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グラインドハウス エピローグ

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  事件が終わって、1ヶ月が経ったころ……
 日曜日、マコト・アマギは駅前の喫茶店でコーヒーをすすっていた。
 窓の外では多くの人々が行き交っている。自分と同じ高校生、似合わないスーツ姿の若者、
派手な化粧のおばさん、下着が見えそうな服装の女性、恋人、夫婦、独りの老人……赤ん坊を抱えた女性。
 平和な光景だった。
 こうしてガラス越しに眺めていると、この世には辛いことや苦しいことなんて本当は何もないんじゃないか、
とそういう考えすら浮かぶ。
 だがたしかにこの平和な世界の裏側には、蛇と蛇が血溜まりでお互いに喰らいあうような、
そんな世界が広がっているのだ。
 頭の中に醜い欲望を隠して、切り貼りの笑顔で自分を守っている……今のマコトには周りの人間が全てそういう風に
見えていた。
 それならいっそ、最初から悪意の塊であるような人のほうが信頼できるかもしれない……そう、今しがた
店にやってきた彼女のように。
「ごめんなさい、少し遅れたわね。」
 テーブル向かいの席に座ったのはアヤカだった。彼女はシャツとロングスカートの私服姿で、
いつもまとめている長髪を今日は自由にしている。
「お久しぶりです」
 マコトは頭を下げる。
 今日、会いたいと先に言ってきたのはアヤカのほうだった。
「ごめんなさい。会議が長引いて。えっと、アメリカンひとつ。」
 店員に飲み物を注文して、アヤカはマコトに向きなおる。
「改めて、久しぶり。元気だった?」
「精神的には死にそうです」
 マコトは苦笑する。普通の日常に戻ってからもタルタロスのあの緊張感がなかなか抜けず、
神経の無駄な疲労が多い日々を彼は送っていた。
「そう……もし続くようなら医者に行ったほうがいいかもね。いい医者を知ってるわ」
「ありがとうございます。コンドウさんは最近は?」
「タルタロスの甘い汁を吸っていた上層部のお偉いさんがいなくなったからね……庁内は大混乱よ。」
「やっぱりそんな感じですか」
「それもそろそろ落ち着いてきているけどね。」
「タナトスとコラージュは見つかりましたか?」
 マコトの質問にアヤカは首を振る。
「どっちも見つかってないわ。」
「そうですか……」
 マコトは少しだけがっかりする。アヤカはそのことに気づいたが、あえて気づかないふりをした。
「復讐を達成した気分はどうだった?」
 アヤカはマコトに訊く。マコトは目を伏せた。
「虚しいだけ……ですね。たくさん苦労したのに、達成感が無い。」
「そう……残念ね。」
「『残念』……なのかな。」
「残念よ。復讐なんて所詮ただの自己満足だわ。そのために努力して、
達成したのに満足できないんじゃ、はっきりいって無駄よ。時間の無駄。」
 マコトは胸の奧が痛くなった。俺のこの数週間は、本当に無駄だったのか?
「……アヤカさんの『復讐』は、どうなりましたか。」
「それはもう……」
 彼女は満面の笑みで答える。
「最高だったわ。私から何もかもを奪った相手に、それ以上のものをプレゼントできた」
「どういう意味ですか?」
「君は知らなくていいこと」
 ちょうどその時、アヤカの注文したコーヒーが運ばれてきて会話が途切れた。
マコトはまた視線を街にやり、長いため息をつく。
「1ヶ月経っても、まだわからないことだらけだ……あの犬のマスクの正体もわからないし。」
「……今ごろ南国でバカンスでもしてるんじゃないかしら」
「はい?」
「いえ、なんでもないわ。ところで、勉強はどう?」
「勉強……ですか」
「浮かない顔してるわね。」
「コンドウさん。」
 マコトはアヤカをまっすぐに見た。
「俺でも、警官ってなれますかね?」
「あら、意外。」
 アヤカはコーヒーを口にする。
「警官を目指すの?」
「はい」
「またどうして?」
「タルタロスを経験して、気づいたんです。」
 マコトは言った。
「この世は、戦いなんだって。」
「へぇ……」
「生きることは戦いで、力の無いやつは負けるしかないんだって。」
「なるほど?」
 アヤカの赤い唇の端が僅かにつり上がる。
「この世を生きるには力が必要で、だけどその力を、俺は人を泣かすためには使いたくないんです」
「だから警察?」
「……変、でしょうか。」
「そんなことないわ、素晴らしい。」
 うつむくマコトを励ますようにアヤカは明るい声で言う。
「『人生は戦いである』。まったくその通り。私たちの生きるこの社会は他人を蹴落とし、
引きずり落とし、自分の居場所を守るための広大な戦場よ。」
 黙り込むマコト。
「そうね、今思うとタルタロスはその縮図だったわね。敗者は引きずり落とされ、
勝者はサポーターとともに栄光を手にする……興味深いわ。」
「でも、タルタロスと社会じゃ違う部分がある」
「それは?」
「『力の使い道』……タルタロスじゃ、相手を殺すためにしか、力をふるえなかった。」
「そうね。それも正しい。他人のために力を使えないのがタルタロスと現実の決定的な違いね。」
 アヤカはコーヒーをすする。コーヒー豆の落ち着く香りが鼻をくすぐった。
「……このコーヒー1杯のために、地球の裏側で何人の貧しい労働者がムチをうたれているか。」
「……コンドウさん、俺にはこの街が、死者の国よりも残酷な世界に見えます。」
「現代では、人は都市で生活するだけで自覚のない大量殺人者でありうるのよ。
……世界中の皆が、君みたいに、少しでもその力を、力の無い人に積極的に分け与えようとする日が来たら、
世界は平和になるのかもね。」
「そのときが、本当のタルタロスとの決着なのかもしれないですね……」
 マコトはコーヒーを飲み干す。強い苦味があとに残った。



 ……時間は戻って、タルタロス壊滅の日……。
 床の血痕は徐々に小さくなってきている……。それは刺された傷が回復している証拠だが、
コラージュはそれを素直に喜べなかった。
 傷が回復しているということは、自分を生かしている高級ナノマシンを消費しているということだからだ。
タルタロスが無くなった今、その資金を確保するのも難しい。
 コラージュは暗い隠し通路からハシゴを上って、冷気に満ちた部屋へと侵入した。
 そこはタナトスの自宅地下、スーパーコンピュータ『ヘカトンケイル』が設置されている部屋で、
コラージュはタナトスに万一があった場合、ここへ来るように言われていたのだった。
 しかしコラージュにはこれからどうすればいいのかわからない。
とりあえず、刺された胸を押さえながら、モニターの前に座ってみた。
 ……しばらくすると、画面に文字が表示される――
『User:Hekatoncheir-1 よりの信号途絶』
『マニュアルにより AI:Hekatoncheir-2 AI:Hekatoncheir-3 をネットワーク上へ解放します』
『この操作によりこれらの人工知能は以後完全な自由意思により行動します 承認するならば』
 コラージュは全ての文章が表示されるまえにエンターキーを押し込んでいた。
その口元には歪んだ笑みが浮かんでいる。
「そうか……タナトス」
 凍えるような寒さのなか、彼の身体は喜びで震えていた。
「タルタロスは無くなったけど、何も終わったわけじゃないんだね……!」
 彼のその言葉に反応するように、また画面に文字が現れる……。
『そうだよ コラージュ』
 彼ははっとする。
『この世にヒトが生きるかぎり 死神の仕事は無くならない。』





 俺たちはいつでもタルタロスで死神と戦っている。
 打ち勝つ方法はただひとつだ――




グラインドハウス おわり

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