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グラウンド・ゼロ 第6話

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匿名ユーザー

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「それじゃAACV操作の基本を教えるぜー。講習は今日この一回だけだから、
死ぬ気で覚えろなー。」
 目の前の青年は片足に体重をかけただらしない姿勢で言った。
「説明役はコンドウさんに代わって幽霊屋敷の便利屋、この俺タクヤ・タカハシ
でーす、ってもう知ってるか。」
 彼はわずかに笑う。
「昼飯はちゃんと汁物避けたか?」
「はい。でもなんでですか?」
「腹タップンタップンで上下左右に揺られるとキツいだろ?ヘルメットの中でゲ
ロ吐くと死ねるぜ。」
 想像したくない。
 シンヤは被っているヘルメットに触れた。
 シンヤはこの陸上競技場程度の広さを持つAACVテストルームに来る前に着
替えさせられていた。
 パイロットスーツだと言われて渡された黒いこの服は内臓を軽く圧迫するため
に体にピッタリフィットするようになっている。
各関節部分はサポーターの様で、屈伸運動がとても楽だ。腿や脛、腹部や椀部に
は弾力のあるプロテクターがあって、自分で殴ってもあまり痛くはなかった。
 落ち着かないのは、股間の部分が妙な構造になっている。どうしても気になる
のでどうしてこうなっているのかタクヤに訊いたら、「長時間乗る時とか、一々
コクピットから出られないだろ?そこにチューブ繋ぐんだよ。」と言われた。納得。
 ……このスーツ、新品だよな?
「んじゃあまずは搭乗の仕方からだな。」
 タクヤは背後に立つ高機動型AACVへとシンヤを促した。
 機体を見上げる。ゲームでいつも見ていたものと同型だ。空想だと思っていた
ものに乗るなんて、なんだか変なカンジがする。
 コクピットのある胸部の脇からは鐙の付いたワイヤーが垂れていた。
 足をかけてワイヤーを握ると、シンヤの体重を感知してそれは巻き上がった。
 一気に視点が6メーターの高さになる。少し怖い。
 AACVの鋭角的な胸部装甲は既に縦に大きく開いた状態だった。計器やスイ
ッチがぎゅうぎゅうに詰められたコクピットが露になっている。
 シンヤはタクヤの指示に従ってそのコクピット中央のパイロットシートに身を
ねじ込んだ。
 AACVの構造上、パイロットは仰向けに寝そべるような姿勢になる。
 機体下からタクヤの声がした。
「固定具はきつくてもちゃんとやっとけよー。じゃないと首折れて死んじまうか
ら。」
 サラリと怖いことを言うなよ。
 しっかりとシートベルトをして、ジェットコースターに付いてるもののような
固定具を下ろすと、エアバッグが膨らんで首周りを押さえつけてきた。この時点
でもかなり窮屈だが、首を守るためだ。我慢しよう。

 腕を自然に横たえると、丁度手のひらに操作レバーが触れる。握ってみると、
ゲームセンターにあったものと変わらない。
「右側のスイッチでハッチを閉めなー」
 それらしきものを指先で押す。すると複雑なフレームが動く音が頭の後方でし
て、コクピットハッチがシンヤの体に覆い被さってきた。
 完全にハッチが閉まると、コクピット内は暗闇になった。
 身動きもとれず、圧迫感もかなりある。閉所恐怖症になってもおかしくないか
も知れない。
 耳元に、一瞬のノイズ。
「聞こえるかー?」
 ヘルメットの通信機からタクヤの声が飛び出す。
「はい、聞こえます。」
「よし。じゃあ起動させるぜ。」
 その言葉の直後、軽い衝撃と共にエンジンに火が入れられたのが感じられた。
 続いて目の前、被さったコクピットハッチの内側が発光し、思わず目をつぶる。
 瞼を上げると、目の前は開けていた。
 いや実際はハッチ内側のモニター画面を見ているだけで、物理的には何も変わ
っていないのだが、それでもどこか解き放たれたような浮遊感がある。まるで空
中に寝そべっているようだ。
「気持ちいいな、少し。」
「そうかー?」
 呟きに返ってくる悪戯っぽい声。
「平均時速5、600キロでブンまわされても同じセリフが言えるかなっと。」
「ゲームで体験してますから、きっと大丈夫ですよ。」
 ケケケ、という笑い声がした。
「そんじゃ始めるか。先ずは前進後退その他諸々からなー……」



 一通り基本的な操作方法を教わった頃には、シンヤの顔色はすっかり青くなっ
ていた。
 しかしまだ講習は終わる気配は無い。
 耐えかねて気分が悪いことを伝えると、タクヤは笑って言った。
「お前、渡した酔い止め飲んで来なかったな?ま、自業自得ってやつだ。」
 踏み潰してやりたい。
 確かに事前に渡された錠剤を飲まなかったのは自分のせいだが、まさかAAC
Vがこんなに酔いやすい乗り物だとは思わなかったのだ。結構乗り物には強い自
信もあったし。
「んー今から実戦的な動きの説明に入るんだけど、キツいか?」
「……はい……」
「よっし、じゃあ説明すっ飛ばしていきなりおさらいすっか!」
 突っ込む元気も無い。
 テストルームの遥か遠くのゲートが開いて、一機の青い高機動型AACVと、
ライフルを背負ったトレーラーが入ってきた。

「もう一機のAACVが見えるか?」
「……はい」
「今から模擬戦やるから、アイツに勝てたら講習終わりにしてやるよ。」
 無茶言うな。
「トレーラーの上のライフル取ってー……」
 仕方なく言われた通りに機体を屈ませ、すぐ近くで停車したトレーラーからラ
イフルを拾う。
 自動的に椀部ウエポンジョイントと衝撃吸収機構が接続された。
「ライフルにはペイント弾が装填されてるから、容赦無しに撃っていいぜ。天井
にぶつかんなよ。」
 機体を敵機に向ける。
 相手も同じ装備だった。
 ゲーム内では一番双方のダメージが大きくなる組み合わせだが、リアルではど
うだろうか。
 それ以前に気分悪くてまともに戦える気がしないのだけれど。
「ほんじゃ、二人共準備良いか?」
 二人?向こうのAACVにもパイロットが居るのか。
「『デデデデストローイクロミネェ』……なーんて」
「はい?」
「いや、なんでもない。いくぜ?よぅい……ドンッ!」
 タクヤの号令と共に敵機が跳ぶのが見えた。
 あわてて自分もバーニアを点火し、加速する。
 Gが胃を刺激して、中身が口内にまで戻ってきた。
 気合いで飲み干した直後、敵機を見失っていることに気づく。
 右側から衝撃!遠距離からライフルを連射されていた。
 これ以上背後に回り込まれないように右方向に旋回しつつ高速移動する。が、
相手は捉えられない。同じ機体だから速度も同程度なのだ。
 なら!
 地面を蹴り、空中で左肩のスラスターを一瞬だけ点火。機体が空中で停止する
。自由落下しつつ機体を捻って相手を追うと、接近する軌道をとっていた敵機を
ロックオン出来た。
 しかしトリガーは引けなかった。AACV酔いが空中でのこの一連の動きで加
速したのだ。シンヤは目眩を感じていた。
 青い敵機はそんなこと構わずに回避行動をとりつつライフルを乱射してくる。
 シンヤの機体は何も出来ないまま地面に着地し、ペイント弾のピンク色の塗料
にまみれていった。
「ハイ終りょーう。」
 タクヤの声。
 ……もう嫌だ。一秒でも早くAACVを降りたい。
 スイッチを押してハッチを開け、やっとのことで固定具を持ち上げる。
 シンヤは立ち上がることすら出来なくなっていた。
「オイオイ、大丈夫かー?」
 うるさい。
「返事が無い……ってことはマジでヤバイな。」
 通信が切れる音。


 しばらく思考停止のまま天を仰いでいると、どうやったのか、白衣の人間がコ
クピットに乗り込んできた。
 彼にヘルメットを外される。
「大丈夫ですか、持ち上げますよ?」
 もうそんなセリフも耳に入らない。医師はシンヤの体を抱き抱えた。
 そうしていつの間にか近くにつけていた対戦相手のAACVの、開かれたコクピ
ットに乗り移る。
 抱えられたままワイヤーを伝って床に降ろされ、担架に寝かされた。
 そうして二人の医師たちによってシンヤは持ち上げられ、テストルームから運
ばれていったのだった。
 それから数十分。やっと脳味噌が復活して、シンヤは自分が医務室に運ばれた
ことを理解した。
 パイロットスーツも脱がされ、ゆったりとしたシャツとズボンになっている。
 ベッドに寝ていても、まだ世界はグラグラ揺れていた。
 様子を見にきた医師と簡単な会話をする。もうしばらく寝ているように言われ
た。
 息を吐く。情けない。
 医務室の扉が開く音が聞こえた。
 ベッドの周りに引かれたカーテンをかき分けてきたのはタクヤだった。
「うぃっす。」
 うめき声にも似た返事をする。
「辛そうだな。」
 彼はベッドの傍らに立った。
「乗り物酔いも喋れなくなるレベルまで行くと、脱水症状とか起こすかもだから
な。」
「……止め刺したのはアンタだろ。」
 タクヤは笑う。
「文句を言えるようにまでなったなら、平気だな。」
 そう言ったタクヤの背後のカーテンに人影が映っていることに気づく。
 タクヤに訊くと、彼はその人影に向かって呼びかけた。
「入ってこいよ。」
 人影は躊躇したようだったが、結局は呼びかけに応じた。
 カーテンをかき分けて、シンヤの前に姿を現す。
 見覚えがあった。
 おかっぱ頭の、背の低い、白い杖をついた女の子だった。
 タクヤに彼女のことを訊ねる。
「コイツはお前の相手してたAACVパイロットだよ。」
 驚いて彼女の顔を見た。
 そして気づいたのだが、彼女の瞳は白かった。
 白い瞳に白い杖。衝撃だった。
 体調が最悪だったとはいえ、自分は盲目のAACVパイロットに負けたのだ。
 幽霊屋敷に居るということは、彼女もAクラスプレイヤーの一人だったのだろ
う。
 レベルが違う。そう痛感した。
「あ、あの……」
 彼女がおずおずと言葉を発した。
「……体調は、回復しましたか?」

 頷いた。が、それでは伝わらないことに気づいて、改めて言葉で答えた。
「そうですか……良かった……」
 彼女の声はか細い。しかし綺麗な声だった。
 その時、彼女は何かに気づいたように手を合わす。
「わ、私、ユイ・オカモトって言います。よろしくお願いします……」
「ど、どうも。」
 ……何だろうか。臆病な小動物を相手にしている気分だ。
 オカモトは頭を下げる。
「あの……さっきは、ごめんなさい」
「気にすんなって」
 答えたのはタクヤだった。
「戦闘訓練ならあんくらい当たり前だし、酔ったのはコイツのせいだし。」
「うるせーなー」
 睨んで毒づく。ケケケ、じゃねーよ。
「あの、クロミネさん、でいいんですよね……?」
 オカモトの声は注意してないと聞き逃してしまいそうだ。
「ああ、俺はシンヤ・クロミネ。よろしく。」
 オカモトは慌てて再び「よろしくお願いします」と返す。
「その、私、実は目が見えなくて……あ、えと、全く見えないわけじゃないんで
すけれど、かなり視力が弱くて……」
 やはりそうなのか。
「アヤカさんに聞いたんですけれど、クロミネさんとは部屋が隣らしいので……
これから何かあった時に色々とお願いするかも知れないんですけれど……」
 やっぱり、目が見えないと出来ないことも多いのだろうな。
「なんかあったら、協力するけど。」
「あ、ありがとうございます!」
「おいおいシンヤくーん?」
 タクヤのいやらしい調子の声。
「そーんな余裕ぶっこけるのかなー?」
「なんですか、ニヤニヤして。」
「明日も楽しいAACV講習だぜ!」
「え、でも確か最初に」
「騙して悪いが、成績不良なんでな。でもこの先生きのこるためには必要だぜ。

「……わかりました。」
 成績不良、か。当然か。
 ほとんど目が見えない人間にすら勝てなかったもんな。
 もしこのまま成績不良のままだったら……
 嫌な想像が頭をよぎった。
 だけどその程度、この組織なら平然とやってのけるだろう。
 もっと良い成績を修め、一日でも多く生き延びなければ。
 ……いつか家に帰るために。
「そんじゃ、ゆっくり休めな。」
 考え込んでいたシンヤに、タクヤはそう言う。
 オカモトも深いお辞儀をした。
「あぁ、はい。色々とすいませんでした。」
「明日はちゃんと酔い止め飲んどけよ?」
 タクヤはそう捨て台詞を吐き、二人はカーテンの向こうへ消えた。



 医務室を出たところで、タクヤはオカモトに話しかける。
「……アイツ、まだ気づいてないかな。」
 オカモトはタクヤの顔を見ず「多分」と答えた。
「アイツのためだ。黙ってようぜ。」
「……うん。」
 二人の表情は曇っていた。

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