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第四話 「仕事? 遊び?(前)」

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 『Diver's shellⅡ』


 第四話 「仕事? 遊び?(前)」



 ジュリアはふと思った。

 「見て~! これぞ南国ってヤツよねぇ~!」

 休日と仕事を両立することは出来るのだろうかと。
 それと、私は何をしているのだろうと。
 際どい南国風ビキニを着たクラウディアの声を尻目に、青い空と青い海に白い砂浜の上の長椅子に腰掛けると、『月光』を口に咥えて先端に火を灯した。
 入り江にある椰子の木……正確には星の入植者に植えられたものの葉が潮風に揺れて音を立てた。



 ジュリアとクラウディアはα12遺跡に潜った後、ひとまず帰宅して、さっそく次の日から機体の整備作業や引き上げたものの選別作業を開始した。大して時間をかけずに作業は終了。月が9月に変わる頃にはもう一潜り行けるようになっていた。
 無論ぶっ続けの作業の所為で疲労は蓄積する。そんな時に、ダイブ仲間であるユトとメリッサから『一緒に潜りに行かないか』と誘いがあった。
 最初二人揃って別の機会にと返事をしようとしたのだが、途中でひらめいたクラウディアがユトとメリッサに別の提案をした。

 『どうせ南国行くなら遊びながら潜ろうよ』。

 するとユトとメリッサはあっさりと提案の内容を変更。ジュリアが手をこまねいている間にクラウディアの提案が承諾されて、ふと気がつくと船で南国を目指していた。
 9月と言っても南国ではまだまだ暑い。誰もいない無人島の、まるで巨人が谷を無遠慮に削って作ったようなその入り江に船を泊めた一行は、思い思いの時間を過ごす。この島から少し行った場所には遺跡があるらしい。
 ――話は冒頭に戻る。
 わいわいがやがやしている一行から少し離れた場所に派手なパラソルと長椅子を二つ配置して、傍らに小さな机を置き、タバコを堪能する。いつもと変わらぬ月光の味が肺を満たす。ジュリアは、海風に眼を細め、家にあった麦藁帽子を被りなおした。
 旅行?のメンバーは予想外に大勢になっていた。ジュリアとクラウディア。ユトとメリッサ。ユトの兄貴のニコラス。潜水機屋のオヤジ。エリアーヌ。そして気がつかないうちに居たオルカ。総勢8人。
 水着の上から白シャツを着て日光を防ぎ、長椅子に寝そべって上を見る。白い翼をもった海鳥が風を利用してその場にふわりふわりと浮遊しているのが見える。
 海は好きだ。好きだが、泳ぐよりも見ているほうが好きだ。潜水機に乗るときはいいが、やはり泳ぐより見ていたい。というより彼女は泳ぎが得意ではなかったりする。
 砂浜で超人染みたビーチバレーをおっぱじめたニコラスとオヤジの雄たけびを聞き流して、両腕を枕に瞳を閉じて、寝てしまおうと。
 と、ぎんぎらぎんに日光を爆発させた太陽が遮られた。ジュリアの瞳が薄く開く。オルカが居た。
 咥えっぱなしのタバコを指二本で摘みとって、机の上にある灰皿に白い灰を落とし、また唇に挟む。有害物質を多量に含んでいる白い紫煙が潮風に消えていった。

 「………あんだよ」
 「いえ、泳がないのかなと思いまして」

 眠たげに眼を細めれば、必然的に不機嫌そうなジト目が完成する。生まれつきの男っぽい顔つきと、口のタバコがそれを増幅して、やや威圧的な風貌を作り出している。本人はそうしようと思っては居ないのだが。
 オルカの優男風貌がやや引き気味になるも、体までは引かずに起立している。視線を逸らさなかったのはさすがというべきか。
 ジュリアは、長椅子の上で脚を組み、ぼんやりと海のほうを見た。白い砂浜。青い海。そこで、オヤジとニコラスが壮絶な死闘を繰り広げ、クラウディアとエリアーヌが戯れ、やや隅のほうでユトとメリッサが静かに語らっている。なんともカオスなことだ。
 見ているとクラウディアとエリアーヌがビーチバレーに参加した。ユトとメリッサをそっとしておくのは、まぁなんとなく分かる気がする。
 ふぅ。溜息と紫煙を吐いて、オルカに眼を戻す。風に揺られた麦藁帽子が角度を変える。風が白シャツの中に潜りこんで波を作った。

 「泳ぐっていっても………ホラ、私あんまり泳げないじゃん。ならノンビリするのもありかなってね。それより座れよ」

 そう言うとジュリアは自身が寝そべっている長椅子の隣にある長椅子を指差した。クラウディアが寝る用だが、とうの本人ははしゃぐほうが好きらしく、今は誰も使っていない。

 「では失礼して」
 「……あぁ~、どうしてそうなるかなぁ」

 オルカが腰掛けるや、短くなったタバコを灰皿にねじ込んだジュリアが声を上げて上半身を起こした。
 そして毎度おなじみとでも言うかのようにオルカの肩を、ばむ、と強く叩く。
 オルカ、咽る。ジュリア、人差し指をオルカに突き出す。

 「昔は敬語じゃなかったのに、どうしてそうなってるかなぁ。ほら、砕けた感じに喋ってみろよ」
 「ええっ……」
 「ええーじゃない。やれるはずだろ。ほら」

 オルカの視点が定まらない。ジュリアの人差し指を回避せんと顔を背けて、それでいてちらちらと眼を戻す。ジュリアはオルカの顔が赤く、ついでに心臓も高鳴っているとは露知らず。
 ジュリアの白シャツから伸びる足は健康的な白さ。組むことで筋肉の筋が浮き出て、細さを強調する。
 男性であるオルカの視線が震える。足を見てみたいが見れば変態扱いされかねない。本能と理性のせめぎあい。同時に、敬語を解除しなくてはと、しかしそれがいいのかどうかを考える。
 ジュリアの人差し指が相手を脅すように左右に振られた。

 「焦ってんなよ。ったく小さい頃は棒振り回して遊んでるようなヤツだったのに大人しくなっちゃって……覚えてるよな?」
 「はいもちろん」
 「だぁ~か~ら。敬語を取れって」
 「………しかしですね」
 「クセになってるのかな、敬語。いや考えようによっては礼儀正しいっていうのか」

 一人納得したように頷く女と、悩みを抱えた男。ジュリアは、ビーチバレーから帰ってきたクラウディアの姿を見つけて、軽く手を振った。
 クラウディアは体についた細かい砂を叩き、ぴょんぴょん跳ねて両手をぶんぶんと振ってくる。その度に豊かというより大きすぎる二つの山脈が揺れる。青と黒の中間色のクセっ毛が体に張り付いて扇情的。同じ色の際どいビキニが色っぽさを増している。
 クラウディアは二人の長椅子のところまでくると、荒い息を抑えるように大きく胸を上下させ、手で額の汗をぐいと拭った。それをジュリアは見上げる。

 「ジュリアは遊ばないの~?」
 「めんどくさ―――…………ん……決めた。行こう」

 ぱちんと手を打って、長椅子を蹴るような勢いで立ち上がったジュリアは、両手を使って白いシャツを脱ぎ捨て長椅子に引っ掛け、麦わら帽子を机に置いた。
 彼女の素肌を覆うのはタンキニ水着というタイプ。普段から着ているタンクトップを水着にしたような水着で、白と黒の縞模様の上下。色気の無さが目立つものの、本人のクールさを際立たせるデザイン。
 思わず眼を奪われて沈黙したオルカの姿を、クラウディアの眼が怪しげな光と共に捕捉した。『きらーん』『ぎゅぴぃぃん』という効果音がどこからか聞こえてきたが、気のせいだ。
 と、ジュリアがオルカの首根っこをひっ捕まえた。有無を言わせない力で海まで牽引し始める。
 一瞬理解出来なかったオルカだったが、海が近づくにつれて頭が回転し始めて、今自分がジュリアに引っ張られていることに気が付き、なんとか抵抗しようと身を捩り。

 「ちょっと、ちょっと!? ジュリアッ、それは洒落にならないぃたたっ!」
 「水泳の特訓だよ。ダイバーが水泳が苦手じゃそれこそ洒落にならないから。っていうことで、オルカ君を先生に抜擢しようと生徒ジュリアは思いついたのです――」
 「物語風に言ってもダメって髪の毛があああぁッ!?」

 首がダメなら髪の毛だ。長めの灰色髪をぐわしと掴まれ、嬉しいやら悲しいやら痛いやらで悲鳴を上げるオルカ。ジュリアの容赦なきレッカー移動で波打ち際まで引かれていく。

 「よっこらせっ」
 「うわぁぁあっ!」

 じゃっぱーん。日本じゃない。
 ジュリアという爆撃機に抱えられたオルカ爆弾が波に向かって投下された。水しぶきが上がって、ジュリアと同じようにシャツを着ていたオルカは、主に顔面から海水に突っ込んでしまう。ジュリアの口角が持ち上がる。

 「よし、あの岩まで競争だ!」

 ジュリアは、入り江から見える地点にぽっかりと顔を突き出して波を被っている岩を指差すと、水泳が苦手とは思えぬ猛ダッシュを決めて浅瀬を越え、ざっぱざっぱと泳ぎ始めた。
 ちなみに水泳が苦手というのは、長距離泳げないというだけの話であったりする。

 「待てぇ! 先生の言うこと聞けぇ!」

 やっとこさ復帰できたオルカ。顔を出し、海水を拭って、ジュリアが逃げたのを見るや、着ていたシャツをクラウディアの方に脱いで投擲し、その細い背中目掛けて軽快なクロールで泳いでいった。
 口調から丁寧さが消えたのは、きっと心の動揺から生じるものだろう。
 一人パラソルの下に残されたクラウディアは、オルカが投げ捨てたシャツを回収して水気を絞って長椅子に引っ掛け、自分が腰掛けて、泳いで行った二人を見つめる。
 そしてにやりと笑った。それは、もう、この上なく怪しげに。妖しげではない、怪しげに。
 顔に射線が入り、

 「―――……計 画 通 り !」

 腕を組んで、そう言った。

 「クラウディアー! バレーやるぞー!」
 「今行くー!」

 遠くでオヤジとエリアーヌとニコラス、そしてユトとメリッサが呼んでいる。オヤジが両腕を振って声を張り上げて、ビーチボールを掲げた。
 クラウディアは大声で返事をすると、子供っぽい動きで駆けて行った。
 砂浜に足跡が増える。


               【終】

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