創作発表板 ロボット物SS総合スレ まとめ@wiki

<Sweet joking>

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ParaBellum

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だれでも歓迎! 編集
ティマがまだ幼さが残る切なげな表情で、私の目鼻数センチまで迫る。彼女は仰向けになっている私の上でじっと、私の心を覗くように見つめている。
その蒼く吸い込まれてしまいそうな目は私の事を映しており、時折艶やかに濡れていて、その度に無意識に喉を鳴らしてしまう。
一緒に暮らし始めて随分月日が経ったが、未だにティマに対して私は思春期の学生の様なときめきを感じている。いい年して何を気持ち悪い事を言われても仕方ない程に。
自分でもそう思うが、私はティマとは一線を超えない、プラトニックな関係を築いていたいのだ。だが。

「……しよ、マキ?」
「しようって……何を?」

「……わるい事」


                              Sweet joking


「それじゃあマキ……今から作るから、待っててくれる?」
私の顔を覗きこみ、嬉しそうな表情でティマがそう言った。私は二つ返事で承諾する、

一応近況報告をしておくと、私達はNYから日本へと帰って来た。と言うのも、どうもNYで良い写真が取れなかったからだ。
言い訳ではない。言い訳では無いぞ。本当に良い写真を取るには四季折々が豊かな日本が向いていると思ったからだ。そういう事にしておいてほしい。

それにティマに、日本特有の四季というのを感じさせてあげたかったのもある。
今の季節はまだ肌寒い冬だが、これから次第に春が訪れて温かくなってくるにつれ、桜が咲きはじめるだろう。
ティマが桜を見てどんな印象を抱くか、そしてなにより、私は桜の前に立つティマという写真を是非とも取りたい、そんな不埒……いや、個人的な感情がある。
帰って来たのは一か月前。ティマと相談して何処に行くかが決まるまで、このアパートで二人で住むつもりだ。

案の定NYの時と同じく質素なアパートだが、私は質素な生活には充分順応している。自慢ではないが、ベテランだと思う。
同じか。全く何でセルフ突っ込みしているのだろう、私は。しかしこう、妙に浮かれた気分になるのは致し方あるまい。
今日は何と言っても日本中が菓子会社のセールスを伸ばす日、もとい恋人達が自らの心境に素直になれる素晴らしき日である。

その日の名は、バレンタインデー。そう、恋人達がそれぞれの思いを抱いてチョコレートを渡す日だ。

数年前の私なら一笑に付してスル―していたのだろうが、今の私は違う。何もかもが違う。
ここまで心躍る様な一週間が今まであっただろうか。いや無い。即答する。全ては一週間前に遡る。
きっかけは、居間でティマと一緒にくつろいで居た時だ。
あの日、ティマは確か女性向けのファッション雑誌(喜ばしい事に、ティマは最近ファッション雑誌にも興味を持ち始めている)を読んでいた。

「ねぇマキ、バレンタインデーって何?」
雑誌を読みながら興味深げに、ティマが私にそう聞いて来た。
まさかティマからそんな質問が来るとは思わなかった私は、特に疑問視する事も無く冷静に答えた。

「バレンタインデーとは昔、兵士が結婚してはならないという悲しい時代があったんだ。
 だけどそんな時代の中、互いを愛しあう兵士とその恋人を結婚式を密かに挙げさせていたバレンタインという司教さんがいてね。
 バレンタインさんは数多の恋人達を結婚へと導いてあげたが、時代はそれを許さず、バレンタインさんは処刑されてしまったんだ」

「……バレンタインさん、可愛そう」
そう言って目を潤ませるティマ。心優しい子だな、前からだが。
しかし何だ、この妙な胸騒ぎは……。私は気にせず、ティマに教える。

「それから幾分時は過ぎ、世界でバレンタインさんの事を敬い、恋人達を祝う日が出来た。それが、バレンタインデーだ」

「つまりバレンタインデーって、バレンタインさんの事を忘れないようにって恋人同士で愛し合う日なの?」

「そうだ。それで……」

非常に、迷う。言っていいのかどうかを。なんとなく気が引けるのだ。ティマにはバレンタインデーという意味だけを知っていて欲しい。
別に世間の風潮など気にせず。……いや、でも別に教えても良いんじゃないか? いや、でも……と思って分かる。
そうか、胸騒ぎの原因は、これか。私は期せず、彼女の反応にドキドキしている。どう答えるのかを。

「……それで、恋人同士で互いの気持ちを確認する為、チョコレートを挙げたり、受け取る日でもある。
 女の子はあげる方、男の子は貰う方でね。巧みにチョコレートの種類は何でも良いんだが、なるたけ好みに合わせた方が相手は喜ぶと思う」

私の説明を、ティマはじっと真摯な態度で聞いている。そして聞き終わると、その大きな目の瞳孔が、強く興味を惹かれたという感じで大きくなった。
そして少し考える様に俯くと、明るい表情で、私に言った。

「……ティマ?」
「マキ、私、マキの為にチョコ作る。マキが好きそうな、大人な感じのチョコ」

それからティマは、雑誌や近場の図書館でお菓子に関する料理本を片っ端から読み漁り、チョコを作る為に勉強し始めた。
ティマがどれほど真面目で良い子なのかは、私が一番よく知っているつもりだが、ここまで一生懸命に勉強しているティマの姿を見てると胸が熱くなって年甲斐もなく泣きそうになる。
日にちは過ぎ、家に山のように積まれた料理本と雑誌を一通り読み終え、前日に控えた日、ティマは私に聞いて来た。

「ねぇねぇ、マキ。あのさ……マキってお酒、飲めるっけ?」

む、お酒? ティマの意外な質問に、私は少々首を捻りながら答える。

「あぁ。と言ってもあまり強くは飲めないけど、ビール缶一本くらいなら」
「そっか……」
「じゃあ大丈夫だね」

そう言ってティマは自信たっぷりと言った感じで言葉を紡いだ。

「明日は期待してて、マキ。大人なチョコレート、食べさせてあげるから」

……そして今に戻る。居間で待っている間、、ティマはキッチンでその大人なチョコレートを作っている最中だ。
ティマ自身がやりたいと言い出した為、私は口を出さず全てティマに任せている。一応何か買いたい物があると言われたら車を飛ばすくらいの事はするが。
それにしても何を作る気なのだろうか……とTVを見ながら時折、キッチンの上に置かれている食材を見、私はぼんやりと思う。
チョコレートやそれを彩る為のナッツ云々はともかく、あの洋酒はかなり度が強い筈だが……。洋酒は苦手なんだよなぁ、何となく。

ティマは手際良く、チョコレートやその他食材を切り分けていく。と、溶かしたチョコレートでも入っているのか、小さなボウルが目に入った。
何が入っているのだろう……洋酒かな。まぁ楽しみにしておこう。

それにしてもティマが料理をしている姿は何時見ても良いなぁ。出来れば写真に撮りたいくらいだと思っていると、ティマはボウルを持ちあげた。
……何をする気何だろう。若干不安を感じつつ、私はティマの動向を静かに見守る。すると予想だにしない行動をティマは取った。

ティマは口元にボウルを持ってくると、中に入った酒を少しだけ……飲んだ?
ってティマ! 私は慌てて走り出した。いかんいかん、水ならともかく、酒なんて中に入れては……!

少し話を逸れるが、アンドロイドには人間と同じ様に食べ物を食べてエネルギーに変換する消化器官は存在しない。
その為、分かりやすく説明すれば、外部からのバッテリーを介して電力をエネルギーにする事で動く事が出来る。

とはいえ不慮の事態に備えて(食べ物は根本的にアウトだが)、内部に(喉の部分に備えられている)防水加工が成されている為、大難を逃れる。
しかしそれはあくまで水という話だ。防水加工されている箇所は非常にデリケート、水以外の液体にはとても弱いのだ。水でも大量に流れては大変な事になる。
一般的に飲み物と呼ばれるものなら話は別だ。最悪、内部から壊れかねない。酒? 言わずもがな。

案の定、ティマは激しく咳き込んだ。不純物を入れた為だろう。
にしてもどうしてこんな危ない事を……。しゃがんで背中を摩りながら、私はティマを心配する。

「……マキ」
ティマが何か私に言おうとしている。私は耳をすまして、ティマに言った。
「何だい、ティマ?」

瞬間、ティマが私を押し倒して、仰向けにした。驚きのあまり、私の頭の中が真っ白になる。
ティマは倒れている私の上になると、私の顔をじっと見つめた。一体これはどういう……。

「マキ……」
「ティマ、君は……」

私が何か言おうとしたが、すぐさまティマは私の唇を塞いだ。
柔らかく、少しでも強く触れれば壊れてしまいそうなほどに繊細なティマの唇は、甘い味がする。
私とティマは時間が分からなくなるくらい――――はオーバーだが、凄く長い時間、互いの唇を重ねあった。

ふっと、ティマの唇が、私から離れる。
そしてティマは私の目を見ながら、これまた予想だにしない発言をした。

「……酔っちゃった」

酔っちゃ……た? そんな馬鹿な……何十年もこの仕事に就いて来たが、アンドロイドが酒に酔うなんて聞いた事が……。
今まで経験した事の無い事象に冷静を装いながらも、私は激しくパ二くっている。これは故障か? 故障の範疇で良いのか?
なら今すぐティマの動きを止めなければ……そう思った、が。

ティマの白く綺麗な手が、私の掌に絡んできて動けない。
いや、動こうと思えば普通に動けるが、私は今握っているこの感触を手放したくない。……何を言っているんだ私は。
もしかしたらティマのデータチップが不備を起こしているのかもしれないじゃないか。迷っている暇は……。

「マキ……聞いて?」

ティマ、駄目だ……そんな澄んでいる上に潤んだ目で、私を見ないでくれ……。
時折、私はティマがアンドロイドである事を忘れてしまうほど、彼女の事が好きになってしまう。
しかしその度に、越えてはならない一線がある事を強く自覚し、自制心を保ってきた。

だが、今の状況は非常にまずい。何故ならティマから私を擁してきたからだ。
この場合はどうすればいいんだ……ティ、ティマ自身の意思を尊重すれば良いのだろうか? いかん、頭が働かない。

「私達……夫婦だよね」
「あ、あぁ……そうだよ。私達は夫婦だ、ティマ」

そう言いながらティマは馬乗りになると、着ているセーターを脱いだ。
アンドロイドである為当り前と言えば当たり前だが、ティマは服の上かはっきり分かるくらい、非常にスタイルが良い。
胸はやはり控えめだが、それが、良い。そうだ、変な事を考えれば良いんだ。あえて煩悩する事により、目の前の危機に対処する。
良く創作物にあるじゃないか。思考が読まれぬ様にあえて全く違う事を考える事で勝機を得る事が。それだよ、それ。

「ならさ……」

「……しよ、マキ?」
「しようって……何を?」

「……わるい事」

ティマがそう言いながら、私に迫ってくる。心臓の鼓動が16ビート並みに乱舞する。
ティマの可愛らしくて、それでいて綺麗な顔が私の目鼻立ちに迫ってくる。円周率、いや、素数を数えねば……!
……ジタバタしていても仕方ない。来るべき時が来たのかもしれん。決めるか、覚悟。

震えている手を押えながら私は――――ティマの服の中へと左手を伸ばし、控えめな胸に触れた。

「んっ……!」
怖いのか、ティマが小さく声を発した。その声は不安からか、怯えていて小動物の様だ。
そして空いている右手で、ティマを抱き寄せる。なるべく優しく、ガラス細工に触れる様に、ティマの体を触る。
僅かに、ティマが肩を震わしている。そうか……この子はまだ、子供だ。姿見こそは大人だが……心は、まだ。

「マキ……」
短く息を上げながら、ティマが私の名前を呼ぶ。私は黙ってティマの体を触りながら……。

……見つけた。私はその部分を……作動させる。

<緊急停止システム作動>

ナビゲーションと共にティマの動きがピシッと止まった。一時的に機能を停止した為、ティマは続けて静かに目を閉じる。大事にかつ慎重に、ティマを横に寝かせる。
危ない所だった……。緊急停止システムを作動させなければ、私は今頃ティマと超えてはならない一線を飛び越えてしまう所だった。
ティマの事は互いに愛しあっているし、夫婦という認識を強く意識している。が、いけないのだ。
観念的な事になるが、私はアンドロイドと一線を超えてはならないと強く自分に言いきかしている。ティマとは、そういう関係にはならないと。

それにしてもホントに何だったのだろうか……。ティマに起こったあの不可思議な現象は。
もしかしたらデータチップに大きなな傷でも付いたのだろうか……。何にせよティマに何らかの不具合が生じているのは確かだ。
これからどうするべきかを考えてながら、無事に起動する様に願いつつ、再びティマを起こす。

「……ん」
「ティマ……大丈夫か?」
数秒後、ティマが少しづつ目を開けてきた。そして私の方を向き、何故か申し訳なさそう表情になると、正座して、私に頭を下げた。

「ごめんなさい! 驚いたよね、マキ……」

驚かす……? 私がポカンとしていると、ティマはソファーに乗っている一冊の雑誌を私に渡してきた。

「読んでみて……」

女の子向けの、割とトレンディな雑誌だ。受け取り、何となくパラパラと開いてみる。すると、バレンタインデーに向けて彼氏をメロメロにしちゃおう!なる特集を見つけた。
読んでみると、大人っぽい彼氏にという感じで、洋酒を使ったチョコレートデザートの作り方というページ。
ははぁ、これを作りたかったんだなと思いながら他に目を移すと、欄外に彼氏の本心を聞きだせるかも? としてある一文が載っていた。

  • ワザとお酒に酔ったふりをして、彼氏に迫ってみよう! もしかしたら、とっても仲が縮まるかも?

と。ティマを見ると、ティマは俯いて話し始めた。怒られる事を覚悟しているのか、私の目をまっすぐ見て。
「あの……試して、見たかったの。マキが私の事をどう思うのかな……って。それでお酒を飲むふりをして……あれ、水なの」

……つまり洋酒はあくまで料理に使うためで……。あのボウルに入っているのは、水だったと……。
途端、私の力と言う力が全て抜けた。この時の私の顔は、恐らく世界で一番間抜けだと思う。

「はぁ~……良かったぁ……」
思わず本音が口から出てしまった。良く考えてみればティマの事はティマ自身の事が一番良く知っているのだ。
間違っても酒を飲む筈がない。次第に頭の中身が冷静になっていくと、私はそんな事にも気付かない程に浮かれていたのか、自分自身を戒めたくなる。
とはいえティマに支障が無くて心から良かった。本当に……本当に良かった。
「ごめんなさい! 心配させちゃって本当に……ごめんなさい」
そう言ってティマは目を瞑って私に何度も謝った。もちろん怒る気などさらさら無い。さらさら無い、が……。

私はティマを両腕で抱き寄せた。ティマは一瞬驚いたが、すぐに私の胸元へと体を寄せた。

「……怒ってないの?」
「怒る訳無いだろ? けどティマ、今度からは私をドキドキさせないくらいのドッキリにしてほしいな。もう年だから心臓に悪くてね……」

そう言って私は苦笑しながら、ティマの頭を撫でる。ティマは私の胸に耳を当てながら、小声でうんと答える。
ティマの顔を指先で上げて、改めて、ティマとキスをする。甘い甘い、唇がとろけそうなそのキスの味は

チョコレートの、味がした。


「……あと少ししたら食べてあげるからな、ティマ」
「……何か言った? マキ」
「いや、何でも無い」


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