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グラウンド・ゼロ 第22話

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匿名ユーザー

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 時間は少し戻って――
「かんぱーい!!」
 酒の入ったグラスを高く掲げ、全員の前でそう高らかに発言したのは、机の上
に立つツカサキだった。
 歩行要塞中の人間――リョウゴとゴールデンアイズ――はほぼ全てが食堂に集
まっていた。
 食堂の長いテーブルには倉庫から持ち出してきた食料の箱や缶詰めが山積みに
され、今にも崩れそうになっている。
 彼らは皆机や床に座り込んだまま、ツカサキの乾杯に応えてグラスを、ジョッ
キを、瓶を掲げた。
 それはパーティーだった。
 ツカサキはワイシャツの胸元を開け、裾を出しただらしない格好で彼らに言う

「12時になった!各国が予定通りあのメッセージを受けとったのなら、もうす
ぐ世界中が俺たちを殺しにくる!」
 そこでゴールデンアイたちは沸いた。
 ツカサキは気取った仕草でその興奮を鎮めてから、叫んだ。
「いよいよぉ……クライマックスがやってくる!」
 そして机から飛び降り、再び沸くゴールデンアイズと共に拳同士を軽くぶつけ
始める。彼らはそれから思い思いに談笑を始めた。
 ツカサキは食堂内を縦横無尽に移動しながら次々に拳を交わしていく。彼の足
は一人の少年の前で止まった。
「よぅ!リョウゴ。」
 拳を交わしたのは、赤みがかった髪の、背の高い少年だった。
 彼はツカサキの目を真っ直ぐに見、そして微笑む。
「いよいよラストですね」
「おぅ!」
「……騒ぎましょう!」
「あったりめーよ!」
 2人はゲラゲラと笑い合い、別れる。
 その時、パン!という大きな音がして、直後に火薬の臭いが鼻をついた。
 一瞬、場内に緊張が走る。だが杞憂だった。
 ゴールデンアイズの1人で、すでにパイロットスーツを着ている青年がクラッ
カーを鳴らしただけだった。そうと判ると、食堂内のあちこちで続いてクラッカ
ーが鳴らされる。
 色とりどりの小さな紙が部屋内を飛び交い、お互いの髪にひっかかる。
 どこかでどっと笑い声が上がって、それは瞬く間に広がっていく。
 誰かがどこからか持ち出してきたギターとアンプを机の上に積み上げて、即興
のライブを開催する。誰かがその流れに乗って歌い始める。
 突然、軽い音と共によく振られた瓶ビールがいくつもあちらこちらで吹き出し
て、自分たちの上に降り注ぐ。
 誰かが人が興奮するときに良く発する奇声をあげる。また笑い声。
 誰もが、心から笑っていた。
 その笑顔と勢いには、パーティーが始まってから数時間が経った今でも一向に
静まる様子が見えていなかった。
 ゴールデンアイズは相変わらず楽しげに笑いあいながら、食料の缶を頭からか
ぶったり、ほぼ全裸でレスリングをしたり、キッチンから持ち出してきた電子レ
ンジを打ち壊したりして騒いでいる。
 仮眠から戻ったツカサキもその中の、長机を組み合わせた即席のステージ上で
エレキギターをかき鳴らしていた。
 しかし彼は突然にその指を止める。そして両手でギターを振りかざし、思い切
りアンプに叩きつけた。
 響いていた音楽が、奇妙に歪んで、止んだ。
 食堂内は静まりかえる。
「……テメーら。」
 ツカサキの声は静かだったが、力強い。
「そろそろ来るぜ。」
 彼はネックの部分で折れたギターを片手に天井を指差す。そして、にやり。
「……クライマックスだ!」
 再び彼らは沸いた。
「出れる奴らは全員AACVで出撃準備!出るのがダリー奴らはブリッジへ!今
回は俺は要塞の指揮にまわる!この意味がわかるな!?わかんねー奴は訊きに来
い!」
「ハイわかりません!」
 ツカサキの近くにいた青年が勢いよく手を挙げる。
「誰が教えるか!調子に乗るなこの野郎!」
 その場にいる人間は皆またゲラゲラと笑って――
「解散!」
 ――ツカサキの号令で散っていった。
 彼自身も机から飛び降り、酒の染み付いた上着を羽織りなおしながら、床に転
がる空き缶を蹴飛ばしつつ歩み始める。
 ポケットから取り出した通信機を耳に当て、チャンネルを合わせた。
「はい」
 通信機から聞こえてきた声はリョウゴ・ナカムラのものだった。ツカサキはパ
ーティーが始まってしばらくしたあと、彼が食堂内から姿を消していたことには
とっくに気づいていた。
「よぅ!お前今――ヘリポートかどっかか?」
「……なんで判ったんですか?」
「マスクのせいで声がこもってるぜ。人生についてでも考えてたか?」
「出撃準備ですか?」
「スルーかよ。そうだけどさ。」
「わかりました、すぐに準備します。」
「わかってると思うけど――」
 ツカサキの目が一瞬、冷たい光を帯びる。
「――俺の合図があるまで出撃禁止だからな。」
 彼のその雰囲気を通信機ごしに敏感に感じ取って、リョウゴは口元に力をこめ
る。
「……わかってます。」
「それと、もひとつ。」
 ツカサキの調子はいつもの明るい感じに戻った。
「今回は俺はAACVで出ねーで要塞内の指揮を執るからさ、直接の戦闘の方の
指揮はお前に頼むわ。」
「えっ!」
 リョウゴは予想外の指示に戸惑っていた。
 ツカサキは続ける。
「お前の空間把握能力は実際かなり凄いぜ?シンヤと一緒だったころの戦闘記録
を前に見させて貰ったけど、あそこまで味方機と敵機の位置を正確に把握するな
んて、俺にもできねーもん。」
「そんな、俺は……」
「正確に把握できてなきゃあ、三次元を縦横無尽に飛び回る複数の敵と味方の間
に割って入って庇う、なんて芸当できねーぜ?」
「……もしかして」
 リョウゴは言った。
「俺を生かしておいたのはこのためですか。」
 ツカサキはそれを聞いて楽しげに笑う。
「半分正解。」
「残り半分は?」
「当ててみな。」
「ヒントください。」
「『ハヤタ・ツカサキの半分は優しさでできています』」
「それがヒントですか」
「正解したら一億万円」
「そんな単位はありません。」
「それで、答えは?」
「……俺があいつを殺したがってたから……?」
「ファイナルアンサー?」
「ファイナルアンサー」
 また、ツカサキは笑う。
「正解。」
「……性格悪いっすね。」
 苦々しげにリョウゴが言う。
「今際の際に『我が生涯に一片の悔いあり!』とか言いたくないだろ?」
「まぁ、そうですけど」
 ツカサキは腕を上に突きだし、大きくノビをする。
「さて、そろそろ雑談タイムも終了、ドックへ行きたまへヨ。」
「……はい。」
 ツカサキは通信機を耳から外し、電源ボタンに指を伸ばす。
「ツカサキさん。」
 が、リョウゴの声がそれを止めた。
 再び通信機を耳に当てる。
「ツカサキさん……」
 リョウゴの声はほんの僅かだが、ふるえている。
「……信用して、いいんですよね?」
 ツカサキはそれを聞いて、答えた。
「もち!」
 その底抜けに明るい声を聞いて、リョウゴは礼を言い、通信を終わらせた。
 ツカサキは通信機の電源を切り、上着の胸ポケットからタバコの箱を引っ張り
出す。
 一本くわえて、火を点けた。
 まったく、あいつらは気楽だぜ。
 何の気兼ねもなく不安を表せられるんだから。
 廊下を歩きながらタバコを指で挟んで、煙を吐く。
 どうやら酒を飲んで騒いでも誤魔化しきれなかったようだ。自分の器の小ささ
を、笑う。
 ……不安なのは俺も同じだっての。


 予め決められた速度で、予め決められた方位に、予め決められた時間だけの飛
行を終えて辿り着いたポイントに、AACVⅡクロミネカスタムは浮いていた。
 やはり予め決められた時刻になるまで、背中の追加スラスターの冷却をし続け
ていたが、あと数分でそれも終わる。
 あと少しで、世界の命運を決する戦いが始まるんだ。
 そう思うと、実際に体験していることだということにも関わらず、変に自分の
周りからリアリティが失われていく。
 よく考えれば、とても現実とは思えないような出来事の連続だった。
 いつも学校帰りに通っていたゲームセンターにあったゲームが国家の陰謀に関
わっていて、その国家にある日突然死んだことにされて、架空だと思っていた兵
器のパイロットにされて……
 極めつけは国家の行く末を左右する大作戦の鍵を握る役目。……まるでアニメ
か漫画の主人公だ。いっそ全て夢だった、と言ってくれた方がまだ現実味がある

 もしかして、俺はいつのまにかゲームと現実の区別がつかなくなってしまった
んだろうか。
 だとしたらいい加減目を覚ませ、俺。
「――そんな現実逃避はさんざんやった!」
 コクピット内で、俺は叫んだ。
 その叫びとともに力強く握りなおした操縦捍は軽いが、しっかりと硬い。踏み
しめるペダルも、ブーツ越しに足裏に抵抗してくる。
 鼻につくヘルメットの内側の緩衝材と汗の臭いも、尻とシートの間のムレの不
快感も、背中から身体を揺さぶり続けるエンジンの振動も、全て『リアル』だ。
 今から銃を向けて引き金を引かなければならない相手が『かつての』親友であ
ることも、自分をここまで押し上げるのに1人の仲間が犠牲になったのも、今か
ら攻撃を仕掛ける相手は自分より何倍も強いであろうエースパイロットたちの集
団であることも、全てが『リアル』。
 ゲームオーバーなんて無い、『現実』だ。
 残機は常に0。死にたくなければ、足掻くしかない。
 機体の下方を映すカメラを睨む。黒い雲海はさも当然のように視界を覆ってい
た。
 腕時計を見る。作戦開始時刻になったらアラームが鳴るように設定してはいる
が、また改めて時刻を確認する。
 あと数十秒だ。スラスターの冷却が終わると同時に作戦開始になる。
 目を閉じ、心を鎮める。
 静寂……。
 ……。
 ……。
 ……。
 ……アラームが鳴った。
 シンヤは目を開け、まずはアラームを止める。
 それから鼻から深く息を吸い、吐いた。
 そして指をコンソールに伸ばし、そこにある小さなツマミを捻った。
 すると、背後からの振動が唐突に止まる。ふぅっと体が浮き上がった直後、ク
ロミネ機は自由落下を始めた。その姿勢は重心の関係で逆さまになる。
 シンヤは目はしっかりとモニターにやり、指はツマミをつまんだままで、機体
に抱かれ落ちていく。
 雲海に衝突したのはすぐだった。
 耳がきかなくなるほどの轟音と共に、ついさっき経験したばかりの凄まじい暴
風と雷が機体を襲う。
 雷の閃光に目をつぶり、横殴りの暴風をAACVの姿勢を変えることでやり過
ごしつつ、落下を続ける。
 上昇に比べ、落下の方が速かった。
 雲の層を抜ける!再び開けた視界は無理矢理に明るく修正がかかった、見慣れ
たものだった。
 逆さまの世界の上方、地上には巨大な人工物が見える。それを視認した直後、
シンヤはツマミを再び捻り、エンジンとスラスターを再点火させた。同時にAA
CVの姿勢を通常に戻す。世界がぐるり。
 血圧変化の影響で一瞬眩んだ視界に耐えながらも両腕は自然と、機体に基本的
な回避軌道をとらせていた。
 視界が正常に戻る。突入地点を間違えたのか、雲の中で風に煽られたのかはわ
からないが、歩行要塞直上に出るはずだったシンヤの機体は、少し離れたところ
に出た。
 だが大ハズレ、というほどじゃない。とシンヤは右前方に歩行要塞を認めて思
った。
 操縦捍を素早く倒し、ペダルを力強く踏み、スラスターを下に向けて再び上昇
する。
 歩行要塞表面にずらりと並ぶ自動機銃からの射撃は何故か無く、シンヤはいと
も簡単に歩行要塞の間合いの内側、自動機銃の数が少ない歩行要塞直上に潜り込
むことができた。
 ここまできて、シンヤの胸に一瞬の疑問がよぎる。
 ――いくらなんでも対応が遅すぎないか――?
 だがその直後、自動機銃からのロックオンを感知したAACVのセンサが、シ
ンヤの乗る機体を自動で回避させる。
 ようやく始まり、あっというまにモニターを覆った山ほどの弾丸を避けること
に集中するシンヤにそこから先を考える余裕は無かった。



 そのころ、歩行要塞のブリッジではAACVに乗らないことにしたゴールデン
アイズたちが各々の席の前にあるコンソールをいじっていた。
 彼らの1人がちらりと席の後ろを見やる。
 彼の席から少し離れたそこには本来司令官が座る席があったが、それは未だ空
席だった。
 司令官不在のままでは一切の行動ができない。とりあえず、念のため自動機銃
にかかっていた火器管制のロックは外して迎撃は開始したが、歩行要塞直上とい
う驚くべきところからまさかの単騎で奇襲を仕掛けてきたあの新型AACVのパ
イロットの腕は、ゴールデンアイズから見ても相当なものだ。
 あれだけの数の、しかも様々な方向から襲いくる銃撃を回避するのは自分たち
でも困難だ。しかし、あのパイロットはそれをやってのけている。
 ……する相手には申し分ないな。とそのゴールデンアイは感じていて、それだ
けに一層、司令官役がブリッジに来るのを待ち焦がれていた。
 そしてちょうどその時、入り口の扉が開く。
「わりぃ、遅くなった。」
 ノートパソコンを脇に抱え、口にタバコをくわえた青年が姿を現した。
 彼はこの非常時にも動じず、普段通りにダラダラと司令官席へと向かう。
「今まで何を?」
「ウンコ」
 席にどっかと腰かける。
「さて、今どんな感じ?」
「ツカサキさんの読み通り、直上から新型AACVが一機、奇襲をしかけてきま
した。現在自動機銃で迎撃してますが、なかなか墜ちてくれません。」
「たった一機かよ?」
「ええ」
「アヤカさんは優しいなぁ。……いや、もしかして……」
 ツカサキは考えるようなそぶりをみせたが、それも一瞬のことで、すぐに次の
指示を出す。
「メインモニターに出てるのが敵機か?」
 彼はノートパソコンを膝の上に乗せ、タバコの火を靴の裏に押し付けて消す。
 メインモニターにはいまだ軽快な軌道で自動機銃の銃弾をかわし続けている敵
機が映っている。
 肯定する。
 ツカサキは声を張って言う。
「以後敵機を『クロミネ』と呼称!リョウゴ・ナカムラに『お友達が遊びに来た』と!」
「了解」
「それと、次に――!」


 シンヤはすでに限界近かった。
 この機体の優秀なオート回避機能と、パイロットの素早く複雑な操作への高い
レスポンスのおかげでなんとか今まで被弾しないでいられているが、急激な方向
転換を繰り返していたシンヤはすでにかなり疲労していた。このままでは操作を
誤るのも時間の問題だ。
 やはり無謀だったのだ。たった一機で歩行要塞の相手をするなど、できるわけ
なかったのだ。
 アヤカさんも、自分も、過大評価していたのだ。
 作戦は失敗し、俺は死ぬ。
 もう駄目だ――。
 そう思ったときだった。
 不意に、銃撃が止んだ。
 シンヤは予想していなかった展開に、思わずAACVの動きを止める。
 なんだ、何かの罠か――?
 そう思って素早く四方に視線を飛ばすが、特に変わった様子は無い。
 もしかしたら、要塞内部でのトラブルか?なんにせよ、チャンスは今だ。
 AACVのスラスターを後方へ向け、グンと加速。一直線に本来のシンヤのタ
ーゲットである、歩行要塞の主砲のひとつへと接近する。
 シンヤに与えられた本来の任務は、『歩行要塞の主砲を破壊し、アッシュモー
ビル部隊が近づける死角を生み出すこと』だった。
 歩行要塞の主砲は6門あり、各々が別々の方向を向いている。故に、ひとつで
も主砲を破壊することができれば、そこに大きな隙が生まれるのだ。
 シンヤは狙いを定めた主砲の基部を撃つ。しかし、AACVの徹甲弾では大破
させるまでには至らない。
 ならば、とシンヤは腕と一体化したライフルの銃身下部から、超高熱を放つブ
レードを飛び出させ、それで主砲の砲身を、通り抜けざまに切りつけた。
 根元に近い位置で傷を負った超長砲身は自重で歪み、『へ』の字に曲がる。
 よし、あれでもうあの砲は使い物にならない。
 確認して次の砲へと狙いを変えようとしたときだった。
 ゾッとする。
 それは理屈では説明できない直感的なものではあったが、シンヤの体を一瞬硬
直させるのには充分な恐怖だった。
 だがそうして身体が強ばってくれたお陰で、機体も一瞬空中で停止し、直後に
シンヤの目の前の空間を横切った火線の直撃を食らわずに済んだのだった。
 機体を、その発射元へ向ける。
 なんだあの機体は。
 視線の先には、竜が居た。
 それは今まで見たこともないようなシルエットのAACVで、両肩から左右そ
れぞれ3枚のプレートで構成された翼と、スラスターと一体化した両足を持つ機
体だった。その背中には巨大な砲が背負われているが、さらに右腕にも短銃を一
挺持ち、その銃口はこちらに向いていた。さっきの銃撃はあれだったらしい。
 ゴールデンアイズの新型だろうか?
 シンヤは、空中で静止している相手に素早くライフルを向け、発砲する。
 ろくに狙いをつけなかったので予想通り弾丸は全てが外れたが、相手はそれを
わかっていたようだった。微動だにしない。このことから、敵パイロットはそこ
そこ腕のたつ相手だということが判る。
 シンヤはその機体を睨んだ。
 敵機は動かない。その様子を不審に思って、シンヤも機体をそのAACVに向
けて止めた。
 歩行要塞の上空で、2機のAACVが対峙する。
 シンヤは指先でアッシュモービル部隊に暗号通信を送りつつ、敵機を見ていた

 不気味だ。
 あの機体には攻撃を仕掛けてくる気配が無い。
 ただ、そこに浮いているだけだ。
 それから数秒が経つ。
 突然、チャンネルに通信が入った。
 合わせて、応える。
「よぅ。」
 聞こえてきた声には聞き覚えがあった。
「お前っ……!」
「俺がわかるか。」
「リョウゴか……。」
 シンヤが答えると、目の前の機体は銃を下ろした。
「目の前はお前か。」
「『ワイバーン』だ。ツカサキさんが作ってくれた。」
「リョウゴ、投降しろ。」
 シンヤは言った。
「俺は『できることなら』お前を撃ちたくない。」
「それは『できない』相談だ。俺はお前を撃ちたくてたまらない。」
「そんな気がしてた」
「お前はどうだ。」
 ワイバーン頭部の丸いセンサーがリョウゴの瞳と重なって見える。
 シンヤはそれをまっすぐに見つめ返した。
「お前を撃つ用意は、ある。」
「俺に撃たれる用意は?」
「無い」
「上等!」
 ワイバーンはスラスターを吹かし、再び銃をこちらに向ける。
 それ以上の言葉は要らなかった。
 ただ、相手を撃つ覚悟があって、撃たれる用意は無い。お互いにそれだけを確
認したかった。
 もしもここでどちらかの覚悟か用意が一方でも欠けていたら、2人は互いに背
を向けるだけだっただろう。
 だが、条件は揃っていた。
 2人は銃を向け合う。
 それは最早避けられないことだった。そして、避けるつもりももう無かった。
「他のゴールデンアイズは待機させてある。」
 リョウゴが言った。
「一騎討ちだ。」
 突風が大地を吹き抜ける。
 大きな灰の煙がまきおこって、2人の視界を遮った。
 先に引き金を引いたのはリョウゴだった。ワイバーンは灰煙の向こうからシン
ヤに突撃しつつ銃を乱射する。
 シンヤも後退しつつ迎え撃つが、撃った銃弾はワイバーンの翼のようなものに
防がれた。
 シンヤが後退する速度より、リョウゴが接近する速度の方が速い。再びシンヤ
はライフルからブレードを飛び出させ、牽制のために薙いだ。
 ワイバーンはしかし動じず、短銃を至近距離より二発撃つ。
 だがブレードを薙いだ時点ですでにリョウゴのその行動を読んでいたシンヤが
回避のために機体を捻らせたせいで、一発は外れる。残った一発はしかしシンヤ
機の左脇腹をかすめ、小さな装甲の破片を飛ばした。
 冷や汗がシンヤの額を横切る。
 リョウゴは舌打ちをしつつ、尚も引き金を引き続けるが、シンヤのライフルの
銃口が自分を向いたので回避軌道をとった。
 自分から離れていくワイバーンを見て、シンヤはライフルを発砲する。
 これは当たった――と思った瞬間だった。
 ワイバーンは素早く体勢を変更し、再びあの翼のような部位で機体を隠し、攻
撃を防いだのだった。
 ちょっと待て、今の動き――
(ありえない!)
 シンヤは心の中で叫んでいた。
 それほどに信じられない姿勢変更だったのだ。
 今の一連の動作を段階的に描くと、シンヤから離れるように機体を動かしてい
たリョウゴは、シンヤのライフルの発砲を確認してから、ワイバーンの姿勢を大
きく入れ替え、あの盾のような翼で防いだのだ。
 反応速度が人間のそれを遥かに越えている。
 この異常な反応速度はワイバーンに積まれたツカサキ特製の支援AIによるも
のなのだが、シンヤにはそんなこと知る由も無かった。
 ならば、とシンヤはライフルを乱射してみる。下手な鉄砲でも数を撃てば――

 しかし銃弾はことごとく翼によって防がれた。
 その反応を目にして、シンヤは、ワイバーンのあの翼は自動防御を行うのか、
と理解した。
 と同時に翼が目まぐるしく動くにも関わらず見事にバランスを保ったままの飛
行をやってのける、リョウゴの機体制御の腕にも感心する。
 ――さすがはAクラスプレイヤー――
 脳裏に2人で通ったあのゲームセンターの光景がちらつく。
 距離を離したワイバーンは機体を立て直し、背中のカノンを構えた。
 シンヤはそれを見、一気に高度を下げて歩行要塞の足、人間で言えば太ももの
裏へと潜り込む。
 歩行要塞の下には巨大なすり鉢状の穴があった。中心には青く輝いて見える、
山のような結晶体がある。
 あれがコアか。攻撃を当てないように注意しないと。
 そう感じてコアからなるべく離れた軌道で歩行要塞の真下を飛ぶ。
 機体を反転。背泳ぎのようにして要塞の陰から飛び出した。ライフルを構えつ
つ高度を上げる。
 要塞の建物の上に出て、再び視界が開けた。シンヤは驚愕する。
 ワイバーンはシンヤの軌道を読んでいた。そのカノンはこっちを真っ直ぐに睨
んでいる。
 ロックができないままにライフルを撃ちつつ、急いで自機の位置をぶらす。当
たってもいい、致命傷にならなければ。
 しかしシンヤを襲ったのは全く未経験の攻撃だった。
 突然に機体のアラートが鳴る。それは重なっていた。
 この警告音は、ロックオンだけじゃない――!
 反対方向にスラスターを吹かし、要塞の施設の陰に隠れる。
 ワイバーンは追っては来なかった。
 要塞中央上空の一番見晴らしのいい位置を保ったまま、変わらずに背中のカノ
ンを構えている。
 シンヤはその間に機体ステータスをチェックする。そして、驚いた。
 機体の右肩正面の装甲表面が融解していた。
 なんだこれ。
 しかし原因はすぐに分かった。熱だ。さっきの二つ目の警告音は熱暴走のとき
の音だ。
 だとしたら、なんで熱暴走を?
 AACVの武装でここまでの高熱を発生させるものなんて、超高熱の刃を持つ
近接武器くらいしか無いはず――
 ハッとした。
 そうか、さっきの――
 ワイバーンが構えていたカノンはどこかおかしかった。
 あのカノンには、弾倉にあたる部分が見当たらなかったのだ。
 弾倉の無いカノン――
「――レーザー兵器か。」
 シンヤは舌打ちする。
 厄介だな。
 この世に光より速いものは無い。AACVはロックオンを感知してから機体が
自動で回避をするが、それが通用するのは相手が実弾を発射する兵器だからだ。
 レーザー兵器ではロックオンをされたときには、ターゲットはすでに射撃を受
けている。熱が危険域に達するまでに僅かなタイムラグはあっても、それもゼロ
コンマ秒以下の話だ。
 この建物の陰から出たら、即死だ。
 あと、俺に残された手は――



 ツカサキは膝の上のノートパソコンを叩きながら、自分たちの真上で今まさに
行われている戦いの様子を見守っていた。
「ワイバーンが押してますね。」
 ツカサキのそばの椅子に座す青年が言う。彼の目の前にある自動機銃のロック
はかけられていた。
「そうかにゃ?」
 ツカサキは応える。
「ツカサキさんには違った風に見えますか?」
 彼は大げさに頷く。
「このゲームは制限時間付きにゃんだよ。」
「制限時間付き?」
「レーダー係さーん、見えるかにゃ?」
 少し遠くの席の女が返事をした。
「南西600キロメートルくらい先に反応あります。」
「内訳を教えてくれにゃ」
「大型アッシュモービルが4、中型8……」
「にゃは~、大艦隊だにゃ。」
 青年は意を得て頷く。
「ジャパンの艦隊ですね。」
「そうだにゃ。あいつらが到着したら、もう一騎討ちどころじゃ無いにゃ。そう
なったら、もうリョウゴの望みは達成不可能に近いにゃ。」
「親友を自分の手で殺すこと、ですか。」
「『元』親友、にゃ。」
 ツカサキは新しいタバコを取り出す。
「シンヤもそのことは分かってるにゃ。だからこのままタイムアップを狙うだろ
ーにゃあ……。それが、己のために戦うリョウゴと、組織のために戦うシンヤの
違いだにゃ。」
「なるほど……」
 青年はツカサキを見る。
「ツカサキさんがあの一騎討ちを許した理由が分かりました。」
「にゃ?」
「あれは、『俺たち』と、『世界』の戦いなんですね。」
「そゆことにゃ。……余興としては十分だろにゃ?」
「悪趣味ですね」
 彼らは笑う。
「悪役ってのはこーじゃにゃいとな。」
「ところで」
 青年はモニターに向き直る。
「なんでさっきから猫口調なんです?」
 ツカサキは大きく背伸びした。
「いや、最近気づいてさー」
「何にです?」
「俺たちには『萌え』が足りねーなーって」
「だからさっきから猫口調?」
「ああ。」
「キモい。」
 ツカサキは笑った。

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