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我々人間というものは馬鹿だから、足元に転がっている幸運は見過ごしてしまう。 そして、手の届かないようなものばかり追い求める。 byピンダロス(紀元前522年/紀元前518年 - 紀元前442年/紀元前438年) -第二章- “非日常エンカウンター” 「で、どうすんだよ。明日だろ?」 あの“イェーガー”と呼ばれる存在に会ってから二日が経過していた。あの日からシュタムファータァと何度か会話をしているが、心ここに在らずといった様子で、会話らしい会話はしていない。 「私は……ん、」 この台詞を何度聞いただろうか。言いたいことがあるのになかなか言い出せないような感じが伝わってくる。 二日前は完全に決心してたような表情だったのだが、イェーガーと会ったせいで揺らいでしまった…というより、萎縮したって感じか。 「なあ、シュタムファータァ」 俯いている彼女に呼び掛けるが、やはり考えが纏まらず思考が不安定なのだろう。オレが呼び掛けた数秒後にやっと返事が返ってくる。 「……あ、はい。なんでしょうヤスっちさん」 「この島を消すって言ってたけどさ。具体的にどうやって消すんだ?」 やはりオレが想像出来るのは、あのロボット状態になって壊滅させる…というのだが、それでは滅亡であって消滅とはなんだか違う気がしたのだ。 「…おそらくヤスっちさんが想像しているような、物理的な破壊手段を以て消すわけではないです。まあ、私も経験があるわけではないので詳しくは知らないのですが、地図上から大陸ごと綺麗に消し去ることが出来るそうです。我々リーゼンゲシュレヒトは」 それってかなり危なくないか?と思ってしまった。つまるところ、大陸を一つ消し去ることの出来る力を持った存在が、組織レベルの数で存在するというのだ。非常に恐ろしい。 「と言っても、多分我々リーゼンゲシュレヒトの固有能力でどうこうするって言う話じゃないと思いますけどね。事前に入念に準備を重ねているそうですから」 「そうなのか?」 思い当たる節がないわけでもない。この間椎名と話していた揺籃の急な発展に、地価や就職などの諸々のことを、 いつかくる揺籃の消滅のために揺籃から人を出させないように仕向けた…と考えれば、無理繰りな感じがしなくもないが、まぁ自分なりに納得は出来る。 「ですが、最終的な消滅にはそこを管理しているリーゼンゲシュレヒトによる行動が必要らしいのですが、さっきも言った通りあまり私は知らないんですよね」 オレがそれに相槌を打つと、再び互いに沈黙する。 「お前は…、何に、決心がつかないんだ?」 これ以上黙っていても仕方ないし、オレはシュタムファータァが言い易いように先を促してやることにした。期限は明日なのだから、ずっと悩んでるわけにもいかないだろう。 「私は、揺籃を見てきました。それこそ、ヤスっちさんより長く」 「そうか」と一言答えて、シュタムファータァの話に集中する。 「そして、色んな人を見てきました。そして…ヒトの優しさに触れました。だから、だから私は。今まで見てきた人たちや、千尋さんや孝明さん。それに…ヤスっちさんと二度と会えなくなるなんて、私は……嫌です。この島を消すのが…嫌です」 やっと、やっと二日間をかけて本心を話したか。まあ、オレが聞かなければ話さなかっただろうが。 「で、どうするんだ?」 出来るだけ真剣な眼で尋ねる。 「私は…、抗います。たとえそれが逃げているだけだとしても。私は、この島を消しません」 「…そうか」 シュタムファータァの眼は二日前と同じ、前を見据えているような、はっきりとした瞳だった。 「具体的にはどうするんだよ。イェーガーと直接会って話すんだろ?」 「えっと……考えてません……」 まぁ、そんなところだろうとは思った……が、今のシュタムファータァならこれでも充分な方だろう。 「(少なくとも、ここ二日間の意気消沈ぶりと比べたら、全然良いだろ……)」 それに、もうまったく関係がないというわけじゃない。 自分の島が…自分の命が危ういということなのだから。話を聞く限りでは島を中の人間ごと消すらしいが、要するにそれは死ぬということなのだろう。 「なあシュタムファータァ、イェーガーと会いに行くとき、オレも一緒に行っちゃ駄目か?」 「えぇ!?駄目、駄目ですよ!」 顔をぶんぶん振りながら激しく拒否するシュタムファータァ。 「なんでだよ、オレだってここまで話を知っちゃったんだし、別にいいだろうが」 「危険過ぎます!お忘れかもしれませんがアイツも私もリーゼンゲシュレヒト。いざとなったらあの形態になれるんですよ?そしてその戦闘になればヤスっちさんなんて瞬殺です!」 あの形態って言うのは、ロボットみたいな感じに変身したときのことだろう。たしかに、あれ同士が戦闘した場合、オレは無力どころか消し飛ぶ可能性もあるだろう。 「そんな危険なヤツなのか?会った瞬間に殺し合いなんてのはさすがにないだろ」 「どうですかね…。名前的に“狩人”ですし、顔も喧嘩っ早そうじゃなかったですか」 たしかに思い返してみれば見えなくもないかもしれないが。目付き悪かったし、髪色変だし……って、それはシュタムファータァも同じだったか…。 「なんにしろ、話さないことには始まらないだろ。本音言うなら、お前一人だと不安なんだよ」 また何かしら偶発的な要因で決心が揺らいでもらっても困るしな……。 「心配してくれるんですか!」 「自分の命と街が掛かってるんだ。そりゃ心配もする」 そう言い捨てたオレは椅子から立ち上がる。 「どこに行くんですか?」 「繁華街まで買い物に行くだけだ」 テーブルに置いてあった母さんからの置き書きを手に取る。 『暇だったらお使い頼みます』と書かれたメモ用紙には特に性急でないが、必要な物である生活雑貨の類が書かれていた。 「なら私もご一緒しますね!」 「お前は明日に備えて休んどけ。わざわざオレの買い物に付き合う必要はない」 不満気な顔をするシュタムファータァを強制的に守屋家へと返し、財布を持って家を出る。 自転車を走らせる気分ではなかったので、バスで行くことにする。 バスに揺られて30分くらいで、繁華街のショッピングモール前に到着する。 休日のショッピングモールは人に溢れており、活気に満ちていた。 明るくも騒がしい店内を歩き回り、目的の物を購入していく。 そして頼まれていた物をひとしきり買い終えたあと、前から見知った顔が歩いて来るのが見えた。 「……宮部か」 前をヘアピンで二つに分け、肩まで届く黒髪。帽子を被り、水色のタンクトップにデニムショートパンツ、という普段の制服からはにわかに想像出来ない女の子っぽい服装だった。 「珍しいわね、一人?」 「……ああ」 それに、普段の制服で見慣れてるせいか別人に見える…というより、別人のように可愛く見える。 「……お前、なんつーか、学校の時と全然違うな」 容姿も、雰囲気も。 「そりゃそうでしょ」と呆れるように宮部は笑った。 「私服と制服が雰囲気同じだった方が変じゃないかしら?安田だって制服のときと雰囲気違く見えるわよ?」 「……そんなもんか」 ……宮部 都(みやべみやこ)。オレや千尋のクラスの委員長で、少しながら交流があった、友人のような関係だ。正確も真面目一点の堅物…といった印象だったのだが、今の彼女はただ普通の女の子としか感じない。 「宮部は一人で来たのか?」 「違うわ。志帆と一緒に来てたんだけど、ここら辺ではぐれちゃってね。探してる途中に安田を見つけたってワケ。安田は?」 「オレは一人だ。生活雑貨とかを買いに来ただけだったからな」 オレがそう言った瞬間、宮部がいきなりオレの後ろ目掛けて手を振り始める。釣られて後ろを見てしまう。 「やっほ、都。それと…安田くん?」 ピンク色の髪を後ろで束ね、流行りのブランドのTシャツにジーンズというボーイッシュな格好のこの少女の名前は神崎志帆。この間自殺未遂…と勘違いして千尋が止めに行ったのが最初の出会い。と言っても、四日前の話なのだが。 「もう…何処行ってたのよ志帆」 「ごめんごめん、ついつい気になったのがあってさ」 こんな表情を見る宮部は初めて見た。いつも堅いイメージしかなかったから、意外というより新鮮だ。 だが、正直こういう雰囲気は苦手だ。 「んじゃ、オレは帰るな」 そう言ってそそくさと立ち去ろうとする…が、神崎に呼び止められる。 「安田くん、この後なんか用事とかある?」 「……無い」 お約束過ぎやしないだろうか。だが正直に答えてるということは、期待をしているということなのだろうか。 「じゃさ、私たちと一緒に来ない?勿論、安田くんがよければ…だけど」 神崎がこちらを見る。…神崎は男子に結構な人気がある。故に、いくらそういうのに疎いオレでも…やっぱり、可愛いと思ってしまう。 「…じゃあ、お言葉に甘えるわ」 そう素っ気なく返す。すると神崎は嬉しそうに笑った。 「やったねっ。じゃあ都に安田くん、服見に行くよ、服!」 そうして先頭を神崎に続いて宮部。その若干後方にオレという並びでショッピングモール内部の階段を登る。 「…ねぇ、安田」と、突然宮部が小さな声で話し掛けてくる。 「…なんだよ」 「正直意外だったわ。安田って、あんまり仲が深い人以外に関わりを避けてるイメージがあったから」 …まぁ、そのイメージは正しいだろう。自分自身のことはよくわかっている。 「単純に、オレに社交性が無いだけだろ」 「だから意外なの」 たしかにいつもの自分だったら断っていただろう。オレは社交性も無いし、愛想も良くない。尚且つそれが自分の欠点…というのはわかっているのだが、元来の性格というのはそうそう変えられるものでもない。それを宮部もわかっているから、疑問に思ったのだろう。 「(揺籃が消滅するかもしれないから、知人と会っておきたかってことなんだろうな)」 自分の中で、強引に決着を付けた。これ以上は、“今のオレ”が考えるべきではないだろう。 「あ、都と安田くんが仲良さげに私に内緒で話してるぞ。あぁ妬ましいぞ」 ふと前を見ると、先導していたはずの神崎が目の前におり、こちらをジト目で睨んでいた。 「……ねぇよ」 オレがボソっと呟いた言葉は、オレの隣りにいた宮部の声によって遮られた。 「無い!無いから志帆っ!私と安田が仲良いなんて、そんなこと!」 両手を前に出しながら必死に否定する宮部。必死すぎやしないか? 「うーん?随分と必死だねぇ都ちゃーん?」 「な、なによ志帆その目はっ」 仲良さげに口論する二人を置いて、とっとと先に進むことにする。 「あぁ、待ってよ安田くん!」 「ちょっと、志帆っ!」 ……頭痛ぇ。 その後約一時間ほど二人に付き合わされ、現在喫茶店で休憩中…というのが現在状況。 「じゃあ、神崎は兄貴といつも二人なのか」 「そうなのよー。ウチの両親、家にほとんどいないからねぇ」 神崎の両親は二人ともイギリスの日本大使館に勤めてるらしい。そんな職業に勤めてるからには、勿論家は裕福なそうで、それ故に兄貴さんと二人で日本で暮らすのを許してもらったのだそうな。 「そしてお兄ちゃんは売れない小説家で、親のスネを囓っている駄目人間なのでしたー」 「ひどい言い様ね…。まぁ、事実なんだけど」 神崎祐介というのが神崎志帆の兄貴さんらしい。雑誌に小さなコラムがある程度らしいが、現代文や小論文が得意じゃないオレからしてみればそれでも凄いと思える。まあ、得意な教科などないのだが。 しかし、神崎は意外とあけすけに家庭環境を話してくる。こういう人間だからきっと気さくな性格なのだろう。 そして残っている紅茶を飲み干し、ふと窓から外を見る……と、そこには、赤髪の長身の男が歩いているのが見えた。 「(アイツは……!)」 思わず席を立ってしまう。何事かと見る宮部と、不思議そうに見る神崎に対し、財布から千円札を抜き出しテーブルに置く。 「どうしたの?安田くん」 「悪い、急用。釣りはいらない」 そう言い残し急いで喫茶店を出る。ここでアイツを見逃すわけにはいかない。 シュタムファータァに話し合いを任せるのは非常に不安だと思っていた。オレには社交性はないが、話を聞いてもらえるくらいなら出来るかもしれない。 あの長身で赤髪だ。非常に目立つ風貌をこの休日の雑踏の中でも見つけるのは難しいことではなかった。 すぐさま走って追い越し、道を塞ぐように前に立つ。 「あん?お前…」 赤髪に、この鋭い獲物を射抜くような視線。やはり、あの男だ。 「“赤銅色の狩人”イェーガー…で、あってるな?」 そう尋ねると、男はあの張り付けたような笑顔を浮かべて、口を開いた。 「ああ。オレがイェーガーだが…何か用か?“罪深き始祖”の連れだったよなぁ、お前」 どうやらオレに対しては敬語ではないらしい。まぁ…当然か。シュタムファータァは同じ組織だし、初対面時のときはタメ口だったら明らかに怪しまれるだろう。 「話が、ある」 オレがそう一言簡潔に伝えると、男…イェーガーは笑顔から一瞬驚いたになり、そして面前臭そうな顔になり…最終的に真面目な顔になった。 「……まぁ、いいだろう。ここで話もなんだ。用件はそっちなんだから場所はオレが決めさせてもらうぜ」 「…わかった」 相手に場所を指定されるというのに、不安がないわけじゃあないが、こっちとしては話を聞いてもらうのだから文句は言えない。 イェーガーの案内で、繁華街を練り歩く。そして、立ち入り禁止の札がかかっていて、フェンスで一体が覆われている場所にたどり着いた。 「…ここは?」 「途中で開発が放棄されてる建物の区画だ。話し合いするには持ってこいだろ。他人には聞かせられねぇし、他人もここなら入ってこねぇしな」 そう言うとイェーガーは、フェンスの入口にかかっている鎖と南京錠を強引に引き千切り、入口を開け放ち中に入る。 その行動に面食らいながらも、オレもイェーガーに続いて中に入る。そしてイェーガーが中にある鉄骨に腰掛けた。 「さて、何の話なんだ?」 「単刀直入に聞く。なんで揺籃なんだ?」 オレがそう言うと、イェーガーはその台詞を予想してたかのように、呆れたような表情になり口を開いた。 「…… 子供には実感湧かねぇだろうがな、揺籃の消滅ってのは上からの命令でな。組織っていう以上は、上の命令にゃ逆らえないし、逆らわないもんだ。それが大人だ。  ましてや動機なんてな、オレや罪深き始祖みてぇな下っ端が知るはずもねぇし、知る必要もねぇし、気にすることもねぇんだよ。ただやることやって金もらって飯食って遊んで生きんのが、大人ってもんなんだよ、小僧」 理屈は理解出来るし、筋も通っている。だが…それで納得出来るはずはなかった。 「だけど、そんな上の命令にはいはい従ってるだけじゃ、自由なんかないだろ」 「ふざけんな餓鬼。んな上の…組織の命令に下っ端が逆らって得た自由ってのはな、自由じゃねぇ。無秩序だ。それに自由な時間ってのは最低限与えられてるし、自由な金も与えられてる。それ以上望むってのはその組織抜けるしか、ねぇさ」 それが正しい会社による常識的な仕事だったら納得しただろうが、今回は家族や友人の命がかかっている。納得なんて出来るはずもない。だが、これ以上イェーガーと話していても意味がないというのもわかった。 この男は、自分の行動に疑問を持っていないのだろう。自分はあくまでも役目を果たすだけ。その見返りで返ってくる金と娯楽のために、従順に、役目を果たすだけ。 「…わかった。…なら、これでオレの話は終わりだよ」 説得は、出来なかった。それでいいのかと言われれば、それでいいわけがない。だが、オレにはこれ以上アイツを説得させられる言葉は思い付かなかったし、それ以上に、何故なのだろうか。自分の命がかかっているというのに、簡単に諦めてしまっている自分がいた。 「そうか。んじゃま、冥土の土産は渡したし、死んでくれても構わねぇよな?」 オレがその台詞を理解するよりも早く、オレの足に襲いかかる衝撃。足払いされたのだったと気付いたときには体は宙に浮いており、イェーガーの肘が、オレの首元に突き刺さるところだった。 死ぬのか。と、その一言だけ感じた。走馬灯も、何もなかった。 そしてオレは、目をつぶった。…と同時に響き渡る鈍い衝撃音。 地面に無様にも倒れるオレの体。だが、意識が、あった。オレは、死んでなどいなかった。 体を地面に打ち付けた痛みを我慢し、状況の把握に務めるため顔を上げる。 そこには、片膝を地面に着いているイェーガーの姿があった。そして、オレの目の前に立つ新たな人影。 灰色の腰まで届く長い髪。さらに髪を横で二つで分けた…所謂ツーサイドアップという髪型で、衣服はフリルがヒラヒラ目立つワンピース…というより、あれはゴスロリだった。 ちなみに断じてツインテールではない。ツーサイドアップとツインテールでは大きな違いがある。オレの好み的に。 「(変態だ)」 おそらく自分の命を助けてくれたであろう恩人であったが、ふとそんなことを思ってしまった。 ……いや、マジで夏並の気温なのにゴスロリはないだろう。なんなんだコイツ。…コイツもリーゼンゲシュレヒトなのか? だとしたらリーゼンゲシュレヒトってのは全員変な髪色や変な服装してるのか?そんな格好しなきゃいけない規則でもあるのか? オレがそんなことを考えていると、イェーガーが立ち上がり、口を開いた。 「……お前、罪深き始祖の仲間ってわけでもなさそうだよな。誰だよ?」 灰色の髪の少女は、握り拳を前に突き出し、構えを取ると、口を開いた。 「“灰燼の掃除人”アーシェ」 そう一言告げると、アーシェと名乗った少女の姿が消え失せ、一瞬でイェーガーの背後に回った。 助走と遠心力をつけての渾身の蹴り。直撃すればただでは済みそうにないそれを、イェーガーは体を即座に右にずらして回避し、裏拳を叩き込む。 頭を反らして裏拳をマトリックスのように回避すると、そのまま両手を地面に着き、両足を鞭のように振り下ろす。勿論、スカートで。 「……カポエイラか」 正確にとは言えないが、テレビや漫画であういう動きをしていた気がした。だが、イェーガーはその蹴りを腕で受け止めると、後ろに跳躍し距離を取った。 アーシェも空中で一回転し着地し、体勢を立て直す。そして立て直したアーシェに襲いかかるイェーガーの姿が既にあった。 アーシェが体勢を立て直したところに襲いかかるイェーガーの左ストレート。速かった。拳のスピードもイェーガーのスピードも。 だが、その拳を上体を逸らすことでギリギリ回避したアーシェは、カウンターで膝蹴りをイェーガーに叩き込む。 そのままイェーガーの腹部に直撃するアーシェの膝蹴り。低く、鈍い音が響く。そして…イェーガーは空いていた右腕でアーシェの足を掴んだ。 「肉を斬らせて骨を断つってなぁ。華奢な嬢ちゃんには出来ねぇだろうよ」 アーシェの空いた片方のように襲いかかる足より早く、イェーガーはそのままアーシェの体を背中から地面に叩き付けた。 そしてイェーガーは片足を掴んだままアーシェを一回転させると、遠心力をつけて投げ飛ばした……かに見えたが、アーシェはイェーガーの腕を掴んだまま空中で体勢を立て直した。 「……お返し」 イェーガーの遠心力をも加算した回し蹴りが顔面に直撃する。そのまま吹き飛ばされるイェーガー。 「なあ…君は」 「まだです」 オレがアーシェに話し掛けると、彼女はそう言い切り、倒れているイェーガーに対し突進し、止どめを刺すかのようにかかと落としを見舞う。 「サービス終了だぜ、お嬢さん」 それを横に転がって避けたイェーガーは、起き上がりと同時にアッパーをかます。 回避出来ずに、直撃してしまうアーシェ。そして、イェーガーの左ストレートによる渾身の一撃が叩き込まれる。 咄嗟に両手でガードするアーシェだったが、空中だったため吹き飛ばされてしまう。 地面に叩き付けられ、そのまま転がってしまうが、なんとか停止し、体勢を立て直す。 だがさすがにダメージがデカかったのか、すぐに反撃には行かなかった。 「……痛ッ…。この筋肉馬鹿…」 「お、おい。大丈夫か?」 オレの台詞を振り切るように、イェーガーに対して突撃するアーシェ。足をグッと踏み込むと思ったら、最初に見せた目にも見えない動きで、イェーガーの背後に即座に回る。 だが、今度はイェーガーの足を狙った蹴りを放つ。イェーガーはそれを、前に突撃することで回避する。そう…オレに突貫することで、イェーガーは回避したのだった。 「…がッ…」 避けることなんて出来るわけがなかった。イェーガーの拳が腹部にめり込む。今まで感じたことのないような痛みが襲う。一気に吐き気と、意識が昏倒していく感覚……だが、なんとか歯を食いしばり踏ん張る。 「ほう……頑張ったな、坊主。一発耐えたのは正直驚いた」 「……死ねッ!」 後ろから接近していたアーシェが回し蹴りをイェーガーの顔面に叩き込むが、イェーガーは即座に腕でしっかりガードする。 「気になるねぇ。なんでお前みたいなリーゼンゲシュレヒトが、こいつを守ろうとするのか。“セカイの意志”でもないだろ、お前」 「貴方には関係がない」 一瞬の隙を突き、オレの体を抱えてイェーガーから距離を取るアーシェ。その小さな体と細い腕でよくオレを抱えられるな、と思った。 同時に情けないとも思ったが、ここでオレが意地を張ったってこの少女に迷惑がかかるだけというのはわかっていた。 「貴方はここにいて下さい」 そう言い残し、遥か遠くでこちらを待っているイェーガーに再び向かうアーシェ。 地面を蹴り、突進の勢いを込めた飛び蹴りを放つ。だが、それも体を横にずらし軽やかに回避する。着地したアーシェ背後から殴りかかるイェーガーの拳。 それを振り切ると同時にギリギリで避け、そのままの勢いで膝蹴りが放たれる。 空いていた片方の手でその蹴りを止められるが、アーシェも空いていた片方の足を跳躍と共に顔面に放つ。しかしそれもイェーガーの超人的な反応で先程振りかぶっていた腕でガードされる。 「早いな、オレに肉弾戦を挑むにはまだ未熟だよ、お前」 両腕を前に振り、アーシェの態勢が崩れる。そして生じた隙に対して叩き込まれるのは、イェーガーの全体重を込めたショルダータックル。 アーシェの小さな体が遥か後方に吹き飛び、作りかけの建造物の中に壁を突破り、中へと消える。 そして、イェーガーは服の汚れを払うと、口に煙草を咥えた。 「アーシェッ!」 遥か暗闇に消えた少女の名を呼ぶ。すぐさま安否を確かめたいのは山々だが、前にはイェーガーがいる。素直に通してはくれそうにない。 …いや、それどころか、今現在危ないのは自分の命。守ってくれた少女がいなくなった以上、守ってくれる存在はいないのだ。 「さて坊主。素直に死ぬか?」 「……嫌だな」 死ぬのは嫌だが…同時に胸の中を締めていく思いは諦め。何をやっても逃げられないだろうという、現実。 「うあああッ!」 拳を振りかぶり、イェーガーを正面に捉え、咆哮と共に突進する。 「オッケーだ坊主。戦おうとする気概は好きだぜ。それに免じて、一撃で吹き飛ばしてやるよ」 イェーガーがカウンターの構えを取る。 だが、オレはイェーガーの横を勢いよく通り過ぎた。 「あぁ?」 カウンターの構えを取りながら、呆気にとられたような声を出す。 オレはそのまま脇目も振らず、全力で走って先程空いた壁の穴に飛び込む。 「痛ッ!マジ痛い!」 瓦礫が体に当たり、鈍痛が走る。さらに先程受けたイェーガーの拳による腹の怪我も痛むが、今は彼女を探し、起こすのが先決だろう。 オレは最初からイェーガーと戦うつもりはなかった。喧嘩が人並みより弱い自分が突っ込むなんてそんな勇気はないし、勝てるなんて絶対にない。そんな自分今ここですべき行動は一つしかない。唯一イェーガーと対峙出来る、彼女を起こすことだ。 また会ったばかりの少女を、相手の攻撃を受けおそらく気を失っただろう少女を起こすのは気が引けるが、自分の命が掛かっている。なりふり構ってられなかった。 辺りを見回すと、瓦礫に横たわるようにして倒れ付している彼女の姿があった。 オレはすぐさま少女に近付き、顔を軽くはたく。 「おい…大丈夫か?おい!」 苦しそうに一瞬顔を歪め、ゆっくりと目を開く少女。 「……痛…、くっ」 頭を振り、ゆっくりとだが、しっかりと両の足で立ち上がる。 「イェーガーは?」 「まだ、いる」 少女は深いため息を吐くと、壁の穴から外に出た。 「ちょっと間抜けだったが意外と頭働かすのな、坊主。自分の命最優先ってのはいいと思うぜ。ヒトってのはそうでなくちゃなぁ」 アーシェはイェーガーの言葉を無視し、即座に突進し、ストレートに蹴りを放つ。 腹部に直撃するも、イェーガーは数歩よろめいただけで、そのまま足を掴み投げ飛ばす。 アーシェは空中で受け身を取るが、表情からして辛そうだ。まだダメージが残っているのだろう。 「(………いや)」 ここでアーシェを囮にして自分だけが逃げるという発想が浮かぶが、得策ではないことにすぐ思い当たる。イェーガーが大人しく逃がしてくれるとは思わないし、最悪アーシェがオレを見限るという可能性だってあるのだ。逃げるにしてもそれは今ではない。 だが、それにしたって今の状況は不利だ。アーシェよりイェーガーの方が明らかに強い。このままでは遠からずアーシェは負けてしまうだろう。そうなればオレを守る存在はいなくなってしまう。 「ぅあっ……!」 オレの近くに飛ばされるアーシェ。もうボロボロであるが、目にはまだ戦う意志は残っているようだった。 「やめとけって。オレに“生の肉弾戦”じゃあ勝てるヤツなんてそうそういねぇんだ。ここまで嬢ちゃんが戦えただけで充分すげぇからよ。死ぬ前にやめとけ」 だがアーシェはその言葉を振り切るかのように地面を勢い良く蹴り、イェーガーに向かっていく。そして地面から足が離れ、助走をつけた飛び蹴りが放たれる。 だが、イェーガーはその蹴りを片腕を盾にし受け止める。いくらイェーガーの尋常ではない耐久力の腕でも、アーシェの助走をつけた飛び蹴りを食らって無傷というわけではなかった。だが、イェーガーは一瞬顔を歪めながら残った片腕でアーシェを地面に叩き付け、組み伏せる。 「っが……離…せ…ッ!」 息も絶えながら必死に抵抗するアーシェ。だが、無情にもイェーガーはその細い首に片手を添える。 「これ以上抵抗するならお前の首の骨を折る。いくらリーゼンゲシュレヒトと言っても、致命傷だ」 だが、アーシェは抵抗を止めようとはしなかった。 オレは、何もせずただ現場を見ているだけだった。当然だ。ここでオレが止めにでも入ったら、オレが殺されるかもしれないのだから。 「待て待て、殺すな」 凛とした声が頭上から聞こえたと思った瞬間、イェーガーの体は視界から消え去っていた。 そして、間髪を入れず建物から轟音と大量の煙が舞い散る。 イェーガーは、突如現われた人物によって数十メートル先の建物に蹴り飛ばされた…という事実を、現われた人物の蹴りの構えを取っていたことから想像することしか出来なかった。 「まったくアーシェ。私の命令を遵守するのはいいが、別に自分の命まで懸ける必要はないんだぞ?」 そう言った現われた影は、白く長い髪を揺らしながらアーシェを助け起こす。 「アンタは…」 「私か?私はハーゼ。君を一度だけ守るように依頼された人物だ。まぁ、私が助けに入ったのは別料金として請求するがな」 ふふん、と勝ち誇ったように宣言するハーゼと名乗った女性。だが、気になるのはこの女の素性などではなかった。 「オレを守るように依頼?誰が?」 母さんや親父?馬鹿な、有り得るわけがない。おそらくコイツもリーゼンゲシュレヒト。そんな存在とオレの両親が関わっているはずがない。 だからこそ、誰だ?両親以外にオレを守ろうと依頼する人間なんて、思い付かない。 「依頼人は基本的に教えない主義でね、自分で探し当ててくれ」 そう言ってハーゼと呼ばれた女性は、アーシェを担ぎ上げる。 「さていくぞ少年。鳩尾を本気で蹴り飛ばしてやったからアイツはしばらくは起きて来ないさ」 くるりと体を反転させ、出口へと歩き出す。 「お、おい。イェーガーがあんなくらいで行動不能になるのかよ?」 「安心しろ。アイツは生の肉弾戦が強いだの言っていたが、私の方が数段強い」 今は、その言葉を信じるしかないだろう。オレはそれ以上何も聞くことはなく、ハーゼの後に続いて敷地を後にした。 そのまましばらく歩き、繁華街の憩いの場である、中央公園で立ち止まる。 「ここまでくれば大丈夫だろう。アイツは狩人。一度狩り損なった相手を間髪を入れず感情に任せて襲いに来ることはないさ」 その台詞を聞いたと同時に一気に肩の力が抜け、腹部に受けた一撃の痛みで顔を歪めてしまう。 「そうか。少年は腹に一撃食らったんだっけか。どれ、見せてみろ」 そう言ったハーゼはいきなりオレのTシャツをまくり上げ、腹部に手を当てる。 「おい!ちょっと何やって…!」 ひんやりとした女性の手触りと同時に、傷の痛みが段々と引いてゆく。 「……、何してるんだ?」 「“セカイ”を送り込んだだけだよ。人間の君の傷を直接治す効果はないが、新陳代謝を上げたり、痛みを和らげることは出来るさ」 オレの腹部から手を離し、まくり上がったTシャツを元に戻す。 「さて、私はこれで失礼するよ。縁があったならまた会うこともあるだろうよ」 「……助かった、サンキュ」 オレがそう珍しく心からの礼を言うと、彼女は意地悪そうな笑顔を作って口を開いた。 「安心しろ。きちんと別料金と治療費はいただくさ」 そう一言が聞こえたと共に、彼女の姿は雑踏に消えるように見えなくなった。 しばらくハーゼがいなくなった方向を見続けていた。 今日一日、ただの買い物に出かけたはずだったというのに、色んな事に巻き込まれ過ぎた。宮部たちに誘われたり、イェーガーに命を狙われ、アーシェやハーゼに助けられた。 「(リーゼンゲシュレヒトって、なんなんだよ…)」 そんなことを考えながら、帰路に着く。 シュタムファータァと会ってから…いや、シュタムファータァが来てからこの島はどうなってしまったのだろうか。リーゼンゲシュレヒトなんていう巨大ロボットになれるとかいうバカバカしい存在。ヒトとは違うなどと言う非常識な存在。 「(でも…紛れも無い現実)」 腹に残る僅かな痛み。その痛みが嫌が応でもリーゼンゲシュレヒトという存在を突き付けられているような気がした。 そうだ。自分は揺籃が消えるのを止めるためにイェーガーに話をしたのではなかった。 “イェーガーが一人の時に話を聞けば、ゲームセンターでの会話や、リーゼンゲシュレヒトという存在などが単なる二人だけの悪戯だった”のだとシュタムファータァではない誰かに言って欲しかっただけだった。 非常識を、非日常を否定して欲しかっただけだった。 だが、これでもう証明されてしまった。リーゼンゲシュレヒトという存在が。この揺籃が消えるということが。 まだ確実な物的証拠があるというわけではない。 だが、少なくともリーゼンゲシュレヒトと呼ばれる非常識な存在がこの島に四人も存在するのだ。そしてその中の三人は協力的…少なくともシュタムファータァだけは味方だろう。この状況を生かして、イェーガーをどうにか撃退する方法を考える方が建設的だろう。 自分なんかが何をやったって…とも思うが、こっちにはシュタムファータァがいる。少し不安ではあるが条件は対等なはずだ。ならば、シュタムファータァにこれからも揺籃側に付いていてもらうには誰かが彼女をサポートする必要があるだろう。 それに自分はイェーガーに狙われている存在。シュタムファータァに守ってもらう必要があるから丁度よくもある。彼女から離れても良いことはない。 「………」 気が付くともう住宅街に、自分の家の近くまで帰ってきていた。考え事に夢中になりすぎていて気付かなかった。 家に帰り、買い物袋をテーブルの上に置く。あれだけのことがあったというのに、買い物袋を忘れずに持ち帰っていたという事実に今さら気付き、軽く笑いが込み上げる。 そのまま自室に入り、ベッドに身を投げる。 「…そうだ」 シュタムファータァに明日は何時にイェーガーと会いに行くのか聞くのを忘れていた。教えてもらっていたシュタムファータァの携帯に電話を掛ける。 数回のコール音のあと、シュタムファータァに繋がる。 「シュタムファータァか?今電話しても平気だったか? 「はい、大丈夫ですよ」 シュタムファータァの声色は明るくしっかりとしていた。また心が揺らいでるのではないかと思ったが、どうやらその心配はいらなかったようだ。 「……今日、イェーガーに襲われた」 「えぇ!?な、何があったんですかっ!?」 非常に驚いているシュタムファータァに対し、冷静に事の顛末を話す。 「ハーゼにアーシェ…。知らない名前ですね。そこまで有名ではないか、セカイの意志に属してないか…どちらかはわかりませんが、今の問題はイェーガーです。今は考えないでおきましょう」 「…そうだな」 正直オレと同じ意見で助かった。今のシュタムファータァにはイェーガーのみに集中していてほしい。 「明日の十五時に揺籃島住宅地区南部の廃墟群で待ち合わせになってます」 「……廃墟群、か」 正直あの辺りはあんまり行きたくなかったのだが…、まぁ、そんなことを言っていられる場合ではないというのもわかっている。 「じゃあ、明日オレ早退するから。そこまで送ることぐらい、してもいいだろ?」 「……わかりました」 しぶしぶ、と言った様子でなんとか承諾してくれた。 「じゃあ、電話切るな。……また明日」 「はい、また明日」 最後は明るい声で電話が切れた。オレは携帯を机の上に放り投げ、深い眠りに落ちていった…。

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