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グラインドハウス 第19話

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匿名ユーザー

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「……なんのことだ?」
「とぼけるな!俺のこの勝利は、お前の手のひらの上のものだ!あの時――列車事故直後――煙がたちこめる中に
お前がいたとき、お前はレーダーも使わず、俺に撃たれるのをわざわざ待った!いいや、そもそも真剣に戦う気が
あるのなら、あんな場所に留まったりはしない!」
 マコトはシートからたち上がり
、金網に駆け寄って、ありったけの呪詛でタナトスを罵る。
「お前は最初からまともに勝負する気は無かったんだ。チートを使って自ら弱体化したりして……!
そんな状況で勝っても、俺の復讐は達成されない。対等な立場で戦って勝たなきゃ、
俺はお前たちとまるっきり同じだ!悪の中でも『最悪』なお前たちと……」
「ほぅ」          
「俺が負けたら、お前たちの勝ちだし、俺が勝ったら、お前たちは俺の復讐を台無しにしてやったのだから、
やはりお前たちの勝ちだ。ふざけるな!こんな勝負……」
 そこまで言って、マコトはタナトスの肩が震えているのに気がついた。
 最初は怒りのためだとマコトは思ったが、タナトスの声が聞こえて、違うとわかった。
 ――奴は笑っている。
「はははははははははははははは!」
 突然、タナトスが立ち上がり、両腕を広げ、天を仰ぎ、高笑い。
「ははははは!いや、まったく――私の見込み通りだった!」
 彼は言った。
「君が最後まで気づかなかったらどうしようかと!もしあそこまでやって、君が気づかなかったら、
私は君を撃たなければならなかった!実を言うと、この程度、私にはピンチでもなんでもないのさ!」
 タナトスは狂喜して腕を振り回す。仮面の奥の妖しい光がますます強くなっている。
「くく、く、私はひとつ君に訊きたいのだが――」
 タナトスは金網に近づく。二人は再び金網を挟んで向かいあう。
「君は、なぜ生きている?」
 タナトスはマコトの目をのぞきこんでいた。意外にもそこに威圧的な光は無く、
代わりに澄んだ川の水のような、純粋なものが見えた。
「決まってるだろ……」



 ――不思議なことに、このとき自身が何と答えたか、マコトはどうしても思い出せないのだった。ただ、
その言葉はほとんど反射のように自然と出たものであったことだけは覚えている。



 それを聞くとタナトスは一瞬不快そうなそぶりをみせたが、すぐに思い直したようで、腕を組み、小さく言った。
「……それが答えか。なるほど。」
「いったい何なんだ。」
「いや、なに。タルタロスもこれで終わりかとね。」
「……え?」
 また、意外な言葉。
 観客たちもわけがわからないようで、今度は徐々に騒がしくなってきていた。
「いい機会だ。少しゲームを中断し、昔ばなしをしようか。」
 タナトスはマコトから視線を外し、観客たちを見渡した。
「私は、先代の『コラージュ』だった。」
 ざわめく観衆。
「私の能力をもってすれば、そこまでの地位にのぼりつめるのはさして難しくはなかった。
そのころの私はまだ現状に満足していて、まさかタナトスを名乗ろうなどとは考えもしなかった。」
 そのタナトスの語りを別室で静かに聴いていたコラージュは、じゃあ、自分を作ったのはタナトスだったのかと驚く。
「私の心境を変えたのは、あるひとつの疑問を抱いたからだ。それこそが、『人は、なぜ生きるのか』。」
 タナトスはまたマコトを見た。
「人類が文化というものを身につけてから、数多の知識人に提起された無数の命題よりも、
これ以上に解答困難なものはあるまい。だが私は難問ほど燃えるたちでね。どうにかできないものか、
考えたのだ。……そして、このタルタロスというシステムを利用することを思いついた。」
 仮面の奥で、彼は微笑む。
「ここに集まるプレイヤーたちは、自分の命も、相手の命もなんとも思っちゃいない正真正銘のクズばかりだ。
君が最初に戦ったナカジマくんも、その次に戦ったケルベロスも。正々堂々と戦うつもりはもちろん無いし目的は誰も同じ『カネ』だ。」
 マコトはなぜか動悸が激しくなってきているのを感じていた。
「だが、君は違った、アマギくん。」
 彼の語り口はきわめて優しい。
「君は対等な立場で戦うことを好み、その目的もカネなどというくだらないものでなく、
また自分の命を投げ出しているわけでもない。私は君のような健全な精神の持ち主が自ら命を賭けるに値する目的こそ、
『人が生きる目的』だと考えた。……そう、タルタロスは君を待っていたんだ。」
「なに……?」
「さっきの戦いは、今この瞬間にも君があの美しい心を失っていないか、それを確かめるテストだったんだ。
君は目前の勝利や、醜悪な外見に惑わされなかった。そして、タルタロスは今その役割を終えた!」
 そしてタナトスは再びシートに近づき、マコトを一瞥した。
「君の回答は斬新なものでなく、使い古された陳腐なものではあるが、むしろだからこそより答えにふさわしいのかもしれない。
なかなか哲学的だが、その実至極単純なことをひと言で言い表しているのも気に入った。
……席に戻りたまえ。お礼に、君に勝利をプレゼントしよう。」
「なに?」
「タルタロスにもはや存在価値はない。幕引きのときだ。」
 タナトスの静かな言葉を理解して、また観客たちは騒がしくなる。
「それは……死ぬつもりか、タナトス。」
 マコトの言葉に彼はゆっくりと首を振った。
「もちろんそんなつもりもない。」 
 そうして彼は自らの顔を覆い隠す鉄仮面を指す。
「この場にいる人間は誰も私の正体を知らない、そうだろう?」
 そう言った直後――
「――でもそれは逆に、誰もあなたがタナトス本人であることを証明できないということでもあるわよね?」
 ――冷たい針のような声がタナトスを刺した。
 辺りは再び静まり、タナトスとマコトはその声がした方に顔を向けた。
 二人のいる檻の外側、タナトスに近いところに一人の女性が立っていた。背の高く、顔立ちも整った女性だ。
黒い革のジャケットに、黒い長髪、サングラスで顔を隠し、シルバーアクセサリーをジャラジャラと身につけた様は
どこからどうみても街の女ギャングで、容易に近づき難い雰囲気を醸し出している。
もし彼女が沈黙したままだったなら、マコトは彼女がアヤカ・コンドウであることには気づかないままだっただろう。
 タナトスは顔を彼女に向け、威圧的に見下ろした。
「君は――」
「考えてみればおかしな話よ。」
 アヤカはさらに声を張り上げる。
「幾度となく戦って、それでも一度たりとも敗北しないなんて、他のスポーツなら八百長を疑われて当然じゃない?
いくら実力差があるとしても、あなたに挑んでくるのは、それなりの自信がある人たちがほとんどなのに。」
 また会場が静まりかえる。さっきまでとはまた別種の不穏な空気が漂いはじめていた。
「もしかしたらあなたは、相手のチートデータに何か細工をしていたのかもね。換言すれば、あなたは――」
 とどめの一撃。
「――『サイクロプス』なんじゃない?」
 彼女の言葉は完全に世界を凍らせた。あれほど熱狂的だった観客たちは皆困惑した表情でタナトスと、
金網を挟んで彼に相対する謎の女性を交互に見ていた。
 この状況を正確に理解していたのはそのふたり以外にはマコトだけだった。
マコトは今タナトスのそばでビニールをかぶせられ、鎖で繋がれている彼女こそがサイクロプスだと知っているので、
アヤカの意図はすぐに解った。
 マコトはタナトスを見る。彼は一見いつもの落ち着きはらった様子だが、どことなく焦っているようにも見えた。
「……そうだ、その通りだ!」
 声をあげるマコト。
「お前が本当にタナトス本人なのか、証明してみせろ!」
「しかし、そうはいっても、手段が無い。」
「あら、あるじゃない、簡単なのが」
 アヤカは冷たく言い放つ。
「その仮面をとればいいだけよ。」
 もう何度目かはわからないが、また会場がざわつきはじめる。
 タナトスは首を振った。
「たとえこの仮面をはずしても、君たちは私の素顔を知らない。無意味だ。」
「そうだな。たしかにアンタの素顔は知らないが――」
 マコトはにやりとした。
「――サイクロプスの素顔なら、俺が知っている。アンタが八百長疑惑を晴らすにはそれで充分なんじゃないか!?」
「その必要がないことは君もよく知っているはずだ。」
 そうして彼はそばのイナバを顎でしゃくって示す。しかしマコトは肩をすくめた。
「さぁ?なんのことかぜんっぜんわかんねーな。」
 タナトスは黙り込んだ。静かになった彼とは対照的に会場は再び熱を帯びてきていて、
彼らがあげるかけ声はいつのまにか「OFF MASK!!」のコールに統一されていた。
 マコトとコンドウはタナトスを睨みつけていたが、やがて彼が諦めたようなそぶりをするのを認めた。
「……いいだろう。外してやろう。」
 また、会場が大きく揺れる。
 タナトスはゆっくりと腕を上げ、後頭部にまわすと――
 ――いきなり袖口から小型の拳銃を飛び出させ、発砲したのだった。



 ……その様子を観客席から眺める、ひとりの人物がいた。その人物は目深に被った帽子とコートのフードで顔を隠し、
眼鏡の奥から冷めた目でマコトたちの様子をうかがっている。
 どうやら男性らしいその人物は銃声にも動じず、冷静に現状を分析すると、
指先で懐のナイフの柄を撫でた……



 火薬の臭いが鼻につく。マコトは何が起こったのか理解できなかった。
 マコトは金網の向こうにタナトスともうひとり女性を見ていた。
 小柄な、子供のような、活力に溢れた、素敵なヒト――
 だが彼女は今、死神の足下に崩れ落ち、胸から鮮やかな血をダラダラと流して――
 ――マコトは絶叫した!
 金網に突進し、指でめちゃくちゃに音を鳴らし、わけのわからないことをわめきちらす。
 そんな彼をひややかにタナトスは見つめ、まだ煙の出ている銃をその死体のそばに落とした。
「……どうした、彼女のことはどうでもいいんじゃなかったのか。」
 嘲るように彼は言う。
「殺してやる!殺してやるぞ!クソ!殺してやる!殺してやる!!」
「いいだろう!さぁ、私を殺してみろ!」
 その言葉とともに、ついにタナトスは仮面を外した。
 ――同時に、世界から音が消えた。


 今まで、何度も周りが静かになることはあった。だが、これほどまでに静まりかえったことはなかった。
 しばらくして、マコトはその静寂が現実のものではなく、自身の内からくるものであることに気付いた。
気づくと同時に、色彩と騒音の洪水が頭蓋骨の内側で暴れ回った。
 タナトスの素顔を目にした衝撃のあまりいつの間にか床にへたり込んでいた自分を発見し、
とうとうマコトは金網のむこうの現実を受け入れるしかないと理解し、同時に胃の中からこみ上げてきた熱いものを
目の前にまき散らす。
 全身から冷や汗を流して、マコトはタナトスを睨みつけた。
「……そろそろ大丈夫かな?アマギくん。」
 ボイスチェンジャーを通していない声はしっかりと筋が通っていて、その快活な人格にふさわしいものだった。
生命力に溢れた顔立ちは死神のイメージからかけ離れていて、仮面の奥に輝いていたあの金の双眸が無ければとても
連想されることはないだろう。
 マコトはその瞳をしっかと睨み返して、絞りだすように、叫んだ。
「なんで……あなたがっ!!」
 死神は――ミコト・イナバは微笑んだ。
 マコトはしかしそれでも頭のどこかで現状を否定しようとしていた。
 あれがイナバさんのはずがない。
 あれがイナバさんなら、あれのそばで倒れているのはいったい誰なんだ。
 そうだ、それにタナトスとイナバさんでは全然体格が違う。
 きっと見間違いだ、イナバさん――
 目をとじ、ゆっくりと開けると、イナバはタナトスのマントを脱ぎ捨てていた。マントの切れ目から見えたその内側は、
カーボン製のフレームで体格を大きく見せられるような仕掛けが施されていた。
 ふらつきながらも金網に手をついて立ち上がり、今度は倒れている方のイナバに目を向けると、
ちょうどタナトスが彼女の首の鎖を外し、頭に被せられていたビニール袋をはぎとるところだった。
 顕わになったのは、少女の顔だった。
「……誰だ、その人……」
 思わずこぼれたその言葉を聞きつけて、イナバはこちらをふりむく。
 マコトはタナトスを――否、イナバを見た。
 彼女は身体にフィットした黒い近未来的なデザインのスーツを着て、冷酷な光をたたえた瞳で温かく微笑んでいる。
その中身と外身のぞっとするほどの温度差にマコトは嫌悪感をおぼえた。
「この子はね、こう見えてすごく悪い子なんだ。学校ではいじめっ子たちのリーダーで、男の子をひとり不登校に追い込んでいるし、
知り合いの大学生といけないことだって何度もしてる。趣味は万引きだし、小学生にしてなんとタバコもお酒もやっているんだ。
ケンカして両親を包丁で刺してもいるし、弟が事故で亡くなったときも葬儀の席でずっと笑っていた――」
「……そうなのか。」
「――なんてことは全部ウソ。名前も顔もしらない、キミと別れたあの晩にたまたまその辺を歩いてた子だよ。」
 おどけて肩をすくめる彼女の笑顔は、以前にあの部屋で見たものと同じだった。
「『誘拐はなるべく関係・連絡・トラブルを無くす。』基本だから、誘拐するときは参考にしてね。」
 彼女は軽い調子でそう言うと、足下の死体を、汚いものでも振り払うように小さく蹴って、
今度はアヤカ・コンドウを見た。
「……これで満足?アヤカ・コンドウさん。」
「彼の反応を見るに、やはり、サイクロプスだったようね。」
 観客たちは成り行きを見守ることにしたようだ。すっかりおとなしくなっていることにマコトは気づく。
「ご名答。それにしても、私がサイクロプスだとなぜ判ったの?あなたには本名も性別も教えなかったのに。」
「幸運よ。確証はなかった。」
「嘘つき。」
「あなたもね。」
 だが実際アヤカ・コンドウの推論はある幸運に支えられたものだった。


 アヤカ・コンドウはゲーム開始からこの会場にいた。そこで彼女はタナトスが人質に少女を連れてきたのを見て、
こう思ったのだった。
(マコト・アマギに姉や妹はいないし、まさか母でもないだろう。親しいクラスメイトは全員男だし、
恋人もいないのは調査済みだ。あれは誰だ? まさか……サイクロプスか? サイクロプスが女? 
ということは、まさか)
 と、ちょうどその時彼女に声をかけてきた人物がいた。その人物は帽子とフードで顔を隠した、
眼鏡をした人物で、アヤカに協力していた。その人物は、以前にあの人質とマコトが一緒に歩いているのを見たと、
まだその時は知り合って間もないようだったと言った。
(その日は、私がサイクロプスに依頼をした直後……!)
 アヤカはタナトスが少なくとも女性であるということは知っていたので――これにもまた理由はあるが、
今は関係がない――そうしていよいよ『タナトス=サイクロプス』の疑念を強め、タイミングを見計らって行動を起こしたのだった。
「でもわからないわね。」
 アヤカは髪をかきあげる。
「まさかあなたは本当に八百長を? あなたは悪党だけど、そんなことはしないと思っていたわ。」
「こんなこと言っても信じないだろうけれど」
 応えるイナバ。
「私はチートデータにそういった仕掛けを施したことは無いよ。誓ってもいい。」
「誰が信じると? 」
「そうだね、たとえば――」
 困ったように少しだけ首を傾げる。
「アマギくん、とか?」
 視線に射抜かれてマコトは緊張した。イナバはなおも優しく微笑んでいる。
「君も、私がこの地位を守るためにそんなことをするようなヒトに見える?」
 訊かれてマコトは首をふる。
「アンタが本当にイナバさんなら、卑怯なことは嫌いなはずだ。」
「その言い方、気になるな。」
「アンタは……本当にイナバさんなのか。」
 マコトはそう言った。きっとその場のほかの人間にはとても間抜けな質問に聞こえただろう。
だがそれでもマコトには、あの家で見たミコト・イナバと、今目の前のミコト・イナバが同一人物だとは信じられなかった。
「あんたがタナトスだなんて、おかしい。納得いかねーよ。」
「おもしろいことを言うね。」
 彼女は目を細める。アヤカもマコトを懐疑的な目で見た。
 こぶしを握る。手汗がひどい。
「イナバさん、もしあなたが最初からタナトスだったなら、なんで俺たちに協力したんだ。」
 そう、その通りだ。マコトはキムラとの戦いを思い出していた。
 あのとき、ゲーム機器が故障したのはサイクロプスのせいだが、そのときにはすでにサイクロプスとアヤカとの協力関係はできていたのだから、
タナトスの立場としては、タルタロスの脅威となるマコトは消しておきたかったはずだ。しかしサイクロプスはマコトを助けた。
 その他にも、サイクロプスがマコトとアヤカにした協力の度合いを考えると、タナトスはまるでタルタロスの首を締めているように感じられる。
 だからマコトは納得いかなかった。
「おかしいじゃないか……そんなこと」
「ああ、そのこと?」
 ミコトは指を2本立てる。
「理由はふたつ。まずひとつめはもう言った。」
 マコトが理解できないようなのを見て、ミコトは続ける。
「『人はなぜ生きるのか』、という命題の答えを、君なら出してくれると思ったからだよ。そのためには、
きみが『安全に、しかし真剣に死と向き合い続ける』ことが必要だと考えたんだ。難産のほうが、よりそれっぽいからね。」
 マコトは奥歯を噛み締めた。
「そしてふたつめ。それはこの計画を知ってから判断したんだけれど……」
 ミコトは前髪を整える。その所作は可愛らしい少女そのもので、いよいよ死神のイメージからかけ離れている。
「この計画はつまるところ、『タルタロスで私を倒す』ということが肝心要、一番重要なところなんだよ。
ここが失敗すれば残念なことになってしまう。たぶん、これは立案者の思惑が多分にあると思うのだけれど、
くわしくはいいや。それが理由だよ、つまり」
 言いながらミコトはマコトに歩み寄る。金網を挟んだマコトの身体のわずか数センチ前で立ち止まり、
金の瞳を見開いてマコトをのぞき込み、言い放った。


「君なんかが私に勝てるわけないじゃん」


 また彼女が微笑む――マコトは目の前でその表情を見て、ようやくその柔らかな口元に隠された真意を理解した。
 あの笑顔は互いの友好のためとか、周囲の雰囲気を良くするためとか、そんな目的で形作られたものじゃない。
 大人が節度を保たずはしゃぐ子供を見て自然に笑みがこぼれるように、猫同士がじゃれ合うのを見てそれを不快に思わず愛おしく感じるように、
『自分とは次元が違う』と感じているから、だから出る微笑みなのだ。
 良く言えば『強者の余裕の表れ』、悪く言えば『己以外の全てを同列とは思っていない』顔だ。
 コイツははじめから、俺たちのことをこれっぽっちも気にしてはいない!
 マコトは激昂し、ミコトを殴りつける、が当然金網に阻まれる。耳障りな金属音が弾ける。
 残響音が消えないうちにマコトは声を荒げて言った。
「てめぇ!俺と勝負しろ!」
「いいよ。」
 あっけらかんと応える。
 アヤカはマコトを一瞥し、それからなぜかまた静かに人ごみに紛れて消えた。
「もう一度対等な条件でだ!叩きのめしてやる!」
「それはかまわないけれど、今このゲームをリセットはできないよ?」
「なに……?」
 ミコトは困ったようなしぐさをする。微塵も焦燥を感じないその様子が今のマコトにはなによりも腹立たしい。
「当然だよ、今リセットしたら君に賭けていたお客様が可哀想だし、1度スタートしたイベントを中止するのは開催側にしても結構痛手なんだよ。」
 マコトの神経はますます逆撫でされて、そのためにまた拳に力が入ったが、思いなおして、冷静になることにした。
「じゃあ、どうすればアンタと対等に戦えるんだ。」
 するとミコトはにっこり笑って
「そのためのカギはもう持っているよ、『オルフェウス』」
 はっとした。
「だけど、ソレを使うのは……!」
「嫌?」
「ソレを使うと、俺はお前たちと一緒に……」
「わからないかな、使った時点で君の勝ちなんだよ? もし君が負けても、私は信頼を失ったままなんだ。
勝っても負けても、タナトスはタルタロスから消えざるを得なくなる。」
 言われてみればその通りだ。
「だから、使いなよ……チートを。」
 マコトはうつむいた。
 たしかに、チートデータ『オルフェウスの竪琴』が入ったICカードは今持っているし、
それを使えばマコトの望むような条件で戦えるだろう。
 だが、チートだ。
 チートは、ずるだ。
 不正に不正で応えたら、いよいよ自分はタルタロスに敵対する資格が無くなる。完全な悪になる。
 悪。
 人殺しである自分がこんなことを考えるのもおかしいのかもしれないが、やはり、悪は嫌だ。
 悪。
 しかし待て、コンドウさんに従って、悪の権化であるタルタロスを倒すのは本当に悪ではないのか?
 悪。
 彼女の目的はタナトスへの復讐だ。きっとそれはタナトスの殺害で達成されるんだろう。
それに加担するのは悪じゃないのか?
 悪。
 そもそも『悪じゃない』ってなんだ?悪じゃないなら正義なのか?
『タルタロスに関わった時点で全員が悪い』というタナトスの言葉を自分は肯定していなかったか?
 悪?
 悪……。
 悪!
 なーんだ、そうか。
 マコトは顔を上げ、ポケットからカードをとりだし掲げた。
 そうだ。そもそも最初から善悪とか、そんなものにこだわる方が間違っていたんだ。
 世の中は人を傷つけるもので溢れている。ナイフでも、銃でも、言葉でも、態度でも、
そういったあらゆる『傷つけるための力』は本来、みんなまとめて悪なんだ。世界は悪に満ちている。
 それが『正しい』として認められるためには……。
「勝負だ。」
 勝てばいいんだ。
 お互いに、自らが納得するために必要な手を出しつくし、それでも負けたら悪なんだ。
正義は勝たなければいけないんだ。勝たなければ正義じゃないんだ。
 こんな簡単なこと、俺はなにを悩んでいたんだろう。
 イナバはまたにっこり笑い、手でグラウンド・ゼロのシートへとマコトを促す。
マコトはぎっと彼女を睨みつけたまま、席に戻った。
 画面はさっきの膠着状態のまま止まっている。
「オイ!」
 叫んだのはマコト。
「なにをしてんだ口だけ男……、盛り上げろ!」
 その言葉で実況席の口だけ男は我にかえり、慌ててマイクをつかんだ。
「あ、あー!あー!YO!マイクチェック、チェック、チェック!すまねぇオーディエンス、意識が月までぶっ飛んでたぜ!」
 口だけ男が実況を再開するのと同時にまた観客席はざわつきはじめる。
「なんつーかいろいろと衝撃の事実の連続でオレら置いてきぼり!
タナトスとオルフェウスとあの謎の女に何があったか知らねーが、俺たちの関心はそんなとこにはねーんだぜ!?」
 応える観客。
「そう、つまり!」
 会場が沸騰する!
「熱いバトルと!熱い血だあああああ!」
 あっという間にまた最高潮!会場は観客たちの雄叫びでびりびりと震えた。
「なにやら計り知れない因縁によってこのふたりは戦わなきゃいけねーようだ!
オルフェウスとタナトス、ギリシャ神話じゃタナトスの勝ちだが、果たしてリアルじゃどうなることか!
まさかまさかのラウンド2!前代未聞のラウンド2!空前絶後のラウンド2!」
 レバーを握る。
「レディイイイイイイイ、ゴウ!!」

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