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地球防衛戦線ダイガスト 第八話

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第八話 獣たちの宴

 その星は地球と比べると恒星より遠く、肝心の恒星もまた年老いていた。結果、ここ10000年で星の地表は霜に覆われ、大地には氷が混じった。
 獣は厚い毛皮と脂肪に覆われ、鳥は赤道付近のまだしも温暖な地域へと逃れた。
 人はと言えば、大地の下に潜って細々と都市を築き、生態系の上の下ほどに群れ固まるに過ぎない。
 やがて宇宙時代が――外から――到来すると、彼等は自分達が過酷な環境で培った強靭な肉体が売り物になることを発見した。傭兵である。
 爾後、その星は帝政ツルギスタンに組み込まれるまで良質な兵を輩出し続け、同帝国においては獰猛な前線の戦士たちの代名詞となった。
 ゲオルグ・バウアー刃士は、その恵まれぬ星の歴史の体現者であった。
 彼が率いる第一機甲部隊は外征旅団の最先鋒と言えば聞こえは良いが、実態はブレーディアンも与えられぬ殖民惑星出身者達によって固められた蛮族扱いで、それなりの星に攻め入るならば損耗は避けられぬ、まさにツルギスタンの弾除けである。
 彼はこのホッカイドウとか言う大地が嫌いだった。凍てつく様が故郷に似て、ひもじかった幼年期を思い起こすからだ。しかも3月になって寒気が弛んでゆくのを肌で感じ取ると、嫌悪は嫉妬に変わった。ここはあの穴倉の故郷と違って雪が溶け、緑の茂る季節があるというのだ。
 嫌悪は抵抗を続ける皇国の兵にも向けられた。
 泥に塗れて抵抗を続ける様は、かつて、あんな故郷を守るために足掻いた時分を思い出すからだ。
「長ぁ、肉が出来てますぜ」
 ゲオルグは部下の、そして傭兵時代からの同郷どもの声で、暗い思索から帰還した。見れば格納庫の軒先に吊るした熊や鹿の塩漬けが良い塩梅に飴色になっている。
 ゲオルグは濁声を張り上げた。
「よぅし、さっそく炙って味見しようじゃねぇか」
 豪快な、事によっては野卑な笑いが唱和する。
 格納庫のキャットウォークからそれを眺める上級仕官二人の目も、けして肯定的でなかった。
「ああ、嫌だ嫌だ」
 ヘルマン・ファルケンハイム大刃士は眉毛を器用にハの字に歪めて見せる。
「いくら外征旅団の先鋒は植民地兵に任せてるとは言えね、ボクはつくづく、ああいう類のと仲良く出来ないなぁ…文化を感じないよ」
 隣で聞いているアフバルト・シュバウツァーは『だったら卿(けい)の毎夜のすすきの通いは文化的なのか』とか言おうと思ったが、それこそ文化的でない気がして止めた。
 それに地球へ派兵された第3外征旅団の中でゲオルグ達が浮いているのは確かな事実だ。軍服を着崩し、所かまわず糧食を食べ散らかして、出先で酔っては騒ぎを起こす。ツルギスタン併合から10年。まだまだ彼等は蛮族の因習が抜けていないのだろう。
「…星々を併呑するごとに、我々はこんな苦労を抱えてゆくのだろうか」
 アフバルトの呟きにヘルマンは極めて陽性の強い笑みを浮かべ、少々年下の同僚と強引に肩を組んだ。
「いちいち気にする事でもあるまい。新たな御婦人との出会いの機会が増えると思えば良い」
「それで喜ぶのは卿だけだ」
「キミこそ、本国を離れて婚約者殿の目も無いのだ。もう少し羽を伸ばしたらどうだ?」
「卿という男は、ほんとうに…」
 アフバルトは若い身空に不釣合いな、疲れたため息を洩らすのだった。
 第一機甲部隊の連中はいよいよ干し肉に火を入れ始めたのか、獣脂の溶ける香ばしい匂いが格納庫に満ち始めた。整備士達は絡まれるのを嫌がり、迷惑そうに遠巻きにしている。
 こんな隔絶した風景が俺たちの求める国の姿なのだろうか。アフバルトはもう一度、溜息ををつく。
 ふと頭をよぎったのは、アオモリで出会ったカザミ ヨウスケと名乗った若者の顔だった。あの時交わした笑顔は、爽やかな記憶として彼の心に刻まれていた。

 4月頭。ツルギスタンの限定攻勢が再開された。
 岩手県を賭けた戦争行為の舞台は、内陸部の岩手山麓に広がる演習場と定まった。
かなり空気も弛んできたとはいえ演習場の荒野から見上げる岩手山は未だ冠雪している。岩手富士とも称えられる整った形状と雪化粧とが、東北の澄んだ青空に清冽に映えていた。単独峰に近いその堂々たる景観が山岳信仰の対象となったのも頷ける眺めだ。
 開始時間を間近にして演習場に居並ぶ岩手駐屯地 第9戦車大隊の搭乗員達の顔は、晴天に反して重い。
 それも逐次退役が進んでいる74式戦車でもって、現行の主力たる90式戦車が歯が立たなかった敵と対峙せねばならないのだから、無理からん話だった。
 戦域外ぎりぎりに停車した73式小型トラック――三菱パジェロの自衛隊用――の助手席で、双眼鏡をかまえた東和樹三佐には、戦車搭乗員たちの無力感が痛いほど伝わってくる。再編成中の彼は観戦に徹し、実戦経験者としての見地を求められていた。
彼の他にも自衛隊の非装甲車両の姿が見える。おそらくは似たような立場か、他人事でなくなりつつある近隣の駐屯地からの『偵察隊』だろう。皆の目なり双眼鏡なりは50両ほどの74式戦車の列と、そこから離れたところに立つ巨人の背とを行き来していた。
大江戸先進科学研究所と自衛隊は、内閣を挟んでのなんとなくの共闘を続けている。
 東としては青森での敗北から、あのロボットがアニメのような完全無欠のスーパーロボットでない事は理解していた。が、まだまだ物珍しい者もいるのだろう、暢気に写メを撮っているのまでいた。
 状況はまったく楽観できないと言うのに。
 さりとて陸自にしろ、今回も直接戦闘には不参加の空自にしろ、あのツルギスタンのロボットの装甲を打ち破れないのだから、ダイガストとかいう民間のモノに子供じみた期待を向けるしかない。
 東が歯がゆさにしかめっ面をしている内にツルギスタンの侵攻兵力も姿を現す。
 早くもGBCから放映権を買い始めた民放ラジオ局によると、ゲオルグ・バウアー刃士率いる第一機甲部隊とか言っているが、東にとっては北海道で嫌と言うほど味わった衝撃の記憶の相手といった方が早い。
 いつもの首無し西洋鎧よりもスマートで、手足には特殊鋼の鉤爪が鈍く光っている。何より印象的なのは、胸の部分に刻まれた猛獣の顔の彫金(エングレイブ)だ。なんでも儀仗獣兵とか言うらしい。
 あくまで儀仗と言い張るのは、連中にとって他星への侵攻などは軍事パレードに過ぎない、という意思表示なのだ。他にもガーズ(衛士)・ヴィルデスティーア(野生動物)シリーズという単語も聞こえるが、その辺は彼らの双方向翻訳機の効きがイマイチなのか、英語と独語が混じっていた。
「…最悪だ」
 東は思わず声に出していた。
 戦車が相手取るには、まだしもあの『槍持ち』の方がマシだった。
 彼の危惧を嘲笑うかのように戦闘開始を告げるサイレンが響き渡る。
 殷々と鳴り響く警告音は、まるであの獣どもの咆哮のようであった。

 開幕と同時に儀仗獣兵は思い思いに突撃を開始した。
 と、それぞれの膝が出し抜けに前に折れ曲がり、急激な姿勢の変更に機体が倒れないよう手をついて支える。地面を見下ろす形になった胸の獣の彫金が90度起き上がり、その姿勢でなら正しい位置に移動した。
 つまりは四足獣だ。
 儀仗獣兵とはその名の通り、獣の似姿であった。そして北海道で90式戦車に捕捉を許さなかった俊敏さをここでも存分に発揮し、四つ足で駆けるや見る間にダイガストの間近に迫る。
 いの一番に飛び掛ってきたのは、豹のような頭をしていた。
 鷹介は踏み出して相手が質量分の加速を得る前に大振りの右拳で迎撃する。
 重々しい衝突音と、一歩遅れて甲高い金属音とが演習場の原野に鳴り響いた。
 頭部をひしゃげさせた儀仗獣兵が、放物線を描いて吹き飛んでゆく。派手な土煙を上げると、アクチュエーターがおかしくなったのか、そいつは生物のように痙攣していた。
「儀仗兵より脆いか?」
 虎二郎が今しがたの一撃が機体に与えた負荷を確認しながら呟く。
「その分すばしこい様だが…」
 彼らの目の前で獣たちは早くもダイガストを囲み、警戒するようにその周りを走りはじている。
 儀仗獣兵の外部スピーカーから濁声がほとばしっていた。
「この獲物は今までとは少し違うぞ!獣の闘いを思い出せ」
 そいつは剣のような二本の牙がついた剣歯虎だった。機体も一回り大柄で、いかにも群れを統率するボスの威容を備えている。そのコクピットではゲオルグ・バウアー刃士が愛機と同じように犬歯を剥き出しに、獣の群れを統率していた。
 人の知恵を持った獣は包囲の輪を徐々に狭め、前後、左右から同時に飛び掛り始めた。獣より性質の悪いならず者の戦法だ。
 ダイガストは地を転がって爪牙から逃れると、腰裏のバーニアを吹かしながら立ち上がり、人間には不可能な低姿勢から復帰する。余勢もそのままに囲みを破ろうと走るが、獣の包囲網は柔軟に形を変えて等距離を保ち続けていた。
 軍内で蛮兵と後ろ指さされようが、彼らの連携は最高だった。いや、蔑まされるこそ強固になるのだろう。
「牙!」
 ゲオルグの咆哮じみた命令に従い、二機の儀仗獣兵が上下から挟み込む様に跳躍する。
 獣の顎門が閉じられる如く。しかし口の中の獲物は黙って牙を待つ被捕食者でなく、こちらも跳躍して足元に迫る一機を飛び越えると、空中で擦れ違う一機の胴に横薙ぎの鉄拳を叩き込む。
「浅いか」
 鷹介が小さく舌打ちした。
 一瞬の交錯では決定的被害は与えられなかったのだろう、そいつはふらつきながらも包囲の輪に戻る。同時にゲオルグの次なる攻撃指示が、着地で足を止めたダイガストに向けられた。
「爪だ!!」
 包囲の輪から三機が飛び出して一斉に袈裟懸けに飛び掛る。力で押し切ろうというのだろう。
「おいでませだ!」
しかし虎二郎も敵がまとまる時を待っていた。出力を調整して発生させた余剰分を開放し、
「グラヴィティ・スプラッシャー準備完了!」
「放射っ!!」
 鷹介がトリガーボタンを押し込むと、ダイガストの胸部から黒いヴェールが展張して、獣のひとかたまりを絡めとった。発生は瞬きするほどの時間だったが、その瞬間の中には激甚な重力の波が集約している。重力波による出鱈目な重量変動は容易く構造材の剛性の限界を迎えさせた。
 三機の儀仗獣兵はたちまち吹き飛ばさせると、手足を有り得ない方向に捻じ曲げられて機能を停止する。
手痛い反撃にゲオルグは攻勢を一時中断し、包囲する各機のスピードを速めて隙を窺う。まさに獣の群れが大型獣を包囲し、その体勢を崩して喉元への一撃を狙うかのような光景だった。
 ゲオルグとて猪武者ではない。多少の困難を力づくで噛み千切ってみれば獰猛などと後ろ指さされているが、それこそ絶えず変化する戦場というモノを理解していない外野の言う事だ。
 彼の芯は冷徹であり、力の原理をよく理解していた。
 夷狄の機械人形は儀仗兵の個々の性能を凌駕している。いわんや、その局地戦型である儀仗獣兵でも同じだろう。しかし所詮単騎であり、二週間などと言う馬鹿げた戦争の枠組みを取っ払って、波状攻撃を繰り返して修理の暇を与えねば容易く押しつぶせるものを。
 もちろんゲオルグは彼らを率いるルドガーハウゼン大剣卿が、自分達の戦争形態に沿ったかのようなダイガストの存在に頭を痛めている事など知らない。
 ただ獣の群れの長の如く、目の前の獲物に食らい付くチャンスを狙うのみだ。
 そして、その時は意外に早く訪れた。

 今回のツルギスタンは戦線突破を狙っているわけでは無いようだ。安堵する東三佐だったが、不意にダイガストが奇異な動きを見せ始めた事に別の不安を抱いた。
 踏み出しては『獣型』に阻まれ、その包囲の外側を注視しているようだ。
 東もそちらへ双眼鏡を向け、絶句した。
 5台のSUV…いわゆる一般購買層向けのオフロード車が戦場に乱入し、猛スピードで接近していた。
 と、助手席の窓から身を乗り出した乱入者が、どこの国のモノにも見えないゴツイ銃を構え、あろうことか銃口から目も眩まん光線を発射した。
 派手なレーザー光は他のSUVからも放射され、ダイガストを囲む獣型に次々と命中する。
 といっても装甲表面を赤熱させ、多少なりともケロイドじみた歪みを発生させるに過ぎなかったのだが。
 放射は何度か続いたが決定的な成果は上がらず、乱入者達は口々に罵りをあげているようだ。
 大体のところを東は理解した。
 市井の『はねっ返り』達が昨今、世界各地で跳梁を始めている宇宙やくざや星間違法商人から武器を買い込み、それで侵略者達にひと泡吹かせてやろうと乱入してきたのだろう。
 そんなモノで勝てるなら東も身銭で購入する。
 実際のところ乱入者達は星間商人の航宙戦闘機のレーザー機銃という触れ込みを真に受けて購入していたが、携行用に収束器を外して軽量化している事や、軍用機の内部電源に依存している事等を理解する見識はなかった。そして違法商人にもクーリングオフの気は更々無かった。
 この乱入者達にGBCの中継者は俄然盛り上がる。
「ああ、何と言うことでしょう!?不可侵の戦場で地球人が蛮威を振りかざして暴れております!おお、ツルギスタンの第1機甲部隊が鎮圧に向かうようです。それでこそ宇宙の範たる銀河列強の軍人の姿です!違反者には制裁を!なお、刺激が強い映像になりますので、銀河放送法に従いましてお子様のおられるご家庭では全自動フィルター放送に切り替わります、どうぞご安心ください」
 家庭状況までつぶさにマスコミに監視されている状況が安心なのかはさておき、儀仗獣兵の囲みの中から二機が躍り出ると、即座にSUVへと襲いかかる。
 たちまち二台のSUVが爪に吹き飛ばされ、炎に包まれた。犠牲者の悲鳴は金属音と爆発音に掻き消される。
「なんて事をするっ!?」
 鷹介が咆え、無理やり囲みを破ろうと突進した。
 そこに生じた隙を、ゲオルグは見逃さなかった
「狩れッ!!」
 総攻撃の合図に獣が一斉に牙を剥く。
「邪魔を、するなぁぁぁっ!」
 群がる獣に怒りの咆哮をあげる鷹介。
 脚部に噛み付いた儀仗獣兵を振りほどいて踏み砕き、飛びかかってきた奴を左腕の装甲に噛み付かせて、反対から飛びかかる奴にぶつけて諸共に吹き飛ばす。
 ここで見計らった様に味方の下を潜り出てきた一際大きな剣歯虎が、低姿勢で体当たりをしてくる。大きく揺らいで足を止めたダイガストに、続けて前足で圧し掛かり、押しつぶそうと重量をかける。
 爪が肩口に食い込み、コクピットに嫌な軋みを伝えてきた。
「民間人への攻撃をやめろ!!」
 鷹介はドスの効いた声で目の前の剣歯虎に要求する。
「あぁん?」しかし返ってきたのは小馬鹿にしたような濁声だった。「武器を持った時点で民間人なわきゃ無ぇだろうが!そういうのは犯罪者って言うんだよ!!」
 統一の服装を整え、所属を明らかにしたもの同士で行われるのが『戦争』の原則である。
そして交戦の資格が明らかで無いのに『戦争』に参加すれば、スパイや破壊活動をはじめとした様々な容疑をかけられ、最悪、その場で射殺されても文句を言えない立場になる。
 こういった取り決めは地球においてもハーグ陸戦条約で結ばれていた…イスラム諸国や共産国等の第三世界は大抵批准していないが。
 現代におけるムスリム民兵=テロリストという図式も、こうして出来上がっている。もっとも、彼らは近代的な国家感や政体を先進国と共有していないのだから、このあたりの齟齬が解消されるのはずっと先になるだろう。
 ともかく戦争におけるルールとは、際限なく拡大する戦闘行為とその被害とを局限しようと結ばれたものであり、ついぞ限定戦争という形態を執るに至った銀河帝国文明圏では、より強力な拘束力を持ったものが結ばれるに至った。大概はハーグ陸戦条約でうたっている虐殺・略奪の禁止、非人道的兵器の使用禁止と似たり寄ったりだったが、交戦資格者の定義には特に注意が払われている。
 たぶん自国の兵の傷病保証や遺族年金で頭を悩ますよりも、相手側にルールを徹底する方が早いという魂胆だろう。もちろんゲオルグにとって、そんなことは重要ではない。むしろ、
「それともお前は、仲間に銃を向けてきたやつを言葉で止められるのか!?応戦するなと仲間に言うのかっ!?ルールも守れ無ぇ蛮族には、ゲリラは犯罪ってぇ事を、教え込ませにゃいけ無ぇだろぉがっ!!」
 剣歯虎の背中越しに再び爆発が起こる。引火したガソリンが黒煙を伴う紅蓮の炎を高々と立ち上らせた。
「それは、侵略者に言われる事じゃ無いっ!」
 鷹介も負けじと声を張り上げる。民間軍事会社の訓練キャンプでも戦争行為のグレーゾーンに関する座学を受けていた。それが自分の生まれた国で実際に行われてみれば、悪い夢でなくとも頭に血は昇る。
 戦争を始めるのは兵士ではなく、しかし現地で命を失うは兵士である。それがゲリラ化した現地民の過熱した抵抗であれだ。
もはや何が悪いのかすら判断がつかない。ゲオルグ・バウアーは抵抗活動を行い手酷く鎮圧された過去があり、鷹介は正規の軍人ではないのに抵抗の急先鋒となりつつある。
 砕けた牙と研がれる牙、猟犬と狂犬、過去と現在。どちらが、どれであるのか。少なくとも両者はその知らない方が幸せな仕組みを知悉し、なお、定められた戦場で対峙するという、ある種似通った立場であった。
 そして違いはといえば、目下、上から圧し掛かった余勢のある分、ゲオルグの儀仗獣兵は受け止めたダイガストに優越していた事。ダイガストの腰が折れ、徐々に膝が曲がってゆく。
「さぁ、ダイガスト、お前ももう狩られろ。そして俺たちの栄光の礎に変われ!」
 ゲオルグの吠声と、腹に響くような発砲音が重なった。
 SUVを追い立てる儀仗獣兵を次々と打ち据える物があった。異星の特殊鋼を貫けずとも、直撃による衝撃と、次々にあがる足元への着弾による土煙は、パイロットに追跡を断念させるに充分だった。
「なんだとっ!?」
 ゲオルグが俄かに戸惑う。
 それは74式戦車の躍進射撃だった。小隊毎に土煙を蹴立てて急発進と急停車、そして発砲を繰り返す。90式の120mm砲で貫けない敵に、74式の105mm砲が通じるのかと言えば絶望的だろう。
 それでも戦場に乱入した民間人が避退する時間は稼げる。誰からともなく出た――出てしまった?――意見が総意となり、大隊が突き動かされていた。
 戦場に混沌が解き放たれる。誰しもが何かに忠実であろうとした結果として。
 ゲオルグの脳裏に凍った大地を守るために泥濘に塗れた記憶が過ぎり、すぐにマグマのように湧き上がってきた怒りに呑まれた。
「狩り尽くせ!どいつもこいつも、死に急ぐなら望みを叶えてやる!」
 激昂に突き動かされるままに彼はダイガストを突き放し、74式戦車の群れに襲い掛かった。

 案の定105mm砲ではツルギスタンの主力兵器を相手取るには力不足であった。
 儀仗獣兵に確たる被害は無く、74式戦車は次々に蹂躙されていた。土埃と発砲音と鋼の悲鳴が轟々と渦巻く地獄の光景の中を、一台の73式小型トラックが駆け抜けてゆく。
「どうしてこうなった」
 東和樹三佐は助手席からフロントガラス越しの光景を睨みつけ、自分に問いかけ続けていた。
 ダイガストは優勢とは言わないまでも、獣型を相手に一歩も退かない立ち回りをしていたはずだ。こんな消耗するだけの乱戦に発展する必要が何処にある。
 何より今の自分の行動はどうだ。命令も無いのに独断専行、これは国家財産の無断使用ではないか?
 そう葛藤しながらも、土煙の中に逃げ惑うSUVの影を認めた東三佐は、窓から身を乗り出して大きく手を振るった。
「こっちだ!外まで先導する!こっちに来い!!」
 SUVの運転手も気付いたのだろう、こちらにハンドルを切ると、悪路に車体を上下させながら急接近してくる。すぐ後ろにはもう一台。確認した爆発の数と合せれば、たぶん無事なのはそれだけだ。
 東は乱入者達を何とか救出できそうだと胸を撫で下ろす。
 土埃のヴェールを裂いて獣型が飛び掛ってきたのは、まさにその時だった。
 黒い影が陽光を遮り、急速に死が降りかかってくる。
 ああ、くそ。東の脳裏に妻子の像がチラついた。
 アドレナリンでも出ているのか、そこから先の光景はやけに緩慢な、しかし映像だけはクリアな無音劇のように感じられた。
 狼の様に見える機械の獣が顎門を開き、上下に文字通り機械的に並んだ歯が赤熱を開始した。
 運転手の一曹が流れるような動作でギアを変え、体にかかるGが増加する。
 降り来る獣の影が接近とともに濃くなった。
 横合いから、もうひとつ影が飛び出し、獣の影と重なって悪路を夜のように塗りつぶす。
 金属同士がぶつかり合う悲鳴が東の頭上で響き、騒音と埃っぽさが彼を現実に引き戻す。
 振り仰げばダイガストの背中が見えた。
「庇われたのか…」
 彼の呟きに答える者はいない。
 少なくとも獣型はダイガストに群がるので追撃の手を回す余裕を失っていた。そして矢面に立った民間のロボットは手に足に噛み付く獣型を地面に叩きつけ、あるいは新たに飛び掛る敵に直接ぶつけて、七面六臂の暴れ振りを披露している。
 相手が機械の獣なら、こちらはまるで鋼の鬼だった。
 鬼の心にあたるコクピットでは、二人の男達が足元の情報と、目の前の敵とに悪戦苦闘している。
「土岐さん、ゲリラ車両と自衛隊の4WDが離れてゆきます!」
「こっちも戦車が後退を始めたのを確認した!もう巻き込む心配は無いぞ、鷹介、ぶんまわせ!」
「応さ!」
「ただし、足の損害が蓄積している。こっちの構造の痛い所を突いて来ているぞ、さっきみたいな無茶な反撃は控えてくれ」
「かといって、こう3次元方向にすばしこいヤツはヤマト砲や輝鋼剣じゃ捉え切れませんよ」
「そっちは任せろ。乱戦中に透(みなも)くんに頼んでおいた構造解析の結果が届いた。あとは…」
 虎二郎が策を授けている最中に、土煙を引き裂いて四方と、それに上方から儀仗獣兵が一斉に襲い掛かってくる。
 ダイガストの両腰からアンカーが臨機射撃で撃ち出されたが、それはどれにも命中せずに空しく駆け上がっていった。と思いきや、ダイガストのカメラアイが強い輝きを発したかと思うと、アンカーと機体を繋ぐエネルギー帯を左右の手にそれぞれ引っ掴み、猛速で振り回し始めた。
 発生した二つの円運動はたち込める土埃を即座に吹き飛ばし、ダイガストの頭上に青空を取り戻す。
 振り回されるアンカーが同時に儀仗獣兵を跳ね飛ばしていた。
 俊敏さと軽量化は不可分であり、対して形状記憶合金の尾翼をまとめたアンカーに鋭さは無いが、打撃武器として振り回すのなら、儀仗獣兵を打ちのめすのに必要充分な衝撃力を発生させる。
 虎二郎の策とは、それだった。
 さらに土煙が晴れる事によって、後退した74式戦車も儀仗獣兵に砲撃を集中できるようになった。ダイガストの攻撃で動きの鈍ったところに砲弾が集まるや、運悪く裂けた装甲近辺に飛び込んで擱座する儀仗獣兵も出始める。
 いつの間にやらダイガストがアンカーを振り回して儀仗獣兵を追い散らし、74式戦車が砲撃を集中する即席の連携が出来上がっていた。
「畜生ぅ!」
 ゲオルグは次々と報告される損害に奥歯も砕かん勢いで歯を食いしばり、喉の奥で唸るような怨嗟の声を上げた。
 豆鉄砲を撃ってくるあの小生意気な鉄の棺桶に報復しようにも、彼らの儀仗獣兵に火器は無い。植民地出身者として日の浅い者が集まる第1機甲部隊にそこまでの信用は無く、とどのつまり儀仗獣兵に期待されている事とは、派手に暴れまわって、盛大にやられる賑やかし役だった。
 そして此処でも泥に塗れた彼らを、これだから植民地兵は、などと貴族仕官どもが後ろ指をさす。
 結局どこまで行っても泥の中なのだ。ゲオルグは呪わしい現実に目も眩みそうな怒りを覚えた。
 その怒りは自然とモニターに映る蛮族の機械人形に向かう。
 常温核融合すら確立していない文明が、宇宙から負け犬を掻き集めて造った、度し難い往生際の悪さの極み。
 愛機を突撃させるゲオルグは、ついぞ自分を突き動かす感情が嫉妬であると気付かなかった。
 儀仗獣兵の隊長機は一般機よりも一回り大きく、唸りをあげるアンカーにも当たり負けを起こさない。旋風の中を損害を無視して強引に突っ切り、ダイガストに肉薄すると、勢いを乗せた鍵爪を見舞う。
 ダイガストはアンカーの光帯を切断し、寸でのところで手を空けて腕部装甲で受け止めた。多重構造の装甲に特殊鋼の爪が食い込み、敵機の重量が機体の動きを束縛した。
 ゲオルグは更に圧し掛かりながら儀仗獣兵の高熱溶断器の牙で顔面に噛み付きかかる。
 鷹介が今度は左腕の装甲に噛み付かせると、赤熱した巨大な犬歯がバターを切る様に食い込んできた。
「死にたがりの蛮族どもがっ!文明の光の前にひれ伏せ!」
 ゲオルグの怒声は皮肉にも、かつて母星の防衛戦で自分に投げかけられたものと同じであった。彼は唐突に理解した。たぶん、あの時そう叫んだ兵士は、今の自分と同じ立場だったのだと。
 不快な妄念が操縦を鈍らせたわけではない。ただ彼が対峙している者達は、諦めの悪さで彼の想像を超えていた。
 ダイガストの左腕が出し抜けに噴射炎をあげ、噛み付いた牙ごと射出された。牙の引っかかりが外れて妙なベクトルが付いたロケットパンチはクルクルと宙を回転して落下する。それでも一瞬の衝撃は剣歯虎をのけぞらせ、体勢を崩すには充分だった。
 ダイガストは右腕に爪を食い込ませたまま儀仗獣兵の首を引っ掴み、不安定になった足元を蹴り刈って、腕一本でもって強引な払い腰を仕掛けた。
 剣歯虎を大地にたたきつけ、その首を掴んでいた指をすぐさま拳に固めて、
「ブラストマグナム!」
 剣歯虎の体がビクンと跳ね上がる。
 密着状態では右腕は射出されなかったが、金属のボディを貫いた衝撃は大地に深く浸透し、一拍をおいて大量の土埃が舞い上がった。
「文明の光とやらがそんなに高尚なら…」
 虎二郎は動かなくなった儀仗獣兵を見るとは無しに見ながら、誰にとでもなく呟いた。
「武器を持って乗り込んでくるような真似はしないさ」

 損害が拡大していたツルギスタン第一機甲部隊は、隊長機が討たれた事によって組織的抵抗能力を喪失したと判断され、司令部から撤退命令が下された。
 テレビ画面にゲームセットとの文字が表示されるや、おどろおどろしく溶け出す。それがツルギスタン向けの演出である事は、さも残念そうなレポーターの声からも判断できた。
「ああ、なんという事でしょう。やはり植民地兵には荷が重かったのでしょうか、ツルギスタン第1機甲部隊が敗れてしまいました。それにしてもダイガスト、見苦しさすら覚える激闘でした」
 上空を旋回する円盤型の飛行物体が中継機なのだろう、カメラは機能停止した儀仗獣兵を仲間達が引っ張って回収してゆく光景を捉えていた。それに、そこかしこで引っくり返っている74式戦車を救出してまわるダイガストの姿も。
 撃破された74式戦車の数は20に届こうか。大隊の三割以上が失われているから、全滅という判定がされるのだろう。
この被害を出した乱戦の原因である民間人の乱入者たちは警務隊(日本における軍警察)にしょっ引かれていった。武器の購入先や 工作活動の嫌疑など、ハッキリさせねばならない事もあるが、じきに警察が身柄を引き取りにくると思われた。
 10人ほどの民間人の暴走で、その20倍もの公人が危険に晒される。
 鷹介は釈然としないものを感じていた。しかも自分も民間人の側なのだから、立場はさらに曖昧になる。救助作業が一段落する頃には悶々とした物は随分と膨れ上がっていた。
『ああ、いっそそんな事に悩む暇なんて無い位の、ひどい戦いになっちまえばいい』
 瞬時抱いた幼稚な発想は、虎二郎の一声で霧消した。
「何か物騒な事を考えているだろ」
「判りますか」
「お互いのコンディションはモニタリングされてるだろ。情報表示ディスプレイの右下な。メンタルがえらく乱れている」
「そういや、そうでした」
「まだまだ起こるぞ、こんな事は」
 鷹介は図星を指されて、鉛の玉でも飲み込んだような気分で沈黙する。
後方上段のシートに座る虎二郎からはその顔は確かめられないが、彼は作業中のダイガストが何か踏み潰さない様に、足元の情報に注意しながら続けた。
「列強だけじゃない、星間商人や星間犯罪組織が手ぐすね引いて混乱が広まるのを待っている。負けが込めば、自棄を起こすやつも増える。判断力を失った者は食いものにされるだけだ。そうさせないために、ダイガストは戦い続ける必要がある。この戦争はショー紛いのロボット同士の殴り合いだと、皆を誤魔化し続けるんだ」
「その間に長期不敗の備えを整える、でしょう。大江戸博士から耳にタコが出来るほど聞かされましたよ」
「少なくとも、その時までは自棄になるのも贅沢ってことさ」
「欲しがりません勝つまでは…いつから大江戸研は戦時中に戻ったんですか?」
「うちの研究所はずっと未来に生きているぞ」
「つまりずっと未来までこの調子、と。凄いな、人類の本質は変わらないことの証明をしてる」
「しかもその最先端に立ってるわけだ、俺達は…その辺で納得しておけよ。先端には先端なりの苦労があるんだぞ」
「…了解しときます」
 ああ、やっぱりひどい戦いじゃないか。
 鷹介はまるで仏像のような微笑をうかべた。

 戦闘中に起こった椿事を受け、その日の内に国場総理より談話が発表された。内容は主に国民に隠忍自重を促すものだった。
 戦場への乱入者たちは自衛隊基地での取り調べもそこそこの内に、やはり警察が出てきて本来の司法権を寄るところとして身柄を引き取っていった。しかし事は国家の一大事であるため、結局は岩手県警から公安の手に移る事になり、その辺りの関連法の未整備が浮き彫りになったのだが、即時の改善は期待できなかった。
 公安警察内では新たな課を設立し『宇宙人の犯罪』に対応しようという動きも出たが、漫画のような職務内容にいまいち腰は重い。とりあえず倍力服と個人用多脚戦車のどちらが必要かという議論がされている時点で、設立は未来の事と思われた。
 過去の戦争を基準にした、昨日の戦争のための準備をもって、今日明日の戦争を執り行う。
 未来が――まして異星人の来寇など――見れない以上、この矛盾はどこまでも人類に付きまとうのだろう。

続く

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