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グラインドハウス 第7話

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匿名ユーザー

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 茫然自失のマコトが失った自分をやっとのことで取り戻したのは見覚えのない
部屋の中だった。
 マコトは革のソファーに座らされていた。
 なぜ俺はここに居るんだろう。働かない頭でボンヤリとそんなことを考える。
 立ち上がる気も起きず、何が起こったのか思い出す気にもなれない。
 それからどれくらい経っただろうか。突然鳴ったノックの音に、マコトはびく
りと身を震わせた。
 すぐにドアは開かれる。入ってきたのは、忘れられない顔だった。

「やあ、起きたね」

 つぎはぎだらけの男――コラージュはマコトを認め、そう言った。
 彼はソファーの前のテーブルにつき、上にあった魔法瓶でお茶を淹れ始める。
 マコトは目の前にお茶が置かれても口にはせず、無言のままじっと水面からわ
ずかに立ち上る湯気を眺めていた。

「まずは初勝利、おめでとう。」

 マコトはコラージュを見た。彼は笑顔だった。

「いやーアマギくん、凄いね。僕も別の部屋で見てたけど、久しぶりに鳥肌たっ
たよ。」

 彼は自分の茶をすすった。

「あの」

 マコトが力を振り絞って口を開くと、コラージュは悪戯っぽく指を立てる。

「心配しなくても、今回は盛り上がったからね。奮発したよ。」

 マコトは何の話かわからずにコラージュを見つめたままでいたが、彼がスーツ
の内ポケットから封筒を取りだしたのを見て、それから理解した。

「15万。次も頑張ってね。」

「あ、あの!」

 マコトの声に、封筒をマコトの前に置いたコラージュは疑問の色を浮かべた。

「……その、俺の相手は……?」

「死んだよ」

 なんでもない、という風な口ぶりだった。それだけに現実味が無かった。

「『死んだ』って……!」

「そりゃあ、頭思い切りバットで殴られたら脳ミソぐちゃぐちゃだよ。しかもそ
の後火だるまにされてたからね。生きてるわけが――」

「そんなことを聞きたいんじゃない!」

 マコトは勢いよく立ち上がった。足がテーブルに当たり、お茶が溢れる。

「人が死んだんだぞ!殺されたんだ!」

「それが『タルタロス』だからね。」

 事も無げに、彼は言う。

「『グラウンド・ゼロでの対戦で、敗北した方が観客たちの中に投げ出される』
――それが、ここのルール。」

 コラージュは足を組み、マコトを見上げた。ぞっとするほどに冷たい瞳だった

「お金儲けがしたいお客様は勝ちそうな方に賭け、血が見たいお客様は負けそう
な方に賭ける。後者の方が多いから自然と倍率もそっちよりになって、お金儲け
も楽になる。勝っても負けても、お客様に損は無いシステムさ。」

「そんなの……!」

「プレイヤー側も、例えば本当に名勝負を演じてお客様たちを感動させられれば
、殺されるようなことは無いよ。実際そういうことも何度かあったし。もし仮に
勝負に勝ったとしても、あまりにも白けるような勝ち方だったらこちらが檻を引
き上げてお客様に楽しんでいただくことになる。」

「人の命を……!」

 握りしめたマコトの指は白くなっている。

「人の命を、なんだと思ってやがる……!」

 どす黒い怒りに満ちた言葉だったが、それでもコラージュはマコトを見たまま
微笑む。

「――君は、なんだと思ってるの?」

 コラージュはマコトから一度視線を外し、立ち上がった。

「――『人の命』だよ。」

 コラージュはマコトを正面から見据える。その顔に表情は無かった。

「『人命は尊い』?その根拠は何?学校で習った?親から教えられた?もし『人
命』が本当に何よりも優先されるものならさぁ、戦争なんか存在しないよね?餓
死する子供も居ないよね?死刑なんかもちろん無いし、ヒト1人助けるために地
球を犠牲にしたっていいわけだよねぇ?」

 コラージュの声はそれまでの芝居がかった優しげなものだったものから感情的
なものに変わっていた。

「普通のヒトが死を嫌うのはさぁ、恐いからなんだよ。恐いから触れたがらない
。触れたがらないから恐くなる。一度自分から死に触れたら誰もが思うさ、『あ
あ、こんなもんなんだ』と。」

 コラージュの顔が歪む。その顔は嫌悪感に満ちていた。

「僕はね、君みたいな『顔も知らない誰かの意見や考え』を、さも当然のように
『自分の意見』とする『ツギハギ人間』が心底嫌いなんだ。借り物の言葉に借り
物の思考に借り物の人生……汚らわしいね!」

 マコトは無言。

「せっかく産まれたんだからさぁ、死に物狂いで生きてみせなよ!そうした『オ
リジナルな人命』こそ、大切にされるべきなんだ!少なくとも『お金』とか……
そんなものに目が眩んで、自らに迫る危険に気づかないような『真っ当な人間』
が、『オリジナルな自己』を追い求めてるわけがない!」

 コラージュはそこで大きく息をつく。
 また、貼り付いたような微笑みに戻った。

「……とにかく、『それは何故か』も説明できないような意見は述べない方がい
いと思うよ。じゃないと、僕、君をアレしちゃうかもだから。」

 そしてまた椅子に座す。

 マコトも脱力して、ソファーに腰を下ろした。

「……さて、どこまで話したっけ……ああそうだ」

 コラージュがまたマコトを見る。

「これでアマギくんは本当の『タルタロス』へ足を踏み入れた。だから、これを
あげよう。」

 彼はポケットから一枚のカードを取り出す。マコトはそれに見覚えがあった。

「『グラウンド・ゼロ』のICカードだよ。次からプレイするときはこれをゲー
ム機に差し込むこと。」

 そうしてコラージュはカードをマコトに寄越す。受けとる気にはなれなかった

「それと、もうひとつ説明しなければね。」

 言いながら彼は携帯電話を取り出す。
 短い会話を2、3して、閉じた。

「この『タルタロス』から抜けるには2つの方法がある。」

 マコトは顔を上げた。

「1つは『手続き』を踏むこと。手切れ金を支払って、書類を書くだけ。」

「……その金額は?」

「1000万。」

「なっ……!」

「ちなみにこれは最低額だから。でも、不可能な額じゃないはずだよ。」

 マコトは歯噛みした。たしかに不可能ではないかもしれないけど、そんな額高
校生に払えるわけないだろ。

「そしてもう1つは――」

 コラージュは言う。

「――『タルタロス』の頂点に立つこと。」

 マコトは聞き返した。

「君を含む『タルタロス』のプレイヤーたちは、実はこちらでランキング分けさ
れてるんだ。詳細は秘密だけど、僕たちはそれを元に対戦カードを組む。そして
、もしそのランキング1位に立つことができたなら、そのプレイヤーは『願いを
叶えることができる』」

「……は?」

「さすがに『何でも』は無理だけど、『タルタロスが可能な範囲内』でなら、そ
のプレイヤーの願いを1つだけ叶えてあげることになっている。まぁ、いわばご
褒美だよ。」

「そこで、タルタロスから抜けることを望めばいい……?」

「そのとおり。あ、ちなみにランキング1位との戦いはいつでも誰でもオーケー
だから。なんなら今すぐやってもいい。」

 マコトは力無く「いや」と言った。

「そして、そのランキング1位というのが――」

 そのとき、部屋の扉が開いた。
 2人が同時にそちらを見やる。マコトは驚いた。
 ドアを開けたのは怪物だった。
 それはかなり大柄な人間で、聖職者のようなゆったりとしたローブを着ていた
。それだけでもかなり異質な存在だったが、マコトの目を引いたのはやはりその
顔だった。
 その人物は仮面をしていた。金属のような硬質な素材でできた面だった。歯を
食い縛ったドクロのような、恐ろしい怪物のような、聖職者の頭巾のような、そ
んな面だった。

「やぁ、タナトス」

 コラージュがその人物に向かって呼びかけた。
 『タナトス』はうなずき、ゆっくりと椅子に近づいて、コラージュの隣に座る

「紹介するよ、アマギくん。この人がタルタロスの現ナンバーワン、『タナトス
』だ。」

 ギリシア神話の死の神の名を冠したその人物はマコトに向けてゆっくりと会釈
をする。
 その異様な雰囲気にそぐわない態度に、マコトはたじろいだ。

「……ようこそ。」

 タナトスが静かに言う。その声は奇妙に歪んでいて、ボイスチェンジャーを使
っていることが容易に判った。

「さっきの戦い……見させてもらった。なかなか楽しめた。」

 嬉しくない。

「マコト、だったか」

 仮面が真っ直ぐにこちらを見る。表面に空いている穴のその奥の闇から射抜く
ような視線を感じた。

「君が私に挑戦してくる日が楽しみだ。」

 タナトスのその言い回しはマコトを苛つかせる。が、抑えた。

「凄いじゃないか、アマギくん。」

 唐突にコラージュが言う。

「タナトスが他のプレイヤーにこんなこと言うなんて、滅多に無いよ。」

 知るか。

「……で、まだ何かあるんですか。」

 マコトは嫌悪を込めてそう言った。

「ん、もう帰りたい?」

 うなずく。マコトはもう彼らのような邪悪な人間の顔は見たくなかった。

「そう……じゃあ」

 コラージュは指を鳴らす。
 ドアを開けて彼の部下が入ってきた。

「アマギくんを出口まで案内してあげて」

 部下の青年は恭しくマコトにお辞儀をする。マコトは立ち上がった。

「待て」

 歩き出そうとしたマコトを呼び止めたのはタナトスだった。
 振り向くと、彼は立ち上がってこちらに来る。マコトの前に立った。

「忘れ物だ。」

 彼が差し出したのはマコトがコラージュから渡されていた、金の入った封筒だ
った。
 黙って受けとると、タナトスがさらに言う。

「それと、これも」

 そうして差し出されたのは、ICカード。

「これは大切なものだ。……この先、絶対に必要になる。」

 タナトスの忠告なんて、マコトは聞いちゃいなかった。



 エレベーターから出ると、いよいよ地下での出来事に現実味が無くなってきた。

 埃だらけの部屋の中心には、マネキンが相変わらずの姿勢で机に向かっている

 それを過ぎて、階段を下る。また騒がしくなってきた。
 日常の匂いがする。
 偽物の銃声。敵を殴る派手な効果音。録音された断末魔。子供たちの笑い声。
それらがいやに耳についた。
 自動ドアを出た。
 すっかり暗くなったエリュシオン前の道に、見覚えのある影が立っている。
 ユウスケ・コバヤシは街灯の下でこちらを見ていた。その瞳にたたえた色は複
雑で、彼がどんな心境でいるのか、マコトには判らなかった。
 マコトは彼の前で立ち止まる。
 ……無言だった。
 2人はしばらく見つめあっていたが、ユウスケが先に目をそらす。
 マコトも目を伏せたかったが、こらえた。こらえて、言った。

「知ってたのか」

 答えは返ってこない。マコトはその沈黙を肯定と受け取った。

「……どうしてだ」

 ユウスケがまたこちらを見た。

「妹が」

 そして、また顔を伏せる。

「妹が、私立の高校へ行きたいって……」
「そのために」

 マコトは自分の声の無感情さに驚いていた。

「何人殺した。」

 また、ユウスケは黙りこむ。

「何人の命を、いくらで売ったんだ……!」

 マコトはそう言いながら自分の中の矛盾に気がついていた。

「お前はどうだ」

 反抗するようにユウスケが言った。

「殺して、いくら貰ったんだ」

 今度はマコトが黙りこむ。
 2人の頭上、街灯の周りを1匹の蛾が飛んでいる。
 やがて、どちらが先にそうしたのかは分からないが、2人はそれ以上言葉も交
わさずに、別々の方向へと歩き出した。



 歩きながら、マコトはあの封筒を取り出す。乱暴にポケットにつっこまれてい
たためにシワだらけになってしまったその中には15万という大金が入っている

 破り捨てる度胸の無い自分が情けなかった。
 なんの気無しに携帯電話を取り出す。
 開いて、ゾッとした。
 待ち受け画面が変わっている。今まではどこかのサイトで拾った綺麗な風景の
画像だったのが、タルタロスのロゴマークになっていた。
 なぜ?――すぐに思い至る。
 マコトは一度タルタロスに携帯電話や細かいものを預けていた。きっとそのと
きに――
 自分の迂闊さに歯噛みする。
 携帯電話なんて個人情報の塊じゃないか。それを簡単に他人に、しかも明らか
な悪人どもに渡してしまうなんて。
 親指が動く、数字を「1」「1」と押し、「0」にまで伸ばすが、恐ろしくな
って、マコトは携帯電話を閉じた。

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