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最終話:【Kind of Machine】

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ParaBellum

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 渚に面した静かな場所だった。太陽の光は優しく、植えられた木々の間からやんわりと芝生を照らしていた。
 その中で、人々はそれぞれ思い思いに過ごしていた。
 ここで知り合った者同士と語らい、訪れた家族と抱擁し、自ら歩けない者は看護師に車椅子を押され、のんびりと日だまりを堪能していた。
 都市部からは離れていた為か、この場所、この病院は、非常に静かな空気に包まれていた。



 最終話:【Kind of Machine】



 入院病棟は空調が行き届いている。常に気温は一定であり、中では季節の変化など一切感じない。暑くも無く寒くも無く。あえて言えば快適そのものである。
 リノリウムの長い廊下には個室が並んでいた。とても静かで、そして何処か陰欝な空気が漂う場所。重傷患者の病棟だ。
 その一角、ある部屋。そこで話す二人の男。部屋の患者を表すネームプレートには、こう書かれている。
 アリサ・グレンパーク、と。

「……彼女がオリジナルのアリサか」
「そうだ」

 ベッドがあった。
 そこに寝ている少女は痩せ細った身体から無数のチューブを伸ばし、目を閉じたまま眠り続けている。周囲の機器は彼女の身体の、ほんの些細な変化も見逃すまいと、常に神経を尖らせている。
 喉から直接栄養を摂取し、カテーテルから自動で排泄し、朝も夜も、意識すらも無い。文字通り、生きているだけだった。

「四年間も植物状態か。気の毒な事だ」
「私にとってはたった四年だが……。アリサにとっては重要な時間だったろう。とても大切な、人生にとって大切な時間だったはずだ……」
「だろうな……」

 寝ている少女、オリジナルのアリサを前に、二人の男は話し続ける。
 赤い髪のヘンヨと、白髪の老人。

「申し訳ないが、お前の依頼は受けられなかったぞ。キース」
「そうか。いろいろと迷惑をかけたな」

 失踪したアリサの祖父、キース・グレンパーク。ヘンヨが捜していた人物。

「なぜ此処に居ると?」
「簡単な話だった。家にも居ない。研究所にも居ない。なら、あとは此処しかない」
「囮では騙されなかったか……」
「トライゼンに殺された奴か。むしろ奴が教えてくれたよ。
 あれほど痛め付けられて叫び声一つ上げないのは不自然過ぎる。だから気付いたんだ。あれは偽物だってな」
「彼には悪い事をしたな」
「例の『ゼロの人間』を改良した奴だろう。おそらく何をされてるかすら解らないままだったはずだ。トライゼンは騙されたようだがな」
「君には通用しなかったか」

 キースは俯いていた。だが、言葉遣いはしっかりとした物であり、驚いた様子もうろたえる様子も無い。
 悟っていたのだろう。いずれ見つかると。

「君はどこまで感づいた? 私が……何をしようとしてたか」
「まだ推測だが、お前はおそらく、アリサの失われた時間を取り戻そうとしていた」
「ふむ……」
「それだけじゃない。アリサそのものを再生しようとした。お前の家にあったアンドロイドのボディ。サイボーグ。
 全部その為だろう。だが、アンドロイドじゃ無理だった。サイボーグボディも、肝心のアリサ本人が意識不明では意味がない」
「そうだ。そして私は……」
「人間の完全再現を思いたった。一人では手に余るから、トライゼンをたぶらかして研究施設と予算を出させた」
「正解だ」

 ヘンヨは外へ行こうと言い、二人は病室を出る。
 長い廊下を歩きながら、会話は続く。

「私が失踪した理由はなんだと思う?」
「簡単だ。ビビっただけだろう」
「その通りだよ。情けない話だが……」
「お前は研究にのめり込み、完成とは言えないがアリサの再生に成功した。
 だが、途中から『ただの実験体であるアリサ』に別の感情を抱いた」

 ヘンヨは写真を取り出した。笑顔のアリサと、酷く暗い表情のキースが写っている一枚の写真。
 キースの家のリビングから拝借してきた物。

「お前は、あのアリサに愛情を抱いた。無理からぬ事でもある。あのアリサは本物の孫として造られたから。
 ただの実験体と思っていたが、その感情を抱いてしまい、お前は罪悪感を覚えた」
「そうだ」
「お前はそのアリサの運命を知っていた。記憶は移し替えられ、やがて別のアリサになる。だが、前のアリサには無惨な最後が待っている。
 それをやり続けて来た事を思い出して、お前は恐れた。自分がどんな事をしているのかを改めて自覚した」
「うむ……」
「要するにビビったんだ。そして逃げ出した。俺にアリサを押し付けて。そして、アリサのデータが入ったメモリーをトライゼンから護る為に」
「私は……トライゼンのようには割り切れなかった。だから……」
「自分の孫を看取るのに赤の他人を選んだんだ。お前も十分悪党だ」
「……返す言葉も無いな」

 二人は病院の中庭に出た。日だまりがあった。並べられたベンチは太陽の光を受け、白く塗られたそれは透明感すら感じさせる程に輝いていた。
 穏やかだった。静かで、柔らかい空気と光が満ちていた。
 二人はベンチに腰掛ける。ヘンヨはタバコを取り出し、一口大きく吸い込んだ。
 横に設置去れていた灰皿に灰を落とし、また一口。

 キースは黙ったままだった。ヘンヨが話し出すのを待っていたが、生憎ヘンヨは自ら語り出すタイプではない。
 黙っていれば、相手は必要な事を喋りだす。

「アリサは……。アリサはどうしている?」
「今は家に居る。色々あったからな。落ち着く時間が必要だ」
「そうか……」
「そのアリサを連れて来ようと思ったんだがな。どの面下げて会っていいか解らないそうだ。向こうに落ち度は無いんだが」
「……」
「彼女は運命を受け入れようと必死だったよ」
「そうか……」

 キースは弱々しく返した。恐らく彼の心にあったのは、罪悪感。
 人間を造る。それが何を生み出すか。

「私は……。人間を機械のように考えていた……。バイオマテリアルを開発してから……ずっと……」
「だろうな」
「人間は物じゃないんだ。だが、それに気付いた時、私は自分の罪に潰れそうになった。恐ろしくなったんだ。人間とは……機械ではないのだ」
「お前が書いたレポートを読んだ。終始その事ばかり書いていたな」
「人間とは何なのだ? 機械とは何なのだ? 私は……それが解らなくなっていたんだ」
「人間と機械の区別なんて簡単だ。どれだけ人間らしく生きるか。それだけだ。
 俺は昔、命令されるがままに何でもやった。誰だって始末したし、地獄のような場所にも平気で行った。
 どんな奴だって殺した。要人だろうが、ただのガキだろうが……。
 だが、途中で気付いたんだ。俺は命令されて動いてるだけだってな。スイッチ押せば作動するのと同じだ。これなら、街を歩いているアンドロイドのほうがよほど人間らしい。
 俺は機械じゃない。それに気づいたら、俺は軍に居る事が恐ろしくなった」
「それが退役した理由かね?」
「そんな所だ」

 ヘンヨの過去。スレッジを通じ、多少の情報を得ていたキースではあったが、軍を辞めた理由までは知らない。
 要するに、ヘンヨは機械だった。そう思われていなくても、実態はそうだった。
 指令一つで仕事をこなし、壊れたら、交換される。
 そんな生き方をヘンヨは機械と同じだと言った。そして、そこから逃げ出す為に、軍を辞めたのだ。一種の機械から、人間となる為に。

「お前にとってあのアリサは機械だったかもしれない。だが、彼女は人間として生きている。少なくとも、俺よりは人間らしい生き方だ」
「君よりも……か」
「実はアリサからメッセージがある」
「……何?」
「向こうはまだお前と会えないそうだ。感情の整理にてこずっている。
 だが、『まだおじいちゃんと呼んでいいですか』だそうだ」
「……」
「お前が思ってる以上に、あのアリサは強い。いずれ元の我が儘なガキに戻るさ」
「我が儘では無かったがな……」
「俺にはそうだった」

 キースは俯いた。ある意味で許された気分になったが、それで自分の罪が消えたとも思っていない。
 それに、最後の罪はまだ先にある。アリサには、凄惨な死に様が待っているはずなのだ。

「私は……。私はどうすれば……」
「腹くくるんだな。多分いずれ会いに来るぞ」
「アリサが……。私に会いに……」
「ああ」
「君はどうなのだ。どう思う? 私は……彼女に会う権利があるのか……?」
「俺の知った事じゃない。お前達が決めるべき事だ」

 ヘンヨは煙草の煙と一緒に、言葉を吐き出す。
 ヘタな慰めはしないし、出来もしない助言をする事もない。それが一番いいと思っているからだ。

「アリサ……」
「とりあえず、俺はお前を見つけた事で仕事は終わりだ。後は関知しない」
「アリサの最後は……私が見ろと?」
「当然だろう」
「そうか……。そうだな。その通りだ」
「お前の依頼は受けていない。元から俺が世話する義理もない」
「全くだ。我が儘を言っていたのは私だ……」
「自分の家族だろう。お前の役目だ」

 家族。ヘンヨには縁の無い言葉。キースには、これ以上ない程の大切な言葉。
 それの為に、彼は「神の技」の再現に手を付けたのだ。
 そして、それから逃げ出した。全ての責任を放棄して。
 それが今、再びキースの前に突き付けられている。

「四年前……。私は全て失った。そこで私は狂ったんだ。私は……」
「懺悔のつもりなら相手を間違えてる。やっちまった事は変わらないさ」
「私は変えようとした。でも、結局は出来なかった。新しい事が起きたが、それだけだった」
「だから逃げ出したんだろ? 恐ろしくて」
「そうだ。私は……」

 ヘンヨはタバコを灰皿に投げる。水が貼ってある灰皿はじゅっ、と音を立てた。

「アンダースからもメッセージがある」
「アンダースから……?」
「ああ。知り合いの医師とチマチマ何かやっていたらしい」

 キースは何事かという表情になる。
 そして語られる、希望の一言。

「アリサのテロメアーゼ活性に成功したそうだ。細胞の寿命は正常化したとさ。あとは、お前達で決めろ」





エピローグへ続く――


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