためにクラウディアは体をぶつけぬよう慎重に降りてくる。もぞもぞやってやっとのことで床に降りると、いつになく乱れたダークブルーの髪を頭を振って直す。無事なのは謎構造のアホ毛のみか。
 とんっ。床に降り立てば、ダイブスーツに締められているはずの胸が揺れた。



 「ちょっとお~! せまっ苦しいんだけど!」

 流石のクラウディアとて、入るのに苦労する機体は好みではないらしく、頬を膨らませ腕を組みぷんぷん怒鳴った。腕を組むと必然的に……そんなことは重要ではない。片や胸富者で片や胸貧者などどうでもいいではないか。
 ジュリアは、クラドセラケのきゅっと細い脚部に手を置いて撫で、ちょっと体重をかけた。人一人が体重をかけて倒れるほど柔な固定を成されていないから、特に問題ではない。

 「仕方ないじゃん。可変機構に、それに伴う補強とか、その他必要不可欠な内装を固めていったら人が乗るスペースが多少狭くなるのも、さ。それに……」
 「それに?」

 ジュリアははたと言葉を止める。腕を組んだクラウディアを尻目に、金属製の足を人差し指でなぞり手を離しハッチの中に体を突っ込む。無駄が無く細い肢体は狭すぎる入り口を物ともせず、あっという間に内部へと入る。
 どうやら搭乗口に関しては貧しい者の方を標準としてあったようだ。
 中から梯子を叩き、早く入って来いと催促する。
 クラウディアは梯子に足をかけてのそのそと登りつつ口を開いた。

 「あーん、胸が無いっていいなぁー」
 「……なにか言ったか?」
 「なんでもないわよぉ?」
 「あっそ」

 聞き捨てならぬ言葉が鼓膜を捉えた気がして、脅しの意味で声を冷たくしつつ相棒に言ったが、のらりくらりと流されてしまう。
 ジュリアとて、女性だ。そりゃあ男性チックなものが好きで、女性チックな品は持ってないかもしれないが、身体的な面に関して気にしていないわけじゃない。けど、そんな簡単に変化するわけじゃないのだ、特に胸などは。
 いいよなぁ、こいつ。
 ジュリアは、操縦席後部の補助席に座った相棒を心眼で眺めた。
 推定―――……D? そんなもんじゃない。もっとだ。凶悪なサイズ。G? 分からない。
 誠に悔しいことに、ジュリアの胸量はクラウディアに遥かに及ばず。ナニを食ったらここまで大きくなるのだろう、というか、肩こりはどうなんだ、なんて言いたくなる願望を腹の奥に堪え、作業を開始する。
 クラウディアは前に並んだ画面を見つつ、的確に作業を進めていく。
 クラドセラケの心臓部とも言える電池とそれに伴う必要な機構―――……オールグリーン。
 各部モーター、関節、変形機構―――……オールグリーン。
 スラスター類―――……オールグリーン。
 火器管制システム―――……オールグリーン。
 センサー類―――……オールグリーン。

クラドセラケのモノアイに一段と明るい赤が灯るや、遠吠えにも聞こえる稼働音が格納庫に響き渡り、徐々に小さくなった。ジュリアの操作に同調して手が動き、脚が固定器具に拘束された範囲内で蠢く。
 ジュリアは、動きが当初設計していた範疇に収まっていることに満足げに頷くと、座席の背もたれに体重をかけて首を後ろの方に廻す。

 「船は私達が出次第、自動操縦で離れた位置に行かせる様にした」
 「? なんで?」

 噂を確かめに来ただけなのに、船を遠ざける意味などあるのだろうか。
 首を傾げるクラウディアに、ジュリアはこめかみの上付近を人差し指で叩いて見せ、機体を本始動させた。

 「予感がする。危険だから船を逃がしておけって」

 冗談のように、全ての画面に起動の証が表示された。

 <Welcom!>

衝撃。
 クラドセラケが海に落ちて水飛沫を上げ、操縦席に伝わり二人を揺らした。
 クルーザーはプログラムされた通りにスクリューをはためかせ海面を進んでいき、ダイバーひしめく海域から姿を消した。
 遺跡に潜るわけでも急いでも無いので、人型形態のまま沈んでいく。

 「ところで」

 ジュリアは何かが起こったら水も飲めないので、スポーツ飲料の入ったパックの中身を啜りながら背後のクラウディアに声をかけた。

 「あのいちゃいちゃ新婚さんらはここに居るのかね」
 「居ないわよ」

 きっぱり言い切って見せたクラウディア。ジュリアはクラドセラケを試すため、左右のメインスラスターを順番に稼働させたり、水中で静止したりしている。
 クラウディアは口元に笑みを浮かばせた。見事なまでのニヤニヤ笑い。前席にわざと顔を寄せて囁く。
 ジュリアは、口に溜めたスポーツ飲料をごくりと飲み、

 「おめでただって、メリッサ」
 「ブッ!?」

 吹いた。
 思いっきり吹いた。
 唾液とスポーツ飲料をミックスした溶液を、口から噴霧した。液はカタパルトよろしく射出され、真新しい操縦席回りにへばりつく結果となった。なんてこった。初稼働日に汚すとは。
 タオルで拭って水分を落とし、きっと背後を睨みつけた。ばんッ。操縦も忘れて椅子を叩き。

 「嘘だろ!?」
 「本当よん。何ヶ月かは教えてくれなかったけど、赤ちゃんが出来たから体に負担を与えちゃいけないからって」
 「初耳だぞ、私は聞いてないぞ」
 「私だってついさっきメールで知ったの。ジュリちゃん、携帯電話は見た?」
 「……忘れてきた」

 そういえば家を出るときに携帯電話にメールが来ていたが、考え事をしていたためにおいてきてしまって内容も見ていなかった。考え事の内容は潜水機だった。
 ジュリちゃんという、普段なら言い返す呼び名を聞いても今ひとつぱっとしない返事。
 子供が出来たことは非常に喜ばしい。ジュリアに子供を産んだ経験はないが、あのユトとメリッサならいい父親と母親になるんだろうなとなんとなく思った。
 今思えば飲み会の時にメリッサは、元々呑めなくても一口はお酒を呑むのに、イチゴジュースのみを飲んでいたが、そのためだったのか。アルコールは胎児に悪影響を与えることを知らない人間の方が少ない。
 それにしても妊娠何ヶ月なんだろうか―――と思考がその領域に及んだが、止めた。他人の体について詮索するのはいい趣味じゃない。子供が欲しくても授かれない人もいるのだから。
  クラドセラケは人型のまま、バタ足するように両脚を動かしつつ、すいすいと海面近くを泳ぐ。その気になれば鮫型に変形するが今その必要は無い。
 むっつり考え込み機体の操縦に没頭し始めたジュリアに、背後からぞわりと染み寄る気配一つ。

「ジュリちゃぁぁぁ~~ん?」
 「ん?」

 クラウディアの唇が言葉を刻み、ジュリアの耳に文章を伝える。
 数秒後、ジュリアの頭が瞳の赤色を超越する赤に染まった。

 「ばっ、バカヤロウ! 知ってるわそんなこと!!」

 ナニを知っているかは想像で補完するしかあるまいが、公の場所では話せない内容らしい。ジュリアは操縦席の壁をばんばん叩いた。
 するとクラウディアはニヤけ度を二割増しにして喉を鳴らし更に顔を寄せた。
 二人は潜水機の中というより、着替え中の女子高校生同士としか思えぬテンションで姦しい会話をする。というか、仕事はどうしたのだろうか。暢気にじゃれ合っている場合なのだろうか。

 「ふふーん……ふんふーん? どうやって知ったのかなぁ~??」
 「……ッ……そんなもの……」

 ぶつぶつぶつぶつぶつ……。
 何事かを囁かれた直後から顔を赤くして最終的には念仏を唱えるようにぼそぼそ呟いて後ろを見ようとしなくなった。アレをそうすればどうの、ネットでどうの、男性がどうの、支離滅裂で。
 操縦に心の動揺がもろに反映されたため、クラドセラケは酔っ払いのようにあっちにこっちにふらふら。
 他のダイバーが搭乗する一機の潜水機が、不審な泳ぎ方をするクラドセラケを、モノアイで胡散臭そうに眺めた。
 現在の海は平和だ。
 寒気満ちる大気の直下には、黒々としつつ群青を湛えた海水があり、生命をその手の中に優しく抱きしめている。複数の潜水機が水中を動くと海水が押しのけられて光のカーテンを不安定にする。
 基本的に単独行動が主である潜水機が狭い海域にひしめくことは無いため、上空から見たらさぞ壮観だろう。
 ジュリアとクラウディア、それと十人前後のダイバーが海域を捜索したが、一向に「怪獣」とやらは出てこない。ソナーにも視界にも、見えない。怪獣と呼ばれるほど巨大なら映ってもいいようなものだが……この海域から逃げ出したのだろうか。
 スラスター調整。両脚を前に出し水中で静止。スラスター出力を上げて水面から頭部を出して周囲を見回す。ダイバーの船が散らしたように浮いていて、海鳥がみゃあみゃあ鳴いて飛び回っている。
 いつの間にか冷静さを取り戻したジュリアは、怪獣を探すよりも機体の運動性を試したくなってきていた。スラスター出力を上げて水中を行く。


 「ふぁぁ~~~……ねむぅ」

 暇。クラウディアは演技ではなく本当に欠伸をする。涙が滲む。
 気がそがれたが、いざ。

 「いくぞ」
 「えっ、あっ、きゃああ!」

 可変。
 ジュリアは相棒に宣言することなく、クラドセラケを水中で変形・急減速した。Gが体を締める。
 スラスター付きの足が引き込まれ、手が引っ込み胸のカバーが跳ね上がる。帰還用スラスターの付いた「尾」が体に密着し結合、先端のヒレ、機体左右と上部のヒレが機敏に動く。
 変形に要した時間はほぼ一瞬。
 機体は鮫のそれに酷似した形状に変形した。
 鮫の頭、その瞳が凶暴な赤い光を宿す。
 スラスター全開。大量の水を高速で吸入し圧縮、推進力と成す。クラドセラケは敏捷なる一匹の水獣として海水を切り分けて。

 「ひゃっほー!!」

 ハルキゲニアより速く、反応もずっと敏感。新品のバイクを高速道路で慣らし運転するが如く、噂の検証を忘れて水中を駆け回る。
 操縦するジュリアはいいとしても、いきなり高G下に叩き落されたクラウディアはたまらない。戦闘時でもないのに機体がやたら滅多ら速度を出してぎゅんぎゅんと機動するのだ。しかも未経験。ジェットコースターに乗ってるようだった。
 赤の眼光二つ、海中に残像を残す。

 「ジュリー! 速すぎ!」
 「いいだろー!!」
 「よくなーい!」

 猛回転しながら高速で海の深みへと。
 一応、操縦席そのものがGを軽減しある程度は向きや角度を直してくれるが、回転しつつ高速を出すという暴挙に及べば、不可能である。
 クラウディアの元気な悲鳴とジュリアの楽しい声。
 海中の肉食獣は、魚雷のような速度で海水を舞う。可変。手足が伸び、人型に変形。急減速。クラウディアのダークブルーの髪が前に傾き、シートベルトが胸と腹に食い込み呻く。
 スラスター出力低下、クラドセラケを人型にして海中で止まる。

 「ふー……いいもんだ」

 ジュリアは操縦の手をそっと緩めると大きく息を吸った。
 妖刀の試し切り直後で愉しい……に近い雰囲気を纏ったジュリアは、機体から伝えられてくる情報をモニターを眺める。各部問題なし。変形機構異常なし。
 と、ジュリアの頭をクラウディアがぼこんと叩いた。手で頭を押さえ後ろを向くとぎゃーぎゃーうるさい顔があった。怒鳴られた時の防音として指を耳の穴に突っ込む。

 「んー?」
 「んー? ……じゃないでしょ! 飛ばすなら飛ばすって言ってよね!」
 「怒るなよ、これからコイツを使い続けるんだから」
 「むー、むー、むー!」
 「むーむーうるっさい」

耳の穴から指を引き抜き、団扇を扇ぐ動作で相棒を追い払う。
 相棒は頬を膨らませていたが、自分の仕事に戻った。本当のところは余り怒っていなかったのかもしれない。
 ジュリアはふと思った。怪獣は海底にへばりついているのではという何の根拠も無い考えを。海域から逃げていないのに発見出来ないということはそれ以外に考えられない。
 もしそうだとすると、自分らは既に―――……。
 突然、画面に赤い文字で「警告」が表示された。警報が鳴り響く。ソナーに感あり。深海から急速に浮上してくる、船のように巨大な物体があった。他のダイバー達も気が付いたらしく慌しく行動を開始する。
 可変。人から鮫へ一瞬で姿が切り替わる。
 不明物体を迎え撃つため、鮫が瞳を鋭く光らせた。

 「来るぞ!」

 背筋に悪寒が走る。
 直感が叫ぶがままに機体を横転させて、距離を取らんとスラスターを全開にした。二本のスラスターが膨大な量の水を噴出、クラドセラケに速度を与える。
 血が騒ぐ。
 四の五の言っている場合ではなくその危険から逃げんと叫ぶ。その牙はとても鋭く硬く素早くお前を捕まえ噛み砕くと。一度口の中に入れられたら逃れる隙間などありはしないと。

 「く………!?」

 クラドセラケのすぐ横に何かが伸びるや、海底に引きずり込まんと身をぶつけてくる。蛇のように細長く、見たことの無い色の素材で構成され、表面にも何かが―――……。
 スラスターとヒレを併用して身を捩る。コンマ数秒、ソレがクラドセラケを捕まえられず海の底に引っ込んだ。
 至近距離戦闘武器を積んでいないのだから、距離を取る以外の戦法はありえない。最大推力で海面へと逃げる。後ろを振り返ることなく、一直線に海面を目指し。

 「一……二、三、……」

 クラウディアがなにかの本数を数えているのが聞こえたが、のうのうと質問出来る時間は無かった。

 「うわっ、バカっ!」

 緊急回避。
 ジュリアが毒づく。
 異形が攻撃を仕掛けきたのを見た同業者達が、一斉に魚雷を放ってきたのだ。十発前後の魚雷の群れが白い航跡を曳きつつ、クラドセラケの横を通過して、暗闇へと突っ込んでいく。
 うっかり魚雷を喰らおうものなら文字通り爆死していた。誤射で死亡など冗談ではない。
 魚雷達は目標を捉え確実に距離を詰め、己の存在目的を果たす。信管作動。全ての魚雷がほぼ同時に爆発し、群青に朱色の球体群を創造した。衝撃がクラドセラケを揺さぶった。
 電子音がし、画面に新たなウィンドウが開いた。

 「スキャン完了。ガードロボのつもりでやってたら時間かかっちゃった。見て、これ」
 「なんだ……こりゃ……」

 ジュリアは、ソナーを使用しての解析結果を見て目を見張った。
 ずんぐりとした胴体から生える八本の足。それぞれがそれぞれで動ける構造で、表面にはお皿のような構造体が無数に張り付き、生理的な嫌悪感を呼び起こさせる。胴体には円状の二対のカメラアイらしきものがあり、頑丈そうな瞼に覆われている。
 そう、その異形はキリスト教では悪魔の魚とも呼ばれる、蛸そっくりだった。
 さしずめクラーケンとでも呼称しようか。あの機械がもし船を襲撃すれば、なるほど確かに沈めて貪ることも容易であろう。比較する物体の無い海に居るせいか大きさを実感できなくとも、数値は恐ろしいことになっている。
 異形―――……クラーケンは、魚雷で吸盤を爆ぜ壊され怒り狂い、八本の触腕を引き、体を前に突っ込んできた。目標は最も近い位置にいるジュリアとクラウディア。蛸が鮫を追うけったいかつ殺気のある鬼ごっこ。
 巨大なのに、速い。反則だ。スラスター全開。魚雷ランチャーを起動しロックオンの準備。
 クラーケンが迫った。二人は仲良く絶叫した。


「あ、避けてー!!」
 「うえええええっ!!」

 反撃をしようとしたが、イノシシ式の突撃を決めてくるクラーケンのお陰でままならない。
 鉄塊級のそれが真下から突っ込んでくるのを危なげにかわし、魚雷の照準マーカーを合わせる。大質量の物体が海中を動いたためにクラドセラケは風に揺られる蝶のようにふらつくが、なんとか体勢を整え、発射した。
 遠距離用魚雷はしかし、確かに命中したはずなのに装甲を抉るのみでしかなかった。
 クラーケンは魚雷に撃たれながらも他のダイバー達をひき肉にせんと襲い掛かり。

 「硬すぎる。何か手は?」

 ジュリアは、逃げるか戦うかの二択をカードとしてならべ、迷った挙句戦うを選択していた。逃げるのは性に合わないし、何よりやられっぱなしでは癪に触る。
 ライト光量を全開にしてクラーケンを視界に捉える。他のダイバー達が果敢に立ち向かっているが、装甲に阻まれ決定打を与えられていない。距離をとっても魚雷の爆発音やクラーケンの錆びた鉄を擦り合わせるような鳴き声が響いてくる。
 どうやら、攻撃手段が近接攻撃しかないようで、距離を取っていれば被害は無いようだ。といっても攻撃されて腹を立てているので油断は出来ない。
 該当データなし。行動パターン不明。弱点不明。目的不明。
 何もかも分からない状況で、ひょっとすると命を刈られるかもしれないという恐怖が身を竦ませる。痛いのだろうか。機体を掴まれ潰されたら、苦しまずに死ねるだろうか。分からない。死んだことがないから分からないし死ぬつもりも無かった。
 同時に、気持ちが高揚してもいた。一種の興奮状態。未知なる領域に足を踏み入れたときの感じと似たそれがジュリアの肌を鳥肌にする。

 「弱点を狙い撃ちするしか無いと思うわ。ホラ、眼とか弱そうじゃない」

 構造データをつぶさに観察しつつソナーでクラーケンを捉え続ける作業をしていたクラウディアは言った。指で画面を叩き、クラーケンの眼を拡大表示する。
 ジュリアは暴れるクラーケンから一瞬だけ情報の方に目を移した。

 「眼を……ねぇ。ゲームだとお決まりのパターンだけど、通用するんかね」
 「じゃあ逃げる? お姉さんはどっちでもいいわよー眠いし」
 「却下。新型機の性能を見せるときがきたってことで」
 「りょーかい」

 ジュリアは眼をごしごしと擦って深呼吸をし、巨大な影を見据えると、人生で言ってみたいセリフランキング上位に食い込んでいる文章列を口に出した。

 「狩りの時間だ!」


 「発射!」

 リボルバー式の魚雷ランチャーから一発の魚雷が放たれ、マガジン兼発射機構が回転、二発目の魚雷を発射した。
 蜘蛛の子を散らすように逃げ出す潜水機達が気に食わないのか、クラーケンは八本の触腕を駆使し距離を詰めていくが、その度に魚雷で足止めを喰らい吸盤や装甲を落としていく。
 その背後から、胴体目掛けて魚雷二本が矛先を突き立てた。遠距離用の魚雷は通常より炸薬量が多いため、より大きい火球でもってクラーケンの図体を傷つける。空気の塊が生まれ、粉々になりながら消えていく。
 逃げる相手より、立ち向かってくる相手のほうがやりやすい。大蛸は一匹の矮小な鮫に狙いをつけると猛然と突進を開始した。
 積極的に攻撃を加えようとするダイバーは居ないようで、皆が逃げるか遠くから見守るかの二種類しかない。倒せるかも分からぬ異形を相手にしたくは無いのだろう。
 ジュリアは、八本の触腕をうねらせ獲物を捕らえんと迫る敵に、逃げるのではなく、自らぶつかるようにスラスター出力を上げた。移動形態のクラドセラケがモノアイを光らせた。

 「おっとっ!」

 肉薄。
 回避。
 通常形態に可変することで急減速、帰還用スラスターを併用し潜水機とは思えぬ瞬間速度を発揮、クラーケンの突進をかわし、あろうことか脚で胴体を蹴り飛ばし華麗な方向転換を決めた。闘牛士が闘牛をひらりとかわすのと同じだ。
 クラーケンとクラドセラケの眼が睨みあう。
 魚雷ロックオン。クラウディアが、魚雷が至近距離で爆発しないよう迂回するルートを指示した。
 発射。
 急に止まれぬクラーケンは、直線ではなく曲線を描いて迫る魚雷を触腕で叩き落そうとしたが失敗して眼の片方に命中を許してしまった。爆発。装甲の薄いカメラアイが消し飛び、内部にまで損傷を与えた。
 三連装遠距離魚雷ランチャーのマガジンが空になり、自動で装填が始まる。ランチャー後部から魚雷が移動して一つ一つ詰められていく。この間は無防備なのでクラーケンから離れた。
 潰れた目から青い電流を海中に枝分かれさせ、機械にとっての血液、オイルを流し始めたクラーケンだったが、残った方の目で敵意をむき出しにして八本の触腕をあっちこっちに蠢かせていて。
 ダイバー達が放った魚雷を喰らったせいなのか、あちらこちらの吸盤は欠落し表面が凹み抉れてひび割れている。満身創痍でもなお戦闘を継続しようという心意気だけは感心してしまう。
 クラウディアは口元に手をあてた。

 「ぼろぼろねー、あの子」
 「あんだけタコ殴りにされてたんだし目も潰したし、当然じゃないの」

 クククと笑い声。

 「タコ殴り……?」

 ジュリアは頭を振り、後ろからじりじり寄って来ていた頭に裏拳を食らわした。ぼこっと痛そうな音がしたが、気にしない。
 クラウディアが額を押さえ、口を尖らせ文句を言う。

 「痛ぁ……女の子の顔を殴るなんてだめよジュリちゃん」
 「女の子って歳じゃないくせに? 仕事しろよ仕事………うおおお来たぁ!」

 クラーケンが必死の突撃を仕掛けてきた。
 更に一発デコピンでもやっとこうかなと頭の中で悪魔が囁いたが、目の前でこちらを虎視眈々と狙っている悪魔の魚を始末せねばならない。
 移動形態に可変、スラスター全開で深みに飛び込み突進を回避する。両手を広げ減速し魚雷が装填完了したのを見計らって一発を牽制に発射。白い跡を吐きながら魚雷は、クラーケンの触腕一本に致命的な一撃を与えた。海に緩い閃光が走る。
 漏電してオイルを撒き散らし片目と腕を一本失ってもなお、クラーケンは諦めずに立ち向かってくる。無傷のときと比べ物にならない遅さの体当たりを、移動形態で海を泳いで距離を離す。

 「連射で仕留めるぞ」
 「おっけー。目を狙うコースね?」

 ジュリアは後ろを向かず声だけでクラウディアと意思の疎通をした。
 スラスター出力を巡航速度に固定して、海に落ちた人を食い殺す前準備のようにクラーケンの周りをぐるぐると泳ぎ回る。弱りきったクラーケンはしかし威嚇するよう触腕を前に出している。

 「今だっ!」

 魚雷を三連射。
 強力で高速の魚雷がクラドセラケから飛び出す。くねくね踊りながら命令に従い、触腕振り乱すクラーケンの胴体へ殺到した。
 ―――ズズンッ。
 魚雷を三発同時に胴体に受け、クラーケンは鉄の悲鳴を上げ触腕を振る。両目は潰れ、損傷が激しく泳げなくなり深度を維持できないため、小爆発を起こしながら深海へと消えていった。

「も、儲けが無いなんてー!」

 後部席でクラウディアが嘆いた。
 確かにバケモノ退治は出来たがお金になるものは一切引き上げていないわけで、魚雷を撃ちまくった挙句これでは骨折り損のくたびれ儲けではないのか。儲けになりそうな対象は今まさに沈んで行っている最中。
 ええい、ままよ。
 ジュリアは沈み行くクラーケンを追うべくスラスター回転率を上げた。

 「待てーっ。金がぁー!!」

 行かせてなるものか。
 ライトとソナーを使ってクラーケンを捕捉してぐんぐん追いかける。クラーケンは見た目より軽かったらしく、ゆっくりと沈んでいっているのが見えたが、ほっとけば深海に達してしまう。

 「ジュリちゃん、早くしないと深海にご一緒することになっちゃうわよ」
 「分かってる分かってる」

 あっという間に追いつき通常形態に移行。触腕の一本に取り付いてプラズマカッターで装甲を剥ぎ取りにかかる。沈みながらの作業なので足場は極めて不安定。ジュリアは何度かしくじって頭部をクラーケンにぶつけてしまった。
 千切っては収納千切っては収納。吸盤状パーツも収納。あと適当に仕舞い込み、離れる。
 二人が見ている中で鉄の怪物は穏やかに緩やかに空気の粒を噴くと、暗黒と死で満ちた深海へと沈み、見えなくなった。海に絶対なる静けさが戻る。雑音が消え、スラスターが機体が沈まないように水を吐く音が機体内に聞こえるようになった。

 「……結局」

 ジュリアは首をかしげた。戦闘の時に汗をかいたのか額がしっとり濡れている。ダイブスーツとて顔までカバーは出来ないのだ。

 「なんだったんだろう、あれは」
 「さぁ?」

 クラウディアは機体の残電力を見て、損傷箇所を調べるべくキーボードを叩いた。画面の光で顔に影が出ている。

 「案外、趣味で作ってたりするかもよ? 博士っぽい人が。ゲームだと王道じゃない」
 「ゲームなら、ね」

 ジュリアはふっと溜息をついた。
 ゲームならリセットボタンを押すなりセーブデータを改造するなり、いくらでも方法はあるが、現実はそんなんじゃない。もし死ねば、死ぬのだ。蘇ることも無敵コードもあったものではない。
 後ろの相棒は嘘か本当か、ふざけた事を言うと、ジュリアの肩を叩き地上に帰還するように伝えた。ジュリアは暫く深海の黒色を、その深淵の向こう側を見ようと努力したが諦めて機体を地上に向けた。
 見えぬものは見えぬ。

 さぁ、帰ろう、我が家に。


          【終】

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