寒風の縁

    

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ザクッ・・・ザクッ・・・
膝元までかかるような深い雪の中に足を取られながら、僕は吹雪のせいでほとんどきかない視界の中に風雪の凌げそうな所を求めて真冬の雪山をさ迷い歩いていた。
いつのまにか一緒に登っていたはずの登山隊ともはぐれてしまい、どんどん胸の内に不安が広がってくる。
リュックの中に大きめの毛布は持っているものの、辺りに疎らに生えている枯れ木では体を休めることさえできないだろう。
「ああ・・・僕は今・・・遭難してるんだよな・・・」
すでに冷え切った耳は真っ赤に火照り、厚い手袋をしているはずの手の指が悴み始めている。
早く何とかしないと、このまま雪の中に埋もれて春まで発見されないなんていうことも有り得ない話じゃない。
ハァハァと真っ白な息を吐きながら枯れ木の林を抜けると、少し向こうの岩壁に大きな洞窟が見えてきた。
助かった!
あそこなら、奥まで入れば吹雪にさらされることもないだろう。
ようやく見えてきた生還の希望に、僕はさらに深くなった雪の中を精一杯掻き分けて洞窟を目指した。

「ふう・・・やっと着いた・・・」
洞窟の中に入った途端、まるで僕のことを待っていてくれたかのように吹雪が一層激しさを増した。
ゴオオッという音とともに粉雪が吹き荒れ、洞窟の中にまで冷たい風が吹き込んでくる。
もう少し、奥に入っていったほうがいいだろう。
洞窟の奥は急なカーブを描いたように曲がっていて、奥の方がどうなっているのかは暗くてよく分からなかった。
だが、ここで寒さに震えているよりは暗い方がいくらかマシだろう。
一時降ろしかけた腰を再び浮かせると、僕はヨタヨタと洞窟の奥に向かって歩き出した。

「そこに誰かいるのか?」
とその時、洞窟の奥からよく響く大きな声が聞こえてきた。
まさか他にも誰かがいるとは思っていなかったせいで、思わずビクッと身を縮めてしまう。
「い、いやあの・・・ちょっと吹雪をやり過ごしたくて・・・」
恐る恐る、声のした方へ返事をしてみる。すると、再び大きな声が返ってきた。
「フン、人間か・・・我の住処に無断で入ってくるとは、どうやら命がいらぬと見えるな」
「ええっ・・・!?」
・・・どういうことだろう・・・この声の主は、人間ではないということなのだろうか?
「だが今すぐ立ち去るというのなら、特別に見逃してやろうぞ・・・さっさと消えるがよい」
「そんな・・・外は大吹雪なんだ。今出ていったらどの道死んじゃうよ!お願い・・・ここにいさせてよ・・・」
一瞬、洞窟内に沈黙が流れた。
洞窟の奥にいる人間ではない何者かが、何やら思案しているのだろう。
「・・・ならば、吹雪が収まったらすぐに出ていくのだ。それと・・・それ以上こちらへきてはならぬ」
僕は一瞬安堵したものの、まだ洞窟の中へ吹き込んでくる風が直接当たることに気付いてもう一押しを試みた。
「ここじゃあまだ寒いんだ・・・もう少しそっちへ行ってもいいでしょ?」
「ならぬ!もし我の姿を見てしまったら・・・その時は命がないものと思え!」
流石にそう言われては、これ以上相手が譲歩してくれる可能性はなさそうだった。

僕は仕方なく洞窟の曲がり角に座り込んで毛布を広げると、それに包まって仮眠を取ることにした。
だが、どうしてもあの声の正体が気になる。
見たい・・・でも・・・姿を見たら殺されるかも・・・ああ、でも・・・
しばしの葛藤の後、僕は洞窟の奥を覗き込みたい衝動が殺される不安に勝ってしまった。
そっと音を立てないように、少しずつ洞窟の奥へと首を伸ばしていく。
そして、ついに僕は先程の声の主を見てしまった。

「あ・・・」
暗がりに隠れた洞窟の奥・・・
そこにいたのは、最初から人間のことなど信用していなかったとでもいうような目つきでこちらを睨みつけていた1匹の青い鱗に覆われたドラゴンだった。
だが大きさはというと・・・かなり小さい。
それほど身長が高くない僕から見ても、せいぜい大きめの大型犬と同等くらいだ。
「な・・・き、貴様・・・決してこちらを覗いてはならぬと言ったであろうが!」
その小さなドラゴンから、先程洞窟の奥から聞こえてきた威厳のある大きな声が発せられた。
「わ、我のこの姿だけは人間などに見られたくなかったというのに・・・うう・・・」
僕はてっきり怒り出すのかと思ったが、ドラゴンはその声と威厳に似合わぬ小さな姿を人間に見られて落ち込んだのか、急にこちらに背を向けて地面に突っ伏してしまった。
「う・・・ううぅ・・・」
よほどプライドが傷ついてしまったのだろう。
悲しげな嗚咽がドラゴンの口元から漏れ聞こえてくる。
「ご、ごめん・・・」
何かひどく気の毒なことをしてしまったような気がして、思わずドラゴンに謝る。
だがドラゴンは相変わらず僕に背を向けたまま顔だけを上げると、ボソリと消え入るような声を絞り出した。
「もうよい・・・どこでも好きなところで勝手に休むがいい・・・」
それだけ言い残し、また冷たい地面の上に小さな背中を丸めてしまう。
傷心のドラゴンにかける言葉が見つからず、僕は無言のまま風に当たらぬ岩壁の陰で毛布に包まるとそのまま目を瞑るしかなかった。

一通り泣き終えると、我はスースーと寝息の聞こえてきた人間の方へ視線を向けた。
若い男が1人、その顔に申し訳なさそうな表情を浮かべながら何やら暖かそうな毛布に包まって眠っている。
それを見た瞬間、我は寒さにブルッと身を震わせた。
それなりに厚い鱗に覆われているとはいえ、我の体は寒さに対しての抵抗力などほとんどないのだ。
正体を見られる危険を冒してまであの人間にここに留まることを許したのは、何よりその厳しい寒さを己でひしひしと感じていたからにほかならない。
うう・・・我もできることなら・・・あの暖かそうな毛布の中に潜り込みたいのだが・・・
あの人間を冷たくあしらった手前、我はどの面下げて彼に温もりを懇願すればいいというのだろう。
「・・・仕方ない・・・勝手に入らせてもらうか・・・」
我は人間に姿を見られたことで一気にヒビの入ったプライドに、更に鉄槌が振り下ろされたような気がした。

モゾ・・・モゾモゾ・・・
ん・・・何だろう?
突如感じた違和感に、僕はそっと薄目を開けて辺りの様子を窺った。
すると、なんとあのドラゴンが僕の毛布の中へ潜り込もうとしている。
僕を起こさないように気を使っているのか、その小さな手で慎重に毛布の端を持ち上げては空いた隙間へ細い尻尾から体を滑り込ませているのだ。
「な、何してるの・・・?」
「ぬ!?い、いや、これはその・・・き、貴様が寒そうにしていたから暖めてやろうと思って・・・な・・・」
慌てて、ドラゴンが毛布の中へ入れかけていた体を外へ出す。
「僕は別に寒くないよ」
実際、冷たい風にも当たらずに毛布に包まっていた僕は雪山の真っ只中にいるというのにほとんど寒さを感じずに済んでいた。
「ほ、本当か?ならばよいが・・・」
なぜかがっくりと肩を落としながら、ドラゴンは名残惜しそうに僕から少し離れて再び地面に蹲った。
だがその背中が、時折ブルブルと震えている。
「もしかして・・・寒いの?」
僕の何気ないその一言に、ドラゴンは思った以上に過敏な反応を示した。
バッとこちらを振り返りながら、大声でまくし立てる。
「馬鹿な!わ、我は寒くなどないぞ!なぜそんなことを聞くのだ?」
「いやだって・・・震えてるからさ・・・」
「う・・・」
途端に、ドラゴンの顔に情けない表情が浮かんだ。
本心を見透かされたという狼狽の色が、ありありと表面に滲み出てきている。
きっと、暖めてほしかったのはこのドラゴンの方なのだろう。
だがドラゴンの性格を考えれば、とてもそんなことを僕に向かって素直に言うはずがなかった。

「よければ、中に入る?」
僕はそう言いながら、毛布の端を持ち上げてドラゴンを誘ってみた。
ゴクリ・・・というドラゴンの唾を飲む音が、僕のところまで聞こえてくる。
「は、入れというのなら・・・は、入ってやってもい、いいぞ・・・」
どうしても、ドラゴンは僕に弱みを見せたくないらしい。
そっちがその気なら、僕にも考えがある。
「そう・・・じゃあ入らなくてもいいよ」
意地悪な顔が表に出るのを堪えながら、僕はバッと毛布に包まるとドラゴンと反対方向に顔を向けた。
「ああ、ま、待てっ・・・入る・・・いや、入れてくれ!」
急に慌てた様子で、ドラゴンが僕の元まで駆け寄ってきた。もう寒くて寒くて仕方がないという様子だ。
いや、普段なら別に耐えられないほど寒いというわけではないのだろうが、目の前で暖かそうな僕の様子を見て居ても立ってもいられなくなってしまったというのが正直な所だろう。
「なあ・・・わ、我が悪かった・・・中へ入れてくれぬか・・・」
僕の背中にドラゴンの小さな手が当てられ、ユサユサと包まった毛布ごと体を揺すられる。

その愛しい様子に、僕はクルリとドラゴンの方へ向き直ると毛布を持ち上げてやった。
待ち切れないという感じで、ドラゴンが毛布の中へ飛び込んでくる。
そして、たっぷり熱を蓄えて火照っていた僕の体へドラゴンがひしっと抱きついた。
「う・・・冷たい・・・」
キンキンに冷やされたドラゴンの鱗が、まるで氷の塊のような感触を与えてくる。
僕に抱きついたままブルブルと体を震わせるドラゴンには、もはや最初に聞こえてきた声のような威厳は微塵も感じられなくなっていた。
「・・・寒くない?」
「あ、ああ・・・生き返るようだ・・・に、人間の身がこんなに暖かいとは・・・」

やがて、ドラゴンも体が温まってきたのか毛布の中に熱がこもり始めた。
それを受けて、ドラゴンが毛布の外へ首を突き出す。
「なんと心地よいことか・・・ああ・・・」
ウットリとした表情で僕の腕に顎を擦りつけるドラゴンを見て、僕は素朴な疑問を漏らした。
「なんでこんな所に独りで住んでるのさ?」
気持ちよさそうに目を閉じたまま、その問にドラゴンが返事をする。
「そ、それはだな・・・卵から孵ってまもなく、母は我をここへ残してどこかへ行ってしまったのだ」
「・・・捨てられたってこと?」
「そうかも知れぬ。ロクに食料も手に入らぬこんなところでは、我を養うことなどできなかったのだろう・・・」
意外に悲惨な運命を辿っている身の上話に、僕はますますこのドラゴンが気の毒に思えてきた。
「それからは誰にも姿を見られずになんとか体裁を取り繕ってきたのだが・・・それももう終わりだろう・・・」
「じゃあ・・・これからどうするの?」

ドラゴンは青い体に映える真っ黒な小さな瞳で僕を見据えると、おずおずと切り出した。
「き・・・い、いや、お主・・・わ、我の夫になってくれぬか?どこへでもついていくぞ」
「夫って・・・もしかして君・・・雌・・・なの?」
「あ、当たり前であろう!?一体何だと思っておったのだ!」
だがそう叫んだ後で、ドラゴンが僕から視線を外す。
「お主には雌に見えなかったのか・・・べ、別に傷ついてなどおらぬからな!」
「ああ・・・ごめんよ。ただほら・・・その・・・喋り方とかがさ・・・」
「では・・・これなら文句なかろう?」
そう言いながら、ドラゴンはバッと立ち上がると両手で股間の割れ目を一生懸命左右に押し広げた。
そこにはドラゴンとはいえまだ未発達な雌の性器が、確かに備わっている。
僕が目をパチクリさせていたのに気付いて、ドラゴンは慌てて股間から手を離すと再び毛布の中へと潜り込んだ。
「わ、我になんということをさせるのだ・・・」
「恥ずかしいならやらなきゃいいのに」
「・・・それで・・・返事は・・・?」
僕の顔を見ながら聞くのが怖いのか、ドラゴンは毛布を被ったままそう言った。
このドラゴンだったら、身近に置いておいてもいいかもしれない。結構可愛い所もあるし。
でも多分夫婦っていう関係より、むしろペットに近いものになるような気がするんだけど・・・まあいいか。

「うん・・・いいよ」
「ほ、本当か!?」
ガバッと毛布を跳ね上げ、ドラゴンが嬉しそうに念を押す。
「うん、本当だよ。でもそれはほら・・・お互いに生きて山を下りられたらっていうことで・・・」
「吹雪なら・・・もう止んでおるぞ」
「え?」
ドラゴンにそう言われ、洞窟の入り口から外を見渡す。
外ではあれほど激しく吹き荒れていたはずの吹雪が嘘のように止み、燦燦と降り注ぐ太陽が一面白銀の世界に眩しげな光のシャワーを降らせていた。
まるで僕達の未来を明るく照らしているかのように・・・



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