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グラウンド・ゼロ 第12話

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ParaBellum

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だれでも歓迎! 編集
「整列!」
 号令が飛ぶ。
 シンヤは他のメンバーと同時に音を立てて踵を揃えた。
 今、シンヤたちは平蛇専用ドックに居る。
 平蛇は予想以上に巨大だった。
 一体端から端まで何メートルあるのだろうか見当もつかない。そしてそれを丸
ごと収容できるこのドックと、さらにそれを所有する幽霊屋敷の施設の大きさも

 並ぶシンヤたちの目の前に居るのはいつもの通りアヤカ・コンドウともう一人
だった。
 彼はタクヤからはまだシンヤと同じ位の歳だと聞いていたが、電動車椅子に腰
掛けている。その顔つきは険しく、とても十代には見えない。眉間には既に何も
せずともはっきり現れる皺があった。
 彼の名前はタケル・ヤマモト。
「今回の出撃は3日の予定だ。さして危険な任務ではないと思うが、君たちには
一切の油断をせず任務にあたってもらいたい。全員揃っての帰還をしよう。」
 語り口にもすでに風格がある。さすが平蛇の艦長といったところだろうか。
「以上!総員乗船せよ!」
 アヤカが叫ぶ。
 仲間たちは一斉に散っていった。
 シンヤも発艦準備に取りかかろうと走り出しかけるが、アヤカに呼び止められ
る。
 彼女は早足でこちらに近づいてきた。
「君に伝言がふたつあるわ。」
 返事を待たずに続ける。
「まずはナカムラ君から。『死ぬなよ。』、次にオカモトさんから『今回は同行
できませんけれど、無事を祈っています。』以上よ。」
「はい」
「じゃ。」
 そうして彼女は再び早足でどこかへ行く。
 その背中から早々に視線を外し、シンヤも走り出した。
 タラップを上がって艦内に駆け込み、慣れない通路を走って指示されていた場
所へ。そこにあるパネルのスイッチやレバーやらを、マニュアルに従って弄って
いく。
 ってあれ?
 シンヤの手が止まった。
 ヤバイ、この先の手順ド忘れした。
 他の人に訊こうにも、皆忙しそうに駆け回っている。とても邪魔できる雰囲気
ではない。
 無数のスイッチの前で冷や汗を浮かべていると、シンヤの体の横からすぅ、と
手が伸びてくる。

「ここのランプが赤になるように、こことここをオンにすんだよ。つかそれ以前
にお前間違ってんじゃん、このレバーはNに合わせるんだよ。」
「あ、そうか。」
 シンヤの横顔を見てニヤリと笑うタクヤ・タカハシ。
 彼は頭をタオルで覆って、長めの髪を邪魔にならないようにし、鼻からのチュ
ーブを今日は背中のリュックサックに繋げていた。
「後はこの辺りを矢印に従ってオンにしてきゃいいから。んじゃな!」
「ああ、サンキュ!」
 手を軽く上げて挨拶を交わして、タクヤは去っていった。
 シンヤは作業に戻る。
 なんで自分が作業に詰まっているのがわかったのかが気になったが、まぁいい
か。
 作業を終えると、艦内スピーカーからタケルの声が響いてくる。
「準備が完了した。これより十分後に発艦する。地上に出次第、点呼と各種確認
を行うので各員は作戦会議室に集合すること。」
 とうとう発艦か。
 微かに緊張しているのが感じられる。ノビをした。



 轟音と共に巨大な船体が揺れる。
 ドック内は警告灯のやかましいオレンジの光とサイレンの音に満たされ、既に
誰の姿も無い。
 その内にドックのゲートが開いていく。無限軌道が床に歯を立てて、平蛇を動
かし始めた。
 その様子をモニター越しに眺めていたリョウゴは呟く。
「もう、死ぬなよ……」
 そして、リョウゴは何を思ったか自分の頬を殴り付けた。



「点呼を終了する。では、次は作戦の確認だ。」
 会議室の長机の一番奥に車椅子を止めるタケルは指を立てて側に立つ仲間に指
示をした。
 乗船したメンバーが全員一室に集まっているので、椅子が足りず、他の仲間とや
むを得ず壁際に立つシンヤは、ホワイトボードに書かれていく文字を読んでいた

「今回の作戦目標は3日前から我々の勢力下に侵入、停船を続けているコロニー・
新生ロシアの戦闘用アッシュモービルの撃退だ。」
 タケルの後をホワイトボードを書き終えた青年が引き継ぐ。
「彼らは再三の警告にも関わらず、トウホク第5ブロック周辺に停船を続けてい
ます。恐らく直接攻撃は無いでしょうが、これでは業務に支障をきたします。よ
って武力による撃退が決断されました。」
 壁際に並ぶメンバーの一人が手を挙げる。
 青年は「どうぞ」と発言を促した。
「直接攻撃が無いと言えるのは何故ですか?」
 部屋の中の誰かが吹き出す。

 青年は答えた。
「一般的に地下都市において、世界平和は実現されているとされています。それ
はどのコロニーでも変わりません。もしそんな中で攻撃を行えば国際世論の非難
は必至。国家間での競争が激しい現在の状況でそうなれば、場合によっては国家
そのものを潰されかねません。よって地下都市への攻撃は無いものと思われます
。ご理解いただけましたか?」
「……は、はい。」
 手を挙げた人間は少し恥ずかしそうにそう言った。
「……本当はちげーけどな。」
 シンヤの隣に立っていたタクヤがボソリと言った。
「続けましょう」
 青年はスパッと言った。
「それで敵艦ですが、戦闘艦の中でも大型のもので、AACVを最大10機、運
用できるタイプです。ですが10機限界まで積んでいるということは、今までの
動向から見て恐らく無いでしょう。多くとも6機程度だと思われます。」
 彼はそう言い、ホワイトボードに「6」の数字をふたつ、新たに書いた。
「こちらの格納車両にも現在6機のAACVがあります。内訳は高機動型が2、
中量型が4です。ですがそれに加えてこちらは平蛇ですので、戦力的にはこちら
が上回っていると言っていいでしょう。」
 今乗っているこの艦はそんなに凄いのか。
「よって今回は敵艦のレーダー範囲に入ると同時にAACV各機を発進させ、一
斉に側面から攻撃を加えることにします。ミサイルも弾幕も、各自で何とかして
ください。」
 今何かあり得ない発言が聞こえた気がする。
「パイロット一人で動かすAACVだからできる戦法だ。」
 切り込んできたのはタケルだった。
「各員が統一性の無い個々の判断で動くから、向こうは迎撃に多くの力を割かな
ければならない。勿論パイロットが判断を誤ればあっさり敗北するリスキーな作
戦ではあるが、大きな相手なら下手に手を打つよりかはこっちの方が有効だ。A
ACVパイロットは平蛇の射線上に飛び込まないように気をつけてくれればいい
。」
 納得できるような出来ないような。
「何か質問は?」
 部屋の中をぐるりとタケルは見渡す。
 沈黙のままだった。
「よし、では次に――」

 チューブに入ったドロドロの不味いカレースープを飲みこんで、哨戒の当番ま
でどうやって時間を潰そうかシンヤは考えていた。
 合計8つの固く狭いベッドが並ぶ船室にはシンヤの他にシマダが居た。
 彼は自分のベッドに寝転がって、何やら文庫本を読んでいる。
 読書の邪魔をするのも悪いかと思って仕方なくMP3プレーヤーでTH
E BACK HORNを聞いていたのだが、さすがに二時間もリピートしてい
たら段々飽きてきた。
 一眠りしようか?でもそれで召集に応じられなかったら困る。
 首を傾けると、重い音がした。疲れてるのかな。
 ふと手のひらを見る。マメが出来ていた。
 昨日、特にやることが無かったので1日中AACVの操作レバーを握っていた
せいだろうか。
 自主トレで少しはマシになった……と思いたい。
 とにかく、次はダメージを与えた位で緊張を解くような真似はしない。
 人生にはもう未練は無いが、やっぱり命は惜しい。
 全力で死ぬために全力で生きるのだ。
 ……あーヒマだ。



 タケル・ヤマモトは艦長室に居た。
 さして広くないその中心でタケルは書類を確認していた。
 彼の手にあるのは2日前、アヤカ・コンドウより渡された書類だった。
 それはシンヤ・クロミネという少年を平蛇に乗せよという命令書だ。
 タケルには疑問だった。
 まだ幽霊屋敷に来て一週間弱の人間を平蛇に乗せるなんて前例が無い。
 確かに幽霊屋敷は常に人手不足に悩まされてはいるが、それは平蛇以外におけ
る話だ。
 しかも貴重なAACVを割り当てろと言う。
 命令ならば従うが、彼の今までの戦果を見る限り、正直AACVパイロットに
ふさわしい人材ではないように思う。
 たった2日でAACV操縦をマスターしたことは驚くべきことではあるが……
 顎に手をやる。
 しかしまぁ、あのコンドウさんの指示なら、信用してみるべきか。
 たとえ彼が撃破されても、これだけ他にパイロットが居れば問題は無いだろう

 タケルは髪をかきあげた。




「もういっかぁい!」
 リョウゴは叫んだ。
 ヘルメットの中のその顔は汗だくで、目つきには鬼気迫るものすら感じられる

 模擬戦の相手である青いAACVはその声を受けて再びスラスターで高速接近
する。

 後退しつつ左へ旋回すべき――!そう判断してペダルを踏む。
 だがリョウゴの操る重装型AACVの反応は鈍すぎる。
 すでに機体に塗りたくられたピンク色が、さらに重なっていく。
 思わず操作パネルを殴り付けた。
「っくしょおッ!!」
 また叫ぶ。
 敵は足を止め、休憩を提案してきたが、リョウゴは尚も再戦を要求した。
「どうしてそこまで!もう止めましょう!」
 敵の声は悲痛なものだった。
 その台詞を聞いて、リョウゴは奥歯を噛みしめる。
「アイツは2日で乗りこなしたんだ!俺だって……!」
 レバーを握り直す。反応がクソ遅ぇ!
「もいっかいだ!かかってこい!」
「でも、こんなに長時間の戦闘じゃ……」
「かかってこいって言ってんだよ!」




「――面白いわね」
 スピーカー越しのリョウゴの怒声を聞いて、アヤカは妖しげな笑みを浮かべた

「クロミネ君への対抗心から、かしら。」
 今まで幽霊屋敷では交友関係のある人間同士を手に入れたりはしていなかった
。だからパイロットに競争心が芽生えることはあまりなかった。
 しかしナカムラ君はクロミネ君へのライバル心から人一倍の努力を重ねている

 いいパイロットになるだろうな。
 だが――
 アヤカはマイクに口を近づけた。
「そろそろ終わりにしなさい。これ以上は内臓を痛めるわ。」
「うるせぇ!」
「君のことを心配しているのよ。」
「知るか!」
 聞かない、か。
 なら――
「クロミネ君がどうなってもいいの?」
 リョウゴの台詞が止まる。効いたか。
「君がこれ以上続けるならクロミネ君を殺すわ。」
「……っ汚ぇぞ!」
 ブラフだが。
「彼が死ぬのは嫌?」
 ……リョウゴは答えない。
「どう?」
「……当たり前だろ」
「そう。ならどうすれば良いか――」
 言い切る前に、リョウゴがコックピットから這い出てくるのが見えた。
 軽く息を吐き、腕を組む。
 クロミネ君程ではないが、彼も適応は早い方だ。努力の賜物だろう。嫌いじゃ
あ、ないな。
 アヤカ・コンドウはファイルにリョウゴの成績を書き留め、そして部屋を出て
いった。


 深く鼻から息を吸うと、緩衝材とそれに染み込んだ汗の臭いが感覚を奪った。
 操作レバーに触れる。手のひらに良く馴染むその造形の妙をじっくり味わう。
 目を閉じた。自分の感覚が広がっていき、あたかも自身がAACVになったか
のような錯覚に浸る。
 コックピット内は静かだった。
 モニターには平蛇の格納車両の分厚い金属の内壁が大写しにされている。
 あと数分も経たない内に、平蛇の後ろにくっついていたAACVの格納車両の
ハッチが開き、車両は切り離される。
 そうなればついに戦闘開始だ。
 また、あの恐ろしい感覚を味わうことになる。
 ハイになるのは、換気が悪いせいじゃあないな。
「こちらヤマモト。」
 先頭車両からの通信。
「あと1分で敵の間合いに入る。AACV各機発進準備。」
 返事をして、すでに立ち上がっていたシステムを再確認。モードを戦闘モード
に移行。エンジン出力急上昇。重い振動がハートを打ち鳴らす。エキサイティン
グな時間が始まる!
「カウント!10!9!8!……」
 ハッチは一瞬で上へと開いた。
「5!4!……」
 唇を舐める。
「2!1!」
「スタート!」
 ペダルを目一杯踏み込んで、6機のAACVは格納車両の左右から一斉に飛び
出した。
 同時に先頭車両から分離した格納車両を置いてきぼりにして、AACV達は飛
行を始める。
 シンヤはさらにスピードで劣る4機の味方たちも離していく。唯一並んでいる
のはシマダの高機動型だ。
 遠方からの殺気を感じ、素早くレバーを倒して機体を踊らせる。
 シンヤとシマダの間を火の玉がすり抜けていった。
 軌道を戻してライフルを構えると、遠方に敵の艦が小さく見えた。さらにそれか
ら空へ向けて放たれる無数の真っ直ぐなミサイルの白煙も。
 そしてそれとは別に接近してくる大きな影も。
 数発、その影に向けてライフルを撃つ。
 影は機体をクルリと回転させて見事にそれを避けた。
 どうやらあの影――新生ロシアのAACVの運動性はこちらのもの以上らしい。
 だけど!
 敵のライフルの弾を、自機の高度を少し上げることで避けてみせる。
 その直後、シンヤの下を敵の、こちらのものと似たデザインのAACVがすり
抜けていく。
 シンヤは素早く機体を翻らせ、ロックもままならないままにその敵を後ろから
追うようにライフルを撃つ。
 同時に背後からの危険を察知して着弾を確認せずにまた機体を反転。直感的に
高度を下げて敵艦の機銃からシンヤに向けて放たれた弾丸シャワーを潜り抜ける。
 敵艦はもうすっかり近い。
 速度を落とさず砂煙ならぬ灰煙をあげて地上スレスレから一気に、カーリング
のストーンのような外観をした敵艦の上方へと回り込むコースをとる。
 敵を見下ろした刹那だった。
 モニタの横を火の玉が掠めて、画像を一瞬揺らめかせる!
 まるで実際に側頭部を弾丸が掠めたかのように髪の毛を逆立たせて、発射元に
視線を飛ばす。
 そこに居たのは長い砲身のキャノンを構えた、重装型AACVだった。
 その背中についている追加の自動機銃に睨まれない内にライフルを向け、撃つ。
 敵は艦の上を滑るような回避起動をとったが、弾丸は命中した。しかし、厚い
装甲には効果が薄いように見える。
 ――だなんて考えてる場合じゃない!
 気づかない内にすぐ側に敵の中量型AACVが近づいていた。そいつは腰の超
高熱ナイフをすでに抜いて、シンヤに対して必殺の攻撃を放とうとしている。
 まずい、回避が間に合わな――
 その時、そのAACVの右肩が爆発し、空中で姿勢を崩した。
 またとないチャンス。素早くライフルを向けてトリガーを引く。
 相手は無数の孔を穿たれ、爆散した。
 それとほぼ同時にシンヤの機体のそばを回転しながらすり抜けたのはこちらの
中量型AACVだった。
 礼は後回し。こちらも機体を立て直し、真下から放たれる敵艦の対空機銃の攻
撃をジグザグ軌道の全速で振り切る。
 敵艦から少し離れたところで大きく旋回し、再び敵艦の方向へ。
 シンヤに向く幾つかの敵艦の機銃と、その上で撃破されるこちらの中量型AA
CVが見えた。
 機銃は撃ってくる。
 肩スラスターで素早く避けると、いきなりその機銃の群れが周りの艦の装甲ご
と吹き飛ばされた。
 ちらりと視界の端に映ったあの火球は平蛇の主砲か。直撃した周辺が火にまか
れている。
 凄い威力だ。ありがたい、これで敵艦に死角が出来た。
 シンヤはスラスターを吹かし、低空でその傷痕へと飛んでいく。
 どこかを飛んでいたシマダも同じ考えのようで、敵艦を大きく回り込んでその
部位に向かっているのが見えた。
 直後だった。
 シマダの機体が爆発する。
 突然のことに少し驚きつつも敵の居ると思われる方向を見る。
 何故かゾッとして、機体を捻らせた。
 一瞬前までシンヤの居た空間を弾丸が通りすぎて、地面に着弾して灰を巻き上
げる。
 発射元にはAACVが居た。
 その機体はシンヤのものと良く似た高機動型AACVだった。

 ホワイトの装甲に派手な赤いラインを入れた特別なカラーリング。持っている
のは銃身の短いマシンガン。鋭角的なシルエットは太古の翼竜の様な印象を受け
る。
 なんだアイツは――
 そんな考えが頭をよぎった時にはすでにその敵はシンヤに接近しながらマシン
ガンを乱射していた。
 機体が速いので、放たれたマシンガンの弾たちは大きな曲線を空中に描く。
 その光の線が薙ぎ払われる刃のように見えて、思わずそれを飛び越えるように
シンヤは機体を急上昇させた。
 だがシンヤの足下をすり抜ける敵は、シンヤの軌道を正確に捉えていた。
 連続した衝撃が尻の下から襲いくる。どちらかの足がマシンガンの射撃を受け
たのだ。
 悠長にシステムチェックなんかできるはずもなく、とりあえず敵の姿を追いか
けて機体を翻らせる。
 シンヤは理解出来なかった。
 あの白い敵は自分とすれ違ったはずだ。
 いくらAACVといえど普通は真後ろへ方向を転換する時は空中で一端速度を
落とし、慣性に任せつつ機体の方向を修正しなければならない。
 だから普通に考えれば、すれ違った敵と自分との距離は離れていなければなら
ないはずだ。
 なのに、何故――
 ――敵は目の前に迫っている!?
 画面一杯に広がった敵影から逃れたい一心でレバーを倒して、わざと自機のバラ
ンスを崩す。
 そのお陰か、敵が薙いだ高熱ナタはシンヤの機体の左腕を両断しただけだった

 でたらめな姿勢のまま空中を舞い、ライフルを握る右腕が無事だった幸運に感
謝しつつ、敵からなんとか距離をとろうとする。
 敵は高熱ナタを再び腰に収め、肩のスラスターの推力のみで強引に機体をこち
らに向けていた。なるほど、あれなら機体を捻るより速い。
 敵は中距離を保ったままマシンガンの射撃を浴びせようとする。
 右方向に回避しつつライフルを撃ち返した。
 しかし当たらない。敵の回避は的確だ。
 だがその回避の動きのために一瞬射撃が止まった。それに乗じて背中を見せな
いように距離を離す。
「……こえているのか!クロミネ!」
 ハッと、通信が入っていたことに気づいて返事をする。
「目的は達した!撤退しろ!」
 撤退だって?
「今回は敵を撃退するに十分な損害を与えることが目的だ!」
 ふざけるな。
 そう思ったが、ぐっと言葉を飲み込む。
 さっきの敵は艦に空いた大きな穴を守るようにその前に移動し、空中で静止し
ている。追ってくる様子は無い。
 シンヤは目を離せなかった。

「あの野郎……!」
 シンヤの心は煮えたぎっていた。
 どこの誰だか知らないが、あの余裕たっぷりな佇まいが勘に障る。
 墜としてやる。今ここで!
 ペダルを強く踏みつけ、シンヤは敵に向かって飛んだ。
 ヤマモトが何か言ったが、耳に入らない。シンヤの頭には血が上っていた。
 ライフルを構えて突進してくるシンヤに、敵は銃を構える。
 二機は同時に発砲したが、共に相手を傷つけることは出来なかった。
 スラスターによって自機の軌道をねじ曲げ、弾丸の刃を避けつつ、敵との距離
を詰める。
 敵は距離を保ちたいらしく、後退しつつも銃を乱射してくる。シンヤはまた方
向転換してそれを避ける。
 舌打ちする。これじゃあ近づけない。おまけに敵はしっかりと艦の傷口にシン
ヤを近づけさせないように牽制もしている。
 つまり、全力じゃないのだ。実力の差は明らかだった。
 どうする、やはり撤退すべきなのか?
 大きな実力差を感じたあまり、そんな弱気な考えが浮かんだ瞬間だった。
 危険を感じて腰スラスターを点火、空中で側転して弾を避ける。
 別の方向からさらに一機、敵の中量型AACVが襲いかかってきていた。

 その敵はすでにかなりのダメージを受けていて、所々から火花を散らし、剥げ
た装甲をケーブルでブラリと脇腹からぶら下げている。
 その敵を見たシンヤには、ある考えがひらめいた。
 その敵に敢えて狙われるように前を横切り、一旦あの白いAACVから距離を
とる。
 中量型が追いかけられるよう空中を踊りつつ、しかし速度は控えめに大きく旋
回して、再びさっきの白いAACVに向かって突撃していく。
 白い敵、シンヤ、弱った中量型が空中で一直線に並んだ。
 その瞬間、シンヤは肩スラスターで強引に、しかし一瞬で、満身創痍の中量型
の背後に回り込んで、ど真ん中のエンジン部分に弾を撃ち込む。
 見事に全弾喰らった敵は大きく爆散した。
 その光景を見ていた白い敵は、てっきり相手は自分たちを同士討ちさせようと
しているのかと思っていたので、予想を裏切られたために相手の次の行動への対応
がほんの少しだけ遅れた。
 本当に、ほんの少し。それでもこのAACVのパイロットならさして問題無い
レベルだった。
 予想外の出来事がこれだけだったならば。
 爆発の炎の中を突っ切って、何かが飛んでくる。

 反射的にマシンガンを向けて乱射する。当たった――
 しかしそれは敵の機体ではなかった。
 それは敵の持っていたはずのAACV用ライフルだった。相手はライフルを炎
越しに投げつけてきたのだ。
 そのタイミングでやっと敵の策を理解する。
 遅かった。
 シンヤは叫んでいた。
「あぁっ!!」
 シンヤのAACVの右腕には高熱ナタが握られている。
 シンヤの目眩ましは三段階あったのだ。
 まず一段目、敵AACV撃破の爆発による単純な光の目眩まし。
 そして二段目、逆光によって気付かれにくい、ライフルをダミーに使ったものと
、爆散した敵機の破片によるレーダーへの目眩まし。
 最後に三段目、ダミーへマシンガンを撃たせることによる、パイロットの意識
への目眩まし。
 この三つの目眩ましによって、三手、相手の先をとったシンヤは敵の背後に回
り、全く気付かれない内に高熱ナタをふり下ろすことができたのだ。
 スラスターを吹かせない内に新生ロシアの白いAACVの肩口に食い込む高熱
ナタ。その白熱する刃は一瞬で装甲を溶解させ、バターを切るように鋼鉄の巨人
を両断する。
 そして、敵は堕ちつつ、爆発した。
 その爆風に煽られて危うくバランスを崩しかけるが、低空飛行しつつ立て直す。
 敵艦からの追撃を受けない内に、シンヤは飛び去っていった。


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