創作発表板 ロボット物SS総合スレ まとめ@wiki

TONTO;Sugarless GiRL

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匿名ユーザー

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《確認をしましょう》
 アトラスがそう言ったのは、私がアポリアに乗り込んで、まだハッチも閉めていない時だった。
 例によって例のごとく、出発予定時刻はとうに過ぎていた。整備も遅れたし、昼食も遅れた。マロウン族のおおらかな民族性と言えばそれまでだが、機動力が全てであり、だからこそどんな時でも戦場の霧に包まれた兵器であるところのアポリアのパイロットが、通常の軍隊における命令系統からやや逸脱した存在であることも関係あるのだろうな。と、私は他人事のように思った。つまるところ、よりマクロなものに責任をなすりつけたのだ。
 しばらくコックピットの周りを調べて、アトラスがどのカメラから私の姿を確認したのかを知ろうとして、失敗しつつ、なにを?と私は尋ねた。
《作戦の正確な目的》
「ゴミ拾い」
《ゴドーの回収です》
「ゴミみたいなものだ。いいや、もっと酷いかも」
 うそぶきつつ、しゃがみ込む。この声の綺麗な女の扱いにもだいぶん慣れてきたな、と感じる。いい傾向だ。他の戦争がどうなのかは知らないけれど、アポリアにとっての戦争は、凝り固まった命令系統による作戦行動というより、目的と結果だけハッキリしたフランクな馴れ合いだ。
 カオスそのものである戦場を、誰にも縛られずに走りぬけるには、走る側にもそれなりのカオスさが必要なのだ。と、私は考えている。それが正しいのかは知らない。だって、アポリアはできて十数年の新参兵器なのだ。飛行機で言えば、できてから偵察機同士でレンガを投げ合ったまで、くらいの時間しか過ぎていない。
 極端な平和と極端な争いしかないこの世の中では、新参兵器の出張る場も限られる。必然的に、その使い方に頭を悩ますインテリ達の数も限られる。だから、もちろん、まだそんなものに戦闘規範も何も無い。
 すべては自分の経験であり。
 胡散臭いジンクスだ。
 それでしか私にとっての戦争は語れない。
《だとしても私達のやるべきことは変わりません》
「糞喰らえだ」
 ふと下を見ると、一体全体どうしたのか、と工兵が不思議そうに見上げていたので、私は「なんでもない」と手を振った。下からはスピーカーが見えないので、私が唐突に独り言を言い出したように見えたのだろう。
《私たちは軍人です ルールに従って戦争をしなければなりません》
私は、彼女の手触りの無い言葉に耳を傾けるふりをしながら、シートではなく、ハッチを閉じた時に噛み合う部分に座り直して、基地の正面、橋のほうを眺めた。
イノメーブルの旗にも描かれる九つの川のひとつ、カトゥ川のやや急ぎ足な流れが、灰色がかった荒地を切り裂いて、太陽の光を受けてきらめいている。その上の埃っぽい橋には、敵のアポリアを警戒してか、大量の火力が集約されている。たくさんの高射砲に、据え付けられたたくさんの機関銃。たくさんの歩哨。
実際に、アポリアがこの戦争、いいや、内戦に投入されてからは、この橋は何度も落とされている。そのたびに補給路は分断され、戦線は後退した。そうして、余りにも落とされるものだから、その両端に基地を作ってしまった、というわけだ。
「薬は控えろ、黙ってゴミ拾いをしなさい」
《できるでしょう 食事をするなと言っているわけではありません》
「生き死にという意味では、それはそのまま使える表現かもしれない」
《私たちはあと八日でカダス高地へ辿り着かなければなりません》
 無視された。少しばかりタバコが恋しくなった。今の今まで禁煙していた事を忘れていたのに。不幸なことだ。そしてとびきり不幸なことに、人間にありがちな事として、段々とそのことが頭を占拠し始める。
 タバコの味や、ナルシズムに満ち満ちた(つまり端から見たら馬鹿馬鹿しいことこの上ないであろう)クールさへのあこがれとかだ。そういえば、何で禁煙したんだっけ。
《ゴドーをマフードに奪われれば また厄介な事になる 気づかれる前に回収しなくては》
「なりふり構っていられない。なら、なおさら建前なんて気にする必要は無いと思うけど」
《私個人としてもそれには同意しかねるのですが 何より本部から直々に言明されているのです 『現行のアポリアの運用法に沿って作戦を遂行しろ』と》
 私は空を見上げた。岩みたいにごつごつした雲がいくつも浮かんでいた。昨日よりは雲があるおかげで、今日はなかなかに過ごしやすい。いつもならグルダをつれて、芝生にシートでも広げて、外で昼食を食べていただろう。CDとオーディオを持って、CDは何がいいだろう。ザッパのホットラッツ。ファンカデリックのハードコアジョリス。グルダがいるならビートルズも何枚か持って行っただろう。ビリー・ジョエルのベスト盤はどこにしまったかな。グルダが勝手に持って行って、それっきりだった気がする。そういえば、そのことについて叱るのを忘れていた。
 怒るのは苦手だから、叱るのも下手だ。どうしようもない。
 単に逃げているだけなのかもしれないな、と私は思った。
《時間です そろそろ出発しましょう》
 アトラスが言った。時間です、そろそろ出発しましょう。帰ってくるまでが遠足です、とニホンの先生は言った。バナナはおやつには含まれません。なぜだろう。思い出すのはいつもつまらないことばかりだ。
 遠い、懐かしい、やわらかい思い出。

 昼下がりの午後、いつの間にかすっかり蒸しあがった広大なハンガーの中で、半裸の男達が楽しげにボールを蹴り合っていた。その様子は子供っぽくもあり、しかし、注意してみれば、その子供っぽさにはどこか無理のある演技が含まれていて、ずっと見つめていると、滑稽さと、悲しさと、懐かしさが同時に胸を覆った。
 リコは、今はグルダにアポリアの腕の構造を教えていた。単なる変り種の自走砲だったはずのアポリアになぜ腕を取り付けることになったのか。それがどれだけ難しい試みだったのか。どれだけの失敗が積み重ねられたのか。
 彼は退屈していた。過去にもう何度も同じ話をしてきたからだ。といって、彼は若者に混じってサッカーを楽しめるほどに若くはなかった。必然的に、話をねだるグルダの相手をし続けるハメになる。
「そういえば。ねえ、リコ。この辺りでCDを見なかった?」
「なんだって?」
 ちょうど、アポリアの腕に掛かった力をわざとガントレットにフィードバックさせるしくみを解説し始めたところで、グルダが話の腰を折った。その顔を見て、ははん、とリコは思った。このお嬢ちゃんは、妙に大人っぽいところがあるが、嘘を吐く技術は年相応らしい。 
 努力してなんでもないことのように見せかけているが、今までの話は前フリで、どう考えてもそれが本題だった。
 こういうのをなんて言うんだろうな、とリコは唇の端を手で隠した。子供の吐く精一杯の嘘を、たわいもないものを、見破った時の、この暖かさは。
「知っているかもしれない、どんなCDなんだ?」
「ビリージョエルのベスト盤」
 腹を震わせる短い振動のあと、歓声と同時に悲鳴が上がる。誰かの放ったボールがポストにはじかれたのだ。ポストと言うのは、この場合は、ゴールに見立てられた“コネチカットのひょこひょこおじさん”の脛の事だ。修復が終わって、天井から床へ、背伸びするように吊り下げられた蒼い巨人は、その腹に空いた大穴を晒しながら、興味深そうに、足元で踊る人間達を眺めていた。
「ウラジミルに返さないといけないの。あの人、あのCDを大切にしてたから」
 グルダは自分の前、机の上に揃えた手の先をじっと見つめていた。ふと、彼女は想像したくないことを想像している自分に気が付いて、顔を上げた。リコは軽い気持ちでその顔を見て、すぐに暖かい気持ちは失せ、酷く居心地の悪い気分を味わった。
 彼女の目には、リコがこれまでの人生で何度も見てきた色があった。暗く、恐ろしいまでに澄み切った色。何かどうしようも無いことに気付いてしまって、後悔すら追いつかないような、そんな絶望そのもの。
 子供は本当に簡単に目の色を変えるな、リコは思った。だから嫌なんだ。単純なぶん、そこに現れる色は、こちらが戸惑うくらいに深い。
「ウラジミルは、本当に帰って来るの?」
「俺に聞かれても困るね」
「酷い」
「酷い?おいおい、これでも俺はお嬢ちゃんをそれなりに尊敬してるんだ。だからあんたの欲しがってる答えは言えない。『もちろん帰って来るよ、だから心配しなくていい』なんて無責任な事は言えない。本当のことしか話せない。そうしなけりゃ、あんたと、あんたと言う人間を育てた奴らを馬鹿にする事になる」
 コンクリートの上を、ばたばたと平べったい音を立てて走る裸足の男達が、この空間の時間を支配している。そこから作り出される曖昧で不規則なリズムが、周りのものを否応なしに巻き込んでいる。グルダは、全てのものが自分の周囲が回っているような気がした。自分が地面の中に、上から押さえつけられ、ねじ込まれるような。それでいて、それ自体に違和感は感じない。あくまで感覚の話だから。グルダもそんなことは理解していた。しかし、そんな理性を置いてきぼりにして、グルダは確かに架空の地面にねじ込まれていった。
 怖い、とグルダは言った。息継ぎをするように口を開けば、もうどうしようもなく、言葉が際限なく産まれた。
 昨日の朝、CDを無くしたことを謝ろうと思って、それで、もう、あの人はいなくなってた。今までこんなことは無かったのに。でもすぐに帰ってきてくれると思ってたの。むしろ叱られるのがずいぶん先になるかもって、うれしかった。あの人は怒ると怖いから。でも、今朝起きて、プレイボーイを読むのに疲れて、天井のしみを見てたら、怖くなった。もう私は叱られないんじゃないかって。これからはほんとうに、一人で生きていかなくちゃいけないんじゃないかって。
 喋るうちに段々とうつむいて、じっと机をにらみつけ始めたグルダに、リコは油で汚れたハンカチを渡して、しばらく待ってから、言った。
「ビリージョエルのベスト盤なら俺も持ってるから、それをあげてもいい。でもそういうことじゃないんだよな?」
「……あの人が何をしてるのか、どうしても知ることはできない?」
「できるかもしれない。だが知ってどうするんだ。知ったところで何も変わらんぞ」
「変わらないとおもうけど、変わるかもしれない。すくなくとも、知らないより知ってた方がいい」
 おねがい。グルダはリコをなるべく素直に見つめた。父に習ったのだ。誰かに本当に頼みたい事があるなら、嘘やまやかしを混ぜてはいけない。雛鳥のような純粋さで、けれど喚かず、疑いや、不安すら捨てて。自分が心の底から望んでるということを、アフォードしなければならない。
 それは自分自身に対しても、相手に対してもその通りだと。
「まあ、なんにせよ、美人ってのは得だよな」
 グルダの頭を乱暴に撫でたあと、リコはサッカーをする男達にカードをして遊ばないかと叫んだ。すっかりバテていた数人が手を上げて参加を表明してきたので、リコはカードを準備するために立ち上がった。
「ウラジミルもそう言ってた。羨ましいって」
「いや、あいつだって相当な……。まあいいや。実を言うとな、俺だって気になってたんだ。だからどっちにしろ同じことになったさ。お嬢ちゃんに頼まれるまでもなく」
「……なんでそこまでしてくれるの?」
「お嬢ちゃんも、あいつも友達だからな。歳を取るとそういうものを大切にしたくなるのさ。もっと歳を取ると赤ん坊みたいに自分のことしか見えなくなるらしいが、まだそこまでじゃないからな」
「ちょうどいい具合なんだ」
 リコは散らばったカードを集めながら、にやりと笑って見せた。
「その通り。素晴らしい老いぼれでいられる最後の期間さ。泥棒する勇気の出る最後の期間。賭け事のできる最後の期間だ」

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