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ZERO

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『ZERO』


 ――王が眠りし要塞、アヴァロンダム。
 発電の名目で造り上げられた其れは、各種火器からMT・ACまで、多種多様な武装で固められ、クーデター軍『境界無き世界』の要塞と化していた。

 最初は地上に進出した一企業に過ぎなかったベルカは、旧世代の人間が遺した超技術によって急激に勢力を拡大。それに危機感を抱いた企業は結束し、両陣営の戦いは始まった。

 当初は旧世代の遺産を使いこなせるわけもないと他の企業は高を括っていたが、あろうことかベルカは、その技術を応用し、数々の高性能兵器を造り上げた。
 ACの装甲でさえ一瞬で消失させる出力を誇る超高層光学砲『エクスキャリバー』。
 移動可能な要塞と称されるほどの巨大な航空機『フレスベルグ』。
 ベルカは当初の『超技術により勢力を拡大する』という目的を失って暴走していた。
 対する企業はベルカに対抗すべく連合を結成。人型機動兵器を駆る傭兵『レイヴン』を主力とした部隊を戦線に投入。ベルカの戦力を殲滅し、ベルカの上層部の人間を追い詰めるに至った。
 そこでベルカは狂気の兵器を放った。旧世代の兵器を改造し、戦闘に使用したのだ。正式名称は不明。敵性因子と認定したものを完全に排除し、殺戮する小型の兵器群。ベルカの領域に攻め入った企業連合軍はほぼ壊滅。兵器群はそれに止まらず、一般市民まで殺戮し、多くの都市が灰燼と化した。
 これにより企業連合のやり方は激化する。ベルカ関係者は殺し、捕まえれば拷問し、破壊しつくす。ベルカを攻撃するためには多少の犠牲も厭わない。そこに利益は関係なく、ただ憎悪のぶつけ合い、そう、かつてあった『戦争』が完全に再現されていた。

 これが、大量破壊兵器によって体制を崩壊させて世界を変えようと目論む『境界無き世界』が行動を起こす引き金となった。

 その泥沼の状況を打破したのは、数人の傭兵であったと後の資料は語る。

 レイヴンネーム『サイファー』 ACネーム『アンブロジウス』。企業とベルカが凌ぎを削った戦場で才能を開花させ、圧倒的な力を持って勝利し続けた傭兵。ガルム小隊を率いた。
 ベルカ絶対防衛戦略領域B7R――通称『円卓』にて劣勢となった企業連合軍を支援し、ベルカが雇ったレイヴン、そして中核部隊を撃破。あまりの強さに『円卓の鬼神』の異名をとり、超兵器エクスキャリバーを引き抜き、フレスベルグを空から引きずり降ろしたイレギュラー。

 レイヴンネーム『ピクシー』 ACネーム『ソロウィング』。かつて戦場で、機体の片腕とメインブースターを失いつつも、敵ACを排除した経験を持つ凄腕のレイヴン。別名『片羽の妖精』。サイファーと共同で戦闘し、企業連合の勝利に多大な貢献をした。
 企業軍とベルカの戦闘による惨状を目の当たりにし、クーデター勢力『境界無き世界』へと入る。
 その後――。




 紅い光線が迸るや、アヴァロンダムに居た矮小な一機のコアに突き刺さった。その機体は、オーバードブーストのエネルギー炎を滅茶苦茶に吹き散らし、機動を挫かれ後方に弾け飛び、永遠に沈黙した。直ぐ隣に居た機体のモノアイが正面を見据える。
 先ほどまで隣に居た僚機を失ったACは、藍色の両腕を微かに身じろぎさせた。
 レーダーに映るのは、たった一機の『敵』。視界に映るのは、強大な宿敵。
 その敵は、相手に通信を繋ぎながら、アヴァロンダムの地下室直通のエレベーターから降りた。
 右腕と同じ色の赤いモノアイが、青色のモノアイと向き合う。
 終焉は始まりと同じような日。
 聞きなれた男の声が『円卓の鬼神』の鼓膜を静かに叩く。



 ≪―――……戦う理由は見つかったか?≫



    ≪相棒≫



 その男の名は、『ラリー=フォルク』。
 かつての相棒であり、―――……今の敵。














 Without begining or end, the ring stretches into the infinite.







 【…Please wait.】
 【Mission Update.】



 ≪降ってきたか≫

 ピクシーが呟いた。
 灰色の空から白い雪が降り始め、二人の間に注ぐ。
 と、アヴァロンダムの数十箇所のロックが解除され、小さく蒸気を噴出した。アヴァロンダムという仮面の下には、旧世代に使用されたという大量破壊兵器を搭載した弾道ミサイルが隠されている。制御装置は破壊したはずなのに動く。それは、一つの事実を示していた。
 オペレーターからの通信。

 ≪アヴァロンダムで動きが……!? ……レイヴン、時間を下さい。企業と共同で分析に入ります。片羽が出てきたのには必ず理由があるはずです。彼を撃破して下さい≫
 ≪……糞ッ≫

 サイファーは返事とも言えぬ返事をオペレーターに返すと、本能に従って機体を右にへと回避行動を取らせる。刹那、ピクシーのソロウィングの右腕から常識外の威力のレーザーが照射され、今しがたサイファーが居た場所を埋め尽くした。
 息つく間も無くの緊急回避。
 レーザーが寒空を薙ぐ。
 サイファーは地面を蹴って射線から逃れ、機体の右腕に握られたマシンガンを乱射した。ミサイルは品切れ。残る武装はマシンガンとライフルだけだ。
 だが相手は片羽の妖精。片腕とメインブースターを損失しながらも敵ACを排除したこともあるトップランクレイヴン。あっさりと回避してみせれば、背中に背負った大型のブースターを使用しOBかくや、想像を絶する加速で距離をとる。
 ピクシーの機体『ソロウィング』は、サイファーが最後に眼にしたそれとは違っていた。追加ブースターは脚部の半ばに届くほど大型化され、エクステンションがつくべき場所にミサイルポッドらしきものがある。右手にあるのはレーザー砲。左手にはスナイパーライフル……これも大型化している。コアに至っては原型を留めていない。
 レーザー砲の威力にしても、背面のブースターにしても、企業が造るそれと比べてみても、性能が圧倒的に違う。旧世代の技術を使用しているとみて間違いは無い。使用と言ってもベルカから接収したのだろうが。
 双方、距離は遠距離。有効射程が中距離までの武装しか持たないサイファーは、なんとかして接近せんとブーストにエネルギーを注ぎ込む。鬼神の乗機『アンブロジウス』のモノアイが残像の糸を作った。
 ソロウィング、右腕の超大型レーザー砲を構え。アンブロジウス、体を捩る。
 紅いレーザーが一瞬で二人の間に直線を結ぶ。
 ピクシーはレーザー砲をブレードのように振った。
 サイファーは、射線から逃れるためにOBを起動。紅い光に機体を持っていかれるよりコンマ数秒早く、空中へと舞い上がることに成功。回避開始。キーンと耳に響くレーザーの音にサイファーは顔を歪めつつも、OBからもたらされる推力にてピクシーに距離を詰める。
 掠っただけで致命傷に成りかねない。

 ≪不死身のエースってのは戦場に長く居た奴の過信だ≫

 レーザー砲停止。銃口の側面に設けられた冷却板が開き、蒸気を噴く。紅い右腕の巨人、背面の大型ブーストで敵を誘うようにふわふわとした戦闘機動を開始。
 藍色の両腕を持つ巨人は、左腕のライフルで狙いを定める。

 ≪お前のことだよ、相棒≫
 ≪機体の性能にかけてよくも言える≫
 ≪……変わらないな≫
 ≪……人はそう簡単には―――変わらないものだッ≫

 アンブロジウスが青い翼を抱いた。コアの背面、装甲の一部が開き、ジェネレーターから供給されるエネルギーを推進炎に変換、800kmの猛速度を瞬間的に叩き出す。跳躍、メインブースターに点火。地面から僅かに浮かび上がる。
 ソロウィング背面の大型ブースターが俄かに光を帯び、900kmに迫るか超えるかという速度へと押し上げる。
 金属製の巨人二機が銃を向け合った。
 レーザー照射。左腕スナイパーライフル発射。
 マシンガン連射。ライフルの連続射撃。
 銃声がアヴァロンダムに響く。

 ≪これが、意味のあることだと、言う、つもり、か!≫
 ≪企業が、世界を支配し、利権で焦土を作り出す体制を、打破するだけ、だ!≫

 二人の距離が近距離へ。
 宙に足場でもあるような高速旋回、機動。
 OBの出力は、全高10mの兵器をレシプロ戦闘機並みの速度に達させるほどで、操縦者の身体にかかるGは並大抵のものではない。声を出すのも楽ではなく、全力疾走しているようになり。
 サイファーがピクシーの背後を取る。マシンガンを拳を突き出すように向け、躊躇無く背中に弾丸を浴びせんとするが、次の瞬間にはピクシーの機体は掻き消え、死角からこちらにレーザー砲をむけようとしていた。
 アンブロジウス、OB停止。サイファーの体をGが襲う。視界が赤くなる。推進炎の青が消滅するより早く地面に着地、脚部の爪を食い込ませて急旋回、右腕で体勢を整え、左腕のライフルを構えた。
 距離、中距離。
 ピクシーはレーザー砲を発射しようとして――出来なかった。何故か。理由は文章化出来るほど単純ではない。もしするとしたら、それは『畏怖』とでも言うのだろうか。
 レーザー砲を―――卑怯な性能の兵器が相手だと言うのにも関わらず、一切動じることなく銃を向けてくるAC。ピクシーは青い色を浮かべたモノアイの奥に、確かに『鬼神』を感じた。幾人ものレイヴンを撃破してきた、真のエース。全てを焼き尽くす戦いの申し子。その内に宿る強い意思。
 ピクシーの背筋にぞくりと来るものがあった。
 ブースト全開。距離を取らんとして上空へと舞い上がる。だが、遅かった。

 ≪く……!≫

 つい、とアンブロジウスが右手のマシンガンの暗い銃口を向ける。右と左の二丁がソロウィングを睨む。青の視線が細くなった。
 射撃開始。MT程度の装甲ならあっさりと射抜くことが出来るライフル銃と、弾を大量に吐き出すマシンガンが銃火を発する。同時にブースト再点火。離脱しようとしたソロウィングに追いすがる。
 一瞬の判断の遅れが、ピクシーの機体に弾丸を到達させる要因となった。
 レーザー砲を握る腕から、ガガガッ、と音がした。サイファーから距離を取った場所に着地したピクシーは、頼れるレーザー砲がスクラップになったのを見、その場に捨てた。こんなものだ。完全なる兵器など無いのだ。例えそれがベルカの掘り起こした旧世代の技術とはいえ。
 ブーストに点火。背負った大型ブースターが唸り、ただそれだけで通常のAC以上の速度を得る。ブーストでサイファーの方に旋回して映像を拡大。足から火花が散った。
 サイファーはマシンガンとライフルの残弾を視線を逸らさず確認。そこでピクシーのレーザー砲が地面に転がっているのを見た。機体をアヴァロンダムの地面を削るように停止させる。ただし警戒は緩めずにマシンガンを構えて。
 オペレーターからサイファーに通信。操縦画面にオペレーターの緊迫した顔が映り、その下に各種の情報や音声グラフが表示される。

 ≪レイヴン、第一分析を終了しました! V2制御用と思われる信号が片羽の機体から発信されています。撃破すれば、V2の発射を阻止することが出来るようです!≫
 ≪了解。増援は期待出来ないか?≫
 ≪はい。本作戦に投入された戦力は、ダムの前で足止めを喰らっています≫
 ≪了解。妖精を落とす。全力でな≫

 通信を切るよりずっと早くソロウィングが動いた。本来ならエクステンションの部位に装着されているミサイルポッドの発射口が開いた。
 ―――来る。
 サイファーの想像よりもずっと軽い音と共に、ミサイルが一発だけ天空に向けて飛び出した。ミサイルの大きさは中型ミサイルと大型ミサイルの中間と言ったところ。追尾するでもなく、速いでもなく、サイファーのほうに間抜けな動きで飛んでいく。
 サイファーは恐怖した。否、恐怖というより、銃を眉間に突きつけられたときの感覚に似ている。傭兵として戦場を駆け抜けてきたからこそ分かる感覚。
 アンブロジウスの両腕両脚が後ずさる為に動いた。メインブースターの可変ノズルが頭部を擡げ。

 『避けろ』。

 ≪うおおおおッ!?≫

 爆発。大閃光。震動。
 着弾にはずっと遠い場所でミサイルが『炸裂』した。正式名称『多用途炸裂弾頭ミサイル』というその兵器は、爆発と同時に子爆弾をバラ撒いて広範囲に損害を与える兵器であるというのをサイファーは知らない。だが『喰らったら死ぬ』という知識を得ることは出来た。
 ダムの手前では、航空機、MT、ACがごっちゃ混ぜになって戦っていて、サイファー……ガルム隊の任務成功を支援してくれている。ミサイルで尾翼を吹き飛ばされた戦闘機がアヴァロンのガンタワーに突っ込んだ。それが敵なのか味方なのかはサイファーには分からなかった。
 彼らそしてサイファーは、企業、権利、人種、それら全て関係なく、世界の滅亡の危機に立ち向かっているのだ。
 レーダーロック。サイファーが体勢を戻し、攻撃を仕掛けんとする前に、ピクシーは多用途炸裂弾頭ミサイルを放ち、機動力を活かして距離をとろうとする。機動力があるということは、絶対的とは言えないが戦闘を有利にするのである。

 ≪企業による支配、それに伴う無意味な戦い。利権を毟り合い、結果、今の戦いがある。企業の連中が……いや、今の人類が利益を求めて続け、旧世代の技術を乱用したらこれまで以上の間違いを起こす。全てをやり直す。その為のV2だ≫
 ≪ピクシー……ラリー。お前は思想家か何かになったつもりか? 世界は容易く変わらない≫
 ≪世界は一度変わった。かつてあった国家が企業に移行したように≫

 サイファーはOBを起動した。多用途炸裂弾頭ミサイルを回避するのではなく、一気に相手の懐に飛び込まんと。自分自身を害する機能は付いていないと踏んでの行動。自分が発射したミサイルで被害を受けるようなことはないはずなのだ、きっと。
 青い翼が暴力的なまでの速度を生み出し、『鬼神』を『妖精』へと肉薄させる。
 何かを笑うような声でピクシーがサイファーに言う。

 ≪相棒、皮肉だな。終止符打ちが番犬ガルム同士だとはな≫
 ≪抜かせ!≫

 敵機、ガンの射程内。
 アンブロジウスの両手のマシンガンとライフルが連射される。AC専用兵器から発射する高威力のそれはしかし片羽の妖精を捉える事は出来ず。またソロウィングの発射したスナイパーライフルの高速弾も円卓の鬼神を捉えるに至らない。
 知力と武力、生きる力と力のせめぎ合い。円を描くようにお互いがお互いの隙を窺いあい、武器を行使する。上空から見たならば二人は一つの円環を創り上げているよう。
 多用途炸裂弾頭ミサイルは発射した主を傷つけることなく、敵を傷つけることなく飛行していき、アヴァロンの空に巨大な華を咲かせた。
 弾が切れたのか、ソロウィングからミサイルポッドが地面に落ちた。機体から与えられた慣性で硬質な地面の上を火花を散らしながら滑って止まる。

 ≪戦いに慈悲は無い。生きる者と死ぬ者が居る。それだけだ≫
 ≪それがお前の答えか、ラリー!≫
 ≪奮い立つか? ならば俺を落としてみせろ、円卓の鬼神≫
 ≪……いいだろう。俺は任務を遂行する。片羽の妖精の最後の羽をへし折る≫

 跳躍、空中でブーストを使用しての姿勢制御、そして射撃。ACの機動性を利用して、鬼神に妖精が襲い掛かる。馬鹿げているとしか思えない程の出力を持つ大型ブースターが絶叫した。瞬間的に、白く長大な一対の翼がソロウィングの背中から発生、10mの躯を突貫させた。
 藍と紅、交錯。距離、接近。射撃開始。
 牽制、マシンガンで弾丸の壁を作るように叩きつけん。ライフルで相手の頭部を吹き飛ばさんと向けて。
 回避、高速で離脱しつつスナイパーライフルで射撃。
 どちらがどちらなのかが分からなくなるほどの接近戦。サイファーが銃を向ければ、すかさずピクシーが銃で銃を払いのけ、発射。銃口が跳ね、硝煙が空気に溶け行く。
 距離が離れた。お互いが相手の様子を観察し合い、最良の場所と攻撃方法を模索する。
 サイファーは焦燥感と共に、違和感を覚えていた。確かに機体の性能は凄いだろう。大型ブースターがたたき出す推進力はOBに匹敵する。だが、武装といえばスナイパーライフル程度に減り、攻撃の頻度も落ちているように感じられたのだ。
 ならば今が好機。もたもたしていればV2が発射されてしまう。そう考え、両腕の武器の状態を確認すると、一気にピクシーの元へと飛び込んでいく。
 ピクシーはソロウィングを後退。口を開く。

 ≪時間だ≫

 突然、二人のACが揺れた。
 ちょっとやそっとの震動や衝撃ではビクともしない巨躯が、確かに揺れている。二人のいる場所、アヴァロンダムの各所の隠されたハッチが開くや、大型のミサイルが顔を覗かせ、宇宙に向けて一目散に飛翔し始めた。
 数十もの弾道ミサイルは、火山が噴火したときのような轟音と、煙の柱建つ風景を創造し、SF小説の世界最終戦争を思い起こさせるようであったが、それでいて幻想的でもあった。
 オペレーターからサイファーに通信。

 ≪レイヴン、V2の発射を確認!≫

 状況は最悪だった。
 ミサイルブースターの排気にも機体を動揺させなかったピクシーは、スナイパーライフルを見せ付けるように『変形』させた。

 ≪惜しかったなぁ、相棒。歪んだパズルは一度リセットすべきだ≫

 スナイパーライフル後部の機構が前にせり出し、僅かな光を帯びて。

 ≪このV2で全てを『ゼロ』に戻し、次の世代に未来を託そう≫
 ≪次の世代まで焼き払うつもりか、片羽!≫
 ≪人類を殺すことは極めて難しい。しかし、変えることはできる≫

 悟ったような声。
 それは、戦いの最中に『理由』を見つけ出した一人の男の言葉。
 ソロウィングが赤のモノアイを揺らし、左腕のスナイパーライフルを構えた。それが合図だったのか、背面の大型ブースターが『ノズルをパージ』して、あたかも天使の翼のように広がった。大型ブースターの所々から棘状の部品がせり出したかと思えば、緑色の『機体を包み込む防御障壁』が展開された。
 サイファーに通信。

 ≪レイヴン、片羽の機体解析を完了しました。コードネーム『モルガン』。旧世代の技術を使用した超高出力ジェネレーターから供給されるエネルギーで高火力、高防御、高機動を実現したACを原型にしている機体です。現在、貴方の火器ではあのシールドを打ち破ることは出来ません≫
 ≪弱点は?≫
 ≪あります。武器を発射する都合上、正面部にシールドがありません。正面から攻撃して、彼を止めて下さい。……決して、決して、死なないで下さい。円卓の鬼神、幸運を祈ります≫
 ≪了解。通信終了≫

 ―――……雪は未だに止まない。
 雪を揺らめかせるのは、人類を焼き払う威力を持ったミサイルブースターの風。
 最後の地の戦いはまだ終結しない。

 ≪俺とお前は鏡のようなものだ≫

 ピクシーの静かな声を合図に、サイファーが動いた。
 マシンガンの残弾は決して多くない。果たしてこれで片羽の妖精を落とせるかどうか、疑問が残る。ライフル一丁で落とせるほど片羽はヤワではないのだから。
 二人の機体のコア背面が開いた。
 次の瞬間、アンブロジウスは青の、ソロウィングは緑の火炎を噴出させて真正面から攻撃を開始した。相対速度、優に音速以上。
 ソロウィングは左腕のスナイパーライフルを構え―――刹那、電流を纏った超高速弾が数瞬ほど前にアンブロジウスの右腕があった場所を穿った。独特の音が戦場に響く。
 サイファーに額に浮かぶ汗を拭う暇は無かった。マシンガンを通り間際に浴びせかけるが、シールドに阻まれて損傷を与えることが出来ない。スナイパーライフルがレールガンになっていた、それ自体に驚くこともないような気がしてきた。
 交錯、通過、旋回、再度OB起動、接近。
 最初にピクシーが口を開き、サイファーが後から口を開く。

 ≪向かいあって、初めて、本当の自分に、気が……つく≫
 ≪だが、鏡に映った姿は、常に正反対、だぞ≫

 Gで腹部を圧迫されているような会話になる。
 ソロウィングのレールガンが咆哮した。アンブロジウスの右肩スレスレに弾丸が青い軌跡を描き、電流が装甲を撫でた。ほぼ同時、アンブロジウスのマシンガンが真正面からソロウィングのコアに数発だが命中。火花が咲く。
 OBの余力で、二人はまた遠ざかった。

 ≪もう一度正面からだ!≫
 ≪行くぞ片羽!≫

 オペレーターからの通信。

 ≪レイヴン、急いでください。あと五分でV2が再突入します!≫
 ≪分かっている!≫

 ラジエーターが熱を排除しようと悲鳴を上げるのを無視し、OBを起動。鬼神の鎧を、妖精を討つ為に宙へと持ち上げ、飛ばす。
 緑の装甲に身を守られた妖精は、電流迸る銃を持ち上げ、地面を蹴り、OBで正面から向かっていく。
 青い線が鬼神の右肩を僅かに抉り、バラけた弾丸の群れが妖精の脚部に命中した。
 正面からの一騎打ち。突撃槍の突き合い。最後の地での決闘。
 よろめいたかと思えた妖精は、しかし、一瞬で体勢を整えると、弾丸の命中した脚部を奮い立たせ、地面に着地して痕跡が残るほどの速度で急旋回、そしてまたOBを起動。
 傷ついた右腕を庇うこともせず、鬼神は、持てる最大の推力を得るために旋回し、OBを起動し、両手の武器を構えた。

 ≪ここで全てが決まる≫
 ≪そうはさせん≫
 ≪甘くなったな、相棒≫
 ≪違う、この世代を、人類をもう少し見て居たくなっただけだ≫

 両者が、放たれた槍のように飛び立つ。
 接近。
 青と緑の閃光が、一瞬にして相手がいた場所へと移動。青の電流と、弾丸が、灰色のアヴァロンダムに音を放つ。
 鬼神の機体、その右腕が電磁投射砲弾の直撃を受け、肘から先が弾け飛び、破片とオイルを地面に振り落とす。妖精の機体、そのコアに銃弾がねじ込まれ、装甲のいくらかを進行方向の反対側に落とした。
 また距離を取った二機の機動兵器は、暫しの間動きを止める。
 OBで機体は熱を帯びて、触れそうになる雪は放射熱で気化していく。
 季節違いの陽炎が二機を包んでいる。
 意地と意地のぶつかり合い、イデオロギーの衝突、宗教戦争。そのいずれにしても、勝利をもぎ取るのは力のあるほうに他ならない。勝ったほうが、選択肢を得る。片や世界のリセット。片やリセットの停止。
 殺し屋と医者が相成れぬように、二人もまた、相成れない。

 ≪お互い腕は衰えていないな≫
 ≪あぁ、久しぶりの被弾だ≫

 かつて酒を飲み交わした時のような口調。
 サイファーは、アンブロジウスの右腕が半壊したことを示す表示を見つつ、残った左腕のライフルをピクシーのソロウィングに向けて一発撃つ。
 ピクシー、二つ名を体言するような華麗な動きで回避すると、レールガンの銃口をサイファーに向けた。ヴン、と機体を包むシールドが震える。
 魔女と魔法使いの対峙。裏切り者と英雄の対峙。雲のかかった空は灰色で、黒とも白ともつかぬ表情を浮かべてそこにあり。サイファーがふと地面を見ると、雪が薄っすらと積もっていた。
 オペレーターから通信。緊張で汗を浮かべた顔が投影される。

 ≪あと二分!≫

 続けて、ピクシーの大声が無線越しに聞こえてきた。
 アンブロジウスのブーストが蠢き、高温のプラズマ炎を噴く。
 残された時間はたったの120秒。

 ≪撃て臆病者!≫
 ≪行くぞ!≫

 計算の一切が、サイファーの頭から消えた。
 両者は全く同じタイミングでOBを起動。
 世界を変える『王』が天空に座す中、二人は轟と風を引き連れ、一撃を狙う。


 ≪撃てッ!!!≫


 時が遅くなったかのよう。
 心臓の脈拍まで聞こえてくるほど。
 鬼神は右、妖精は左。二人は、確かに相手のことを見ていた。
 ソロウィングの左腕から青い一条の電流が流れ、アンブロジウスの頭部パーツ数cmを通過。アンブロジウスの発射したライフルの弾丸が、ソロウィングの傷ついたコアへと吸い込まれ―――ジェネレーターを木っ端微塵にした。
 不安定だったのか、元大型ブースター、現シールド発生装置が爆ぜ、OBの出力に上乗せしてソロウィングを空高くに吹っ飛ばし――――。

 次の瞬間、世界が白に包まれた。

 ≪―――……!≫

 地球のあちこちに菌糸類のように点在する都市や、軍事拠点を狙っていたミサイル群は、大気圏外で誘導を外され、その場で力を解放した。
 地平線が見えなくなるほどの白銀の大爆発。余りの光量に、システムが自動で処理し、見えるように回帰させる。数十発ものミサイルが生み出す光の洪水。アヴァロンダムに立っているのは、たった一機のACのみ。
 ノイズ交じりの通信が入った。
 安堵を浮かべるオペレーターとは対照的にサイファーの顔は暗い。

 ≪任務完了です、レイヴン。帰還しましょう。貴方の帰りを待っている人達が居ます≫
 ≪………そうだな≫

 サイファーは機体を操作して、地面で寂しく存在しているレーザー砲とミサイルポットを見る。それから、レールガンで破壊されて転がっている、自機の右腕だったものを見てから、ゆったりとした歩調で歩き始めた。
 アンブロジウスの青いモノアイが、ソロウィングの消えたほうを一瞥した。

 雪は止みそうであった。








 ベルカ戦争(企業動乱)はアヴァロンダムの決戦で幕を閉じる。
 その後の『円卓の鬼神』の消息は不明。公式の記録にも、企業が公開している記録にも彼の行方は記されていない。

 ベルカの起こした一連の事件は世界に衝撃を与えると同時に、皮肉なことに旧世代の技術の『素晴らしさ』を実証することとなってしまった。
 ベルカの所有地であった場所は企業が凌ぎを削る場として残り、旧世代の技術を巡って醜い争いが続くこととなる。だが、それぞれの戦力が拮抗したことで、いつまでたっても旧世代の技術を手に入れることが出来ないでいる。
 それが、ひょっとして『境界無き世界』が望んだことなのかもしれないが。

 『片羽の妖精』はアヴァロンダムで死亡したと思われていたが、後に生存が確認される。
 戦闘の後遺症でACに乗ることが出来ない体になった彼は、歩兵として戦場に――円卓に居た。彼は、今も戦い続けている。
 ―――……そして、『円卓の鬼神』も、どこかで戦い続けているのかもしれない。



  【終】


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