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グラウンド・ゼロ 最終話

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 突然建物の横からワイバーンが回り込んできて、シンヤは反射的にペダルを踏
んだ。
 AACVが急上昇、ワイバーンの短銃から放たれた銃弾を紙一重で避ける。
 避けながらライフルを撃ち返すが、それはやはり鋼鉄の翼に防がれた。
 シンヤはしかし銃撃を止めず機体を空中で逆立ちさせて、歯を食いしばり、眩
む目を凝らしてさらにライフルを乱射した。
 ワイバーンは翼で機体の前面を覆い、そのせいで両腕が塞がれたが、背中のレ
ーザーカノンを動かしシンヤを見た。
 クロミネカスタムの背部スラスター先端が熱を帯び、表面が融ける。とっさに
機体をぶらしてダメージを最小限に抑えた結果だが、ちくしょう、その部分のセ
ンサーがダメになった。
 なんて思う暇も無くシンヤはトリガーから指を離し、ワイバーンに背を向け、
ペダルを目一杯に踏む。距離をとるのだ。
 ワイバーンの方は体を覆っていた翼を広げるのと、レーザーカノンを背負いな
おしてバランスをとりなおすためにシンヤに遅れる。
 それはほんの一瞬だったが、大きかった。
 クロミネカスタムはワイバーンを徐々に離していく。単純な軌道での飛行速度
ではシンヤに分があるようだった。
 そして気づく。そうか、あの機体は――
 シンヤは機体の飛行方向を急転換させ、要塞の下へ。
 ワイバーンもそれを追って要塞下に銃を構えながら入り込もうとしたが、まさ
にその刹那、陰から飛び出してきた、今しがた入り込んだばかりのはずのクロミ
ネカスタムに阻まれた。
 シンヤ機とワイバーンはすれ違う。ワイバーンの翼の端に、白熱して融ける切
り傷がついた。
 機体を捻り、ワイバーンは銃を向けようとするが、追いつかない。すでにクロ
ミネ機は背後に回っていた。
 ワイバーンは危険を感じ、翼を畳んでの急上昇で向けられたライフルを回避す
る。
 逃がすか、とシンヤは自機も上昇させワイバーンを追う、が、そうしようとし
た時にはすでにワイバーンはこちらに向き直って翼にその身を隠していた。
 再びレーザーがこちらを見る。右脚装甲が融ける。
 だがシンヤは止まらず、機体をロールさせながら再びワイバーンの背後をとろ
うとする。
 それは成功しなかったが、シンヤにある確信を抱かせた。
 あの機体――ワイバーンは重装備と、スラスターを脚と一体化させるという無
茶な構造のせいで、小回りがきかないんだ。
 防御力と攻撃力では敗けているが、機動力ではこちらが勝っている。
 こうして背後をとるような軌道をとり続ければ、墜とせるはずだ。
 逃れようとして大きくバランスを崩したワイバーンは、シンヤから離れつつな
んとか体勢を立て直そうとしている。
 今、たたみかければ――!
 強く引き金を引く。銃弾はワイバーンの翼をすり抜け、機体に命中した。しか
し致命傷じゃない。もっと近づいて、よく狙わないと――
 そうしてまた指に力を込めて、血の気が引いた。
 いつもならトリガーを引くとすぐに、連続して下腹にくる振動が左右からくる
のだが、今回はそれが無い。
 正面モニターの端には『両腕 残弾0』の表示が点滅している――弾切れだ。
 やむを得ず操縦レバーを倒し、方向を転換。再び要塞の下へ向かって飛ぶ。
 かなりマズい。シンヤは今までの戦闘では一度も弾切れに陥ったことがなかっ
た。仮に陥ったとしても、以前の機体ではライフルを予備弾倉に切り替え、それ
から一度母艦まで戻ればよかった。しかし、今乗っているこの機体は違う。
 この機体、AACVⅡクロミネカスタムは両腕を排し、直接ライフルを繋げた
せいで弾倉の入れ替えを行うためのマニピュレーターが無いのだ。これが機動性
を追求した結果新たに生まれてしまった、この機体の弱点だった。
 対処法は教えられている。母艦まで戻ればいいのだ。しかし、今は光速の兵器
を持つ強敵との一騎討ちの最中だ。母艦まで戻る前に背後から撃たれるのはほぼ
確実だろう。
 他の武器はライフル下部の超高熱ブレードがあるが、容易に敵機に近づけさせ
てくれるわけは勿論ないし、不意討ちをかますにも、すでに一度やってしまって
いるので引っかかってくれる可能性は低いだろう。
 引き金を引きすぎたことを悔やんでいる暇は無い。舌打ちだけに留めて、再び
要塞下へと潜りこんだ。下部の施設群にぶつからないように飛行する。
 このまま背後に回り込むことができれば、一太刀くらいは入れられるかもしれ
ない。そうして敵機の居場所を予想しながら飛び出す位置を探る。
 飛び出した時に素早く対応できるように機体を反転、背面飛行で要塞下部から
飛び出して、上部へ。
 ぎょっとする。
 ワイバーンは再びこちらの動きを読んでいた。
 コクピットのある胸部の温度が危険域に達する。慌てて機体をぶらしつつまた
要塞下へ逃げ込んだ。
 おかしい。いくらなんでも正確すぎる。
 一度ならまだ偶然、ということもあるが、今のは二度目だ。
 自機のレーダーを見る。やはり、要塞の巨大な体に遮られ、一定高度以上は感
知できていない。
 目視不可能な、レーダーも効かない空間を飛ぶAACVの軌道を完璧に予測す
るなんていくら付き合いが長かったからといっても――いや、もしかしたら相手
には見えているのかも。
 歩行要塞のレーダーとワイバーンのレーダーでデータを共有させておけば、シ
ンヤが要塞下へ潜り込んでも位置が分かるはず。
 クソッ!とシンヤは頭の中で毒づいた。
 今の自分は袋の鼠みたいなものだ。
 こちらに遠距離攻撃手段は無く、出入口には強力な銃器を構えた敵が待ち構え
ている。
 ワイバーンが要塞下まで追ってこないのは、必要が無いからだ。
 ならば、考えられる最良の方法は、このまま要塞下に隠れたままでジャパンの
艦隊到着まで待つこと。
 だけど……


「それじゃあつまんねーよなぁ?」
 ハヤタ・ツカサキは口元を歪めながらコンソールを弄り、自動機銃のロックを
外した。


 突然周りの自動機銃が鎌首をもたげてきたので、シンヤは驚いた。
 銃口が向けられたことを感知した機体が自動で回避軌道をとるが、今はマズイ
んだよ!
 AACVのコンピュータには今自分が置かれている状況が解っていない。この
ままの軌道では要塞下から飛び出してしまう。そうなったら上からレーザーが狙
い撃ちだ。
 衝動のままに操縦捍を倒す。一気に高度が下がって、そのせいで数発、機銃の
弾丸が機体をかすめることになった。
 だがシンヤは焦らない。彼には己の衝動が意図したことがわかっていたからだ
。ギフテッドの持つある種の神がかり的な直感力を理性で意識することができた
のは、これが初めてだった。
 ライフル下部からブレードを伸ばし、灰の大地に引っかける。そのまま腕を振
り上げながら急上昇。スラスターから噴射されている強烈な風も利用して、空中
に灰を巻き上げた。
 その煙幕に隠れるように要塞下から逃れ出でる。
 ワイバーンは一瞬、レーザーカノンを構えたが、すぐに短銃に切り換えてジグ
ザグの接近軌道をとった。
 それはシンヤの狙い通りだった。灰の煙を盾にすればレーザー光は拡散し、威
力は著しく落ちる。なら、射程距離の短い短銃で攻撃することになり、接近せざ
るを得なくなる。それならまだ戦いようがあるはず――
 ワイバーンは煙幕の向こうから短銃を撃ってくる。シンヤは速度を上げて回避
しつつ、相手に剣の届く距離まで機体をねじこもうとする。
 さらにシンヤは急加速。機体を捻ってブレードを突き出す。それはワイバーン
の短銃に突き刺さり、真っ二つにした。
 ワイバーンは素早く翼の裏から超高熱剣を抜いてそれに持ち変え、敵を両断し
ようと横に大きく薙ぐ。シンヤ機に大きな衝撃がきた。シンヤ機の右脚の、膝か
ら下が無くなっていた。
 クロミネカスタムは制御を失ってきりもみ回転。すぐにバランサーが安定飛行
に導くが、その間にワイバーンは背後に迫っていた。
 全脳細胞を敵機撃墜のために注いでいたシンヤは半ば無意識のうちに機体の向
きを反転、させると共にさらにブレードを振る。
 手応えはあったが、それは無意味なものだった。シンヤの攻撃はまた、あの翼
に阻まれたのだ。
 しかしワイバーンも自らの翼が邪魔で剣を振れない。2機は離れるしかなかっ
た。
 ワイバーンは後退しつつレーザーカノンを構える。ロックオンもすぐに終了す
る。だがトリガーは引かれなかった。
 AACVⅡクロミネカスタムは動かなくなっていた。力無くうなだれたオレン
ジと白の機体はホバリングしつつも、ゆっくりと沈んでいっている。
 ワイバーンはその姿を見て、覚っていた。
 勝負はついたのだ、と。
 AACVⅡがホバリングのまま止まっているのはシンヤが操縦捍から両手を離
したせいで、徐々に高度が落ちているのは足をペダルから外したせいだった。
 シンヤは狭いコクピット内で手足をだらりとしている。
 彼のヘルメットの透明なバイザーには赤く濁った、いやに粘りけのある液体が
付着し、視界を遮っている。
 鉄さびのような臭いが鼻をつく。
 それは血だった。シンヤは吐血していた。
 頭がぼぅとしている。全身からは力が抜けて、くそ、動かしたくない。
 激しく、長く飛びすぎた。
 ワイバーンとの戦闘はシンヤの内臓を傷つけていたのだ。時速数百キロメート
ル幅の急加減速、急停止、上昇下降――ただの少年の体には、とても耐えきれる
ものでは無かった。
 クロミネ機はついに灰の地面に緩やかに墜落する。その姿勢は追加スラスター
のせいで上体を起こすようなものになった。
 それを見たリョウゴは機体をその上まで下げて寄せ、すぐそばに着陸させる。
足場にするためにマニピュレーターをのばして固定した。
 コクピットから這い出して、ワイバーンの腕を四つん這いで渡って、シンヤ機
のコクピットそばへと彼は行く。
 傍の小さな蓋を開いた中のスイッチで、強制的にコクピットを開かせた。
 中には黒いパイロットスーツに身を包み、固定具に押さえ込まれた状態でぐっ
たりとしているシンヤ・クロミネが居た。
 リョウゴは腰の拳銃を抜く。腕をのばして、シンヤのヘルメットを脱がせた。
彼の顔は赤く汚れていた。
「シンヤ」
 リョウゴは声をかけた。拳銃を構えて、狙いをつける。
 シンヤは虚ろな目で彼を見た。彼が微笑んだように見えて、リョウゴは言う。
「何が可笑しい」
 そう訊くと、やはりシンヤは微笑んで、霞のような声で「やっぱり」と言い、
「……お前の、勝ち、だったな……」と、彼はそう続けた。
 リョウゴは頷く。
「ああ。俺の勝ちだ。」
 それきり、2人は黙った。
 ……耳の痛くなるほどの静寂。
 灰が薄く2機の上に積もり始めていた。
「……俺は……」
 シンヤは、言った。
「……お前が好きだった。」
 リョウゴは口を閉ざしたまま。
「……何もかも、お前は、俺より出来た……尊敬してた」
「俺も、お前が好きだった」
 リョウゴは応えた。
「なんもできないダメな奴で、俺を頼ってくる、お前が好きだった」
 言って、彼は気づく。
「――そうか、俺は――」
「……俺は……リョウゴ、お前を……」
 シンヤはやっとのことで腕を持ち上げ、その手をリョウゴへとのばす。
 それは銃を握るリョウゴの手に触れようとしたが、届かない。
 リョウゴは手をとらなかった。
 ただその代わり、リョウゴは言った。
「……俺は」
 リョウゴは銃を握った腕をだらりと下げる。
「俺は、本当は――」
「俺は」
 遮るようにシンヤが言う。残り少ない体力を振り絞った、はっきりとした声だ
った。
「リョウゴ、お前に、生きてほしい」
「やめろ!」
 叫んだのはリョウゴだった。彼は再び銃をシンヤに向ける。
「俺はお前を殺そうとしたんだ!俺はお前に憎まれていなければいけないんだ!
お前がそれ以上言ったら、俺は、俺のやったことは――!」
「俺にはお前が必要だ!」
 シンヤは叫んだ。腹の奥から血液が湧き、口から溢れる。咳き込みながら、尚
も続ける。
「お前が、居たから、俺は、何もかも、頑張れた。お前が居たから、AACVで
戦う決心もついた。お前が居てくれたから――」
 また、大きく吐血する。
「やめろ!」
 リョウゴは銃を放ってコクピット内に片足を突っ込み、固定具を上げ、シンヤ
の肩を掴んだ。
「……やめてくれ……」
 そして、とうとう堪えきれずにリョウゴは泣き出した。
 簡単だったのだ。
 ただ、話し合えばよかったのだ。
 シンヤは知っていた。
 リョウゴが裏切ったのは、シンヤを見下せなくなったからじゃない。
 彼は恐れていたのだ。自分が必要とされなくなることを。
 幽霊屋敷ではリョウゴの戦績は、どちらかといえば優れてはいたが、シンヤに
は劣っていた。そのことはリョウゴの心のどこかに、いつかシンヤに見捨てられ
てしまうのではないかという不安を抱かせていた。『いつ他人に見限られてもお
かしくない』という緊張は今まで同世代の仲間たちの中心に居たリョウゴにとっ
ては耐え難いものだったのだ。
 そこに現れたのがゴールデンアイズだった。彼らがツカサキとキタザワを中心
に強い『仲間意識』で結ばれているのは最初の時点で明らかだった。
 しかし、彼らが『間違っている』集団であることもリョウゴは最初から感じて
いた。だからリョウゴは彼らと共にいるために、必要とされるために、自ら『間
違った』のだ。
 自分が今こうしているのは、幽霊屋敷に『居場所』が無かったからだ――シン
ヤにその存在を肯定されて、やっとリョウゴはそのことに気づいたのだった。
 だけど、本当に居場所が無かったわけじゃない。
「お前は……気づかなかっただけなんだ……」
 シンヤはそうして、力無く微笑む。その顔は蒼白で、今にも力尽きそうだ。
「……ごめん……」
 小さく、リョウゴは呟いた。
「……ごめんな、シンヤ……」
 そして肩から手を離し、リョウゴは立つ。
「お前は死なせない!」
 力強い声でそう言い放ったリョウゴは涙も拭わず、ヘルメットの通信機をいじ
った。
 数コール後に相手は出る。
「ツカサキさん」
 通信機の向こうのハヤタ・ツカサキは返事をした。
「シンヤを助けたい。手伝ってください。」
 リョウゴは返答を待つ。少しだけ、間があった。
「……なんだ、リョウゴ。さっきまで殺そうとしてたやつを助けるのか」
「はい」
「友情パワーに目覚めちゃったか?こんな結末、面白くねーよ。」
「ツカサキさん!」
 リョウゴは叫ぶ。
 シンヤはぼぅとした頭のまま、彼を眺めていた。
 ツカサキは言う。
「ま、お前がそれでいいなら協力するけどさ。」
「ありがとう。じゃあ――!」
「その前に、いいこと教えてやるよ。」
「え?」
「ワイバーンで9時の方向」
 リョウゴは顔を上げる。ワイバーンから見た左後方に視線をやるが、いつもの
真暗闇で何もわからない。ヘルメットについているライトではあまりにも頼りな
かった。
 いったい何だ?
 ――と、次の瞬間。
 闇の向こうから白熱する何かが目にも留まらないスピードで一直線に飛んでき
て、主の居ないワイバーンの胸を背面から貫く。
 リョウゴがそのことを理解する前に、すでにワイバーンの中のP物質は反応を
起こし、大爆発していた。
 爆風がすぐ隣のクロミネ機を煽り、上半身を上向かせ、そのまま仰向けに倒す

 シンヤはコクピットの蓋に抱かれてなんとか灰の中に転げ落ちずに済んだが、
内臓が傷んでいるために、大きく吐血する。
 仰向けのシンヤは自分の血で溺れ死なないように顔を横に倒す。その時に、頭
をぶつけて出血していることを自覚した。
 視界が霞む。もう、ほとんど何も考えられない。
 身体の感覚すら曖昧になりはじめた彼がそれでもなんとか繋いだ思考は、親友
に関することだった。
 ――そうだ、リョウゴ――
 もはや閉じる気力すら無い目蓋の中で目玉を動かす。彼の姿は見当たらない。
 そして思い出した。そうだ、爆発のときに――
 爆風を身体全体で受けて吹き飛ばされるアイツを、俺は見てるじゃないか。
 腕時計は止まっていた。


「命中!クロミネ機は無事!」
 平蛇の小型ミサイルを担当する若い砲手は威勢良くそう報告した。
 平蛇艦長タケル・ヤマモトはブリッジの中心、艦長席に座して声を張り上げる

「よし!次に対艦大型ミサイル、歩行要塞上部へ向けて一斉射!同時にAACV
全機出撃!それらで目を引き付けている間に歩兵部隊は灰上車両で接敵、内部の
制圧にかかれ!コアには近づくな!波動にやられるぞ!シンヤ・クロミネの保護
も忘れるな!」
 彼は続ける。
「いいか!ここまで近づいているのに敵がAACVも自動兵器も動かしていない
のはどう考えてもおかしい!罠を警戒しろ!AACV戦は1対1では勝てないと
いうことも肝に命じておけ!」
 コロニー・ジャパンの兵士たちは同時に「了解!」と叫ぶ。
 平蛇の後部車両から大量のミサイルが発射され、さらにその後方からはAAC
Vが次々と飛び出し、歩行要塞へと飛んでいく。
 ジャパンの艦隊がついに攻撃を開始したのだ。
 歩行要塞内部のハヤタ・ツカサキはその様子を見て、ゴールデンアイズ全員に
「好きにしろ」と指示を出す。歩行要塞からもAACVが飛び出しはじめた。
 まもなくして、歩行要塞上部で連続した大爆発が起こって、砲台やヘリポート
、レーダーなどの施設がまとめて吹き飛ばされる。ジャパンのミサイルが直撃し
たのだ。
 揺れる要塞内でツカサキはずっと叩き続けていたノートパソコンを机に置く。
 椅子の背もたれに身を預け、大きな仕事をやり終えた後のように深く息を吐い
た。
 要塞の外ではAACV同士の戦闘がすでに始まっている。
 一人一人が強力なゴールデンアイズのAACVは、数機での連携した攻撃を行
うAACV部隊に、1機ずつ、確実に潰されていっていた。そしてその度に空中
に大きな炎の花が咲き、散る。
 要塞指令室の大きなモニターにはその様子が映し出されていた。
 ツカサキはどこか虚ろな目でそれを眺めて、席を立つ。
「どこへ」
 そばの席に座っていた青年が、椅子ごと体を彼の方に向けて訊く。
 ツカサキは彼に振り向かず答えた。
「最後の仕上げに。お前たちも、簡単には死ぬなよ。」
 青年は頷く。
「必死の抵抗の末に死んでみせます。そうでなければ、ここまでやった意味があ
りません。」
 無言で立ち去ろうとするツカサキの背に、さらに青年は声をかける。
「ツカサキさん!」
 面倒くさそうに振り向いたツカサキは、青年が立ち上がっているのを見た。
 いや、立ち上がっているのはその青年だけではなかった。部屋中のゴールデン
アイズが立ち上がって、ツカサキを見ていた。
「ありがとうございました。」
 青年は頭を下げる。他の人間たちも続いた。
 その様子を見て、ツカサキは微かに笑う。
「まだ早えーよ。」
「ですが、言えるのは今が最後です。」
「……こっちこそ、ありがと。」
 ツカサキはポケットに手を突っ込み、爽やかな笑顔でそう言う。
「じゃあな」
 それから彼らに背を向けて、手を振りつつ指令室を出ていった。
 ジャパンの武装兵士たちは灰上車からワイヤーで歩行要塞にとりつき、入り口
を爆破したり、電子ロックを破ったりして中へとなだれ込んでいく。
 組織だったその動きの前にはゴールデンアイズの抵抗はほとんど意味を成さな
かった。要塞内は次々と、アサルトライフルの銃声と共に赤く染められていく。
 指令室も例外では無い。入り口から突然催涙ガスを発する手榴弾が飛び込んで
きたかと思うと、直後にガスマスクの集団がライフルを構えて次々と入りこんで
きた。
 その集団は素早く、催涙ガスの影響で身動きがとれないでいる中の人間を床や
壁に押さえつけ、髪を掴んで顔を確認してから、ナイフで確実にその喉をかき切
っていく。それが間に合わないほどに遠くに相手が居た場合は、まずライフルで
両足を撃ってから同じように処理をしていった。
「チーム1、指令室クリア。ツカサキは不在。」
 部隊長は通信機にそう言ってから、隊員を率いて次の部屋へと向かっていった


 兵士たちは廊下を素早く進んでいく。彼らが次に目をつけたのは、立派な両開
きの扉の部屋だった。
 彼らは所定の位置につく。隊員の1人が通信機に向けて「チーム2、会議室へ
到達。これより突入します。」と言った。
 それを合図にしたように、隊員たちは素早くドアを開け放ち、それから再び壁
際に張り付いて身を隠す。
 危険が無いことを確認してから改めて一瞬だけ顔を出して覗いた室内には、青
年が1人居た。
 彼は入り口の真正面にある椅子に長テーブルを挟んで座り、火の点いたタバコ
をくわえている。目の前には目覚まし時計が置かれていて、彼はそれを見ている
ようだった。
 彼は視線を上げる。にやりとした。
「入ってこいよ。罠とかは無いから」
 その声を聞いて、兵士は部屋に入り込んでいく。
 いとも簡単にハヤタ・ツカサキは彼らに囲まれた。
 しかしそれまでだった。兵士たちはツカサキに銃を突きつけたまま、逮捕にか
かろうとはしない。
 それは彼らがツカサキの椅子の下にあって、彼の手に握られたスイッチとケー
ブルで繋がった爆弾の山を目にしたからだった。
 迂闊に手を出したら自爆される――兵士たちはそう判断したのだった。
「そんな心配しなくても」
 言葉を発するツカサキ。
「あと5分でいいんだ。待ってくれたら、捕まってやるから。」
 兵士たちは横目で隊長を見、指示を仰ぐ。隊長は肩の通信機で「ツカサキを発
見。彼は会議室で椅子に座っています。」と報告を入れた。
「そう――」
 通信機の向こうから、筋の通った女性の声が返ってくる。
「――まだ逮捕にはかかれない?」
「彼の椅子の下には爆弾があります。要求は『5分だけ逮捕を待って欲しい』と
いうことです。」
「それだけ?」
「はい。」
「通信機を彼に寄越して。話がしたい」
「了解。回線を2番に切り替えてください。」
 隊長はそして1人の部下の肩をたたき、彼の肩に付いていた通信機を受け取っ
てそれを机の上に置き、ツカサキに「アヤカ・コンドウだ。」と伝えてから滑ら
せるように寄越す。
 ツカサキは手を伸ばしてそれを受けとり、耳に当てた。
「ヘロゥ、アヤカさん。久しぶり。」
「久しぶりね、ツカサキくん。」
 とてもこんな異常な状況で交わされるとは思えない、ごく普通の挨拶だった。
「君の企んだ革命は見事に失敗したわ。」
「そうですね。あーくやしー」
「君を逮捕する前に、訊きたいことがあるのだけれど」
「何をです?」
「全てを」
 アヤカは言った。
 ツカサキは何が可笑しいのか、ハハと笑う。
「この会話は録音していないから正直に答えてもらってかまわないわ。まず第1
に、なぜ君はわざわざ脱走した幽霊屋敷に戻ってきたの?」
「そりゃ勿論、このテロを起こすためさ。まぁ、最初に計画してたのとは大分違
ったけど――」
「ふぅん。じゃあ第2に」
 歩行要塞の外、平蛇の一室でデスクに座るアヤカは目の前を、あたかも相手が
居るかのように冷徹な瞳で見据えつつ、通信機に向かって言い放った。
「君の本当の目的はなに?」
 ツカサキの表情が深刻なものになる。彼は慎重に言葉を選んで、言った。
「……最初に言っただろ?この世界をゴールデンアイズが支配するものにするた
めだって。」
「それは嘘ね」
 ピシャリとアヤカは言いきった。
「もし本当に君がそんな思想をしてたら、あんなプレゼントはしないでしょう?

「……まぁ、な。」
「あのコンテナに、メッセージボックスと一緒に入っていたファイル――見た目
は私に対する個人的な手紙だったけれど、簡単な暗号文だった。」
 アヤカはそう言った。
 あの、ツカサキがテロの宣言を世界中に伝えたメッセージボックスが入ってい
たコンテナには、ボックスとは別にアヤカに対する手紙も入っていたのだ。
 その文面はツカサキのアヤカに対する挑発のようなものだったが、ある特定の
法則で文字を並び替えれば本当の意味が判るようになる暗号文だった。
 暗号の内容は『一番最初にシンヤ・クロミネを単独で突入させてくれたなら、
歩行要塞は無防備になる』というものだった。アヤカがこの作戦にシンヤを選ん
だのはこのためだった。
「君は私が歩行要塞攻略のためにどんなプランを用意してたか、それすら把握し
ていたのね。」
「現実的に可能な手段から消去法で考えただけさ。キタザワさんとの約束もあっ
たし。……ああそうそう、ついでにこっちからも訊いておきたいんだけど」
「なに?」
「シンヤを押し上げる踏み台になったのは誰だ?」
「ユイ・オカモト」
「あーアイツか。そろそろ末期だったし、そうなってもおかしくねーか。志願だ
ったのか?」
「今度は私の質問に答えて。君の本当の目的は?」
 ツカサキは沈黙し、諦めた風なため息を漏らした。
「……あんたにゃあ、わかんねーよ。分かりっこない――」
「『ただ死ぬのが嫌だった』んでしょう?」
 アヤカの言葉はツカサキの体を一瞬、こわばらせる。
 それを通信機ごしに敏感に察知して、彼女は笑った。
「図星のようね」
「何でわかって――ああそうか、オカモトのおかげか――」
「そう。彼女のおかげでやっと理解したわ。君が積極的に『悪役』を演じようと
しているようにしか見えなかったのも、それで納得がいった。」
 ひと呼吸。
「君は、いずれ消え去る自分自身に恐怖したのよ。『ハヤタ・ツカサキ』という
人間は、いずれ死に、情報の洪水に押し流されていつしか消え去る。あなたたち
ゴールデンアイズはそれを恐怖した。」
「そう――」
 頷くツカサキ。タバコの灰が爆弾の横に落ちた。
「――俺たちは、『死』を間近に感じ、そして乗り越えた人間たちだ。だから、
『死』の恐ろしさを、誰よりも解ってる。」
 ツカサキは語り出す。その語り口はまるで今まで胸の内に溜め込んでいたもの
を吐き出すようなものだった。
「本当に恐ろしいのは肉体的な死じゃない!」
 彼は叫んで、頭を抱えた。
「この世から自分の存在していた痕跡が、完全に消え去ってしまうことが恐ろし
いんだ!」
 アヤカはそこで何か言ったが、最早ツカサキの耳には入らない。彼の表情はど
こか狂ったような、常軌を逸したものになっていた。
「でも逆に言えば、自分の痕跡が永久に消え去らないことがわかっていれば、ど
んな命知らずな馬鹿げたことだってできるんだぜ。『歴史に名前を遺すこと』!
そうなれば、人類が滅亡するまで名前が遺ってくれる。……それが、俺たちゴー
ルデンアイズがこのテロをやった理由……『歴史上初めての、世界中を人質にと
った最悪のテロリスト集団、ゴールデンアイズ』だ!最高だろ!」
 彼はゲラゲラと手足をばたつかせながら笑う。周りの兵士たちがたじろいだ。
 アヤカは彼が落ち着くのを待って、それから言う。
「でも残念だったわね。君は忘れているようだけど――」
 アヤカは微笑する。
「この地上で行われていることは、全てが極秘なのよ。地下都市に住む一般市民
は今でも世界は平和だと信じきっているし、自分たちが数えきれないほどの屍の
上を歩いているということも知らない。ましてや、頭のいかれたテロリストども
のことなんて――」
「そんな初歩的なミス、俺がするわけねーだろ?」
 ツカサキは机上の目覚まし時計に視線をやる。それがセットされているのは現
在時刻の1分後だ。
「君の考えていることは分かるわ。」
 しかしアヤカはキッパリとそう言葉を発する。
「君は『この地上で起こっていること全てを世界中に暴露する』つもりなんでし
ょう。君たちが歴史に名前を遺すためには、世界中の人間がそれを知っている必
要があるから。でもグラウンド・ゼロには地下都市まで繋がる回線が無いから、
地上から地下都市までの通信を中継するために、私たちの艦隊のネットワークを
君は利用するつもりだった。違う?」
 大笑いするツカサキ。
「すげーなアヤカさん!ほとんど当たってるぜ。」
「通信に使う暗号鍵は君がいなくなってから変更したわ。……これで、君の手札
は無くなった。」
 アヤカはそう言った。
 ツカサキは笑い続けている。
 彼女は不快そうに眉根を寄せた。
「何がそんなに可笑しいの?暗号鍵がわからなければ、君の目的は達成できない
はず」
「ああそうだな。」
 ツカサキは片手で口を押さえる。指の間からはまだ笑いが漏れていた。
「でもさー……」
 彼は言う。
「鍵がわからなかったら、教えてもらえばいいだけじゃね?」
「何を言って――」
「アレアレ?まだわかんないんすか?」
 黙りこむアヤカ。
「単なる余興のために俺が『あの戦い』を演出してやるわけねーだろ。」
 そこでアヤカは気づいて、素早く別の通信機のマイクを掴んで叫ぶ。
「今すぐクロミネ機を破壊して!」
「もう遅ぇ!」
 目覚まし時計のけたたましい音が響いた。
 それとタイミングを同時にして、歩行要塞指令室に放置されたツカサキのノー
トパソコンの画面に自動でいくつものウィンドウが表示と、「完了」の文字が浮
かぶ。
 ツカサキがシンヤとリョウゴの一騎討ちをセッティングしたのは、このためだ
ったのだ。
 彼はリョウゴに、シンヤと相対した時に、敵が自分であることを伝えるための
通信での会話を行えと指示していたのだ。
 そして彼はノートパソコンから歩行要塞とのデータリンクを通じてワイバーン
へ、ワイバーンとクロミネカスタムとの通信に便乗してクロミネカスタムに侵入
。その時にクロミネカスタムの中にある、母艦との通信に使用する暗号鍵をコピ
ーしていたのだった。
 あとは予め作成しておいた、「全て」を記録したファイルをばら蒔く一種のコ
ンピューターウイルスを内臓したプログラムの時限爆弾を、ワイバーンが使用し
た回線からその暗号鍵を用いてクロミネカスタムを介して平蛇へ送信。後はプロ
グラムが平蛇から幽霊屋敷へと自動で爆弾を送信する。
 そうしてばら蒔かれた爆弾は、目覚まし時計の音と共に、今、一斉に爆発して
いた。
 それを覚ったアヤカ・コンドウは机に両肘をついて頭を抱えていた。長い黒髪
はぐしゃぐしゃに指で乱され、その唇は震えている。
 ツカサキの声が、通信機から聞こえてくる。
「安心しろよ。今回のこのテロを鎮圧したのは間違いなくコロニー・ジャパンだ
。きっと、コアはジャパンのものになる。その点を考慮すれば、アヤカさんは殺
されないよ。」
 ケケケ、と小さな笑い声。
「……ま、世界中に地上での出来事を知らしめるっつー失態を犯した以上、今度
世界中を敵にまわすのはコロニー・ジャパンってことになるだろうけどな。」
 ツカサキはスイッチを放り、両手を頭の後ろにやって立ち上がる。
「『世界を滅ぼそうとした世紀の狂人』は、司法の場からその様子を見守らせて
イタダキマスよ。」
 通信は終わった。

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