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「第4話【トライアングル】Bパート」(2010/03/06 (土) 18:08:20) の最新版変更点
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その少女の肩書きを聞いた時、十人中十人が「嘘だろう」と笑うに違いない。
そして、彼らは例外なく、自らの不用意な発言を後悔するだろう。
「上辺だけでしか判断できないのだからなあ、貴族というものは」
「がっ……」
ブルグント王国が王都。その中心に位置する王城は、いくつもの尖塔が建ち並び、白亜の外壁が王族の権力を誇示する、王都を象徴する建造物である。
王城には、謁見の間や有力貴族達を集めて話し合いを行う評議の間、その他諸々国を運営する上で重要な部屋が並ぶ。
また、王国軍の本部が置かれているのと同時に、地下には監獄も置かれていた。そしてその監獄のすぐ脇には、拷問部屋も。
「……クーデターを画策していたようだな、トレイター?」
「ぐっ……ぅ」
人が二人入るのがやっとくらいの小さな部屋が、王城の地下に存在する拷問部屋であった。
四方を壁に囲まれた、息の詰まるような場所である。くすんだ色の石畳は、幾人もの血を啜ったからであろうか。
無機質な壁が、まるでこちらを押しつぶそうとしているかのような圧迫感を感じさせる。
拷問部屋の空気は、地下であるからか酷く濁っていた。たまに吹いてくる風は、爽快感どころか不快感しか煽らない。
部屋を明るく照らす照明など在ろう筈もない。ただ妖しげに、蝋燭に灯された炎が揺れているだけである。
ぼんやりと小さな灯りで照らし出されたその拷問部屋には、一人の少女と、声にならない声を上げる男がいた。
椅子に縛り付けた男を、無慈悲なまでに鞭で叩きつけるその少女の顔は愉悦に塗れている。
くすくすと、可愛らしい――だがこんな場所には到底似つかわしくない笑い声が漏れていた。
その華奢な腕を振るう度に、手から伸びた棘つきの鞭が振るわれる。
それは鋭い牙を持つ蛇のように、男の身体をのたうち回り、牙を突き立て、肉を抉り、皮を捲り、暗い血をその皮膚に伝わせる。
加速度的に男の傷は増え、対して少女の顔が喜色に彩られていく。男の呻き声をかき消すように、少女は笑う。くすくすと。
その拷問は、まだ少女が為すとは到底思えないほどに痛ましい。男が鞭で抉られるのは肉だけではなく心もであろう。
既に彼の瞳の焦点は合っておらず、半ば意識を失っているに近い。
「やれやれ、まだまだギブアップには早いぞ、トレイター。なぁ……?」
くすくす、くすくす。酷く楽しそうに肩を揺らし、口の端を吊り上げた少女が、その端正な顔を男の顔へと近づけた。短く纏まった白銀の髪が、彼女の感情を表すかのように揺れる。
呻き声を上げる男の顎を愛おしそうに撫でた後、少女は側に置かれていた桶を手に取った。
木製のそれにたっぷり入っているのは冷水。躊躇いなく、少女はその水を男の顔にぶちまけた。
針を刺したような痛みが男の全身に広がり、傷口を侵していく。激痛に、男は意識を強制的に戻される。
「っ、ぶっ! ああぁぁあ……!」
「まだまだ夜はこれからだ。妾を精一杯愉しませろよ、トレイター」
「ひ、あ、う、うああああ……」
「情けない、実に情けない。クーデターの首謀者とは思えんな」
ガタガタと震え、この狂った場所から逃げだそうと男はもがく。だがそれは叶わぬ事、男はねずみ取りにかかった鼠も同然。
それでも必死にこの悪夢から逃れようとする男の姿に、少女は酷く楽しそうな、同時に薄ら寒いほど酷薄な笑みを浮かべた。
もがき、苦しみ、精根尽き果てた先に悪夢の終わりはないと知る――。この男が辿る道、そして今まで幾人もの輩が辿ってきた道。その道の先で、彼らがいずれ浮かべるであろう虚ろな瞳や貌。
また、それが見られるのだと思うと、笑わずにはいられない。
少女は鞭を床に叩きつける。乾いた大きな音が部屋に鳴り響き、男が情けない声を上げた。少女は哄笑する。
「怖いか、怖いか……トレイター! ははは、怖いのか! よく覚えておけ、これが私に盾突いた者の末路だ!」
助けてくれ、とぶつぶつ呟く男の姿に、少女の笑い声は更に大きくなる。
ああ、全く実に愉しい――。自分を軽んじた阿呆への懲罰。自分より二回り以上も年上の者を屈服させる悦び。跪く者たちの苦しげな顔は、嗜虐心を煽り、鞭を振るうことの幸せを教えてくれる。
「苦しいか! 辛いか! 死にたいか、トレイター! だが簡単には死なせない、それが私のやり方だ、くく、くふふふふ」
嗤いながら、鞭が振るわれる。哄笑と、鞭が身体を叩く乾いた音が断続的に響いていく。
肉も、心も削られていく地獄が続く。男は切れそうになる意識の中で、己の企てが端から成功するはずがなかったことを知った。この少女は狂っている。狂人相手に、何が出来ようというのか。
「ぅあ――」
――ぶつり、と。黒が視界を覆い、男の意識は途絶えた。
かくんと力なく男は項垂れる。意識を飛ばしただけでまだ息はあるが、彼に死が訪れるより先に、精神の崩壊が訪れるだろう。
「……ふん。妾に逆らわおうとさえしなければ、地獄を見ることもなかったというのに。まあ、家族の行く末を見ないだけマシと思うか?」
意識を飛ばした男の顎を蹴り上げつつ、短く鼻を鳴らした少女はつまらなさそうに呟いた。
彼女の名はセレイナ・フォン・ルメリア・ギュグレ。齢十五にして、ブルグント王国を統べる女王である。
機甲聖騎士ザイフリード 第四話【トライアングル】Bパート
女王セレイナは、タカ派として内外問わず有名な存在である。
その思想から、穏健派の先代父王とは度々対立していた事はよく知られている。
フランツァとの徹底抗戦を進言するセレイナと、対話による和平を求めた父王の間には、大きな確執があった。
王国軍上層部はセレイナ派に。政治を主とする者たちは父王派となり、直接的な争いはないにせよ、水面下で熾烈な争いが繰り広げられていたこともよく知られていることだ。
開戦当初、機甲騎士を農作業などに使っていただけのブルグントは、騎士団を組織し戦い慣れていたフランツァには大きく遅れを取っていた。
だが今、二国間の戦力バランスはほぼ互角、むしろブルグントが多少有利な状況となっている。
これは、セレイナが王位に就いてからのことだ。謎の死を遂げた父王の跡を継いだ彼女は、敵国の騎士キルデベルタのデータを元に量産型の機甲騎士クローヴェンを配備。
自分に絶対の忠誠を誓う軍部を巧みに扱い、各地での勝利を収めていったのである。
その甲斐あって、フランツァも大きな動きを見せることは出来なくなっている。
しかし同時に、戦火を国内各地に広げたことから彼女に対する批判も出てきてはいる。その一端に、彼女の年若さもまた含まれていた。
だが、そんなことはセレイナにとってはどうでも良いことだった。敵がいるならひねり潰せば良いだけなのだ。
先日この手で自ら罰を与えた男もまた、セレイナが戦火を拡大し、女王の座に就いていることについて異を唱え、クーデターを画策していた阿呆な貴族である。
「……」
しかし、そんなセレイナも最近多少の焦りを覚えてきていた。
未だ睨み合いの状態が続く、フランツァとの国家戦争。
元々我慢弱いセレイナは、遅々として何も進まない戦力拮抗の状態が何よりも嫌いだったのだ。
この状況を脱するには、何か大きなカード、切り札が手元に無ければならない。だが、それが一枚あるだけで、戦況は一気に変わるだろう。ブルグントはフランツァを制し、そしていずれは大陸をもその手中に収めることになる。
だからこそ、その切り札を早く見つけなければならないというのに……、
「輝素を利用した兵装の開発はまだ進まん……。第二世代クローヴェンの開発も遅れたままだ。阿呆共め、何のために研究費を回していると思っているんだ」
その身にはまだ巨大な王座に深々と身を沈め、頬杖をついたセレイナが苦々しげに呟いた。その瞳の色からは、彼女がいかに苛々しているかがよく見て取れる。
開発室の連中、後数週間内に結果を見せることが出来なければ楽しい楽しい地下部屋行きだ。
部下達への非情な処遇を決定したセレイナは、少しだけ晴れやかな顔になって王座に座り直した。
鞭は昨晩の男で飽きたから、磔車輪などが良いかもしれない。止まらない車輪に磔にされる者たちの苦悶に歪む顔を夢想して、幼き女王は小さく笑う。
「……開発を急がせることに変わりはないが、な」
足を組み、セレイナは艶然と呟く。その顔には、不遜な笑みが浮かんでいた。
◆
「……あー、なんもしてないな」
あの衝撃的な出来事――マナの口づけ――からほぼ一日以上経った。
何が何だかわからないうちにホールを転がるようにして出て行ってしまった雪人は、二人に合わす顔などあるはずもなく、ずっと自室に閉じこもっている。
その間、当然家事の一つもやっていない。いや、しかしそれより――。
(な、何だってんだ……あれ)
目を閉じ、脳裏にマナのことを思い浮かべるだけで、あの時の衝撃的な感触が鮮明に蘇ってくる。
唇は信じられないほど柔らかくて、すぐ近くにいるからか、早鐘を打つマナの鼓動も聞こえてくるような気がして。
頬を上気させ、瞳を潤ませたマナの表情は、今まで【迷惑な女】程度にしか考えていなかった印象を、根底から覆してしまうほどの破壊力を持っていた。あの表情は反則だと思う。
「……て、俺は何を考えてるんだ……」
こんな事があったからとはいえ、我ながら情けない。精神統一精神統一。
大事なのは落ち着いて、彼女たちの言っていたことを纏めることだ。
「……マナとミナの目的は、エウリューデ家の復興」
先代家長を失ってしまってからのエウリューデ家は、周りの貴族や国王に土地を根こそぎ奪われてしまったらしい。
残されたのは年端もいかない少女であるマナとミナ。後ろ盾もなかったのだから、そうなるのは当然と言えば当然の話ではある。
晴れて没落貴族の仲間入りを果たしてしまった家名をもう一度白日の元に返すため、マナ達は一つの決心をした。
手元に唯一残った最後の切り札、ザイフリードを利用することを。
だが、ザイフリードを駆るには二人では力不足だった。ザイフリードは誇り高き聖騎士。適合者を選ぶのだ。
そこで彼女らが考えついたのが、ミナの修めている巫道による召喚。こことは違う世界から、適合者を連れてくる――。
その結果、雪人がこの世界、ミッドガードに呼び出され、今こうして召使いじみた扱いをされているわけだ。
「無茶苦茶だ」
今までの出来事を頭の中で纏めてみて、雪人は疲れたように嘆息した。
本当に、何もかもが無茶苦茶と言わざるを得ない。自分たちでは出来ない事を、他の奴にやらせようなんて。
「でも、悩んだ結果があれなんだろうな」
マナの性格を見れば何となくの予想はつくが、彼女はきっと、ザイフリードを駆れない自分に憤っているに違いない。
同時に、易々とザイフリードを駆った自分に対する、若干の嫉妬の念を抱いていることも。
自分には出来ない。だから、それが可能な他人の力を借りる。
迷って、悩んで、散々時間を掛けた末に選んだ彼女たちの選択肢がそれならば――、
「――俺がやるべき事は、一つしかないか」
夜這い魔と呼ばれ、召使いにされ、口づけまでされ。振り回されてばかりではあるけれど。
元の世界に戻るためにはミナが修練を積むしかないわけで、結局彼女たちと行動を共にするなら、雪人の手元に残されたカードは一枚だけだ。
うっし、と自分に気合いを入れるように頬を叩き、雪人は一日ぶりに部屋の外へ出た。
◆
雪人のいない昼食。広いホールに、双子の姉妹が二人きり。
妹のミナ・エウリューデは、何も言葉を発しない双子の姉、マナを静かに見つめていた。
言いたいことは色々ある。何故雪人に口づけをしたのか。
まだ、会って間もない謎の少年に、易々と許して良いことだったのか。
その時、姉は何を考え、何を思っていたのか。そして、妙に自分の心がざわつくのは何故なのか。
訊きたいことも、言いたいことも、たくさんありすぎる。
だが生憎、ミナは口下手だった。快活な姉と違い、内向的で、静かに本を読んでいる方が好きなタイプだ。
それ故に巫道を志し、今こうしてここにいる。
「ミナ」
「は、はいっ」
突然マナが口を開いたので、応対が少し遅れた。
身内相手に何を緊張しているんだろうと改めて自分の事を情けなく思いつつ、ミナは姉の言葉を待つ。
「何か、考えてることとか、悩んでることとかあるんじゃない?」
「え……お姉様……」
「話してみなさいよ」
ふ、と口元に優しい笑みを浮かべて、マナが言った。
幼い頃、両親に叱られた時も、よくこうして二人で話した物だ。
マナはいつだって自分の事を気遣ってくれる、どんくさい自分を、姉の自分が守らなくちゃならないという使命感に駆られていたのだろう。
でも、今一番悩んでいるのは、マナの方じゃないのだろうか。
「お姉様こそ。悩んでいらっしゃるのでは……?」
「ん、そうね。……この選択は正しかったのかな」
この選択。雪人への口づけのことだろう。
「正しかった、かどうかはわかりません。まだ、これからどうなるか……」
「それもそうだけど、私さ、何であんなことしたんだろう」
「何でって……」
何で? そんなことを言われたって、自分にはわかるわけもない。
ただの召使いとしか見ていなかったはずの雪人に急に口づけをするなんて、マナの心情にどんな変化が起こったのか。
そんなこと、当人以外に誰がわかるというのだ。
「……ユキトのことは、何とも思ってないのに」
「何とも……思ってない……?」
「うん……多分ね」
困ったような笑みを浮かべて、マナは肩を竦めた。
何とも思っていないのに。ああいうことをするものなのだろうか。
わからない。全然わからない。姉が何を考えているかわからないし、何故かこの言葉に腹を立てている自分も全然わからない。
「私はただ、理由を作らせようと思っただけなんだけどね……。体が勝手に動いてた」
「……」
「笑っちゃうよね。貴族の息女たる者、そう易々と殿方に近づく物ではありません! って、お母様の言葉、全然わかってないんだから」
マナが乾いた笑みを見せる。自嘲げなその姿に、ミナは返す言葉を持たない。
「はぁ……。顔、合わせづらいよね」
「……お姉様」
「好きでもない人にあんなことされたら、やっぱり嫌なのかな」
さっきまで笑っていたのに、マナは一転して不安げな顔になる。
お姉様も、不安なんだ。それがわかると、ミナの心の中に燻っていたイライラは霧散した。
私が、いまここでお姉様の役に立たなくちゃいけないんだ。支えにならなくちゃ。
「お姉様、安心して下さい。ユキトはきっと……、やってくれます」
「ミナ……」
「お姉様の行為は、性急すぎたかも知れません。けど……、真に協力を仰ぐのなら、早いほうが良いです。ね?」
「……うん、ありがと、ミナ」
恥ずかしそうに笑った双子の姉は、嬉しそうに抱きついてきた。
ぎゅっ、と抱きしめられると、姉の良い匂いと、暖かな温もりが感じられる。
「そういえば、こういうのも久しぶりですね」
「うん、そうね」
父も母も死に、領地も財産も奪われ、二人はただ、忙しく過ぎていく日々を必死に生きるほか無かった。
二年の歳月を掛け、二人はとある計画に出ることになる。機甲聖騎士ザイフリードを以て、エウリューデの名に、栄光を再び取り戻す。
ここに行き着くまで遮二無二やってきた。こうやって、ゆったりと、姉妹での時を過ごすのは久方ぶりだ。
「ミナ」
「あ、お姉様、やめ……」
「良いじゃない、双子の姉妹なんだから、ね」
「ひゃぅ……」
マナの手が、ミナの身体をまさぐる。その動きに、ミナは悩ましげな吐息を漏らしてしまう。
それに気をよくしたマナは更にエスカレートしようと手を伸ばし――、
「なに、やってんだ……」
「ゆ、ユキト!?」
――ホールの入り口に立っていた雪人と目があった。
時が、止まる。
◆
「ホント。所詮は夜這い魔ね」
「だから違うって言ってんだろ」
「……」
一日ぶりの、三人での食事。まだ出会って間もない三人だが、それでも雪人の不在は一抹の寂しさを感じさせるものだった。
そんな事を考えている自分に辟易しつつ、マナは恐る恐る口を開いた。
「……それで、その。答えは、決まった?」
「ああ、決まった」
雪人は断言する。そんな彼を、マナは期待半分不安半分の入り交じった瞳で見つめた。
断られてしまったら、もう自分たちに残されている道は無いに等しい。
雪人は口を開こうとして……、そこで動きを止めた。そのまま、こちらに手が伸びてくる。
「な、にゃにっ……?」
噛んだ。緊張と、急に伸びてきた雪人の手に驚いて噛んでしまった。
恥ずかしさに頬を紅潮させたマナの頭に、ぽん、と雪人の手が置かれる。
「……な、何よ」
「いや。無理しなくて良いよ、ってこと」
「無理なんか……!」
していない、と言われれば嘘になる。
「お前も、結構苦しんだんだろ? 苦しんだ末の答えがあれなんだろ?」
「……」
「だったら、俺がやることは一つしかないからさ。やるよ」
はにかんだように雪人が笑った。ぽんぽん、と軽くマナの頭を撫でた後、雪人の手が遠ざかっていく。
それが少し名残惜しいように思え、マナは唇を噛んだ。
まったく、何でそんなこと考えるんだろう……。ユキトはただの夜這い魔なのに。
「マナ? ミナも……、あの、俺の答え聞いてたか?」
自分の表情がやけに硬かったことを気にしてなのか、雪人が心配そうな顔で覗き込んできた。
その距離が近すぎて、既に口づけた相手だというのに妙に気恥ずかしくなって、マナは反射的にビンタを食らわせてしまう。
「うぼぁっ!?」
「……あ、ごめん」
「い、いきなり何すんだこのバカ女!」
「バカ――! 召使いで夜這い魔……、夜這い召使いのくせに良い度胸じゃないの!」
流石に腹を立てたのか、雪人が噛みついてきた。当然、マナもそれに応える。
「ミナを見習ってお淑やかになったらどうだじゃじゃ馬女!」
「五月蠅いわよ! アンタこそ、もう少しその助平根性どうにかしなさいよ!」
「すけ――、お前な、全部不可抗力なんだよ!」
「大体私のベッドに入り込んでたのだって、全部が全部怪しいじゃないの!」
「あれはいきなりあそこに呼び出されたんだよ! ミナの制御ミスだろ!」
「妹のせいにするの!? 男のくせに!」
「いや純粋に事実を述べただけだ!」
「この私に夜這いしかけようとしたんだから、ちゃんと責任取って貰うわよ!」
「望むところだ! いくらでも責任取ってやる!」
「あ、そ、そう……って、え、あれ?」
「……なんかおかしくなってないか、話」
「と、ともかく、この破廉恥男!」
「う、うるさいわ高飛車女!」
罵詈雑言の応酬が続く。少しギクシャクしていた二人の関係も、また元に、むしろそれ以上のものに戻ったと言えるだろう。
悪口を言い合う二人の顔は、そうとは思えないほどに輝いていた。もはや、相手を打ち負かすほか無いのである。
「……」
そう、今だけは、互いのことしか頭に入っていないから。
二人は、ミナがいつもと少しだけ違うことに気付きはしなかった。
笑ってはいる。けれど、その笑顔は少しだけ、哀しそうなものだった。
◆
「わかった。下がれ」
「はっ」
昨晩の玩具が息絶えたという報告を受けたセレイナは、つまらなさそうな顔を見せて部下を下がらせた。
最近の玩具はどうにもこうにもギブアップが早い気がする。
そのせいでストレスが溜まり、余計酷い拷問を加えることになるという悪循環が続いているのだが、セレイナがそんなことを気にするはずもなかった。
所詮は玩具、補充はいくらだって利くのだから。
「陛下!」
「今度は何だ。妙に騒々しいな……」
先ほどの使いと入れ替わるようにして、伝令兵が駆けてくる。
セレイナは、不機嫌そうな視線で兵士を射貫く。その威圧感に兵士が萎縮したのを鼻で笑い、彼女は続きを促した。
「は、はいっ……、東部エウリューデ領付近に、十体のキルデベルタを確認! 東部一番砦に現存するクローヴェンは二体です! 至急増援を送るための許可を――」
「――ああ、いらんな」
「え……?」
慈悲もなく吐き捨てたセレイナに、兵士が戸惑いの色を見せた。
その姿が可笑しかったのかセレイナはもう一度笑い、諭すように言葉を紡いだ。
「聞こえなかったか? 増援を送る必要など無い、という意味だよ」
「で、ですが、それではエウリューデ領は……」
「ふむ。エウリューデについて何か知っているか?」
ニヤニヤと意地の悪い笑みを見せるセレイナが、謎かけのような感覚で兵士に問うた。
「い、いえ」
「あそこには何もない。エウリューデはもはや国が守るに値しない家なのだ。だから増援はいらん」
「しかし、そこを足がかりにされてしまっては」
「そこを取られようと問題はない。フランツァは攻められないさ」
何を根拠か断言するセレイナに、兵士は疑念の籠もった眼差しを投げかけた。
「おや、国王が信じられないか」
「そ、そんなことは……」
「……くく、今日の玩具は決まりかな?」
曲がりなりにも兵士だ。多少は嬲り甲斐のある玩具になるだろう。今夜のことを思い、セレイナは冷たく笑った。
それは、おおよそ少女には似つかない、冷酷な笑みだった。
続く!
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