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グラインドハウス 第11話

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匿名ユーザー

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 夜が明けた。いつも通りに朝食を食べ、歯を磨き、制服を――いや、今日は私服にしてお
こう――を着て、親と顔を合わせないようにしながら、マコトは家を出た。
 電車に乗って、自分と同じ学校の制服たちに混ざって、いつもの駅に降りる。
 広場に出て、タルタロスの方向へ足を向け、しばらく歩いた。
 タルタロスへの道は駅に繋がる大きな通りからは外れているので、朝でも見かける人影は
まばらだ。
 マコトが駅からずっと自分の後をつけてくる数人のガラの悪い若者たちに気づいたのはそ
んな道の途中だった。
 始めは偶然道が一緒になっただけかと思ったが、試しに曲がり角を曲がった瞬間に全力
ダッシュをして距離をとろうとしたら、彼らも同様に走り出したのを道端のカーブミラー越
しに見て、いよいよ確信した。
 あれは相手プレイヤーからの妨害だ。
 迂闊にもタルタロスの登録名に本名を使うなんていう間抜けなミスを犯しているのを知っ
てから警戒していたのだが、正解だった。
 きっと奴らは隙を見せたら襲いくる。そう考えて、マコトは人通りの多い、大きな道路に
出た。タルタロスまではそこそこの遠回りになるが、仕方ない。
 途中コンビニに寄る瞬間に横目で後方を見たが、そいつらは諦めたようでさっきよりも遠
巻きにこちらを窺っていた。
 もしかしたらどこかへ行ってくれるかも、という淡い期待を抱いて少し漫画雑誌を立ち読
みしながら時間を潰し、店を出てその行為が無駄だったことに軽く嘆息して、また歩きだす。
 交差点へ出た。道路を横切って向こう側の歩道へ行かなければならない。
 他の人たちと一緒に信号が変わるのを待つ。この時間帯は変わる間隔が長い。
 まさかここでは仕掛けてこないだろうな、と携帯のカメラで後方をうかがうと、敵たちは
すぐそこまで迫ってきていた。先頭の、キャップに迷彩柄のパーカーを着た男が上着のポケット
に手を突っ込んでいる。
 小さく舌打ちした瞬間、信号が変わったのでマコトは急いで歩き出した。さりげなく距離
をとって、それから走ろう。
 そうして横断歩道の真ん中にさしかかった時――
 一瞬、何が起こったのかわからなかった。
 いきなり大きな衝撃が横から襲ってきて、天地がぐるりと回った。
 呼吸はできず、目は眩み、体はしびれていた。
 そして気づいたらマコトはアスファルトに大の字になって、地下都市の灰色の空を仰いでいた。
 周りで誰かが騒いでいる。腹と口の中が熱い。咳き込む。赤い液体が額を横切った。
「だぁいじょーぶですかぁ~?」
 身動きがとれないマコトの周りにいくつかの人影が立つ。そのうち1人は迷彩柄のパーカーを着ていた――



 我にかえっても、マコトはしばらく自分がどうなったのか解らなかった。
 むしろ、我にかえったことで、マコトはますます状況が飲み込めなくなってしまっていた。
 マコトはベッドに寝かされていた。それはいいのだが、どういうわけかマコトの周りには
何故か可愛らしい兎のキャラクターのぬいぐるみがいくつも置いてあるのだ。
 とりあえず上体を起こそうとしたら全身に激しい痛みが走ったので、諦めて頭だけで周囲を見渡す。
 ここは誰かの部屋らしかった。反対側の壁にクローゼットとパソコンの乗った机が見える。
そのパソコンの脇にもやはりキャラクターのぬいぐるみだ。
 一体これはどういうことだろうか。しばらく色々と考えながらマコトは天井を見つめていたが、
部屋のドアが開く音で頭をもたげた。
「……ん?もしかして……」
 その声は女性のものだった。いや、『女性』というよりは、『女の子』……?
 彼女はベッドのそばに駆け寄ってきて、マコトの顔を見下ろして、いかにも嬉しそうな声をあげた。
「あ、起きた!」
 その底抜けに明るい声に、思わず頷く。彼女の顔は照明の逆光でよく見えない。
「起きれる?」
「いや……」
「じゃあ、はい」
 すると彼女は毛布をはがし、マコトの上体を起こそうとする。そこでマコトは自分が上半身裸で、包
帯とガーゼを巻かれていることを知った。
 痛みに耐えつつやっとのことで上体を起こすと、彼女は満足げに「よし!」と頷く。
 そこでようやく、マコトには彼女の顔がはっきり見えた。
 彼女は整った、目の大きい、活発な印象の顔立ちをしていた。髪は短く切ってあり、少し色が薄い。
「可愛い顔だ」と、マコトは素直にそう思った。体格は小さめで、四肢は細い。中学生、いや、小学生だろうか。
「大丈夫?」
 彼女の言葉に曖昧な返事。
「助けてくれたんですか……?」
「うん!」
 即答だった。
 彼女は机のところから椅子を引き、ベッドに寄せる。
「いやーもうびっくりしたよ!いきなり目の前だったんだもん。」
 何を言っているのかいまいち掴めない。マコトは聞き返した。
「事故だよ。君はバイクにはねられたの。」
「バイクに……?」
 その言葉で思い出した。
 そうだ、自分は横断歩道の途中でバイクに跳ねられたんだ。
 ただ直前で気づいたので、実際には『かする』ように跳ねられたのだけど。
 ……しかし、タイミングが良すぎる。もしかしたら、あのバイクも敵の手によるものだったのかも。
 そしてその後――
「――なんだか君がいきなり怖い感じのおにーさんたちに囲まれたから、クラクション鳴らしておどか
したら、みんなどこかへ行っちゃった。」
 ……そうだったのか。ん、いや待てクラクション?
 マコトは改めて目の前の女の子を見た。
 どうみても小学生、控えめに言っても中学生にしか見えないのだが。
「なに?」
 見られていることに気づいた彼女が訊いてくる。マコトは少し焦った。
「そ、そういえば、自己紹介を……」
「ああ、してなかったね!」
 彼女はそう言って姿勢を正し、マコトを正面に見据えた。
「私はイナバ、『ミコト・イナバ』って言います。大学で医学を学んでます。」
「大学生!?」
 つい声に出してしまった。
 ミコトはそれを聞きつけ、不満げに口を尖らす。
「あー……やっぱり、高校生くらいだと思ってたでしょ。」
 本当は小学生なのだが、マコトは申し訳なさそうに謝っておいた。
「いやーいいけどね、よく言われるし。でも免許も持ってるし、お酒も1人で買えるんだよ。
……まず年齢確認されるけど。」
 納得しかできない。
「それで、君は?」
 問われて、慌ててマコトも名乗った。
「マコト・アマギくんか。私と名前似てるね。『マ』コトと『ミ』コトで。」
 そうして彼女は笑顔を浮かべる。
 うーん……それ大学生の笑顔じゃないだろ。
「ここは、イナバさんのお部屋ですか?」
「うん。」
「……なんで俺はここに?」
「あれ?説明しなかったっけ?」
「いえ、そういう意味ではなくて、なんで病院じゃないのかなって。」
「へ?」
 彼女は首をかしげたが、マコトは最初から疑問だった。
 普通、交通事故に遭遇したら警察か消防に通報するだろう。もしくは無視か、写真をとるか。
「あーそういえば……そうだね。」
 イナバは言われて腕を組み、考えこむような姿勢をとる。
 それから数秒後、「よくわかんない!」ととびきりの笑顔で言ってのけた。
 全力でツッコミを入れたくなったが、怪我の痛みに断念する。
「いやーこっちも動転してたからねー。なんだか勢いで君を車に乗っけて、手当てまでしちゃったよ!
あはは……」
 ちくしょう、ツッコミてぇ!
「……ま、まぁまぁまぁ!それでも手当ては自分で言うのもなんだけど、正確だよ!怪我も思った
より軽かったし、病院行く必要も――あんまり無い位だし!」
 『あんまり』かよ!
「どこも骨折はしていないし、ただちょっと打撲と擦過傷が酷い感じ。だけど今日半日安静にして
れば日常生活には支障無い程度には回復すると思うから。」
 ……本当だろうか。
「これでも最高学府主席だからね。信用して!」
「……え゛え゛え゛え゛えええええ!?」
 思わず叫んでしまった。と、同時に怪我の痛みがマコトを苛める。
「だ、大丈夫!?」
 うずくまるマコトを身を乗り出して気づかうイナバ。マコトはなんとか「大丈夫」と言った。
 ……マコトもそんな長いこと生きているわけではないが、これほどツッコミどころしかない人間
を目にするのはもう後にも先にもないだろう。
 目の前の女性は、小学生にしか見えないのに実際は大学生で、しかも最高学府の医学部主席とい
うとんでもないエリートだったのだから。しかも若干天然入ってる感もある。
 ……世の中凄い人が居るものだ。
「本当に大丈夫?何か他に痛むところがあったら言って――」
「――いや、大丈夫です。ありがとうございます。」
 なんとかして上体を起こす。
 イナバはその様子を見て少し安心したようだった。
「んーでも、思ったより元気そうだね――これなら今日中に回復するかも。あ、そうそう」
 彼女は椅子から立ち上がる。
「アマギくんのお家に連絡したいからさ、電話番号とか教えてくれない?」
 ぎくりとした。そりゃそうか、そういう流れになるよな。
「いや、家には……」
「あー、そうか、ダメな感じ?」
 イナバは思い出したようにそう言った。マコトは簡単に肯定する。
「そうだよね。じゃなきゃ、平日の朝に高校生が私服で歩いてるわけないか。」
「……はい。」
「じゃあ、連絡はいいや。」
「……ありがとうございます。」
「それにしても」
 いきなり彼女がマコトのすぐ前に顔を突き出してきたので、マコトはたじろぐ。
「見かけによらず、不良少年だね」
 そうして微笑んだミコト・イナバは、影になったせいか、ふと鼻をくすぐった何かの香りのせいか、
その一瞬だけ、年齢相応の表情に見えた。
 彼女は顔を引っ込めて言う。
「じゃあ、回復するまで居ていいよ。あ!そうだ、お昼ご飯食べていきなよ!昨晩シチュー作りすぎ
ちゃったんだ!」
「……は、はい。」
 勢いに圧倒されてしまった。
 その返事を聞いて、イナバはまたにっこりと笑顔を浮かべ、そのあと「ちょっと用事を済ませてくるね」
と言い残して部屋を出ていった。
 1人ベッドの上に残されたマコトは、とりあえずまた仰向けになる。
 ぼんやりと、天井を眺めた。
 ……なんだろう、あの人は。普通見ず知らずの男を、目の前で交通事故に遭ってるのを見たからと
いって、本人が医学をかじっているからといって、家に連れ込んで手当てなんかするだろうか?むし
ろ、医学をかじっているからこそ、普通は病院へ連絡をとろうとするものではないのか?
 それとも、それもあの人のあのどこかボケたキャラが為す所業だろうか。
 ……まさかとは思うけれど、あのイナバさんも『ケルベロス』の仲間なんてことは……
 ……いや、きっと考えすぎだろう。疑心暗鬼になっているだけだ。
 あんな人に、タルタロスのような暗い世界は似合わない。
 それに、もしも敵ならば、自室に連れ込みこそすれ、手当てはしないだろう。むしろとりあえず指や
腕を折って――いや、これ以上考えるのはよそう。
 彼女は『親切な人』。これでいいんだ、きっと。
 ……でも、やっぱこわいよなぁ。



 結局、マコトが独りで立てるようになったのは夕方になってからだった。
 まだ打撲したところがかなり痛むが、湿布や痛み止のお陰でなんとかなった。ただ問題なのは腕で、
内出血と打撲、あと擦り傷のせいで指を動かしただけでもかなり痛い。これじゃ明日の戦いに影響が出る。
 ……結局、敵の妨害は少しだけだが、成功したわけだ。
 それに加えてほんの少しショックだったのが、イナバの手当てが腰や太股にも施されていたことだ。
 つまり、マコトが気絶している間、彼女はマコトのズボンを脱がして手当てをしていたことになる。
 ……想像すると恥ずかしかった。
 しかし、そのおかげで今、マコトはこうして立てている。
 感謝していた。
 ベッドのそばに立つマコトは顔をしかめながら軽く屈伸運動をする。激しい運動はやはり厳しい。
 部屋を見渡す。白いウサギのキャラクターのグッズで飾られた部屋は、いかにも『女の子の部屋』という感じだった。
 そういえば、この部屋はだいたい町のどのあたりだろう。そう疑問に感じて、マコトは出窓に近づいた。
 カーテンは閉じられている。開こうと手をのばすと、激しい痛みが腕を襲う。こらえながらカーテンを開け、
外を眺めた。
 見覚えの無い街並みだったが、その建物だけは嫌でも目についた。
「あれ……エリュシオンだよな。」
 見間違えるわけがなかった。どうやらこの部屋はエリュシオンから駅へ向かう道を反対方向に行ったとこ
ろにあるらしい。しかもエリュシオンからは見た感じそんなに遠くはない。
 タルタロスへのアクセス良好とか、優良物件すぎるな。
 そうひねくれた考えが浮かんだ直後、出窓に写真立てが置いてあるのをマコトは見つけた。
 何気なく手にとる。写真はイナバ自身と、若い男性が楽しげな様子で抱き合っているものだった。日付は
一昨年だ。
 イナバさんの彼氏だろうか。
 ……きっとロリコンなんだろうな。
 なんとなくマコトはその写真をよく見た。
 相手の男性は大学生くらいで、長めの、明るめの色に染めた髪をしていた。イナバさんと服でよく見えない
が、体格はどうやらそこまでがっちりしているわけではないが、筋肉質な感じだろう。
 大きめの瞳と、明るい笑顔が印象的な若者だった。
 ……どこかで見たことがある気がする。
 加えて、マコトはこの写真に何か違和感を覚えていた。なんだろうか、何かが『違う』気がする。この写真は――
 そのとき突然、部屋のドアが開かれてマコトはびくりと身を震わせた。
「あ、回復した?」
 マコトが自力で立ち上がっているのを認めて、ミコト・イナバはそう言った。
 マコトは素早く写真を出窓に置いたが、無駄だった。ミコトは一度写真立てに視線を飛ばして、言う。
「なにしてたの?」
「いえ……写真を。」
「ああ、その写真?」
 イナバはマコトに近づいて、置かれた写真立てを手にとった。
「彼氏だよ。同じ大学で知り合って、それで……」
 そこまで言った彼女はどう続ければいいかわからなくなったようで、沈黙する。マコトはとりあえず会話を繋げた。
「いい人そうですね。」
「そうでもないけどね。」
 彼女は笑う。
「無駄に自信満々だし、オタクだし、バカだし、でも……」
「……でも?」
「……私を好きになってくれた。」
 そう小さく言ったイナバの表情は無表情に近かったが、しかしその茶色の瞳には深い哀しみがあった。
 今までの明るい彼女からは想像できないようなその表情にマコトは、息をのむ。心に痛みの無い大きな刃物がすぅと
突き刺さるような、そんな不思議な感覚がした。
 そうして数秒の間、イナバは沈黙していたが、はっとして、「あはは、なに言ってんだろうね!」と明るく振る舞って
誤魔化そうとする。
 曖昧に頷き、それからマコトは話題を反らすためにイナバに礼を言った。
「いやいやいいって、むしろこっちこそ病院に連絡せずに勝手なことしちゃったし。」
 そして彼女はこちらを見た。
「それで、アマギくんはこれからどうするの?」
 マコトは考えて、決めた。
「ちょっと寄るところがあるので、そこに。」
 腕が痛むというのなら、早い内からグラウンド・ゼロのコントローラを握って、その痛みに慣れておく必要がある。
戦いは明日だし、それまでに腕の完治は間に合わないだろうから。
「そう……『大丈夫』?」
 色々と含んだその言葉に、マコトは頷く。
「多分、大丈夫です。近いし。」
「へぇ。ちなみにそれはどこ?」
「あそこにゲームセンターが見えますよね?あそこに。」
「こんなときまでゲーム?」
「そういうわけでは」
「……本当は安静にしてて欲しいんだけどなー」
「……そういうわけにもいかないんです」
 命がかかっているのだから。
「そう、じゃあ、せめて送っていくよ。色々と心配だし」
 自分を轢いた連中のことを言っているんだろうな、とマコトは思った。
「悪いですよ」
「怪我人を好き勝手にいじくりまわして挙げ句の果てに追い出すなんて、そっちの方が悪いよ。」
 ……『悪い』、か。なんだかひどく懐かしさを覚える言葉だ。
「アマギくんが遠慮しても、私は送っていくからね!」
 きっとここでまた断っても、彼女は押しきるだろう。そういう人だということは、まだ会ってから半日も経っていない
マコトにも理解できる。
「じゃあ……お願いします」
「ん!」
 はじけるような笑顔で彼女はそう言った。


 エリュシオンの駐車場でイナバと別れ、タルタロスに降りたマコトは、まず最初に登録名変更の手数料を納め、そして
練習室へと向かった。
 グラウンド・ゼロのシートに座る。背中から足にかけて結構な痛みがあるが、静かに座っているかぎり問題ない
レベルだ。
 厄介なのは、やはり、肩と腕の痛みだった。
 操作レバーをちょっと動かすだけでもひどい痛みがマコトを苦しめるし、複雑な操作が要求されるテクニックを
しようものなら一瞬涙目になってしまう。
 なにより、反応が遅い。普段なら絶対に当たらないような攻撃でもくらってしまっている。
 このままでは駄目だ。そう感じたマコトは、一度練習室を出て医務室へ行き、痛み止をもらうことにした。それで
どの程度改善されるかみてみよう。
 痛み止を医務室で貰い(何故か代わりに採血を要求されたが)、廊下を足を引きずるように歩いていたときだった。
 目の前の通路に見覚えのある人影があった。その人物はあの特徴的で耳障りな声を張り上げて、廊下の真ん中で電話
をしているようだった。しかも見たところかなり荒れていて、時々自分の頭をつかんで髪をぐしゃぐしゃにかき乱した
り、廊下の壁を軽く蹴りつけたりしている。
 マコトがそばを通り抜けようか迷っているうちに、電話は終わったようで、その人物は呼吸をととのえながらそれを
しまった。
 そしてふと、目が合う。
 その人物――コラージュはひどく苦々しげな表情をして、マコトの方へと歩み寄った。
「まったく、不愉快だよ!」
 コラージュがそう言うのをほんの少し、心の中で喜びながらマコトは理由を訊いた。
「こんなケースは始めてだ!」
 彼は何故だかマコトを睨む。
「そりゃあタルタロス外でプレイヤー同士で何してもこっちは関知しないけれども、これはさすがに、許せないなぁ!」
「俺のケガに関係ある話か?」
「ああ――ちくしょう!」
 マコトの言葉を無視したコラージュは一度大きく頭を振り、そしておもむろに上着の内側から『何か』をとりだし、
その『何か』で――自らの胸を撃ち抜いた。
 壁に大きく鮮血が飛び散る。
 マコトは一瞬何が起こったのか解らなかったが、鼻をつく火薬の臭いと、コラージュが胸を撃ち抜いたときに鳴った
大きな破裂音で状況を理解した。
 コラージュはうなだれて壁に寄りかかり、脱力している。
「……うわあああ!」
 数秒の間を置いて、やっとマコトは叫んだ。足から力が抜け、廊下にへたりこむ。
 コラージュの、拳銃を握った手を伝って、胸から流れてきた血が床に落ちた。
 なんだこれ。わけがわからない。目の前の男はコラージュだ。あのコラージュがいきなり拳銃を抜いて――死んだ?
誰が?コラージュ?そんな馬鹿な。死ぬわけない。こんないきなり――
「あー……痛い」
 力の無いしわがれ声が聞こえる。マコトはハッとしてコラージュの死体を見た。
 いや、死体ではなかった。コラージュはもはやうなだれてはいなかった。
 彼は2本の足で力強く立ち上がり、上着の内側に拳銃をしまいながら気だるそうに首を鳴らしてさえいた。
 そうして混乱しつつ腰を抜かしたままのマコトを認め、手をさしのべる。
「いやぁ、びっくりさせたね」
 コラージュはさしのべた手のひらが血まみれであることに気が付き、ハンカチで拭って、また手をマコトにさしのべる。
「どうしようもなく気分が落ち着かないときはよくこうするんだ。こうすれば、脳ミソがリセットされる。」
 マコトは手を受け取り、引っ張りあげてもらう。それでも足元がふらついたので壁に手をついた。
「いや……大丈夫なのか?」
 何とか、マコトはそれだけ訊けた。
 コラージュは笑顔で「うん」と答え、上着の前を開いて撃ち抜いた傷口をマコトに見せつける。
「めちゃくちゃ痛いけどね。でもホラこのとおり、血は止まってる……」
 彼が見せつけるグロテスクな傷口からは、確かに血は流れていなかった。
「でも、それ、おかしいだろ……」
 そうだ。絶対におかしい。胸を撃たれて大量に出血してるのに、本人はこんなに元気そうだなんて。
「ってそんなことはどうでもいいんだ。」
 コラージュは上着の前を直し、マコトを見た。
 そうして彼は微笑む。
「大変だったね、アマギくん。でも自業自得だから、相手のことを恨んじゃダメだよ。」
「あ、ああ……。」
「にしても、『オルフェウス』か。」
 彼はくつくつと笑った。
「ギリシャ神話のオルフェウス。死んだ妻を追って冥府に下りた男の名前をプレイヤー名にするなんて、君はどれだけ
あの――なんだっけ、コバヤシくん?が好きなんだよ。君は同性愛者?」
 マコトは心底不快に感じて、もう相手をする気も失せて、コラージュに背を向けた。
「アマギくん、ひとつアドバイスしてあげるよ!」
 コラージュはその背に叫ぶ。マコトは足を止めた。
「君は、『ケルベロス』に負ける。」
 マコトは彼が断言の理由を述べるのを黙したまま待った。
「――だから、遺書はしっかり書いておいたほうがいいよ」
 乱暴にマコトはコラージュの前から去った。

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