クリフトとアリーナの想いは @ wiki

2009.6.07

最終更新:

kuriari

- view
管理者のみ編集可
ぱふぱふ屋の店長◆ByK7Tenchoクリフトとアリーナの想いはPart10
47 名前: ハプニング 1/5 ◆ByK7Tencho  Mail: sage 投稿日: 2009/06/07(日) 15:53:25 ID: O4oH7+un0

木々が赤や黄に染まり、秋色が日毎に深まる頃、
ここサントハイム王国では、最も忙しい時期を迎える。

世界有数の農業国として名高いこの国の各地では、
多くの人々が、たわわに実った農作物の収穫に追われていた。
いや、どちらかといえば急かされているといった方が正しい。
収穫の終息にはまだ尚早なのだが、この年だけは例外。

なぜなら、国王の第一息女アリーナと、長年にわたって
彼女が最も信頼を寄せる忠臣である若き神官、
クリフトとの結婚式が、いよいよ来週に迫っていたからだ。
劇的な婚約から、はや半年。
ようやく式の準備も整い、晴れて佳日が定まった。

翌週の朝。
婚姻の儀式は、城内の大聖堂にて厳かに行われていた。
高位を象徴する法衣をまとい、凛々しさに磨きがかかったクリフトと、
母である亡き后が、結婚式で身につけていた花嫁衣裳を
優美に着こなしたアリーナが、神と参列者の前で永遠の愛を誓う。

動きやすい服装を好み、窮屈なドレスを誰よりも嫌うアリーナだが、  
さすがに今日は、不平不満を漏らすことなく、式の進行に従っている。
この調子だと、どうにか平穏無事に切り抜けられそうだ。
傍らの花婿と、列席に座す花嫁の父である国王が、同時に胸を撫で下ろす。

「では、指輪の交換を」

老齢の司祭が、感慨深げな面持ちで静かに告げた。
彼は、クリフトの神学校時代からの恩師であり、
花嫁アリーナの教育係を務めた老魔術師ブライとともに、
公私にわたって長年クリフトを支えてくれた人物だ。

まずはクリフトが、司祭から受け取った指輪を手に取った。
アリーナは、肘を曲げて手の平を上向けた状態で、左手を差し出す。
クリフトは小さくうなずくと、花嫁の手袋を水平に滑らせて器用に外し、
少し震える薬指にそっと指輪を差した。


「…おや?」
「あれ…?」

滑るように入ったはずの指輪は、第二関節から先に進まない。
指輪を少し戻し、クリフトがもう一度挑戦を試みるが、結果は先程と同じ。
花嫁の薬指がうっ血を起こすのを恐れた彼は、それ以上続けるのを諦めた。

「これは…困りましたね」 
「どうしよう」

あらかじめ寸法を知らせて誂えたはずなのに、なぜ入らないのか。
奇怪なことだ、とクリフトは首をかしげる。    
アリーナも、当初は同様の反応を示していたのだが、
何か思い当たる節があったのか、その後は無表情のままだ。

(まさか、まさか…?)

一筋の冷や汗が、青ざめた頬を不気味につたった。
脳裏に浮かんだ嫌な予感が不安と化し、アリーナの心を侵食していく。

あれは、結婚指輪を作製する段階に入った頃。
アリーナは、薬指のサイズを測るようにと、何度も催促を受けていた。
しかし、彼女は武術の稽古が忙しい、と口実をつけては断っていた。
依頼品が結婚指輪である以上、納期の遅延は絶対に許されない。
王室御用達の宝飾職人は、さぞかし焦ったことだろう。

採寸の催促があまりにも執拗に続いたせいか、
アリーナの苛立ちはもう限界に達していた。    
自分で左手の薬指に糸を巻きつけ、「これで作っておいて」と
半ば投げやりに押しつけてしまったのだ。

このわがままのおかげで、指輪の完成は大幅に遅れてしまった。
二人の手元に届いたのは、何と結婚式の前夜だったという。
そのため、結婚式の予行演習にも間に合わず、
実際に指輪をはめるのは今が初めてという、何ともお粗末な結果に。

厳密にいえば、サイズ自体は間違いというわけではない。
ごく一般のの女性ならば、それでも十分に事は足りたであろう。
ただ、鍛錬に次ぐ鍛錬で極限まで鍛え抜かれたアリーナの指には、
「ある例外」が存在しただけのことだ。

これは、男女を問わず当てはまる現象なのだが、
強力な拳での突きを得手とする、武術を習得した者の関節は、
その大きさが、指よりもたくましくなる傾向がある。
ゆえに、第二関節を超えた指の根元で、アリーナが糸を結わえて
適当に測った数値など、何の役にも立たなかったのである。

「どうしたんだろう」
「何で中断しているんだ?」
「喧嘩でもしたのか?」

室内の異様な雰囲気に、何事かと周囲もざわつき始める。
前列の囁きが実況となって後列にもすぐさま伝わり、
騒ぎは瞬く間に飛び火していった。

このままでは、新郎新婦自らが、式に水を差してしまう。
言わずと知れたことだが、これはれっきとしたロイヤル・ウエディング。  
招待客は当然、国内外の王侯貴族が大半を占めている。
ここで失態を演じれば、サントハイムの面目は丸潰れとなるだろう。
そればかりか、今後の外交関係にも悪い影響を与えかねない。

どうしようかと考えあぐねていたクリフトが、ふと顔を上げた。
無言で両手を首に回し、身につけていた徽章を鎖から取り去った。
それから素早く目を閉じ、胸に手を当てて何かを呟く。
聖職者の証である徽章を外した非礼を、神に詫びているのだろうか。

「姫さま、指輪をこちらに」

戸惑うアリーナに、クリフトは先ほどの指輪を渡すよう頼んだ。
周囲の空気に飲まれていた花嫁は、未だ迷いを払拭できずにいた。
が、花婿の真摯な眼差しに、何か手立てがあるのだろうと確信する。
クリフトの才知に賭けてみよう。
意を決したアリーナは、左手から愛の証を抜き取った。

「すみません、お首を失礼します」

クリフトは、徽章に通されていた純銀の鎖に、手早く指輪を通した。
アリーナの薄絹のヴェールを軽く傾け、アリーナの首へと身につける。
胸元にはドレスと同様、母の形見である大振りの真珠のネックレスが
光っていたが、指輪も負けじとばかりに、そのすぐ真下で輝きを放つ。

―――これなら指に入らなくても、指輪の交換ができるでしょう。
穏やかなクリフトの表情は、そう語りかけているように思えた。
左手で指輪を握り締めたアリーナの心に、熱いものがこみ上げてくる。

「ありがとう」

アリーナは発した一言とともに、精一杯の笑顔で応えた。
その仕草に、思わずクリフトも端整な顔をほころばす。
互いに破顔一笑する二人に、司祭は微笑ましさを覚えていた。
しかし、今は大事な挙式の最中。
私情を封じて進行役に徹し、あらためて新婦用の指輪を用意した。

「さあ、花嫁も指輪の交換を」
「は、はいっ」

司祭の言葉で我に返ったアリーナは、慌てて指輪を受け取った。
差し出されたクリフトの左手から、少々ぎこちない手つきで手袋を外す。
うっかり指輪を落とさぬよう、注意深く薬指へと通していく。
指先から関節を通った指輪は、見事寸分違わずに収まった。

「指輪の交換は、無事に終わりました」

司祭が高々とそう告げた瞬間、どこからともなく手を叩く音が聞こえてきた。
それはやがて拍手の波となり、やがて喝采の渦に包まれた。

新郎新婦の盟友たちも、これまた然り。
花婿の機転と花嫁の追随に心からの祝福を込め、拍手の手にも力が入る。
褐色の肌をした妖艶な女性が口笛を鳴らそうとしたのに気づき、
彼女に瓜二つながら清楚な印象の女性が、すぐさま両手で押さえ込んだ。

想定外のハプニングを乗り切って緊張の糸が解けたのか、
その後の式次第の進行は、円滑そのものだった。
結婚式最大の山場であるはずの誓いの口づけもまた、
かつての仲間たちの予想を見事に裏切り、実に滞りなく行われた。

二人がうろたえる(特に花婿が)と見込み、冷やかしてやろうと
目論んでいた先述の凄艶な美女は、当てが外れた、と悔しがったという。
彼女の隣では、恰幅のよい豪商の身形をした壮年の男性が頭を撫で、
我が子をあやすようになだめていた。

荘厳であるはずの結婚式で巻き起こった、満場の拍手喝采。
この出来事は、前代未聞の感動的な式典として、
後世に語り継がれることだろう。




(完)


目安箱バナー