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グラインドハウス 第22話

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匿名ユーザー

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 2機はスタートした。つま先が地面とぶつかり、火花を散らす。
 マコトはタナトスの左を並走する。道路の左側はコンテナが積み重なった荷卸場が広がっていて
見晴らしもいいが、タナトスを挟んだ道路の右側は大きな工場がいくつもある。
 海まではほぼ真っ直ぐな道路だが、途中で小さく緩やかなクランクがあるので海面を直接見ることはできない。
マコト機なら数秒のうちに辿り着くだろう。
 そう、勝敗は数秒で決する――
 いや、勝負自体はそれよりも早く決まるかも――
 タナトスはすでにマコトを追い越していた。もう距離にして1機分は引き離されてしまっている。
 速度計を確認。それはペダルを目一杯に踏んでいるにも関わらず、最高速の8割程度の数字しか示していなかった。
メインの肩スラスターが片方無くなっているので仕方がないのだが、万全な状態であるタナトスにはこれじゃ
どう足掻いたって勝てっこない。マコトは特殊な操作をした。
「オルフェウス、装甲パージ!」
 口だけ男が実況する。
 マコトの重装型の表面が弾け飛び、内部フレームが露出する。太っちょのシルエットがどんどんスマートになっていく。
 AACVに限らず、機動兵器の重量で非常に大きい割合を占めるのが装甲だ。
 もしこれが戦闘機のような、航空力学に忠実にデザインされた兵器ならば装甲パージはほとんど意味を成さないが、
航空力学をほぼ無視して、純粋にスラスターの推力だけで飛行するAACVにはそれは大きな意味を持つ。
 装甲パージ前とパージ後では、機体のスピードがまるで別物になるのだ。
 速度計が振り切れ、世界が一変する。恐怖に皮膚が粟立つ。目が見開かれる。汗が睫毛からたれるのも意に介せない。
 マコト機はじりじりとタナトスに迫り、再び並んだ。
「思い切ったな!」
 タナトスが感心したような、喜ぶような声を上げた。 
 それはそうだ、そもそも装甲パージなんて普通は使わない。たしかに速度は大幅に上昇するが、
防御力はそれに反比例するのだ。普通の戦いでそんなことをするのは自殺行為だった。
 つばを飲み込む余裕も無くなっていた。
 マコトがタナトスを追い越し、その差が広がり始めたころ、
目の前にクランクが迫る。最初に速度を緩めるならここだ――
 両足を地面に摺ることで両機はブレーキをかけて、同時にスラスターの方向を調節してクランクを曲がる。
マコトは操作感覚の違いに道路外へ吹き飛びそうになったが、なんとかこらえた。
 クランクを曲がり切る。道路の先にキラキラと光る海面が見えた。
「デッドラインは目前だ!」
 口だけ男が叫ぶ間に、とうとうマコトは海にから数百メートルというところまで到達。
最高速から完全停止をするのなら、ブレーキを踏むのは今!
 スラスターの火の方向を前方に向け、機体に地面につけた足を使ってブレーキをかけた。
 わずかに遅れているタナトスはというと――
「まだまだぁ!」
 スラスターから炎の尾を引きながらマコトを追い越そうとする。
 埋立地の端、デッドラインがいよいよ目前に迫ろうというのになおも速度を落とさないタナトスに、
タルタロス中が驚き、息をのんだまさにその時――
 もう何度目かわからないほどの、信じられないことが起こった。
 タナトスがマコトを追い越し、少し前に出たそのときに、マコトは機体をタナトスの後ろにそっと近づけ、
そして後方から思い切り体当たりをしたのだった。
 再び、一瞬前とは違う意味で息をのむタルタロス。同時に巻き起こるブーイング!
 体当たりされたタナトスはブレーキを踏む。スラスターを全て進行方向へ向け、
運動エネルギーを全力で殺しにかかっても機体はなかなか止まらない。行く手をふさぐ木々の植え込みを破壊し、滑り続ける。
 全てマコトの後ろからの体当たりで計算が狂ったせいだ。
最初からマコトはまともにチキンレースなんかするつもりは無かったのだ。
だまし討ちでエリアオーバーによる勝利を狙っていただけなんだ。
「止まれええええええッ!」
 今までに無い声色で絶叫するタナトス。
 アスファルトが剥がれて土埃が舞う。海面がどんどん迫ってくる。機体が埋立地から飛び出す――!
 ……視界が晴れたとき、そこにはタナトスが半分海に飛び出した姿勢のまま止まっていた……。
 歓声!
「あっぶっねえええええええ!!」
 まずそう言ったのは口だけ男。
「さすが我らがタナトス! 予想外の攻撃にもギリギリ踏みとどまった!
 それにしても許せねーのはタナトスと俺たちの気持ちをを裏切りやがったオルフェウスッ! チキンレースは罠だった!」
 タナトスは機体の姿勢を立て直す。ミコトの表情は歪み、その金の瞳には激しい怒りの炎を滾らせていた。
 彼女はレーダーを見る。マコトは道路から外れ、面する大きな施設の敷地に入っていくところだった。
「……見損なったよッ!」
 ミコト・イナバが吐き出したその言葉はタルタロスに集まった観客たち全員の想いを代弁していた。
 ペダルを踏み、空中に舞い上がるタナトス。
「『殺す価値も無い』と言ったが撤回する! お前は生きてはいけないクズだ!
 ほかのプレイヤーたちと同じだった! またイチからやり直しだ!」
 タナトスはマコトが逃げ込んだ施設の敷地に着地する。
「レースの勝敗なんか関係ない、お前を殺してやる!
 殺して殺して殺して殺して殺して、それからまた殺してやる!」
 これほどの非難を浴びても、マコトは沈黙を貫いていた。
その表情からは彼が何を考えているのかはうかがい知れない。
 タナトスは施設の一番大きな建物の屋根に乗っかり、マコトが姿を現すのを待っていた。
相手はなにかの影にいるらしく、レーダーにも映らない。
そのこそこそ逃げ回るような態度がますますタナトスを苛立たせた。
「出てこい卑怯者! どうせお前は死ぬんだ!」
 その叫びに呼応してうねる観客たちの黒い塊。それはあたかもタナトスを中心にタルタロス全体が
ひとつの生き物となってマコトを取り囲んでいるようだった。
 マコトはどういう感情からか、ぎゅっと目を瞑り、それから見開くと、隠れていた建物の影から飛び出した。
「……そこか!」
 直ぐ様タナトスはライフルを構えてマコト機に接近する。もう擬似ギフテッド理論を使う必要もない。
ライフルを撃ったが、装甲を捨てて素早くなったマコトにはかすっただけだった。マコトは逃げていく。
 タナトスは少し飛び、見晴らしのいい、先程までマコトが隠れていた建物の上に乗った。
ここからならよく相手を狙える――
 遠くへ逃げていくマコト機の背中にしっかりと狙いをつけるタナトス。
「――これでおわりだ」
 小さく呟き、トリガーを引く。
 同時に、画面が閃光に包まれた。



 ……たしか、雨が降ってたな……

 同時刻、いつものように牢獄で独り退屈を持て余していたハヤタ・ツカサキはふと昔のことを思い出していた。
 ……そう、あの日は雨が降っていた……
 目を閉じ、記憶を2年前まで遡る。
 ……政府の秘密機関から逃げてきた自分は、ならず者たちに助けを求めたんだ。
 もともとケンカには自信があった。瞳の色が変わってからはそれがさらに冴えわたってきているような気がした。
 そして手近な犯罪組織に転がり込んだのだけれど……そのトップが、同じ大学の後輩で、
19歳になったばかりの女だったとはさすがに思いもしなかったな……
 ……そしてそいつ――ミコト・イナバ――と恋人同士になるなんてことも……
 あの1年間だけ、俺はたしかに『生きて』いた。だけど、それも長くは続かなかった。
 生きることを楽しむほどに深くなっていくのは、『死』への恐怖だった。
 今のこの幸福も、努力も、愛情も、世界も、人生も何もかも、死んでしまえば『ゼロ』だ。
タルタロスで多くの人死にを見続けるほど、その思いはじわじわと心を蝕んでいった。
 その恐怖から逃れる術を探して、俺はついにそれを――『人が生きる目的』を――見つけた。
だがそれを成すためには、もう一度、何もかもを捨てて秘密機関に戻らなくてならない。ミコトも、この生活も……
 ――結局、そのときの俺は恐怖に立ち向かうことを選んだ。
 秘密機関に戻るためには正体を隠さなければならない。そのために整形手術で顔を変えた。
そのときにミコトは言った。
「ハヤタの瞳が欲しい。」
 横で俺は答えた「なんでだ?」
「だって、もう一生会えないんだよ……そんなの、ヤダよ。ならせめて形見として、ハヤタを感じられるものが欲しい……」
「仕方ないんだ、『生きる目的』を成すためには……」
「それだって私にはわからないよ。『目的』を成すために死ななきゃいけないなんて、『理由』がわからない」
「実のとこ、問題はそこなんだ」
 クセで頭をかく。
「『生きる目的』は見つかった。だけど、『生きる理由』が俺にはわからない――ミコトは?」
「そのふたつは同じものじゃなく?」
「重なるところもあるかもしれない。だけど別物のはずなんだ。」
「……やっぱりおかしいよ。」
「なにが?」
「生きる目的を成すために死ななきゃいけないなんて、倒錯してる。」
「別に死ぬのが目的じゃない。『目的』を達成したらその生から意味が失われるだけだ。」
「……ねぇ、どうしたら行かないでくれる?」
「『人が生きる理由』を教えてくれたら……かな」
 2人は抱擁をかわす。
 窓の外で、激しい雨が降り続いていた……。


 真っ白になった画面がまた色を取り戻したとき、状況を理解していたのはマコトだけだった。
あのタナトスですら何が起こったのかを見失っていた。
 タナトスの周りは黒煙と炎に包まれた焼け野原になっていた。数秒前までほぼ無傷だった高機動型は見るも無惨に
全身が焼け焦げ、腕も足もほとんど吹き飛んでいる。HPゲージは1ミリも残っておらず、このゲームが事故での撃墜を
許さない仕様であるおかげでかろうじてタナトスは生きていた。
 事故――そう、事故だった。
「な、なにが起こったんだ……?」
 口だけ男がそうこぼした、直後彼は我にかえる。
「だ、大っ逆っ転~!! 一体なんじゃこりゃ!なにが起こったか全然わかんねーが、とにかくタナトス、ド瀕死!
 こんな二連続番狂わせ、まさか目にできるたぁ思わなかったぜ! ジャイアントキリング・アゲイン!」
 その実況は静まり返った会場に虚しく響くだけだった。
「だ、だけど一体全体何があったのか、ごめんボクちゃんわからんちん!
 ここはいったんゲームをタイムで、解説頼むぜタナトスぅ!!」
 話を振られて、タナトスはうなだれる。顔は青ざめ、唇は震えている。
汗をだらだらと流す彼女はすっかり自らの失敗をさとっていた。
 唇が弱々しく動き、やっと小さな声が出る。
「……地図を……」
「地図? 地図になにが――あっ!」
 口だけ男も理解した。それをきっかけに次々と観客たちも理解していく。
 地図上で今タナトスが立っているのは、『品川火力発電所』のど真ん中だったのだ。
 火力発電所に豊富にあるものといえば――
「ガス爆発だあああああ!」
 興奮する実況。
 険悪なムードさえあった会場は一転、今までで一番の歓声に震える。
「オーマイガッ! こいつは故意か偶然か!?
 オルフェウスがタナトスを誘ったのは火気厳禁っ火力発電所のガスパイプのそばだった!
 あのヤロー、俺たちがタナトスに注目してるあいだに施設に近づいてパイプをぶっ壊し、
可燃性ガスを漏れさせていやがった! そのクールな手際、憎いぜっ!」
 観客たちは画面の中にマコトを探す。マコトは今の実況の最中も行動を絶やさず、
一度レースのスタート地点となった交差点へ戻ってライフルを拾っていた。
「……いつからだ」
 タナトスがぽつりと言った。
「……いつから計画していた。」
 マコトは無感情な声で静かに答える。
「ヒントをくれたのはあんただ。」
「覚えがないな」
「最初の『タルタロス』での戦いで、俺、電車にぶつかったろう」
「ああ」
「そのあと電車は脱線して、近くの建物に突っ込んで、ガス爆発を起こしていたじゃないか」
「なるほど」
 少しずつタナトスも落ち着いてきて、声の調子もはっきりとしてくる。
「このゲームが都市ガスまで再現してるなんて初めて知ったから、もしかして、と思ったんだけど、上手くいった」
「ギャンブルではあったのか」
「ああ。それと、もうひとつは……イナバさん、あんただ。」
「……私?」
 意外そうな表情をするタナトス。
 マコトはうなずいた。
「イナバさん、あんたは、タナトスの仮面を外してから、ときどき『ミコト・イナバ』として俺と会話してただろ。
 正体を隠す必要がなくなったせいで、素顔を晒したせいで、『タナトス』と『イナバ』の境界線が曖昧になってたんだ。
 あんたのその仮面は、たんに顔を隠すためのものじゃなく、自分自身を押さえ込み、『タナトス』と『イナバ』を
切り換えるための、心理的なスイッチだったんだ。
 俺は普段のイナバさんを知っている……あまりにもタナトスとはキャラが違う。
もしかしたら自分じゃ気づいてなかったのかも知れないが、あんたはそのふたつのキャラの切り換えを、
その仮面でしていたんだよ。」
「……自分じゃあ、わからないな。」
「その証拠にあんたは、ツカサキの話題をふられたときや、俺が裏切ったときに、激しい感情を露わにした。
普段のタナトスだったら、怒りはしても、少なくとも表面上は平静を装うことができたはずだ。」
「……ひとつ訊きたい」
「なんだ?」
「……なぜ、『品川火力発電所』なんてマイナーな施設を知っていた?」
「一応俺だって受験生だ」
「え?」
「模試で出たんだよ」
「ぷっ……あははははは!」
 意外な返答にミコトは吹き出した。相変わらずの柔らかい笑顔だ。
 マコトはあの、イナバと映画を観に行った日曜日の翌日、模試を受けなかったことを学校で教師に責められ、
せめて自分でやっておけと、問題と解答を渡されていたのだった。
 めんどくさいのでもちろんその問題は解いていないが、唯一流し読みした日本史Bの問題で、
地上時代のエネルギーに関する大問③に、品川火力発電所の位置を答えさせるものがあったのだ。
 略地図の形がグラウンド・ゼロのマップで見覚えがあったので、つい注目して覚えていたのだったが……まさかこんな形で役にたつなんて。
「なるほどね……」
 タナトスは機体を立ち上がらせた。ほとんどフレームしか残っていないその機体は亡霊のようで、どこかもの悲しい。
 彼女は武器を確認した。驚くべきことにライフルはまだ生きていた。やはりゲームか、とタナトスは思う。
 マコトは拾ったライフル片手に、焼け野原となった発電所跡に降りた。
目の前にはぼろぼろのタナトスがかろうじて立っていて、静かにこちらを見ている。
 マコトは安堵した。
「まだ、戦う気なんだな」
 それでこそタナトスだ。それでこそ悪の親玉だ。
「当然だ」
 タナトスは言う。ふたりは向かいあって立ち止まった。間に遮蔽物は、無い。
「どちらも一撃で沈むな」
「俺はまだ元気だが、あんたはもう満足に動けないだろ。それでもやるか」
「わかってないな」
 ふ、と笑うタナトス。
「これはハンデだよ。」
「……上等」


 ふたりは操作レバーのトリガーにかかった指にわずかに力をこめる。空気が緊張する。口だけ男が、観衆が黙り込む。
 首すじのチリチリとした感覚。唾の分泌が止まる。視界から相手以外のあらゆるものが消えていく。
呼吸が止まって、目は再び見開かれる。
 ふたりの心は澄み切っていた。復讐とか、恋愛感情とか、義務や使命、怒りに悲しみ、そんなものとは関係なく、
ただ相手を倒すことのみに集中していた。
 勝負は、次の一瞬で決まる――会場全体がそう確信し、そのときを待った……。
 お互いの呼吸すら聞こえそうな静寂。
 引き金にかけられた指の緊張。
 流れる冷や汗。
 永遠とも思えるような一瞬の後に、ついに『その時』は来た。
 相手の集中力が途切れた瞬間を突いて、構えられるライフル。引かれるトリガー。輝くマズルフラッシュ。
 とっさに身をかがめて間合いをつめる相手。それからつきつけられる銃口。避けられない――!
 反射的にとった行動は、ライフルを手首のところでかえして、その銃の側面を盾とするものだった。
奇跡的に防がれる弾丸。手から弾かれるライフル。
 ガラガラの雄叫び!
 そうして空いたその手で、目の前に迫る相手の機体の胸を、思いきり殴りつける!!
 ――直後、画面が明転。『WIN』の表示が出たのは―― 


「――ああああああッ!」
「勝者っ オルフェウスウウウウウウッ!」
 口だけ男の実況をかき消すほどの大声でマコトは叫んでいた。
 歓声で会場がはっきりわかるほどに震える。
 マコトの胸は勝利の感覚に満ち満ちていた。心臓の鼓動は強く身体を震わせて、流れる血潮は火傷しそうなほど熱い。
雄叫びをあげる喉は痛み、握りこぶしの手のひらには自身の爪が深く食い込んだ。
身体の奥底から湧き上がる、熱い衝動!
 それは少年が初めて経験する『真の勝利』だった。


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