オロチ

    

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「ふぅ・・・今日も暇ねぇ~・・・」
大きく広がった真っ赤な耳をひらひらとはためかせながら、透き通るような黄色いドラゴンがふうっと溜息をついた。
眠気眼に涙を浮かべながら、退屈を紛らわすために真っ白なドラゴンの首にかぷりと噛みついてみる。
「あいた!や、やめてよいたたた・・・」
唐突に首筋に牙を突き立てられて、白いドラゴンが身をまかせながらも控えめな抵抗を試みる。
首を捻ってみるが、黄色いドラゴンはなかなか口を離そうとしない。
「あら、面白そうなことしてるわね~?あたしにも噛ませてよ」
紫色の綺麗な巻き角を頭に載せた桃色のドラゴンが、それに便乗して白いドラゴンの首をパクッと咥える。
「ちょ・・・2人ともやめて~!」
手加減と悪意を同時に感じる嫌がらせに、白いドラゴンは半べそをかきながら暴れた。
「ほらほら、どうせ逃げられないんだからおとなしくしてよ」
首筋に舌をペロペロと這わせながら桃色のドラゴンが笑う。

彼らは1つの胴体を共有する、多頭のドラゴンだった。
色とりどりの8本の首が雪のように真っ白の胴体から滑らかに伸びていて、お互いに名前をつけて呼び合っていた。
体の片側で繰り広げられる姉弟喧嘩、いや、弟いじめに、灰白色の別の首が顔を背けながらも自分と似た色をした末の弟の身を案じていた。
「ド、ドナもモモも、もうやめてあげて・・・」
控えめながらも言うべきことは言ってみる。
いつもは多少強く言っても弟のバーグが本泣きするまできつめの愛情表現が止む事はなかったが、今回はどちらも相当に暇を持て余していたのか、あっさりと噛みついていた首を離すと暇つぶしの矛先を他へ向けた。

文字通り桃色をしたモモはクルッと反対側を振り向くと、隣にあった他の青い首にいきなりフーッと熱い息を吹きかけた。
「わちゃちゃちゃちゃっ!おい何すんだよ、殺す気か!?」
唐突に絡まれて自慢の黒い背びれを焦がされたカツが、口から冷たい息を吐きながら本気でキレる。
一方最初に弟にちょっかいを出した黄色い首のドナはというと、よだれをダーっと垂らしながらうたた寝を始めていた。
冷静な姉の一声でようやく解放されたバーグは、ハァハァと荒い息をつきながら辺り構わず暴れる2本の姉を上目遣いでうかがった。
そんな女子供のいざこざを尻目に反対側では文字通り抹茶色をしたマッチャと、黄緑色で大きなくりっとした目が特徴のワンが無視を決め込み、長兄にあたる深緑色のグラタンは酒に酔ったままぼーっと空を仰いでいた。

他の皆のやる気のなさを確認すると、僕はそろりそろりと足を動かしてみた。胴体は誰でも動かせるから、皆どこかに行きたい時は大体グラタン兄さんかドナ姉さんが行き先決めてるんだよなぁ・・・。でも、こんな退屈な日は湖で泳ぐに限る。
数メートルほど勝手に進んでも誰も異を唱えなかったので、僕は寝ているドナ姉さんを起こさないようにゆっくりと山間の湖に向かった。
あ、でも湖に入ったら酔ってるグラタン兄さんが溺れちゃうかな・・・
向こうにつく前にモモ姉ちゃんにまた噛みつかれなきゃいいけど・・・
様々な不安が頭を過ぎる。まあいいや、こんな時じゃなければ僕の行きたい所にいくなんてできないし。
広くて平らな山道を歩きながら、僕は初めて自分と同じ色の体を自由にするチャンスをもらったのだった。

湖に到着したのは数時間後のことだった。
歩く度に規則的な振動が体に伝わり、ドナはうたた寝から完全な爆睡に移行している。
モモのいたずらに怒っていたカツもいつのまにかおとなしくなり、もともと気合の入っていなかったグラタンもよだれを垂らしながら眠っていた。
他の面々は行き先が湖だとわかると、意外に素直にバーグに従った。
結局のところ、退屈さえ凌げれば何でもいいということなのだろう。
十分に水深のある透き通った湖へそっと足を入れる。だが、当然底には足が届かないため、彼らは足を踏み外すようにして湖の中へドボーンと滑り落ちた。
「う・・・ブクブク・・・ふあぁ!?」
気持ちよく眠っていたときにいきなり水の中に沈められ、ドナがパニクって暴れ始める。
グラタンの方はというとまるで水に浸かったのにも気がつかない様子で、水中でもボケッとした顔を保っていた。まあ、飛び起きるのも時間の問題だろう。
バーグの一番近い兄に当たるマッチャは、久し振りの湖に浮かれていた。
「あはははは」
普段は他の兄弟のことなど気にもとめていないように振舞っているが、彼はみんなのことはもちろん楽しいことも大好きなのだ。
灰白色の首を揺らして上から水の中を覗いていたモツは、水中に首を突っ込んで辺りを見まわしていたワンと目があった。
水面を挟んで、黄緑色のドラゴンと灰色がかった白いドラゴンがみつめあう。
その滑稽な様子に、思わず両者に笑いが漏れた。

バーグとカツに手を出してもまだ退屈が拭い切れなかったモモは、水の中に突っ込むと同時にカツの青と白にくっきり分かれた首にグルグルと巻き付いた。
そして、水面に顔を出そうとするカツをグイグイと水中に引きずり込む。
「ちょ・・・うぶっ・・・おいモモゴボコボ・・・やめ・・・」
鼻先を水面に出して呼吸しようとした瞬間にモモがカツの首を思いきり引っ張り、大きく息を吸い込んでいた途中の鼻が水中に没する。
「んぐ~~!ぐばごばもばー!!」
その勢いで大量の水を鼻から吸いこんでしまい、カツが激しくむせた。
「うばーーーー!」
その頃になってようやくグラタンが必死で水面に顔を出す。
一方バーグはというと、他の兄弟達の阿鼻叫喚を見ながら笑っていた。
同じ体に繋がっているというのに、皆思い思いに振舞っては次々にトラブルを引き起こす兄弟に向かって、バーグはゆったりと水中を掻きながら笑顔を振り撒いていた。

騒ぎが収まると、バーグは後頭部の痛みに喘ぎながら暖かそうな岸を探した。
いきなり溺れたドナは誰が自分を湖に連れてきたのかは知らなかったが、やり場のない怒りを手近なバーグに向けると、彼にガンガンと頭突きを繰り返したのだった。
大量に吸いこんだ湖水にまだむせていたカツは、モモをキッと睨みつけたまま警戒を緩めずにいた。
元々冗談の通じる性格ではなかったのだが、今回ばかりは本当に苦しくて怒っているようだ。
そんな彼の突き刺すような視線を受け流しながら、モモが素知らぬ顔で大きな欠伸をする。
先程見つめ合って以来、ワンとモツはお互いに今まで感じなかった不思議な感情を持ち始めていた。

ツルツルと光を反射する滑らかな黄緑色の体、優しそうな大きな目。
考えてみれば生まれてからずっと一緒にいるというのに、私は他の兄弟のことをあまりよく知らなかった。
体が繋がっているのに心は繋がっていないようなそのそらむなしさに、いつしか私は兄弟達に対して冷たい態度を取るようになっていた。マッチャもバーグもかわいい弟だけどまだ若いし、カツも憎めないところはあるけれどよく怒る。ドナとモモはやんちゃの塊みたいな姉さんで、グラタン兄さんはいつもお酒に酔っている・・・。
でも、ワンは違う。いつも落ちついてて、皆が大喧嘩してるときでもスヤスヤ眠ってることが多いし、そばにいれば安心できる。

まるでワンとだけは心が繋がっているように、ワンもいつも皆から距離を置いているモツが自分にだけはたまに優しくなることを知っていた。
極彩色の姉達に比べて灰色がかったあまり目立たない色のモツに、落ち付いた淑女の魅力を感じていたのだ。
どちらも間近で見詰め合うことは避けて背を向けていたが、背中越しに相手を感じていた。
マッチャは水の中でしゃぐだけはしゃぐと、誰よりも先に疲れて眠っていた。
時折水の中に沈みそうになるマッチャの首を、酔いから覚めたグラタンがそっと支えている。
やがてバーグが浅瀬から岸に上がると、暖かい太陽の光を受けながら彼らは日向ぼっこを始めた。
眠気が増幅され、10分もすると8本の首はみな萎れた花のようにだらんと大きな体の周りに垂れ下がった。
8種類の異なるいびきが辺りに鳴り響き、湖のほとりに咲いた白い球根を持つ色とりどりの花は、ようやくしばしの安息に身を委ねたのだった。



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