創作発表板 ロボット物SS総合スレ まとめ@wiki

<epilogue>

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sousakurobo

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だれでも歓迎! 編集
――――ある高級ホテルのパーティールームで、一つの節目を祝うパーティーが行われている。奇しくもその日はクリスマス・イヴである。
各々のスーツやドレスに身を包み、人々は絢爛な食事に舌鼓しながら談話を愉しむ。そんな中、太めの男性が一人の青年の肩を思いっきり叩いた。

「おい、誠人! お前ももっとはっちゃけろよ!」
叩かれた反動で、食べていたスパゲティを少しばかり吹いた青年は、じろりと男性を睨むと叩いてきた手をグッと捻り上げた。
「悪い悪い、ちょっと悪ノリが過ぎたんだよ」
「人が食べてる時に邪魔するのは、幾ら森田さんでも許せませんよ」

男性に対して呆れとも怒りとも言える口調でそう言った青年は、再び皿の上のスパゲティを食べ始める。
男性はほろ酔い気分なのか、誠人という名の青年に捻られても意に示さずへへへと笑った。

「にしても5年も掛けて完成した甲斐があったなぁ。おりゃあ出来あがった姿を見て感動して泣いちまったよ」
男性――――森田がワインを飲むとわざとらしく泣き声を上げた。誠人はそれを見ると、深いため息をついた。

「いづれにしろ、何時か完成させなきゃいけないんですよ。国家予算までつぎ込んでるんですから」
「誠人~そういう冷めた事は言うっこないぞ。素直にお前の考えた自動人形が完成した事を祝えよ~その為のパーティーだろうが」
森田がそう言いながら、誠人の胸をつつく。誠人は迷惑そうに背中を向けてスパゲティを食べ続ける。

「まぁまぁ、そうつっけんどんにしないの。森田さんは本当にアルタイルの完成が嬉しいんだから」
森田に背を向ける誠人に、鮮やかな紅色の髪を結いだ女性が、ウインクして宥める。
誠人は女性と目が合うと僅かに頬を染めて、俯き加減で答える。
「……赤月さんが言うなら」

「そういや神原大佐は何処行ったんだ? あの人がいないと場が締まんないじゃん」
周囲をキョロキョロし、森田が誰ともなしにそう言うと、女性が答えた。
「別の所で例のあの人と飲んでるわよ。大事な商談なんじゃない?」

「それではアルタイルとタラベリアの完成を祝して、乾杯」
「うむ。しかし予想より時間がかかったな。メモリーチップの解析を初めてから今に到るまでおよそ2年か」
「えぇ。伊達にミスター・モリベは優秀な開発者じゃなかったという事です。プロテクトを解除する事でさえ異常に時間がかかりましたからね。まぁ……」

「あのガキがいたから問題ない、だろ? 名字が思い出せないが、誠人とかいう」
「はい。彼は天才ですよ。アルタイルの設計、開発のみならず、メモリーチップの解析、及び模倣までやってのけたんですから」
「それだけ優秀なら、メモリーチップについて探ろうとしないのが不思議だな」
「その心配はありません。彼にはあくまで自動人形の開発だけを担って貰っていますから。彼もそれが本望ですしね」

「……一つ聞くが、メモリーチップ……いや、メモリーチップのオリジナルはどうした?」
「オリジナルですか? どちらにしろ利用価値は無くなったので貴方にお返ししますよ。最初から貴社の物ですし」
「意外と気が利くじゃないか。俺に断りも入れず廃棄すると思ったぞ」
「大事な提携先に配慮を欠く程、私は不遠慮ではありませんよ。ところで、オリジナルはどうするおつもりで?」

「教える義理は無いな」

彼女が私の元から居なくなって既に2年が経つ。彼女と経験した時間は短く早かったのに、今は時間の流れがただただ、苦痛で長い。
そう言えば……。彼女はこの国特有の四季……春も秋も冬も経験しないまま、居なくなってしまったんだな。
歩いていると霜がシャリシャリと音を立てる。寒さが身に堪える。この寒さは肉体的な寒さだけじゃない。……あの日から、私の心は寒くなったままだ。


あの日――――気づけば、私は病院のベットで目覚めた。ティマと横たわって以降、何も覚えていない。
負傷していた右足と頭には包帯が巻かれていて、医師の診断だと私自身は全く気付いていなかったが、肋骨を何本か折っていたらしい。
病院には遠方で農業を営んでいた私の両親とゲンブの家族が来ていて、私の姿を見ると猛烈な勢いで私を心配した。

事情を聞くに、私が旅行の帰りに大きな交通事故に巻き込まれたと警察から教えられ、すぐに病院まで飛んで来たらしい。
恐らく……いや、考えなくても分かるが、アールスティック社が事実を隠ぺいするために作りだした、架空の事故だろう。
私の愛車を完膚無きまでに壊したのも、そういう事だったかもしれない。全ては最初から仕組まれていたのだ。腹立たしいが完璧にアールスティック社の手中だったようで。
しかし怪我をしていた事は事実だ。私は余儀なく、入院生活を送らされることとなる。だがそれ以上に私にとって痛いのは

ティマが、私の元から去ってしまった事だ。そして彼女の事を――――私しか知らない事だ。
ゲンブは私がティマを拾った事も、服や靴を貸して貰った事も忘れていたようだし、勿論私の両親が知っている訳が無く、病院の医師や看護師たちが事情を知っている訳が無い。
彼女の存在が――――誰にも知られない。まるで最初から、ティマという名の少女などいなかったかのように。

入院生活はひたすら退屈でつまらなかった。早く仕事に復帰したい。私はそれだけを願って毎日を過ごしていた。
早く仕事に戻り忙しい日々を送れば余計な事を考えなくてすむだろう。そう……ティマの事を。
何もしていないと、私の頭にすぐティマの事が浮かぶ。そして自責の念に絡まれる。どうしてあの時……私がああしていれば……。
その度に私は……自分自身を殺したくなる。自分自身が憎い。そんなネガティブな感情ばかりが、私の頭をもたげる。

退院間近の頃、病院に加害者の遺族と名乗る輩がやって来た。言うまでも無く架空の。
アールスティック社は交通事故という架空の事柄を事実にしたいらしい。まぁ警察を懐柔してる時点で、私になす術は無いのだろう。
私は輩の持ち出した示談を飲みこむ。この時点であの日の事は完全に、「交通事故」として処理されたと思う。
思えば私はどうしようもない愚者だったのだ。どう足掻いても勝てる筈が無い、大きすぎる存在に立ち向かった……愚かな弱者だ。

退院すると、私の元に保険会社からの様々な金が舞い込んできた。ただ、それだけ。
早速家に帰って仕事のスケジュールを組もうと思ってリビングに戻ると驚いた。

スペースが、異常に広く感じる。まるでポッカリと大きな穴が空いている様な、そんな空虚感だ。
ソファーに……ソファーにティマが座っていないだけで、これだけ自室が嫌に広く見えるものなのか。
私は一先ず入院時の色んな意味での疲れを取る為に、荷物を置いてソファーに仰向けになった。

こんなにソファーって大きかったんだな。私が寝ても十分足が伸ばせるほどに。こんなに……大きかったんだ。
ティマがいつもこのソファーで過ごしてたなぁ。私が仕事をしている時に、決まってここで本を読んで、私が帰ってくると走って迎えに来てくれた。
……本も、ティマもいないんだな。今家にいるのは、私……一人か。……元々一人身だったじゃないか。昔に戻っただけだ。

取りあえず飯でも食おう。データフォンを取り出し、出前のピザでも取る。ピザなんて食えないから適当にサイドメニューでも。
新聞受けに入っていたチラシを取り出し、メニューを注文する。何を食おうか……。

「前から不思議だと思う。人は食事を何故取るのかが。私の様にエネルギーを充填すれば時間を節約できるのに」

――――ティマの声が、頭の中で聞こえた。私は頭を振り、チラシを丸めてゴミ箱に捨てた。
ソファーから降り、洗面台に手をかざして水を出す。水力を最大にして、思いっきり自分の顔を洗った。ひたすら、ひたすら。
水を止めて鏡を見る。……泣くな、良い年の男が。泣くんじゃない。目をこすり、出来るだけ表情を硬くする。
そうだ、明日からでも仕事に取り掛かるし、ガレージの整備をしよう。だいぶ手を付けてないから汚れが酷いだろうな。

ガレージに来たが意外に汚れという汚れは無かった。機具にそれほど埃も溜ってないし。
仕事が無い日でも、早朝に毎日手入れしてたからな。まぁ至極当然か。とはいえ、汚れている場所はある。アンドロイド用の専用台だ。
起き上げて拭かないとな……スイッチを入れ……スイッチを……。伸ばした手を、下ろした。

何をしてもティマが浮かぶ。両手で目を覆うと、すぐにティマの顔が浮かんでくる。いや、来てしまう。
これじゃいけないと分かっていても、ティマの事を忘れる事が出来ない。いや、忘れるなんて事は出来ないし、する気も無いが……。
何も……手につかない。家に上がりソファーに寝そべった。体が……いや、心がだるい。大きな穴が開いたのは、私の家だけでは無いらしい……。

疲れていた為か、朝まで眠っていたようだ。起き上がると、家の中が――――凄く、静かだ。
台所で沸いたコーヒーを入れて、テーブルに乗せて一口。苦いな……久々に飲むからだろうか。偉く苦く感じる。
指を鳴らして、ホログラムTVを点ける。ニュースでもやっているのかな? そう思ってみていると、何かのCMが流れてきた。

アンドロイドのCMだ。身寄りのない老人に向けての……私は目を疑った。CMに映る児童型アンドロイドの姿が……。
グッと目を閉じてもう一度目を向ける。気のせいだ……ティマじゃない。ティマじゃ……。
猛烈に胃の辺りから何かがこみ上げてくる。私は急いで立ち上がり、トイレに駆け込んだ。
浮かんでしまう……ティマの顔が、体が、笑顔が……。そして最後に私に見せてくれた安やかな寝顔が……。そう思うとまたこみ上げてくる。

ティマ……君は、君は今、何処にいるんだ。何処で何をしているんだ。
苦しいなら、哀しいならすぐに呼んでくれ。私の名前を……私の事を頼ってくれ。何処にいるんだ……ティマ。
私の……私の名前を……呼んで、くれ。もう……。

次の日、私はソファーを引き払った。このままだと、ティマの思い出によって私自身が潰されてしまいそうだからだ。
それに図書館のカードも処分した。それにティマの服も、靴も、言うなれば……ティマに関する事を、出来るだけ全て。
意外と分量が多く、片づけるのには1日も費やした。片づけおわると、家の中はとても綺麗になった。
本当に綺麗だ。一人で住むには必要ないほど家が広いな、本当に広い。

整理も終わったし、仕事を入れないとな。データフォンを取り出して、仕事……。

「それじゃあ仕事に行くけど、今日も図書館行くのか?」
「うん。お願い、マキ」

気付けば私はデータフォンを放り投げていた。何をしても、何を考えても……もうティマの事しか浮かばない。膝が笑ってきて、私はその場にうずくまった。
涙腺から涙が溢れてくる。昼間から号泣するなんて自分自身どれだけ情けない状況なのかは理解できている。だが、感情が理性を勝ってしまう。
どれだけ泣いたんだろう。カーペットに染みが出来ていた。呼吸を整えていく。

ごめん、すまない、どれだけ謝っても、君は帰ってこない事は分かってる。だがそれでも、君に謝りたい、ティマ。
他者から見たら、少女型のアンドロイドにここまで固執する私は異常者に見えるのだろう。だが、私の中ではティマの存在が……ウェイトを占めていた。
その部分が消えたせいで、私の精神は安定しない。大事な人がいない事が辛い。例え他者に否定されようと、今の私にはティマがいない事が、辛い。
ティマ……戻って来てくれよ、ティマ……。私を愛してくれ……。必要と……してくれ。

ティマの夢を見ていた。夏風島で過ごした一日を。白いワンピーズを着た彼女は、綺麗で、清楚で、幼かった。
彼女は私に笑顔を見せて、スカートを翻し元気に動く。嬉しそうに自然と触れ合い、海辺を走る彼女は輝いていた。
夕暮れに暮れた海で、彼女は私に手を伸ばす。私はその手を繋ごうとした、が。

ティマの手が、私が触れた途端砂と化して風に消えていく。私はそれを掴もうとするが、砂は風に舞って空しく消えていく。
抱きしめようとするが、ティマの体は砂と化していく。消える……消えてしまう、頼む、消えるな……!

その時、ティマが私に何か、言った。だが何と言っているかが……分からない

眼が……覚めた。何処にも……ティマはいない。
データフォンを見ると、深夜になっていた。窓の外は真っ暗闇になっている。また眠ってたのか……。
起き上がるのが妙にだるい。何となくモニターを回す。と、写真と記されたアイコンをダブルクリックする。

するとモニターに、カメラからデータフォンに映した写真のデータが映し出された。
モニターに触れてスライドさせると、覚えのある写真が映った。確か……ティマと動物園に行く時に撮った写真だ。
何だ、ブレてるわ対象が良く分からんわ、碌な写真が撮れてないじゃないか、ティマ。
私の口から自然に笑いが出てくる。ホントに手あたりしだいに写真を撮ってたんだな、ティマ。まともに……まともに撮り方を教えておけばよかった。

しばらくそんな写真が続くと、ある一枚の写真で私の指が止まった。図書館の前に立っている、ティマの写真だ。
この時からティマの感情が豊かになって来たんだな。笑ったり、ねだったり……。初めて笑顔を見せてくれた時は凄く吃驚した。吃驚したけど、嬉しかった。
だからその一瞬を記念して、私は写真を撮ったんだ。初めてティマが、はっきりとした感情を見せてくれたから。

思えばティマを写真で撮ったのはこの一枚だけだったな。スクラップになった愛車の中で撮ったのは、上手く撮れて無かったし。
しかし本当に上手く撮れてる。真ん中で微かにほほ笑んでいるティマは、人形の様に(変な表現だが)綺麗だ。

私はその写真を見ながら思う。――――消そう。このままじゃ、私は本当に潰れてしまう。

眼を瞑り、削除のボタンに指を乗せる。これを押せば、この写真は永遠に……消える。
――――許してくれ、ティマ。君の事は忘れない。だが、今だけは――――忘れ……させてくれ。

ティマの写真を消去した日から、私は昔の様に、否、昔以上に仕事を入れる様になった。
休日を自ら潰し、私は暇さえあれば仕事を入れる。とにかく頭の中を仕事仕事仕事に切り替える。他の事は考えないように。
ゲンブから心配されるが元気だから心配するなと返し、仕事を入れまくる。ティマの事を――――忘れる為に。

何時頃だっただろうか。私は案の定過労でぶっ倒れ、再び病院に担ぎ込まれた。
胃潰瘍で、もう少し遅かったら本気で危なかったらしいが、正直そのまま死んでも良い気がした。
医者からは仕事の量を減らし、自らの体調を労わる様言われた。正直すぐに仕事に復帰したかったが、医者に逆らっても仕方ないのでそうする事にする。

仕事量を減らせと言われてもどうしようもない為、仕事を入れた日まで体を酷使し、それからすっぱり仕事を入れないようにした。
まぁ……生活費以外に特に使い道が無かった為、貯め込んでいた貯金と「交通事故」で入った金で何もしなくても数年は暮らせる余裕はある。
ティマの時に幾らくらい使ったかを考えようとしたが、馬鹿馬鹿しいから止めた。

仕事を入れないと私の生活は実に暇で退屈だ。本を見るとティマが浮かぶからあまり読みたくない。映画もTVも下らない。
親の影響で煙草も酒も無論ギャンブルも興味が沸かない。他人から何が楽しくて生きているのかと聞かれても答えられない。
毎日起きて朝食を食べ、少し周辺を散歩して昼食、夕方になれば夕食を食べて寝る。実に健康的で効率的な生活だ。
同時に自分が如何につまらなく、魅力が無い人間かが分かる。

「仕事してない様だが大丈夫か? マキ」
「心配ない。すまないな、ゲンブ」

こんな簡素な会話を一度二度交わす程度で、今までそれなりに付き合いがあったゲンブとも次第に会話が無くなっていった。
むしろこんな奇行に走り出した私を、ゲンブは遠ざけていると思う。それで良い。私に関わると碌な事が無いからな。
私がこんな事をしている間にも時間が経ち、あの日から1年と半年が過ぎていた。

流石に仕事しないまま暮らしていても世間体に悪いので、ちょくちょく仕事していくようにした。
恐らく仕事を休んでいる間、私の評判は相当落ちたようだ。来る依頼は殆ど家電製品ばかりで、アンドロイドの様な大きな仕事は全く来ない。
けれど色々な意味で不安定な私には、そういった仕事の方が精神的に楽だ。実際細々としている物の方が仕事していて楽しい。
正直もう、修理士という仕事を辞めようかと思っている。何というか全てが、億劫、だ。

せいぜい中年に差し掛かる年くらいまでは仕事しよう。年金に期待しちゃいないが、生活に贅沢は求めないから普通の生活が出来れば構わない。
しかしその頃には、生きる目的とかそういうのは無くなっているんだろうな。まぁ、それでも良い。
何だかずっと前に随分恥ずかしい事を言っていた気がするが、思い出せないし思い出す必要も無いだろう。
今は来る仕事を受けて地味に暮らしていこう。それで良いだろう。私はただの――――。

ただの―――――市民だ。巨大企業の秘密を握る少女の事なんて知らないし、分からない――――。

そう思って生きていくことを決めた。だが脳は、記憶は、どうしてもその少女の事を思い出させる。
だから私は彼女を名前では思い出さないようにする。あくまで彼女は、「彼女」だ。過去の人物で、名前を思い出す事はない。
彼女から貰った思い出は素晴らしく、美しい物だった。それで、良い。それで……良い。


―――――と、二年前の事を思い出し、ふっと私は我に返る。何でこんな事を思い出したのか分からない。
そう言えば今日はクリスマス・イヴだったな。だから嫌にセンチメンタルな気分になっていたのかもしれない。
私の様な一人身には全く関係の無い話だがな。と言いつつ、スーパーでの安売りのチキンとケーキを買っているのは何でだろうか。分からん

人混みは避けて帰る。カップルや家族や……幼い子供を見ると彼女を思い出して、辛い。
まぁ自宅を帰るには元々人があまり通らない路地裏を通るから、そこら辺の心配はないのだが。
しっかし別に何の恨みも無いんだが、こういう季節になるとそういう人種が変に妬ましくなるな。一人身の悲しさと言うのかね。
まぁどうでも良い。他人の事なんてどうでも。早く家に帰って飯食って寝よう。

にしても車はどうしようかな。でも車買った所で別に何処にも行く気は無いんだよなぁ。仕事だって近場で足りるし。
彼女のお陰で車に乗るのが楽しくなってたけど、何かそれももうどうでも良い。
何だろう、私って次第に駄目な人間になっている気がする。まぁ……それも、どうでもいい、か。

カードキーを通して自宅に入る。相変わらず自宅は寂しいようで。明かりを点けても誰もいないと言う。
温めた方が美味いかな? まぁ腹に入っちまえば何でも同じだ。チキンとケーキをテーブルの上に無造作に取り出す。
静かなまま食うのもアレだし、TVでも点けるか……。指を鳴らしてTVを点ける。さて……ふと窓に目を移す。

雪だ。こんな都会に雪だなんて、偉く久しぶりじゃないか。10数年前くらいに。
結構な勢いで振って来てるなぁ。こりゃ積もるかもしれんね。仕事に支障……昔ならあったが今は全然出ないな。

雪……か。彼……。

……ティマが見たら嬉しがるんだろうな。図鑑を見て、一回本物を見てみたいって言ってたし。
どんな表情するんだろうな。多分空をキラキラとした瞳で見上げて……。

……早く寝よう。また彼女の事で頭が痛くなるところだった。そう言えば飲み物を忘れてた。
粗茶で良いよな。台所に向けて指を鳴らす。ちょっと食ってみたけど、やっぱチキン冷たいな。温めるか。
チキンを持ち、台所に粗茶を取りに行く手前、行こうとした瞬間。

誰かが、全く鳴る事の無いチャイムを押した。

こんな時間に誰だ? しかも雪が降っている様な悪天候で。今日はピザを頼んだ覚えはないのだが。
まさか宅配便な訳が無いしなー。隣人からの苦情……なんて、誰が住んでるかも分からんのにある訳が無いか。
ホントに何だろう。まさか身内の不幸で速達……も無いな。農業のお陰でピンピンしてるし。

もしもサンタだったら、私は少しくらいポジティブに生きていこうと思う。そういや私の夢って何だったけ……。
私は返事をして、カードキーを通しゆっくりとドアを開けた。そこに立っていたのは……。

黒、服? 黒い服を着た長身の男が、ドアの隙間から私をじっと覗いていた。その目つきは明らかにあっち系の人間の目だ、
私は防衛本能に基づき、ドアを閉めようとした。するとその男が、外見に似合わない爽やかな声で言った。

「お待ちください。貴方にご用件があるのです。マキ・シゲル様」
「私には君の様な人と話す事はないがね」
「お願いします。この場で終わりますので」

……まぁ言葉づかいが丁寧だし、少しくらいは聞いても良いだろう。一応直ぐにドアは閉められるし。
私はあくまで怪訝な表情と口調で、男に聞いた。

「それで、君の身分は? それと私に用件とは何だ?」

私がそう聞くと、男はズボンのポケットから銀色の平べったいケースを取り出すと、一枚の紙を取りだした。……名刺?
男はその紙を人差し指と中指に挟むと、私に差し出した。私はそれを受け取る。

「アールスティック社……タケハラ・カンジ……アールスティック社?」

私が言わんとしてる事を察したのか、タケハラと言う名の男は一歩下がると、深く頭を下げた。
「2年ほど前に、我が社のアンドロイドを保護していたただき、誠に有難うございました」

「……どういう意味だ?」
私の頭の中で、消えていた怒りと言う感情が次第に蘇って来る。全ては……。

「……笑いに来たのか? アンドロイドに命を掛けて全てを失った私を」
自分自身何を言っているのか分からないが、とっさに口に出た言葉はそれだった。
しかし分かってはいる。私がいくら怒りを抱いた所で、アール……いや、奴らに対抗など出来る筈が無い事は。

タケハラは私の言葉に顔を上げると、無表情のまま、答えた。

「いいえ。寧ろ我が社の機密情報を、他社やテロリストに渡さず、最後まで守り抜いた貴方に社長は敬意を示しております」

……人を馬鹿にしてるのか? あそこまで無茶苦茶しておいて、何が敬意だ。話がこんがらがりそうなので口には出さないが。

「あぁ、そうかい。悪いが私は明日忙しいんだ。早く用件とやらを伝えてくれないか?」

私がそう聞くと、タケハラは懐から何かを取りだした。黒い封筒だ。

「それは?」
「社長から貴方にと。中身についてはお答えできません」

「……君が私の立場になったら、受け取るかね?」
私の質問に、タケハラは無言封筒を差し出す。何だ? 黙して語らずか?

「受け取らないと言ったら?」
「貴方の自由です。私はあくまで、社長から貴方をこれを渡すよう、命令されただけなので」

……これは困った事になった。それなら断るのが普通の人間の判断だが、妙な予感がする。
受け取らないと言えばどう出るのか。それとも受け取ったらどうなるのか。どちらにしろ、私には不利だろう。
それなら……私はぐっと目を閉じ、静かに開けてタケハラから封筒を……受け取った。

タケハラは私が封筒を受け取ると、一歩下がり、また頭を下げて何処かへと立ち去った。
名刺と封筒を見比べる。もし悪趣味な悪戯だとしてら……いや、それは無い、か? 私にそんな悪戯を仕掛ける理由が分からん。
名刺はただの紙だとして……封筒はどうだ? 一見すると、やけに気障なデザインである事以外は、何処にでもある封筒の様だが……。
回転させながら触ってみる。と、下の方に薄く膨らみがある事に気付く。何だ、これ? 封筒を揺らすと、膨らみが右へ左へと移動する。

形は小さい。それに正方形……正方形? 小さくて正方形……うーむ、分からん。
一先ずこの封筒を開けてみない事にはな。リビングに戻り、適当にハサミを漁って取り出し、封筒の縁を開ける。
封筒を傾け、テーブルの上にその中身を落とす。さて、蛇が出……。

私は、自分の目を疑った。そこにはあの日、失った筈の彼女の――――。

いや、そんな筈は無い。彼女は確かにあの日、機能を停止したんだ。それで……それで、彼女の……。
私は封筒から落ちてきたそれを拾い上げ、もう一度見てみる。それが幻でないか、もしくは奴らがまた私を罠に仕掛けているんじゃないかと。
だが何度見ても、それはあの日から全く変わっていない。そんな……そんな馬鹿な。

そうだ、それがまやかしかどうかをすぐに確かめる方法があった。私はデータフォンを取り出す。

不思議と、手は震えなかった。私はそれをデータフォンに挿入する。モニターには―――――――。


……また、会えたな。




中々構図が決まらないな……何度かカメラを動かすが、納得のいく様な構図を捕らえる事が出来ない。
海の向こうの大都会をバックに、雪が覆いかぶさる林道なんて実に素晴らしいシチュエーションなのに……。
やはり私にはセンスが……いや、好きでやっている事だ。少しくらい構図が悪くても良いじゃないか……うん。

「兄ちゃん、そろそろ写真は撮れそうかい?」
構図に困っている私に、スコッチ……だろうか、そんなお酒の瓶を片手に、ベンチに座った気の良さそうなおじさんが話しかけてきた。

「いやぁ、全然撮れませんよ。中々難しいですね」
私がそう返答すると、おじさんはガハハと笑って酒を一口飲むと、上機嫌な口調で返した。

「まぁ何だ兄ちゃん。ニューヨーカーの俺からすると、兄ちゃんはまだまだ青い。
 だがな、ニューヨークは良い女だ。きっと兄ちゃん好みの女に変わってくれるぜ。兄ちゃんが諦めなきゃな」

女性に例えるなんておじさん……まぁおじさんなりのユーモアなのだろう。私は苦笑いでおじさんに応える。
しかしニューヨークってのは結構良い街だな。都会的な無機質さと、人々の持つエネルギーというか、熱が混然となっていて一種の……上手い言葉が浮かばない。
だがここで良い写真を取る事が、私がこのニューヨーク、ひいてはアメリカの地に降り立った理由であるから故、目標を達するまで離れる気はない。
何故ならこの地が、私の世界巡りの第一歩となるのだからな。

一か月前、ちょっとした出来事の後、私は自らの夢……カメラマンとなる為、世界を巡る計画を立てた。
どうせこのまま日本にいた所で静かに死ぬくらいなら、一度自分の夢を追いかけてみても罰は当たらないんじゃないか。そう思ったのだ。
無論ただの旅行者のままでは資金が尽きると思うので、色々と苦労したが、修理士としての国際ライセンスを取得した。
これでどの国でも、私はロボットを修理する事が出来る。無論言語云々の問題はあるが……旅をしながらでも勉強出来るだろう、

その一方で、私は世界中の美しい風景を、カメラに撮りたいと思っている。
まだ送ってはいないが、その写真を、日本で有数の写真雑誌に送るのだ。そして何時か、その雑誌に載る事を……。
と言っても、日本有数でかつと言うだけあって非常に選考が厳しい。私が10代の頃送った写真が、全て没になったからな。
だからおよそ20数年ぶりの挑戦となる。壁は非情に厚いが、それでもいつかは超えてやろう。生きている限り。

「そうだ兄ちゃん。俺も機嫌が良い。兄ちゃんとあった記念に、ちょっといいもんをやろう」
おじさんがそう言って、私に何かを投げ渡した。私はそれを受け取る。これは……。

「俺がわけぇ頃、何時も持ってた銃弾だ。最強のギャングの銃弾でな。そいつを持ってると絶対に悪運には当たらねぇ」
おじさんが言うように、それは使えそうも無い、黄金色の古びた銃弾だった。こんな物を持ち歩いているなんて、おじさん、貴方は一体何者なんだ。
こんな物騒な物とはいえ、人の物だ。一応聞いておく。

「本当に貰って良いのかい?」
「なぁに、心配ねぇ」
おじさんはそう言って着ているジャンパーを開けた。そこには私が持っている銃弾と同じ物が沢山くっ付いていた。

「悪運から守って貰いすぎてなぁ、女も仕事も中々寄りつかねえんだ」
そう言って嘆くおじさんに、失礼ながら私は笑ってしまった。おじさんも合わせて笑う。殆ど初対面なのに、なんだかおじさんとは気が合いそうな気がしてならない。

「それじゃあ、彼女を待たせてるんで、私はこれで」
私はおじさんに会釈をしてその場を去る。また新しいポイントを探さねばならない。

「おう! 今度会うのはタイムズ・スクエアだ!」
おじさんがガハハと笑うのが聞こえる。私は後ろを向かず、手だけを振った。

しばらく歩き、待ち合わせている店まで歩いていく。
確か今日はリンカーンの像を見に行きたいと言ってたな。その後にミュージカルか。結構結構。
今からどんな顔をするのかが楽しみだ。きっと……。

そろそろ見えてきた。私は手を振りながら、彼女を呼ぶ。
彼女は長くて金髪の髪に、ちょこんと毛糸の帽子を被っている。昔より――――少しだけ、背が伸びて、胸が大きくなった。

まだ私に気付いていないみたいだな。私は駆け寄り、彼女の肩を叩いた。そして、言う。

「行こうか、ティマ」

彼女は――――ティマは、私に振り向くと、満面の笑顔で、答えた。


「――――はい」




<ROST GIRL>


Love of two people starts now

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