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第六話 「沈没船」

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ParaBellum

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『Diver's shellⅡ』


 第六話 「沈没船」


 第二地球暦148年 10月20日 9時00分
 艦船用補給基地外洋数十km地点
 天候 晴れ



 人類が地球を捨ててから、もう随分となる。巨大隕石の襲来という危機により、人類は遥か彼方の惑星へと離脱し、惑星改造を行って、第二の地球として造り変えた。
 単純に惑星改造と言っても簡単なことではない。惑星一つを人類が生存可能な環境にするまでには、気の遠くなるコストがかかる。
 氷と雪しかない『ネオ・アース』の気温を上昇させるために温暖化を促進し、酸素や窒素量を整えるために植物を育て、元から居た細菌に対抗するために人間に遺伝子レベルで改良を加え、もしくはワクチンを作って……。

 他にも生態系の構築も必要となる。
 元から居た原始的な構造しか持たない生物と拒絶を起こさないよう、地球由来の動植物を改良、野に放って『食物連鎖』を創造する。

 こうして、やっとのことで人類がまともに暮らせる環境が整う。
 人類種は生物の中では脆弱で、耐えられる気温湿度気圧の上下幅が極めて狭い。そう考えると、地球の貴重さが痛感される。
 その『開拓時代』の頃には、今では余り見ない種類のモノが空を飛んでいた。『惑星改造船』である。
 強力な動力を搭載し、環境を変えるための機器や作業員を運ぶ大型の船舶であり、最大のものではkm単位だったという。

 ネオ・アースの環境が大まか整ったところで惑星改造船の役目は終局を迎え、有害物質等を取り外され、海に投棄された。魚の棲家となるようにとのことだった。
 だが、中にはそうならなかった船も存在する。開拓時代の混乱に乗じて船を奪い、海賊行為を働いた輩が居るのだ。彼らは政府軍と死闘し、海中に没した船もあった。
 正に沈没船。財宝とまではいかないが、様々な物資を積んでいたため、価値がある。『遺跡』のそれと比べることは出来ないが、金になる。
 海賊マニア的な連中や学者に売りつければ相当なものだ。

問題はどこにあるのかということ。海賊自ら記録を残すわけも無く、政府も海賊にいいようにやられたことをペラペラ公開したくはない。
 つまり、どこにあるのか分からないのだ。痕跡を辿るか探すしかない。かといって上から見える位置に沈んでいるわけではないのが現実。

 「………うーん」

 そう―――……そんな時は潜水士(ダイバー)の出番だ。
 ダイブスーツを着たまま『月光』を口にちょんと乗せ、肉付きのやや悪い脚を組み、時々小さく頷きながら漫画本に眼を通す女性―――……
 見方によっては少女にも見えなくも無い人物が、晴れ渡った空の下、するする前進するボートに乗っていた。
 座る場所はボートの外にある固定式の椅子。うっかりしたら風に漫画本を拉致されかねないので、両手でしっかり握り締め、ページを捲る時は片手に力をこめる。

 ボートが海水の上を進むことで潮風は暴風となり、彼女の黒髪を容赦なく嬲る。唇の隙間から突き出た煙草は、過度に酸素を供給されて嬉しげに紫煙を作って。
 ぱらり。ページを捲れば、物語は進み。
 漫画の中では、とある登場人物が、いつも書き込む掲示板に投稿される作品の感想を必死に考えているところだった。
 日常生活をダラダラ描く作品らしい。感想を考えようと音楽を聞き始め、結局一時間経過してしまった。

 「相変わらずだなぁ、この主人公」

 ジュリアはそう呟くと、漫画本を小脇に抱え込んで、煙草を指に挟んで椅子の背もたれに体重をかけた。ふと顔を船内に向けてみた。

 「うふん♪」
 「…………」

 眼に映ったのは、船外に出るドアのところでグラビアよろしくセクシーポーズを決める相棒が居た。
 ダイブスーツの前をはだけさせて、黒のブラジャーと胸元を見せ付けた前傾ポーズ。片目を瞑ってウィンク。揺れるアホ毛。
 たわわと実った二つの果実。黒の隙間からも、なんとまぁ艶やかな素肌が見えて。青と黒の中間色の髪が僅かに胸元にかかって彩を添える。
 果実を見るジュリアの目は、瞼を微かに下げた……つまりジト目。

 「………」

 男なら、目に望遠鏡と録画装置を括りつけて注視していただろう。男なら、顔を見て、胸をガン見して、相手にバレないようにまた顔を見ただろう。男なら………。
 残念ながらジュリア=ブルーストリートは女。同性を好きになる趣味は無い。
 溜息をつくわけでもなく煙草でクラウディアを指し示し、

 「せくしーせくしー」

 おしめも取れてない子供を相手にするような優しく温い口調で言った。本格的に眠そうな目つきで、『早く着んかい』な威圧感も含めつつ。

 「あーん。『揉んでもいい?』とか『大きいね』とかリアクショ~ン!」
 「言わないから。風呂場でしょっちゅう裸ですれ違うのに今更どう反応しろと?」
 「うー」



 残念無念。アホ毛がしゅんと項垂れる。後ろを向いて、ダイブスーツをきっちりと着込んでスイッチオン。温度の調整やバイタルデータの測定が開始。
 ジュリアの直ぐ隣へ腰掛けたクラウディアは、流れ行く海の景色を眺めつつ、量がある癖っ毛を前髪から後頭部まで片手で掻き揚げた。指の隙間から零れた髪の毛を、前方から押し寄せる風が打つ。

 「あとどのくらいだっけ?」
 「十分くらい。自動操縦が故障しなきゃね」

 ずっと操縦舵を握っておくわけにも行かないので、船は現在進行形で機械に任せてある。それが故障したら遅延は間違いないわけだが、その確立は極めて低いので問題ない。
 ジュリアは、煙草を唇にやったまま両肘で腿に体重をかけた前傾体勢で言葉を出した。
 夏の頃とは一味違った温度を帯びた潮の香りが海面を通過した。

 「沈没船ねぇ……。情報は確か?」

 と、ジュリアが尋ねると、同じように前を向いたままのクラウディアが答える。

 「ダイブ仲間のお兄さんに聞いてね、そこに痕跡があるって」
 「嘘っぱちかもしれないのに?」
 「んぅ~……、それは無いと思うケドー。そのお兄さんって結構実力のあるダイバーだし。それでねぇ……縛って、ああん、じゃなくてシバいて、でもなくて……ちょっとゴタゴタして聞き出したから」
 「鞭も使ったんだろー、どうせ」
 「あら、勉強したのね偉い偉い♪ なんなら教えてあげようかしらん。主に体に」
 「全力でお断りします、教官」
 「全力で残念だぞ、生徒」

 どう考えてもSMプレイです、本当にありがとうございました。
 げっそりした顔のジュリアに、満面の笑顔を浮かべたクラウディアが頭を撫でようと手を伸ばす。首だけ反らして緊急回避。クラウディアの手が虚しく中を掻く。
 その件のお兄さんとクラウディアの『プレイ』の内容を、というかそれ自体が馬鹿馬鹿しくて追求する気も起きなかったが、そんなことはどうでもいい。
 シバく趣味もシバかれる趣味もジュリアには無かった。

 問題なのは、沈没船があるかどうかということなのだ。『プレイ』で得た情報だとは今知った。『プレイ』の最中に漏らしたというなら信憑性に欠けるような気がしないでもない。
 金になる情報を、ダイバーが漏らす訳も無い。あるとすれば購入か、自分で調べるか、兎に角手段が限られる。
 話から察するにシバいて無理矢理聞き出したとしか考えられなかった。
 そう話してみると、クラウディアはニコニコとしたままこう言った。

 「うーん。悦んでデータ渡してくれたわよー?」
 「………」

 もはや何も言うまい。漢字が違うのだって気のせいに違いないのだ。
 今回はそのデータとやらを信じてみるとしよう。もしデータが違ったとしても、命を落とすようなことにはならない。何故なら、この海域にガードロボは出ないからだ。
 危険と言えば機体の不備などとなるが、この二人に限ってその手の抜かりは有り得なかった。
 到着まで約数分。二人は頷き、立ち上がると、格納庫へと向かっていった。今日も殻を被って、生身では人類が辿り付けない領域へと、深く潜りに行くのだ。
 格納庫内部で身を屈めていた二人の愛機が目を覚ました。



 振動、海面に巨躯が落ちて水しぶきが上がる音、電池から供給される電力で機器が小さく唸る音。
 船から投下されたその機体は、三連装遠距離魚雷ランチャーを片手に海底を目指す。

 沈没船と思しき物体が存在する場所は、海面から数えて2000m付近にある。海底に出来たこんもりとした山のような場所の頂上にあるらしい。
 遺跡も無く、人が住む場所が遠いので、発見されなかったのだろう。
 襲撃を受ける可能性が低いと言う事もあって、三次元ソナーやセンサーは全開で、『ハルキゲニア』のライトも煌々と光り輝いている。
 中世の騎士が被っていた、バケツ型の兜を彷彿とさせる頭部がどことなく楽しげにみえた。

何もスラスターを使うことも無いだろうと、機体の重量だけで沈ませている。微調整の為、背中にある可変翼がひらひらと動く。
 潜水機としてはゴテゴテした『ハルキゲニア』から、拘束されていた気泡が立ち昇って海面に消え失せる。
 平泳ぎするかのように、金属の両手が海水を掻き、速度を上げる。

 深度70m。
 人間の視力では光はほぼ無い、暗闇の世界。あんなにも眩しかった光も遠く遥か彼方へと消え、群青色に墨汁を混ぜ込んだよう。
 更に深みへ。すると、もう、眼を瞑ったのと同じ、完全なる暗闇の帳が降りる。
 光量はまちまちながら強力なライトが海中を照らし、そのおまけに機体そのものの表面に光を振り撒く。十字のモノアイが見据える先は海底。
 緊張感漂う仕事中、ジュリアとクラウディアの二人は寸分違わぬ瞬間に大欠伸をした。虫がいたら飛び込むような大きい欠伸であった。

 「ねむ~。ジュリー、寝たいわー」
 「サボるなあとジュリ言うな」
 「寝不足の理由を当ててあげよーか?」
 「そっちも寝不足のクセにね」

 ジュリアは、高速道路で前を見たままトラックのハンドルを握り締めて早五時間目の運転手のように機体を操りながら、後ろの方から声をかけてくる相棒の方を振り返ることなく、小さく頷く。

 「長電話でしょ?」
 「うん、そう。アイツがかけてくるからさ。結局長電話になって」
 「ふふぅ~ん? 内容は?」
 「今日何したとか。テレビがどうのとか。ダラダラ話し続けてた……それで、それがどうかした?」
 「オンナノコは長電話好き。だけどオトコノコは長電話は嫌い。でも、オルカ君はかけてきた。用が無いのにかけてきた」
 「うん」

 『で?』と聞き返しそうな雰囲気に、クラウディアはヤレヤレと首を振った。
 それとなく伝えようと匂わせたというのに、当の本人はこれっぽっちも気がついていない様子なのだ。経験が無いと言うか、アンテナが狭いというか。

 一方で操縦の手は止まっていない。ハルキゲニアはつつがなく海底にまっしぐら。あれこれしてる間に深度は1000mを切っていた。
 今日は耐圧殻の調子がいいらしく、軋む音や異常もみられない。
 やはり、敵が居ないかと警戒しながら潜るより、警戒せず一気に潜る方が圧倒的に早かった。

 クラウディアは、センサーに反応が無いかと確認してみるが、結局映るのは魚や不純物などしかない。暗い操縦室。補助者専用席で背もたれに寄りかかる。ギシ、と椅子が鳴った。
 ライトが黒一色に光を供給し、カメラが操縦席に映像として送る。マリンスノーは殆ど無かった。それはそれで寂しい光景であった。
 ――深度、1600m。
 ここで右腕の回路に異常が発生した。素早くクラウディアが対処に当たる。小気味いいタイプ音が殻の中で響く。



 「第一から第二にっ……と」
 「……はぁー……。お下がりだから仕方ないとは言っても、毎度これじゃ神経がゴリゴリと」

 対応完了。不調だった回路を予備回路に切り替え、接続。無事成功。画面から警告の文字が消える。
 お下がり潜水機を魔改造(?)して完成したこの機体にはよくあることなのだ。

 「新しいフレームに買い換えちゃう?」
 「それは駄目」

 ジュリア、機体の右腕が正常に動作することを確かめ終わると、後ろに首を少し向けた。前髪がぱらりと動く。

 「バレたらくすぐり地獄の刑が待ってるし。考えてみてよ。両手両脚固定で、ニヤけた師匠が馬乗りになってお腹とか腋とかくすぐる……あれは無いわ。腹筋が死ぬかと思った」

 地獄。おイタをした翌日眼を覚ましてみれば、ベッドに括りつけられていた。入室するのは嬉しそうな師匠。そして始まる擽りパラダイス。
 思い出すのもゾッとする。多少顔の青ざめたジュリアと正反対に、クラウディアは楽しげだった。ジュリアの肩に手を伸ばし、トントンと叩いてくる……だけでなく揉んでくる。

 「それでMに目覚めたと」
 「目覚めてないから!」
 「ムキになっちゃってぇ♪」
 「……私がタクシー運転手だったら後部座席を射出してるよ」

 映画のようにレバーを引いたら助手席が天高く飛ぶ仕様ならいいのにと思ったが、深海でやったら唯では済まないから駄目だなどと考える。
 気味の悪い動きで肩を揉む手を払いのけ、やや朱が増した頬を隠すために、ふん、と鼻を鳴らした。

 「映画の見すぎよん、ジュリちゃん」
 「ジュリちゃん言うなとっ」

 ケラケラというか、くすくすうふふな笑い声が後部座席から聞こえてくる。からかっているんだろうと分かっていても、ムキになってしまう。
 などとしている内に海底が迫ってきた。
 脚部スラスター作動。地面に熱い口付けをかます前に機体を起こし、両手足使えるものは全て使って安定させ、状況の確認のためにライトの向きを変えた。強めのGが体にしがみ付くも、二人には大した障害になり得ない。
 三連装長距離魚雷ランチャーを構えるでもなく、最初にライトで照らす。ハルキゲニアが巻き起こした水流で地面から砂埃が上がった。

 「……あったし」
 「わぁ大きい」

 二人して声を漏らす。
 そんな早く見つかるわけ無いじゃんと考えていたが、そんなことは無かった。どうやら『お兄さん』の情報は確かだったようだ。
 ハルキゲニアの眼前に、それが横たわっている。開拓時代に空を飛んでいた巨大な船の残骸。
 それは、二人を待っていたかのように。それは、まるで人の亡骸のように静かに。

 全長凡そ700m。流線型とは程遠く、船体から櫓のような部品が無造作に生えており、時間の経過で積もった泥や微生物の死骸等が全体像を見えにくくしている。
 翼の生えた潜水艦にも思えた。

 取り合えずジュリアは、船を撮影しようとしてスラスターを噴かした。ハルキゲニアが海底からふわりと浮かび上がる。
 全高10m近くもあるハルキゲニアでさえ、惑星改造船を前にしてしまうとコロボックス程度にしか見えなかった。遺跡も広大だったが、この船も相当大きい。
 全体が見える事が船を大きく見せるのかもしれない。

 櫓状の部品が船体から突き出ているのを下に見つつ、撮影を開始する。ハルキゲニア頭部の十字型モノアイ内部でカメラが始動。
 船が全て写るようにスラスターで上昇。ライトの光を鈍く反射する船体が録画され始めた。
 船の異様な存在感に気圧されてしまったジュリアだったが、すぐに頭を切り替えて仕事を再開する。まずは撮影。次に調査。そしてお金になりそうな部分を引き上げればよい。

 「というか、何処をどうしていいのやら……」
 「そーねぇ……」

 正直な話、こうも簡単に見つかるとは思って居なかった二人は、途方に暮れたように顔を見合わせた。遺跡に関してはプロでも、船となるとプロではないのだ。
 何は兎も角、櫓状の部品を切り取ろうということになった。スタビライザーらしきそれは、長年海水に浸かり続け、水圧に耐え続けてきたお陰なのかぽっきりと簡単に折れた。それを腰から吊るしておく。
 問題は中身である。もし中に空気があった場合、ハルキゲニアは内部に身を入れんとする海水にさらわれて、不本意な乗船を果たすか磔になるであろう。それは無いと思いたかった。

 それに中に入ったところで潜水機は動けない。
 人間が乗るのを前提に造られた船に、全高10mの鉄の巨人が入って行動出来るはずも無く、かといって機体を出れば水圧で即死である。
 無理矢理広げながら(主に魚雷で)中を覗き込むことは可能であろう。だが、そんなことをすれば価値あるものまで永遠に海の藻屑となる。難しい事だ。

丸々八秒間の逡巡。脳裏に描き出した映像を編集したり足りない部分を補ったり。簡易的な構造計算やら、運に祈るやら。
 決心を固めたジュリアは、ものは試しと船体に着地して、プラズマカッターを表層に押し当て、穴を穿とうと試みる。超高温に晒されたために金属が気化して煙のように立ち昇った。
 戦闘を目的としていない所為なのか、拍子抜けするほどあっさりと穴が空いた。水が吸い込まれる様子も無かった。内部が完全に浸水しているためだろう。
 これを好機と見て、プラズマカッターで船体表面に円形の大穴を刳り貫こうと作業を始めた。

 「マニアなんかに売れるのはどの辺だっけ?」

 ジュリアが作業中に尋ねれば、船のデータを採っていたクラウディアが返答する。さくさくとした会話の応酬。
 作業中、操縦者は後ろを向けず、補助者は画面を見つめ続ける。体を動かすに動かせないので、会話が弾む。

 「船体の登録番号が表記されたプレートとか、学者さんなら機器類でしょうね~。歴史的に価値があるものだから」

 これが今まで引き上げられた物のデータね。そう言ってクラウディアがキー操作すると、操縦画面に青い半透明のウィンドウがいくつか開いた。
 プレート、推進装置、珍しいものでは遺品、さらには遺骨……。
 コレクター垂涎ものまで、多くの品がある。コレクターの考えることはいつの時代も一般人には理解されないのだろうか。
 眼を通したジュリアは、率直な意見を述べた。

 「価値があるものなら政府が担当すべきなんだろうけどね」
 「あはは、それは無理よ。海賊が使ってたり、海賊に沈められたってことになると、お偉いさん達は関与したくないものね」
 「そこで、私達のお仕事ってことで……っと、空いた空いた」

 突然、深海の暗闇では気がつかない程度の小さい火花が散って、ハルキゲニアが通れるほどの大穴が空いた。
 切り取られた表層は、内側に落ち込もうとするので、なんとか持ち上げて中を覗き込む。
 頭部のライトを強め、時間から孤立した惑星改造船の中を照らしてみた。

 「何もねーな……」

 何も無いわけじゃなかったが、そう呟いた。
 居住区だったであろうその場所は、藻だか珊瑚だか良く分からない生物の棲みかとなっていて、深海にしか生息できないエビの一種が這っているのが見えた。光に驚いて物陰に隠れたが。
 木製の(腐って原型を止めないが)ベッドが並び、棚のような物体の下にはいくつか金属的な反射をする物体が落ちていた。興味が湧いて、モノアイを向けて映像を拡大した。
 一番最初に眼についたモノについてクラウディアに尋ねようとしたが、悲しいことにジュリアには名前が分からなかった。すかさずクラウディアが口を開く。

 「う~ん、宝石付きのティアラに指輪にネックレスにバレッタに……。お金持ち」
 「手届くかな?」
 「ジュリちゃあ~~ん、勉強が足りてないわよ~」
 「気持ちの悪い猫なで声を止めろ、色情魔」
 「酷いわ……お姉さん泣いちゃう。この際ジュリちゃんもご一緒に」
 「泣かないからな!?」

 毎度おなじみ夫婦漫才……夫婦ではないが。
 機体を操作して手を伸ばし、ティアラやらネックレスやらのある床ごと剥がして仕舞い込む。古い枕を叩いた時のように砂埃が出て部屋に霞をかけた。
 装飾品があったことから、この船が海賊船であることは間違いない。何故なら、作業員だらけの惑星改造船に装飾品を持ち込めた記録もなく、またありえないからだ。それならまだお金になるものがあるかもしれない。
 だが、機体の大きさが許してくれなかった。無理に部屋の奥に押し通って『挟まっちまったぜ!』では洒落にもならないので、ここまでにしておく。
 お次は船の名前や認識番号が記されたプレートを探そうとして、機体を船から離す。
 ――そして、時間をかけて船を調べた結果分かったことがいくつか。
 まず、この船は戦闘によって沈められたのではなく自分から沈んだと考えられる事。
二つ目に、沈み方が馬鹿に丁寧で、計算して沈めたとしか考えられないということ。最後に、船の名前は不明だったという事。最後は仕方なかったのだ。プレートが塗りつぶされていたのだ。
 お金になりそうなものは回収できたので、二人は引き上げることにした。時刻は夕方になっていた。



 夜。

 クルーザーを最大速度で走らせて帰宅した二人は、機体の整備や回収したものの分別うんぬんは明日やることにして、シャワーも早々にベッドに転がっていた。
 無論相部屋ではない。
 敵が居なかったことが幸いして体力の消耗は微少であったとは言え、スラスターペダルを制御しっぱなし、操縦しっぱなしだったので疲れてはいる。
 クラウディアも体力全開とはいかない。

 ジュリアは今、外には出られない軽装備―――隠さずに言うと、下は、パンツ一枚で上はスポーツブラ。それに白のガウンを着ている。
 シャワーで体が熱くなったのでこの格好なのだった。
 仰向けでは辛いのでうつ伏せで携帯電話を弄っている様はごく普通の女の子。
 湿って萎びた髪。血色の良い頬は、照れているよう。孤児院に勤める某青年なら興奮するに違いない。

 季節的に暖かくはないが、暖房をしていれば問題はない訳で。
 携帯電話側面の空間に投影されているモニターに映る映像を見つつ、調べたいことを検索しては他の画面に映し出させる。
 頭に浮かんだ順から検索しているらしく、「孤児院」「ニュース」「熱血」「ボルト」と繋がり皆無。

 一通り調べたいことは調べた。携帯電話を畳んでベットの下に置き、仰向けになった。
 寝ようかなと考えるが、まだ眠れない。

 「………うーん」

 部屋の壁でせっせと働く時計を見た。十時。眠るにはやや早く、起きているにはやや遅い時間。
 ジュリアは眠気が来るのを布団に入って待つことにした。
 ガウンのままベッドの端っこから布団を引き寄せて潜りこみ顔だけ外に出す。体を横に向け、枕を頭の下に。

 「ん~~………ぅ」

 背中を逸らし、細い手足に力を込めて伸ばす。関節辺りがポキポキ音を立てた。力を抜き、顔を布団に埋め。
 寝ようとは思ったが、寝ることが出来ない。疲れているはずなのだが……。
 ベッドからのそのそと起き上がり、照明を切り、ぴょんと跳んでベットの上に。布団を被って寝る体勢を再度とって待つも、眠気が来ない。

 疲れ具合が高すぎると眠れないと聞いたことがあったが、その感じではなかった。
 カーテンの隙間から入る明かりを頼りに天井の染みを凝視し続ける。ジュリアの脳内で染みが老婆になったり兎に(理由は不明だが白兎)なったりした。
 だが、睡魔は訪れなかった。

 「………ぅー……あー……いまなんじ?」

 どれだけ時間が経ったのか。時計を見た。残念、時刻は十時三十分。
 布団を抱き枕のように腕で締め付け、ごろんと転がる。
 ――また、三十分経過。

 「お」

 ヴーン、ヴーン、ヴーン……。
 着信。バイブ設定の携帯電話から音が聞こえる。がばっと体を起こし、ベットの下に手を伸ばし、手元に引き寄せて開く。メールだった。
 こんな時間にメールとは、と訝しげな表情を浮かべつつもタイトルと差出人を見た。予想通りオルカだった。いつもなら電話だが、時間が時間なので自重したのか。
 文面は立った一言。男のメールっぽさが出ている。

 『夜遅くスイマセン』

 眠れないし付き合ってもいいか。
 やり取りは、結局日付が変わってからも続いたとか。


            【終】


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