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CR断章 藍ちゃん頑張る!! バレンタイン編

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ParaBellum

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CR断章 藍ちゃん頑張る!! バレンタイン編


―注意書き?―

 時系列的にはCR2章終了後辺りのお話です 
 というわけで未来のお話です、軽く先の展開のネタバレ含んでますのでそんなもん嫌だって人は読まないようにしてください。 
 でも、これを踏まえて2章読んでもらえると面白いかもしれません。 









 とある日の正午。
 寒空を見上げて、琴峰藍は憂鬱になっていた。
 最近、いつにも増して、自分の主である黒峰潤也が自分に対して厳しいのだ。
 あること無いこと難癖付けて、お前は駄目だのなんだのと藍の失敗を咎めてくるようになった。
 なんで、こんな事になったのか…藍には原因はわかっていた。
 おそらくはイーグル本部でやったアレが問題なのだ。
 でもなぁ…と藍は思う。
 あの急場であれ以外の方法は思いつかなかったし、実際はアレをやったから迅速に脱出して、今ここにいるのだ。
 となると、やっぱり自分の行った事は正しい判断だったのだと藍は結論した。
 だからといっても心の方はそう簡単に解決はしないという事を藍はこの半年間で学んでいる。
「男の人って皆、こんなのなのかなぁー。」
 空を見上げてボヤく。
 いつもは綺麗だと思える青空が、逆に虚しさを藍に感じさせていた。
 琴峰藍にとって見れば黒峰潤也は全てである。
 自身の恩人であり、自身が初めてであった人間であり、初めて喋った人間であり、自身の主である。
 ある意味、琴峰藍という個体が持つ黒峰潤也への思いは信仰の域まで達しているとも言えた。
 だから彼女はいつも思うのだ、潤也に好かれていたいと…。
 だが、黒峰潤也は、自身と出会ったあの日以来、琴峰藍に優しい言葉など掛けてくれた事は無かった。
 理由は知っている。
 あの男から嫌というぐらい聞かされていた。
 だからといって、それは藍の責任でもなんでもなく、藍からしてみれば理不尽この上無い理由だ。
 だからその理由を超え、潤也にせめて、嫌われないようにしようと、色々と藍の方から行動を起こしているのだが、結果、全てが失敗に終わっている。
 そもそも藍には人生経験というものが無い、目覚めたらずっと戦いの日々だった。
 だから、失敗に終わるというのはある意味当たり前の結末だったと言えるだろう。
 そうして、悩みにふけっていた時だった、
「あらあら、どうしたんだい?お嬢ちゃんが腑抜けた顔してるとは意外だねぇ、何かお困りならばこの賢い婆様が、知恵を授けてあげるよ。」
 黒い服を着た白髪の老婆が現れたのは…。
 藍もよく知るというわけでは無いがひょんなことから付き合いが出来た老婆だ。
 老婆はくすりと笑い、枯れ枝のような腕で藍の頭にポンっとその枯れ枝のような腕を置く。
 藍はべーっと舌を出して自分の頭にある老婆の腕を突っぱねた。
「あんたなんかに教えてもらうことなんてありませんよーだ。」
 藍は敵意を込めてそう言う。
 お前なんか絶対に信用しないぞというポーズだ。
 それを見た老婆はため息を吐いた後、人差し指を突き出しチッチッと指を振った。
「お穣ちゃん、老人の知恵を舐めてはいけない、昔からお婆ちゃんの豆知識に適う知識は無いというだろう?」
「わたしはまだ、この世界に生まれ落ちて半年なんでそんな昔の事はわからないよーだ。」
 実の所、藍はこの老婆が苦手だった。
 先の件もあるのだが、とにかくこの老婆は藍の考えを先読みしたように言葉を合わせてくる。
 そうした後、弄り倒して遊ぶというのが老婆のいつもの行動だ。
「あらあら、そうのかい。まあ、そういう言葉があるんだ、それにお嬢ちゃんはあの坊主と仲良くしたいんじゃないのかい?
 あたしゃ、こう見えてもピチピチの85だ。あんたの半年の経験よりもずっと年を重ねているわけさ、こういう人生の先駆者の経験を聞いておくことは悪いことじゃないと思うんだけれどねぇー。」
「うっ。」
 痛い所を突かれたと藍は思った。
 これまでの藍のアタック、つまりは膝枕して耳掃除、寝起きのキス、裸エプロンなどは全て失敗に終わっている。
 人生経験が無いゆえに、とりあえず暇な時間を見つけてはいろんな人に男の人が好きな事を尋ねて探し回った結果であったが、潤也にはまったく通用しないどころか怒らせてしまう始末になってしまった。
 だからこそ、この老婆のような人生の先駆者から助言を貰えるのならば、ある意味、藍にとっては二度とないチャンスだと言えるかもしれない。
 目の前にいる人間があんな性格破綻者で無ければ、藍はすぐさま教えを乞うていただろう。
「心配しなさんな、今回はおふざけは無しだよ、このあたし、Ms.Kがあんたの恋のキューピットになってやろう。うっふっふっふっふ。」
 これから起こる事を想像してなんとも楽しそうに笑う自称:ピチピチの85歳がいた。
 その姿に藍が言いようのない恐怖と不安を覚えたのはわざわざ付け加えるまでも無い話である。




「バレンタインデー?」
藍はすっとんきょんな声を挙げて老婆ことMs.Kから告げられた言葉を反復する。
結局の所、藍はMs.Kの教えを請う事になった。人生経験がまるでない藍からすればそれ以外の選択肢が無かったのである。
それは、自らの命と引き換えにするかどうかを悩む程、苦渋の決断であった。
しかし、潤也に好かれたいという一心から背に腹は代えられない思いでMs.Kに頭を垂れる事を決断した。
そうしてMs.Kが最初に告げた言葉がこのバレンタインデーという言葉であった。
「そうさ、丁度、今日なんだけどね、今日はね、好きな人に贈り物をして自身の想いを伝える日なんだよ。贈り物としては…やっぱり手作りチョコレートがベタどころかねぇー。」
 記念日などの知識が全くない藍からすればそれはとても新鮮な話だった。
「ほぇー、それでなんでまたチョコレートなの?」
 ふふっとMs.Kは笑う。
「ふむ、これまた色々諸説あるんだが、やはりチョコレートはカロリーの効率がいいからだろうね。
 お嬢ちゃんが知っているかどうかは知らないが軍用のレーションにチョコレートが入ってる、これはね、小さな固形物でも大きなカロリーが得られるからなんだよ。
 おそらくは当時の戦争時に好きな人に生きて帰ってきて欲しいなんて願いを込めて贈ったんだろうねぇ。
 一応、他にも色んな贈り物が考えられてたらしいが、やっぱりメジャーなのはこれだと思うよ。」
 当然ながらMs.Kの口からの出まかせである。
 だが、生まれてこの方、戦いに明け暮れていた藍にとっては何とも説得力のある話でもあった。
「ほえぇー、まさか本当に使えそうな話を聞けるとは思ってなかった。」
「おいおい、このMs.Kを誰だと思っているんだい?」
「性根が悪い糞ババア。」
「直に言うねぇ、まあ、否定はしないが…。」
 Ms.Kは片手で頭を押さえて苦笑する。
「それでどうやってそのちょこれーとっていうのを作るの?」
「ああ、それならこのあたしがワンツーマンで教えてあげるよ。」
そういってMs.Kはスカートをめくり上げてそこから大きな壺と100枚はあるであろう板チョコと牛乳を取り出した。
ちなみにその壺はとてもじゃないが、Ms.Kのスカートに入りきる大きさのものでは無く、それに藍は突っ込んだが、Ms.Kは企業秘密だと返すだけだった。





「美しく可憐でピチピチなMs.Kのチョコレート製作劇場~」
 そこにはエプロン姿の白髪の老婆と黒髪の少女がいた。
 黒髪の少女、琴峰藍は感情のこもって無い拍手をMs.Kに向けて贈る。
 一見お料理教室を思わせるそれではあるが、行っている場所が野宿中の野原で、キャンプ用の机を広げ、そこにずらりと板チョコが並べてある光景は異様であった。
「さーて、お嬢ちゃん、バレンタイデー用のチョコレートの作り方ってどうすればいいのかわかるかね?」
「いや、全然。」
 そう藍は即答し、それに対してMs.Kは壮大にズッコケタ。
「つ、つまらない回答だねぇ、もうちょっと可愛さを強調するような解答は出来ないのかい?そんなんじゃいつまでたってもあの坊主のハートをゲット出来ないよ。」
「だって、どうすればいいのか、わからないし…。」
 少し困ったように答える藍を見てMs.Kは少し考えるようにした後、
「そうだねぇ、とりあえず両拳をグッと握るだろ、そしたら手の甲を外側に向けて両拳の側面をくっ付ける、その後、それを自分の口辺りに両拳を持ってきて、えー、わかりません、と目をつむりながら言ってみたりするのはどうだい?」
「え、う、うん、わかった、やってみる。」
 藍はMs.Kに言われた通りに俗に言う、ぶりッ娘ポーズを取る。
「えー、わかりませーん。」
 そこに一人の白髪の青年が通りかかった。
青年は釣り竿を方に担いで、釣り上げた魚を入れたクーラーボックスを片手に持っている。
 青年はぶりっ娘ポーズを取る藍を一瞥して一言、
「なにやってんだ、お前、気持ち悪いぞ…下らんことやってる暇あるならリベジオンの調整でもしとけ、この馬鹿。」
 といって、ため息を付いて通り過ぎていった。
 そうしてキャンプに張ってあるテントの中に青年、黒峰潤也が入った後、藍は空気の抜けた風船のように力なく倒れこんだ。
「じゅ、潤也に、きも、気持ち悪いって、潤也に…潤也に…。」
 そう呟く、口からは白いモヤのようなモノが出かけている。
「し、しっかりするんだよ!!お穣ちゃん、まだ、何も始まっちゃいないんだ、諦めたらそこで、試合終了だよ!!」
 慌ててMs.Kは藍の魂を現世に繋ぎ止める為に叱咤激励をする。
「しかし、恐るべしは坊やだね、まさか、あのポーズで落ちないとは…あたしの時代だったら、あのポーズで振り向かなかった男はいないというのに…。」
 遺憾だと言うようにMs.Kは感想を述べる。
「質問なんだけれど……良い?」
 力無い声で、藍はMs.Kに問う。
「ああ、なんだい?」
「振り向いた後、その男の人達はどうしたの?」
「ああ、そりゃ、当然、くすりと苦笑いをして――――――」
「そんなポーズをわたしにやらせるなぁあぁぁぁあぁぁぁ!!!!」
 藍の容赦ないアッパーがMs.Kに炸裂し、その体を宙に浮かせた。
 Ms.Kは柔を用いてその衝撃を受け流し、空中で宙帰りをして、何事もなかったかのように着地した。
「ちっ、化け物めっ…。」
 無傷でそこにいるMs.Kを見て心底忌々しく藍は呟く。
 そう言われたMs.Kは頭を掻いて、
「お嬢ちゃんに言われると中々にショック受けるんだけどねぇ。」
 と自嘲する。
「まあ、おふざけはこの辺にしておいて、チョコレート作る作業を始めないと日が暮れてしまうよ。」
「でも、潤也は…もう。」
 先ほど潤也に言われた言葉を思い出し、藍は意気消沈した。
 今まで、つらく当られた事はあったが、気持ち悪いとまで言われたのは初めての経験だったのである。
 藍はまるで世界が終ったかのように表情を暗くして落ち込んでいた。
 Ms.Kはそれを見たあとあーあーとめんどくさそうに頭に手を当てた後、小さく深呼吸をした後、藍を嘲笑うようにして言った。
「あらぁ、あんたの坊やに対する愛情はたかだか一度、拒絶されたぐらいで消えちまうような小さな炎だったのかい?そうかい、そうかい、ならやめちまいな、始めから実りようの無い恋なんだよ。」
 そのもの言いは冷たくもあった。
「――ちがう。」
 小さな声で藍は反論したが、それに構わずMs.Kは続ける。
「大体、不釣り合いだよねぇ、たかだか琴峰研究所で生まれたモルモット風情が、人間様と親しくようなんて、程度を弁えないにも程があるねぇ…まったくその程度の覚悟で―――」
「違う!!!!」
 藍は目に涙を浮かべて大声で否定する。
 腹の底から出すような大声をあげたのは生まれてこの方初めてだったかもしれない。
「確かに、わたしは潤也とは不釣り合いだし、そもそも潤也にはこの顔で忌み嫌われているけれど、潤也を思う思いだけは本物なんだもん!!
 この体は作りものかもしれないし、この心までも作りものかもしれないけれど、潤也を初めて見て、好きだと思った気持ちだけはわたしのものなんだもん。
 だから、潤也は好きだという思うこの気持ちだけは絶対に、絶対に変わらない!!」
 そう言う、藍を見てMs.Kはくすりと笑い元気づけるように藍の背中を叩いた。
「なら、いつまでも落ち込んで無いで頑張ってみなさいな、結果はどう転ぶかわからないけれど、とりあえずやってみないと始まりすらしないだろ?」
 そうして二人は手作りチョコレートを作り始めた。
 離れにあるテントの中でその藍の叫び声の一部始終を聞いた潤也はため息をついた後、
「まったく、何、やってんだ、あいつら…。」
 と呆れたように呟いた。





 午後10時、藍の執念とMs.Kのテキトーな指導によって、ついにハート型の手作りチョコレートが完成する。
 チョコレート作りで何故か、辺りの木々を倒木させる等という3度の失敗を経て、時間ギリギリに完成したそれは、見てくれは素晴らしいとは言えないが、少なくとも人前に出せる程度には形になっていた。
 あとは包装したチョコレートを藍が潤也に受け渡すだけである。
 藍はお気に入りの浴衣を着て、Ms.Kに簡単に化粧をしてもらい、潤也がいるテントの前に立っている。
 そうして、既に1時間ほどの時間がたっている。
 緊張して中々、テントの中への一歩を踏み出せないのだ。
 藍の胸中には今までの失敗が思い起こされている。
 かつて何度も潤也に気に入られようと行動してきたそれは、全て最悪の結末を得るに至った。
 それ故に、また潤也に拒絶される事が怖いのである。
 藍の胸中には今、負の誘惑があった。
 この一歩を踏み出さなければ自分は傷つかずに済むのではないか?というものだ。
 おそらく潤也はこのような事をしても受け入れてはくれないだろう。
 黒峰潤也が琴峰藍に辛く当っているのは人として好きとか嫌いでは無くもっと根本的な問題なのだ。
 だから、潤也は自分の行為を拒絶する。
 これは想像に難くない所か確信に近いものであった。
 だから、一歩を踏み出すのをやめようか…。
 確かに、潤也の事を思ってチョコレート作りに没頭した半日は今までで最も充実した時間だったといえるかもしれない。
 ここで終わらせればそれは単なる自己満足で終わってしまうが、今までそういう経験すらした事が無かったのだ、それはそれで良いじゃないか…。
 そんな事を考えて、テントの前から去ろうとした藍に向けて、
「あー煩わしい、最近の若いもんは皆こうなのかね?さっさと行ってこーーーい。」
 横から見守っていたMs.Kはとび蹴りをし、それを受けた藍は吹っ飛ぶようにテントの中に突っ込んでいった。
 そして、眠りに入ろうとしていた潤也の背中に突撃する。
 潤也は自分にぶつかってきた物体を見て、心底呆れたような口ぶりで、
「本当に何やってんだ、お前らは…新手のギャグでも練習してるのか?やるのは勝手だが、俺に迷惑かからない所でやれよな…。」
 と言いながら、突撃された背中をさすった。
「だ、だだだ、大丈夫!?ご、ごめんね、今のはあの糞ババアが、い、いや、それより本当に大丈夫!?」
 藍は自分のやった事に慌てふためいていた。
 潤也はそんな藍を見て、軽いチョップを藍の頭に当てる。
「落ち着け、お前の頭突きぐらいでどうこうなるぐらいやわな体はしてない。」
 涙目の藍をそう言って潤也はなだめる。
 そうして少し藍が落ち着いた後、潤也は尋ねた。
「それでさっきからずっと入口の前に立ってたみたいだが、一体、何の用だ?それに、夕食も食べずに婆さんと一体何をやってた?」
「そ、それはね…。」
 慌てて、Ms.Kに蹴り飛ばされた際に、落としてしまったチョコレートを探し、見つける。
 不幸中の幸いか、チョコレートは包装がつぶれたりもせず、無傷な状態で床に落ちていた。
 藍はそれを拾い、息を吸い覚悟を決めたように潤也に告げる。
「あのね、今日、バレンタインデーだから、ちょ、チョコレートを作ってみたの…じゅ、潤也…あ、あのよければ貰ってもらえないかな…。」
 返ってくるだろう返答に目をつむる。
 おそらくは潤也は自分を怒るだろう。
 そんな事をしている暇があるならばリベジオンの調整でもしていろと…。
 しかし、返ってきたのはまったくを持って想定外の――
「そうか、じゃあ、そこに置いておいてくれ。」
 そんな、素っ気無い返答だった。
 そうして潤也は藍に背を向け、寝袋に包まる。
 予想外の返答にどうすればいいのかわからない藍は顔を真っ赤にして、
「あ、ああ、ああ、ありがとう潤也!!じゃ、じゃあ、ここにチョコレートは置いてくね、そ、それにわたしももう行くね、リベジオンの調整もやらないといけないかららら、うわぁぁ。」
 ろれつが回らず、意味不明な言葉を並べた後、藍は超高速でテントの中から出て行った。
 その始終を見守っていたMs.Kは藍の姿が見えなくなった後、テントの中に入ってきて意外そうな声で、
「へぇ、てっきり受け取らないで、あの娘を糾弾するんだと、あたしゃ思ってたよ。坊やもあの娘に優しい事が言えたりするんだねぇ。」
 そう告げた。
 それに潤也はなんとも嫌そうな顔をして、
「少し、嫌な事を思い出してな、お前らの話を聞いてて、最初は徹底的に怒ろうかと思ってたが、なんかそんな気が萎えちまったよ。」
「ほぅほぅ、それは一体?」
 疑問を問いかける老婆に向けて、潤也は言う。
「予想は付いてるんだろ?だから、あんたはあいつにあんな事をやらせたわけだ。」
「ふふ、可能性を考慮したぐらいだよ。まあ、いいじゃないかカリカリしてても良い事なんて一つもないだろう?」
「言ってろ。」
 少しの間、興味深そうに潤也を眺めた後、
「ああ、坊や、とりあえずチョコレートはちゃんと食べてあげるんだよ、あれはあの娘が心を込めて作ったものなんだ。決して、捨てたりしてはいけないよ。」
 という言葉を去り間際に残してMs.Kはテントから出て行った。
 潤也以外の誰もがいなくなったテントの中に静寂が戻る。
 月のかすかな光だけがテントの中に微かな色を付け、闇に慣れた目だけがその風景を見る事が出来る。
 潤也は寝袋の中から抜け、藍の作ったチョコレートを手に取る。

 ―お兄ちゃん、今日は何の日か知ってる?―

 思い出されるのは手に持っている何かを両手を後ろに組んで隠して嬉しそうに笑う少女の記憶。
 まだ幸せだった日の記憶、捨てなければならない記憶、塗り替えてしまわないといけない記憶。
「未練なんだろうな…やっぱり…。」
 潤也は包装を丁寧に開けた。
 中には不細工なハート型のチョコレートが入っている。
 チョコレートの存在すら知らなかったあの少女が苦心しながら自分の為に作ったのだろう。
 だが、そんな無垢な少女を自分は無碍に扱う事しか出来ない。
 そうしないと今すぐにでもこの胸にある決意が崩れてしまう気がするから…だから、潤也は彼女に親愛の感情を示す事が出来ない。
「酷い男だな、俺は…いや、当然か…。」
 潤也は不細工なチョコレートの端を齧る。
 その味に、つい潤也は笑ってしまった。
「あの馬鹿、砂糖入れ忘れてやがる…。」
 琴峰藍が黒峰潤也の為に作ったチョコレートは今までの戦いと苦難を思い出させるように苦かった。


―了―


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