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手乗りドラゴン2

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匿名ユーザー

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「・・・・・・」
何度も何度もここから逃げ出す算段を考えるが、そのどれもが満足のいかない結果に落ち着いてしまう。
不遜な人間への怒りを滾らせようと努力してみるが、餌を与えられたせいか、それとも満腹になったのが原因なのか、ワシは今一つこの人間を憎み切れなくなってしまっていた。
このままではいかん。こんなことが長く続けば、ワシは本当に身も心も人間如きのペットに成り下がってしまう。
それだけはなんとしても避けなくては・・・だが一体どうすれば・・・
両手で頭を抱えて蹲りながら、答えの見えない迷宮に何度となく迷い込む。
激しいストレスに悩まされ続けている間に、ワシは満腹加減も手伝っていつしか深い眠りについていた。

グオー・・・グオー・・・
突然、ドラゴンからおかしな声が聞こえてきた。何事かと思って反対側から覗き込むと、ドラゴンがまるで地震に驚いてテーブルの下で震えている時のように、頭を抱えた状態で地面に蹲っている。
そしてその情けない姿のまま、ドラゴンはいびきをかいていた。
「プッ・・・あははははっ」
さっきまでの威勢のよさがどこにいったのかと思うほど、小さなドラゴンがさらに小さく見える。
「く、くく・・・くくく・・・」
顔に憔悴の表情を浮かべたまま眠ったドラゴンが、時折不思議な含み笑いを上げていた。
夢でも見ているのだろうか。まあいいや、寝ちゃったんなら、僕も一緒に昼寝でもするとしよう。
このドラゴンをどうするかも考えないといけないな・・・
恐らくこの世で初めて鳥篭で飼われることになったドラゴンを見ながら、僕は次第にウトウトと心地よい眠りに落ちていった。

「あ・・・あああ・・・」
ワシの目の前で、小さな人間の子供がポロポロと涙を流しながら震えていた。
このワシをペットだなどといって鉄の檻に閉じ込め、散々に虚仮にした愚かな少年。
「く、くく・・・くくく・・・」
その少年に復讐できるとわかると、思わず顔がにやけ抑えきれない笑いがこぼれてしまう。
ワシは尊大に顎を持ち上げて恐怖に慄く少年をねめ下ろしながら、じわりじわりと憐れな獲物に歩み寄った。
「うああ・・・ゆ、許して・・・」
涙と鼻水で顔をくしゃくしゃにした少年が、震える声で命乞いをする。
ああ・・・なんと心地よいことか・・・
しばし少年を追い詰めることも忘れ、こみ上げる優越感にウットリと浸る。
だが、ワシにあのような仕打ちをした人間を許すなど断じてできぬ相談だ。
「覚悟するがよい。貴様にはたっぷりと恐怖を味わわせた後に・・・一飲みにしてくれるわ!」
「お、お願い・・・助けてぇ・・・」
容赦なく下された死刑宣告に、少年の顔がさらに歪んだ。
絶望に悶える少年を満足げに眺めながら、長い尻尾をその幼い体にグルリと巻きつける。
ギリギリッ・・・ギリ・・・ギリ・・・
「ああっ・・・あうぅ・・・く、苦しい・・・」
ワシは強靭な尻尾で少年の体を巻き取ると、グイッと中空に持ち上げて締めつけた。
徐々に強くなっていく圧迫感に、少年の喘ぐ声も少しずつ小さくなっていく。
「くくく・・・苦しいか?ワシを侮辱した報いだ・・・もっと苦しむがよい・・・」
「うあああ・・・」
メシメシという無気味な音とともに骨が軋み、肺が押し潰されて息が苦しくなる。
少年はまともに声を上げることもできなくなり、ただただ流し込まれる強烈な苦痛に苛まれ続けた。

数分後ドラゴンが拘束を解くと、死の恐怖と地獄の苦痛に打ちのめされた少年がぐったりと地面に倒れ込んだ。
「あ・・・・・・う・・・」
「くくくく・・・まだ息があるようだな。そうでなくては面白くない・・・断末魔の叫びが聞こえぬからな」
この上ない至福の時を迎え、いまだ有り余る溜飲を一気に下げるべくワシは大きく口を開いた。
「ひっ・・・」
鋭い凶悪な牙がずらりと生え並ぶその様子に、瀕死の少年が反射的に身を引こうとする。
だが、粉々になる寸前まで痛めつけられた全身の骨がそれを拒絶した。
逃げることもできないと悟った少年の顔に、いよいよ死に直面した者の悲壮な表情が表れる。
「くく・・・くははははははは・・・」
「う、うわああああああああ!」
最期の瞬間、まるでワシの全てを癒してくれるかのような快い悲鳴が辺りに響き渡った。

ふと気がつくと、ワシは嫌な予感がして辺りを見回した。
前と変わらぬ細長い鉄格子、その隙間から覗く人間の住処、そして面白そうにワシを覗き込む人間の子供・・・
「おはよう、いい夢は見れた?」
ゆ、夢・・・だったのか・・・
どことなく邪悪な影を覗かせながら笑う少年の顔を見ながら、ワシは再び真っ白に気の抜けた放心顔を晒すことになった。

お、おのれ口惜しや・・・
歓喜の絶頂から再び屈辱に満ちた奈落に叩き落され、ワシは歯がゆさに身悶えた。
なぜ・・・なぜワシはドラゴンでありながらこのような小さき身に生まれたのだ・・・
本来ならば人間など歯牙にもかけぬ誇り高き生き方もできたはずであったのに・・・
グ~・・・
突然、空腹に腹が鳴った。反射的に少年を覗き見ると、その口の端にニヤリと微笑が浮かぶ。
「お腹空いたの?」
く・・・くぅぅぅ・・・ま、また恥を忍んで人間に餌など恵まれねばならぬのか・・・
ググ~・・・
だが、いくらワシの理性が拒絶しても空腹には逆らえなかった。
なんとか少年を睨みつけるのを堪えると、ワシは細々とした小さな声で肯定した。
「う・・・うむ・・・」
ぐあああああ・・・く・・・た、耐えるのだ・・・この恥辱の恨みはいつか必ず・・・
心の中で血の涙を流しながらも餌をねだると、少年が快く返事をした。
「じゃあ今すぐ餌持って来るね」
そう言って足早に部屋を出ていく。
その嬉嬉とした様子に、ワシはまるで少年の意のままに操られているような気がした。

数分後、前と同じように野菜のスティックを皿に盛り付けた少年が戻ってきた。
鉄格子の隙間から渡せるようにとのことなのだろう。一応警戒はしているらしい。
手でも出そうものならその指を噛み砕いてやるというのに。
止めど無く膨れ上がる殺意を押さえつけながら精一杯の作り笑いを浮かべ、檻の隙間から差し入れられたニンジンを受け取る。あくまで冷静さを失わないように努力したつもりだったが、あまりの空腹に思わず勢いよくニンジンに食い付いてしまう。
ガッガッ・・・ムシャムシャ・・・
「相当お腹空いてたんだね。おいしい?」
悔しいがこの空腹には何を食ってもうまい。
だが、それを肯定するのだけはワシのプライドの残滓が許さなかった。
「・・・あんまり喋らないね。さっきはあんなに騒いでたのに」
「・・・」
気に障ることを次々とまくしたてる少年を無視してニンジンを食べ終わると、ワシは次の"餌"を待った。
餌・・・ワシの体がもっと大きければこんな小僧など"獲物"としてワシの腹に収まるというのに。
じっと黙って少年の手にしたキュウリのスティックを見ていると、知らず知らずのうちに涎が出てくる。
だが早くくれなどと催促するわけにはいかない。そんなことをすればワシは本当にただのペットに成り下がってしまう。
だが、辛抱強くキュウリを持つ手が動くのを待っていたワシに、少年のとどめの一言が突き刺さった。

「だまってちゃわからないよ。ちゃんと"餌ちょうだい"って言わなきゃあげな~い」
なああぁぁ・・・・・・そ、それだけは・・・それだけはぁぁ・・・
だが、葛藤する間もなくニンジン程度ではとても満足しなかった腹が早く次をと急かした。
「う・・・ううう・・・え、餌・・・ちょうだい・・・」
震える声を絞り出しながら、ワシは最後に残ったドラゴンとしての威厳が跡形もなく消えていくのを感じていた。

「はいっ!」
身を引き裂かれるような思いで人間の言葉に屈服すると、少年が楽しそうに笑いながら次のキュウリを檻の間から差し出す。
複雑な表情でそのキュウリを受け取りながら、ワシは悲嘆に暮れていた。
このまま、一生ペットとして生きていくしかないのだろうか・・・?
仮にここから逃げ出せたとしても、ワシにはもうドラゴンとして独りで生きていく自信がなくなってしまった。
ニンジンに比べれば柔らかいキュウリを力なく齧りながら、今後の身の振り方について嫌でも考えさせられる。
ショリッ・・・ショリッ・・・
「う・・・うっうっ・・・ううぅ・・・」
「・・・泣いてるの?」
つい漏れてしまった喘ぎ声を聞きつけ、少年がワシの顔を覗き込んだ。
だがこぼれ落ちる涙を隠そうにも、もはやその気力が沸かなかった。
ワシにはもう守るべき誇りなどは微塵も残されていないのだ。
悲しみと無念さに塗れたワシの顔を見て、少年が呟く。
「僕が憎くてしかたがないんでしょ?でも大丈夫、ちゃんと飼ってあげるよ」
その言葉に、さっきまでのワシならば恐らく激昂していたに違いないだろう。
だが、すでにこれからペットとして飼われていく運命を半ば受け入れ始めていたワシにとって、それは救いの一言になった。ただただ無心にキュウリを頬張りながら、恥も外聞もなく次の餌を要求する。
「次も・・・ちょうだい」
「あは、大分素直になったね」
そう言いながら、少年が新しいニンジンを檻の中に入れてくれた。
考えてみれば、苦労もなく食べ物が手に入るだけワシは幸せなのかもしれぬ。
いらぬプライドなど捨ててしまえばいいだけなのだ。
考え方を変えてみると、ワシは何も悩む必要など感じなくなってきた。
なに、人間に付き従っているドラゴンなど考えればいくらでもいるではないか。
ワシにもご主人ができたと考えることにしよう。

小さな皿に盛られた餌を全て平らげると、ワシは服従の証に仰向けに寝転がった。
「あはは、かわいいね」
少年の素直な一言に、妙に心が安らぐ。
これがペットというものだとすれば、それも悪くないかもしれぬ。
初めはおのれの境遇を呪ったものだが、今はむしろ幸せなくらいだった。
「じゃあお腹が一杯になったところで・・・」
主人が嬉しそうに口を開いた。ああ、なんでも言うがよい。ワシはお主に従うぞ。
「何か芸を覚えてみようか」
「・・・げ、芸・・・?」
世に生まれてまだ10時間、ワシは生涯3度目のショックを味わうことになった。
つい先ほどペットとして生きていくことを覚悟したばかりだというのに・・・もう、挫けそうだ・・・



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