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 B.Z.47 February
 『Rock 'n' Roll Rock Star』


 ずぶ濡れの酷い有様で店の扉を潜った客は、世界の悲惨をその瞳に映し、それを背負い続けているような空気を放っていた。
 それでいて、そのことを苦とも思っていない。そんな雰囲気を纏った無機質な少年だった。


 ロックンロールロックスターは、音楽を楽しむライブハウスだ。
 今日のライブはデルタブルース。アコースティックギターとハーモニカから奏でられるソウルフルな黒人霊歌は、故郷を失った流民たちの心にも郷愁と云う名の風を吹かせる。
「いらっしゃい」
 カウンター内で優しい旋律に耳を傾けながら、グラスを磨いていた十代前半の少年が、雨具代わりにしていたらしいコートを脱いで、カウンター席に腰掛けた同じく十代前半――カウンターの少年よりも更に年若いようだが――の少年へ笑顔を向けた。
「酒精の入った物を貰えるかな?」
「ここはそういう店やからええけど……」
 店員の少年の笑顔に一切の反応を返すこともなく、客の少年は酒を注文する。
 この世界には、国と云う概念がない。したがって、国が定めた法律もなく、当然にして飲酒に関する制限なども設けられていない。だから、少年が酒を頼んだ事実は、それ ほど驚くべきことではなかったが、なんとも緊張した表情であったことが気になった。
 だが、別に酒を飲むことに緊張しているわけではない。例えるならば、客の少年が緊張しているのは、生きることだ。
 生きてゆくという行為自体に、ひり付くような緊張感を持っている。まるで、この場が戦場だとでも言わんばかりの空気を纏っていた。
「……アンタみたいな人なら、こんなんがええかな」
 カウンター側の冷蔵庫から選び出した一本を取り出し、瓶の栓を抜いて少年に手渡す。
「まるで水みたいだ」
 口を付けた少年の第一声がそれだった。だが、間違ってはいない。
「おう。ミネラルフォーター、水やで」
「……僕は、酒をくれって言ったんだけど」
「水は大事なんやで、身体には特にな」
「そんなことは聞いてないよ」
 説教めいたことを言われても、客の少年は嫌な顔一つしない。それどころか、表情に変化すら生まれないのだ。
「酒は止めとけ。アンタ臭うで? 結構飲んでんやろ?」
「さて、どうだったかな……」
 惚けているというより、やはり感情が抜け落ちているような声だろう。
 自分が行なってきた歩みに、興味すらない。そういう声音だ。
「やれやれやな……アンタ、【ドラグーンランス《竜騎槍》】やろ?」
「僕を知ってる?」
「一匹狼、言うたら変かもしれんが、予科過程にも関わらずトランスジェニック手術を受け、学園唯一の恐竜因子保有者、一匹狼の暴君竜、通称〝竜王〟、予科生徒ながらに 学園屈指のオーパーツユーザー、ついでに世界的知名度のエイリアス持ちでもある。知らん筈あらへんて」
「そうかい」
 自分自身の勇名にも興味など抱かない。いや、抱けない。
「僕も、君のことは知ってるよ。善紅峰先生にチョッカイを出してるっていう。〝ある意味狂気の王〟経世逆襄だろう? ああいう女性に興味があるってのも問題だけど………そのうちリーンスタッドファンクラブの袋叩きにあう日も近いね」
「誰が〝在る意味狂気の王〟やっちゅうねんッ! 誤解じゃボケ」
「冗談、冗談さ」
 喚き立てる逆襄に反し、宿彌の反応は希薄だ。冗談だと言った自分自身が、まったく笑えてもいない。
「本当に知ってるよ。――まだ知名度は学園都市内レベルだけど、戦闘時のキレっぷりは有名だ。〝渋谷川暗渠街二百人殺し〟を始め、〝根悪侍怨軍掃討作戦〟とかね。学園都市で貴方の名前を聞かない場所はないよ。そうだろう? 【コンバットインセイン《戦闘狂人》】経世逆襄さん」
 呟くように言って、ミネラルフォーターの瓶越しに逆襄を流し見たが、次の瞬間には、何事もないように水へ口を付けている。なんとも掴みどころのない少年だった。
「そのうち全国区だよ。僕が保証する」
「ハッ、【ドラグーンランス】からのお墨付きかいな。こら買いかぶられたもんや」
「大したことじゃないよ」
 【ドラグーンランス】狗刀宿彌のお墨付きと言われて、彼自身は自嘲気味に笑う。
「なんや? 詰まらん顔して?」
「そうかな? いつもどおりだけどね」
 そう言われても、やはり表情に変化などなく、変わらぬ仕草でミネラルフォーターを飲むだけだ。
「そない腐った顔してか? アンタのいつもがどないか知らんが、ありえへんな。人生終わったみたいな顔してんで?」
 その瞬間、逆襄の言葉に対して、初めて宿彌が反応らしい反応を返した。
 身体にわずかな震えが奔り、掲げていた瓶をカウンターに下ろすと、誰に告げるでもなく、ただ呟く。
「終わったか……そうだね。似たようなものかな。僕の時間は、在る意味で終わってるんだ」
 自身の終わりに対しても、まったくもって他人事、だが、他人事のように感じる自分に酷い吐き気を覚えた。
 そんな感情を飲み下したくて、水を勢いよく煽る。
「………オーパーツの副作用、謂うやつか?」
 逆襄が真先に思い至ったのは、その可能性だった。
 確かに、もっとも在りえそうな事実だ。オーパーツユーザーには心がない。そういう話は、誰だって一度は耳にする。
「ああ、それも在るけど、終わってしまったのは、別れの辛さと、それを忘れてしまう愚かさ故……かな」
「なんや哲学的やんけ」
「そうかい?」
 初めて見せた表情の変化が苦笑、それを見て、ただ単にオーパーツによる感情の喪失を言っているのではないと、逆襄も短い人生経験の中で察していた。
 だからこそ、思ったとおりの言葉を優しさに包むこともせず、ただ告げる。
「せやけど、そうやって理屈で色々と押し込んで、辛気臭い顔に酒臭い息吐き出して、根暗な空気発しとったら、おもろくないのも頷けるわ」
 瓶の中で水が波紋を作るように揺れた。
「黙って注文を聞く、ということができないのかな?」
「おいおい、怒んなって」
 逆襄が肩を竦めながら微笑むのと同時に、宿彌は視線を下へ向けて顔を逸らした。
「いや、そうだな。ごめんよ。まさに事実を的確に捉えた意見だった。怒るのは、筋違いだね」
 先ほどまでの自身を喪失したともとれる冷静さを取り戻し、素直に謝罪を口にする。
 しかし、その台詞に逆襄が言葉を被せた。
「あ~ちゃうちゃう。そういうことやのうて……まぁ、なんや……」
 顎に手を当てて、口下手ながらに言葉を探しているようだった。数秒で宿彌へと視線を戻し、口を開く。
「ただな。狗刀的に、どんな結果であれ胸糞悪いんやろ? 自分の中でナンや決着でもつかん限り、人生を楽しめへん。俺は、お前の言葉からそういう感じがしたんや。―― それやったら、せめて馬鹿騒ぎができる方を選んだらええんとちゃうかなぁ……と思うてな」
「馬鹿騒ぎができる方……さて、それはどれのことかな……」
 本当に心底の疑問を告げた。
「俺に聴くなや。せやけど、まぁ、人間生きてたら楽しいことばかりやあらへん。その中でも最良の道を選び取れるのが、人間のいいところ、らしいで?」
「選び取る……か」
 その言葉を受けて、ほんのわずか、掌に熱が篭ったような気がした。それを逃したくないとでも云うように握り込む。
「ほら、コイツはオレの奢りや」
「あ、ああ、ありがとう」
 自らの拳を見詰めて、数十秒ほど呆けていると、逆襄がカクテルを作って宿彌に出してくれた。最初に注文したとおり、アルコールだ。
 今更になって用意してくれたのは、どういう心境の変化だろうか。兎も角、今はお互いに流れる空気が柔らかい。
「うぇッ、なんだいコレは? 卵の味がする」
「ロイヤルフィズや。力出るで」
 黄色く濁った液体に口を付けた宿彌が、眉を顰めて渋い顔を作り、それでも出された酒を飲もうと苦戦している。
 そうしている間も、逆襄はカウンター側から注文を聞いたり、他の客と雑談したり、ホールで演奏するバンドに手を振ったりしていた。
 しばらく眺めていると、逆襄が宿彌の許へ戻ってくる。
「楽しいかい?」
 透かさず、そんなことを聞いていた。
「あ?」
「リンク活動ってやつは、楽しいのかい?」
 その問いかけに対して、適当に答えるということをせず、真剣な面持ちで考え始める。
 逆襄が人の心を引き付けるのは、アウトローな空気の中に見え隠れする生真面目さの魅力かもしれない。
「せやなぁ……ブッチャけ、楽しいことばかりとちゃうな」
「そう、か」
「でも、そんなモンや。人生長いスパンで見れば、この時間は最高やで、嫌な思い出も含めてな」
 一瞬、沈んだ表情を見せた宿彌だったが、彼にとって妙とも云える返答に首を傾げた。
「嫌なことが、いいのかい?」
「嫌なことが……いや、ちっとちゃうけど……まぁ、そうやな」
 巧い言葉が見つからなかったのだろう。
 逆襄としては、嫌なことだが、そこで起こりえる事柄の一つ一つが貴いと言いたかったのだろうが、これでは嫌なことを全肯定した格好だ。
 今後の少年逆襄の将来にいらぬ噂が流れないことを切に祈ろう。
「そうか、リンク活動はいいのか……」
 もっとも、宿彌は、今の発言を気にしていないようだったが、リンク活動のことで少し思うところがあったようだ。
「経世」
「逆襄でええよ。狗刀」
「なら、僕も宿彌で」
「ああ、で? なんや、宿彌」
「いや……」
「言えや」
 そう問われて意を決した。彼にしては珍しい。今、宿彌は迷ったのだ。
「僕と、リンクを組まないか?」
「オレとか?」
「うん」
 覚悟と共に発した言葉には、熱い思いが篭っていて、相手にもそれが伝わる。
 宿彌には、逆襄という少年が、生きる力に溢れた存在に見えていた。だからこそ、彼と共に在ることで、自身の中にも揺り動くなにかを得られるのではないかと、知らず知らずのうちに淡い期待を抱いていた。
 だが、逆襄にもやるべきことはある。
「熱烈な誘いで悪いんやが、オレはここで、王神さんの跡を継がなアカンねん。それがおもろいし、恩返しみたいなモンと思うてる」
「そっか……」
 逆襄は、本当に申し訳なさそうに言葉を紡いだが、次の瞬間には、夢を語るような口調で、宿彌に明日《未来》の話を始めた。
「せやけど。オマエが本科移ってからリンク創る言うなら、オレも協力するで?」
「本当かい?」
「ああ、ダチとか紹介するし、オレらで組んでやったらええやろ。ロックンロールロックスター継いだら、オマエのリンクと組もうや」
 その言葉に、宿彌は何日ぶりかの笑顔を浮かべた。自分では気付けなかったが、逆襄には届いたのだから、その表情の意味は大きい。
「そうだね。それもいいかな」
「で? オマエと組んでくれそうなダチは?」
「ダチって?」
「ダチ言うたら友達やんけ」
「いないけど?」
「いない? 零ッ?」
「居たら、なにかの役に立つのかい?」
 心底疑問という顔で、友達の意味を逆襄に問いかける。
「役って………いや、オマエは根底から矯正せなアカンな」
「そうかい?」
「まぁ、ダチとつるんで遊ぶ楽しさってヤツは、オレがおいおい教えちゃる」
「そうか……それも楽しそうだね」
 自身の台詞に、軽い違和感を覚えた。だが、気分は悪くない。

 ――楽しい。僕は今、楽しいと言ったのだろうか? 不思議な感覚だ。こんな言葉を使ったのは、本当に久しぶりだ。日本語で言ったのは、初めてかもしれない。

 入店時よりも、表情が柔らかくなった宿彌を見て、逆襄からも自然と笑みが零れる。
「まぁ、楽しみにしとけや」
 宿彌は、逆襄の言葉を別れの挨拶と受け取って立ち上がると、財布から千W¢を取り出す。
「それじゃ、僕はもう行くよ。ご馳走様」
 そう言って、財布から出した代金をカウンターに置こうとしところで、逆襄が掌を翳して制した。
「金はいい言うてるやろが」
「本当にいいのかい?」
「男に二言はない」
「ありがとう」
 宿彌が、深々と頭を下げる。
「なんや大げさやな………」
 そう呟くと、なにかを思い出したようにしゃがみ込んだ逆襄は、しばらくカウンター下の棚を漁っていたが、やがて頭を上げて元の位置に戻った。
「それより、これ」
 カウンターの上に置かれたのは、メモ用紙とペンだ。
「これが?」
「連絡先を書けや。明日の授業が終わったら、面子集めに行こうぜ」
 その言葉に、宿彌は一瞬、唖然となった。
 もちろん、逆襄という人間性に触れた今、先ほどの言葉が社交辞令でないとわかってはいた。。
 だが、それでも、すぐに話を進めてくれるなどと都合よく解釈していなかった宿彌には、少なからぬ驚きだ。
「いいのかい?」
「男に二言以下略ッ! って何回言わすねん!」
「ははははははは、ごめんごめん」
 今度こそ本当にどれくらい振りかわからない。声を出して笑ったことなど、いつ以来だろう。
「なんや、笑いよって」
 声を軽く荒げた逆襄も、楽しげに微苦笑を浮かべている。
 そうして、互いが笑いながらもメモ用紙にペンを奔らせた。
「ここに連絡してよ。衛星携帯だ」
「オレは、コイツや」
 下半分に宿彌が、上半分に逆襄が電話番号を書いて、それを二つに裂いてお互いのポケットに収める。
「そいじゃ、仕事あがったら連絡するわ」
 そう言って、右の平手を出して横に溜めるように構えた。
「なに?」
 大げさに、がっくりと項垂れたのは、当然にして逆襄だ。
「なにちゃうやろ。――こっから矯正かいな」
 逆襄は苦笑しているが、それはそれで楽しいと見える。
 笑いながらも、宿彌の右手を指差した。
「ええか、オレが右の平手を出したら、そっちも透かさず同じように右の平手を出すんや」
 言われたとおりに、右手を溜めて横へ引いた状態で掲げる。
「それを打ち合わせるッ!」
 平手が、パァンッという軽快な音を発する。
「まだやで! 返す刀でもう一発ッ!」
 もう一度、カウンター席に乾いた快音を響かせる。
「したら、サムズアップした拳固を打つ合わせるッ!」
 それを聞いて、宿彌が勢いをつけた拳を逆襄のそれに打ち付けた。
 ゴッという打ち鳴らしが響く、どうにも骨を打ったような嫌な音であった。
「これで、いいの?」
「お、おう。ダチの挨拶みたいなもんやから、こんくらいできんとアカン………つか………イッテェェェェェェェェェェェェェェ!」
 当然だろう。骨が割れるような音だったのだ。痛くないわけがない。
 カウンター内で逆襄が悶絶していた。
「強い。自分強いて……もっと軽くでええっちゅうねん」
「ご、ごめん」
 またしても深々と頭を下げる。
「まぁ、ええて。とりあえず、電話するから」
「ああ、ありがとう」
 逆襄の態度に、宿彌が我知らずに礼の言葉を呟いた。
 その一言は、店内に響き渡るブルースハープの霊歌にたゆたい、誰にも届かず世界に溶ける。
「あ?」
「いや、なんでもないんだ」
 誰にも届かなかった事実に安堵しているのか、静かに笑顔を作って、宿彌が別れの言葉を告げる。
「じゃあ、さよなら」
「おう、後でな」
 その返答に、懐かしさがこみ上げた。
 ――後で、か……
 逆襄に軽く手を振って挨拶とし、背を向けた宿彌が出入り口へ歩きだす。

 そうだ。あの日、僕の時間は止まってしまった。
 でも、楽しいと云われることをやってみよう。そうすることで、得られるものがきっと在る。
 動かないより、動いていた方がいいに違いない。現在は、充足と語れる日々への道すがらなんだ。
 柄にもなくそう感じる。何故なら、数分という時間の中で、それを証明してくれた最初の〝ダチ〟が、今も、後ろで手を振ってくれているから。