創作発表板 ロボット物SS総合スレ まとめ@wiki

<adult.therefore>

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ParaBellum

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だれでも歓迎! 編集
ティマと、喧嘩した。

喧嘩と言うと語弊があるが、初めて私は、ティマとの関係が険悪になった。原因? 無論、私だ。

外は小雨。初めて彼女と出会い、人生が変わった、あの日と同じ様な日。私は傘を差し、大通りを水溜りをちゃぷちゃぷと踏みながら歩いている。
本来は記念日というか、ティマが喜ばせる日だった筈なのだが……。ホント、自分自身の無神経さ、馬鹿さにほとほと呆れかえる。

点滅する横断歩道に、様々な色と形状の鮮やかな自動車。鼻をくすぐる、雨の匂い。その全てが今の私には感傷的に映る。
歩く人達の会話が、嫌でも耳に入る。何となく、ティマを失い孤独の中に合った、どうしようもない頃の自分を思い出す。
何故……私は心から愛する彼女を、自分の手で傷つけてしまったのだろうか。響く雨音が、まるで私に反省しろと叱っている様で困る。


晴れる兆しの無い灰色の空を眺めながら、私はぼんやりと、こうなった原因を思い返す―――――。


                       『adult.therefore』





久々に年甲斐も無く慌てたバレンタインから、数十日の時が流れた。あの後は、別になんかした訳でもなく、何時も通りの日常を過ごした。
ティマもあの日以来、特に……いや、変化はあった。何と言えば良いのか、バレンタインの日を皮切りに、ティマの思考や立ち振る舞いが妙に大人びてきたのだ。
大人びてきたというより、前にも増して、人間らしくなってきたと言った方が正しいかもしれない。心配したくなる程に。

思い出してみると、こんな事があった。私が修理士としての結構遠出まで出張し、仕事を終えて、家に帰ってきた時だ。
私の帰りが遅くなる時には、普段私が行っている家事を、ティマが代わりにやってくれる。疲れていてクタクタになった時に、ティマの存在はとても頼もしい。
玄関からエプロン姿のティマが迎えに来てくれた。あぁ、とても嬉しい。

「おかえりなさい。ご飯とお風呂、どっち先にする?」

靴を脱ぎながら、私はティマに答える。

「んーちょっと今日は遠出して疲れたから、風呂に先入ろうかな。すまないね、ティマ」
「分かった。……あ、マキ」

そう言って何故かティマは、私の前に立って私を見上げると、目を瞑った。……ん?
……ティマ? 何をやってるんだ? 良く分からずに頭を捻っていると、ティマが可愛らしく頬を膨らまし、言った。

「マキ~……夫婦ならお帰りのキスでしょ? だから……ね?」

……私は一瞬、ティマの言っている意味が良く分からず、目をパチクリとさせた。
いやはや驚いた。本気で驚いた。まさかティマが、こんな新婚を迎えた新妻みたいな甘え方をするなんて。一体どこで学んだんだろう……。
とはいえ私は心の中で新体操の選手の如く跳ねまわっている。が、あくまで表情は冷静を装い、ティマの頭を撫でながら答える。

「ティマ……気持ちは嬉しいけど、ちょっと疲れてるんだ。寝る前にキスしてあげるから、それで良いかな?」

私の言葉に、ティマは私の顔を切なげな表情で見上げると、何か言いたげな動作を見せたが、私から目を背ける様に俯いた。

「……ごめんね、マキ。仕事で疲れてるのに……ごめん」
「いや、謝る事は無いんだよ、ティ……」

私が返事する間もなく、ティマは私に背を向けて、そそくさと浴室へと向かってしまった。この時、私はまだ何も気づいていなかった。
既にこの日から、あの日の予兆は始まっていたのかもしれない。しかしこの日の私は特に考える事も無く、寝床に入った。

別の日には、こんな事があった。
一般的な休日である日曜日、私とティマは近くの公園へと散歩しに来た。この散歩は、私とティマの間で日曜日になった場合の決まりごとになっている。

気持ちの良い太陽の陽ざしと、爽やかな朝の空気。子供達が元気良く、遊んでいる声が聞こえる。
私とティマはベンチに座って、しばしくつろいでいた。と、ティマが何か聞きたげに、もじもじとしている。どうしたんだろう。
買ってきた缶コーヒーを飲みながら、私はティマに聞いてみた。疑問でもなんでも、ティマには何でも話して欲しい。

「ティマ、どうした?」

「あの……あのさ、マキ」


「マキは……子供、欲しい?」


ティマの言葉を聞いた瞬間、私は思いっきり、口に含んだ珈琲を吹いてしまった。小さな虹が、噴出したコーヒーの上で浮かびあがる。
いかん……いかんいかんいかん。いかんぞーこれは。ティマ……真面目に、真面目に何処で学んだんだ、その、アレは。上手く説明できない。
一先ず8拍子に乱舞しまくる鼓動を押えながら、私は動転している様子を見せない様に至極冷静な表情で聞く。

「ティマ……その、何だ、どういう意味かな、それは」

駄目だ、本気で私は今、気が動転している。ティマは恥ずかしそうに私から目を伏せながら、たどたどしく答える。

「えっとね……私達……夫婦、じゃない? それでほら……夫婦ってその……えっと……ごめん、マキ。上手く言えないや……」

何この子可愛すぎるんだけど。鼻を弄ると、少量の鼻血が出ている事に気付く。変態か、私は。

……真面目な話、私と生きていく内に、ティマは本当に人間に近づいているんだなと思う。しかし、だ。真面目な事を言わせてもらうと。
ティマ、君はアンドロイドなんだ。その前提を外す事は、私自身のポリシーに反する。私はティマを心の底から愛している。妻として。
その前の大前提として私は君をアンドロイドとして愛している。私は人間で、君はアンドロイド。この線引きは、絶対に超えてはならない。

だからこそ……いや、でも……言えない。君は、アンドロイドなんだと、その蒼い目に見つめられると、私はどうしても躊躇してしまう。
本当の事を言えば、私は彼女を―――――ティマを、傷つけてしまう。そう思うと。私は次第に冷静になってきた頭で、ティマにどう言えば良いのかを考え―――――決める。

「ティマ」

私が呼ぶと、ティマが振りむいた。その表情は、私の答えを嬉しそうに待っている様で、心がちくちくする。だけど、言わなきゃならない。

「確かに……私達は夫婦だ、ティマ。けどね、私にとってティマは妻でもあり、そして娘でもある。
 分かるかい? 君はまだ、子供なんだ、ティマ。世界に付いてまだまだ知らなきゃいけないんだ。だからまだ……」

……ティマの表情が、段々暗くなっていく。楽しげだった目が、次第に悲しみを帯びてきて、表情を無くす。
私はティマの表情の変化に戸惑いながらも、言葉を続けようとした、が。

「……マキ、もう、良いよ」

「ティマ……」

「マキは……」

「マキは……ごめん、何でも無い」

心を、鋭い矢で突き刺された、そんな痛みを感じる。ティマの言葉に、私は一瞬、放心状態になった。

ティマは私に背を向けると、ベンチを降りて、そのまま歩きだした。私は引き止めようとしたが……何故だろう、足が動かない。
私は只、ティマの事を見つめる事しか出来なかった。ティマの姿が、次第に遠くなっていく。私は声を振り絞って、呼んだ。

「ティマ!」

「先、帰ってるね」

ティマは私にそう一言、顔を見せずに言い残して、帰っていった。その時の音色は、無感情、だった。

私は……私はティマとどうしたいんだ? いや、ティマ。君は……私にどう、して欲しいんだ?
初めてかもしれない。私はティマとどう付き合っていけばいいのか、あの日を境に分からなくなってしまった。
話して欲しい。何か言いたい事があるなら、遠慮せず、私に打ち明けて欲しい。だから……ティマ。

教えてくれ。君は、私にどうして欲しいのかを。

その日を境に、私とティマの会話は前に比べて急速に減っていった。交わす言葉は、おはようとか、おやすみとかの日常の挨拶だけ。
ティマは時折、何か言いたげな表情を見せるが、すぐに口を閉じてしまい、私は私で、ティマが何を考えているかが分からず、話しかける事が出来ない。
こうして、私とティマの重苦しく、息が詰まりそうな生活は、その日まで続いた。しかしそれでもまだ、私は何処かで希望を抱いていた。

その希望が独りよがりな、馬鹿な思い違いだった事に、やっと気付く日が来る。

その日が、やってきた。

3月14日。世間では、チョコレートを貰った男性がチョコレートをくれた女性へとお返しをする、いわゆるホワイトデーと呼ばれる日だ。
会話が格段に少なくなったものの、私は別段ティマを嫌いになったとか、そう言う訳じゃない。むしろ、この日でティマと仲を戻そうと思っている。
ティマが喜びそうだと考えた物は5つある。恐らく、ティマはどれが良いか迷う筈だ。そう考えると、実に楽しみである。

今朝、朝食を取っている時に、私はティマに話しかけた。

「ティマ、今日は何の日か知ってるかい?」

ティマは私の方を見ず、TVを見ていて聞こえているのか聞こえていないのか、反応が無い。……何だろう、凄く不安な気分になる。
私は近づいて、ティマの肩を優しく叩いた。少しばかり機嫌が悪いな……。

「何? テレビ見てんだけど」

ティマが鬱陶しそうに私の方を向いた。……こんな不機嫌そうな表情を見るのは初めてだ。どうしよう、年甲斐も無く不安のせいで腹が痛くなる。
とは言え興味を持ってくれたんだ。ならば臆する事無く伝えねば。私は明るい音色で、ティマに説明する。

「今日はホワイトデーと言って、チョコレートを貰った男の人が、女の人にお返しをする日なんだ。それでさ、ティマ」

ティ、ティマ? 何処を見てるんだ? なんで目が私を見ずに、何処か遠くを見ているんだ? だ、大丈夫だ、取り乱すな私。
こんな無表情で虚ろな表情のティマは初めてだ。初めて出会った時の方がまだ表情があった……。
ええい、何故ネガティブ思考になっているのだ私は。ティマだってそういう日があるさ、きっと。気を取り直し、私は言葉を続けた。

「これから五つ、そのお返しをしたいと思う事があるが、どれが良いかティマ、君が決めてくれ。 
 まず一つ目は最近流行りの児童文庫。これが中々のベストセラー本でね、子供達からかなり好評なんだ。挿絵もついてるから、きっと夢中になるぞ」

反応なし。

「二つ目は手軽にアイスクリームが作れるおもちゃ! 確かティマ、前にアイスクリームを作ってみたいって言ってたよな。
 こいつは中々の人気商品なんだが、ちょっと玩具会社の人と伝手があってな。格安で買えるかもしれないんだ」

反応なし。

「それで三つ目はだね」


「どれも……いらない」

……え?

ティマ……今、何て? 私が呆然としていると、ティマが立ちあがって、そのまま私を無視する様に、部屋を出ていってしまった。
私は焦る心を押えながら、ティマの後へと続く。ティマが寝室に入るのを見かけ、呼びかけようとするが、ティマはドアを強く締めて、鍵を掛けた。
ノックして、ティマに開けてくれる様に頼む。しかし、ティマは何も言わない。思わず、私は声を上げた。

「ティマ!  開けてくれ、ティマ!」

「来ないで」

私の足が、その場で金縛りにあった様に止まる。ドアノブを握る手が、小刻みに震えているのを感じる。
ティマの声が、ドア越しから聞こえてくる。私はティマの言葉を、只聞く事しか、出来ない。

「……マキ……私ね。私、マキの事、嫌いになった訳じゃないの」
「……それじゃあ、何で……」

「……あのね。……何となく、マキと……距離、感じるの」

「この前の……帰ってきてからのキスも……子供が、欲しいのって質問も……私……マキがどう、答えるのかなって楽しみにしてた」

「けど……マキは私が……私がしてほしかった答えを……出して、くれなかった、から……」

ティマの声が、押えていた感情を吐露する様に、涙声になっている。私は何も言えず、ドアの前で、立ちつくす。

「……マキ、しばらく……一人に、させて。この、ままだと……私……」

「マキの事……嫌いに、なっちゃうから……」


「……ごめんな、ティマ」

私は一言そう、ティマに伝えてその場を離れた。ティマからの、返事は無い。
窓から外を見ると、雨が振りそうな天気だ。しかし……逆に、ちょうど良いかもしれない。頭を冷やす為には。
立て掛けられている傘を持ち、私は外に出て、しばし頭を冷やす事にする。外に出た途端、ちょうどいい具合に小雨が降り始めた。


最初に、戻る。小雨に振られながら、私はティマが言っていた言葉の意味を何度も反芻して、そして考える。
ティマは言った。大人の女の人として、私を見て欲しいと、ティマにとってあの日のキスや、あの日の言葉は……。
……そうか。別にティマは変わってなんていなかったんだ。ただ、妻として、私との関係を縮めたかった、ただそれだけだったんだ。

それを私は……あのバレンタインの日を初めに、ティマの事を妙な目で見る様になっていった。大人びてるとか、勝手な思い込みで。
その結果、私はティマを、知らず知らずに傷つけていた。距離を置かれてたと感じていた私を、思いっきりぶん殴ってやりたい。
どうして欲しいのかが分からなかったのは、私じゃない。……ティマの方、だったんだ。

ふと、小さな花屋さんが目に映った。髪を三つ編みにした、小柄な女性店員が店頭で花に水をあげている。
何か花でも買って行こうかな。それでティマに誠心誠意、謝ろう。それで……ティマが私に何をしてほしいかを聞いてみよう。

そんな事をぼんやりと思いながら、店に入る。何か良さそうな花は……。んーむ、駄目だ。私はこの手のセンスにはかなり疎い。

「何かお探しですか?」

迷っていると、店員が声を掛けてきた。さっき水をあげていた店員さんだ。
失礼だがかなり背が低いな……まるで小学生みたいな背丈と、童顔だ。まぁそれは置いといて、一条……一条さんか。良い名前だな、何となく。
正直私には美的センスの欠けらがこれっぽっちも無いので、一条さんに決めて貰った方が良いだろう。そう思い返答しようとした、が。

一条さんは私が言うよりも早く、何かの花を両手で抱えてきて、温和な笑みを浮かべながら見せてきた。

紫色の可憐な蕾を咲かせたその花は、小さいながらもしっかりとしていて、美しい。

「……これは?」

「シランという花です。花言葉は、お互いの事を忘れないようにと……美しい姿です」

一条さんはにっこりと笑うと、言葉を続けた。

「何となく、お客様が何を買うかを悩んでおられる様に見えたので、この花が良いかな? と思ったんです。……如何でしょう?」

「……君は商売が上手いな。頂くよ」

私がそう返すと、一条さんは太陽みたいに明るく輝いた笑顔で、言った。

「お買い上げ、有難うございます」

こうして花を買い、私は店を出た。外は雨が上がっていて、雲一つ無い、晴れ晴れとした青空になっていた。
もしかしたら、あの一条さんのおかげかもしれない。そんな事を思いながら、私は家路を歩く
もしティマがまだ迷っているのなら、私はひたすら、彼女の話を聞こうと思う。元はと言えば、独りよがりで突き進んでいた私が悪いのだし。

階段を上がり、鍵をドアに差し込む。……ん? ドアが開いている?

不思議に思いドアを開けると、ジャンパーを羽織り外に出ようとしたティマと、目があった。

「あっ……」

「ティマ……」

「えっと……迎えに行こうかなって……」


リビングのテーブルに、買ってきたシランを飾る。ちょっとしたアクセントとなっていて、これが中々良い。

私達は何も言わず、並んでリビングでくつろぐ。ティマは大分落ち着いたとはいえ、気を落とした時には決まって体育座りをする。
私達はしばらく無言のまま時間を過ごしていたが、ふっと、ティマが口を開いた。私は一字一句、聞き逃さない様にに耳を立てる。

「……しばらく一人で考えて、分かったの、マキ」

「バレンタインの日から、変なんだ、私……。マキにお帰りのキスを求めたり、自分がまだ子供なのに、子供の事を、聞いたり……」

「私……馬鹿だよね。自分が、アンドロイドだって事を忘れて、マキに色々迷惑かけて……それで一人で勝手に怒って、落ち込んで……」

そう言ってティマは少し顔を上げると、ぽつりと、言葉を漏らした。

「ごめんなさい、マキ」

「私の事……怒ってくれる? ううん……怒って。何て馬鹿な事を言うんだって。お願い」

私は何も言わないまま、ティマを抱き寄せる。驚くティマの口を、そのまま塞ぐ。

華奢で、折れてしまいそうで、柔らかい、ティマの体を感じる。ティマの唇から、人間と同じ、生ぬるい体温を感じる。
しばらく私はティマを抱きしめ続けて、やがて唇を少しづつ離した。ティマの唇と、目が潤んで見える。

「謝るのは、私の方だよ、ティマ。私はあの日から……君に対して、妙な偏見を抱いていたんだ。君の事を、自分勝手な目線で眺めていた」

「けど、今度からはちゃんと君の事を理解するよ。上っ面だけじゃなくて、君の心まで」

「だからティマ……仲直り、しよう。また……夫婦として」


「……なら」

「もっと、もっとぎゅっと抱きしめて」

私はティマの要望通り、さっきよりも強く、ティマを抱きしめる。
冷たい温かさをひしひしと感じる。この子が持っている悲しみも、悔しみも、嘆きも、全部、抱きしめる。
この子が私を孤独から救いだしてくれた。なら、次が私が――――――この子を救う番だ。

「ねぇ……マキ。ホワイトデーだけど」

顔を上げたティマが、悪戯っ気のある顔でちろっと舌を出し、言った。

「ずっと前に新婚旅行で行ったあの島に……行きたいな」

あの島か……けど今は少しお金に余裕が……。

「約束だよ、シゲル」

彼女はそう言って、笑うと――――――――――――私の小指と、指切りをした。



全く……可愛いなぁ、君は。


愛してる、ティマ。


the end


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