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上にいるひと


 眼下では二つの勢力が拮抗していた。
 一つはビル内部に陣取って敵を迎え撃つチーム。もう一つはそのビルに籠ったチームが守るものを破壊しようとするチームだ。上からみると両者の動きがよく分かる。攻めるほうは大部分を正面にやって陽動をかけながら、精鋭部隊をたくみに動かし守り手の隙を突こうとする。反対に守るほうはそれを見抜いて、最小限の人数で正面を守りつつ単騎での戦闘にたけた面子を細かく動かして隙を見せない。
 長引くかもしれないな。向かいのビルの屋上からその様子を見下ろして、ダイナソアオーガン社長【イノセントカルバニア(純白髑髏)】篭森珠月は思った。
「私ならここでこっそり正面勢力の一部と精鋭部隊の面子を入れ替えて、陽動に見せかけた正面突破を狙うけどなぁ」
「カゴ、警備保障会社の社長である君が何故攻める戦法のほうを考えているんだ?」
 呆れたような声がした。振り向くと、上司である狗刀宿彌がこちらも無表情に眼下の戦闘風景を見下ろしていた。
「だって守りのほうが面白みがないんだもん。慎重なのは結構だけど、損害率あげちゃったら次の仕事に差し支えるのにね」
「新人の模擬戦なんてそんなものだよ」
 顔を見合わせて、二人は肩をすくめた。学園内に無数に存在するリンクの多くは企業の形態を取っている。企業が企業として成長するためには資金や力が必要だが、同じくらい人材が必要だ。だからどこのリンクも定期的、あるいは不定期に新人を入れる。その新人が即戦力となるようなら、入ってすぐに役職を与えることもある。だが、多くの新人はそうではない。彼らにはまだまだ教育が必要だ。
 というわけで、個々人の自主的な訓練とは別にリンクが新人研修を行うのはごくごく当たり前のことだ。それは校内最高峰のリンクの一つとされるダイナソアオーガンでも同じである。中でも目玉は、学園校外にある訓練施設で実際に顧客を守ることを想定して行われる大規模模擬戦だ。宿彌と珠月はその模擬戦の観察と、新入社員への激励のために通常業務を中断してここにきていた。観察と激励、というと儀礼的だが、実際には幹部候補の選抜の下見となめられないように適度に新人をしめておくという意味合いがある。
「おや、守りのほうが盛り返したかな」
「ひきつけて置いて叩く作戦か。典型的だが、悪くないね。今年の新人は、基本をベースに微調整を入れていくタイプらしい」
 新たな展開を見せる模擬戦を観察しながら、二人は笑みを浮かべた。レベルが違う相手の戦いぶりというのは、それが上にしろ下にしろ参考になる。自分たちでは絶対にしない動きだからだ。
「どっちが勝つと思う? 私、守りに賭ける」「じゃあ、僕は攻めるほうかな」
 眼下では激しい攻防戦が続いている。
「ちなみにカゴ。守るほうだとしたら、どういう手を打つ?」
「周辺被害とかそういうので規定がなくて何してもOKなら、わざと負けて敵を中に誘い込んだところでビルごと爆破する」
「それは警備保障会社のすべき行動じゃない」




 二時間後、ようやく決着がついた。ごたごたはあったものの、今回は守り手の勝負だ。まあ、警備会社なのだからそうでなくては困るのだが。
「私の勝ち」
「ぎりぎりだったけどね。もうちょい訓練しないと実戦には出せないな」
 金を渡しながら、宿彌は渋い顔をする。勿論、下にいる部下たちに間違っても見られないように渡す角度は計算している。
「まあね、訓練なら文句なしの及第点なんだけど、実戦っていうのは本当に何が起こるか分からないからね。世の中には色々な人間がいるし、それを抜きにしても確率っていうのは怖いから」
 珠月は頷く。事実は小説よりも奇なりとは使い古された言葉だが、事実の一端をついてはいる。起こってほしくない偶然というのは、一番嫌な時に限って起きるものだ。
「僕は市街戦中に地震に襲われたことがあるよ」
「私はトランプのカードを手裏剣みたいに投げてくる奴と対決する羽目になったことがある。ああいう何かに近い馬鹿って、予想の斜め下をいく行動取るから戦いにくいんだよね」
 互いに百戦錬磨の戦士ではあるが、それだけに思い出したくもない戦場というのを何度も経験している。いくら様々な場面を想定して訓練していても、現実は多くの場合それを嫌な方向に上回る。
 その時、宿彌の携帯電話が鳴った。宿彌は会話を中断して電話に出る。
『あ、お疲れ様です。会長。ただいま訓練終了いたしました。下のほうに降りてきていただけますか?』
 部下からの電話だった。電話越しでもきっちりと背筋を伸ばしているのが想像できるような生真面目な声が聞こえてくる。幹部の一人、【オイメロポロイ(金林檎隊長)】サムソン・スターリーだ。その後ろからは古参の部下の声がちらちらと漏れ聞こえる。
「ああ、分かった。すぐに行くよ」
「ねえ、宿彌」
 宿彌は顔を上げた。そこには悪戯っ子のような笑みを浮かべる珠月がいる。こういう珠月の分かりやすい表情というのは――ろくなことをしない時の表情だ。
「こう、最短ルートですばやく地上まで移動したら――――すごく格好いいと思わない? 丁度、受け止めてくれそうな人もいるし」
 屋上ぎりぎりに立つ珠月にならって、宿彌もビルの下を覗き込んだ。ビルで歪められた風が頬を打つ。眼下では部下たちが何かに使っていたらしいテントの生地か何かを畳んでいる。
「悪くないね。分かった。今からそっちに行く。受け止めて」
『かしこまりました』
 平然と電話越しに部下は承諾した。それを確認すると電話を持ったまま、宿彌は足を踏み出す。まるで地面の上を歩くような気軽さで、その脚は空を踏んだ。
「あらら」
 躊躇いなどない。宿彌はあっさりと地上数十メートルのビルから飛び降りた。それを見送って、珠月は肩をすくめる。
「本当にやっちゃうんだ。私の言うことなんて気軽に聞いちゃだめだよ、宿彌」
 聞こえるわけがない独り言を言って、珠月もゆっくりと一歩を踏み出した。




 驚愕したのは新人たちだった。
 『これから会長と社長に感想をお願いしたいと思います』というアナウンスだけでも驚いたというのに、その本人が自分たちの目の前にあるビルから振ってきたのだからなおさらだ。しかも二人ともパラシュートの類をつけている様子はない。一瞬、何が起こったのか分からず、新人たちはそろって空を見上げた。
 だが、古参の社員はまったく動揺しない。冷静にテントの屋根に使っていた布を広げ、気功で自分と布を強化する。間違っても布を取り落としたりしないようにするためだ。
 そこに携帯電話を持ったまま、宿彌が落ちてきた。一瞬でもタイミングがずれれば大けがに繋がるというのに、宿彌は気にした様子もない。予定調和と言わんばかりに布の上で一回跳ねて、そして地面に着地する。生身の人間ならそれでも衝撃で大けがをしているところだが、そこは同じように気功で自分の身体を強化して衝撃に耐える。
 優れた気功の技、度胸、そして部下との連携があって初めて可能な移動だ。気功だけでは着地しきれず、度胸だけではただの馬鹿、連携があっても能力不足なら死は確実。
「宣言通り、すぐに着いたよ」
 命の危険があったとは思えない落ち着いた声で、宿彌は言った。並みの人間が真似すればまず落ちた時点で精神が耐えきれず気絶、それに耐えても物理的に肉体が破壊されてしまうだろう。気功でとにかく体を強化すれば壊れることはないかもしれないが、その場合、落下地点の地面がえぐれることになる。だから、あらゆる意味で宿彌の登場は異常な方法なのだ。そして、それが妙に似合っている。
 ただの登場でそれだけの違いを見せつけたリンクのボスの姿に、自然と空気が緊張をはらむ。その数秒後、
「もう。私をおいていくなんて酷いな」
 何かがこすれるような音がした。同時に、ゆっくりと珠月が着地する。こちらは自力での着地だ。何かを滑り降りるか、あるいは踏み台にするように降りてきた珠月の姿に、ほとんどが目を瞬かせる。直後、何かが絡まるような音とともに珠月の手に細い鋼糸が集まってくる。
 タネを明かせば何のことはない。ミスティック能力で極細のワイヤーのようなものを操り、周囲の建物のわずかな隙間に引っかけてから、それをたどって降りてきただけのことだ。しかし、目にも入らない程度の極細の糸を何百も手足のように操るのは、優れた操作系の能力者でも難しい。操るものが多数あっても、それを操作するのは本人の脳だからだ。下手をすれば力の分散に失敗して糸が切れるか、糸と糸を絡めて操作不能にしてしまうか、もっと間抜けな奴なら自分の手足を切断してしまう。どちらにしても、上空数十メートルでそれをやれば致命的だ。
 珠月の手に集まった糸は勝手に絡み合って一本の細い鞭のようなロープのようなものになる。興味なさそうに珠月がそれを投げ出すと、丁度地面に降り立った白骨がそれを受け取った。この白骨、骨のくせにきちんとスーツを来て帽子までかぶっている。これもまた珠月が操る彼女の従者アーサーだ。アーサーは糸の塊を受け取ると、代わりに日傘をさし出した。くるりと傘を回して珠月はそれを受け取る。
 完璧に演出された登場に、宿彌とは違う意味で周囲の視線が釘付けになった。
「会長、社長……お早いお着きで」
 力強さと部下との連携、周囲への信頼を見せつけた宿彌と、能力の高さと劇場的な優美さ、単騎での機動力を見せつけた珠月。二人の過激な登場のショックからいち早く立ちあがったのは、やはり古参の部下だった。
「さて、みなさん。ご紹介します。見て分かるとは思いますが、こちらが会長の狗刀宿彌様と社長の篭森珠月様です。性格に関しても、今の登場でよく分かったと思います」
「なんだい、その紹介は?」
「含むものを感じるねぇ」
 返事はない。ざわめきすらない。
 新人はそろって空気に飲まれている。通常、大多数対数人の対面というものは大多数の方に流れがあるものだ。まして戦闘訓練直後の興奮状態ならなおのこと。だが、初めの意表を突く登場で場の主導権は一瞬にして宿彌と珠月に移ってしまっている。そのことを感じていても、新人たちにはそれを変えるほどの技量も理由もない。
「皆、御苦労さま。上で見させてもらった」
 主導権を握ったまま、宿彌が口を開く。普段なら真っ先に喋りはじめる珠月は、今回は宿彌の顔を立てて一歩下がった位置にたたずんでいる。だが、ビジュアル的な問題でその姿は無視しがたい。いけないと分かっていながらも、新人の視線がちらちらとそちらに向く。サムソンは咎めるような視線を向けるが、宿彌は気にしない。
「まだまだ甘い部分も多いけど、全体的に悪くない。よく頑張ってるね。ねえ、カゴ」
「うん、まあね」
 話を振られて珠月はゆっくりと視線を上げた。血色の瞳に見つめられて、居並ぶ新人に緊張が走る。別に珠月の機嫌が悪いわけでも新人に後ろめたいところがあるわけでもないが、深く強い色の瞳というのは他人を緊張させる効果がある。
 珠月は各新人が胸につけている番号札に目をやった。
「えーと、8番の人?」
 名前で呼ぶことすらしない。気だるそうな声と横柄な態度に、古参の部下は首をすくめる。機嫌が悪いわけではない。特に興味がないことに対する珠月の態度は、これがデフォルトだ。
「中盤付近だけど、なぜあそこで敵をもっと味方のほうに引きつけなかったの? 付近に味方がいる場合は、そっちと合流したほうが楽じゃない?」
「え……そ、それは指令を受ける暇がなくて、その、引きつけていいものか悩んだからです。もしも近くの味方に余裕がないなら、引きつけてしまえば味方の普段になります」
 名指しされた少年は、これ以上ないくらいに背筋を引き延ばして答えた。しかし、珠月の返事は冷淡だ。
「それは実力が拮抗してる時に言おうね。あなたが倒れるほうがよほど損害だ。今回は乗り切ったからよいとして、次は気をつけるように。それから11番」
 次に名指しされた少女は青ざめ、解放された少年はため息をつく。珠月は気にしない。淡々と、だが気遣いの欠片も見せずに純粋に疑問をぶつけ、注意点を指摘する。
「狙撃の腕のほうは問題ない。ただ、弾交換に時間がかかり過ぎる。少なくとも現段階の七割程度の時間で交換を完了できないと実戦では使いものにならないよ。それから、5番。分かってると思うけど、空薬きょうをばらまくな。自分のいる位置や弾の残り数を推測されるし、味方が足をとられるリスクが高まる。後、裏口のブービートラップかけた担当者は誰? なぜトイレの窓に同じ仕掛けをしなかったの? それから」
 怒涛のような注意が飛んでくる。気だるそうな態度と不真面目な観戦ぶりからてっきり見ていなかったのだと思っていた新人たちは、あっけにとられた。そして、指摘が正しいことに気づいて青ざめる。目の前にいるのはどれだけふざけた格好と態度でも自分たちの上官に当たるのだ。そして自分たちは、さぼり魔で不真面目と評判のこの上司にすら負けている。空気が憂いを帯び始めたその時、ごんと景気のよい音が響いた。
「!?」
 ばったりと珠月の身体が倒れる。日傘がごろりと転がった。
「~~~~~~!!」
「新人に言いすぎ。落ち込ませてどうするんだい? ミヅキ」
 珠月の後頭部に手刀を打ちこんだ宿彌は、痛みに悶絶する珠月を見下ろして静かに言った。停滞しかけた空気が変わる。頭を押さえて座り込んだ珠月は、次の瞬間勢いよく立ちあがった。
「――――っ、痛いよ! 宿彌は敵以外の女の子に手を上げないのに、私には上げるなんて酷いよ! 差別だ!!」
「僕としては手を上げなくても済む部下でいてほしいよ。それと、確かに珠月の指摘は間違ってない。けど、君だって普段完璧な仕事をしてるわけじゃないだろ?」
「してるよ! 値段よりちょっといいくらいの仕事をして、成果出してるもん! リピーターはきても苦情が来たことはないし。ただいつも仕事が早いから定時に帰ったり、昼寝したりする余裕があるのは認めるけど!」
「働け」
「働いてるよ! 業務外の時間だって私は色々やってるんだよ!? 宿彌が苦手な根回しとか根回しとか接待とか社交とか!!」
「ほの暗い事実を大声で叫ばないように」
 騒ぐ珠月に対し、どこまでも宿彌は冷静だ。一転してコミカルになった空気に、新人たちは顔を見合わせる。そして小さく噴き出した。珠月は子どもっぽく頬を膨らませて『みせる』。
「宿彌のせいで、部下たちはみんな私が仕事を全然してないと思ってるんだよ? 酷い。泣いちゃうよ?」
「年休使いきってろくでもないことをしてるのは事実だろう?」
「き、きちんと還元してるじゃん。東区全体に。私のおかげでどれだけの争いごとが回避できると思ってるの!? それにやむをえない事情で年休超えて休むときは懲罰金だって払ってるし、無断で遅刻や欠席したこともないんだよ? サムソン、宿彌が酷いよ!! 虐めるよ!!」
「……人間、日頃の行いが大事といいましてですね、社長。その、あの……たまには真面目な仕事ぶりを見せるというのも大事かと」
 サムソンは精いっぱいのフォローをした。しかし、根が正直なサムソンのこと。うっすらと本音が透けて見えている。フォローになり切れていない。
 ついさっきまできつい説教をしていた上司が子どもっぽく喚く姿に、小さく笑いが起きる。視線が今度こそ完全に集まったところで、再び宿彌が批評の続きを始めた。今度は初めよりは突っ込んだ内容だが、珠月のように辛口ではないため新人も真摯に聞いている。それを眺めながら、サムソンはため息をついた。
「流石、というんでしょうか。こういうのも」
「何がですか?」
 近くに控えていた直属の部下が返事をする。サムソンは少し離れた場所に二人の上司を視線で指示した。
「あのお二人です。一番上という立場は人望がなくてはいけません。みんなが慕い、あのようでありたいと思う人間でいることが大切です。しかし同時に責任ある役割というものは、時には苦言をいうことも必要ですし、汚いことをしないといけない時もあります。優秀すぎれば部下がそれに頼り切って士気が落ちますし、無能であればなめられ統率が身だえます。優秀で親愛を寄せたくなる人柄でありながら、少し欠点もあり、自分たちが支えてあげないといけないと思う。その反面、冷徹な判断や汚い仕事をする醜さも必要。とてもバランスを取るのが難しい。そういう役回りを、あの人たちはうまく分担してやってると思いませんか?」
「確かに。真面目で有能なトップとちょっと不真面目な№2でいい組み合わせです。社長は辛口で不真面目な憎まれ役ですが、それを会長が叱ることでコミカルな雰囲気を出して不満の矛先をそらしています。同時に会長の方は適度に社長がからむことで融通がきかないという先入観を壊し、親しみを持たせることに成功しているようにみえます」
「加えてあの登場で一気に空気を持って行きました。どんな自己紹介より自慢より、あの登場はお二人の能力の高さと性格を見せつけたでしょう。流石に篭森社長は効果的な演出方法というものを心得ていますね」
「あの人、見栄で半分生きてる感じですよね」
 部下の社長評論にサムソンは苦笑した。たしかに珠月は見た目のインパクトを大事にする傾向があるが、その反面、根回しやぎりぎりグレーな行為など陽の当らない仕事も得意だし、それをすることに躊躇いがない。逆に宿彌は外を飾らないが、真摯に内部と向き合おうとする生真面目があり、それが元からの優秀さと相まって人を引き付ける魅力となっている。なるほど、よい組み合わせだ。
 視線の先では宿彌の批評と、不満顔で日傘を拾う珠月の姿がある。
「北や南にいくとあの役回りが逆転するんですけどねぇ」
「確かに。ちょっとあれなボスとそれを支える真面目な部下ですからね。あちらは」
 他の区画は女性陣がしっかりとしている傾向がある。
「でも、悪くないですよね」
 続く部下の言葉に、サムソンは微笑んで見せた。
「ええ、勿論。だからこそここにいるのです」


おわり