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<the Mother's Day>

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irisjoker

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それにしてもそばは美味い。日本人が生んだ最高の食文化だと私は思うね。
清涼感のある喉越しと共に、爽やかな蕎麦粉のかほりが、私を麗しい日本文化へと誘う。別に引っ越しでも年越しでも無い、只の昼食だが逆にそれが良い。
まぁこれも一人で作っていたら只の腹ごしらえに過ぎないのだが、何たってティマが、テ ィ マ が作ってくれてるからな。不味い訳がない。

他意はないが二回繰り返した。料理を終えてエプロンを取り、手を拭いたティマがちょこちょこと歩いてきてちょこんと座る。うむ、奥ゆかし。

「美味しかった? って言っても市販のだけど……」
「美味しいよ、とっても。三つ星超えて三百星だ」
「変な褒め方……」

と言いながらも照れ笑いして綻ぶティマ。あぁ、何と愛おしい。食べてしまいたい。
無粋ではあるが、こういう時に幾度か、私はティマと一緒にご飯を食べたいと思う時がある。同じご飯を肩を並べて食べ、談笑する、そんな思いを。
しかし彼女はアンドロイドだ。その前提条件を超える事が出来ないのが、切なくもあり悲しい。しかし……。

しかしだ、一定の距離を保つからこそ、私達は今日まで守って来れたのだ。この前は危うくその一線を超えそうになり、心から焦った。
まぁだからこそ、ティマの成長が垣間見れた良い機会でもあったが。ふと、ティマがカレンダーを見たまま、私に話しかけてきた。

「そういやマキ、今日って何の日か分かる?」

と言いつつ近づいて、私の顔を覗きこむティマ。このままキ……幾らなんでも不真面目だな。
今日……今日は確か何の日だろう……。と思いつつ、私は壁に飾ってあるカレンダーに目を向けた。
……長い間一人身でかつ、地元に、というか両親とはほぼ音信不通状態で、全く連絡を取らないからすっかり忘れていた。
今日は言うまでもなく、母の日ではないか。母の日……か。何となく、ティマの言いたい事が分かる気がするが敢えて何も言わないでおく。

「母の日って言うんだよね。その……母親って呼ばれる人を労う日、って勉強したよ」
「うむ……」
「けど、私アンドロイドだから……その母親って意味は理解できても実感は出来ないの。……だから」

ティマの表情が複雑で何とも美しく、しかしどこか物悲しい色を描く。ティマ自身がどう考えているかは分からない。
いや、単純にどう表現すれば良いかが分かっていないようだ。母親とはどんな存在で、何を母親と指すのかが。
考えてみればティマは、他のアンドロイド以上に人間が司る感情と呼ばれるモノを所有している。最早内面だけなら普通の女性と言っても過言ではないだろう。

だが、彼女はあくまでアンドロイド、それ以上でもそれ以下でもない。彼女は生物では無く、ロボットと呼ばれる無機物なのだ。
けど、だからこそ、私はティマを言葉は悪いが観察させてもらう。今、彼女は自らをアンドロイドと認識しながらも、一人の人間の女性として成長している。
私はこの命が果てるまで、私は一人の技術者として、科学者として、彼女がどこまで成長するのかが見てみたいのだ。
そして―――――――――ロボットの垣根を超えて私を愛してくれた彼女と共に、これからどんな未来が私達を迎えるのかを、一緒に手を繋ぎながら。

ナルシズム満載のきもちのわるい陶酔を払い、私はティマの言葉を待った。ティマの小さな口が、私にメッセージを伝える。


「だから……」

「……ペット」
「……うん。……ん?」
「ペット……欲しいかなって」

と、言う訳で。

そういう訳で自宅から離れて数十分のペットショップに私とティマは出掛けている。

中々大型のペットショップ店で、犬猫から魚や虫、爬虫類から専門外なのでよく分からない希少種な動物まで扱っている、言わば優良店だ。……多分優良店だ。
ティマはペットを見るのは初めてではないものの、ここまで規模の大きなお店に来るのは初めてな為、子供(扱いすると怒るので飽くまでこんな表記で)みたいに目を輝かしている。
そんなティマを見て何とも言えない幸福感に打ち震えている中で、私はさっきまでのティマとの会話を思い出していた。

思い返すとティマの思考が私の遥か上を行っている事に、正直驚きを隠せなかった。

「ペット……ペットねぇ……ふむ。何故?」
「あのね……マキ」

そう言いながらティマは私の横にぺたんと体育座りした。そして頭を私の肩に傾けるとその理由を話し始める。
……こんな甘え方、何時覚えたんだ、君は? ……恐ろしい子!

「私ね、母親の意味についてもう少し調べてみたの。そしたらね」

「母親ってのは厳密には血の繋がっている生物のメスの方を指すんだけど、長い目で見るとそれが全てじゃないんだって」
「……それで?」
「例え……例え血が繋がっていなくても、その生物に取って育ててもらった存在が母親だと認識する事もある……って事を知ったの」

「それで?」
「私、なってみたい。その母親に。……ううん、違う」

「この目で見てみたい。ペットを飼う事で、母親って、親子ってどういう事なのかを」


と、いう訳。お前母親の意味をちゃんと説明しろと誰かに言われそうだが、私にはティマの好奇心を削ぐような残酷な真似はできない。
むしろここはティマに疑似的にでも母親、もしくは生物学上に存在する親子という関係性について知っておくべきだ。と、私は考える。
ティマは何度か店を行き来して選んだ末に、一匹の子犬を選んだ。
店員に頼んで、その子犬抱かせて貰う。子犬はまだ寝足りないのか、それとも人懐こいのかすやすやと、ティマの腕の中で寝息を立てている。

「眠ってる……」
「まだ子供だからな……」

と言いつつ、私達は眠っている子犬の穏やかで安堵した顔を見る。この世の汚さやおぞましさ等何も知らない、純粋そのものな可愛らしさだと思う。
そうだ……このティマという子も、元は何も知らなかった真っ白な子だったんだ。それが今は暖かくて優しい、陽たまりみたいな色に染まっている。
私はこの子を染めているその色を、これからずっと守っていかなきゃいけない。この子を黒く染めようとする者が居るなら、私は何をしようと許さない。

子犬を見るティマの、綺麗な横顔を見て私はそう、深く心に誓った。

「私はこの子の母親で……マキは父親だね」
「あぁ、そうなるな」
「名前は何にする?」

ティマにそう聞かれて、私は悩んだ。そうか……そう言えば考えた事無かったな。

「そうだな……」

「アトムはどうだい?」
「アトムってのはどう? 何となく語呂が良いから」

声が重なった。私達は全く同じ事を考えていた様だ。店員に分からないよう、くすくすと笑いあう。
私はティマに抱かれ静かに、穏やかに眠り続けるその子の名前を、小声で呼んだ。

「宜しくな」



                             the Mother's Day


「アトム」


「あのーお客様、そちらの子犬はメス……何ですが」


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