創作発表板 ロボット物SS総合スレ まとめ@wiki

<ep.7 後篇>

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匿名ユーザー

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高速道路を疾走する、黒光りの高級ブランド車の中でその男――――タカダは、後部席で足を組みながら、データフォンを眺めている。
モニターには秘書と共に、あるデータが円状になって表示されている。タカダはそのデータの一つをドロップすると、秘書に尋ねた。

「本当にこの男がティマを匿っているのか? 俺にはそうには見えんが」

タカダの質問に秘書は一言、間違いありませんと頷いた。タカダは顎鬚を撫でて息を吐く。
そのデータにはある男の住民情報と顔写真が映し出されていた。顔写真に映るのは――――マキ・シゲル。住民情報には、マキについての情報がくまなく羅列されている。

「マキ・シゲル……。A級ライセンス取得者という事はそれなりの地位はあるようだな。それでこの男がティマを匿っているという情報に信憑性はあるのか?」

若干疑いの気を含めたタカダの言葉に、秘書は冷静な口調で返す。
「調査員によるデータをお見せします」

するとモニターに、若干荒い映像がスライド形式で流れてきた。そこには図書館や動物園で過ごしているティマとマキが映し出されていた。
タカダは掌で口元を覆った。確かにマキの近くで歩いている少女は、かつて、モリベが組み立てたティマの外見と酷似している。秘書が加えて説明する。
「直接接触してみなければ確証は取れませんが、外的特徴はティマとほぼ一致しております。
 また、データフォンによる解析で生体反応が確認できない為、アンドロイドである事には間違いないかと」

秘書に耳を傾けながら、タカダはふっと顔を上げて、静かに口を開いた。 
「……マキ・シゲルの勤務状況はどうなっている。いや……家を開ける時間帯は何時だ?」

タカダの質問に、秘書は手元の分厚いファイルをパラパラとめくり、タカダに返答する。
「差異はありますが、平均は朝8時に出勤、こちらも差異がありますが、午後5時位に帰宅しています」

「ふむ……」
タカダは再び掌で口元を覆い、しばし熟考すると秘書にドスの利いた低い声で言った。

「今からマキ・シゲルの自宅にカードキーのロックをかけろ。警官を使って奴を引き剥がし、その間にティマを頂く」

<LOST GORL ep.7 後篇>

運動不足でかつ自分を過大評価していた私は、後先考えず海に突っ込み足を攣って溺れていた。多分この恥は墓場まで持っていくと思う。
そんな私を、通りすがりでありティマと親しくなった競泳用アンドロイド、ジュンが助けてくれた。本当にありがたい。
ジュンに感謝するのは勿論のこと、ジュンの持ち主にも感謝しなければならない。その持ち主が、私達の元へと駈けてきた。
アロハシャツを来た、目元がニコニコと笑っている青年……いや、若く見えるが結構体型ががっしりしてるから、私と同年代かもしれない。

「いやぁ、あの子のお母さんから凄い感謝されちゃってさ。謝礼でもとか言われちゃって参っちゃったよ。
 ……で、そちらさんは?」

青年が私とティマに対して疑問符を浮かべた。ここはひとまず感謝の意を示さなくてはいけない。私は青年の前に立ち、深く頭を下げる。
「先程、貴方のアンドロイドであるジュンさんに助けて貰いました。
 生兵法で海に飛び込んだばかりに……。本当に有難うございました」

私がそう言うと、青年はジュンの方をちらりと見た。事情を聞きたいようだが……正直聞かれると少し恥ずかしい。
ジュンは無言で青年の目を見つめる。青年とジュンは見つめ合う。と、青年は何か察したのか、首を小さく縦に振ると、私を心配そうに気遣った。

「お怪我はありませんか?」

何だかすごく申し訳ないな……。
「それなら大丈夫です。度々すみません」

私がそう返すと、青年はほっと胸を撫で下ろした。まるで自分の事の様に。
「あぁ、それなら良かった。お怪我が無くて何より」

もしかしたら、この青年はとても人が良いのかもしれない。人の性格は顔に出るというし。……待て、それだと私の性格が悪い事になる。
それにしても命を救って貰ったんだし、何かお礼がしたい。とは言っても、今の私にはそれほどお金が……。
とは言え、このまま立ち去っても心地が悪い。私は恐る恐る、青年に聞く。

「宜しければ何かお礼でも……」

私がそう言うと、青年は激しく首を横に振った。
「あ、いえいえ。そういうのは良いですよ。あくまで僕が勝手に助けたまでですし」 

その時、誰かの腹の音が鳴いた。私は自分の腹かと思ったが、それほどお腹は空いていない。と、言う事は……。
青年の方を見ると、気恥ずかしそうに俯いていた。ジュンが淡々と、青年に言う。
「ここは恩に着るのがベターかと思います。マスター」

青年は控え目に顔を上げると、私に対して平謝りしながら申し訳なさげに言った。
「……それじゃあお世話になります」

私はなるべく、自分が出来るせいっぱいの笑顔で青年に返答する。
「えぇ、取りあえずホテルのレストランに行きましょうか」

私と青年がホテルのレストランで食事を取りながら会話を交わす間、ティマとジュンは散歩に出かける。二人とも互いに聞きたい事があるらしい。
ティマが他のアンドロイド……いや、むしろ私以外の人と話すのは初めての経験だ。良い経験になるだろう。恐らく。
しっかしホテル価格かは知らんが、妙にメニューが高いな……。まぁ命を救って貰った手前、どんなメニューでも構わない。

「本当に良いんですか? ……って入っちゃってから聞くのも難ですけど」
青年がまだ申し訳無さそうに私に聞く。……ますます私の方が申し訳無く感じる。私は苦笑しながら返答する。
「彼女に命を救って貰ったんですよ。むしろこれぐらいじゃ足りないと思います」

互いに食べたい食事を注文し、改めて青年に向き合う。年がとても気になる。
体型は20代らしくガッシリしているが、ニコニコとしている顔は若々しく、10代に見える。いきなり年を聞くのは……失礼だな。
先に私の方が自己紹介せねば。水を一口飲み、私は青年に自己紹介をする。

「改めて自己紹介を……私はマキ・シゲル。30代半ばの、しがない修理士です。この島にはちょっとした観光でね……」
私がそう自己紹介すると、青年も水を一口飲み、芯の通った声で自己紹介する。
「僕はアイバ・キリトと言います。ジュンの……なんて言えば良いんだろう。まぁパートナーです。僕も息抜きでこの島に来たんですよ。良いですよ、ここ」

キリト氏はそう言ってニコニコと笑った。私は記憶の奥底からアイバ・キリトという名前を引っ張りだす。どこかで聞いた事が……あ、そうだ。
確かアイバ・キリトと言えば、若干16歳にして、高い知識と技術が必要とされ、非常に狭き門と言われる競泳型アンドロイドの技術者として脚光を浴びた少年だ。
かつてのTVや新聞には、キリト氏と、キリト氏がパートナーとしている……そう、ジュンだ。キリト氏とジュンが毎日といって良いほど取り上げられてた記憶がある。
突然パタリと姿を見なくなってしまったから、同じ技術者として心配……していたかは正直言えないが、まさかそんな神童にこんな所で出会えるとは。

「まさか貴方があのアイバ・キリトさんとは……いやぁ、度々頭が下がります。ホントに」

私がそう言うと、キリト氏は手を振りながら頭を横に振った。何だろう、言っては悪いが凄く分かりやすい人だ。
「あ、いえいえ、そんな事無いですよ。もう昔みたいな栄誉も名誉も無いですし……。
 それと僕の事はキリトで良いですよ、何となくさん付けはむず痒いんで」

流石にいきなり呼び捨ては幾らなんでも非常識なので……。
「……君、で良いかな?」

キリト氏……いや、キリト君は屈託の無い笑顔で、良いですよと答え、逆に私に質問してきた。
「それよか、あの小さい女の子はマキさんとはどんなご関係で?」

妻です。なんて言える訳が無いので、私はすこし考える素振りを見せながら、無難に返答する。
「ちょっと知人から預かってましてね。中々わがままで、困ったものです」
私がそう答えると、キリト君ははぁと苦笑し、手を拭いたおしぼりを置いた。

しかしどう話を切り出そうか……私は少し考えた挙句、何の面白みの無い質問をキリト君に聞いた。
「宜しければお聞きしたいのですが、キリト君はジュンさんとどれくらいの付き合いになるんですか? 何分興味がありまして」

下世話……かな。もしかしたらキリト君にとって触れられたくない過去に干渉してしまったのかもしれない。
キリト君はポケットから何かを取り出し、私に見せた。……煙草の箱か。
「構いませんがその前に……ちょっと吸っても良いですか? もしマキさんが嫌なら吸いませんけど」

確か私達の座っている席は野外のテラスだったな。既に3時を過ぎて夕刻な為か、あまり……というかテラスにいる客は私達だけの様だ。
それに喫煙席のエリアでもある。私自身は別に煙草に嫌悪感は湧かないし、何よりキリト君の喫煙を阻む理由も無い。
「良いですよ」

私がそう答えると、キリト君は嬉しそうに煙草を一本抜き、ライターで火を点けた。
「いやぁ、ありがたい。ジュンには何時も止められてるから、なかなか吸えないんですよ。親父も相当苦労したみたいで……」
キリト君がプカーと口から煙草の煙を吐く。ドーナツ状になったそれは、ゆっくりとあがって行き、ぼんやりと消えていく。

「ジュンとの出会いは16歳の頃でしたね。親父が危篤状態からそのまま死んじゃって。それで親父の親戚って人から、ジュンを紹介されたんですよ」

所変わり、ティマとジュンは海岸を二人で歩いている。ティマは白いワンピース、ジュンはタンクトップにジーンズのラフな服装だ。
偶然にも二人も肌が白く、蒼い瞳の為(まぁ同じ規格のアンドロイドの為であるが)傍から見ると姉妹に見えなくもない。

「夕方時の海って綺麗ですね……」
ティマが夕日が沈み、朱色に染まる海を眺めながら感嘆しながら話す。
「私もそう思います。センチメンタリズムを感じさせると言いますか……」

ジュンの台詞に、ティマが羨望の目を向けた。ティマは続けて言葉を発する。
「ジュンさんって凄いんですね……私にはそんな難しい言葉、思い浮かばないですよ」

ジュンは小さく首を傾げながら、淡々と返答する。どこか言葉に感情が薄いのは、ジュンの特徴らしい。
「そうですか? ティマさんも覚えようと思えばすぐに覚えられますよ。ボキャブラリーは増やしといて損はありませんから」
「ボキャ……はい、頑張って勉強します!」
ティマには知識を沢山得ても、それをどう使うかまでの術までは習得していない。間違って知識を覚える癖といい、ティマの頭はまだ子供のままだ。
ちなみにティマは今、ボキャブラリーの意味を考えようとしたが、とっさに浮かばなかった為言いかけて止めた。

しばらく二人は海岸を歩く。と、ジュンがティマの方を向いて質問する。
「所で先程から聞きたかったのですが、ティマさんとマキさんはどの様なご関係なのですか?」
ジュンの質問に、ティマはうーん……と考えるとジュンに顔を向けると、はっきりとした声で答えた。

「私の……私のとっても大事な人です。あの人がいるから、今の私がいると言って良いくらい」
ティマの返答にジュンはふむ、と頷くと、淡々とした口調でティマに言った。
「つまり好きなんですね、彼の事が」

「好……」
ジュンの言葉にティマは一瞬、頬が熱くなった気がした。考えてみれば、はっきりとマキの事を好きだと言った事が無かったからだ。
しかし自分の気持ちは紛れも無く……。ティマは一度深く俯くと、少しだけ照れを込めた返答を返す。

「……好きです。いえ、大好きです。私の事を理解してくれる人……だから」
ティマの表情と返答に、ジュンは今まで見せなかった頬笑みを浮かべて、言った。
「私もです。マスターは……キリトは私の事を理解してくれて、私もキリトの事を信頼しています。両想い、と言った方が分かりやすいでしょうか」

ティマは両想い……と小さく口に出した。意味は良く分からないが、なんだか素敵な言葉だと思う。覚えておこう。
ふと、ティマはジュンにジュンと同じく先程から聞きたかった質問を聞く。
「あの……ジュンさんが良かったら教えて欲しいんですが」

ジュンが首を傾げる。
「何をです?」
「その……ジュンさんとキリトさんの出会い……というか、今までの付き合いみたいなのを聞いてみたいなって」


キリト君は煙草の灰を灰皿に落とすと、話を再開する。
「僕の内は父子家庭で、親父が筋金入りの技術者だったんですね。ジュンの前のパートナーで、色んなスポーツ選手から信頼された腕利きの技術者って事で」

「だから家には殆ど帰ってこなくて、何時も僕は一人で過ごしてたんですよ。飯も遊びも勉強も。そうすると自然に……」
キリト君は二本目の煙草に火を付けた。その目には笑みは浮かんでおらず、どこか遠い目をしている。
「自然に、親父に対して何も思わなくなって。もう親父の事なんて眼中に入れないで、僕は僕の夢を追ってたんですよ。サッカー選手になる為に」

「初めて会った頃の彼は、私に対してどうして良いかも分からず、何時も泣いていました。どうして僕はこんな目に会うんだって」
立ち止まり、ティマとジュンは砂浜に座って海を眺めながら話し合う。
「無理も無かったんです。突然、私の前のパートナー……キリトのお父様のカズヤさんが亡くなっただけでもショックだったのに、私の事を引き受けなければならないと言われたのですから」

「……こう言ったら失礼かもしれませんが」
「いえいえ、どうぞなんなりと」
「……キリトさん以外に、ジュンさんのパートナーになる人っていなかったんですか?」

「実を言うと、私のパートナーをキリトに決めたのはキリト自身ではなく、カズヤさんの御親戚の方々だったんです。
 このまま前のパートナーがいなくなったからという理由で私を処分するのはもったいないという事と、カズヤさんの交友関係にも、ご親戚の方々にも私を扱える技術者がいなかったのですね。
 だからまだ若くて知識を詰め込める事と、カズヤさんのご子息と言う理由で……」

「そう、だったんですか……」
ティマはキリトの事を考えて溜息をもらした。大人の事情で自分の意思を押しまげられるなんて……と考えると何とも言えない気持ちになる。

「キリトは一度途方に暮れましたが、それでもカズヤさんの後釜として、私専属の技術者となるべく奮闘しました」


「完全に僕個人の意思を捻じ曲げられたと知っていても、まだ幼かった僕にはどうする事も出来なかった。だから僕は……」
二本目の煙草が灰皿に押しつぶされる。キリト君は水を一気に飲み干した。
「だから僕は必死になって知識を得て、技術を学び、ジュンのパートナーとして努めました。僕の意思を捻じ曲げた奴らを見返す為に」

「完全にルサンチマンというか……恨みとかそういう屈折とした感情だけで僕は突き進んでました。
 ……いつしか、マスコミが僕とジュンの事を取り上げ始めましてね。その時、僕の中で何かが切れました」


「キリトは次第に、調整を怠ったり、ミスを犯した場合に酷く罵ったりと私に対して冷酷になっていきました。
 恐らく、キリトの中で今まで溜め込んでいた物がマスコミに注目された途端、一気に噴出したんだと思います」

「……ジュンさんは怖くなかったんですか? キリトさんと一緒にいて」
「私はただの競技用アンドロイドです。キリトさんに従う以外の選択はありません」

ジュンは自分の右手を見ると、会話のトーンを落とした。
「……ですが、私もキリトも日々の激務の中で気付かなかったんです。既に体に限界が来ている事に」


「ある大会の前、コーチを買って出た僕は何時もの様にジュンの調整など何もせず、遊び呆けてたんです」
気づけば料理が来ているが、私もキリト君も食べる気にならない。それほど、キリト君の話に私は夢中になっている。
「でね……どうせジュンは勝手に自宅に戻って来てると思って帰ってみたら、ジュンはいないんです。その代わりにデータフォンに連絡が来ましてね」

「……何と?」
「ジュンが更衣室で機能を停止してたって。完全に頭の電子回路が逝っちゃってましてね」

そう言ってキリト君は掌で目を覆い、苦笑した。その苦笑にはどこか憐みみたいなのを感じる。
「僕はその時でさえ、ジュンに対して何も思わなかったんです。どうせ新しい競泳用アンドロイドを探してくれば良いって」

「でも駄目でした。どんな競技用アンドロイドも、僕には合わなかった。それにマスコミも僕とジュンのコンビが見たかったから……」
キリト君は三本目の煙草に火を付ける。意外と顔に似合わずヘビースモーカーなのかもしれない。
「……全て失ってしまいました。どこも取材にも来ないし、仕事もキレイサッパリ無くなった。ジュンを蔑ろにした罰が当たったんですよ」

キリト君はそう言って宙を仰いだ。陽が落ちて、周囲が少し薄暗くなっている。
「ふと、考えたんです。このままジュンを壊して自殺しようと。そうすれば何もかも楽になると。でもね……」

「考えてみれば、ジュンには何の罪も無いんですよ。ジュンは……ジュンはただの競技用アンドロイドだから……その時、ジュンがね」


「私はキリトに謝りました。彼のパートナーである以上、彼に迷惑を掛けるのはアンドロイドとして恥ずべき事だと思いましたからね」
「それでキリトさんは……」

ティマがそう聞くと、ジュンは天を仰いで、静かに答えた。
「彼は私に対して、涙を流しながら僕を許してくれ、自分の為に君を傷つけた僕を……と言いました。それを聞いて、私は彼にこう言ったんです」


「謝らないでください。貴方は貴方自身が出来る最大限の事をしました。ここで朽ちるのなら、私はそれまでの存在です……と、ジュンはそう言ったんです。
 僕はその時なってようやく分かったんです。僕には……僕には、ジュンしかいないって」
4本目の煙草に火を付ける。そのとき、キリト君の目は初めて最初に会った時の笑っている目になっていた。
「彼女にとって、僕は必要な存在で、また僕にとってもジュンは必要な存在だったんだってって事に」

「僕は必死になって、彼女を今一度元の姿に戻す為に駆けずり回りました。幸い、彼女のデータチップに損傷が無かったんです。これが本当に良かった」
キリト君はそう言って、初めて目の前の食事に手を付ける。ハッとして私も食べはじめるが、案の定冷めててまずい。
「ジュンを修理しながら、僕は多分初めて、ジュンと真正面から向き合いました。そうするとね……」

「ジュンって融通は利かないけど結構……いや、凄く可愛いんですよ。その融通の利かなさというか、不器用さというか」
そう語るキリト君の顔は凄く良い笑顔だ。……私がティマと話している時の顔はどんな顔だろう。
「ジュンと話しながら、僕は決めたんです。これからはジュンと二人三脚で生きていこうって」


「私はキリトの姿を見て思いました。彼の事を知っていこうって。パートナーとしての関係以上に」
そう語るジュンの顔つきに、ティマは何処か憧れを抱いている。私も何時か、ジュンさんみたいにマキと……。

「彼の趣向、彼の苦手分野、彼の性格……彼と話しながら、色々な事を彼から学びました」
そう言うと、ジュンはくすっと笑った。
「意外と子供っぽいんですよ、彼。ハンバーグが好物だったり、部屋が暗いと怖く眠れなかったり」

ジュンは静かに目を閉じて、ゆっくりと目を開くと、言った。
「その過程でようやく、私と彼はパートナーとして心が通じ合えたんです。そして彼も」

「ジュンの事を心から理解できたんです。パートナーとしてでなく、一人の女性として」
私もキリト君も食事を食べ終わり、食後のコーヒーに口を付ける。キリト君は煙草をしまった。
「……それで、キリト君は今何を?」
キリト君は私の図々しい質問に、笑顔を浮かべながら答える。

「今は、彼女と一緒にいろんな国の子供達に水泳を教えているんです。それと僕個人は修理士として働いています。ジュンの維持費は馬鹿にならないんで」
そう言ってキリト君はへへっと照れ笑いを浮かべた。……モリベ氏といい、キリト君といい、どうして修理士にはこれほど優秀な人材ばかりが集まるのだろう。
私は自分自身が情けなく感じる。どうしてこう頭の構造自体が違……。まぁ、恨みつらみは家に帰ってからにしよう。

「それに、ジュンに気付かされたんです。自分の境遇は自分で変えるしかないって。嘆くだけでは何も変えられないって」


「私は競泳用だけでは無く、彼自身の人生のパートナーとして歩んでいきたい。それが……亡くなったカズヤさんの意思を汲む事にもなると思って」
ジュンの口ぶりにははっきりと、キリトに対する思いが受け取れる。ティマは妙に胸が熱くなるのを感じた。
「そして何時か……何時かキリトが幸せになるまで一緒に付き添っていきたい。そう思っています」

「私も……」
ティマがジュンを見上げながら、少し躊躇ったものの、首を横に振って、しっかりとジュンに目を合わせて聞いた。
「私も、ジュンさんとキリトさんみたいに、マキと……マキとそういう関係を築けますか?」

ジュンはしばらくティマの目を見つめると、ふっとほほ笑んで返答した。
「勿論。貴女とマキさんはきっと良い関係を築けますよ。確信しましたから」

「懸命にマキさんを助けようとした、貴女の姿を見て」


「僕は何時か、ジュンとアンドロイドの垣根を超えて生きていけると信じています。そういう時代が来ると信じていますから」
そう語るキリト君の目には、一点の曇りも見えない。……凄い男だ。ただそう思うしかない。
しかしモリベ氏にしろ、キリト君にしろどちらも正反対であるが一つの結論を出している。それは……。

私は勘定を払う為に席から立ち上がる。と、一つだけ聞きたい事がある。私はキリト君に向き直り、その事を聞く。
「キリト君は……」

「キリト君は、何時かアンドロイドが人間と仲良く手を繋ぎあえる社会が来ると……思うかい?」

キリト君は私の質問の意図が掴めず(当たり前だが……)一瞬ポカンとした。私は慌てて否定する。
「あ、いや、君の考えを否定する訳ではないんだ。……私の昔の友人がね、そういう事を言っていたんだ。昔の私はそれを夢物語と一笑してた。だが……」
言葉に詰る。だが、私はぐっと唾を飲み込み、言葉を紡ぐ。
「今の私は違う。私は……私は信じている。アンドロイドと人間が……仲良く手を繋ぎあえる社会が来ると」

「来ますよ、きっと。いや、寧ろ来てほしいじゃないですか。そんな未来が」
キリト君はそう言って、私に手を伸ばした。私はその手を握る。

「またどこかで会いましょう、マキさん」
「あぁ、また会う日まで、キリト君」

キリト君とジュンに別れを告げ、私達はホテルに戻る。既に日は完全に落ちていた。
私もティマも、話に夢中になっていて全く気付かなかったようだ。
どれだけの時間話してたかも分からない。ただ、ティマの様子を見るに互いに有意義な会話が出来た事だけは分かる。

「……ねぇ、マキ」
ティマがふと、私に質問してきた。にしてもすこし顔立ちが成長した気がするぞ、ティマ。
「キリトさんと、どんな話したの?」

どんな話と言われてもな……。詳しく話せば凄い長くなる気がするし、ここは無難に。
「そうだなぁ……色々と将来の事とかね。ティマはジュンさんと何を話したんだ?」
私の質問にティマは人差し指を口に付けて何か考えている。と、悪戯っぽく笑って、答えた。
「んーと……お互い苦労しますねって」

「苦労って……どっちが掛けてんだどっちが」
私は笑いながら、ティマの頭をちょっとだけ激しく撫でた。ティマはやだーと言いながら嬉しそうに笑う。

ふと思う。人とアンドロイドが垣根を超える日か……夢物語なのだろうか。そんな世界は。
確かに今の世界はアンドロイドには優しくは無い。はっきりと人とアンドロイドの間には越えられない境界線が存在する。
だが、それでも……それでもあの二人の様に、そう言う境界線をひょいっと飛び越える、そんなケースもある。
ティマの笑顔を見ていると、私達も既にその境界線を超えているのではないかと思う。だが……それが本当に正しい事なのだろうか。

ホテルに着き、私達はカードキーを通し、泊まる部屋に入る。
部屋に入ると、窓一面に向こう側の街の夜景が広がっていた。ほぉ……綺麗だな。ティマが窓の方に駆けると、感激の声を上げた。 
「凄いよ、マキ! あっちの街がキラキラ光ってる!」

窓に張り付いて夜景に夢中なティマは実に子供らしくて可愛い。そう言えば他人との接触に夜景に水着と、ティマにとっては初めてばかりだな。ここは。
私は靴を脱ぎ、ベットに横たわる。なんだか疲れてしまった。どうせ後は風呂に入るだけだし、色々と疲れた。ティマには悪いが、風呂に入る前に少しだけ眠ろう。

と、ティマは寝そべっている私に振り向く。何か言いたそうな目だ……と、ティマは私に視線を向けながら、静かに口を開いた。
「……ねぇ、マキ」

私は無言でティマの次の言葉を待つ。何だろう、この緊張感は。
ティマは体を私の方に向けると、ゆっくりと二言目を発した。

「さっきね……ジュンさんと話してて、私、再確認したよ。……マキの事が好きだって」

……ティマの表情が何時もよりずっと色っぽく感じる。まずい、なんだか非常にまずい気がする。
そうだ、バックに夜景があるからだ。だから妙にティマに艶を感じている……そう思う事にしよう。
ティマは口を閉じたり、開いたりしてどう言おうか迷っているようだが、きっと口元を閉じると、私に言った。

「マキも、私の事好き……だよね?」

どう答えるべきだ……私の頭の中は正直右往左往している。色々とまずい。上手く言えないが、色々と。

……何時か言おうと思っていたが、ここで言うべきだな。恥ずかしさとか年を考えろとか色々な邪念が浮かぶが、一気に取り払う。
……良し、言うぞ。
「……好きじゃない」

ハッとティマが驚いた表情を浮かべる。……もう少し上手言い方は出来ないかと私は自分を罵倒しながら、次の言葉を紡ぐ。
「……ティマ、好きじゃない。正確には愛してる、だ」

私の言葉にティマはキョトンとして首を傾げた。そりゃそうだよな。
「愛……してるって何? マキ」

「おいで、ティマ。詳しく教えてあげよう」
ティマを呼び寄せ、私の横に寝かせる。しかしこうしてみると本当に小さいな……ティマ。

「良いかい、ティマ。私達は夫婦だ。だから好きじゃなくて、愛してるって言うんだ」
「好きと愛してるは違うの?」
「愛してるはね、ティマ。好きよりも大好きよりもずっと大きな……強い……なんて言えば良いんだろう」

「上位?」
「そう、賢いぞ、ティマ。そうだ。大好きの上位にくる言葉だ。だからな、ティマ。
 私はティマを愛してる。ティマを私を愛してる。今度からそう言い合おう」

つくづく私は説明が下手だな……というか何処か説明がおかしい気がするが、上手く説明できないのだ。愛なんてどう説明すれば良いんだか。
ティマは小さく頷くと、自分自身で確かめる様に言う。
「……分かった、マキ。私。マキの事愛してる。大愛してる」
「ティマ、愛してるに大はいらないんだよ。愛してるって言葉は愛してるだけで良いんだ」

「……わざと言ってみたの」
ティマはそう言って舌をちろっと出した。いつの間にか、こんな動作もできる様になったのか……。
私のそばにいるのはアンドロイドじゃない。私の妻であり――――確固たる一人のティマと言う少女だ。

ティマは私に抱きつくと、心臓の所に耳を当てた。あぁ……どこかで誰かが私に警告を出している。
「マキ……もうちょっとだけ、こうしてて良いかな?」
断る理由は無い。断る気もしない。もう駄目かも分からんな、私は。

「あぁ、構わないよ。もう風呂に入るだけだから」
ティマの体温をまじかに感じる。肉体が冷たく感じても、私の心は温かみを感じる。
この華奢な体を優しく抱きしめてあげたい。……と思うが、ティマの背中に回っている両手は、グッと堪えている。

「マキの心臓の音……なんか落ち着く」
ティマは目を閉じて、囁くような口調でそう言う。私の理性が危険信号を上げている。
しかし冷静に考えなくても、この状況下は色んな意味で堪える。必死に、枷を外さない様にしている自分がいる。

「マキ……私ね、今度は人間としてこの世界で生きたいな。それでね……」

ティマ……くっ、駄目だ、耐えろ私。
ティマは一度言葉を止め、ゆっくりと目を開いた。私はティマの吸いこまれそうな蒼い瞳に息を飲んだ。

「また、マキのお嫁さんになる。それでマキと色んな世界を旅して……幸せになるの。ずっと、二人で」

私は無言でティマを抱き寄せた。細くて起伏の少ないティマの体には、確かな熱が籠もっている。
ティマと私はしばらく体を寄せて抱き合った。何分くらいそうしていただろう……私はティマの体を離して、両肩を掴んで語りかける。

「なれるさ、きっと。その時には……その時には私の妻になってくれ。約束しよう」
するとティマが小指を私に向けた。あぁ、そうか……私も自分の小指を絡ませる、
「嘘付いたら針千本のーます」

「指切った」
私達は指を切った。その時のティマの指は、小さくて、白くて、可愛くて……美しかった。
もう……もう、良いだろう。私はティマの顔に触れ、聞いた。

「キス、していいかな?」
ティマはうん、と小さく頷いた。私はティマに近寄り、ティマの唇に自分の唇を重ねた。
柔らかく、心地の良い冷たさが私の唇を優しく包む。私の手は自然にティマの掌と重なっていた。

「……ティマ」
私はゆっくりと唇を離して、ティマの上になる。ティマは私をじっと穏やかな笑みで見つめている。
その蒼い目も、小さい鼻も、柔らかい唇も、全てが愛おしい。私は掌を……。

……何をしているんだ、私は。今私の目の前にいるのはアンドロイドとはいえ、幼い少女だ。
幾らアンドロイドでも超えてはいけない一線がある。これはモラルの問題だ。人としてそのラインは超えてはならない。ならないんだ。

「すまない、ティマ。風呂に入ってくるよ」
私はベッドから立ち上がり、一先ずティマから離れた。まずい、本気でまずい。ティマの顔をまともに見れない。
これほどまでに、私はティマを愛してしまったのか……。一瞬制動が利かなくなった自分自身に、私は驚く。

「……あのさ、マキ」

ティマが呼びかけている事に気付いて振り向く。……ティマ。
ティマ、その表情は駄目だ。その、何だ……唇を指でなぞるのは止めなさい、ティマ。
ティマは少しだけ目元を伏せるが、やがて私を見上げると、言った。

「もう一回……キス、して?」

……流石にこれ以上は私の理性が持つ気がしない。私はティマの頭を撫でる。
そして髪の毛を上げて額同士を合わせる。
「明日はもう帰るから、朝一番海を見に行こう。それでキスをしよう。もう一回」

ティマは不服そうに頬を膨らませたが、すぐに笑顔をなってうん! と元気よく頷いた。
そう言えば、アンドロイド用の充電器があったな。この部屋にも確かあった筈だ。
ホテルの宿泊料には入ってないから結構割高だが、充電できるに越した事は無い。

「ティマ、もうそろそろ一週間が立つから充電しよう。あそこに……」
私がそう言うと、何故だかティマは大きく首を横に振った。何でだ、ティマ?
「今日……今日、マキと一緒に寝たい」

「ティマ……」
「だって……だって何時もマキはベッドで寝てるから……一緒に寝てみたいの」
ティマ、言いたい事は分かる。でも充電しとかないとなぁ……まぁ一応スリープモードでそれなりに蓄えられるけど。

「家に帰るくらいはまだ持つと思う。だから……お願い」
ティマがそう言って私を見上げる。何だってそんな……そんな目で私を見るんだ。
そんな目で見られたら私は……断る事が出来ないじゃないか。

「……分かった。ただし、家に帰ったらすぐに充電するぞ。良いかい?」
「うん!」
ティマはパアっと明るい笑顔を浮かべ、元気に返事をした。はぁ……ふぅ……。

ぼんやりと風呂に入りながら考える。人とアンドロイドの将来を。
しかしティマやジュンを見ていると、人とアンドロイドの違いが分からなくなる。無論当り前の事だが、構造上の違いはあるだろう
だが、ティマやジュンには人と同じ様に、心……いや、何と言えばいいのだろう。感情? 違うな。上手く言葉が浮かばない。

何にせよ、そういう物がジュンとティマにはある。そういう物に対して、モリベ氏は恐怖を感じ、キリト君は理解しあえると語った。
どちらも共通するのはアンドロイドが既にアンドロイドの枠組みを超え、一人の人間として認識されている事だ。
これは驚くべき事だと思う。つまり人とアンドロイドの垣根は簡単に越えられるんじゃないかと。だがこれは同時に、恐ろしい事でもある。
だから……熱い。これ以上は言ったら茹蛸になっちまう。難しい事は帰ってでも考えよう。ティマが待っている。

「マキ―、入って良い?」
ベッドに潜り込んだ私に、パジャマに着替えたティマが話しかけてきた。……何時も見ているパジャマが何か凄く、良い。
私が頷くと、ティマがもそもそとベッドに入って来た。

「初めてだよね。マキと一緒に寝るのって」
「そうだな。こうやって寝るのは」
ティマがそう言いながら、私に体を寄せる。……近い、近いぞティマ。
何故だか鼓動が速くなる。落ちつけ、落ちついて……そうだな、修理士教本の修理士心得でも唱えよう。

「ティマ、明日に備えて早く寝るんだよ。私は先に寝るから」
さっきから私の中で何かが色々と危ない。私はティマに背を向ける。あえて冷たく接す……。
ティマが私の体に抱きついてきた。ティ、ティマ……それ以上はいけ……ない……。

「少しだけ……こうさせてくれる? マキの体、暖かいから……」
なんでこう、この子は私の色んな所を突いてくるのか……。もう駄目だ、ホントにギリギリまで……。

「ティマ……ちょっと離れて貰えるかな?」
静かに首を向けると、ティマは目を閉じてスリープモードに入っていた。……ふぅ。
……私も寝るしかないか。どうにか妙な高揚感を抑えながら、私は静かに目を閉じ、眠る事にした。
なるべく、ティマの方を向かないように。

……朝日だ。私は目をこすりながら、ベットから起き上がる。
傍らのティマを見ると、まだスリープモードの様だ。寝顔を見ると昨夜の出来事を思い出す。
……いかん。あらぬ事を考える所だった。サラサラな髪を撫でながら、私はティマに声を掛ける。
「おはよう、ティマ」

ティマは静かに目を開けると、起き上がって私に挨拶した。
「おはよー、マキ」
髪を掻きあげるティマの姿は、朝日が照らしてるからか、いつもより大人びて見えた。

荷物をまとめて、ホテルのチェックアウトを済ます。クルーザーが来る時間帯を確かめてから、海岸に向かう。
ティマとは歩いている間、何も話さなかった。その代わり……私とティマは手を繋いでいる。

「マキ……手」
「手?」

海岸に向かう前に、ティマは私に手を繋ぐ様に言った。私は苦笑しながら、ティマの手を繋ぐ。
妙にティマが照れて俯いている様に見える。

海岸が見えてくると、ティマが握っている手を少し強くした。私も強く握り返す。
早朝の為か、海は誰もいない。ジュンとキリト君はまだこの島に残るのだろうか。少しだけ気になる。
ティマと手を繋いだまま海を見る。ティマは静かに海を見つめたまま、ぽつりと言った。

「また、この景色が見たい。……マキと一緒に」
「あぁ。きっと来れるさ。ティマ」

ティマが私の手を離し、海に歩いていく。何か見つけたみたいだ。ティマは落ちている、綺麗な色の貝柄を拾うと耳を当てた。
そう言えば……ずっと忘れていたが、荷物にカメラを持ってきていた。取り出してティマにシャッターを向ける。

……シャッターが押せない。何となくこの一瞬をカメラに収めたくない。私はカメラをしまい、ティマの姿を目に焼き付ける。
ティマが私の方に戻って来て、貝柄を見せる。そして。
「ねぇ、マキ。……これ持ってって良い?」

私は勿論了承する。ティマは少しだけ私を見上げて感謝する。
「ありがとう、マキ。えっと……」

「……キス、して」

私はティマの顔を指先で上げて、静かに唇を重ねた。
時間が止まった様な感覚に陥る。この時間から、抜けだしたくない。そんな感覚を抱きしめる。

帰りのクルーザーに乗って、私達は夏風島を後にした。
ティマは何時までも、夏風島を眺めている。彼女の中にどんな思いが去来しているのか、私には分からない。
だが、彼女が夏風島で得た者は決して無価値な物ではないと、私は信じている。

これから何が私達を待ち受けるのか――――それは誰にも、私たち自身にも、分からない。


続く

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